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起床時刻推移グラフ

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02月29日(月)

起床時刻:01時20分 07時35分

けむけむ、カラカラ、目が覚めた。かきかき。

田能村竹田が「海棠群鳥図」に題した詞「長相思」に、次のようにいう。

 鳥已眠      鳥 已に眠り
 花也眠      花も也(ま)た眠り
 簾影朦朧只似煙  簾影に朦朧として只だ煙に似たり
 悄立小欄前    悄として立つ 小欄の前

 人不円      人は円かならず
 月空円      月は空しく円かなり
 半夜風寒誰調弦  半夜 風寒く 誰か調弦せん
 紅牆如隔天    紅牆 天を隔つるが若(ごと)し

某せんせいの日本語訳:
 鳥はもう眠った。花も眠ったようにそよともしない。簾越しに見える景色はおぼろで霞か雲かと見える。わたしは小さな欄干を前にしてしょんぼり立っている。
 わたしのこころはゆがんでいるのに、月はどこ吹く風でまんまるい。夜中に冷たくなった風が誰かの奏でる三味線の音を運んでくる。あの人の居る朱塀があるのは空のかなたのように遠い。

・・・三味線!? というところでテーマいただきました~。中国人の詞ばかり読んでいると、この「調弦」が三味線はありえない、だいいち三味線って和楽器だし。三味線の原型の三弦も、元代以降の楽器だし。ふつうは筝ですね、「調弦」しているのは。しかし「江戸の音」なら三味線も可能性あり。竹田が聴いた音とは? 竹田の画から聞こえてくる音とは?

「人不円」を「わたしのこころはゆがんでいる」とか、全体的に「いかがなものか」な訳だが、国文のせんせいだと、こんなもん? 月は遠く離れたところでも同じように見えるので「団円」の象徴なんですな、王維の有名な詩があります。

「人不円、月空円」は、月は丸いけど離ればなれの二人の心は一緒じゃないから、私だけがあの人を思っていて、あの人は私のことなんか忘れているのだろう、ということでせう。「紅牆如隔天」は、「紅牆」はすぐそばにあるからこそ「如隔天」が生きてくる。「紅牆」一枚なのに「隔天」のごとく遠いあの人。「紅牆」の中にいる女性のうた、と解釈してもおかしくはない気がするが。。せんせいは末二句により男性のうた、と解釈する。

妓楼の女性のうたであるなら、「鳥已眠、花也眠」も男女の比喩ですよ。海棠といえば楊貴妃だし。

この「海棠群鳥図」は文政十年(1828)「初冬十七之夜」の作。前年9月7日に長崎に入り、この年の10月10日頃に熊本へ帰ったという。1年あまりの長崎遊学を終えた直後の作ですにゃ。竹田は51歳(1777年6月10日生まれ)。長崎では清人の朱柳橋や江芸閣らに詞集を読んで批評してもらったり、逗留先の禅寺の近所に「唐人通事の老先生も御座候」、華語を習おうかしら?、ということもあったそうだ。

「花も眠ったようにそよともしない」も気に入らないですにゃ。勝手に風を吹かせているが、花って「そよそよ」しないと思ふ。草だと思う、そよそよするのは。海棠の花が「そよそよ」するには、けっこう強い風が必要じゃないかな? ちゃんと画を見てるんだろうか、せっかくの題画詞なのに。

ぷぷぷ、おもしろーい♪ 題画詞にするに当たって一部書きかえた作、同じ「長相思」で、詞集に入れたほうはこれ。

  夢易醒      夢醒め易く
  酒易醒      酒醒め易し
  楊柳梢頭月正明  楊柳梢頭 月正(まさ)に明らかなり
  鴉児半夜鳴    鴉児 半夜鳴く

  掩雲屏      雲屏を掩い
  護春灯      春灯を護(まも)る
  痩影看時妾自驚  痩影看る時 妾自(ひと)り驚く
  郎看那不驚    郎看て那(なん)ぞ驚かざる

国文せんせい解釈:試みに訳を付ければ「なかなか寝付けぬままに、酒を飲んでも頭が冴えてしまうこんな夜。やなぎの枝の上には月が皓々と耀いて、烏が夜中に鳴きわめく。 枕屏風の中、ほのかな行灯の明かりに映し出された痩せこけた自分の影にひとりはっとするが、つれないあの人はこんなわたしの姿を見ても何も感じないでしょう」といったところか。これまた、孤閨をかこつ女性の身に竹田が自らを擬しての作といえよう。寝付けないのも、酒に酔えないのも、烏の鳴き声が耳障りなのも、すべてつれない相手の男性への物思いゆえなのである。その相手への恋いにやつれたというのに、たまさかの逢瀬にもすでに心変わりして男はそんな自分を気遣ってすらくれないという怨みつらみが籠められていることは説くをもちいないであろう。

わははは。改作後の題画詞の解説はもっと面白いが、長くなるので明日。

まずカラスというのは、日本では朝にゴミあさったり、そんなイメージしかないかも知れないが、詩の世界では明け方に「きぬぎぬの別れ」をうながすように鳴く。また「夜中に鳴くのか?」論争が宋代からあったが、旅先で夜中に聞くカラスの声は「もう夜が明けるのかと思ったらまだ夜中だ。。」と夜の眠れぬ時間の長さを思わせる。それに「カラスが鳴くから帰りましょ♪」じゃないが、カラスは夜はすぐらに戻る家庭的な鳥でもありますね。「鴉児半夜鳴」を「烏が夜中に鳴きわめく」ねえ、どうなのでせう?

楊柳は妓楼に植えた。川辺の船着場のそばに妓楼は多く、別れの樹でもある。柳は岸にも植えましたよ。日本では垂柳ばかりだが、水辺に植えたのが垂柳で、水があまりなくてもいい場所には垂れない柳も植えました。

「痩影」は梅の枝をいうことが多いようですが、ここは女性の影なのかな? 鏡に映した姿かとも思ったが。「護春灯」は、眠れないので灯をつけたままなのだと思う。芯を切ったり、しないといけません。現代みたいに電気スイッチつけたら朝まで明るい、というわけにいかない。「行灯」とはまた江戸っぽい。

「郎看那不驚」は反語じゃないの? あの人もきっと驚くに違いない、という。いまそばにいないし、ずっと会ってない。「孤閨をかこつ女性の身に竹田が自らを擬しての作」の「擬する」も間違っていると思ふ。・・・こういう難癖は、論文ではつけない。「引用しない」という形で、要するに無視する。

ん~、でも国文せんせいは、ちとひどい鴨? 

