20160229(月) <<前日 | 翌日>>

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今日の気分(本文)

けむけむ、カラカラ、目が覚めた。かきかき。

田能村竹田が「海棠群鳥図」に題した詞「長相思」に、次のようにいう。

 鳥已眠      鳥 已に眠り
 花也眠      花も也(ま)た眠り
 簾影朦朧只似煙  簾影に朦朧として只だ煙に似たり
 悄立小欄前    悄として立つ 小欄の前

 人不円      人は円かならず
 月空円      月は空しく円かなり
 半夜風寒誰調弦  半夜 風寒く 誰か調弦せん
 紅牆如隔天    紅牆 天を隔つるが若(ごと)し

某せんせいの日本語訳:
 鳥はもう眠った。花も眠ったようにそよともしない。簾越しに見える景色はおぼろで霞か雲かと見える。わたしは小さな欄干を前にしてしょんぼり立っている。
 わたしのこころはゆがんでいるのに、月はどこ吹く風でまんまるい。夜中に冷たくなった風が誰かの奏でる三味線の音を運んでくる。あの人の居る朱塀があるのは空のかなたのように遠い。

・・・三味線!? というところでテーマいただきました~。中国人の詞ばかり読んでいると、この「調弦」が三味線はありえない、だいいち三味線って和楽器だし。三味線の原型の三弦も、元代以降の楽器だし。ふつうは筝ですね、「調弦」しているのは。しかし「江戸の音」なら三味線も可能性あり。竹田が聴いた音とは? 竹田の画から聞こえてくる音とは?

「人不円」を「わたしのこころはゆがんでいる」とか、全体的に「いかがなものか」な訳だが、国文のせんせいだと、こんなもん? 月は遠く離れたところでも同じように見えるので「団円」の象徴なんですな、王維の有名な詩があります。

「人不円、月空円」は、月は丸いけど離ればなれの二人の心は一緒じゃないから、私だけがあの人を思っていて、あの人は私のことなんか忘れているのだろう、ということでせう。「紅牆如隔天」は、「紅牆」はすぐそばにあるからこそ「如隔天」が生きてくる。「紅牆」一枚なのに「隔天」のごとく遠いあの人。「紅牆」の中にいる女性のうた、と解釈してもおかしくはない気がするが。。せんせいは末二句により男性のうた、と解釈する。

妓楼の女性のうたであるなら、「鳥已眠、花也眠」も男女の比喩ですよ。海棠といえば楊貴妃だし。

この「海棠群鳥図」は文政十年(1828)「初冬十七之夜」の作。前年9月7日に長崎に入り、この年の10月10日頃に熊本へ帰ったという。1年あまりの長崎遊学を終えた直後の作ですにゃ。竹田は51歳(1777年6月10日生まれ)。長崎では清人の朱柳橋や江芸閣らに詞集を読んで批評してもらったり、逗留先の禅寺の近所に「唐人通事の老先生も御座候」、華語を習おうかしら?、ということもあったそうだ。

「花も眠ったようにそよともしない」も気に入らないですにゃ。勝手に風を吹かせているが、花って「そよそよ」しないと思ふ。草だと思う、そよそよするのは。海棠の花が「そよそよ」するには、けっこう強い風が必要じゃないかな? ちゃんと画を見てるんだろうか、せっかくの題画詞なのに。

ぷぷぷ、おもしろーい♪ 題画詞にするに当たって一部書きかえた作、同じ「長相思」で、詞集に入れたほうはこれ。

  夢易醒      夢醒め易く
  酒易醒      酒醒め易し
  楊柳梢頭月正明  楊柳梢頭 月正(まさ)に明らかなり
  鴉児半夜鳴    鴉児 半夜鳴く

  掩雲屏      雲屏を掩い
  護春灯      春灯を護(まも)る
  痩影看時妾自驚  痩影看る時 妾自(ひと)り驚く
  郎看那不驚    郎看て那(なん)ぞ驚かざる

