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起床時刻推移グラフ

目標起床時刻:06:00 平均起床時刻:05:05

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03月31日(月)

起床時刻:05時20分

 今日で3月もおわり。今年もすでに4分の1が終わったことになる。早すぎる...。昨日同様、洗面のあとすぐに仕事の続きに取りかかる。一段落したところで軽くヨガ体操。夕方2時間休憩(買い物、明日出張の準備など)した以外はずっと仕事。それでも予定のノルマを終える事はできなかった。まあ、仕方ない。新幹線のなかでもう少しだけでも進めておきたい。とにかくよい本なので、少しでも完成度をあげて恥ずかしくない水準にして出版したい、それだけだ。明日はこれまで結構な数の本を読んできた産調出版に行って打ち合わせの予定。少し楽しみだ。

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03月30日

起床時刻:05時40分

 起床して10分後から仕事をスタート。午前に携帯をドコモからソフトバンクに変更する手続きに手間取る。それ以外は子どもを妻に見ててもらって、ほぼずっと仕事に専念。できるだけ仕事を進めておいて、火曜日の東京出張に備えたい。

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03月29日

起床時刻:04時50分

 朝、4時台に起床し、準備を整え名駅へ。約1か月ぶりのフルプライマリーのレッドクラス。プラクティスをする前から体調のよさを感じていたが、プラクティス中もずっと調子がよかった。前回体操をした火曜日のときもそうだった。年に数回あるかどうかの調子のよさだった。季節の変わり目だからだろうか。体のなかで何かが変化しているのだろうか。身体はそんな具合でパッとしないことが多いが、気がつけば、精神のほうはこの1年、あるいはそれ以上すこぶる調子がよい。ヨーガのおかげであろう。
 帰宅後、家族と母をつれて山崎川に花見。まだ五分咲きくらいだったがなかなかの美しさだった.午後、新車プリウスが届く。これですこしは温暖化にたいする罪悪感を軽減して車に乗ることができる。その車用のチャイルドシートを買ったり、雑用をしていたりしたので、仕事のほうはほとんど進まなかった。

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03月25日(火)

起床時刻:04時50分

朝ヨガをマイソールクラスに参加してした後、大学図書館へ。桜もちらほらと咲いているところもある。

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03月24日(月)

起床時刻:07時30分

 土曜日は天気がよかったので家族で牧野が池公園に散歩して昼食。それ以外はずっと翻訳ゲラ3校の直しに専念。日曜日は妻が友人結婚式参加のため大阪に行ったので、私が一日子どもの世話をする。午後は水族館へ。イルカは人間と同じ進化の過程で、一旦陸上生活した恐竜が再び海に戻っていったのだという。いまから6万5千年前のこと。むかし本で読んだ気がするがその事実を再認識する。
 本日は、午前は家の雑用をし、午後はずっと図書館でゲラのチェック。来週火曜日までには大体を終わらせるつもりで仕事している。

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03月22日

起床時刻:06時10分

 朝、翻訳書の2校ゲラが届く。文献リスト、あとがきも入れて540ページ。3校で索引が加わるのでさらに分厚くなる。さあ、見直しをはじめよう。

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03月21日(金)

起床時刻:05時50分

 一日雨の日、晴れの日は花粉がまっていたりでやや心身ともにやや低調な日もあったが、少しずつ仕事を進めている。
 5月刊行の『宗教社会学:社会のなかでの宗教』(明石書店)の2校のゲラは明日届き、4月7日までにチェックを終える予定。その準備の仕事を今週はしていた。
 グレゴール・マーレ著『Ashtanga Yoga: Practice and Philosophy』の版権獲得ができた場合(現在、交渉中)には産調出版(グルジの『ヨガ・マーラ』、ジョン・スコットの『アシュタンガ・ヨーガ』を出版)から刊行する方向で話を進めている。4月1日に出版社の担当者と打ち合わせをする予定。できれば、この本のなかにくわしい「解説」をいれて、本書一冊で『ヨーガ・スートラ』をある程度包括的に学ぶことができるようにしたいと考えている。
 6月のchama先生とのヨガ合宿では、私は『バガヴァッド・ギーター』にかんする入門的概説(90分の座学2回)をする方向で考えている。その準備も少しずつ進め始めている。この本、少し読むだけで魂の奥深くまで揺さぶられるような感じがして、ただただすばらしい・・・。その魅力の一瞥だけでも伝えられたら幸いなのだが、うまくいくでしょうか。
 ヨガ体操、ヨーガ理論の学習にかんする3年くらい先までの目標を定める(目的的になると手段が目的化しますが、やはりおおまかにはあったほうがヨーガ道を進みやすい気がします)。公言できるほどでもないので、聞かれたらこっそりお話します。