問題:次は論文中の一節である。誤りを指摘せよ。

>「明月棹孤舟」という詞牌は、別名を「夜行船」といって、「双調五十六字前後各五句仄韻」(『詞譜』)とされる詞体である。『詞譜』によれば、前闋を七・三・四・四・四・六を句読し、後闋を七・三・四・四・四・六と句読するから、各全集が前後闋それぞれの第二句を七字で切るのは不適当であり、右のようになる。

※「右のように」とは、
 雪後渓頭寒未薄/問新梅/幾枝開萼/残月暁風/小橋流水/低映山村籬落
 却憶同人曾有約/擬相携/踏翻香玉/已弁吟嚢/更呼驢子/好向花前聞鶴
という切り方。

**
★楽遊原  唐・李商隠
向晩意不適、駆車登古原。
夕陽無限好、只是近黄昏。

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02月28日

起床時刻:04時05分 06時27分

長野へ。

ねむい、ねむすぎる。夜中に目が覚めたのでそのまま竹田君のアウトライン作成、「はじめに」を書き出したが、ねむいので二度寝しまふ。

おきたおきた、つづきつづき。・・・ぷぷぷ、ほぼ終わった。タイトル決まって、アウトライン作って、「はじめに」書けたら、あとは肉体労働、やっていればいつかは終わる。

**
こっち、ゆきすくなっ! 散歩でふきのとう採ったどー。

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★塞下曲  唐・廬綸
林暗草驚風、将軍夜引弓。
平明尋白羽、没在石棱中。

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02月27日

起床時刻:06時56分

とっくに起きて勉強していた。竹田君で1つテーマを見つけたじぇ。やっぱり自分で書いてみないと、よく分からんのにゃ。

かんしゅの日。

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★江南春  唐・杜牧
千里鶯啼緑映紅、水村山郭酒旗風。
南朝四百八十寺、多少楼台煙雨中。

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02月26日(金)

起床時刻:06時50分

晴れー♪ げぼくの日。もしかすると、どぼくの日。

そういえば昨日スーパーで金柑「たまたま」なる商品を見かけた。金柑とはいかにも美しい名前である。小粒ながらみずみずしく、皮まで食べられる可憐で栄養価の高い、すばらしい春先の果物である。それに「たまたま」と名付ける扇子、ちがうわ、センスは如何なものであるか。「これ、たまたま・・」とネーミングを思い出した瞬間に、ガリガリっとかじって種をぷっと吐き出す行為にいささかの躊躇を感ずることはないと言い切れるであらうか。余は逡巡し、購入を控えたである。ああくだらない。下らない話をつらつら記しておったら便意をもよおし、これでもか、見てみろ!ほどの雲古をしてしまつた。おそらくおととい食したサツマイモ紅はるかちゃんの焼き芋(レンジ強で2分、弱で30分)のせいであらう。

わたくしは思うのであるが、昨晩も今朝も(DV夫撲滅ドラマ「ナオミとカナコ」視聴時間を除く)江戸時代の文人画家の填詞に関する学術論文を読み、画題の詞を読み、黄山谷の発表用フォーマット修正版を結局作ってメーリスに流し、他にもあれこれ勉強し、なんて私ってば優雅な生活なの、の反動であらうか、早起き村のおっさんタチに感化され、中和されて俗人に戻ったである。

ほげー、たいして働かず帰宅。長い休憩時間ちう♪に、私がけさ読んだ論文こそクソである、なぜなら雲古野郎が書いたものだからである、という話になった。いまあらためて画をよく見たが、詞牌の入っているものも多い。ないものは、そうだきっと詞集に載っているのだ、と気づいた。なーんだ。

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★滁州西澗  唐・韋応物
独憐幽草澗辺生、上有黄鸝深樹鳴。
春潮帯雨晩来急、野渡無人舟自横。

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02月25日(木)

起床時刻:05時36分

しゅっきーん♪ 『琴律学』訳注稿(一)の仕上げぢゃ。著者から質問の返事きて問題なさそうだし、画像データになっている図表中の簡体字は赤字を入れてくれたら編集のほうで対応するからと返事きたし、いよいよフィニッシュ。

そしたら竹田君をやる。筆まめな人だったようで、資料がたくさん。

『琴律学』は提出。研究会(学会になったけど)の訳注をプリント、えらい時間かかった。重い。

それより、「立ち机がいいよ」という先生がいたので、家具を買うのはレイアウトが面倒だから、机にのせられる書見台みたいなのを買った。するとパソコンをこれまで有線で使っていたが移動する時に邪魔くさいので、無線ラン♪の設定した。これがまた微妙にややこしく、時間くった。挙げ句に結局、情報センターの人に来てやってもらった。。

竹田君と題画詞をテーマに修士論文を書いた人がいて、学事経由で連絡。いま留学中だそうで、メールでやりとり。本をさらにぽち♪ 図書館で取り寄せ。私は私なりに、少し追いかける。

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★清明  唐・杜牧
清明時節雨紛紛、路上行人欲断魂。
借問酒家何処有、牧童遥指杏花村。

***
体操セット40分。

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02月24日(水)

起床時刻:05時06分

お昼は卒業生とランチ。午後、会議。たまには出ないと。。ついでに図書館で調べ物。竹田君について。

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★寒食  唐・韓翃
春城無処不飛花、寒食東風御柳斜。
日暮漢宮伝蠟燭、軽煙散入五侯家。

***
体操セット40分。

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02月23日(火)

起床時刻:05時20分

3人パトロールしたら終わった。今日は早起きした!

ほげほげー♪ 訳者はじめに、書いた。分からない箇所が数点あるので、著者に質問メールした。解答を待って、訳文全体をプリントしたものでもう一度チェックして(これまではパソコン画面上)、図表を整え、注の表記をそろえる。まだまだ終わらない。

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★山行  唐・杜牧
遠上寒山石径斜、白雲生処有人家。
停車坐愛楓林晩、霜葉紅於二月花。

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02月22日(月)

起床時刻:06時16分

調べ直したら、夕方に西の空に見える細い月は若い月で、沈む太陽を追いかけるようにすぐ沈む。朝に東の空に見える細い月は老いた月で、出たばかりだが太陽に追いかけられてすぐ見えなくなる。

なんだか人間の一生のようですね♪ 皎々と輝ける時期は短いと悟りませう。・・でも、見えないけれど、いるんだよ。なんつって。

ほげー♪ 第二章の見直し終わり。これに自序とかつけると、原稿用紙150枚ほどである。このまえ「編集長は枚数制限なしっつったけど300枚って多いかな?」って聞いたら、聞かれた先生がのけぞってたし、注の表記を統一したり図表を整理したりする必要もあるので、これでやめよー、やめたい、やめていいって誰か背中を押してくれ!

