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起床時刻推移グラフ

目標起床時刻:06:00 平均起床時刻:05:36

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04月25日(火)

起床時刻:05時53分

朝から2階の模様替え。エアコンの風が直接当たらないように。ちかれる。片付けで階段のぼったり下りたりの3000歩とか、足パンパン。

小松せんせの本は、第二部はなじみがない分野なので流し読みで、いちお読了。

近代西洋文学のジャンル意識で「小説」というくくりにしているが、文言と白話とではかなり違う。白話小説と「説唱」はともに韻文と白話文を積み重ねることによって面白い物語を語っている娯楽読み物、当時の人々にとっては明確な区分はなかった。戯曲テキストも「うた入り読み物」として享受していたのではないか、などとても納得。

だが「多少の例外こそあるものの、文言小説が知識人の正統的営為の中に位置づけられていたのに対し、白話小説は不特定多数の読者を対象として書坊の手で製作されるもの」などは、ちょっと筆が走ってる~、とやはり思う。

知識人(やそれをめざす人)向けの「まじめな」本と、「高級知識人以外の人々(女性や子供を含む)」向けの「楽しみという新たな目的」のための本、と小松せんせは二分するんだけど、印刷術の普及が宋代以降なので、たとえば女子供が喜びそうな「絵入りの本」とか、写抄時代にどう複製を作れたかいな、とかいろいろ思うのである。

書坊が印刷本を営利目的で売ったのは印刷術以降だけど、書坊という存在は写抄時代にもあって、紙がまだすっげー高級品だった頃に、自分で手書きで写すのがイヤな金持ちボンボン向けに抄本を売っていた。貧乏だが優秀な人は暗記したのだが。教科書(経書)を。

それから「高級知識人」が本を読むのは「楽しみ」以外の「勉強」やらなにやらのため、というのも乱暴ではあるまいか? 「読書」の定義がそれこそ近代西洋文学の意識みたいな気がする。私も「読書してます、新聞を、新書を」とか言う人は「あほか」と思うほうだが、暇つぶしにただ面白いから読むもの「だけ」が読書なのか? 違うのではないか? 「高級」知識人、たとえば蘇軾なんかが『易』を読んで、注釈までつけるのは、やはり「面白い」からやっていたのではないだろうか?

だから「近代的な」読書とか読者とか、前に「近代的な」をつけないと論が成立しないし、「前近代的な」読書がつまらないお勉強だったわけでもないし、後世まで詩文などが残るのは、残そうという意識が本人や周囲になくてはかなわなかったことで、だから人に手紙を出すにも複製を手元に残しておくとか、していたわけで、「高級知識人」たちも「不特定多数」に向けて書いていたのでは?、とも思う。

ま、つたない感想ですが。

あと、絵入りの本って、何のための絵だろう? とくにお芝居もある絵入りの本。「文字が読めない」から、「絵を見ながら誰かが音読するのを聴いて楽しむ」って本当かなあ? 新しい物語をわくわくページめくりながら読む、という読書とは違うスタイルの読み方、してなかったかなあ? 映画みてから原作読むような読み方。お芝居見てストーリーとか知っていて、絵入り本で反芻して楽しむような読み方。

★昨日の歩数 5420歩。

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04月24日(月)

起床時刻:05時46分

いででで、筋肉ツー。今日は電気工事、2階にエアコン設置。午後はウェブ会議テスト(会場と)。タンスに樟脳(こんな字なんだー)を買うこと。

2階をもっと使うために、書画実習コーナーを作った。

工事ちうで落ち着かないので、小松謙せんせの本を読み進め、第一部は読み終わった。ふと『中原音韻』のことが気になり、調べていたら著者の周徳清は江西の人でおそらく生涯ここをほとんど離れたことがない、という論文を見つけた。江西というのは山谷さんの出身地である~。でもって周徳清を調べていたら小川環樹せんせがだいぶ昔に書いた蘇軾の古詩の押韻に関する論文が見つかり、読んでいたら清の『詞林正韻』が出てきた。たまげる。

蘇軾がそうならきっと山谷もでせう、ということで小川先生の論文はあとで印刷してじっくり読むが、要するに古詩だけど古音ではなく当時の口語で押韻していたかも、ということみたい。詞の押韻と比べたほうがよさそうなのだ。あじゃぱー♪

『詞林正韻』はわたくしの卒業論文のテーマである。きっと私は30年前から何かの陰謀に巻き込まれていたに違いない。

あじゃぱーと言えばブタのしっぽだが、このまえ道を歩いていたら自転車に乗っていたガキんちょが「げつよーびはいいことな~い~♪ かようびも何にもな~い~♪」と歌っていた。初めて聞いたが、有名でしゅか?

