2007年04月 <<先月 | 翌月>>
目標起床時刻:06:00 平均起床時刻:06:12
起床時刻の記録
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04月30日(月)
起床時刻:07時20分
振替休日だが、今日は講義あり。どのくらいの学生が出席するのだろうか、そもそも祝日に大学に来るのか疑問だったが、9割以上の学生がフツーに来ていた。普段通りの授業2コマと3年ゼミをする。
04月29日(日)
起床時刻:07時15分
いつものことだが、久々のプライマリーの翌日は筋肉痛になる。心地よいだるさだけど。カリール・ジブランの『預言者』(すばらしい!)を少し読んでから太陽礼拝のアーサナをする。午前、午後に少し気になっていた海外への連絡、文書を作成。あとは文献を少し読む。天気がよかったので、夕方から家族で外出。子供を牧野が池公園でしばし遊ばせる。評判だという長久手アピタのたこ焼きを夕食がわりに。おいしかったが、化学調味料のせいで舌がヒリヒリした。講義回数をほかの曜日とそろえるため、休日なのに明日も講義があるのがつらい。学生はふつうに通ってくるのだろうか。
04月28日(土)
起床時刻:05時30分
ヴィッパサナーの本を少し読んでから名駅へ。7時半からのアシュタンガヨガ、フルプライマリーのレッドクラスに参加(今月4回目、通算117回)。すこしお尻の筋が痛かったのでのばしすぎないように気をつけながら実践。今月は自宅でのフルプライマリーはゼロか。まあ、いいや。この後、どんな展開となるのか見守ろう。グルジの不参加は残念だが、香港行きに前向きなエネルギーをいただき、わたしも気持ちを切り替えて参加することにする。午後、香港旅行の申し込み、7月下旬のライプチヒへのフライト、9月エディンバラへのフライトを予約。かなりハードなスケジュールとなってきた。夕方、実に、実に気持ちよい天気のもと、子供と妻と散歩。みどりのなかで、あしの裏の感覚を保持しつつリラックス。仕事もしないとやばい。
04月27日(金)
起床時刻:05時00分
5時に起床。5時半前から瞑想。少し調子を取り戻してきたので、調気法をしたあと30分タイマーをセットして瞑想。前日たべもの、接したものとくに悪くないはずだが、こころがざわつき落ち着かない。その落ち着きなさを批判もせず、抑止もせずただただ観照しようとするがうまくいかない。そのうまくいかないという自我をただ見守るが、それも圧倒される。そんな小競り合いがあり、時間前に終了。前日、寝たのが遅く、寝不足もあり、2度寝する。妻の体調はすこし回復する。午前、美容院へ。午後、すこし公園で子供を遊ばせる。ヴィパッサナー瞑想の本を読む。原始仏教はしっくりきて気持ちよい。夜、メールを開けると、アジアヨガコンファレンスにグルジが体調不良により不参加との知らせが入っていた。シャラスがかわりにレッドクラスをするようだ(迷ったが、結局予定通り参加することにした)。11時から中沢新一氏と爆笑問題の対談をしていたので、それを見る。以前とかわらず、中沢氏は明晰だ。12時頃、就寝。
04月26日(木)
起床時刻:06時50分
昨日で今週の講義も終わり。週のはじめにかためて9コマを入れているため、木曜日はどうしても休養日になる。昨日、注文していた本がほとんど届く。ほとんどがスピリチュアル関連書。カリール・ジブランの詩集2冊、タゴールの思索ノート、ニジンスキーの日記、クリシュナムルティ、ケンウィルバーの本も数冊懲りずに入手。ヴィパサナ瞑想関連も3冊。あとジョージ秋山の旧約、新約聖書のマンガなど。まずは古典的名著『弓と禅』(オイゲン・ヘリゲル、福村出版)を読了。そのうち読もうと思いつつ、その機会がなかった。かなり文章がかたい(たぶん原文も)が、なかなかおもしろかった。日本の「道」にかかわる文化特有の精神性は現在のスピリチュアル文化に通じるところがある。呼吸や体の力を抜くことなど、ヨーガの実践にも関連する記載があった。
