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起床時刻推移グラフ

目標起床時刻:06:00 平均起床時刻:05:37

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09月30日(水)

起床時刻:06時14分

授業。

夜中にトイレで目が覚めたので、ばんらんけん投入。今朝の調子は、ぎりぎり午前はしゃべれるだらう。午後はどうかな?

研究室に到着。ばんらんけん再び投入。ノドいた継続、はなみず参加。バファリン、追加だ!

咳が出る~、授業はやった~♪ 

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09月29日(火)

起床時刻:06時22分

のどイタ進行ちう♪ 微妙に暑い、汗かく。でも半袖だと寒い、風邪ひく。喘息薬を増量しまちた。おそらく授業はじまって、しゃべりすぎ、もある。

ばんらんけん、飲みまちた。汗かく。治したい。週末、長野に行きたい。

薪ストーブがついたらしい。見たい。きのこが出ているらしい、食いたい。それはどうでもいいんだが、梅ちゃんを運びたい。

え? にゃんた、モテモテ♪ 母と電話で長話していると後ろで、ニャーン♪ 「もう、嫉妬深いんだから~(母)」 いいわね。。

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09月28日(月)

起床時刻:06時02分

午後、聖堂で二胡。

・・師匠にまたまた叱られ、新人さんに追いつかれて、しょぼしょぼ、お稽古の帰り道、スーパームーンがでかすぎて、笑った♪

昨日ざざーっと読んだ本は、けっこうなお宝かも知んない。ワタクシの第3部で確実に引用されるでせう。

しかし面倒くさそうだがな。私は前から疑問に思ってました。文学だけやっていると、『詩経』は北方、『楚辞』南方、リズムも内容もぜんぜん違います。中原で周の儀礼文化、南方で楚の祭祀文化(殷の名残り?)、中国北方は雨も緑も少なく自然が過酷、人間は勤勉、南方は鬱蒼としていて、魑魅魍魎が隠れやすいです、だから北方は現実的な作風、南方は幻想的な作風、などなどざっくり南北に分けて論じられたりします。

中原は夏から殷から周になり、春秋戦国時代を経て、やがて中国全土は秦に統一され、秦はすぐ亡んで漢になり、前後あわせて400年続きました。

それで『史記』は前漢のまん中頃、漢になって100年、全国から書籍が集められた武帝の時代に司馬遷が書いたものですが、記述しているのはずいぶん昔からさかのぼって武帝のところまで(あとで削除させられて武帝のちょっと手前までだったかな?)ですが、きのう読んだ本によると、父の司馬談が書いていた部分に司馬遷が書き足していて、前期読んでいたのは司馬談の部分が多かったようです。とにかく漢より随分むかしの話ばかり読んでいました。

後期いよいよ戦国末の楚の屈原の頃なんか出てきて、さらになぜか秦は飛ばされて、漢の建国の頃の人物が出てきて、さらにさらに元にしているテキストが列伝を先にしているものだから、遊侠伝だの滑稽伝だのやったあとで、世家になって楚漢の戦いの話が続きます。・・・時代が前後して分かりづらいわ! 元にしたのが古典の朗読シリーズだったからな。。

ま、それは置いといて、秦と漢というのは現在の西安に都がありました。後漢は洛陽に遷都しましたが。中原から見ると、だいぶ西です。唐も長安(西安)に都を置いて日本人には馴染みがあるせいか、西安のなにが?、みたいな感じかも知れませんが、ずいぶん西です。黄河流域ですらないしー。黄河か長江か、って聞かれたら「黄河のほうです」だろうけど、おおざっぱだな、国が広すぎて。

で、秦の始皇帝は全国制覇したあと色んなものを統一しようとして行政的な手腕を発揮しましたが、法家思想にもとづいて法令整備したくせに、本人は長生きしたくて道教も信じたり、「裏切られた!」と怒ったり、してました。儒教は学者どもがうるさいので、有名な焚書坑儒をやりました。

漢は全国から書物を集めたりして、やっぱり儒教にしとくか、と儒教を国学にし、「泰山で封禅の儀式やりましょう!」なんて準備コツコツしていて、司馬遷の父ちゃんもはりきっていたのに、土壇場で「やっぱ道教にする!」みたいなことに。だから~、なんで泰山で?、から始まって、なんで道教に?、というところからアタシは確認したい。

そこんところと私的にはつながるのだが、儀式では北方『詩経』風の四言のリズムの歌謡をずっと使いながら、一方で漢代では『楚辞』系の歌謡も盛んで、賦がたーくさん作られまちた。司馬相如くんは、どっちも有名なスーパースターです。彼は卓文君という男みたいな名前の美女とカケオチしたことでも、有名です。

あ! 私が弾ける数曲の琴曲のうち、まあまあ得意としている「鳳求凰」は、司馬相如が卓文君を想って作った曲だ、と伝説にあるぞ!