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03月18日(火)

起床時刻:04時50分

03月17日(月)

起床時刻:06時50分

 子どもと共に起床。2週間前に風邪をこじらせたときは不機嫌状態が数日続いたが、それ以後は毎日ほぼずっと楽しそうだ。こちらもそうありたいものだ。起床後、いつもの日課。それからジューサーで作った野菜ジュースを飲む。新谷先生の『病気にならない生き方』シリーズを読んでからずっとジューサーを買おうと思っていたのだが、なかなかきっかけがなくそのままになっていた。しかし、ゴビンダ氏の講義を聞いて即購入。彼から得た恩恵の1つだ。毎回有機野菜というわけにはいかないが、予算の範囲でいろんな野菜、リンゴなどを入れて飲んでいる(おもに、ほうれんそう、セロリ、パセリ、にんじん、りんご、レモンのなかのいくつか)。妻、こどもともに大好評。この2週間での失敗は大根をいれた回(とにかく、辛かった)、そして今回のにんにく。ほんの半かけらでも強烈なにおい、そしてからだが活気づき、おちついた仕事をするにはやや強いかもしれない(強壮にはよいのだろう)。ということで、午前から夕方まで図書館、場所を移して研究室で仕事をするが、少し気が落ち着かない感じがした。仕事は軌道に乗る前の準備段階といったところ。新しい仕事の準備も少しだけ進めている。

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03月16日

起床時刻:07時40分

 前日、卒業式、謝恩会とあってすこし気が高ぶったのか2時すぎに就寝。本日、7時台に気持ちよく起床。かるくヨガ体操をしてからだをほぐす。9時から子ども関連の訪問。昼から東山動物園へ家族と出かける。花粉がまっているのはつらいが、春の到来をつげるすばらしい天気のもと、動物園、植物園を散策。子どももたいへん喜んでいた。星ヶ丘三越で買い物をして夕方帰宅。1校ゲラを先週出してから十分休息をとれたので、明日から本格的に仕事を再開する予定。

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03月15日

起床時刻:07時40分

 久しぶりに7時台に起床。前日までの疲れもとくになし。背骨はやや痛いかもしれない。以前の日課ヨーガに戻し、太陽礼拝とプラーナーヤーマを丁寧にする。呼吸がいつもよりスムーズに長く続くような感じだった。ヨーガスートラの翻訳企画が一歩だけ進んだので、そろそろこちらもさらに理解を深める探究をしていきたい。
 昨日の雨から本日は快晴。午前は卒業式、学位授与式で卒業生に賞状を渡す。学年によってゼミ全体の雰囲気、学年全体の個性も違う。この学年の4年間の記憶がよみがえる。午後は天気もよいので、家族と熱田神宮へ。森のなかの梅がうつくしい。夜はマリオットホテルにて謝恩会。一部の卒業生としか話せなかったが、印象的な対話ができた。
 ヨーガスートラに出てくる、有想三昧と無想三昧は雲泥の差のように若い頃は思っていた。しかし、最近、この2つはほんのちょっとの違いなのではと思うようになった。と、梅にまつわる禅の話を引用されながらインド哲学の権威は以前、お話になった。その先生が謝恩会の最後に挨拶され、こんなことをおっしゃっていた。「みなさんな時間を羊羹のようにのっぺりしたもの、あるいは時刻表のようにきちんとしたものと思っているかもしれません。しかし、私は時とは太鼓をトンと打つようなものだと捉えています。つぼみの花はあるとき一瞬で開花するように...。」サマディに何となくつながるような、印象深いお話だった。

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03月14日(金)