国文せんせい解釈:試みに訳を付ければ「なかなか寝付けぬままに、酒を飲んでも頭が冴えてしまうこんな夜。やなぎの枝の上には月が皓々と耀いて、烏が夜中に鳴きわめく。 枕屏風の中、ほのかな行灯の明かりに映し出された痩せこけた自分の影にひとりはっとするが、つれないあの人はこんなわたしの姿を見ても何も感じないでしょう」といったところか。これまた、孤閨をかこつ女性の身に竹田が自らを擬しての作といえよう。寝付けないのも、酒に酔えないのも、烏の鳴き声が耳障りなのも、すべてつれない相手の男性への物思いゆえなのである。その相手への恋いにやつれたというのに、たまさかの逢瀬にもすでに心変わりして男はそんな自分を気遣ってすらくれないという怨みつらみが籠められていることは説くをもちいないであろう。

わははは。改作後の題画詞の解説はもっと面白いが、長くなるので明日。

まずカラスというのは、日本では朝にゴミあさったり、そんなイメージしかないかも知れないが、詩の世界では明け方に「きぬぎぬの別れ」をうながすように鳴く。また「夜中に鳴くのか?」論争が宋代からあったが、旅先で夜中に聞くカラスの声は「もう夜が明けるのかと思ったらまだ夜中だ。。」と夜の眠れぬ時間の長さを思わせる。それに「カラスが鳴くから帰りましょ♪」じゃないが、カラスは夜はすぐらに戻る家庭的な鳥でもありますね。「鴉児半夜鳴」を「烏が夜中に鳴きわめく」ねえ、どうなのでせう?

楊柳は妓楼に植えた。川辺の船着場のそばに妓楼は多く、別れの樹でもある。柳は岸にも植えましたよ。日本では垂柳ばかりだが、水辺に植えたのが垂柳で、水があまりなくてもいい場所には垂れない柳も植えました。

「痩影」は梅の枝をいうことが多いようですが、ここは女性の影なのかな? 鏡に映した姿かとも思ったが。「護春灯」は、眠れないので灯をつけたままなのだと思う。芯を切ったり、しないといけません。現代みたいに電気スイッチつけたら朝まで明るい、というわけにいかない。「行灯」とはまた江戸っぽい。

「郎看那不驚」は反語じゃないの? あの人もきっと驚くに違いない、という。いまそばにいないし、ずっと会ってない。「孤閨をかこつ女性の身に竹田が自らを擬しての作」の「擬する」も間違っていると思ふ。・・・こういう難癖は、論文ではつけない。「引用しない」という形で、要するに無視する。

ん~、でも国文せんせいは、ちとひどい鴨? 

問題:次は論文中の一節である。誤りを指摘せよ。

>「明月棹孤舟」という詞牌は、別名を「夜行船」といって、「双調五十六字前後各五句仄韻」(『詞譜』)とされる詞体である。『詞譜』によれば、前闋を七・三・四・四・四・六を句読し、後闋を七・三・四・四・四・六と句読するから、各全集が前後闋それぞれの第二句を七字で切るのは不適当であり、右のようになる。

※「右のように」とは、
 雪後渓頭寒未薄/問新梅/幾枝開萼/残月暁風/小橋流水/低映山村籬落
 却憶同人曾有約/擬相携/踏翻香玉/已弁吟嚢/更呼驢子/好向花前聞鶴
という切り方。

**
★楽遊原  唐・李商隠
向晩意不適、駆車登古原。
夕陽無限好、只是近黄昏。

コメント

michi0401 michi0401 2016/02/29 04:05

おはよーにゃんた♪
昼寝の日?

nekonori-216 nekonori-216 2016/02/29 04:30

おはようつんねえ♪
木蓮が咲き始めたよ♪

tak_si tak_si 2016/02/29 09:58

なるほどです。

nekonori-216 nekonori-216 2016/02/29 19:59

ほえ?

nekonori-216 nekonori-216 2016/02/29 20:01

この句読では、前後各ロックんロールだぜ、なの?

いえいえいえーい。

haruno haruno 2016/02/29 20:32

あったりー♪ いえーい♪

haruno haruno 2016/02/29 20:33

句と豆(読)の違いが、きっと分かっていないのでせう。それで詞律を(偉そうに)語るところが、さすがですにゃ。

ymznjp ymznjp 2016/03/01 00:19

ねいさんの話おもしろそう。
今は時間がないのであとでゆっくりよむね(`00´)ノ

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