20080424(木) <<前日 | 翌日>>

起床時刻: 03時10分

今日の気分(本文)

 とうとう永平寺の起床より早い3時すぎに起床。といっても修行するからではなく、翻訳の仕事が終わらないからだ。まあ、ここまでくればかなり細かい詰めの段階なのでできるだけのことをして手放したい。日曜日には最後の最後ということで終わりにする予定。出版社からの大英断により、500ページを超える本書を3800円で刊行いただけることに。朗報だ。これが一段落したら数日ゆっくりしたい、と思っていたのだが、新しい仕事であるヨーガ・スートラ関連書の翻訳の一部の試訳が届く。これも一両日中にチェックする予定。
 昨日、水曜日で本務校での講義はおわり。あとは本日の非常勤先での1コマのみ。ダライラマについてよく話をした週だった。タイムリーなトピックなので学生にも多少関心をもってもらえたらいいのだが...。
 光市母子殺人事件での死刑判決も出た。これについても機会があれば、いや、機会をなんとか作って授業で話そう、学生に考えてもらおうと思っている。凄惨な事件であること、その被害者である本村さんの心境たるや、小さな子どもをもつ同じ父として十分に察することができる。しかし、(すでに批判もあるようだが)「マスコミによる悪いヤツは殺せ(死刑にせよ)」という前提はひょっとすると多くの人たちも共有する感覚となっているのだろうか。ただ、判決が出たものを実行する法務大臣はネガティブな対象になっているような...。諸外国に対してはいかなる場合でも非暴力、対話を掲げつつ、国内の個人には死刑はやむを得ないのだろうか。いわゆる先進国のなかで死刑制度があるのは日本とアメリカ(一部の州ではなし)のみ。国連の人権委員会から日本にはその制度の廃止の勧告もきている。かといって、いまの制度下では、死刑にならず、無期懲役になると実質10年で仮釈放となってしまう。いろいろと考えさせられるテーマであると思う。

コメント

anonymous 須磨 2008/04/24 12:48

本当に難しい問題です。
私は先日の慈悲の言葉を思い出しては唱えるようにしていますが、
やはり自分や親しい人に対しては心を込めて唱えられても、
なかなか苦手な人や嫌いな人に対しての祈念は難しいです。
特に被害者、加害者の関係となると、相手に対して慈悲の心を向けるのは
本当に本当に難しいことと思います。
でも、人間として生まれ、このような偉大な課題に対して
悩めるということは幸せなのかもしれませんね。

masa_ito masa_ito 2008/04/25 05:50

コメントありがとうございます。ほんとうに難しいですね。ただ、自分、親しい人のみでなく、苦手な人や加害者に対しても慈悲のこころを持とうとする理想は高らかに掲げておいたほうがよいように思います。めざす境地を(たとえ実行できなくても)ここにおいておかかないと、苦手、嫌いな人間は排除せよ、悪いことした人は死刑にしろ、イデオロギーのちがう国は攻撃するしかない、と簡単になってしまうように思います。

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