起床時刻:04時00分

 やっと、やっと、やっと、おわった。ゴビンダ先生による2週間のマイソールクラス。仕事とさぼりで計2日休んだが、13日間で10回フルプライマリーを実践。朝4時起床も最初から最後までそんなに苦ではなかった。ヨガ体操も多少脚の筋を痛めたが、たいしてつらくもなかった。先生のアジャストや「見切り」も、噂されていたようなことはまったくなく、別段ほかの先生方よりきついとも思わなかった。
 とにかく辛かったのが座学の時間。といっても3回参加しただけで、あとはreeさんに録音をお願いしてさぼってしましましたが...。何といっても自分にピンと来ない話を長時間聞く、あるいはその場に立ち会うのはつらい。かなり完成度の高いまとまった内容だった回もあるが(だってラマナ・マハルシがオリジナルなので)、私がめざすヨーガの方向とはかなり違うような気がした。アシュタンガ・ヴィンヤーサ・ヨーガを長らく実践すると、ある程度似たような境地に達するわけではない(心より尊敬するデイヴィッド・スウェンソンとは物腰、人生への姿勢、ヨーガの捉え方などなどがことごとく違う)、それが明確になっただけも今回は大きな収穫であった。
 座学の内容はともかく、毎朝真剣に練習される方々が生み出す空間は実にすばらしいものだった。そこに参加させていただいているだけでも貴重な体験をさせていただいたと心底思っている。朝練に参加された方々すべてに心より感謝したい。また、こうした機会を企画されたSeishin先生(この2週間はどうされたのでしょうか??)、毎日のすべての業務を完璧にこなされ、しかもご自身練習までされていたたreeさんには深く深く感謝いたします。ありがとうございました。
 つぎは4月末のchama先生のマイソールクラス、5月末はナンシーギグロフのワークショップ、そして6月中旬はchama先生と私とでアーサナ&座学の2泊3日の温泉(?)合宿、とイベントはつづく。その間も日々のヨーガのプラクティスを続けていこうと思っている。

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03月13日(木)

起床時刻:04時00分

 いつものようにヨガ体操からスタート。ここまですると体にもよくないような気がしてきたが、残すところあと1日。これが終わったら、体操の量はうんと減らして、呼吸法、瞑想、聖典の学習を中心にしていきたい。どうも私は年齢、体質、その他の要因によるのだろうが、アーサナ中心のプラクティスは合わない...というか、フルプライマリーは週2回(1回だと筋肉痛になる)にして残りで別の組み立てにしたほうが、いまの自分には合っていると思っている。
 今日は妻、こどもを連れて平針の農業試験場で梅を見て来た。花もさることながら、平和な日本であることに感謝し、今後もそうあることを心より祈念した。あとは、雑務を少々。そろそろ、翻訳の仕事の再開をする予定。

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03月12日(水)

起床時刻:06時30分

 昨日は朝のヨガ体操、そして何より奇妙な、失礼、独創的なヨーガスートラへの接し方・解釈を聞いて、さらにその雰囲気に陶酔しているように見える一部(ごく一部ですよね??)の人を見て、ドッと疲れが出た。昨日の段階から今日の体操のお休みを決めていたので本日はゆっくりした時間に起きる。父の命日のため、三重県亀山に墓参り。もう亡くなって7年になる。いろいろな出来事が想起された。夕方までに確定申告を終えたので、税務署に提出。これで一段落。ついでに昨日、思い出したマハルシを少し読み返す。本物はすごい。読んでいるだけで歓喜が降り注いでくる...。おそらく、20世紀最大のインドの聖者だろう。少なくとも佐保田先生はそう評価されている。しかし、彼は瞑想、呼吸法の類いも「私」という意識が強まってしまうとして原則的に薦めていない。アシュタンガ・ヴィンヤサシステムなどもってのほかとなってしまう....。
 昨日の内容の疑問を2つだけ挙げておくと...
1)「サンスクリット語でヨーガスートラの章句を正確に発音すると、意味の理解にかかわらず効果がある。」この話、インド哲学の専門家にうかがったところ、笑っておられた。もちろん、それを信じる人のいることは承知している。古いことばにはおそらく、音の波動、それが生み出すエネルギーが備わっている、それも事実だろう。ただ、それはヘブライ語も日本語も同じこと。言霊(ことだま)(ことばにたましいが宿る)はまさにそれである。
 しかし同時に、インドでも地域によって発音は異なる。アシュタンガのオープニングマントラ「ワンデーグルナーム...」ヴァンデーを南インドではvaをwaと発音するため、「ワンデー」となる。このvaの音、結構な地域でwaに変化。インドネシアではvaの音が(日本語と同じく)ないそうである。そうなると、その地域ではチャンティングの効果はないのだろうか。あるいは、ジュニャーナ・ヨーガ(真理の知識、知恵のヨーガ)は地域によってジニャーナ、ギャーナ、グニャーナ、ニャーナと異なって発音する。ヨーガ・スートラにも頻出するジュニャーナはどう発音すればよいのか。
 原典を大切にするのは重要なことだが、その意味をおおまかに理解する以前に、音を特別ありがたがる必要があるのかどうか疑問に思った。
2)内容に関してだが、ヨーガスートラはサンキャ哲学/ヨーガ哲学に立脚した経典であることは誰もが認めるところである。その定番の解釈をふまえてうえで、それに独自の解釈を付け加えるのは好みの問題だが、最初から別の学派であるヴェーダンタ的な解釈を付けて説明するのは手順としてどうもしっくりこないように思われる。
以上、昨日思ったことをことばにまとめるとこんな感じでしょうか。