はははは~♪ 博論やって残った課題がありまして。博論やったから出てきた課題、と言い換えてもいいんだが、解決のヒントを1つもらった感じですね、昨日の600ページで。

前任校で書誌学やって、理屈だけでなく実際に図書館の漢籍整理をいくつかやって、ホント、よかったと思う。「武帝が全国から図書を集めました。劉向はそれを整理しました」なんてテキストに書いてあっても、実際の整理の経験があるとないとでは、たぶん違う。「図書を資料として本を書きました」なんて言っても、どういう図書だったのか、どういう使い方だったのか、図書館側のことを少しでも知っているのと知らないのとでは、たぶん違う。多くの研究者は、利用者側の体験しか、していないと思うもんね。

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09月27日

起床時刻:06時06分

朝からいろいろおかず作っちっち。

雲の向こうに中秋の名月、出たり! でも満月は明日で、スーパームーンらしい。

文体?が読みづらいよ、と文句言いながら、「漢文」の授業のために、藤田勝久せんせの『史記秦漢史の研究』を読んでいる。忘れないように、メモメモ。

1、『史記』は宋代の版本をもとに読まれているが、もとは前漢の書物であり、当時はまだ紙もなかっただけでなく、前漢末の劉向らの図書整理以前である。従って『史記』が依拠したとされる書物の多くも、実は司馬遷が見ていたのは図書整理以前のものであり、我々が今日見られるものとは違う、ということを忘れてはならない。

2、出土資料(甲骨文や金文、簡策や帛書、文物)を利用した研究が二十世紀以降でてきた。とくに古墳の副葬や井戸から出土した文献は、図書整理以前の原資料であり、『史記』の編纂過程を明らかにすることが期待できる。

3、こうした資料により、例えば、項羽を代表とする楚の時代(国ではなく)があったことが推測される。

ちょうど後期は楚漢の戦いのあたりをやるの~。だから買って読もうと思ったのだ、この本。

4、説話的なエピソードも、一定の編集を経て漢代まで伝えられた文献(文章)を司馬遷は利用していた。

5、太史令は太常に属しているため、司馬遷が利用した文献は祭祀儀礼に関するもの、暦や紀年、系譜、戦国故事、説話などであり、利用しなかった文献は律令、行政文書、裁判記録、財務資料などである。科学技術、医学、地理など百科全書的なものは利用している。

あ、章の「おわりに」がとても丁寧、うまく要点をまとめてくれている! まだ「序章」を読んだだけ。このあと具体的な論証になる。

今年度『史記』にしたのは、「漢文」の授業だから散文のほうがいいだろう、ぐらいの意図だったのに、司馬遷(と父の司馬談)は太史令で、これは太常に属す「天官」で祭祀儀礼を司るとか、礼楽の復興とか、周公から武帝まで1000年、孔子から司馬談まで500年、「天子が千載の一統を継ぐ」とき事象を論断し記録するとか、またまたどっかで繋がる話になってきた。よよよーい♪

そうだそうだ、なんたって武帝だったね、みたいな。司馬談より前に太史令になった人物は不明、武帝期に太史令となるのは司馬談と司馬遷の父子だけ、ですって。そうかそうか。

いちおう読了、600ページ。

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09月26日

起床時刻:05時54分

大学へ、「漢文」のプリントを印刷しなくちゃ♪ 

いえいえ、私は行き当たりばったりに生きておりますが、大学で中国語に出会い、「あ、これを一生やっていくな、若いうちにやりたいことが見つかってよかった♪」と思って、以来、そこからは離れていないので、石の上にも30年、さらに長生きして50年、60年、をめざしております。

苦しかったのは20代でしたよ~、このままやっていいのかな?、と不安があったから。いいからやれよ、と励ましてくれた先生たちのお蔭です。だから私も、若い人たちを信じて励ます先生になりたいです。

たらたらやっていても、やった分だけ無駄にはならない、と思ったな、このまえ栄宝斎さんの練習を見ていて。私もここからだったんだよなー、と思って。上を見たらキリがないが、しかし、「画は一生蘭だけ描いて、古琴は一生3曲くらい弾いていたら、いいんでないか」と言ったら師匠が、「せめて10曲だな、10曲も弾ければ十分だ」とおっしゃいました。

書は延々、顔真卿の「多宝塔」で練習していましたが、蘇軾や黄庭堅の尺牘の本を買ったし、蘇軾の「赤壁賦」や「寒食帖」を一生まねて練習していても、バチは当たらない気がする。

英語は新しいカリキュラムのために3~4ヶ月?、ガーッと復習してましたが、おそらくあの科目を担当することはないだろうけど、そうだ、「漢文」の授業で『詩経』の英訳も紹介しよう♪、なんて思わぬ方向に引き寄せ。ただでは転ばない人である。

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09月25日(金)

起床時刻:06時18分

授業。

雨だすな。おべんと作ってこー♪

きのう栄宝斎さんが師匠に竹(傘の柄)で作った印を持ってきて、すごーく可愛かった。なので朝、歯を磨きながら、洗面所においてあるハタキの柄を見て、「あ、これも削って印材にできるじゃない?」と思った。

そう思ったら、何だって印材になるよねえ。消しゴムなんか、手頃だわ。・・言ったそばから、週末に作りそう?