よる、学科懇親会だったが、妻が体調をくずしたためキャンセル。小さい子供がいると誰かが付きっきりで面倒をみないといけないので大変だ。おまけになぜか11時近くまで寝てくれなかったので、自分の仕事のほうは全然進まなかった(いつもは9時には寝てくれるのに)。関心のある本は読めてよかったが。それから3時間15分の力作ドキュメンタリーYoga Unveiledも見る。ヨーガの西洋社会への導入の経過を確認できた(英語版ですが、借りたい方いらっしゃったらお声をかけてください)。12時すぎに就寝。
04月25日(水)
起床時刻:04時30分
今日も4時台に起床。少し前までは、フルプライマリーを早朝することになんとなく、いや相当、重きを置き、それができるかどうかで一喜一憂していた。そうしないようにつとめてはいたが...。その結果、できそうもない日は早起きすることもめんどくさくなっていたのだった。たぶんそういうことだと思う。ここ1〜2週間でそうした意気込みもだんだん落ちてきた。修習と離欲への理解が深まったと思いたい。あるいは滑落とも言うのだろうか?そして以前は、フルプライマリーができないときは「太陽礼拝のみしかできなかった」とか書いていたし、考えていたところがあったが、この太陽礼拝こそ、アシュタンガヨガの根本であることを再認識。グルジにより書かれた小冊子を読み直す。
本日、呼吸法、瞑想のあと、太陽礼拝。Aの9つのヴィンヤサ(呼吸とうごきの連動)、Bの17のヴィンヤサにおいて、目線、呼吸、バンダ、内部感覚(手、足の指先、思考の動きなど)への観照をつづけつつ実践。
***
グルジ曰く、
最後にもう一度繰り返します。どんなアサナ[ヨガの体位]の練習も太陽を崇拝する心がなくては完全ではありません。精神的なエネルギーを集中せずにヨガを練習しても、体操よりいくぶんましなだけであり、意味もなければ得るものもないのです。くれぐれも、スリヤ・ナマスカラ[太陽礼拝]を単なる肉体的なエクササイズーーなにかのついでにやるような、ヨガのいろんなポーズに入る前のただの前置きーーと誤解することがなにように。(『スリヤナマスカラ小冊子』pp.9-10)
***
本日、3コマの講義。自分の仕事関連は明日以降にする予定。
04月24日(火)
起床時刻:04時40分
2日連続で4時台起床。それでも日の出が早くなってきており、洗面やら朝の読書を少しして5時がまわるころには空は明るくなってくる。軽く瞑想をするが、まだからだのだるさがとれず、2度寝をして7時前に起床。それから太陽礼拝のアーサナをじっくり呼吸、内部感覚を味わいつつ行う。1限から授業があるため8時半ごろ家を出る。講義、卒論面談、講義、卒論面談をして夕方まで仕事。その合間に、小山氏の『ヨーガの極意』を精読。なるほど、と思えるところが多々あった。テキストの項目執筆がはかどらず困っていたが、今日たまたまお会いしたO氏もまだ進んでいないとの情報を得て、すこし安堵。わたしも連休明けを目標にがんばりたい。
04月23日(月)
起床時刻:04時40分
久々の4時台起床。最近、朝、エックハルト・トールの本を思いつくページ開いてはすこしずつ読んでいる。今日もその日課をしてから少し呼吸法をしてから瞑想。そのあと、からだの状態をみて、太陽礼拝と頭立ちのポーズをする。いずれも、思考、感情、からだの状態を観照することをこころがけた。
松坂の投球を途中までみてから大学へ。フィールドワーク論でカルト問題、比較文化特講で日本人が宗教意識の乏しい理由を扱う。自分の仕事は全然できなかった。10時半頃就寝。
04月22日(日)
起床時刻:06時50分
土曜日のレッドクラスのあと、ここちよい疲労感が翌日に残るようになってきた。つまり、フルプライマリーを毎日していないので筋肉痛になるということだ。別に最近は気にならなくなってきたけど。日曜日にもかかわらず、本日大学へ。オープンキャンパスのイベント、「和歌もメールも想いを届ける」とかいうトークセッションに参加。約50名くらいの高校生に対して、文学部教員4名が対談のようなことをする。あまり議論を掘り下げる時間はなかったが、今日のメール、ブログ文化を平安時代以降の手紙、日記文化と対比するのは面白そうな試みという気がした。昼過ぎには業務も終わり、途中アピタで降ろした妻と子をむかえ、昼を食べてから帰宅。自分の仕事を少しするが、疲れが残っていて昼寝をしたりしてすごす。