目がしょぼしょぼ。帰る! 明日あさってと、わたくしとどーしてもランチしたいというファンの方々と立て続けに会うので、集中して仕事できないである。

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★尋隠者不偶  唐・賈島
松下問童子、言師採薬去。
只在此山中、雲深不知処。

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02月21日

起床時刻:06時35分

「臘梅」は梅とあるが梅ではなく、「木身与葉乃類蒴藋」だという。「蒴藋」を調べると、「そくず。スイカズラ科の多年草。実は小粒で赤く熟す。漢方で、根と葉を神経痛などの薬にする。くさにわとこ」と出てきて、どうみても草。梅っぽくない。色もぜんぜん違う。

ではもしかすると「臘梅」が草っぽい、そうだっけ? と画像をネットであれこれ見たが、やはりどちらかというと樹である。「蒴藋」が「くさにわとこ」以外の別の植物である可能性を探ったほうが、早道かも知れない。

もう1つ。「竇高州家有灌叢」とあるが、「竇高州」って誰? 「竇」が名前(姓)で、「高州」は広東にある地名。そこの知事だったんだろうから、『大清一統志』を調べてみよ、と言われて『四庫全書』電子版を見ていたところ。見当たらなーい。こっちはもう少し調べてみる。

臘梅は、黄山谷が詩にうたって以来、都でとても有名になったそうだ。黄山谷は匂いフェチだと自分で言っているらしい。私が担当した詩の二首めで、臘梅の香りは麝香のようだと言っている。

そして「色染薔薇露」なんだと。「薔薇露」は、そのまま読めば薔薇の花びらに置かれた露?、かと思いきや、薔薇水、ローズウォーター、薔薇から抽出した香水で、これに白い絹をつけると黄色く染まるそうな。南唐の時代に宮中でやっていた。宋代では嶺南(広東)で衣を染めるのにやっていて、だから「竇高州」さんちの庭に臘梅の林があるというのも、広東から持ってきて植えたんですかねえ?

「麝臍」には『本草』関係の本が注に引かれていて、これは注のついた宋代には本があったことが、他の本にも引用されているので分かるが、いまはもうない。とにかく、「麝」という鹿は、「姿は麞(くじか)に似ていて、柏の葉を常食するが、中には、夏に蛇を食べすぎて、秋に分泌液が盛んになり、春に急に痛くなって、自分で脚で剔(けず)り出すものがいる。人がこれを得ることができれば、香りはものすごい」ということで、原文「蛇虫」とあるが、「蛇と虫」ではなく、「蛇虫」で「へび」だと思う。

それ「虫」じゃないですよ?、というのはけっこうある。「虹」もそう。虫ヘンだが、「虫」がいま考える「ムシ」と違うんだね。

『琴律学』が難しすぎてつらいので、研究会(学会になったけど)で訳注原稿が出ると速攻コメントつけて、1ヶ月ほどの間に40~50首読んだらけっこう慣れた、みたいな話を食事会でしまちた。自分の担当部分で、誰も突っ込まないけど自分ではペンディングにしている箇所があって、「細長い月が西の空にかかるのは何時だ?」問題があります。

上弦と下弦とありますが、ちょいと調べたら「西の空」に出るのは「朝」となっていて、そうなると「一晩たった明け方、眠れずに迎えた朝に見た月」ということになるんだけど、夕方、気をつけて空を眺めていると、けっこう細長い月を見る。でもどっちの方向か分からないので、どっちかなあ?、あの作品の作者が詠んだ月は、夕方の月かなあ、朝方の月かなあ、と思いながら1~2ヶ月、結論を出さずに温めているこの状態も、けっこう楽しい、という話をしまちた。

東京って方角が分かりづらいですよね、北京なら通りが東西南北に走っているから、すぐ分かるけど。たぶん京都もね、という話も出た。東京の通りは、東京湾を要(かなめ)に扇形なんですよ。扇の真ん中に、お城(皇居)があって。

などなど、食事会はこんな話で盛りあがりまちた。

『琴律学』は第1章「概論」の見直し終わって、第2章「琴律計算法」へ。これが、たいして複雑じゃないんだろうけど、対数がどうの、数式がずらずら出てくる。現実とーひするために「自序」を訳そうかと思ったら、8月にやってあった。8月の私、ありがとー♪

しかし、私は原稿データを見ながら翻訳していて、そこには30年ほど前に出版が一度は決まったのに横やり入って、でも気落ちすることなくさらに論文30本ほど書いてやったわ、けけけ、みたいな部分があったが、本のほうは削除されていまちた。わはは♪ なので私もそこは削りまちた。

ほげー。今日が訳注V2の締切だった。。あわててやってアーップ♪ 5~6時間かかったわ、よれよれぢゃ。と言いつつ、キリがいいので「声無哀楽論」を最後までやりまちた。50回、つまり50日かかりまちた。しっかし、どういう理屈で「雅声と鄭声は本質的に同じだ」なんて過激な主張になったのか、見直し必須。

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★憫農(二)  唐・李紳
春種一粒粟、秋収万顆子。
四海無閑田、農夫猶餓死。

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声無哀楽論  嵇康
50)
若夫鄭声,是音声之至妙。妙音感人,猶美色惑志。耽盤荒酒,易以喪業,自非至人,孰能御之?先王恐天下流而不反,故具其八音,不涜其声;絶其大和,不窮其変;捐窈窕之声,使楽而不淫,猶大羹不和,不極勺薬之味也。若流俗浅近,則声不足悦,又非所歓也。若上失其道,国喪其紀,男女奔随,淫荒無度,則風以此変,俗以好成。尚其所志,則群能肆之,楽其所習,則何以誅之?托於和声,配而長之,誠動於言,心感於和,風俗一成,因而名之。然所名之声,無中於淫邪也。淫之与正同乎心,雅、鄭之体,亦足以観矣。

鄭声というのは、音楽でもっとも美しいものである。美しい音楽は人を感動させる。それは美しい女性が人を魅惑するようなものだ。音楽と美酒に耽溺すると、本来やるべきことを投げ捨ててしまいがちである。もし傑出した人でなければ、この誘惑にどうして打ち勝つことができるだろう。先王は天下の人々が音楽におぼれて正道に戻れなくなることを恐れて、八音を整備して、こうした音楽に耽溺しないようにした。太和の音楽を保有して、変化を極めないようにした。繊細な音調を捨て、人々が喜びすぎないようにした。祭祀の儀式で羹に五味を調和させず、美味滋味を極めないようなものである。そうした凡庸で浅薄な音楽は、けっして耳に心地よいものではなく、人々が好むものでもない。もし統治者が正道を離れれば、国家は秩序を失い、男女は私奔し、淫乱となって抑制がきかず、風気は変化し、風俗は好みのままに形成されるだろう。向かいたいところに向かい、人々は自由奔放にふるまう。いつもやっていることをやりたがり、誰もとがめることがない。調和した音楽に託し、楽曲にあわせて声をあげ、真実の内心を言葉で表現すれば、人の心を感動させ、風俗は一新する。このため鄭声を用いるのである。しかし鄭声と呼ばれている音楽も、実はそれほど淫蕩邪悪なわけではない。淫蕩と端正は、同じく心の中から出ている。つまり、雅声と鄭声の本質は、見れば分かるものである。

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02月20日

起床時刻:06時22分

午後、黄山谷レポーター。夜の食事会はびみょー? 春の嵐の予報。

→ よよよーい♪ 嵐を吹き飛ばしてやりまちた。食事会したっち。

パソコンのRキーがおバカになりつつあるので、電気店へ行ってみた。次はノートではなく、セパレートタイプにしようかいな、と思って。するとデスクトップ型で、画面の裏にハード部分がくっついているタイプがあった。液晶テレビみたい。

ねむねむ、ねむいのでパソコンを物色。そう? デスクトップのほうが肩こりしないって。食指がびよーん。最近しばそーじょ君とか竹田くんに誘惑されているが、まず白石君をどうにかして、邦彦くんとも関係修復したいので、パソコンさくさく魅力的。