栄宝斎さんは、若い頃に印材を1万個、買ったそうだ。一生、篆刻をするために。

久しぶりに「見渡す表(一生分)」を見た。たまに更新してましたが。

「見渡す表」というのは、整理術の本にあったもので、1週間分とか1年分とかも、あります。たいてい生活のリズムって決まっていて、手帳なんかだいたいそれにあわせて構成されているわけですが、一生分(年表みたいなもの)をエクセルでまとめています。

40代は校務がどかどか来て、たいして研究できなかった印象があったけど、実績としてはそうでもなかったみたい。去年は留学して国外にいたわけでもないのに論文を1本も書けなかったが、今年挽回して3本書いたので、年に1本ペースに追いついた。あと2本で、計30本になる。

最初に出したのは26歳、博士課程に入ってから、なぜか修論ではなく卒論を整理して発表した。修論はのちに一部分を整理して、発表した。今年53歳なので、まあまあ1年1本ペース、ということで。

定年まであと10年ちょいだが、そろそろ「春月せんせい3部作」の第2部をまとめて本にし、残り10年は第3部をやって、めでたく退職金もらって定年、余生は長野で年金もらいながら晴耕雨読、と。第3部のためには、やっぱり来年度から「漢文」は『詩経』だな。

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09月24日(木)

起床時刻:06時11分

古琴のお稽古。午後、会議。

いででで、昨日ひさしぶりに練習していたせいで、腕が筋肉つー。今日また久しぶりに歩くつもりで、脚も筋肉ツー必至。

稽古で師匠に叱られまちた。「練習不足とか、そういうんじゃないんだよ、古琴を弾く生活になってない、ってことだ」と。そー、日常のちょっとした瞬間に、あ、あの琴曲を弾いてみようかしら、キンモクセイがいい香りだし、みたいな生活になってない。ぜんっぜん!「文人生活」なんかじゃない、ってことですねー。師匠はいいこと言うな♪

白石君の書の本を持って行って、栄宝斎の人に分からない箇所を聞けるように、と思ったら師匠が「オレが読める」というので、おー、翻字したら教わろう。まずは自分で、できるところまでやってから。

もー、やらなきゃいけないことが多すぎて、「なー、幸せだろ?」と言われまちた。はっは♪

**
1枚の画の中に、花や鳥や山や川や舟や橋や、いろいろ描いてある。それを画像データとして取り込んだあとで、チョキチョキ、花だけ集めたり橋だけ集めたりして、1冊の本にする。

これは唐末から宋代にかけて印刷術が発明されて普及した頃に、類書ができたのと、似ている。この頃、注疏を原文とあわせた本もできた。同じ原理?だすな。

現代なら検索かけて、同じ語の用例をずら~っと並べて比較検討するみたいなもの。「捜韻」はとても便利です。研究会の強化合宿で紹介したら、みんな絶賛でちた。

ん~、鄭玄と朱熹は偉大だ! 来年度の「漢文」は、『詩経』にしよっかな? 歴代の注釈を比較しつつ。英訳なども紹介して。

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09月23日(水)

起床時刻:06時01分

キンモクセイの甘い香りがする~。秋だ。

昨日は栗を茹でて食べ、梨も食べた。茗荷を甘酢漬けにして、夏を惜しむ。

今日は新生姜があったので、これも甘酢漬けにした。もう10月始まりの2016年の手帳があったので、買った。

勉強しすぎて吐きそう、体力つけるには鳥の胸肉だわっ、ワタクシは格闘家よ!、と煮ていたらお隣さんがピンポーン♪、蒲萄をくれた。

**
墓標エンブレム裁判は、白紙撤回を受けて劇場は使用差し止めを求める訴えを取り下げたものの、デザイナーは「IOCが著作権の侵害を認めるまで裁判は続ける」として予定通り始まった。

劇場が侵害されたのは財産的著作権で、デザイナーが侵害されたのは著作者人格権なので、あり得る反応だと思うが、相手がIOCだからややこしい。劇場は組織を、デザイナーは個人を訴えるべきだと思っていたが、原案は別にあり、修正後のが似ていて、その修正にオリンピック組織委員会が関与していたために、修正過程で著作者人格権の侵害があったのではないか、ということで、訴訟相手はやはりデザイナー個人ではなく組織になるだろう。

裁判は、侵害された側が証拠をそろえないといけないそうで、勝訴の見込みは少ない。でも裁判の過程で、なぜ似てしまったのか(またはプロデザイナー氏が主張するように「似ていない」のか)を説明しなくてはいけないし、依拠性が本当になかったと立証できるのか、これも明らかになる。そのための提訴だろう、と言われている。