あ、そうだ。『中原音韻』の初稿ができたのと張炎が『詞源』を出したのが数年も違わない、というのも発見だった。『中原音韻』の出版はもう少し遅れるが。張炎が生まれた時、もう金は蒙古に滅ぼされていた(まだ元にはなっていない)、も年表で確認した。

いろいろ考えると、白石君が詞の序に長々と制作の背景とか書いていて、それはとっても詩っぽくて、その白石君が死んで、元になって大量に北方から人が来てたまげた(絶望した)張炎が『詞源』を書いて、同じころ周徳清は『中原音韻』を書いていた、ということです。

そして私は「きょーよーがない人はお断りよ」なジャンルのほうが好きで、「面白い」より「美しい」のほうが好きだ、と再確認した。

★昨日の歩数 8063歩。
☆今日の歩数 5420歩。

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04月23日

起床時刻:05時32分

今日は雪見障子の張替えに挑戦! しかし昨日はできなかったが今朝うまく外せたので、ほぼほぼ成功。ガラス部分があるので、作業は慎重に。古い障子紙をはがすのに筆を使ったら、すごく楽。

紙はすごい。紙は丈夫。桟の糊付けしている周りが、日光に当たって伸縮して?、破れてくる。

勢いあまって箪笥を動かした。二段になっていて、上の段を持ち上げた時、ぽろんと木の板が落ちた。えええ~~っ!? どこのパーツ? 見なかったことにして、なんとか収めた。もう二度とひとりで箪笥を動かそうなんて思うまい、と固く決意した。チビなので上の段に翻弄された。怪我しなくてよかった♪

★昨日の歩数 11841歩。
☆今日の歩数 8063歩。

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04月22日

起床時刻:05時23分

非知識人の正体がわかった。「胥吏から年功を積んで立身を目指す人々」や「南宋社会の中で文化的志向を植え附けられていた識字能力のある一般都市住民や軍人」でちた。元代になって科挙が廃止され、「儒戸は楽戸と並ぶもの」とされてしまったからニャ。

「教養のない人(場合によっては字が読めない人)」のために、絵入りの本が増えた。「マンガ日本経済史」みたいなもんニャ。

さらに明代になると、都市では「農工商販(農民・職人・商人・行商人)」や「痴騃女婦(愚かな女ども)」も、高い印刷本を手書きで写しとってまで読みたがった、「近代的読者の原像」が現れたそうだ。

南宋になって「雅俗」論が盛んになるのは、南宋時代すでに「俗」が「雅」を凌駕しようとしていたからで、南宋社会が「雅」だったわけでも、みんなが「士大夫をめざしていた」わけでもない、と思うが。

白石君は「雅」のほう。すると「六朝に回帰しろ」となるんだニャー。山谷君なんてけっこう「俗」な面もあるのだニャー。

>詞は入声韻を踏むことから明らかなように、南方系の芸能に由来しており、事実北宋における主要詞人はほとんどが南方の出身者である。従って、金と南宋の南北朝体制になると、南方を領域とする南宋では盛んに詞が作られたが、北方のみを領域とする金では詞は衰退せざるをえなかった。

おー、おもしろーい。北宋の都は開封(河南)で、金の都ははじめ会寧(黒竜江)、のちに燕京(北京)なんで、だいぶ距離がある気もするが。知識人は勉強して「官話」を使いこなしたとしても、楽人や役者は方言まるだしかも知れないんで、通俗的なジャンルになればなるほど、地域の特徴が現れるのではないか、と思いますね。

今日はふと障子の張替えを始めたら、それで1日が終わった。。たった2枚。しかし最後に霧吹きしたら、ピシッとなったぜ。

そんでもって一休み、とうさ子のとこへ遊びに行って、箸の持ち方が違うという話にビックリ仰天! うさ子がどういう持ち方しているのか、皆目見当もつかない。私は中国式らしい。。

★昨日の歩数 10426歩。
☆今日の歩数 11841歩。

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04月21日(金)

起床時刻:04時31分

授業。

さて、今日のすきま時間は小松せんせ。演劇と小説の話ね。文章が上手いので、ぐんぐん読める。

まだ最初のほうしか読んでいないが、北宋の刊本というと高品質で有名だが、それは技術が高かったからではなく、低品質だが安い本の需要がなかったからだ、とかいきなりすっごい面白い。『広記』の閲覧と刊行の話も、似たようなものだと思う。「印刷と抄写の間に根本的な違いは意識されず…」という話。

ただ、「北宋期においては、勉強とは関わりなく、純粋に楽しむことを目的とし、しかも読者層に非知識人を想定したような白話文学作品が刊行される余地はほとんどなかった」とか、ちょっと筆が走りすぎかな、と思う箇所もある。

非知識人が純粋に楽しむために読書する? もうちょっと丁寧に書いてもらわないと、ね。「非知識人」ってどういう人たちを想定しているのかニャ? そんな「読書」ができるなら、「非…」ではなく「知識人」なのでは? 科挙とは縁がないし、伝統的な教養はないが、文字の読み書きはできる、商人とか?

ま、先を読むのが楽しみである~。さて、授業だ。

★昨日の歩数 5779歩。
☆今日の歩数 10426歩。
体操セット40分。

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04月20日(木)

起床時刻:05時15分

セミナーは「洛神賦」を読むことになった。なかなかよい(私にとって)選択である~。「画もあるんだよ」という話もした。これで1本書こうかな?

昨日の『太平広記研究』は、蘇軾の周辺で『太平広記』が読まれていたことが確認できたので、私にとってはそれで十分だが、ほかにいろいろ疑問に思うことがあった。

『太平広記』500巻は、版木に彫った(981年)あとで「不要不急の書」として印刷されなかった、ということになっていて、しかし蘇軾が黄庭堅らと活動していた頃(元豊年間、1078~)には読まれていた。その間、100年近く。版木が「太清楼に保管しておきますから」となった期間と、その後これが使われて印刷されたのか、が焦点。

著者の考えでは、最初に印刷はされた。そのあと禁止されていた時期を経て、再び世に現れた。これまで多くの見解は、版木をほったけど印刷されず、しかしその期間はさほど長くはなく、真宗中後期(1008~)から遅くても仁宗期(1022~)までに印刷され、読まれるようになった。

書物の閲覧、印刷出版や流通について、著者はちょっと弱いかも知れない。おそらく通説のほうが正しい、と思った。宋代は印刷術が普及した時代だが、抄本も刊本に負けず劣らず、読まれていた(と著者も論文を引用している)。とくに宮中の書庫に出入りできる人にとっては、印刷物で読まなくてはいけない必要は、必ずしもない。個人の蔵書とする必要も、必ずしもない。我々が図書館で本を借りて、研究室で論文書くようなものかな?

