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今日の気分(本文)

去年は6月中に梅雨があけたが、今年はまだまだ梅雨寒が続くらしい。朝シャワーなしでしゅっきーん♪できるから、助かるけどネ。

2100年の未来天気予報で、東京は夏は43.3℃、2月に熱中症になる、だって。3階にクーラーつけることにしたんだが、早く見積もり持ってこーい♪ 

初唐の孫過庭『書譜』は、「書を善くする者は(後漢の)張芝、(魏の)鍾繇、(東晋の)王羲之・王献之」と四人挙げて始まるが、西林昭一せんせの注釈に「(張芝の)振幅の大きい書風は、木簡のような用材では、かなわぬことであろうから、おそらく当時、紙筆の点で、古来のものを改良した用具用材が普及されていた、と思われる。張芝は、それらを十分にこなして、のちに今草とよばれるモダンな独自の書風を考案したと考えられる」とあった。

張芝は生卒年不詳だが、草書にすぐれて後に魏の大臣になった韋誕(179~253)は、張芝を「草聖」と称した。崔瑗(77~142)、杜度(後漢の章帝のころ)の古法から「今草」を考案し、行を隔てても気脈が通聯する体勢の書法なので「一筆書」とよんだ、と唐の張彦遠が書いている。ということで、後漢の後半から末にかけての人。崔瑗の頃から「草」書はあった、ということでもあるな。張芝の末弟の張昶も草書の名手で、「亜聖」と呼ばれていたそうな。

中国では漢のあとは魏晋南北朝という言い方をする。いちお手続きを経て帝王になったのが魏だからだけど、魏の文学サロンを「宮廷の」といい、東晋以降のを「貴族の」というのは、ちょっと不公平な気もする。でも蔵書や人材を引き継いだのは、魏だったのだらう。

★枕草子
第125段
②透垣の羅文、軒の上などはかいたる蜘蛛の巣のこぼれ残りたるに、雨のかかりたるが、白き玉を貫きたるやうなるこそ、いみじうあはれにをかしけれ。

コメント

tak_si tak_si 2019/07/10 08:27

それな、「それなり」。
ナリをナと約した例は狂言に多く見られます。

nekonori-216 nekonori-216 2019/07/11 05:28

広告が漫画ばかりでうんざりなんですがなんとかなりませんか?
と、きいてみる。

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