2005年12月 <<先月 | 翌月>>
目標起床時刻:10:00 平均起床時刻:15:39
起床時刻の記録
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12月30日(金)
起床時刻:08時25分
12月29日(木)
起床時刻:18時00分
睡眠時間三時間。悪夢を見る。口の中の歯が穴の開いたチーズのようにボロボロになってしまうのだ。僕は歯を磨いていればこんな風にならなかったのになと思った。そうすると実は夢だったことがわかった。そうとう焦った。夢で良かった。
■『東京の恋人』というアルバムが佐々木敦さんという音楽批評家の方が運営するレーベル(フェイダー)が発売された。その発売記念ということでフェイダーが主催するパラダイスガレージ(豊田道倫)のライブへ行ってきた。今回のアルバムを作るにあたって佐々木さんが豊田さんに一つの条件を申し出たそうだ。それはポップであるということだ。それまでメロディーとかあまりお構いなしに独特の声とギターで歌っていたのだけれど今回のアルバムは佐々木さんの意向を理解し曽我部恵一や川本真琴といったゲストも加えたわりとポップな仕上がりになっていた。
会場では友人三人とばったり出くわす。来るみたいなことをまえまえから聞いていたので驚きはしなかったけどほんとに来たんだね。ライブは三部構成になっていた。一部はエレキギター。二部はアコギ。三部はバンド編成(ここでアルバム収録曲が演奏された)。でおまけで色々と。三部まで行くまで一時間半は経過していたろうし、三部は一時間くらいあって、でまたおまけが一時間と圧倒的な長さだった。おかげで足はくたくた。僕はもっと短くてもよかった。
本人の顔は想像していたよりもずっと平凡だった。地元に公務員や八百屋さんで見かけそうな顔だ。喋り方はダメな落語家みたいな感じだった。MCがやたらと長くて自虐ネタが多かったりした。アーティストの側から喋っているのではなくてむしろ僕らと同じ側から喋っているような感じがした。悪く言えばカリスマ性に欠けて、よく言えば庶民的だということか。僕はなんか地元の友達の喋り方を想起してあまりいい気はしなかった。もっとプロ意識を持ってやってる人のほうが好きだ。
途中でカンパニー松尾というアダルトビデオの監督が撮ったプロモーションビデオが映し出されていた。僕はこに監督の作品を見たことがあるのだけど手持ちカメラによるハメ撮りで本番の前の裏側までインタビューを入れたりするという手法なのだけどこのプロモそんな感じだった。学生服を着た豊田道倫が教室で弾き語りをする映像はアダルトビデオのまんまだなと思った。もっとプロモらしく撮った映像にしたほうがよかったと思う。僕はこのプロモは嫌いだ。
そのプロモの演出通りライブでも豊田さんは学生服を着て登場…。僕は気が引けたけどみんなはどうだったのだろう?その服でうなぎデートを歌う。うーんふざけているとしか思えないんだけど。ユーモアのセンスの違いなのだろうか?僕はちょっと不愉快だった。後半はアルバムジャケット通りスーツ姿に変わって歌っていたけどこっちのほうが良いと思う。アルバムの曲とライブハウスの雰囲気を考えるとぜったいこっちのほうが相応しいと思った。だって『東京の恋人』ってタイトルだよ。恋人ってタイトルで学生服はないと思う。
12月28日(水)
起床時刻:18時00分
12月27日(火)
起床時刻:18時20分
睡眠時間五時間。レキソタンを飲んだのが効いたのだと思う。安眠できた。7時に部室集合なのに寝坊してしまった。
シナ研の飲み会。お好み焼き&もんじゃ焼き食べ放題→居酒屋→居酒屋の順番で。Kさんと話す。Kさんデイトレードで儲け過ぎ。照雄がテルオとおう名前であるというだけで弄られていた。
僕の喋り方と声がTMレボリューションに似ているという指摘にびっくり。そうかなぁ。人から見るとそう見えるのかなぁ。でも言われたの二回目だからなあ。そういうとこもあんのかな。。
12月26日(月)
起床時刻:21時05分
睡眠時間11時間。
ニュースを観る。一年のニュースをふり返っていた。
世界史の教科書を読む。現代史を学ぶ。
「構造」のレポートの準備。『構造と力』『現代思想を読む辞典』を再読。『レヴィストロース入門』を読む。
12月25日(日)
起床時刻:16時00分
12月24日(土)
起床時刻:15時55分
happy merry X'mas!