曝書会で『太平広記』が分賜された話が出てきたが、高級なお茶とかこういう大部の本とか、宮中から下賜されることがあるし、高麗など外国に下賜されることもある。そういう下賜すべき品として、「広記はふさわしくない」という議論が出るのは、想像に難くない。しかし与えてもらわなくても、街中の市場で自由に買うことができた。それを「取り締まりましょうよ」と蘇軾が訴えている。高麗の使者が何でもかんでも「爆買いしてますよ」、と。

高麗の使者が『広記』を読んでいたらしい、という記事は元豊三年のことだというので、蘇軾らの活動と矛盾しない。「だからそれ以前に高麗に『広記』の刊本が伝わっていた。だから版木にほった後すぐ印刷された」が、おそらく間違いだと思う。

曝書会は南宋の高宗の紹興二十九年(1159)の話で、紹興十四年(1144)の時点で秘書省に『広記』の版木が収められていた記録がある。この版木が北宋時代に一時期「太清楼に保管」されていたものと同一かどうかは分からない(と思う)。『楽府詩集』100巻と一緒に、というのは興味深い。あわせて版木5000枚とか。

高麗で後に(中国の明代に)ダイジェストを編纂した時にもとにしたのが、高宗の名を忌避した本だったそうなので、紹興年間に印刷出版されたものであろう。これは高麗にもたらされた。たぶん買った。ほかの本とあわせて、商人から。元豊三年以前に刊本が高麗に渡ったかどうかは、証拠がない。『広記』を読んでいたことと、『広記』の刊本が高麗に伝わっていたことは、ただちには結びつかない。

ところで、西洋の「novel」に相当するものが、中国だったらこれ? ということで「小説」という訳語を与えられ、それが中国では漢代から使われている言葉で「つまらないもの」の意だったとか、いや面白いものもあるとか、それこそつまらない話だと思う。

西洋の「literature」に相当するのは「文学」かしら?、と訳語になったが、「文学」も古い言葉で、孔子の時代からある。しかし今日我々が想像する「文学」とはまったく違い、夏目漱石は「文学といえば『国語』とか『左伝』と思っていたら西洋のはぜんぜん違うらしい」と感じたそうだ。

最近の西洋のものさしで、昔の中国のものをあれこれ測ろうとしても、ナンセンスだ。もしかすると傲慢かも知れない。

誰が言い出したか、六朝の頃は今日どんなに荒唐無稽に思える話でも「事実と思って」記録されていて、唐代以降は「虚構と思って」書かれた、とかも本当かな?、と思う。『荘子』とか楚辞とか、あれを「事実」と本当に思っていたかな? 

へえーと思ったのは、『太平広記』ではそれまで一人称で書かれていた話も、三人称に直されていて、タイトルは最初に登場した人物、が基本原則なんだって。黄庭堅が大好きだった「枕中記」の例が出ているが、『文苑英華』では「枕中記」というタイトルで、同じ話が『太平広記』では「呂翁」になっている。ところがこの呂翁は主人公ではなく、主人公(枕の中に入って一炊の夢を見る)は蘆生である。

最初に出てくる言葉をタイトルにするのは、『詩経』の詩もそう、昔からあるやり方ですが。タイトルというより、タグ付け、みたいな感じ? 大勢で機械的に作業するには、こっちのほうが楽。内容を考えてタイトルつけるとなると、人によって異なるだろうし、どの話とどの話は同じとか、それも冒頭の言葉が出ていたほうが探しやすいだろうし。

★昨日の歩数 15099歩。京都に到着した♪
☆今日の歩数 5779歩。

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04月19日(水)

起床時刻:05時05分

授業。

すき間時間に『太平広記研究』を読む。張国風せんせの名前が出ているニャ。北京図書館の館長だったか、やっていた時期があって、「なんでも自由に見せてやれ」と言ってくれましたニャ。コネコネ。

昨日は邦彦くん訳注がらみで、論文をとりよせて読んだ。南宋の人の注釈があって、それについての論文だったが、詩の注釈と比べて「小説も引用している」とあるが、詩の注釈にも小説はばんばん引用されているのだ。山谷に限るが。。

そして『太平広記』500巻なんて読んでいるはずがない、は決めつけであるのだ。しかし本当に500巻をどう読んでいたのか、知りたい。ダイジェスト版があったようだけど。

★昨日の歩数 11433歩。京都は目前♪
☆今日の歩数 15099歩。京都に到着した♪

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04月18日(火)

起床時刻:06時00分

春の嵐にゃ。台風並みやん。被害甚大。

埼玉で人並みに暮らすには月収50万円必要だ、という記事。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170417-00000011-asahi-soci

月収50万以下だと人以下か?、みたいなコメントもあるが、これは表の「食費」と「住居費」が間違えて逆になっているのではなかろうか? 