嵇康はここにきて(いま最後の段落)、これまでの議論はいったい何だったんだ?、な感じになっている。やれやれ。互いに相手のあげあしとりながら議論しているので(そう設定して一人で書いているんだが)、全部おわったら主人と秦客とそれぞれ分けて並べて、見直し。

**
★憫農(一)  唐・李紳
鋤禾日当午、汗滴禾下土。
誰知盤中餐、粒粒皆辛苦。

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声無哀楽論  嵇康
49)
故朝宴聘享,嘉楽必存。是以国史采風俗之盛衰,寄之楽工,宣之管弦,使言之者無罪,聞之者足以自誡。此又先王用楽之意也。

そこで賓客を招くには饗宴を設け、美しい音楽が必ず使われる。そのため国家の史官は風俗の盛衰を反映した詩歌を採集し、楽工に渡して、楽器で演奏した。話す人に罪は与えず、聞く人に十分警戒させる。これもまた先王が音楽を使用した本意である。

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02月19日(金)

起床時刻:06時32分

昨晩はがんばって10時からのDV夫抹殺ドラマ「ナオミとカナコ」を見たので、中途覚醒することなく朝おきまちた。夫は先週、首しめられて死んだが。

そしてこのドラマを見ている話と、息抜きに「あの日」のアマゾンレビューをウォッチしている話で、英語のせんせいや統計学のせんせいに軽く嘲笑された。てへっ♪

届いていた紀要の再校やった。これで今年度の3本すべて校正終わり。今日チェックしたのがいちばんゆるいんだけど、久しぶりに読むとこの程度のほうが分かりやすい鴨カモ? ま、いいや。

学生にも会った。相手が中国人だからってクソみたいなのと雲古みたいな話をペラペラしてもしゃーない、という話をもっと上品に教育的立場からしまちた。恐ろしいぐらい自分と同程度の中国人しか寄ってこないんだから、まずは自分を磨きませう♪ 

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★小児垂釣  唐・胡令能
蓬頭稚子学垂綸、側坐苺苔草映身。
路人借問遥招手、怕得魚驚不応人。

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声無哀楽論  嵇康
48)
君臣用之於朝,庶士用之於家,少而習之,長而不怠,心安志固,従善日遷,然後臨之以敬,持之以久而不変,然後化成,此又先王用楽之意也。

君臣は朝廷で使われ、平民は家庭で使われる。少年の時に学べば、成長して怠けることはなく、心は安定して堅固であり、毎日欠点を直し、良い方向へ向かう。その後に敬重する心で向き合い、温厚な態度を堅持すれば、時間がたっても変わることはなく、そうしてはじめて教化は成功したことになる。これはまた先王が音楽を用いた本意でもある。

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02月18日(木)

起床時刻:02時18分 07時10分

まただよ! しゅーじんの日なのに。。昨晩はホンマでっかも見ずに9時前に寝たので、文句言うな、って感じだが。きっと脳がちかれているのでせう。

西洋音楽(古楽)をやっている先生に会っていろいろ聞けて、よかった。

学生からメールが来て、春休みの間にHSKを受けたいというから、じゃあテキストを貸してあげるわ、とおびきだして、そーゆーつまらないことやってると伸びないよ、と指導しなくてはいけにゃい。HSKなんて、留学とかで必要ができたら受ければいいもので、実力を測るためにとか、くだらない。

夏休みはマイテキストに載せた朱自清の「匆匆」を勝手に練習していて、授業始まってから聞かせてくれた。それはよかった。真面目でやる気のある学生なので、本人の興味とか見ながら、もっと実になることをやらせてあげないと、ね。

もう1人熱心な学生がいて、夏休みに知り合いのおばちゃんからドラマのDVDを借りて見てたら、単語も増えた、ほかに何したらいいですか、というから、君はだまされたと思って初級テキストを1日1回×100日音読してごらん、と教えて、やったかどうか知らないが(たぶん100日まではいかないが少しはやった)、「中国人に発音ほめられました」と言ってきたので、第1段階としてはOK。十分通じている、ということですね。あとはたくさん読んで、たくさん話しているうちに、勝手に上達しまふ。

ふりかえって私も、映画があると聞けば観に行ったり、流行っている小説(現代の)を手当たり次第読んだり、テキストたくさん買って一通りやったり、ドラマもだーーっと見たり、いろいろしたが、ようやく古典に戻って、1行読むのに1時間かかるような読み方が、面白かったりする。

そしてそれは大学や大学院の頃に演習でやった、古典中の古典だったりする。ぶっちゃけ、ポップかるちぁー? そういうの、飽きる。若い頃の退屈な時間を、手軽なもの(検定のための勉強とか)で埋めるのは、もったいないと思ふ。

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逢雪宿芙蓉山主人  唐・劉長卿
日暮蒼山遠、天寒白屋貧。
柴門聞犬吠、風雪夜帰人。

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声無哀楽論  嵇康
47)
故郷校庠塾亦随之変,糸竹与俎豆併存,羽毛与揖譲俱用,正言与和声同発。使将聴是声也,必聞此言;将観是容也,必崇此礼。礼猶賓主升降,然後酬酢行焉。於是言語之節,声音之度,揖譲之儀,動止之数,進退相須,共為一体。

そのため学校での教育も同じように変化し、楽器と礼器をともにそろえ、舞踏と礼儀を一緒に用い、雅正な言論と麗しい音楽を同時に用いる。人がこのような音楽を聴けば、必ず次のような言葉を聞くであろう。こうした舞踏を見えば、必ずこうした礼節を尊ぶであろう。礼節とは主客が対面するようなもので、先に昇降の礼があり、のちに応酬をする。こうした状況では、どのような言葉を用いて、音楽を演奏するのか、お辞儀などの礼を行うのか、動作の数はどうか、すべて釣り合いがとれて一体となっていなくてはならない。

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02月17日(水)

起床時刻:01時54分 06時36分

あーくそっ! どれいの日なのに夜中に目さめた。牛乳に酒粕を豆乳、ちがう、投入してチン♪ 飲んで寝る!

音律を考える時に問題になるのは2つあって、1つはどういう計算をして1オクターブ内に音程を作っていくか。三分損益律だの琴律だのは、これ。もう1つは、基準の音をどう定めるか。どの長さを1とするか。黍律とか大晟律とかは、こっち。

人間の寸法がおおよそ決まっていて、扱える楽器のサイズも決まってくるので、あとはどう理屈をつけていくか。黍を○粒並べた長さを1とする、皇帝の指を3本×3節=9になるので、それを基準にする、とかそういう話。

弦楽器にもいろいろあるが、ハープやピアノ(鍵盤楽器とされるが鍵盤で弦を弾く)は、弦1本につき1音。笙と似てますね。

笛のように孔をあけると、1本でいくつか音が出せる。弦楽器でもバイオリンや琵琶は、こっち系。琵琶はバチや指で弾(はじ)くが、バイオリンは弓でこするので、音を出しながら音量を変えたりビブラートかけたり、できる。弾(はじ)く琵琶やハープやピアノは、音を出した後で音量変えるとかは、できない。その代わり、和音は作りやすい。同時に複数の弦を触って。

琵琶はフレットがある。ギターが似ている。箏は柱(ことじ)を立てるので、弦1本に1音、ハーブやピアノに近い。

こうしていろいろ比べてみると、さて琴は?