こういうことに労力を使うのがイヤで、ぽぽぽーい♪、の人も多い中、がんばりますねえ。がんばって♪

著作者人格権のおさらい(日本の著作権法):
公表権(18条)・氏名表示権(19条)・同一性保持権(20条)があり、著作者人格権の一身専属性(59条)がある。

「著作者人格権は譲渡できない」は、59条に依ります。また、著作権法121条に、

>著作者でない者の実名又は周知の変名を著作者名として表示した著作物の複製物(原著作物の著作者でない者の実名又は周知の変名を原著作物の著作者名として表示した二次的著作物の複製物を含む。)を頒布した者は、1年以下の懲役若しくは100万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。

とある。久しぶりに取り出して見てみたが、騒動になった例のテキストは、つくづくデタラメだったと思ふ。あれ、「発行・編集 ○○大学経済学部中国語部会」、「制作・発売所 ○○大学出版会株式会社」、「コピーライト △△(個人1名)」になっていて、奥付の欄外に「○○大学経済学部中国語部会 編集担当:※※(個人5名)」になっていたけど、著作者と複製物制作者と頒布者とが、ごっちゃごちゃ。

編集:※※(個人5名)
発行:※※(個人5名)、またはその5名の変名
発売所:○○大学出版会株式会社
コピーライト:※※(個人5名)

なら、まったく問題なかったと思う。が、そうならなかったのは、DTPソフトでレイアウトしながら(つまり複製物の制作をしながら)、あれこれ手を加えて、原著作物と複製物の境が曖昧になってしまっているのでしょう。「しまっていた」と過去形で書けないのが、イタい。ぜんぜん反省してない、っつーか、いまだに何が間違っていたのか、理解してないと思ふ。だからきっとまたやる。っつーか、やってた。

「漢文」の資料を印刷しなくちゃなー、と思いながら、ホント、面白い時代に生まれ合わせたものだ、と思ふ。『史記評林』の和刻本(修来館の)をテキストにしているが、これを私は、影印本(縮印)を買い、授業で使う部分をコピーまたはスキャンして、拡大して印刷し、配布している。授業でのこういう使い方は、著作権法で許されている範囲なのであしからず(念のため)。

実物の版本を見せると今時の学生は驚くよ~、と前にねこちん♪が言っていたので、一部分でも古本屋で買おうかと思ったら高かったので、「大学にないの?」と検索したら、あった。『史記評林』はけっこうゴロゴロしているが、修来館のはお高いのである。

なので今度借りてくる(研究室とは違うキャンパスの図書館にある)けど、実物の版本があるでしょー、それを影印(縮印)した本があるでしょー、それをスキャンやコピーして拡大したプリントがあるでしょー(ほぼ元の版本のサイズになった)、これを山折りにして束ねて糸かがって表紙つけて綴じたら、まるで版本みたいになるです。

影印本を作るときに出版社は、糸を一度はずして撮影し、終わったらまた糸を綴じ直す。そのまま見開きでカシャッ♪ではない。・・なーんて話も学生にするつもり。「自炊」なんて、同じような行為なんでせうか?

図書館は、マイクロフィルムで持っていたものは、どんどん画像データにして公開するか、または撮影し直すかは知らんが、今後は画像データが増えるだろう。スキャナーの精度が上がっているので、細かい注などを拡大して見ようとしても、けっこう耐えられるようになってきた。

そういう時代であるにも関わらず、北京の古典を扱う書店には、新装の線装本がいくつも並んでいた。どーして? わざわざ嵩張るのに?

しかしいずれにせよ、複製物のお話です。複製の方法が変わってきた、という話です。コピーやスキャンで複製すると、オリジナルと同じものが出来るので、同一性保持権が保たれて、その点はよろしいかと思います。複製を作ったつもりが、あちこち違っていた、なんてことはよくありました、手抄したり版木ほったり活字拾ったりの時代は。

私は活字時代を経験しているので、自分がもし編集担当になったとしても、人様がデータで出してくる原稿(著作物)を、編集作業(複製物の制作)をしながら勝手に手を加えることはしませんが、活字時代を知らないとやってしまうかな? 活字時代を知っていても、やってしまう人はいる(やられたことがある)から、何とも言えませんが。

卒論は手書きだったんだからなー。修論はワープロを使い始めていたのに、「手で清書して」提出させられたんだからなー。博論もワープロだったんだよなー。パソコンに乗りかえたのは、ウィンドウズ98になって漢字(中国語)が使いやすくなってから。「漢語大詞典」はまだ紙版しかなかったし、「四庫全書」は大学の図書館で紙版とROM版と買ってくれたが、用例を検索できるようなサイトもなかったしなー。

今後は書き方も変わるし、本の形も変わる。北京で買った書論の本、画像資料がけっこう入っていてありがたいが、いまはデジカメやスキャナーでこういうことがやりやすい。画の本で、全部カラーのテーマ別画集?、小さめサイズで20元程度、というのも買った。「花鳥篇 牡丹・荷花」とか「山水篇 舟橋・雲水」とか。