たぶん間違いだろうと思うが、各項目を少しずつ多めにすると、全体として「ほら、これだけ足りません!」になるんだよね~。そうして「当局」と交渉するのだ。逆にいうと、各項目を少しずつ節約して、やりくりしているわけだけど。

昨晩はゴミ屋敷住人の番組も見た。「心の傷」を負っている人が多かった。ゴミでもいいから埋めたい、心の隙間を、みたいなことらしい。埋めるどころか、家の外まであふれかえっていたりするが。家族はたいへんだな~。 

ギョーセキもそう。なんでこんなものまで?、をかき集めている人がいる。やっぱ代わりで埋めようというのが間違いだな。版画の代わりにカラーコピーとかさ。

★昨日の歩数 10120歩。
☆今日の歩数 11433歩。京都は目前♪
体操セット40分。

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04月17日(月)

起床時刻:05時51分

如葉ちゃん(古琴)を家に連れて帰った。『琴律学』訳注(二)の初校おわったからニャ。難しすぎて、この先やっても誰も読まないかも知れニャイ。

疲れ番組の続き。朝起きた時に疲れているようだと、前日の疲れがとれていない。疲れの原因は活性酸素。これが自律神経の細胞を酸化させて、「つかれた」にさせる。自律神経は、交感神経と副交感神経の2つ。どっちもやられると、ぼーーっ、朝から元気ない。交感神経は活発だと、筋肉かたまりがち、ストレッチでほぐしませう。

疲れをためない方法:
1、40分仕事したら、5分休憩する。
2、お風呂熱めで、しっかり汗をかく。
3、「ゆらぎ」のある環境がよい。風とか光とか。快適でも一定だとダメ。
4、サングラスをかけて、紫外線が目にはいらないようにする。
5、鳥の胸肉(苦手な人はカツオ、マグロの赤身)を食べる。

★昨日の歩数 10051歩。
☆今日の歩数 10120歩。
体操セット40分。

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04月16日

起床時刻:05時27分

圧力鍋で豚の角煮を作ってみた。

体操しながら健康番組を見ていた。私はとても疲れやすいが、それは脳が炎症をおこしているんだと。脳の疲れサインを見逃して無理しちゃダメ。サインは3つ。

1、飽きる。
2、あくびがでる。
3、ミスが出る。

達成感や義務感でマスキングされると、脳の疲れサインを見逃す。疲労回復に効果ないのは、甘い物を食べること。

春休みはサイン無視しまくって、とても疲れていた。だいぶ回復したにゃ。

★昨日の歩数 7537歩。
☆今日の歩数 10051歩。
体操セット40分。

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04月15日

起床時刻:05時03分

午後は天気急変して、春雷あるかも、らしい。

★昨日の歩数 11918歩。
☆今日の歩数 7537歩。
体操セット40分。

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04月14日(金)

起床時刻:05時48分

授業。

さびー。手がちびたい。しかし教室はたいがい暑いので、なにを崎陽軒だ。

★昨日の歩数 6906歩。
☆今日の歩数 11918歩。

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04月13日(木)

起床時刻:03時04分 06時05分

おやすみ。。

昨日は久しぶりに電車乗って、荷物も重くて、セミナーも履修者ゼロにはなりそうになくて、疲れて早く寝たら、早すぎて夜中に目がさめ、べんきょして、二度寝にゃ。

700ページ超えの著書を贈ってくれた人がいた。こーゆーのが「けんきゅう」だと思ふ。こーゆー研究仲間がいるのだから、私は幸せである~。私もがんばるぜ♪

夜中はこそこそ「じてん」を始めましたニャ。

★昨日の歩数 11553歩。
☆今日の歩数 6906歩。
体操セット40分。

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04月12日(水)

起床時刻:06時04分

授業。午後のセミナー店開きだけ、らくらく♪

周邦彦は30首ほどやってみて、いくつか分析対象に目星つけているが、どーも人物が二人(私と恋しいあの人)で、たいてい離ればなれになっていて、たまに「あの時あの人は・・」「今頃あの人は・・」と想像しているせいで、時間や空間がワープする。たとえば昨日やっていた、これ。

氐州第一  周邦彦

1波落寒汀、村渡向晩、遥看数点帆小。
2乱葉翻鴉、驚風破雁、天角孤雲縹緲。
3官柳蕭疏、甚尚掛微微残照。
4景物関情、川途換目、頓来催老。

5漸解狂朋歓意少。
6奈猶被思牽情繞。
7座上琴心、機中錦字、覚最縈懐抱。
8也知人懸望久、薔薇謝・帰来一笑。
9欲夢高唐、未成眠・霜空已暁。

1浪が寒々した汀に打ちつけ、村に暮れの色が濃くなり、はるか遠くには小さな船の帆がいくつか見える。
2葉は鴉のように舞い散り、強風に雁の陣営は乱れ、天の果てにぽつんと雲が流れてゆく。
3岸辺の柳は寂しく、なおもかすかに夕陽の残りに照らされている。
4景色に心動かされ、川の行方に目をやれば、急に老いたような気がする。

5放蕩な人に歓びは少ない、とようやく分かってきた。
6どうして今もなお思いを引きずっているのだろう。
7私が琴にこめた気持ち、あの人が錦の手紙に織り込んだ思い、いつまでも忘れられない。
8あの人もきっと、いつまでも待っていることだろう、薔薇の花が散るころ、約束通り戻ってきたわ、とにっこり笑う日を。
9むかし楚の王が遊んだ高唐の夢を見たいと思うが、眠ることができないまま、秋の日はすでに暁になった。