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03月11日(火)

起床時刻:04時00分

 昨日同様、ヨガ体操のルーティーンをこなす。別にどうということはないが、特別な心理操作(観照)を心がけないと単なる運動になってしまいやすいことも実感。あと、ある著名なインド哲学の先生の本に「本来体をしずめ心を静観するヨーガの目的が、ハタヨーガの発達によって、逆に体のみならず心まで活発化させてしまった」と書かれていた。当時はそうと言い切れるのか疑問だったが、結構的を射ていると思うようになった。前日引用したOshoの言葉同様、この先生はハタヨガは、本来ヨーガスートラが示すラージャヨーガの準備段階のために誕生したが、歴史的変遷によってその手段が目的化した(アーサナ中心主義ですね)と述べておられる。この指摘もおおむね正しいのではないかと思うようにっている。
 前日、ゲラの直しが終わったので、本日は確定申告の書類を作成。かなり時間かかったがおおよそ完成。あとは子どもの世話をして夕方まで過ごす。
 夜はゴヴィンダ氏によるヨーガスートラの座学。大体の内容は受講した人のブログ、あるいは私のスートラ講座に流れてきた(?)人たちのお話から想像はついたが一度私自身受講する機会を得たかった。そうした機会が地元名古屋で得られて実にありがたい。内容に関して...まあ、いろんな人がいろんなアプローチをするのはよいかと思います(笑)。少なくとも、私がスートラ講座をするニッチ(市場の隙間)はあること、その意義も多少はあるのではないかと多少の安堵感をもてた。
 いくつかの氏の座学で気になっていた「エゴ」「マインド」「経験する者」「あなた」などの言葉の意味について座学終了後、率直におたずねした。「ゴヴィンダ先生のお話はあるときは(ヨーガスートラが立脚する)サンキャ哲学をベースとして、しかし大半は(それとは別の系統であるヴェーダンダ哲学に依拠する)ジュニヤーナ・ヨーガに基づいて話しているためなのか、言葉の一貫性がたまに失われるため、私は理解に混乱が生じている。基本的に、お話の内容はジュニヤーナ・ヨーガのものである、もっと言えば、ラマナ・マハリシの世界とほぼ一緒と思ってよいのか」。答えは、「自分のなかでサンキャもヴェーダンタも統合しており矛盾ないが、そういわれるのならそうかもしれない。確かにシャンカラ、ラマナマハリシといったヴェーダンタの人たちは自分がもっとも影響を受けたヨギーである。」というような内容。ご本人から確認がとれてすっきりした。
 よい機会なので、ラマナ・マハルシの『あるがままに』『不滅の言葉』を読み返してみようと思う。ちなみに私自身にとっても、マハルシは特別な存在で、高校2年生4月の進路相談のときに、「20歳になったら南インドのマハルシのアシュラムで修行するので大学に行かない」と答え、担任と親から叱責された...。そのとき学んだものがいまもヨーガ理解の原点となっている。よく見失うのだが...。