ってことで今日はクリスマスイブだよ。もう終わっちゃったけど。。
彼女にケーキを作ってもらい僕んちでおいしく頂いた。予想以上の出来栄えにびっくりした。
テレビで『ローマの休日』を鑑賞。現代の御伽噺とでも言ったらいいのだろうか?程よくフィクショナルでおもしろい☆
僕がほとんど寝りかけながら話しているとどうやら大変失礼なことを言ってしまったらしく彼女はムスッと怒っていた。その後ご機嫌を取り戻してもらうのに二時間くらいかかった。。不用意な発言はするもんじゃないなと反省。
まあ確かにあの発言はね、ないよね。本心ではないんだけどな。でもそりゃ傷つくよね。悪かった。
12月23日(金)
起床時刻:12時08分 17時20分
睡眠時間15時!!!ダメな人だ。
三時に寝た。
一度九時に目が覚めたのだけど寝てしまった。
12:08二度目の起床。一時間ほど起きているがあまりにも眠いために布団に入る。
17:30.三度目の起床。頭が痛い。
今日見た夢。1僕が空中を飛んでいて地上に落下して爆破する夢。何度も輪廻した。2受験に落ちているかもしれなかったので受験票を確認した。ここさいきん見た夢の中でもっともひどかった。
■現代文学会の改選総会。Kが幹事長。僕も納得。
総会後つっちーとご飯を食べる。
■そろそろ映画サークルで友達を作ったほうがよいと思い、飲み会があるかどうか友達に確認すると27日にあることがわかる。早く映画を撮りたいのでその日まである程度書き上げて友達に構想を話すことに決めた。まだぜんぜん仕上がってないのでこれから猛ダッシュで仕上げねばならず段々とやる気になってくる。いい調子だ。
■ウェス・アンダーソンについて書いた。
誰でも青臭い年頃には少しばかり恥ずかしい体験をもっているものだ。思春期の少年たちは待望を抱きお気に入りのアーティストと自分を自己同一視したりして夢に浸る。だがその夢ってのは高度経済成長の頃や戦前の頃のような夢とは違う。金持ちになる、有名になるといった誰もが共有できる「夢」は嘘っぽくなっているし、仮にそのような夢を持っていたとしても一通りアイデンティティの模索の時期を過ぎれば、その夢を忘れ、あるいは妥協し、空虚な現実を見つめていくしかなくなるだろう。昔であれば「理想」があったのだろうけれど、今は誰もそんな理想を持っていないし、必要ともしていないからだ。それはヒーローものの漫画や映画よりももっと現実に根付いた作品が生み出されている状況を考慮すれば、僕のい言っていることは少しは正当化されるだろう。時代はそのように「夢」を見なくなっているし、今「夢」は消えて「現実」が残っている。だとすれば、もしいま「夢」を語るとすればどのようにして語ることが可能なのか?
ウェスアンダーソンはそのヒントを与えてくれるように思う。彼は第一作目と二作目で「天才」をその作品に登場させている。『天才マックスの世界』は天才の高校生の話、『ロイヤルテネンバウムズ』も天才家族の話だ。最新作『ライフアクアティック』も「天才」ではないが海洋ドキュメンタリーで名を馳せた「成功者」が主人公である。だがそこで描かれている「天才」とは例えばあまりにも古典的な「天才」詐欺者を描いた『キャッチミーイフユーキャン』とは違って、あまりにも「胡散臭い」(がゆえにリアリティを持った)「天才」である。例えば『天才マックスの世界』を例に挙げて説明してみよう(未見の人にはわかりづらいと思うけど)。マックスの行動はたしかに凡人とは違って、例えば何十ものクラブ活動に精を出しそのいくつかは彼自身が作ったクラブであったりと、その行動力は眼を見張るものである。だが彼は「天才」といってもあまりにも完全さからは遠い「天才」なのである。