8の「也知」の主語は私(作者)で、「人」以下は遠くにいる彼女の動作ですねん。兼語文ですにゃ。「我還知道她一直・・」みたいな感じかな。

「坐上琴心」「機中錦字」「薔薇謝・帰来」「夢高唐」は典故があるので、それぞれ「私」なのか「あの人」なのか、主語が分かる。

時間軸は一定、過去から現在へ。空間軸も一定、近くから遠くへ。人物軸(あるのか?)も一定、私からあの人へ。

★昨日の歩数 2211歩。
☆今日の歩数 11553歩。
体操セット40分。

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04月11日(火)

起床時刻:05時26分

ずれていた。。あと2首だった。今日やってしまおー♪

邦彦くん、やったー♪ とりあえず終わった。少しずつ見直して、検討に回す。まだ伝記とか残っているけど。

この前、ほんまでっかTVで、ピンピンコロリと枯れるのと、どっちがいいか? 秋刀魚は前者、ジョージは後者、希望だった。

それは60歳すぎからどんな生活するかで選べる、と地球温暖化は間違い、化石燃料はこれまで掘り出せなかっただけでまだいくらでもあるからガンガン使え、と主張するタケダ先生が言っていた。

つまり、肉もりもり食って高血圧で突然死するか、その逆か、らしい。縁側で日向ぼっこしているのかと思ったら、じいちゃん、死んでた、みたいな?

老後の趣味は、新しいことをやろうとすると続かない。仕事にしていたことを、少しペースダウンしてやるほうが続く、という話もしていた。肉体的な衰えを無視して、「若い頃にやりたかったけど出来なかったこと」をやろうとすると、いろいろ無理がくる。

ちょっと違っていた。若い頃に仕事の合間にやっていたようなアクティブな趣味(ゴルフ行くとか海外旅行とか)は、定年後は毎日のことになるので続かない、だった。

★昨日の歩数 5400歩。
☆今日の歩数 2211歩。
体操セット40分。

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04月10日(月)

起床時刻:06時17分

さむさむ。でも晴れ晴れ。明日はまた1日じゅう雨で、気温も低い予報。

そうなのだっ、いよいよ今週から授業である~。しかし最初の週はガイダンスのようなものだし、「漢文」は講義科目で準備が必要だったが、セミナーは少人数で学生主体にやらせる科目なので、私はヒマ♪ 

セミナーが多すぎて(とくにうちの学部)、履修者はとても少ない。なんならゼロでもかまわない。来た最初の頃に「中国の歌謡」なんつーテーマを言われるがままやってみたら、間違えて登録した1名だけで、実質ゼロだった。正直、あれはとても楽だった。その後は日和って、中国のニュースとかやっていたので、いつも定員いっぱいだったが、現代中国語はやっと飽きた。現代中国には、最初から飽きている。。

今後は定年まで「文選」をやり続けるである~。学生がきたら一緒に、ゼロなら自分で。なんだかんだで、事務にまで駆け込んで邪魔してくれたアンコウさまさまである~。やっぱ「漢文」って負担が大きかったからね。準備もたいへんだったが、ずっと立ちっぱなし、しゃべりっぱなしで。だから2コマ×3日にしていたんだが、また3コマ×2日にした。

しかし、だ。春休みにこんなに勉強して、よれよれなのだ。そろそろ授業始まってくれると、「わたし、ちゃんと仕事してますから♪」気分になって、どーどー休めるっちゅーもんだ。

ところが、だ。「仕事」って何かしら?、と考えると、ひとりでよれよれしながらやっているコレが、仕事なんだな~。「業績」に置き換えると、分かりやすいかも知れないが。

ささっ、今日もギョーセキ積み上げ。周邦彦が先みえてきたんで、呉文英10首も全部やるわ♪ すでに学会ホームページの担当表に名前はいってますニャ。

邦彦くん、1首やった。あと3首。

★昨日の歩数 8610歩。
☆今日の歩数 5400歩。
体操セット40分。

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04月09日

起床時刻:06時13分

花見なのかにゃー。ず~っと雨にゃ。

邦彦さん、1首やった。あと4首。

★昨日の歩数 7698歩。
☆今日の歩数 8610歩。
体操セット40分。

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04月08日

起床時刻:06時25分

雨の音で起きたにゃ。

邦彦さん、1首やった。あと5首。

★昨日の歩数 10792歩。
☆今日の歩数 7698歩。

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04月07日(金)

起床時刻:05時39分

夜来風雨声、花落知多少。

昨晩は、誰が誰に嫉妬する、というバラエティ番組を見た。同じジャンルの誰々がすごい、羨ましい、みたいな話で、ガクトは嫉妬する「人」はいなくて、モノでよければ、どこどこの「しょーろんぽー」みたいな番組である。

私が最近「すごい!」と思っていたのは中田勇次郎せんせで、たとえば数日前にここに出した「花犯」という詞に、先生はこんな和歌風の訓読?をつけている。

花犯一首  詠梅

1粉牆低、梅花照眼、依然旧風味。
2露痕軽綴。
3疑浄洗鉛華、無限佳麗。
4去年勝賞曾孤倚、氷盤共燕喜。
5更可惜・雪中高士、香篝熏素被。

6今年対花最匆匆、相逢似有恨、依依愁悴。
7吟望久、青苔上、旋看飛墜。
8相将見・脆円薦酒、人正在・空江煙浪裏。
9但夢想・一枝瀟灑、黄昏斜照水。

  梅の花をよめる

1まがきにひくく 梅の花の目にはえたるは むかしながらおもむきありて
2露のあとかるくつづり
3おしろいをあらひそそぎしかとおもはるる かぎりなくきよきうるはしさ
4こぞめでにしとき いとどよるべなかりし 氷盤にもりて宴【うたげ】のたのしみをともにせしを
5さらにあはれとみしは 雪中の高士の香篝【ふせご】にしろたへの衣をくゆらせたるなりき