04月21日(土)
起床時刻:05時30分
目覚まし通りに5時台に起床。土曜日は5時台に起きることがまったく苦ではない。レッドクラス(インストラクターのカウントに合わせてヨガのポーズをとっていくクラス、フルプライマリーは約1時間半かかる)に出ることはたのしいのだろう。結構
汗をかいての1週間ぶりのフルプライマリー(今月3回目、通算116回)。間隔があいても気にならなくなってきてしまった、実にやばい。それでもマインド、からだの感覚を観照しながら練習に取り組めた。グループでのクラスはエネルギーも高く、内側に深く入りやすいように思う。昼までの間、項目執筆にかかわる文献を読む。また小山一夫氏の新刊書『ヨーガの極意』もおおまかにだが、半分以上は目を通す。先日抱いた疑問はとくに解消されない。顕教であるラージャヨーガと密教であるハタヨーガ、クンダリーニヨーガが、氏のアプローチにおいてどのように折り合いがつくのか疑問のままだ。
12時半からヨーガスートラ研究会の2回目。予定ほどは進まなかったが大体カヴァーしたい事柄は押さえられた。少なくともわたし自身は、こうした貴重な機会をいただき、スートラ、そのほかのインドのスピリチュアル文化への理解は少しずつだが深まってきている。実にありがたいことだ。
04月20日(金)
起床時刻:08時20分
昨日は土曜日のスートラ研究会用に先日行われた小山一夫先生のワークショップの内容をまとめる。整理してみると疑問点などもクリアとなる。あとは、項目執筆のために英語文献を読み進める。
本日、5時半の目覚ましを消して、気がついたら8時台だった。どうも家でのヨガへの取り組む真剣さが欠けている。まず、早起きすることが楽しいことにつながるのだという環境づくりが必要かも。それから先日受けた人間ドックの結果を受け取る。鼻の炎症があるとのことだったが、その前一週間ほど風邪をひいていた影響だと思う。また昨年に引き続き、これまでなぜかひっかかっていた総コレステロール値が基準以内に。それ以外もほぼすべて正常値だった。甘いものを食べ過ぎているけど(コーヒーも1年ぶりに飲み始めたけど)、菜食を基本とした食事、アシュタンガ・ヨガのからだへの影響ともに問題なさそうだ。夕方、会議出席のため、大学へ。
04月19日(木)
起床時刻:06時50分
04月18日(水)
起床時刻:05時00分
『シッダールタ』を読んで、独特の世界に入ったまま就寝したが、そのままの感じで起床。少しだけ瞑想してから太陽礼拝を丹念にする(←アシュタンガ・ヨーガの基本的なポーズで、約15分くらいかけておこなう体操です。お祈りではありません。)。そのあと、本の続き、終盤を読む。7時半すぎ、非常勤先の中京大学豊田キャンパスへ出発。大学の駐車場にすこし早く着いたので『シッダールタ』をそこで読了。なんという終わりかた。ただ、ただ、すばらしかった。何度読んでも新たな発見がある。
1限は「臨床の社会学」で、日本人の宗教性について講義。そのあと、本務校へ移動。昼の会議、3限「現代社会と宗教」、4限「地域研究(イギリス)」の講義、さらに文学部教授会。7時すぎに帰宅。かなり疲れた。12時前に就寝。
『シッダールタ』を久しぶりに読み、最初に読んだ高校1年生の頃のことを思い出す。ボート部に所属しながら、渡し守(ヴァズデーヴァ)のような人へのあこがれと直接会う機会があるかどうかに関心をもっていた。それ以後、社会全般への知識、世の中の仕組みについては多少なりとも詳しくなったし(社会性は身に付かなかったけど)、英語、文章執筆などのスキルも身につけた。しかし、スピリチュアルな関心、探求、理解力はあんまり変わっていないようだ。ヨーガ・スートラを勉強したおかげでサンキャ哲学にすこし詳しくなり、いくつかの教典は以前よりもよく理解できるようになったけど。ただ、それくらいだろうか。まったく記憶に残っていないが、『シッダールタ』の最後のほうに線が引っ張ってあった。いつ引いたのだろう?