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03月10日(月)

起床時刻:04時00分

 2週間の折り返しを過ぎて、後半初日のヨガ体操。前日、マラソン関連のニュースを見ていて寝るのが遅くなったが、これまで通り4時に起床できた。マイソールクラスは独特の雰囲気、やはりここは「虎の穴」(知らない人のために:タイガーマスクを生んだレスラーの秘密訓練組織)に一番近いのかもしれない...。そして私はその末端にくっ付いている見習いの生徒といったところか。ゲラのほうは、一応自分担当箇所を見終えて6時すぎに宅配所へ出しに行く。かなり時間がかかった。また2週間後に2校が来る予定。
 上記に関連してヨガ体操をする人たちが心に留めておくとよいかもしれないOsho(ラジニーシ)によるメッセージを2つ紹介します(ヨーガ・スートラ定例研究会において議論の題材として配布したものです)。
***
ヨーガの道はとても長い。多くの生を要するかもしれない。それに、あなたがどこまで持続できるか、忍耐強く我慢できるかなど誰にもわからない。
 ヨーガに降りかかった運命。それは、いわゆるヨーガ行者たちがただ身体的なポーズをやり続けているだけ、というものだ。彼らは決してそれ以上深いところへ行こうとはしない。それに、それをやるだけでも一生かかる。もちろん彼らはより健康になるし、寿命も長くなる。だが、それは重要ではない!健康になりたければ、ジョギングでも、ランニングでも、水泳でもやればよい。寿命を延ばしたければ、医学的なケアを受ければよい。
 問題は、いかにして深い眠りの中で意識的であるかということだ。しかし、あなた方のいわゆるヨーガ行者たちは、どうやって頭で立つか、いかにして身体をねじ曲げるかを教え続けてきた。ヨーガはある種のサーカスになってしまった。全くの無意味だ。ヨーガは真の重要性を失ってしまった。
 私にはヨーガ本来の特性、本来の重要性を復活させるためのヴィジョンがある。その目的は、深い眠りの中で意識的でいることだ。それがヨーガの本質だ。だから、もしヨーガ行者がそれ以外の事を教えているとしたら、それらはすべて無意味だ。

真のヨーガ
ヨーガの名で知られているすべては、単なる入門的なものだ。
それらの体のポーズ、アーサナ、呼吸法などは単なる肉体の準備だ。
しかし多くの者がその中で道に迷い、彼らの全人生は一種の体操にただ浪費される。
それそのものは良い。何も悪くない。
健康に良く、活力を与え、寿命を延ばす。
しかし、究極的にそれは無意味だ。
あなたが70歳まで生きようが80歳まで生きようが、あなたが健康であろうが病気であろうが関係ない。
究極的な意味においては唯一のことが問題だ。
あなたが自分自身を知ることができたかどうかだ。
他のすべては無関係だ。
(Osho タイムズ 23号 「特集 真のヨーガ」より)
***

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03月09日

起床時刻:06時50分

 子どもの寝かしつけはずっとしていたが、久しぶりに子どもと一緒に寝たのでゆっくりめの起床(というかヨガ体操週間以前の平均)。8時すぎから夜まで翻訳原稿チェック。結局、まだ終わっていない...。明日、宅配便の締め切り時間までには終わらせたい。昼間、2度程外出。近所なので、初めて瑞穂運動場に入ってスタートを観戦。一度家に戻って食事、仕事の続きをして、今度は沿道で観戦。一位の人から今回調子のでなかった高橋尚子さん(27位)までを観戦して帰宅。このパターンの人多いみたいで、28位以下の人が少し気の毒な気もしたが、仕方ない。子どもは風邪のせいか、すこぶる機嫌が悪かった。

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03月08日

起床時刻:03時20分

ゆっくり寝ていようと思っていたが、ここ数日の週間で3時台に起床。起きてすぐに仕事に取りかかる。昼すぎに家族と散歩する以外はほぼずっと夜中まで仕事。なんとか日曜日までにおわりそう。ついでに名古屋女子マラソンも少し見られそう。徒歩5分のところが会場なのだが、簡単にスタジアムは入れるだろうか。

