20190108(火) <<前日 | 翌日>>

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今日の気分(本文)

寝すぎで腰がいたい。。

きのうは久しぶりに電車に乗ったら、ちかれた。8時前に寝ちっち。今日は洗濯機が届くので、おうち。

『えんぴつで百人一首』には解説もついている。今日の歌は、『万葉集』には少し違う形で入っているが、平安時代、『万葉集』はほとんど読まれず(万葉仮名が判読できなくなっていた)、百人一首の選集資料に『万葉集』はなかった。この歌も『新古今和歌集』から採録。

「白妙の」はもともと「藤」にかかる枕詞。

『万葉集』が編纂されたのが唐代前半でしょう?、ちょっと混乱しているので年表を見る。どうも私は日本と中国の「中世」「近世」でとらえていて、平安時代まで=唐代、鎌倉時代から=宋代、みたいに漠然と思っていたが、だいぶずれていた。

唐の李白・杜甫まで=奈良時代、北宋の終わり頃まで=平安時代だ。

奈良の平城京に遷都したのが710年、そのころ中国では玄宗が即位(712年)。『万葉集』の編纂が759年頃、中国では安禄山の乱(755年)で玄宗が蜀に亡命、楊貴妃が殺されて(756年)、南画の祖とされる王維が没している(761年)。

『万葉集』って雰囲気的には『詩経』だが、万葉歌人の柿本人麻呂や山部赤人が活躍した690年頃、中国では唐代で武后が帝位についていた。インドから仏典を持ち帰ってせっせと漢訳していた玄奘さんは、664年に寂されています。

玄奘より柿本人麻呂・山部赤人のほうが後なんだ~。

百人一首は鎌倉時代初期、藤原定家(1162~1241)によって編纂されたと言われていて、朱熹(1130~1200)よりあと、定家らの『新古今和歌集』成立(1205年)は白石君の晩年、いろんな著作をまとめていた時期ですニャ。

★第4番
山辺赤人(山部赤人)
田子の浦に うち出でて見れば 白妙の 富士の高嶺に 雪は降りつつ

コメント

huangzi huangzi 2019/01/08 21:46

すっげーサイトを教えていただきありがとうございます。
すごすぎ。

nekonori-216 nekonori-216 2019/01/09 06:53

あー、琴曲じゃあ。

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