***
シッダールタは(旧友のゴーヴィンダに)言った。「私がおん身に何の語るべきことがあろうか、おん僧よ。おん身はあまりにさぐり求めすぎるとでも言うべきかもしれない。さぐり求めるために見いだすに至らないのだとでも」
「いったいどうして?」とゴーヴィンダはたずねた。
「さぐり求めると」とシッダールタは言った。「その人の目がさぐり求めるものだけを見る、ということになりやすい。また、その人は常にさぐり求めたものだけを考え、一つの目標を持ち、目標にとりつかれているので、何ものをも見いだすことができず、何ものをも心の中に受け入れることができない、ということになりやすい。さぐり求めるとは、目標を持つことである。それに反し、見いだすとは、自由であること、心を開いていること、目標を持たぬことである。おん僧よ、おん身はたぶん実際さぐり求める人であろう。おん身は目標を追い求めて、目の前にあるいろいろなものを見ないのだから」(新潮文庫、p.138)
***
私のヨーガへの取り組みにも当てはまるのだろうか。20年以上前のわたしがいまの状況へメッセージをくれたのだろうか。いや、昔も今も課題はかわらない、ただそれだけかもしれない。
04月17日(火)
起床時刻:05時50分
なんとなく5時台に起床する。あまり体調はよくないような感じがする。自宅を出る前に少しだけ事務仕事をしてから1限目の国際文化入門のクラスへ。同時多発テロ関連の話をする。現在18歳の大学一年生にとっては、中学1、2年のときの出来事なので今ひとつピンとこないところもあるようだ。数回講義をするとかなり理解してくれるようになると思う。
サンスクリット語をならう先生がご病気のため、その後時間があき、久々にクリシュナムルティを読む。言わんとすることはわかるが、今のわたしにはどうも合わない。ラマナ・マハルシも。とことん、頭を使う、自問自答していく感じ...。その点、『ヨーガ・スートラ』はスピリチュアル探求の初心者でも山登りできるマニュアルとなっておりありがたい。
続けて、仕事の締め切りがあるにもかかわらず、日曜日のワーックショップで小山先生が推薦していたヘッセの『シッダールタ』を読む。わたし自身にとっても人生でもっとも感銘を受けた本ベスト20には入っている貴重な本だ。『スピリチュアリティを生きる』(樫尾編、2002年)の文末にある、執筆者による推薦図書のコーナーでもわたしが真っ先に思いついて挙げた本だ(ちなみにほかには、手塚治虫『火の鳥 鳳凰編』、リチャード・バック『One』、福永光司『荘子』などをピックアップ)。たぶん5回くらいは読んだと思うが、けっこう久しぶりに読むので、忘れている箇所、再発見した箇所もあって興味深い。それにしても、ヘッセはどうしてここまですごい内容にまとめられたのだろう、と今回は著者のすごさにも感服した。
4限で英書購読の講義をし、そのあと事務仕事、シッダールタのつづきを読んでから帰宅。夕食後、さらにつづきを読んで10時ごろ就寝。クリシュナムルティによって頭を混乱させられた(自我を破壊してもらったとも言える)一日でもあった。
04月16日(月)
起床時刻:07時10分
ほんと、最近、早起きができていない。モーティベーションがさがっている。が、昨日、久しぶりにスピリチュアルな刺激を受けたので気分はよい。小山先生から名前の挙っていたラマナ・マハルシの『不滅の意識』を持参して大学へ。講義がはじめるまで、昼休み、しばし読書。しかし、ジュニヤーナ・ヨーガは以前からわかっていることだが、わたし向きではないような気がする。最近のヨーガへのやる気のなさも、花粉症以外の理由では、マハルシの弟子であるガンガジの本を2月に読んだことが明らかに関連している。クリシュナムルティにせよ、マハルシにせよ、あるいは老子にせよ、彼らの説く無為は修行の上級者向けのメッセージだ。そのメッセージの影響もあって大学受験も失敗した(??)。わたしにはアシュタンガ・ヨガのようなオーソドックスなメソッド、適度な禁欲、アメリカ文化の香りがする現代風のもののほうがあっているように思う。
