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起床時刻の記録
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03月16日(火)
起床時刻:06時30分
今日は、煌の高校合格発表の日だ。
例年だと卒業式の翌日が公立高校合格発表となっている場合が多いけど、今年は土日が挟まれた関係で、発表までの時間がやたらと長い。
この一年間、私に成功哲学を洗脳されてきた煌は、信じられないくらいのん気で自信たっぷりだ。
そんな煌に対して、心配でしょうがない(~o~;)なんて間違っても口には出せない。
とは言うものの…本人の自信に反比例するように、根拠のない不安の芽が次から次ににょきにょきににょきっと伸びてきて…親としてはとても穏やかでいられない。
寝ている煌を見ながら、ん十年前の自分の受験の時のことを思い出していた。
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私は、通える高校の選択肢が片手数くらいしかないような田舎町に住んでいたので、受験など特にしなくてもOKな感じだった(と勝手に思っていた;)
なので、歴史の勉強と称して毎日、『ベルばら』や『ハイカラさんが通る』を読んで過ごしていた。
一人受験気分を盛り上げていたのは母で、私が二階の漫画を読んでいる部屋の真下で父を巻き添えにしながら、『受験生mako』のためになんと千羽鶴などを折り始めた。
一緒にがんばろ~(^o^)丿な気分の時なら有難く思えたのかもしれないけど、やる気もなく鉛筆も持たないような私にしたら、嫌がらせ…とか、無言のプレッシャーくらいにしか感じられなくて、結局自分では一羽の鶴も折ることなく反発していた。
受験当日の夜。「数学が出来なかったぁ~もう絶対におちる~(;O;)」と騒いだ。
と母は言っていたけど…よく覚えていない(^_^;)
自分の中では、根拠のない自信だけはあった…気がする(それもよく覚えていないけど;)
そして、合格発表の朝…
母は、寝ている私を起こさず、父を連れて勝手に合格発表会場に行ってしまった。
友達からの電話で起こされて、慌てて高校に向かったものの、たどり着く前の道で会った友達からの「合格だったよぉ~」のあっけな~い一言で合格を知った。
勉強はしていなかったけど…感動的な合格シーンを妄想していたのに~!!
その日は一日あまりテンションも上がらず、お祭りムードの家族に対して無性に腹が立っていた。
…と言う、とても罰あたりと言うか…親不孝者で、間違えても煌から貰った手紙みたいな事を書けるような子ではなかった(昨日の日記参照)。
だいたい本当は、自分で起きずにのん気に寝ていた私が一番悪い?;って話しだし(^_^;)
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今、あの時の母と同じ『受験生の母』という立場となった。
母はあの時、言っても、言っても試験間際になっても!何もしない…成績の下がる一方のわが子にどれだけやきもきしたことだろう。
藁にもすがる思いの千羽鶴だったのかなぁ~?
「makoに可哀想な思いをさせたくなくて、先に発表を見に行ったんだよ。」
と言っていたその気持ち…今なら十分理解出来る。
結局、母が死ぬまで可愛げのない娘だったけど、合格の報告のどさくさにまぎれて仏壇の前で謝ろう。
そして、今更だけど
『私は、お母さんとお父さんの子に生まれて本当に良かった。家族のみんな大好きだよ。ありがとう』と言ってあげたい。(娘のパクリ ^_^;)
今日、煌が合格すればきっと一番喜んでくれるのは母だと思う。
だからどうぞ合格の報告が出来ますように(^人^)
<m(__)m>
03月15日(月)
起床時刻:05時45分
金曜日は、煌(三女)の中学校の卒業式だった。
受付に行くと式次第等の文書と一緒に、娘からの手紙が入っていた。
その場で読むのは、精神的にヤバそうなのでとりあえずバックにしまった。
この中学は私の母校でもある。上の二人の娘も入れると通算12年間お世話になった学校だ。
校歌なんてフルコーラス歌詞を見ずに歌えちゃったりもするけれど…この日で歌いおさめだ~。
(もし孫がまた通うことのなったとしても、私が体育館で校歌を歌うこともないだろうな~)
なんて考えながら歌うと、たいして愛着のなかったこの曲もやたら感慨深く感じてくる。
生徒として…親として…この学校に通った日々が頭の中に溢れてきて、式の始めの『お決まり校歌斉唱』から一人うるうるしてしまって…花粉症のせいにしておいた(^^ゞ
先生の中には、自分も教わり、上の娘二人を含め11年間もお世話になった方もいる。
臣世先生…3人の娘それぞれを孫を見るような目で、優しく…時に厳しく接してくれた。
また、部活顧問兼クラス担任であり、ドレミ(二女)の元担任でもあった八木先生は、癒しの進路指導で『お前は運がいいから受かるよ~』と生温か~く励ましてくれて、よくわかんないけど、いつもとてもホッとした。