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03月07日(金)

起床時刻:03時20分

朝ヨガ6日目。明日はムーンデーでお休み、日曜日は仕事に専念するためレッドクラスと座学をパスする予定なので2日お休みの予定。昨日、フルプライマリーの後半でムーラバンダの微細レベルがつかめたような...。気のせいだろうか?アムリタ(脳内エンドルフィン)が降り注いできたような...。気のせいだろうか。本日はその感覚を確認しつつアーサナをしていたら知らぬ間に終わってた。「これもまた過ぎ去る」のだろう。執着はしていない。
昼前から夕方まで図書館でゲラの直し。なんとか、日曜か月曜日には出来上がりそうな感じになってきた。あと少しだ。
仕事の合間に、昨日のゴビンダ氏の座学「ヨーガ理論とモラル」を録音してもらったものを聞く。たぶん、かなりの人は何の事なのか、漠然としかわからないだろうな...抽象度が高いのでご自身の身近な体験を織りまぜながら話せばよいのに...などと余計なお世話なことを考えつつ聞く。要は、典型的なジュニヤーナ・ヨーガ的アプローチ。ヴェーダンダ哲学を誰かから直接学ばれたんだろう。ラマナ・マハリシ的な真我の探究なのだが、その前提を少し説明しないと伝わらないのではないか。それは別として、果たしてハタ・ヨーガや食事法の話と今回の話は同じアプローチとして一貫性をもつのかかなり疑問にも思った。

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03月06日(木)

起床時刻:03時20分

朝ヨガ体操5日目。早朝雑務をして5時すぎに自宅を出発。そんな数日がなんとか続いている。マイソールクラスでは参加者がかもしだす練習環境がとてもすばらしい。体操が終わって、9時すぎから仕事に入れるのもありがたい。本日、10時すぎに図書館へ行き、夕方まで休まず、ゲラへの書き込み、訳者あとがきの推敲をする。あとがきは一応、ドラフト完成。夜の座学に出られないのは何とも残念だが、なんとか日曜日か月曜日までには出版社にゲラの直しを送付した。

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03月05日(水)

起床時刻:03時50分

早朝ヨガ体操の2週間。まだ4日目だがなんとか続いている。昨日は朝ヨーガのあと、9時から自分の研究室で仕事。集中して仕事をし、山場を超えた感じがした。締め切りには依然間に合わなさそうだが。本日は名大図書館にてひたすら仕事。夕方までほぼ休みなく訳文のチェック、ゲラへの書き込み、訳者あとがきの推敲。

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03月04日(火)

起床時刻:03時20分

03月03日(月)

起床時刻:03時50分

03月02日

起床時刻:04時50分

 昨日夕方はゴビンダ氏によるヨーガの秘訣の座学に参加。本日は7時からのレッドクラス、そのあとのヨーガと食事法の座学を聞く。いろいろと感じたことはあるが、オープンなブログの場でのコメントは差し控えたい(笑)。
 食事の理論(および食材)に関する本は、ゴビンダ氏が通販している「Sunfood Nutrition」より入手可能(英書)。日本語としてはやはり新谷先生の『病気にならない生き方』(4冊目まで出版)シリーズが一番近い(基本的に信頼している)。 あと、アシュタンガヨガをすると熱が増すのでそれを冷ますために甘いものが欲しくなるのは当然(マクロビオティックの陰陽原理)だが、それを白砂糖で摂らないようにするのは確かに重要だと思う(砂糖の摂り過ぎが招く精神不安定に関する『シュガー・ブルース』という本を20年前に読んだ)。
もちろん全体的なメッセージには同意しているし、私も機会があれば薦めている(地球温暖化との関連でも、完全な菜食とは言わないまでも、牛肉の消費量をいまの半分くらいにならないものかと考えている)ただ、以前、別の先生にも質問させていただいたが、なぜクリシュナマチャリアもグルジもシャラスも薦めてもいない食事法をヨギー一般の食事のごとく語るのか、少しばかり疑問に感じた。...。と、差し控えたいコメントを少々書いてしまいました。
 自分の仕事の締め切りまであと一週間。こちらも本腰を入れないとまずい。

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