6ことし花にむかへば いとあわただしくちりかかり あひみれどうらみあるににて しおしおとしおれてぞゆく
7ひさしくもながめわぶるに みどりなる苔のうへに はやくもとびおつるをみては
8やがてそのやはらかき実をとりて 酒のさかなにすすむるを見る 人はいまぞ むなしき江のうちかすむなみまにありて
9ただ夢にのみおもふ さびしき一枝の たそがれどき ななめに水にうつれるを

私も和歌とか、もっと読まなくちゃ。詩には詩で、訳語がつけられるようになりたいわ、と。

ただ、よくよく読むと、意味が分かるようで分からない。通釈はこうである。

1ひくい白壁の塀のむこうに、梅の花があざやかにさきにおっているのは、あいかわらずむかしのままのおもむきがある。
2露の玉のようなきよらかな花を、かるく枝につづりつけているすがたは、
3おしろいの気をすっかり洗いおとしたかとおもわれる、かぎりないきよらかなうるわしさである。
4去年、鑑賞したときには、ひとりさびしい一枝を、氷盤にいれて宴会のたのしみにそなえたのであった。
5さらにあわれにおもわれたのは、雪中の高士が、香篝【ふせご】にまっ白な被【うわぎ】をくゆらせたようにさいているすがたであった。

6ことし花にむかえば、たいそうあわただしくちりかかり、逢っても何か恨みがあるかのようで、しおしおとしおれ、やつれている。
7じっとひさしくながめていると、みどりの苔の上に、まもなくもう青い実がこぼれおちるのを見る。
8ともどもにそのやわらかい円い実をとって酒のさかなにすすめては、人はいましもさびしい江のうちかすむ浪間にあり、
9ただ瀟洒な一枝が、たそがれどき、ななめに水にうつっているすがたを、夢にみるばかりである。

私はやはり、いま作者が見ているのは春の終わりの梅で、苔の上に落ちるのは梅の花びら。去年はもう少し早い時期、まだ雪がある頃に梅を見て、今年はこれから夏になって実が熟す頃のことまで想像している、と思う。そこら辺の時間の関係が、どうも中田せんせの解釈では不明である。言葉ひとつひとつは、とても美しいのだけれど。

前段は「白」が基調で、後段は「青」とか「赤(黄昏)」とかカラフルで、もとの詞もとても美しい。

「粉牆低」は「ひくい白壁」だと思うが、それが「まがきにひくく 梅の花の…」だと壁のほうが高そうで、そこら辺も難しいものだ、と思う。細かく見ていくと、いくつも疑問な箇所はある。

ひらがなを多用して、詞の柔らかさを出そうとか、いろいろ中田先生は「すごい!」には変わりない。書論もすごい、太刀打ちできにゃい。べんきょしまふ。

邦彦くん、1首やった。あと6首。

★昨日の歩数 8415歩。
☆今日の歩数 10792歩。

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04月06日(木)

起床時刻:05時46分

風が強い。川沿いの桜はまだ満開ではないのに、早くも散らされている。

お散歩は、花見とメエメエさん。・・信じてないやろ? あとで顔本に写真アップしませう。

邦彦さん、1首やった。あと7首。

昨日は10時間くらいかかった。代表作と言われている1首ですにゃ。

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六醜一首   周邦彦
  薔薇謝後作

1正単衣試酒、恨客裏光陰虚擲。
2願春暫留、春帰如過翼。
3一去無迹。
4為問花何在、夜来風雨、葬楚宮傾国。
5釵鈿堕処遣香沢。
6乱点桃蹊、軽翻柳陌。
7多情為誰追惜。
8但蜂媒蝶使、時叩窓槁。

9東園岑寂。
10漸蒙籠暗碧。
11静遶珍叢底、成歎息。
12長条故惹行客。
13似牽衣待話、別情無極。
14残英小、強簪巾幘。
15終不似一朵釵頭顫裊、向人欹側。
16漂流処、莫趁潮汐。
17恐断紅尚有相思字、何由見得。

1試酒:新しく醸した酒を味わう。『武林旧時』に、宋代、春の終わりから夏の初めにかけて、その年の新しい酒を味わう風習があった、とある。 4夜来風雨、葬楚宮傾国:風まじりの雨によって花が散るさま。「楚宮傾国」は美女を花にたとえる。 5釵鈿堕処遣香沢:唐の楊貴妃が玄宗に従って華清宮に行った時、大勢の隊列が通ったあと、道には螺鈿の髪飾りや靴、翡翠や真珠が散らばって、香りが数十里までただよった故事。「釵鈿」は散った花びらの喩え。 7為誰:誰がそのために。「誰為」に同じ。「誰最」とするテキストもある。 8窓槁:窓の格子。 10蒙籠:草木が茂るさま。 暗碧:緑の葉。 11珍叢:薔薇の花の集まっているところ。 12長条:薔薇の枝。棘があり、人の衣服をひっかけやすい。 14巾幘:頭巾。 15顫裊:かるく揺れる。 16潮汐:朝のしおを「潮」といい、夕のしおを「汐」という。 17断紅・相思字:唐の宮女が紅葉に「流水何太急、深宮尽日閑。殷勤謝紅葉、好去到人間(流水 何ぞ太【はなは】だ急なる、深宮 尽日閑たり。殷勤に紅葉に謝す、去りて人間に到るに好【よろ】し)」と詩を書いて溝から流したところ、宮外で拾った人と後に結婚した故事。赤い花びらを紅葉と見なした。