これなんか、画には山水も花鳥も人物も、1枚の中にいろいろ描かれているものを、画像データとして取り込んで、牡丹だけ、舟橋だけ、チョキチョキして集めて、編集するわけ。朝代・画家名・作品名がちゃんと書いてあるので、いろいろな牡丹、いろいろな荷花を見られて、すごく楽しい本だけど、こうなるとなおさら、美術館に足を運んで、1枚の画全体を見る機会も増やさないといけないな、と思う。全体を知った上での、部分。

白石君の書の本が2冊でていて、計3冊になった。前に買ったものは、白石君の書しかない(でも解説は署名付で詳しい)。今回、後ろに周君や王君の跋のついた1冊を買い、やったー! と思いつつ別の日に、同じように跋文もついていたので最初スルーしたが、神様に呼ばれてもう一度よく見たら、別の出版社から跋文を含む全体の書影付のがあったので、これも買った。

残念ながら、3つの出版社とも、どこに所蔵されているか書いていないので、調べて機会があったら、オリジナルも見たい。内容を知るには影印で十分だが、書であるからには現物も見たいのが、人情というものである。

いや、そうか? なぜ現物を見たいの? というのは研究テーマになるかも知れませんね。

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09月22日(火)

起床時刻:05時04分

快晴になるようなので、窓をあけ、布団干し。

台所はさっき少し片付けた。たまった郵便物をテーブルに置いたままだったが、ざっと見て不要なものは、ぽぽい♪

名古屋強化合宿の結果を反映させて、修正稿を今月中に出せ、と指令がきているので、やる。ほほほーい♪

終わったら、長野で書いた論文2本を見直して、注を整理する。書いている時は、ページ内の下注にしている(そのほうが見やすい)が、最後に注だけまとめて、書誌事項の付け方などを統一するのです。

こんなんが終わらんうちに、書論の本が集まってきたので、ブーたん♪もやりたいっすね。もう要らんかな、と思っていた東方学会の学会誌にも書論の論文が載っているし、こりゃ神様がよよよーい♪、まだまだ御降臨ちう。

・・・論文を読んだが、いまいち面白くなーい。たぶん編集委員がタコツボなんだらう。

北京で書画の本をいくつか買ったが、とりあえずは蘇軾の「赤壁賦」他の楷書をお手本に練習する。これ、楷書かあ、行書テイストもあるけど。王羲之なんかはまだとても真似できないので、蘇軾様から。蘇軾はやっぱり文人のホームラン王です。

本人が書いた詩文が残っていて、内容も味わいながら書を手本にできるって、すごいじゃないですか~♪ しかも「赤壁賦」とか「寒食帖」とか、名文中の名文っすよー。

それから蘭の花のテキストがあったので、これも練習する。蘭が好き。一生、蘭だけ描いていてもいいような気がする。先生は「竹のほうが上手ね♪」って言うけど。。

あとは蓮ですわねえ、私のイコンですから。泥中にいて泥に染まらず、涼しげに花は風に吹かれ、やがて実となり、地下ではしぶとくレンコンを育てている。ふっふ♪

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09月21日(月)

起床時刻:06時13分

日本へ。

留守の間に日本の国会&周辺はむちゃくちゃだった模様。いいね、平和で。久しぶりに血沸き肉たぎる方々もいたようで。

女性議員たちの「セクハラ作戦」は、吐き気がしますな。なーにが「女性の盾」だ。紛争地域で「人間の盾」にされて殺されている人たちもたくさんいるのに、ふざけすぎ。意趣返しに「セクハラ暴行」されたと騒いでいる自民党も、同じ穴のムジナ。

だいたい、ハラスメント(嫌がらせ)と暴行(犯罪)を同列にするのも、おかしい。

「羽交い絞めにされて引き倒され、膝の上に乗せられた後でぶん投げられて、指を怪我した」なら、立派な「暴行」だから、さっさと警察に被害届を出せばいい。もし羽交い絞めにされて「乳を揉まれ」、膝の上に乗せられて「スカートの中に手を突っ込んで触られた」なら、「性的暴行」になるかも知れない(たぶん強姦でもされないと取り上げてもらえないだろうけど)から、これもさっさと逮捕してもらったらいい。

「女性だから」「女のくせに生意気だから」なら、セクハラかも知れないが、もう暴行に及んで、ハラスメントの域を超えている。「セクハラ」と「性的暴行」は、分けてほしい。でないと、本当にセクハラされている人が迷惑です!

被害者づらして攻撃する、卑劣な作戦ですこと! こういう女性こそ、真の女性の敵かな? 女性として不幸なんだろうと思う、こういう作戦を思いつく女性って。まるで、気の毒を絵に描いて棒でつついたよう(← かなり悲惨)、です。

**
朝から呪詛を書き殴ったせいか、ギャーギャー攻撃にさらされながら帰国。日本って静かねえ。

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09月20日

起床時刻:06時38分

空気がよければ、北京ってやっぱり面白いわ、と思ふ今日のたちまち軽度。→ 良に下がった!