彼はたしかに演劇の演出の才能があり資金力集めにも優れているが、いくつもの天才に相応しくない特徴を持っている。まずその容貌はかなりヘボい。メガネをかけた犬顔の彼は、理想の天才像から程遠く、サエない。社交能力に一見長けているように見えるが、その動機は曖昧だ。好きな女性へのアプローチの仕方も限りなく幼稚で、とても頭が良い人間には思えない。やたらと見栄を張りたがるその性格も、かなりのコンプレックスを抱えているようにしかみえない。このいくつかの欠点は古典的な天才像からは程遠い。けれども先述したように今は古典的な天才にはもうリアリティがなくなっている。だからこそ、この「本当っぽさ」から背を向けた「胡散臭さ」や「欠点」の演出によってこの「虚構」の物語に感動できるのだ。陳腐な言い方だがその演出が彼を「現代的」に見せてる所以なのだろう。21世紀に足を踏み入れた僕たちはウェスアンダーソンにまず不意打ちを食らったわけだが、その衝撃を積極的に肯定しなければ到底21世紀で映画を見続けることはできないだろうと僕は思う。
■七尾旅人がすごいわかる。泣ける。
12月22日(木)
起床時刻:08時00分
■10時間くらい寝た。さいきん漫画しか読んでなくて頭が死んでる。
■ここ数日間は実に怠惰な時間を過ごした。もっと音楽を作ったほうがよかったし、映画の脚本を練ったほうがよかったし、友達と会っていたほうがよかったはずだ。
■吉祥寺で飲み会。そのあとノートのコピーを貰うためにHさんと会う。彼女と家まで帰る。眠すぎてツタヤで仮眠。
12月21日(水)
起床時刻:13時30分
十一時からマックで眠る。二時間くらい。漫画喫茶でさらに二時間くらい仮眠。
『モンスター』『マスターキートン』を流し読み。
『マスターキートン』1巻。なんというかどちらもキャラクター設定と物語の構成にしかおもしろみを感じれない。イギリス人の母と日本人の父を持つ考古学者の主人公が妄想がちな性格を鍛えなおすためにエリートの軍隊に入部してサヴァイヴァルの達人になったという英雄物語。保険会社や金持ちに捜査の依頼を受けてその問題を解決するという探偵物語。妻や父や娘のエピソードを織り交ぜながら軽い物語もあったりと。古典的でおもろい。キートンが窮地に立たされつつ、持ち前の武力と知性で脱出するシーンは単純に好き。
『モンスター』1~3巻+最終巻感想。
偉大な物語作家というのは隠すのがうまい。ヨハンの素性を隠しながら、捜査することで段々と秘密がわかってくるしかけになっているのだ。少しのことを知るのにも大変な苦労をする(人が死んじゃったり、外国まで出かけたり大変だよ)。ヨハンの双子の娘と出会うためにも、すごく苦労。警察には頼れないから自分で聞き込みをしながら探さないといけないから大変。警察には殺人容疑をかけられていつ捕まるかはわかんないし。でもタクマは自分が蘇らせてしまった悪魔をこの手で殺すために探し続けねばいけないのだ。
最終巻は飛ばして読んだからほとんどわからなかったけど、要するに子供の頃に受けた精神的外傷によって(たしか人が何十人も死んでいる光景を見たんだよな。で気が狂ったんだよな。)悪魔になっちゃったわけだろう。飛ばして読んでるから文句言える立場じゃないけど、子供が悪魔になる動機としては弱すぎる気がする(しかもその殺戮風景を見たのは実際には妹の方で兄は妹の恐怖体験を聞いただけなのだろう)。ちょっと話を大きくし過ぎてしまったのではないかと思う。
好きなシーンは本編と関係ないけどタクマが銃の達人の元で厳しい訓練を受ける箇所。強くなるってのは憧れるよなぁ。
12月20日(火)
起床時刻:19時20分
■三時くらいに眠ったから睡眠時間16時間!!