薔薇の花が散ったあとに作った

1ひとえの衣にかえて新しい酒を味わうこの時、私は悲しくも旅人として異郷でむなしく時間を浪費している。
2春をしばらく留めたいと思うが、春は飛ぶ鳥のようにさっと過ぎゆき、
3いちど去ってしまうと、あとかたもない。
4薔薇の花はどこへ行ったかしら。昨夜の風まじりの雨で、傾国の美女のような花は葬られてしまったそうな。
5螺鈿の髪飾りは道に散らばり、香りが残っている。
6桃の樹の下に点々と乱れて、柳の植えられた街の一画に軽やかに舞って。
7その濃い情を誰が惜しむだろう、
8ただ蜂と蝶だけが使者として飛び回り、たまに窓枠をたたいて、便りを届けようとするだけだ。

9ひっそりとした東園では、
10しだいに樹や草が、緑を濃くしている。
11しずかに花の咲いていた辺りを歩いて、ためいきをつく。
12棘のある長い枝はわざわざ旅人をひきとめて、
13衣のすそを引いて話すのを待つかのようだ、別れの恨みは限りない、と。
14散り残った小さな枝を、むりやり頭巾に挿してみた。
15しかし結局は、あの一枝があの人の髪でかすかに揺れて、人に向かって傾くさまには及ばない。
16花びらよ、朝夕の潮を追いかけて流れるのはやめておくれ。
17散った花びらに相思の文字が書いてあっても、どうやって見つければよいのだ。

なっが! この作品は、時間軸は一定です。前段は室内で、後段は庭へ出ました。「楚宮傾国」というと西施のことですが、「釵鈿堕処遣香沢」は楊貴妃の故事で、最後は唐の宮女の故事です。とにかく「美女」を集めて、薔薇の花を詠んでいます。

この作品の珍しい点は、薔薇が棘のある長い枝で旅人(作者)を引き止めて「別情」を訴える、というところ。「長条」はたいてい柳の枝で、岸辺に植えられてその近所には妓楼も多いので、柳が「多情」で旅人を引き止める、とゆー趣向は多いけど、薔薇が棘で衣服をひっぱって、というのが珍しい。薔薇を美女に喩えるところまでは、誰でも思いつきそうですが。

擬人化、ということですが、詩詞に登場する「多情」な代表というと、蠟燭と柳。蠟燭は蠟の垂れるさまが涙に見える。しかも当時の蝋燭は赤かったようで、赤い血の涙を流す。柳は何本も枝が千々に乱れる。旅人や見送る人の思いも乱れる。長いし、どこまでも限りなく。

ノー天気で「薄情」な代表が、蜂と蝶です。とくに蝶かな? たいてい人の気もしらないで呑気に窓の外をひらひら飛んでいる。この詞では手紙を届けてくれる、ありがたい奴らになってます。

彼らに誘われて、作者も庭へ出てみたんですニャ。そしたら散り残った薔薇に「ねえねえ聞いてよ」とひきとめられた、と。ラブレターもくれたはず、と色男かいっ!、な作品にゃ。

★昨日の歩数 10162歩。
☆今日の歩数 8415歩。

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04月05日(水)

起床時刻:04時56分

昨晩は耳鳴りがひどくて寝つけず、ほっとミルク飲みながら、3月に地獄の検討会やった訳注の最終稿を仕上げて、提出♪ そのあとミルク効果で眠れた。

今朝も耳鳴りがひどい。耳鳴りは気がつけばずーーーっとしているが、何かしている時は気にならない。ふだんは共存している。

ヒマなので納豆を作っている。もう少し発酵だな、炊飯器がんばれ♪

お散歩に行ったらヤギがいた。。 めぇ~♪

邦彦くん、1首やった。あと8首。

★昨日の歩数 5219歩。
☆今日の歩数 10162歩。

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04月04日(火)

起床時刻:05時40分

疲れがとれないので、花見をかねて奈良へ行く予定だったが、延期。見ごろ予想も外れたようだし。

午後、うぇぶ会議テスト(2回目)。長野のパソコンはまさかの内臓マイクなしで失敗。今回は相手のパソコンがどうなっているやら、ふあん。

朝から疲れているので、村を巡回して悪態ついてきたニャ。ねぼすけはへそをとられないふじょーり。

邦彦くん、2首やった。あと9首。

うぇぶ会議は成功。しかし音声がいまいちかぶったりするので、対面にはかなわない。いちおう次回、研究会(分会)で試してみることに。

私のほうは原稿をよれよれになりながら作っている。皆さんの検討が間にあわない、という話なんである~。

★昨日の歩数 8013歩。
☆今日の歩数 5219歩。

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04月03日(月)

起床時刻:04時58分

やっと自宅に戻った感じ。今日はいろいろ片付け。

邦彦くん、1首やった。

★昨日の歩数 9453歩。京都へ向かって歩き出したよ。
☆今日の歩数 8013歩。

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04月02日

起床時刻:05時58分

午後、東京へ。(← 間違えてました。訂正)

ご近所の屋根が白い。雪が舞ったかな?