講義はフィールドワーク論、比較文化特講、3年ゼミの初回を無事終える。学生の雰囲気もなんとくつかむ。授業後、研究室においてある(これも昨日小山先生から名前の挙っていた)クリシュナムルティのビデオをもって帰宅。明日は新月。アーサナを正当な理由でお休みできるので、クリシュナムルティのビデオでも見てから寝ることにしよう。
04月15日(日)
起床時刻:07時00分
昨日の久々のレッドクラスによる筋肉疲労のため、からだの深部の疲れがまだある。心地よい疲れではあるけど。日曜日のため、アーサナはお休みにする。午前、妻と子供と一緒に鶴舞公園へ散歩に行く。締め切りの仕事をかかえており、完全に開放的にはなれなかったが、春の陽気が心地よかった。勤労会館で開催されている給食フェアで試食をする。マクロビオティック、新谷式にせよ、あまり牛乳をすすめていないのだが、小学校では子供に(アレルギーの子を除いて)牛乳をいまだに飲ませているようだ。
午後、項目執筆の作業を少しだけして、夕方から名駅ヨガスタジオへ。私は初対面となる、「火の呼吸」で有名な小山先生のヨーガスートラ・ワークショップに参加する。約2時間半の間、ヨーガの多方面にわたる内容を解説、一部の実践もおこなった。話には聞いていたが、説得力のある独特の話し方、人目をひくデモンストレーション、ヨーガへの造詣の深さ、独自の解釈、かなり興味深かった。なんだかほっとさせていただけるメッセージでもあった。いろいろと疑問も浮かび質問したいことがあったが、時間の関係で講義を終えてすぐに帰られた。
確認、再確認できたこと:オーソドックスな佐保田、岸本、中村ラインでのヨーガ・スートラ理解の正当性、集中から観照への位相転換、アーサナへの観照の応用、ラマナ・マハルシやクリシュナムルティの重要さなどなど。
疑問、考慮中の事柄:1)ヨーガ・スートラの三昧は途中段階にすぎないと言われた意味(スートラのあとウパニシャッドへ至るということ?、無種子三昧以上の三昧があるのか?)、
2)クリシュナムルティにせよ、マハルシにせよ、こざかしい方法をすべて排した洞察、観照、「私とは誰か」の問いをするというシンプルさにその魅力の一端がある。これとインスタントな実例、プラクティスと両立するのか。そもそもインスタントな三昧技法で無種子三昧に至れるのか。サンスカーラ(行)/潜在意識関連の問題はどうなるのか。
3)顕教としてのラージャ・ヨーガの話というが、やはりベースは密教としてのクンダリーニヨガに基づく解釈ではないのか。方法、その効用を語るあたり。
3)(小山氏の問題というより、すぐれたヨギーへの質問)出家者向けのプラクティスを現代日本で社会生活を送る人々への応用可能性、およびその問題点。あるいは世界の悲惨への共感的なまなざしに関して。
いずれにせよ、いろいろと深いところからの気づきを起こさせていただけるワークショップだった。
帰宅後、すこしぼっとして12時前に就寝。
04月14日(土)
起床時刻:05時15分
マックのシステムを更新した際にトラブルが起き、自宅でネットがうまくできない状態が長らく続くが、なんとか回復。
ここのところ、風邪の影響もあってヨガが全然できていなかった。
先週からのおもな出来事としては、先週土曜日からヨーガスートラ研究会がはじまる(全8回)。熱心な15名の参加者とともに初回を無事終える。サーンキャ哲学の話、心の停止した状態をうまく伝わるように説明できないのが目下の課題。まあ、自分自身、十分体得していないので仕方ないが。