狂ってるわ。。。
■今日見た夢。1川に落ちる夢を見た。凄く高い空から川に向ってひゅーっと落ちてゆくのだ。水中に潜ってもどんどん下へもぐっていった。息も出来ないから死ぬかと思った。2僕が中原昌也になってライブをすることになって困った。その後本物の中原昌也さんが映画を撮っていた。
■『夜の果てへの旅』を長らく上巻を読み終わって放置していたのだけど今日端から再読し始める。面白すぎる。こんなにおもろい小説だったっけセリーヌって!と思った。右翼の友人とアナーキストのセリーヌの分身みたいな主人公がカフェで討論していて、最終的に和解へとたどり着いた矢先、道から軍隊行進の音が聞こえてき、セリーヌは即入隊。愛国心によって歓喜の声を挙げる群衆に見送られながら出兵してゆく。でもほんとはもう行きたくなくなったけどもう入っちゃったからしょうがねーや、と思いながら戦地へ。…こんな話の流れで、途中無意味に長い罵詈雑言やあるいはビビリが叙述される。上官がいかに無能で食べまくるやつかとかいかに冷徹無比な輩かと性格を描写していったり、闇の中で銃に撃たれないように歩き進んでいきながら、遠くから村が焼けるのを見ていたりとする。セリーヌは戦地へ行っても、人と喧嘩をしたりとかあんましないで、とにかく恐怖したり、怒ったり、悪口を言ったり、人生教訓を語りだしたりする。そこを長々と叙述するから、こんな荒唐無稽な小説が書けたんだと思う。
■突然腹痛。実家から送られてきた柿を食ったからだ。もう二度と柿は食わんぞ…。
■『トランス=アトランティック』を流し読み。指をくるくるさせる変人がおもしろい。ゴンブローヴィッチ自身も真似してくるくる。くるくるくる…。
■実家から送られてきた柿を食べると、腹を下した。痛いというより気分が悪くなる。こういうときは何か好きなことをすればいいのだと考えて、金井美恵子の短編集を読み出すと元気が出てきた。
12月19日(月)
起床時刻:14時35分
■目覚まし時計が何度も鳴るなかよろけながら起きる。今日は歯医者さんの予約があったのでどうしても起きなければならなかった。寝過ごさずに起きれた自分は偉いと思う。
■歯医者さんに虫歯の治療をしてもらった。歯医者のウィーンって音を出す機械は恐かった。麻酔をされると感覚がなくなって。変な感じがした。
■午後眠すぎて思考能力がゼロになる。人と話すのも億劫だ。
■『チェリーボーイズ』読了。笑った。
■相方と電話。H・Kについて話す。
12月18日(日)
起床時刻:19時05分
■なんかさいきん頭ン中がチキン状態で何もする気が起きんのですよ。やってられんですわマジ、やばいっすわ。いまはラカン読んでるんですよ。ラカンいいすよ。入門書ですけどおもろいっす。
■『青い車』を読む。表題作が圧倒的におもしろかった。省略することがうまい人だと思った。
■『人間失格』をちょろっと読む。この人は修辞がすごくうまいのだ。何が人をひきつけるのかをよく知っているのだと思う。
■『殺人に関する短いフィルム』を鑑賞。キーワードは「運命」「三人」「暴力」「リアリズム」。死刑廃止を訴える若手弁護氏と行き過ぎた犯罪を犯す青年と自己中心的なタクシードライバーの三人が交差しつつ物語は進む。中心は二つの暴力。一度目はタクシー運転手を青年が殺害すること。二つ目は青年が首吊りの刑で執行されること。息遣いが荒かったりカメラが俳優に接近したりしてリアリティがあるので暴力が生々しく描けている。全体の感想としてはおもしろかったくらいしかとくに浮かばないけど。。
12月17日(土)
起床時刻:18時15分
『ひかりのまち』は郊外という僕らの身近な場所を舞台にした漫画だ。登場人物は特別な職業の人間でもなく、何か特別なことを考えているのでもなく、至って平凡に人生を送っている。そこでは僕らの「日常性」がありありと書かれているだろうし、だからこそ感情移入ができるのだろう。
同時代的なリアリティは存分に感じたので物語に引き込まれはした。ありそうな物語だなという印象は持った。暇つぶしにはなったけど、読んだあと何もやる気が起きなくなったのは何故なんだろう?