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★憶江南  唐・白居易
江南好、風景旧曾諳。
日出江花紅勝火、春来江水緑如藍。
能不憶江南。

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声無哀楽論  嵇康
46)
夫音声和比,人情所不能已者也。是以古人知情之不可放,故抑其所遁;知欲之不可絶,故因其所自。為可奉之礼,制可導之楽。口不尽味,楽不極音。揆終始之宜,度賢愚之中。為之検則,使遠近同風,用而不竭,亦所以結忠信,著不遷也。

音楽が調和して構成されるのは、人の感情で制御できることではない。だから古(いにしえ)の人は感情を放縦にしはならないと分かっていて、あふれ出ないように抑制していた。欲望は断つことができぬものだと分かっていたので、正常な軌道に乗せようとしていた。だから実行できる礼節を制定し、感情を導く音楽を創作した。口で天下の美味を味わい尽くすことはできず、音楽で美しい音を極めることはできない。首尾のふさわしい部分を探しだし、聡明と愚鈍の中間を求め、標準を確定し、遠近の風俗を一致させ、享用には光を用いない。これもまた忠信を凝結し、内心の普遍を示す方法である。

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02月16日(火)

起床時刻:07時02分

琴は、基本的には独奏楽器である。音量が小さいこともあって、合奏にはあまり使われなかった。琴だけで斉奏するということも、あまりなかった。合わせるのは簫か、歌声。歌は、そっちが琴に合わせるだろうけど。

だから琴だけ演奏している分には、徽法律で十分ですね。というか、琴の楽器としての特徴から生まれた方法なので、ぴったり。

北宋になって沈括が三分損益律でやるとどーたらこーたら、南宋の朱熹や、私がテーマにしている白石君も琴律はどーたらこーたらと言い始めたのは、琴を「雅楽で」使うとどうなるの?、鐘とか三分損益律の楽器と合わせたいんだけど?、というところから来ている気がする。しかもみんな、宮廷のお抱え音楽家ではなく、個人の立場であれこれ考えて、それを書き残しているわけだ。

宮廷雅楽の整備というのもけっこういかがわしくて、いろんな人がいろんな進言をする。大物政治家みたいなのが皇帝にあれこれ吹き込んで、自分の使い勝手のいい人物を推薦したり、している。うまく採用されると、じゃあやってみろ、ということで資金投入、できました!、と皇帝の目の前で演奏、なんてことになっていく。

北宋以後、個人の書いたもの(採用もされていない)が出版物として残りやすくなった、ということもあるかもね。

琴というのは特殊な楽器で、琴専業の音楽家、というのはほとんど言語矛盾である。琵琶専業の音楽家(琵琶でメシ食ってる)はいたけど、琴でメシ食ってる人はいなかった。明清あたりになると、琴のお師匠さんとしてお弟子とって生活している人もいたと思う、流派ができてきたから。しかし宋代には見当たらない。琴の名手だった「文人」とか「道士」とか、別に肩書きみたいなものがあって、琴のプロ、みたいな存在はいなかった。

プロの音楽家、というのが現代とはちょっと違う。楽人とか楽工とか、ちょっと身分が低かったです。そういう人たちは、楽譜で練習することも、あまりない。口伝。師匠に怒鳴られながら、奴隷のように仕えながら、「ぬすんで覚える」方式。

だから楽譜もそれほど残っていない。まして理論書なんて、そういう人たちは書かない。音を楽譜として記号化するのが難しい、というのもあるんだけどね。音楽のほうが複雑で。

琴譜は、梁の文字譜がたまたま日本に伝わって残っていて、その次は南宋の白石君の減字譜が詩集の中に記録されて残った。その次は元代、ようやく琴譜が残っている、ただし類書の中に引用として。それ以前になかったわけではなく、蔵書目録などに記録はあるが、書物は失われた。明代からです、たくさん曲譜が残っているのは。印刷も当たり前になり、たぶんお稽古として琴を習う人もたくさんいて、テキスト類が出版された。『神奇秘譜』も明代ですね。

歌がつく場合は別で、琴歌として歌辞は残ってます。メロディが残らない。白石君の「古怨」は、琴歌ですね、歌詞のほうも残っている。

音を書き表そうとするとどーなるか、っつーと、かなり苦労する。いまは減字譜を使うが、これも音の長さとかリズムとかは表せない。昔の文字譜はもっとたいへんで、「碣石調・幽蘭」の文字譜にたとえば、「泛十二、十三前後齪羽武、無名当暗徽無名便打文(十二、十三を泛し羽武を前後齪す、無名は暗徽に当て、無名は便ち文を打つ)」とある。

七本の弦を太い順(音の低い順)から、宮(一弦)・商(二弦)・角(三弦)・徴(四弦)・羽(五弦)・文(六弦)・武(七弦)と呼んでいて、「泛十二、十三前後齪羽武、無名当暗徽無名便打文」は、左手で第十二徽と第十三徽に触れつつ(押さえない)、右手で五弦と七弦を弾き、続いて、左手の無名指(薬指)で「暗徽」を押さえながら右手の無名指で六弦を「打〔内側へ向けて弾く〕」する、の意。注にある「逸徽」は、枠を越えた徽のこと。徽(印)がないけど音程にかなう場所、ということですね。

つまり「泛十二、十三前後齪羽武、無名当暗徽無名便打文」で、音ふたつほどの弾き方を説明していまふ。なっがー。しかも「無名当暗徽」はどこの場所を押さえろと指示しているのか、分かりましぇん。前後から考えてまあここでしょう、というのは何曲もやっていれば検討がつくのでせう。そうして音におこしていきまふ。「泛十二、十三」も左手のどの指か書いてませんが、常識的に考えて親指と薬指です。親指が七弦十二徽、薬指が五弦十三徽。

こんな文字譜を一般的に使っていたのか、たまたまどーしても記録したいと思った人が記録したのか、後者かもね♪

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贈花卿  唐・杜甫
錦城糸管日紛紛、半入江風半入雲。
此曲只応天上有、人間能得幾回聞。

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声無哀楽論  嵇康
45)
若以往則万国同風,芳荣済茂,馥如秋蘭,不期而信,不謀而誠,穆然相愛,猶舒錦彩,而粲炳可観也。大道之隆,莫盛於兹,太平之業,莫顕於此。故曰「移風易俗,莫善於楽。」楽之為体,以心為主。故無声之楽,民之父母也。至八音会諧,人之所悦,亦総謂之楽,然風俗移易,不在此也。

これを推し進めていくと、どの国も感化されて、草花は咲きほこり、秋蘭は香りたち、約束しなくても皆が信頼して守り、相談しなくても皆が協力し、だまって互いに慈しみあい、錦の綺羅を広げたかのように、燦爛として目をみはらせる。大道が隆盛すれば、これより盛んなものはなく、太平の事業はこれより顕彰されるものはない。だから「風俗を改めるのに、音楽より勝るものはない」と言われるのである。しかしながら音楽とは本来、人の精神を主としたものである。そのため、歌のない音楽が、人民の父母となる。さまざまな楽器が集まると、人々は喜んで聴く。これも音楽と呼ばれるが、風俗を改めるのは、こういう音楽ではない。