お世話になった先生方には心から感謝です。
煌は友達にも恵まれて、いろいろあったけどとても充実した3年間が送れたように思う。
3年生全体合唱『大地讃頌』も良かった。特に男子の低音がとてもよく響いて、鳥肌が立った。
卒業式や食事会が終わり家につき式の受付で渡された煌からの手紙を読んだ。
そこには3年間の出来事やその時の気持ち、感謝の言葉等が小さな文字でびっしり書かれていた。
手紙の最後は『きららは、ママとパパの子に生まれて本当に良かった。家族のみんな大好きだよ。ありがとう』と結んであった。
『こちらこそありがとう。』と心の中で呟いた。
↑
(最近歳のせいで涙腺がやたらに弱くなって…ぼろぼろぐちゃぐちゃの姿になってしまった。…ので、人から見たらたぶん、とても怖い絵になっていた…と思う。)
03月13日(土)
起床時刻:06時34分
一昨日は午前と午後行った学校二校とも、6年生の卒業アルバム製作だった。
午後の学校は、6年間連続して携わっている小学校で最終仕上げだった。
ここ数年でアルバムのスタイルも徐々に出来上がってきて、今回も良いものが完成した。
アルバムの構成は、学年全体のページと個人ページ。
子ども達はそれぞれ自分のページを作る。
内容は、個人表紙頁とプロフィールとフォトアルバム、作文。
それに将来の自分へ向けた声のメッセージ等。
他にも、修学旅行や高原学校のまとめページ等…この1年間、総合の時間に作りためた作品もいれる。
私の授業の持ち時間は各クラス10時間だけど、その他の総合の時間や休み時間にも子どもたちに頑張ってもらって、かなり充実した内容になっていると思う。
それを学年全体でまとめて、名簿からリンクを貼る。
全体ページは、主に動画や音楽ファイル。
運動会や合唱祭、長縄跳び県大会などの動画や音声を圧縮して入れる。
他に先生からのメッセージや集合写真等学年全体の共通の思い出を載せる。
PC生徒機ではDVDが焼けないので、2クラス分76名のページと全体ページを1枚のCDにまとめる。
全体ページ作りや圧縮の調整が結構大変だ。(>_<)
最後の時間で学年全員PC室に入って、子ども達がそれぞれのPCでCDに焼く。
ちょっとの指示ミスやネットの不具合で、学年分のCDが×になってしまうのでここは毎回緊張する。
今年もたいした失敗もなく、児童全員とお世話になった先生方の分と100枚のCDを仕上げることが出来た。
ここに入れた写真や作文は、子ども達の6年間の思い出がいっぱい詰まっている。
私は、一緒に生活をしながら思い出を作ってきたわけではなく、思い出を整理する『写真屋のおばちゃんみたいな』存在だ。
でも、10年後20年後に自分に向けたメッセージを聞いたり、写真や動画を見て笑っているのを想像しながら楽しんでいる。
そして、このアルバム製作のお手伝いが出来て良かったな~。と思う。
(20年後にこのCDが再生できるか?!mp3、wmvが再生できるかってのもあるけど;)
とりあえず、CDが完成して、緊張感がほどけ授業が終わった。
『mako先生の授業もこれで終わりです。では、一言お願いします。』
と言われた途端に テンパってしまった。
さっきまででかい声で指示していたのに…気の利いた言葉が出てこない(>_<;)
…でしょうもない一言で済ませた。
毎度のことだけど、きちんとしたごあいさつっていうのは苦手だ~。
カッコよく、サラッと良いことの言える頭の良い人になりたい。・ω・`
03月12日(金)
起床時刻:04時03分
03月10日(水)
起床時刻:05時45分
03月06日(土)
起床時刻:06時30分
私は人からよく
「いいよねぇ~。好きなことばっかりしてお金がもらえて。」
とか、いわれる。そんな貰っているわけじゃないけど、好きなことをしてごほうびまで貰えるのは、ありがたいことなんだなぁって思うことにしている。
でも、旦那に
「自分で勝手に飛びついて、好きな仕事やってるんだから、文句はないだろ~。良いよなぁ~」
って言われると、本当なんだけど、やっぱ面白くはない`~´…で、
「そんなこと言ったって、あたしだって、大変なんだからぁー!」と、めったにいわない仕事のぐちを旦那にぶちまけてしまった。
たとえ話なのでちょっと加工しているけど内容はこんな感じ…
↓
例えば…本社と支店があって、本社が機械を入れ替えたとする。
本社は支店に対し、担当者ごとに新しい機械の説明会を開いたり、メールや口頭で細かな説明をしていたとする。
支店に訪問に行くと、
『あっ、専門家が来た!待ってたんですよ~。この間研修があったんだけど、わからなくてぇ…教えてください。』
と言って、機械の説明を求めてくる。
私は、そんな機械が入ったこともしらない…使い方どころか機械を見たこともない。
支店を訪問して初めて機械の存在を知る…って感じ。
前から、本社と機械製造会社に対し、機械導入の説明と機械取扱説明書を見せてもらえるよう、要望しているのに、なかなか聞き入れてもらえない。(蚊帳の外?!)