『ぼくんち』読了。特異な家族物語。ぼくんちがある山と海に囲まれた土地を舞台とし、危ない仕事やあるいは浮浪者や浮浪者寸前のダメな人たちの生活を丁寧に描いている。物語を要約するとこうだ(とても要約に収まる作品ではないのだけど)。ぼくのお母さんはある日買い物にいったまま帰ってこなくなる。それから数年するとお母さんはピンサロ嬢として売りに出されてたお姉ちゃんを連れ(買い?)戻してくる。ぼくんちではピンサロ嬢の姉に食わせてもらっているのだけれど僕の兄ちゃんはそれが嫌で若いながら裏仕事に手を染めて稼いでいくことにする。一方僕はだめヤクザの娘に恋をする。僕はやがて育った母方の祖父ちゃんに引き取られることになってこの土地から出て行くのだった。
社会の底辺で暮らす人々の生活は辛いのだろうけど、彼らは決して苦しい表情を見せない。彼らはどんなに辛いときも笑顔を絶やさずに生きている。それはなぜか?作中でこういう科白がある。お姉ちゃんに僕が「なんでお姉ちゃんはいつもそんなに笑顔なの」と問うと彼女はこう答える。「あんた自分が一番悲しくなることを想像してみ。な、すごく悲しいやろ。いまあたしらはすごい幸せなんやよ。こうして笑顔でいられるもあたりまえや」。彼女のこの言葉は『ぼくんち』の世界を要約しているようだ。どんなに辛い仕事をしていても、ヤクザにボコられてしまっても、彼らは笑顔を絶やさない。そこには希望はないが元気がある。生活への力強い人間の力が見られる。どんなに辛いときでも笑顔でいることの力を僕はこの作品を感じた。僕はもともと低賃金労働者への偏見を持っていてこういう仕事は絶対にしたくないと思っていて、見るのも少し苦痛なのだけれどこの作品を読んでその偏見が少し是正された。同じ人間同士が生きているのだからもしかしたら大して変わりないのかもしれないと思った。僕は今ならヤクザとか浮浪者も少し肯定できる気がした。
12月16日(金)
起床時刻:16時10分
社会学の授業は休講だった。
藤中さんと文キャンで偶然鉢合わせてノートのコピーをお願いする。
『ひかりのまち』を読了。舞台は郊外。内容は濃い。どうやら映画『セブン』に似た内容らしい。僕が一番印象的だったエピソードを要約しよう。自殺者志望の中年や女子高校生が死ねるように手配してやり、それを見届けてやることで彼らから金を貰っている少年。ストーカーに身体を刻まれてしまった女子。彼女は高校へ行かずぶらぶらしている。ある日、少年に俺を殺してくれと言ってきた中年を殺してやるが、実はそいつは彼女の父親だった。父親は同じ会社に勤める愛人と別れたら彼女からセクハラで起訴され会社を首になった。彼は腹いせに彼女を殺し、家に帰ると妻と娘の首を絞めたのだった。妻は彼に抵抗をしたから銃で撃ってやったそうだ。娘は助かったが妻は死んだ。途方に暮れた彼女は少年とひかりのまちから出る。行き先もなく公園で寝ていると二人はそれぞれに「秘密」を打ち明ける。少年は自分の仕事内容も彼女の父親を殺したことも話し、彼女は両親が死んだことを少しも悲しく思わなかったこと、そして切り刻まれ身体を彼に見せる。やがて少年の犯した犯罪を嗅ぎ付けた警官が彼に忍び寄る。少年の父親は息子の犯行に気付き巧みな戦略を使い彼の身代わりになり自分は死ぬ。彼女は親戚に引き取られることになりひかりのまちから去ってゆくのだった。
『煙土か食い物』を途中まで読む。事件は説明なしにいきなり起こり、登場人物の独り言がやたらとかっこいい。
12月15日(木)
起床時刻:15時55分
12月14日(水)
起床時刻:17時55分
12月13日(火)
起床時刻:18時08分
昨日一日相方と遊んで気が楽になった。
『精神分析入門』を読むのをやめる。言い間違いには意味がある場合がある。言い間違いは言いたい欲望と言いたくない欲望の葛藤らしい。流し読みなのでてきとーな理解だ。
『エロティシズム』を読み始める。バタイユ曰く存在の不連続性を死という連続性がつないでいるらしい。死を見ることで不安になり存在の不連続性を意識するらしい。
『映画に目がくらんで』を再読。蓮実の文章の構成を分析した。徹底的な構造主義者だなぁと思った。
ニュースを観る。いまアジアは東アジア共同体を構想中らしい。ASEANが主権になると表面上言われているが、実は中国がなるのではないかと噂されている。また日本と中国の主権争いが起こるらしい。国連安保に日本が加盟することに中国が反対するなどあまり日中関係は良くないから、これからどう日本が外交をうまくやってASEANで主権が握れるのかが鍵なのだと思う。難しそう。