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02月15日(月)

起床時刻:05時09分

でーと。

目がしょぼしょぼ、朝から『琴律学』の見直し。あ~ちかれる。

中国では、古くは竹を使って律を定めていた。太さ(直径)がほぼ同じであれば、長さで音の高さが変わってくる。三分損益法というのを使った。基準を1とし、それを三分して、1を足したり引いたりして、比率で音程を決めていく。ピタゴラス音律に同じ。

笛1本につき1音、それを並べると笙になるわね。現代だと、ハーモニカが同じ原理だと思う、見えないけど中がたぶんそうなっている。木琴みたいに、板を上から叩いてもよかったろうと思うが、竹を使った。笛の類は、息のあて方で半音くらい簡単に音程が変わるのに。

で、不安定だから、ということもあろうかと思うが、青銅器で鐘を造った。1つ1音だと、音の数だけ鐘を造らないといけないので、1つの鐘で2つ音が出るようなのもあった。いずれにしても鐘は大がかりになるので、個人では扱えない。

楽器によって構造が違う。弦楽器の場合は、調弦しないといけない。中国の弦楽器は、古くは琴や瑟のように弦を「はじく」ものが主で、弓で弦を「こする」のはだいぶ時代が下がる。弦楽器を律学で使った最初は、琵琶だった。唐代のことである。バチで弾く琵琶が西域から伝来したが、琴瑟の伝統があったためか、指で弾くようになった。弦の数は、もとは五弦と四弦だったが、四弦が定着した。律学に応用されたのも、四弦のほう。

あ、でーとにいかなくちゃ。またあとで。

・・しゃべり倒して帰宅。続き。

三分損益法の研究は進んだが、琴に応用されることは宋代以前はなかったらしい。琴で使っていたのは、徽(一種の勘どころ)を利用した徽法律。琴は古くからあったが、七弦で徽もある琴が出土物で確認されるのは前漢から。梁の文字譜「碣石調・幽蘭」には十三徽と暗徽が確認される。実際の演奏の必要から、弦の長さと振動数の関係は認識していた。これを理論的に論じ始めたのは、晩唐から。おそらく琵琶による律学の影響だろう。

北宋になると、科学者の沈括が琴徽について論じる一方で、三分損益律による調弦法も提唱した。南宋の朱熹がその説を援用したり、徐理が「徽法」と「準法(準は漢の京房が三分損益律を研究する際に用いた機器の名)」ふたつの律制を論じるなど、した。しかし琴への応用はなかった。

明の朱載堉が平均律を発明し、三分損益法の矛盾(もとの黄鐘律に戻らない)を解決した。準法律による調弦法や大量の曲譜を残したが、琴譜では徽法律による減字譜を使った。

明の汪芝が徽法律と準法律の調弦法の矛盾を指摘し、準法律で調弦した。明末の虞山琴派は、準法律の徽分記譜法を発明した。この頃から、徽法律の調弦法に疑問をもち、準法律の調弦法を使う琴家が現れた。明末清初の尹曄は、清の順治4年に『徽言秘旨』を編輯刊行した時は徽法律の記譜法を使っていたが、43年後に孫洤が重訂『徽言秘旨訂』を刊行した時は、準法律の徽分記譜法を使った。

こうして、準法律による調弦・転調・記譜が主流となり、現代へとつながる。ただし準法律は、徽法律を使う七弦十三徽の琴に応用されたもので、三分損益律を完全採用したのではない。

ほげー。要するにこういうことのやうだ。思うに、徽法律というのは泛音で音をとるなら、あまり問題ない。いま調弦は泛音でやる。ところが昔は、按音でも音取りをしていたようで、そうなると徽の位置では音がずれる、ということが生じる。「関山月」の冒頭で、六弦の散弦と七弦「七六」の按音を同時に弾いたりするが、「六二」とか「十八」とかの「徽分」を導入しないと、開放弦や泛音の高さと、按音と、同じ場所でも高さが違ってくる。

泛音と按音の関係が、もともと面白いんだけど。

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★江畔独歩尋花  唐・杜甫
黄四娘家花満蹊、千朵万朵圧枝低。
留連戯蝶時時舞、自在嬌鶯恰恰啼。

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声無哀楽論  嵇康
44)
然後文之以采章,照之以風雅,播之以八音,感之以太和,導其神気,養而就之。迎其情性,致而明之,使心与理相順,気与声相応,合乎会通,以済其美。故凯楽之情,見於金石,含弘光大,顕於音声也。

そののちまた文辞で就職し、風雅な音楽で称揚し、楽曲で電波し、「太和」の音楽で激励し、その精神気質を導き、感情を養う。その性情に順応し、正しい道に引っぱりあげて明らかにし、内心と理性を一致させ、情感と音楽を調和させて、みちすじを通して融合させ、その美しさを成就させる。そのため歓楽の感情が楽器に体現し、光明正大な感情が音楽に表現されるのである。

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02月14日

起床時刻:05時39分

春一番。風がうるさい。でも湯たんぽなしでぽかぽか、温かく眠れた。春っていいわー、待ち遠しい。

呉文光先生の『神奇秘譜楽詮』CD2枚付がすばらしかったので、『神奇秘譜』の線装本もぽち♪ 研究室に届いていた。字が大きい。。メガネ無しでよく見える。呉文光先生のはDVDも持っているので、琴譜・五線譜・CD・DVDを行ったり来たりで、自分のペースで『神奇秘譜』とおつきあい。

指法の教学DVDはいくつか出ている。3月に北京へ行ったら、もう少し探そう。

『文選』も読まなくちゃ。いろいろな文体の作品が集められているから、やっぱり面白いのである。『説文解字』の段玉裁注も読みたい。あれも面白い。

『史記』もけっこう面白かった。文体が意外に統一されてないんだな、とか、ある程度まとめて読んだから気づいたこともあった。来年度の「漢文」の前期は、司馬遷の「報任少卿書」からである。授業中に紹介したけど読まなかったので、読んでみませう。

画は、しばらく蓮を練習。花も葉も実も根も、どれも特徴的でそれぞれ意味があり、筆法も色彩もいろいろ工夫できて、楽しいのである。

書は、このところ蘇軾の「赤壁賦」を真似っこ。蘇軾さま♪ 陶淵明も李白も杜甫もいいけど、やっぱり蘇軾さまがスーパースターですわ。

蓮のことを書いたので、久しぶりに「荷塘月色」の朗読を聴いて、またまた美しさにノックアウト。中国語もやっぱり好きである。

おや、漢詩も蓮が出てきた。やっぱり世界はつながっている。。

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うえ~~、いちおう『琴律学』80ページ分、やった。プリントして、調べ物しながら見直し。ちかれた。目がしょぼしょぼ。

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★池上  唐・白居易
小娃撑小艇、偸採白蓮回。
不解蔵踪迹、浮萍一道開。