にゃにゃ、今日は時間ないと思って、昨日寝る前とか今朝起きてからとか、邦彦くんやっていたので、アタマがぼーーーっ。1日1首が限界ぢゃ。

邦彦くん、1首やった。ちかれる。

★昨日の歩数 5186歩。
☆今日の歩数 9453歩。京都へ向かって歩き出したよ。

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04月01日

起床時刻:05時03分

私はウソをついたことがありません。

邦彦くん、今日も1首やった。

さて、一部ほかの人に振り分けていた分も回ってきて、結局、周邦彦はぜんぶ私がやることになった。30首ちょい。現存するのは180首ちょいなので、6分の1。研究会から訳注出すのが。

うち半分ほどをやったところで、この言葉、この用例はまた出てきたわね♪、が出始めた。語釈と用例探しはかなり機械的にやっているが、全体の10分の1ほとで傾向が見えてきたわけですニャ。

論文書きは、ここからですよ。切り口はいろいろありましょうが、今回は全体の構成(つまり詩路)について、黄庭堅(山谷)と比較しながら論じませう、ということでした。

「景」を描写しながら、実は「情」を述べる。は詞によくあるパターンで、自然描写に乏しいと評される山谷詩にくらべて、まず自然は描写します。そこから、過去の回想にいくことが多くて、時間軸に逆らいます。「昔」「今」を行ったり来たり、さらに「未来」に飛ぶのもありました。未来の夢の中で、現在をふりかえる。

『宋詞三百首』にも採られているので、ちゃちゃっと書きかえてみませう。

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花犯一首  周邦彦
  詠梅

1粉牆低、梅花照眼、依然旧風味。
2露痕軽綴。
3疑浄洗鉛華、無限佳麗。
4去年勝賞曾孤倚、氷盤共燕喜。
5更可惜・雪中高士、香篝熏素被。

6今年対花最匆匆、相逢似有恨、依依愁悴。
7吟望久、青苔上、旋看飛墜。
8相将見・脆円薦酒、人正在・空江煙浪裏。
9但夢想・一枝瀟灑、黄昏斜照水。

3鉛華:顔にぬったおしろい。 4氷盤共燕喜:梅の枝を玉や陶器の盆に置き、酒を飲みながら鑑賞する。「燕」は「宴」に同じ。 5雪中高士:後漢の袁安は、家が貧しかった。ある大雪の日、ほかの家は雪をかいて乞食に出たが、袁安の家だけは戸を閉ざして、門前の雪も積もったままだった。中で人が死んでいるのではと入ってみると、袁安が横になっていたので理由を尋ねると、こんな大雪の日は飢え死にする人が多いので、迷惑にならないようじっとしていると答えた故事。『後漢書』袁安伝に見える。「袁安臥雪」は画題にもなった。「高士」を「高樹」とするテキストもあり、その場合は、梅と雪が同じく白いさまを言う。 香篝:香炉の上におく籠、ふせご。その上に衣類を置いて、湿気をとったり香をたきこめるのに使う。ここは梅の香りをいう。 素被:白いふとん。ここは雪が積もっているさま。 8脆円薦酒:梅の青い実を酒のアテにすること。「脆円」は「脆丸」とするテキストもある。梅の実のこと。 9一枝瀟灑、黄昏斜照水:梅の枝が水面にのび、夕陽に照らされて清らかなようす。梅を詠んだ名句とされる北宋・林逋「山園小梅」詩の「疏影横斜水清浅、暗香浮動月黄昏(疏影横斜 水清浅、暗香浮動 月黄昏)」を踏まえる。

梅を詠む

1白い壁が低く、梅の花がまぶしい。昔のままの風情。
2露のあとが軽く残り、
3おしろいを洗った、たくさんの美女のよう。
4去年、このすばらしい風景をひとりで楽しんだ。玉盆に置かれた梅の枝と、ともに宴飲した。
5さらに愛おしかった。その姿は、雪中に門を閉ざして横になっていた古【いにしえ】の高士のように、ひっそりと雪をかぶって香りを放っていた。

6今年、あわただしく花に向かう。逢瀬は限り有るに似て、いつまでも愁い疲れる。
7しばらく吟詠しながら見ていると、青いコケの上にさっと花が散り落ちた。
8丸くなった青い実を酒のアテにする季節がやってくる頃、私は渺茫とした江湖にいて、
9ただ夢の中で思うのだろう、瀟洒な梅の一枝が、水面にのび、夕陽が斜めにさしかかるのを。

123は現在、45は過去、67また現在。花びらが青い苔の上に散り落ちたところから、89夏になって青い梅の実がつく頃、未来へ空想がとびました。

これを清代の人が批評している言葉が、またまた難解です。『譚評詞弁』に「依然句逆入、去年勝賞句平出、今年対花句放筆為直幹、吟望久以下筋揺脈動、相将見二句如顔魯公書、力透紙背」とあります。「逆入」とか「平出」とか、筆の運び方を言っていると思いますが。「放筆為直幹」「筋揺脈動」ときて、顔魯公(顔真卿)の書のごとく、紙背を透すほど力強い、と。

前段と後段になってますので、それぞれ半分に分けると、

前段の前半123 後段の前半67 =現在の目の前の風景
前段の後半45  後段の後半89 =過去の回想、未来の空想

で対応しています。「景」か「情」かでいうと、前段=景、後段=情、ですにゃ。「匆匆」「有恨」「憔悴」「空」など心情をいう言葉が、後段に集中しまふ。前後二段なので、あわせて構成を考えないと、ですニャ。詩の場合は、連作になるのでせう。

前段と後段で句数が違うのは、韻にあわせて区切っているためです。

★昨日の歩数 4697歩。
☆今日の歩数 5186歩。

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