あと被害者の名前がメディアで流れないために、被害者の名前を匿名にするという法案が検討中らしい。これまでの被害者にインタビューすると、名前を公表したほうが良いとする人と悪いという人に別れていた。実名を公表すれば事件がより具体性が増し視聴者・読者の意識も高まるだろう。逆に公表しなければ、視聴者・読者の意識が減少するかもしれないが、被害者のプライバシー(遺族も含めて)は保たれるだろう。どちらにも利があるが、何より最優先されるべきは被害者の気持ちだろう。この問題は法案化に向けて十分議論されなければならないだろう。
12月12日(月)
起床時刻:17時30分
12月11日(日)
起床時刻:16時10分
また12時間睡眠。あきれるしかないよ。
服を着たまま眠った。目覚ましはかけたけれど無視して眠った。
やる気はあまりない。
今日は曇りだった。
■日記
ネットでニュースを観る。予備校教師が女子中学生を殺害した事件だ。動機がただ仲が悪かったからという浅薄なものだ。なぜそんな薄っぺらい理由で人を殺すのだろうか。ただこの加害者が別段の異常者ではないということは、僕らでもちょっとしたことで人を殺す可能性があるということだろう。青山真治の「ユリイカ」あるいは中上健二の小説を思い出した。
パソコンのまえで考え事をしていた。
大戸屋で随分待たされていらいらした。席が空いているのだから座らせてくれてもいいじゃないか!座っている人が安心して食べられるようにと配慮をしているのだろうけれど、それよりも並んで待っている人がいらいらしないで済むほうを優先させるべきだろう!苦情を言ってやろうかと思ったが我慢した。ここは大人になれ俺と内心呟いていた。
ギターのスタンドとゴミ箱を買う。どちらも安かったし満足。
テレビドキュメンタリーを観る。これは映画の敵だと思った。阿部和重が何度も批判している疑似ドキュメンタリーだと思った。
部屋に戻ると相方から電話がある。Sくんが僕に対して冷たいよねという話をする。でSくんが僕に陰口を叩いていたことがわかり相方に吐かせる。内容はどうだってよかったけれど陰口を叩かれていたことがムカつく。しかもそれをH・Kが言ってたなんてほんと不快だよ。
以後H・Kのことを思い出しずっと機嫌が悪いままだ。
ギターを弾いていると隣の大学生からうるさいと苦情がくる。しばらく反省する。
その後ミクシィの日記に書き込みがあったので返信する。一人は映画美学校に来年通う予定のMくんだ。マイミクにもなった。気が合うかもしれない人だ。
もう一人は現代思想について関心がある人らしい。蓮実やドゥルーズの話題でやりとりをする。けどやりとりをしていてもあまり楽しくない。発見もない。哲学の話題を初対面の人と話すものじゃないと思った。
その後歴史の教科書を読む。何が書いてあるかわからず不快になる。教科書はやはり不親切な本だ。読む人のことを考えてない。人名が太字で強調されているけれどほんとにそこは強調する箇所なのか!近代史と現代詩で量が同じなのもおかしいんぽではないか?もっと近・現代史に量を注ぐべきではないのか!明治維新以後、とりわけ戦後はいまの時代と切り離せないしもっと重点を置くべきだと思う。
『アンチオイディプス』も読もうとしするが、理解できず不快になる。哲学書はゆっくり読める時間にまとめて読んだほうがいいなと思った。
気分が良くない。ああ気分が良くないよ。H・Kのことを思い出したからだ。彼の理解力のなさは嫌だ。
12月10日(土)
起床時刻:11時35分
講演会のために起きなければならなかった。ほんとは朝九時半に集合だったのだけれど寝坊してしまった。
睡眠時間五時間程度。眠かったけど気分は快調だ
■講演会終了。話も聞かずずっと寝ていた。
12月09日(金)
起床時刻:17時30分
服を着たまま寝た。
12時間は眠った。
■今日やったこと
ミクシィに書き込みをする。
ギターの弦を買う。
ジュンク堂で「僕は勉強がでいない」「現代映画講義」立ち読み。
バラエティー番組を見る。
録音機材のDVDを見る。
ギターを弾く。思ったような音が出せなくてへこむ。
マインスイーパーをやる。
鬱になってくる。まったく何もしていない。
彼女と長電話する。元気が出てくる。
12月08日(木)
起床時刻:16時50分
12時間は眠った。
昼にまた別の工事の人がやってきて起こされたけどまた寝た。
今日は特に予定もない。
これから忘れ物を取りに学校へ行くくらいだ。あとギターの弦も買う予定がある。
■エレキギターを昨日買ってから弾きまくっている。