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声無哀楽論  嵇康
43)
主人応之曰:夫言移風易俗者,必承衰弊之後也。古之王者,承天理物,必崇簡易之教,御無為之治,君静於上,臣順於下,玄化潜通,天人交泰,枯槁之類,浸育霊液,六合之内,沐浴鴻流,蕩滌塵垢,群生安逸,自求多福,默然従道,懐忠抱義,而不覚其所以然也。和心足於内,和気見於外,故歌以叙志,舞以宣情。

主人が答えました。

人々がいう風俗を改める状況とは、必ず社会が衰弱した後のことだ。古代の王者は、天命を受けて万物を統治したので、必ず万事を尊んで簡単な方法で教化し、無為の治を行った。君王は静かに高い地位にいるだけで、臣民は恭順して下位に居り、黙っていても天と人が調和した。枯れた万物には雨露がしみ込み、宇宙の群生が霊妙に満たされ、塵芥を洗い流し、人民は安寧快楽で、それぞれが幸福を追求した。黙っていても大道に従い、人々は忠義を抱き、しかもその自覚がなかった。心は調和し、やすらかな気分が表にあらわれ、そこで歌をうたって志をのべ、舞をおどって感情を明らかにしたのである。

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02月13日

起床時刻:05時47分

インフルうつされたくない日。予防注射したけどね。

こきん:自分でぼちぼちやってます。
にこ:放置。肩こり減った。指先までの痺れもなくなった。
ししょー:おこらせときゃいいや。

1月初めにメールでやりとり。「おたわむれもたいがいになさいませ」なのがきたので、私もぶっちゃけ~。話は平行線である、見事なまでに。平行線の見本のようなやりとりだったである。

師匠:「弦楽器をやる耳じゃない」は、微妙な音程を聴きわける訓練をせよと啓発するための諫言である。こんな当たり前なことを書くこと自体、残念である。(師匠はいつも「残念だ」という表現で人をくさす)

私:そういう音楽家として音大生に教えるようなレッスンをしたいなら、他でどうぞ。私もそういうレッスンなら他の先生についてやります。・・・なんて赤裸々には言ってないが、二胡はともかく古琴は、「微妙な音程を聴き分ける耳」がないとやってはいけない【楽器】、厳しい訓練や激しい練習が必要な【楽器】ですか?(そうではないでしょうに)

古琴の演奏技術だけなら、師匠より上な演奏家はウジャウジャいる。日本にはいないかも知れないが、中国にウジャウジャいる。最初に教えてくれた呉文光先生なんて、中国のなんたら伝承人(日本でいう人間国宝)で、古琴で博士号とった学者でもある。私が師匠のところに通っていたのは、「古琴演奏家」だからではない。なのに、なにをお戯れを?

陳さんが病気だから学園祭期間を利用して北京へ行って、でもその日程を早めて帰国して金沢まで演奏会を聴きに行ったのに、それで足りずに、授業つぶして別の演奏会を聴きに行かないからといって二胡のレッスンで他の生徒さんもまきこんでガミガミ2時間、よくもまあ出ること出ること。挙げ句の「弦楽器をやる耳じゃない」だから、「そーですね、じゃやめときます」でなにを逆ぎれしとるのかな? 結論は一致したじゃん。

中国語(とくに発音)の授業で、ネイティブが「ちがう、ちがう、こう!」とダメ出しと見本の繰り返し・・というレッスンがある(らしい)が、師匠のはそれ。体系的に教えられない。ずっと仕方ないと思っていたけど、最近のダメ出しはどんどん、おおざっぱ。ほとんどただの悪口である。曰く「音が汚い」「左手がだらしない」「聞き苦しい」などなど。で、「耳が悪い」にしても、じゃあどうしたら良くなるのか、方法を示さない。示せない、たぶん。いまはそれにつきあう余裕が私のほうにない、っつーわけだ。

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むちゃくちゃちかれたー。今日はへのかっぱさんたちにたくさん会った。

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★賦得古原草送別  唐・白居易
離離原上草、一歳一枯栄。
野火焼不尽、春風吹又生。
遠芳侵古道、晴翠接荒城。
又送王孫去、萋萋満別情。

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声無哀楽論  嵇康
42)
秦客問曰:仲尼有言:『移風易俗,莫善於楽。』即如所論,凡百哀楽,皆不在声,即移風易俗,果以何物邪?又古人慎靡靡之風,抑滔耳之声,故曰:『放鄭声,遠佞人。』然則鄭衛之音撃鳴球以協神人,敢問鄭雅之体,隆弊所極;風俗称易,奚由而済?幸重聞之,以悟所疑。

秦客が尋ねました。

孔子の言葉に、「風俗を改めるに音楽にまさるものはない」とあります。もしあなたがおっしゃるように、あらゆる哀楽の感情が音楽に含まれないとしたら、風俗を改めるには何に依ったらいいのでしょうか。また昔の人は奢侈な気風を慎み、淫靡な音楽には耳をふさぎました。それゆえ「鄭声〔鄭の音楽は淫靡とされた〕を捨て、巧言令色な人を遠ざける」と言われたのです。しかし鄭や衛の音楽は、玉磬を打ち鳴らして神と人を協和させるものです。敢えてお尋ねしますが、鄭声と雅楽の風格は、その極点はどこにあるのでしょうか。風俗を改めるのは、どのような道すじによって得られるのでしょうか。重ねてご意見をお聞かせ願えれば、わたくしの疑問も解けることでしょう。

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02月12日(金)

起床時刻:07時04分

いででで、筋肉つー。荷物が重いからだ。・・・身体もだいぶ重い。。

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★浪淘沙  唐・劉禹錫
九曲黄河万里沙、浪淘風簸自天涯。
如今直上銀河去、同到牽牛織女家。

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声無哀楽論  嵇康
41)
至夫笑噱雖出於歓情,然自以理成,又非自然応声之具也。此為楽之応声,以自得為主;哀之応感,以垂涕為故。垂涕則形動而可覚,自得則神合而無憂,是以観其異而不識其同,別其外而未察其内耳。然笑噱之不顕於声音,豈独斉楚之曲邪?今不求楽於自得之域,而以無笑噱謂斉、楚体哀,豈不知哀而不識楽乎?