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09月19日

起床時刻:06時16分

昼~、うさピョン♪と女子トーク。

けさも青空。遠い昔みた北京の秋天?

これで甘栗があれば、サイコーの北京の秋だ~♪ と思ったら、陳さんが散歩ついでに買ってきてくれまちた♪

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09月18日(金)

起床時刻:06時11分

昨晩はナマ津さんを食べまちた。・・おれはヌマ津じゃーーっ!!(あれ?)

今日は重度汚染の中、再び瑠璃たんへ行くでやんす。このまえ買った蘇軾の尺牘の本がすばらしかったので、シリーズの別のも買いたいでやんす。さらにさらに、白石君の書の本もすばらしかったので、たぶんこんブー♪の兄弟行(けいていこう)になる。これを名づけてブーたん♪と為すぞ。

PM2.5、ぽぽぽーいっ♪ たとえ重度汚染でも研究のため外出するぞ!、と決めたら天帝が風を吹かせて、軽度→ 良→ 優に下がった。どうだ~!

洗濯機を回してから、出かけるでやんす。地下鉄で、GO! 

**
書店にはすばらしい本が売るほどあったので、買った。重かった。印泥も買っちっち。筆置きと、日本では買えない色の絵の具も。

何かのワナかも知れないが、白石君の書論の注釈書を見つけてしまつた。もちろん買った。

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09月17日(木)

起床時刻:05時53分

夜、親戚と食事会。

寝すぎで腰が痛いので、「わたしを離さないで」の小説と映画の違いについて、書きませう。映画も原作者のカズオ・イシグロが関係しています。

うさピョン♪がコメントくれたことと関わると思いますが、作品のタイトルにもなっている「わたしを離さないで」の曲と、その曲のはいっている古いカセットテープ。それをトミーからもらってキャシーが自分のベッドで枕を抱きながら聞いているとき、部屋のドアで立ってその姿を見ていた人物。この辺が小説と映画では違っていて、映画はただの恋愛ストーリーのようになっています。それはそれで哀しい物語ではありますが。

原作のほうが、『日の名残り(The Remains of the Day)』と同じテーマが底流にあるんだな、と分かります。失われつつある古き良きものへの哀惜。あー、いかにもイギリスなんだ、とも思う。

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09月16日(水)

起床時刻:05時28分

とっくに起きて、ネットで中国語字幕の「Never Let Me Go(わたしを離さないで)」を観ていた。さて、二度寝しよーっと。

今日は瑠璃チャンに行く予定。

・・行った。いつもの楽器店で三個めの二個、ちがう、二胡を買った。店主が3つほど出して音を比べて、「これはもっといい」と持ってきたのがいちばんよかったので、「せっかくだからそれにしようよ」と言ったら、「お前なんかこっちの1200元ので十分だっ!」をもっと丁寧に言われた。わーん♪(大泣き)

最後に持ってきたのは店主が自分で愛用している二胡で、店主はもと吉林省の歌劇団で二胡をやっていたが、給料が安すぎるので北京にきて楽器店をやるようになったらしい。どーりで、このおっさん、二胡を弾きだすとステキ♪、だったわけだわ。。

売る気もないのになんで持ってきた? 自慢か!?

「誰に習ってるの?」「日本で日本人に習ってるんだよ(陳さん)」「へえー、日本にしょっちゅう行くの?」「まあね(日本人だから)」

吉林省が相手なら、中国人なりすましが出来る私である。・・・自慢だよ~。

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09月15日(火)

起床時刻:05時03分

陳さんのパソコンであっという間に、こことワードは征服した! 

ルーターの点滅がまぶしいから、とスイッチ切られていてネットできなかったので、ご主人様の睡眠を邪魔しないよう、となりの女中部屋で『琴律学』のコンニャク、ちがった、翻訳なんぞやっておりました。

留守だと思ってワルグチ書き込んでいると、すぐ読むからなー。

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09月14日(月)

起床時刻:05時13分

午後、北京へ。

着いたよ。陳さんのパソコンに挑戦!

**
いそいで洗濯~。窓をあけて出来るだけ風を通してから。

強化合宿2日目にして次回分の分担を割り当てられる。次回は来年3月に東京で。言いなりに、やる私である~。今回3日間ぶっ通しでも終わらなかったので、どうなりますやら。

北京へは英語のテキストを2~3冊持ってゆくである。しばらくほったらかしであったが、またやるである。継続は力なり。がんばれ、私! 