と同時にニールヤングとツェッペリンに嵌る。ギターでこんな音出せるのだな。
「インシグニフィカンス」のギターの音が出せない。どうやって音を出しているのだ。編集の段階でエフェクトをかけたりしているのだろうか?と思った。
12月07日(水)
起床時刻:14時10分
今日午後から電話回線の工事予定があったので、電話会社からその確認の電話がかってきて起こされる。工事自体はもう取り消してあるはずだったので、この電話は会社間の連絡に不届きがあったのだろう。もう寝よ。
12月06日(火)
起床時刻:15時30分
12月05日(月)
起床時刻:14時00分
・ロックにはムードがない
ふつう映画のサントラは何かムードを出せるように胡弓(中国のヴァイオリンみたいな楽器)を使ったりしてムードを出そうとしているけれど、古典的なロックはそういう曲のムードなしで聞かせようとする。例えば女の子を部屋に呼んだときにムードミュージックとして古典的なロックをかける奴はまずいないだろう。たとえ女の子が古典的なロックを好きだったとしてもかける人はあまりいないのではないだろうか。もしかけるたとしたら、二人でじっと音楽を聞くことになると思う。つまり、古典的なロックにはムードがないのである。
・ロックと映画。
そういう音楽は概して映画に持ち込みづらい。「害虫」はナンバーガールに曲を担当してもらっていたけれど、なんか音楽だけが浮いてダメだった記憶があるし(ほとんどうろ覚え)、そもそもロックと映画は相性が悪いのだ。「害虫」の場合意味のありすぎる映像を使ったからダメなのだと思う。ヴェンダースの「さすらい」は成功していたと思う。見渡す限り何もない田舎道をトラックに二人のおっさんが乗っているときに、ラヂオからキンクスの曲が流れて、二人は曲をくちづさむのだけどこれは成功していると思う。なんせ映像自体がもとから大した意味がないのだ。だらだらと運転してるおっさんと助手席の暇なおっさんは歌を歌う。いきなりバックミュージックとしてロックがかかるのではない。たまたまラヂオからかかったロックをおっさんが歌いだすのだ。これは映画である。観客もそうそうロックはこういうふうにして聞くものなのだよなと納得させられる。ロックではないけれど、「ママと娼婦」ではジャンピエールレオーの部屋に彼女と一緒に座っていてラヂオからシャンソンがかかるとレオーが得意げな顔をして歌いだすというシーンがある。これもやはりラヂオから音楽が流れる。この音楽も成功していると思う。「さすらい」も「ママと娼婦」も音楽はムード音楽として使われるわけじゃないのだ。悲しいとか、楽しいとかを音楽で表現したいのではないのだ。ロックはそういうものではなくて乗るもなのなのだ。だから映像と音楽がばらばらにされてしまうと映画にも乗れないし、音楽にも乗れない。そのため映像と音楽はMTVのように音楽のための映像にするか、あるいはハリウッド映画のように映画のための音楽にしなきゃいけない。そこで映画として音楽を映すにはなぜロックがかけられることになったのかを映さなければならない。だから「害虫」の失敗はそこだと思う。どうせならナンバーガールに出演してもらって、工場前でライブでもしてもらえばよかったのだ(もうどんなシーンだったか覚えてくて、すごく無責任な発言ですけど)。
・ゴダールと音楽
ちなみに音楽について思考した映画で「右側に気をつけろ」と(ゴダール)いう映画がある。この映画では主人公が音楽のレコーディング風景が撮られている。まだ完成するまえのバラバラな音の断片として音楽が聞こえてくる。楽器を演奏する演奏者はレコーディングしている人としても見れるし、音楽を演奏している人にも見れる。ここでは「さすらい」のように我々が聞いている音楽ではない、音楽のプロセスを映しているという点で、音楽を映す映画よりもさらに深い、音楽について考えさせる映画を撮っているといえるだろう。
そういえば爆音ナイトでかかったアサイヤスの「デーモンラヴァース」のノイは凄まじかったなといま思い出した(関係ないけど)。あの使い方は「さすらい」とはぜんぜん違うけど、ノイのリズムと映像の編集のリズムが調和してすばらしかったと思う。
ああ、あと、ロックじゃないけど、相米慎二は天才だと思う。なにせ歌謡曲がいきなりかかって突然少年少女たちが踊りだすのだ。「台風クラブ」の学校のプールでの踊りは映画史に残るワンシーンだと思う。
12月04日(日)
起床時刻:12時15分 15時20分
12月03日(土)
起床時刻:13時00分
12月02日(金)
起床時刻:12時30分
12月01日(木)
起床時刻:11時30分
