2008年03月12日(水) <<前日 | 翌日>>
起床時刻: 06時30分
今日の気分(本文)
昨日は朝のヨガ体操、そして何より奇妙な、失礼、独創的なヨーガスートラへの接し方・解釈を聞いて、さらにその雰囲気に陶酔しているように見える一部(ごく一部ですよね??)の人を見て、ドッと疲れが出た。昨日の段階から今日の体操のお休みを決めていたので本日はゆっくりした時間に起きる。父の命日のため、三重県亀山に墓参り。もう亡くなって7年になる。いろいろな出来事が想起された。夕方までに確定申告を終えたので、税務署に提出。これで一段落。ついでに昨日、思い出したマハルシを少し読み返す。本物はすごい。読んでいるだけで歓喜が降り注いでくる...。おそらく、20世紀最大のインドの聖者だろう。少なくとも佐保田先生はそう評価されている。しかし、彼は瞑想、呼吸法の類いも「私」という意識が強まってしまうとして原則的に薦めていない。アシュタンガ・ヴィンヤサシステムなどもってのほかとなってしまう....。
昨日の内容の疑問を2つだけ挙げておくと...
1)「サンスクリット語でヨーガスートラの章句を正確に発音すると、意味の理解にかかわらず効果がある。」この話、インド哲学の専門家にうかがったところ、笑っておられた。もちろん、それを信じる人のいることは承知している。古いことばにはおそらく、音の波動、それが生み出すエネルギーが備わっている、それも事実だろう。ただ、それはヘブライ語も日本語も同じこと。言霊(ことだま)(ことばにたましいが宿る)はまさにそれである。
しかし同時に、インドでも地域によって発音は異なる。アシュタンガのオープニングマントラ「ワンデーグルナーム...」ヴァンデーを南インドではvaをwaと発音するため、「ワンデー」となる。このvaの音、結構な地域でwaに変化。インドネシアではvaの音が(日本語と同じく)ないそうである。そうなると、その地域ではチャンティングの効果はないのだろうか。あるいは、ジュニャーナ・ヨーガ(真理の知識、知恵のヨーガ)は地域によってジニャーナ、ギャーナ、グニャーナ、ニャーナと異なって発音する。ヨーガ・スートラにも頻出するジュニャーナはどう発音すればよいのか。
原典を大切にするのは重要なことだが、その意味をおおまかに理解する以前に、音を特別ありがたがる必要があるのかどうか疑問に思った。
2)内容に関してだが、ヨーガスートラはサンキャ哲学/ヨーガ哲学に立脚した経典であることは誰もが認めるところである。その定番の解釈をふまえてうえで、それに独自の解釈を付け加えるのは好みの問題だが、最初から別の学派であるヴェーダンタ的な解釈を付けて説明するのは手順としてどうもしっくりこないように思われる。
以上、昨日思ったことをことばにまとめるとこんな感じでしょうか。
コメント
koma
2008/03/13 12:18
センセ、後一日ありますが2週間一緒の空間で過ごせて楽しかったです。
日々ゴヴィンダにいじめられて(笑)、色々な思いに翻弄されましたが(進行形ですが)伊藤センセの日記を読んでかなり励みになる部分も多く本当に感謝しております!
来月のスートラ、楽しみにしてますね~。
masa_ito
2008/03/14 05:02
komaさん、コメントありがとうございます。最近、ご本人とブログのkomaさんが一致してきました。こちらこそ、2週間ありがとうございました。いろんな条件が重ならないと成立しない、きわめて貴重な経験をさせてもらったと思っています。NYCのスタッフの方はもちろん、熱心な(マニアック?)参加者がいないと成り立ちませんので。ゴビンダ先生に「かわいがり」を受けるとは素質があるんじゃないでしょうか。私のスートラ講座も是非是非受講ください。私のは気楽なものなので、気軽にご参加ください。来月お待ちしてます。
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昨日は朝のヨガ体操、そして何より奇妙な、失礼、独創的なヨーガスートラへの接し方・解釈を聞いて、さらにその雰囲気に陶酔しているように見える一部(ごく一部ですよね??)の人を見て、ドッと疲れが出た。昨日の段階から今日の体操のお休みを決めていたので本日はゆっくりした時間に起きる。父の命日のため、三重県亀山に墓参り。もう亡くなって7年になる。いろいろな出来事が想起された。夕方までに確定申告を終えたので、税務署に提出。これで一段落。ついでに昨日、思い出したマハルシを少し読み返す。本物はすごい。読んでいるだけで歓喜が降り注いでくる...。おそらく、20世紀最大のインドの聖者だろう。少なくとも佐保田先生はそう評価されている。しかし、彼は瞑想、呼吸法の類いも「私」という意識が強まってしまうとして原則的に薦めていない。アシュタンガ・ヴィンヤサシステムなどもってのほかとなってしまう....。
昨日の内容の疑問を2つだけ挙げておくと...
1)「サンスクリット語でヨーガスートラの章句を正確に発音すると、意味の理解にかかわらず効果がある。」この話、インド哲学の専門家にうかがったところ、笑っておられた。もちろん、それを信じる人のいることは承知している。古いことばにはおそらく、音の波動、それが生み出すエネルギーが備わっている、それも事実だろう。ただ、それはヘブライ語も日本語も同じこと。言霊(ことだま)(ことばにたましいが宿る)はまさにそれである。
しかし同時に、インドでも地域によって発音は異なる。アシュタンガのオープニングマントラ「ワンデーグルナーム...」ヴァンデーを南インドではvaをwaと発音するため、「ワンデー」となる。このvaの音、結構な地域でwaに変化。インドネシアではvaの音が(日本語と同じく)ないそうである。そうなると、その地域ではチャンティングの効果はないのだろうか。あるいは、ジュニャーナ・ヨーガ(真理の知識、知恵のヨーガ)は地域によってジニャーナ、ギャーナ、グニャーナ、ニャーナと異なって発音する。ヨーガ・スートラにも頻出するジュニャーナはどう発音すればよいのか。
原典を大切にするのは重要なことだが、その意味をおおまかに理解する以前に、音を特別ありがたがる必要があるのかどうか疑問に思った。
2)内容に関してだが、ヨーガスートラはサンキャ哲学/ヨーガ哲学に立脚した経典であることは誰もが認めるところである。その定番の解釈をふまえてうえで、それに独自の解釈を付け加えるのは好みの問題だが、最初から別の学派であるヴェーダンタ的な解釈を付けて説明するのは手順としてどうもしっくりこないように思われる。
以上、昨日思ったことをことばにまとめるとこんな感じでしょうか。
koma
2008/03/13 12:18
日々ゴヴィンダにいじめられて(笑)、色々な思いに翻弄されましたが(進行形ですが)伊藤センセの日記を読んでかなり励みになる部分も多く本当に感謝しております!
来月のスートラ、楽しみにしてますね~。
masa_ito
2008/03/14 05:02
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