どう考えても中国語のほうが好きだし、向いていそうなんだが、いちばん好きなことを仕事にしてしまつたので、こっちは頑張るも頑張らないも、ないのだ。

強化合宿の3日間、毎日7~8時間びっしり勉強だったが、ホテルの朝食(おいしかった)をもりもり食べ、食後のコーヒーをすすりながら、「幸せだなあ、私ってば」と思った。はっはっは、そう思えることが、幸せだ♪

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09月13日

起床時刻:04時06分

強化合宿3日め。また9時から。

夕方、東京へ。ピヨりん♪には会えなかった。かえるの饅頭があったが、買わなかった。けろ。

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09月12日

起床時刻:04時17分

強化合宿2日め。

昨日は10時から午後6時まで。今日は9時からやってまーす♪ ねむい。。

午後6時半までやり、そのあと焼き鳥屋で10時まで飲み食いしまちた。

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09月11日(金)

起床時刻:04時25分

名古屋へ。研究会の強化合宿である。お菓子(スーパーでやっていた北海道フェアで買ったもの)と龍井茶を持ってゆくぞ~。

寒くないぞ! 長野はもう暖房いれてたんだぞっ!!

**
「し」と「レ」は似ているが違う。となると墓標エンブレムはやっぱり、なんでこのデザインなのか、なんでこれが東京五輪のデザインなのか、をしっかり説明できなかったのが、ダメだったんだろうと思う。いくらプロのデザイナーが展開力がどうの9分割がどうので「似てない」と言っても、それがなんで東京五輪に必要だったのか、が分からないので、「でも似てる」と平行線なのだ。

東京だから「T」なら、トロントだって「T」だもん。赤い●だけで「カナダじゃなく日本だろ!」みたいな? ●が左上(エンブレム側から見て)に移動した時点で、「T」じゃなくなったし。

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09月10日(木)

起床時刻:05時48分

東京へ。古琴のお稽古。

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顔本でシェアされていた記事、やっぱりヘンなので書いておこう。冒頭からいきなり。

>「井」は「#」のパクリか?

>まず、みなさんに質問です。 漢字の「井」は、番号記号である「#」のパクリでしょうか? 要素だけで考えると、明らかな模倣に見えます。でも皆さんは「似てるけど明らかに別物だよね」と感じているはず。なぜ私たちは、これらが完全に違うモノだと直感的に理解できるのでしょう?

番号記号なの? 「#」って? 電話機などによくあるけど、これ、シャープに似ているけど、「井桁」でしょ? なんで漢字の「井」は「井桁」のパクリか?、なんて質問をしているのだらう。

>その理由は簡単で「私たちが日本語と英語の知識を持っているから」です。では逆に、文化を共有してない人々(たとえば宇宙人)が、これらの文字を見たとしたらどうでしょう?おそらく同じものだと思うはずです。つまり、あるモノと別のモノと同じに見えるのかどうかは、知識や文化に左右されるのです。

なんで「井桁」を英語だと思っているのだらう??

ま、揚げ足取りはともかく、「似ていてもコンセプトが違う」というのはつまり、「類似性があっても依拠性がない」ということなので、コンセプトを丁寧に説明すればいいのに、「サイトにアカウントを取ったが見てない」とか「展示会には行ったがポスターやバナーは記憶にない」とか言い出すから、依拠性を疑われる、すなわち「ぱくった?」になる。

「し」と「J」、「E」と「ヨ」も似ているが、英語と日本語とコンセプトが違う、という。なら「し」と「レ」、「い」と「り」も似ているし、「E」と「F」、「B」と「P」も似ている。「P」と「p」、「X」と「x」なんか、さらに似ているな。同じ日本語、同じ英語というコンセプトだが、なんで「ぱくった?」なんて思わないのか?

「目」と「皿」もけっこう似ているな。「人」と「入」はもっと似ている。

慣れていないと、細かい違いが判別できない、は正しい主張だと思ふ。

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09月09日(水)

起床時刻:04時55分

今日がぎりぎり最後の「長野ってば涼しいわ寒いくらいよ」生活である~。もう何が何でもよよよーい♪を強制終了させて、荷物をまとめなくては。

と言ったそばからダンボールに本や資料をぽぽぽーい♪し、いよいよフィニッシュへ。やっとゴールのテープが見えてきた。なんたって「待続」って手があるからニャ。たぶん70枚くらいで終わります。

論文は強制終了して、荷物を出して、午後は晴れたのでまたキノコ採り。タマゴタケと栗風船と、今日は「じこぼ」がどっさり。3軒まわって、おすそ分け。

すっかり田舎暮らしを堪能しましたダ♪ スイカとメロンで体重増えましたダダダっ♪♪

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09月08日(火)

起床時刻:05時12分

離れの書斎に薪ストーブをつける相談、建設会社の人と。朝一で打ち合わせに来るって。

はい? 薪ストーブの火をじーっとただ見つめて、ぱちぱち♪木のはぜる音を聞きながら、ぼおーっと物思いにふける。。 などということは、まったく! ないですよ~。単に、暖かい。それだけのことです、わはは♪

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09月07日(月)

起床時刻:06時08分

また雨である~。タマゴタケを連日採っているが、まだ出るかな? 