…みたいな、状況が続いていた。
立場上(性格的にも)、まったく知りませんとも言えなくて、はったりと勘でどうにかしてきたけど、せめて説明書くらい私にも欲しい~!
説明書があれば、きちんと対処できるのにー。
というグチ。
「だったら、やめちゃえば?!(^Щ^)」
と旦那。(私の仕事を、すごく簡単に考えている;)
「いいのぉ~!!それでも私は、この仕事が好きなの!
仕事なんだから、多少はそういうのあるでしょ?!」
(たしかにお気楽な立場だけどぉ、
辞めろって言われると、なんか…逆の事も言いたくなる;)
旦那「そうだよね。仕事なんてそういう不満はつきものだよね。」
でも、そんな私の不満をどっかの神様はキャッチしてくれて、これでもか!というほどガッツリ量の説明書がきのうメールで送られてきた。
(家に機械もないのに説明書だけ見せられても、わけわかんないし…)
なんていうグチがまたにょきにょきって出てきそうだけど…
ここは、不満が解消できたことと周りの人に感謝して…
とりあえず、月曜日に研修会をするらしいので(教える立場;)それまでに何とかしなくちゃ。
なんて、カッコつけてみたけど…説明書読もうとするとなぜか…いろんな人の早起きブログ読んじゃう私 (^_^;)
03月04日(木)
起床時刻:05時53分
知り合いの高校生の男の子がスーパーでレジのバイトを始めた。
彼の言う話しによると…バイトを始めて最初の3日くらいまでは、ぜんぜん気がつかなくて何とも思わなかったようだ。
でも、慣れてくるとなんとなくお客さんの態度が気になるようになってきたそうだ。
お客さんによって
「ん?(@_@) 」「え”?!(゜_゜) 」 「(・。・;) 」とか…
笑いをこらえている人…吹き出しそうな人…がいた…。
でも、彼は会計を間違えているわけでもなく、とりあえずお客さんや上司からなにも注意もなかったので、しばらくそのまま続けていたそうだ。
そして、ある時彼の仕事を見て、一緒の仕事のパートのおばさんがかなり焦ってこう言った。
「 ヽ(゜o゜;) あなた、レジで言うのは、商品の名前じゃなくて値段よ!」
彼は、レジのバーコードを通す時いちいち商品の名前を言っていた!!
愛想のない、低くてだるそうな声で
「ニンジ~ン…だいこ~ん
小粒なっと~…味ぽ~ん…
ハウスこくまろカレ~…コイケヤからむ~ちょ~」
とか…。
しかも彼はバカなので(笑)、たぶん、
「(小さい声で)ロリエ~…
……ん(なにこれ?)(-“-?)…ゃ…やさ~い;
永谷園 $&&%$&はるあめ%~’…(ホントは麻婆春雨) 」
とか、言っていたに違いない。
私は、スーパーのレジの前で彼の姿を思い出すと、目元、口元がニヤッっと不気味によれてしまう。(気持ち悪い思い出し笑い;)
(^~^ゞ
03月03日(水)
起床時刻:05時56分