今週火曜日からは春学期がスタート。すでに6科目の初回を無事終える。水曜日1限、中京大学豊田キャンパスの「臨床の社会学」は昨年より100名くらい多い180名が参加。「地域文化研究(イギリス)」も約80名と昨年より多そうだ。人数が多いと活気があってよいのだが、採点がたいへんで困る。あとは大体、予想どおりの人数か。
項目執筆(いまだにやっています)は学期もはじまり、少し悪戦苦闘しております。なんとか、がんばりますが、最終締め切りにおくれるかもしれません。
昨日は11時半頃就寝。本日、かなり久しぶりに5時台に起床。名駅のスタジオにて、なんと2週間ぶりとなるフルプライマリーのレッドクラスに参加(今月2回目、通算115回)。こんなにあいたのはこの1年ではじめてかもしれない。最後までできるかどうか心配だったが、スタミナ、柔軟性ともにそんなに変わらなかった。集中はかなりできた。マインドのうごきも観照しつつアーサナを味わって実践できた。帰宅後は、自宅の掃除、パソコンの修理を電話相談(総計10時間は費やしている)、午後の散歩、あとは項目執筆のための文献読み。4つのうち2つのドラフトを書いたが、いま3つ目の構想がまとまっていない状態。仕事はいま一つだが、ヨガのおかけで心地よい疲労感とともに早く寝られそうだ。
04月06日(金)
起床時刻:06時45分
04月05日(木)
起床時刻:06時40分
風邪は治りかけだが本調子ではなかった。来週からの講義作成の作業をして、入学式後の対面式に参加するため大学へ。その後、会議。週末の研究会、来週からの講義関連資料の印刷、コピーをして夕方帰宅。そのあと、山崎川の桜を家族とともに花見。少し散り始めだが、家族と一緒に恒例の花見もできてよかった。どうも疲れがとれず9時ごろに就寝。
04月04日(水)
起床時刻:07時30分
04月03日(火)
起床時刻:07時00分
満月のためヨーガはなし。体調がすぐれず、雑用を少ししただけ。夕方、妻と子供を名駅に迎えに行く。外食する気力もなかったので、適当なものを買って自宅で食べる。10時ごろ就寝。
04月02日(月)
起床時刻:06時50分
2日連続でフルプライマリーをしたこと、また2年ぶりくらいの風邪のためののどの痛みもあってヨーガはお休み。前日早く寝た割りに早起きできなかった。たぶん、風邪のせいだろう。一日の大半を今週末からはじまる「ヨーガ・スートラ定例研究会」(月2回、全8回)の準備に費やす。カバーする内容を欲張りすぎず、じっくり進んでいくことが一番の目標だ。翻訳も少しだけ進ませる。
04月01日(日)
起床時刻:04時30分
前日10時前に就寝、本日4時台に目覚める。起きてすぐ、翻訳の仕事に取り掛かる。まあまあ、朝から4時間くらい集中して仕事も進む。家族も家にいないので、2日連続で名駅のヨガスタジオへ。10時半からのフルプライマリーのレッドクラスに参加(今月1回目、通算114回)。日曜日も混んでいるのかと思っていたがそうでもないようだ。全部で4人だった。風邪で多少せきがでる以外、気持ちよくできた。帰りにパソコン修理に必要なケーブルを購入し、再度カスタマーセンターに連絡。実に2時間以上電話でアドバイスを受けたが、結局直らず、必要なソフトを送ってもらうことになった。こうしたトラブル、年に1回くらいはある。古いパソコンを使い、何とか最低限の仕事はできるようにする。ネット環境もなんとかなったが、インライン変換ができないこと、ネットのいくつかは古いシステムのせいで開けない。日記も文字化けして書き込めない状態に。風邪は悪化するが、仕事はそこそこはかどった。