昨日はご近所さんにも配った。「庭いじりしてたらキノコがいっぱい」と見せにきたけど、「それ全部ダメです」だったので。

ふうっ~。60枚を超えたが、まだ終わらない。。

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09月06日

起床時刻:05時40分

ついにフリースの冬用パジャマで寝たぞ、ぐっすり~。下にシャツを着ていないので、完全冬仕様ではありませんが。

あ~ゆーゴーいんぐつー、ズタぼろ~、ふぁ? 

あ、さすがにこれは怒られちゃうかもん♪

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09月05日

起床時刻:05時29分

だーめー、止まりませんニャ、あと10枚くらい書く。

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09月04日(金)

起床時刻:01時32分 05時47分

夜中に・・。ねこが遠吠えして、目が覚めちっち。

昼寝したら寒すぎて、腹こわした。。ついでに生臭い話を削除しまちた。ぽぽぽーい♪

そして、よよよーい♪は45枚を超えた。。んん~~~、ちょっとテーマを小さくして、これで終わりにしちゃう?

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09月03日(木)

起床時刻:05時04分

猫に八つ当たりされまちた。。って顔本に載せるときに、場所まちがえて学生にも見られてしまつた。

今日は晴れたんだが、よよよーい♪をやりまちた。ちかれる。夕方、散歩のついでにまたタマゴタケ(きのこ)をどっさり採り、山の家へ持って行ったら、葡萄をくれた。わらしべ長者なり~。

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09月02日(水)

起床時刻:04時38分

きょうは雨読(うどく)の雨音(あまおと)。日本語も難しいやね。音変化も含めて。

・・ごめーん、晴れた! 晴耕だ。キュウリとモロッコインゲンの棚を撤去して、ネギを抜いてイチゴの苗を植えて・・。

大根はまいた種が順調に発芽していた。1ヶ所に3粒ずつ種をまいて、葉っぱが大きくなったらすぐって葉っぱを先に食べ、残りの1つを大根にする。畝1列でたぶん60本くらいある。

にんじん、ごぼう、はまだ上手くできない。よほど土をふかふかにしておかないと、下にまっすぐ伸びない。たまねぎは小さいのができるが、すぐ芽が出るし、こまめに買ったほうがいい、と言う。保存もたいへん、こんな大量に採れても。

ミョウガを甘酢漬にしておいしかったので、新生姜も買ってきて甘酢漬にしてみた。生姜は温かいところで生育するようで、栽培はあきらめる。

墓標えんぶれむ使用中止会見と取り下げ(ヘンなの~)アートディレクター氏の釈明文、既視感がハンパないが、おかげで画像検索について学んだ。

グーグルの検索で、画像をはると検索してくれる機能があるようで、やってみた。すごーい。これまでは文字を入力して、その画像を検索していたけど、画像をはりつけて画像を検索する機能ね。

おそろしいな、そのうち音声検索もできるようになるんじゃない? この発音はサム君ですね、とか~。○○さんに習いましたか、とか?

人間が経験からピン!とくる(すなわち勘がつく)ことを、コンピュータが真似っこできるようになってきた、ということだと思います。

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09月01日(火)

起床時刻:03時02分 06時06分

9月だー。

東京も涼しいらしいが、お隣さん情報で近所がリフォーム工事でうるさいから「ぎりぎりまでそっちにいたほうがいいわよ~」「はい~♪」でぎりぎりまでこっちにいて、それから名古屋で研究会(学会になったけど)の強化合宿、帰った翌日から北京へ、戻ったら後期の授業、ってな感じです。

北京で何すっかなー? じつは陳さんが検査入院してまして、治療方針待ちでした。すぐに手術しなくてはいけないこともなく、しばらく経過観察、退院して元のアパートに戻りまちた。貸していた人に事情を話して、契約終了前だったけど出てもらって。通院するのに、小湯山じゃ不便だからね、温泉は魅力だけど。

いちばん心配でしんどい時期に越前クラゲ(たぶん)が飛び込んできたので、ぽ・ぽ・ぽーーーいっ♪ 

たぶん越前クラゲ、よく見なかったのでもしかすると足高ズワイガニ。網から引き剥がしてぶん投げた勢いで気がまぎれ、よよよーい♪とこんブー♪が進んだわ、ありがとう。お得意の発奮著書ですな。

一安心したらテンションも下がり、よよよーい♪は大作なんだからあわてることもないかな、みたいな~? ダメよ~、だめだめ。のんきに構えていると、あっという間に5年くらい、たってしまふ。

長野にいる間にせっせと書いて、さて、北京で何すっかなー? 書店めぐりと、二胡をもういっこ、買わないと。二胡なのに3個め。

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ほえ~。よよよーい♪は順調に復活したが、「トマトなんとかして!」でカットして冷凍庫へ。雨があがったのでカボチャのツルを片付けに行ったら、さらに6個採れて、計38個になりまちた。あと2個で去年に並ぶ。

それから畝つくって葉っぱモノの種をまいて、またスイカとメロンを採った。誰が食べるんだ~? メロンも50個くらい採れたんじゃない? でも今年は全体的に小ぶり。

墓標えんぶれむ使用中止になったようで、めでたし、めでたし。

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