笑顔が愉快な心から生まれるのは自然なことであるが、音楽に共鳴する器具なのではない。快楽が音楽に応じて起こっているようだが、実は自分の中から得ている感情なのである。悲哀の感情が触発されて起こる。それは涙を流すことによって分かる。涙を流すのは様子が変化するので他人にも容易に分かることであるが、自若として落ち着き何の心配もない時、表面的にはなにも変化しないので、人々は容貌の変化には注意しても、内心を察することはできない。しかし笑いが鑑賞する音楽の中に現れないのは、斉や楚の音楽だけであろうか。いまゆったりした心持ちではないのに、音楽を聴いて笑い顔にならないから斉や楚の音楽は悲哀に満ちていると言うのであろうか。それは悲哀だけは分かるが、快楽は分からないということだろうか。

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02月11日(木)

起床時刻:04時01分 07時10分

3月の北京行きのチケットを予約した。羽田発着便が増えてるの? リベンジで行き帰りとも羽田にしたぞ! ただしJALより中国国際航空のほうが時間がよかったので、そっち。

みっちゃんとすれ違いで、古墳巡りの旅は流れた。。私は一人で津へ行くかも知んない。

黄山谷のレジメを見直しして、プリント作っていたら、けっこう時間くって昼すぎである。今日も研究室ですよ~。自分がどうこうではなく、人が見て分かるかどうかで、作るのである。時間かかるのぢゃ。

息抜き?に、おぼかた手記本のアマゾン・レビューを見る。コメントが熱すぎて、ビックリ。

ギョーカイの人じゃないと分からないだろうが、ハーバード大とか理研若山研とか、「客員」研究員でしょ? 場合によってはお金「払って」在籍させてもらっていただけで、とくに医学系だと、そういう技術助手みたいな人はウヨウヨいる。

論文を投稿しても落とされて、笹井さんが加わってプロジェクトのリーダーになった辺りから、理研の思惑に利用されていったと思う。まさかあれほど雑なインチキ女だとは思わず、理研も笹井さんもぶっ飛んだけど。早稲田もか。組織は解体や縮小、関係者は辞職や懲戒処分、自殺した人まで出て、どの口が「ひとりだけ悪者扱い」なんて言っているのかにゃ?

若いから(本当は年齢に限らないが)未熟なのは、仕方ない。ミスはある。訂正すればいい。まず公開して、批判を仰ぐ。それが当たり前。でも「ある」と言い張るだけで、第三者が検証できるように示せないなら、それは科学ではなく宗教ですな。「ない」を証明するのは難しいけど、「ある」は1例でも示せればいいので、楽なのに。

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★江南逢李亀年  唐・杜甫
岐王宅裏尋常見、崔九堂前幾度聞。
正是江南好風景、落花時節又逢君。

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声無哀楽論  嵇康
40)
夫至親安豫,則恬若自然,所自得也。及在危急,僅然後済,拚不及舞。由此言之,舞之不若向之自得,豈不然哉?

親しい人が安寧であれば、自分も楽しくなごやかになり、何者にもしばられない。いざ危急の時に及べば、何としても駆けつけて解決しようとし、楽しくても身体で表現する余裕はない。だとすれば、手の舞い足の蹈む喜びの表現は、安穏自若には及ばないのである。そうではあるまいか。

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02月10日(水)

起床時刻:03時00分 07時07分

といれ。・・おきた! 関東の朝って明るいわ。

最近のパソコン+コピー機は、割付を簡単にやってくれる。といれ休憩ちうに、小冊子印刷とか割付印刷(用紙1枚に4ページで指定したら勝手に縮小して印刷してくれた)を実験しまちた。

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久しぶりに研究室に来たら、メールボックスがいっぱい、一部はみだしていた。古琴の曲譜と、竹田くん関係の本が主だ。私がぽち♪したのだった。4月までにやること、いっぱい。

1、黄山谷読書会(20日)のレジメ作り。あと1首。(→ やった、ちかれた。)
2、『琴律学』翻訳、80ページ分(全300ページ)。締切は3月20日だが、2月中に仕上げること。
3、研究会(学会になったけど)の訳注、見直し、検討会、訂正して完成原稿を提出。締切は忘れたが、3月10日までにやる。
4、来年度の中国語(2年)と「漢文」のプリント作り。

さて、3月中旬は北京へ行く予定だが、何しよう? 『琴律学』の残りか、「漢文」の予習か。

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★望洞庭  唐・劉禹錫
湖光秋月両相和、潭面無風鏡未磨。
遥望洞庭山水色、白銀盤裏一青螺。

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声無哀楽論  嵇康
39)
主人答曰:雖人情感於哀楽,哀楽各有多少。又哀楽之極,不必同致也。夫小哀容壊,甚悲而泣,哀之方也;小歓顔悦,至楽心喻,楽之理也。何以明之?

主人が答えました。

人の感情は哀楽によって動かされるが、哀楽の程度はさまざまである。また哀楽が極まったら必ず同じように表現するというものでもない。小さな哀しみであれば様子が変わるだけであろうし、強い哀しみであれば声をあげて泣くだろう。それは悲哀のふつうの表現である。小さな喜びは顔に表れ、とても楽しければ声をあげて笑う、これも快楽の道理である。どうしてそう言えるのであろうか。

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02月09日(火)

起床時刻:05時56分

午後、東京へ。

ケータイを解約しようと思ったが、うざかったのはクズメールなので、メールなし、電話は着信タダ、こっちからかける時はかけた分だけ通話料がかかる、というコースに変更した。公衆電話のない(少ない)ところをウロウロする時に、持っていくことがあるので。

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★塞下曲  唐・盧綸
月黒雁飛高、単于夜遁逃。
欲将軽騎遂、大雪満弓刀。

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声無哀楽論  嵇康
38)
秦客難曰:論云:酒酣奏琴而歓戚并用。欲通此言,故答以偏情感物而発耳。今且隐心而言,明之以成效。夫人心不歓則戚,不戚則歓,此情志之大域也。然泣是戚之傷,笑是歓之用。蓋聞斉、楚之曲者,唯睹其哀涕之容,而未曾見笑噱之貌。此必斉、楚之曲,以哀為体,故其所感,皆応其度量;豈徒以多重而少変,則致情一而思専邪?若誠能致泣,則声音之有哀楽,断可知矣。

秦客が反駁しました。

あなたは、酒を飲んで愉快になって琴を弾いても、それを聴いて楽しくなる人も悲しくなる人もいるとおっしゃいました。その道理を明らかにしようとして、私は偏った感情が外物に触発されて発露すると言ったのです。いま私は心に思うことをそのまま述べ、実用的な効果で検証します。人の心というのは、楽しくないのだったら悲しい、悲しくないのだったら楽しい、これは感情の大きな領域です。そして、泣くのは悲しみの極限で、笑うのは楽しみの結果です。斉や楚の曲を聴く人は、悲しい表情をしているのを見ることはあっても、笑っている様子を見ることはいまだかつてありません。これは、斉や楚の曲が哀傷を本分としているから、聴衆はそれを感じとり、ふさわしい反応をしているのです。楽曲の多くが沈みがちで変化に乏しいからといって、聴衆は神経を集中し、思考に専念するというものではありません。もし聴衆が感極まって泣いたとしたら、音楽に哀楽があることは完全に肯定されるでしょう。

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02月08日(月)

起床時刻:06時30分

春節。

きのうは母と駅前の美容院(車で送迎あり)へ行き、髪をカットした。母がやっている間に、駅前の小さな本屋へ行ったら、フリーペーパーが置いてあったので、もらってきた。

A4(版面)に地元のいろいろな作家さんの文章や写真や簡単なプロフィールを載せて、それをA1(紙)に印刷し、折りたたんである。3回折って、両面でA4が計16ページ分。横書き2段組とか、縦書き4段組とか、作品によっていろいろ。

いいねえ、ばらけないし。A3を2回折ると、A5が8面とれるので、これならパソコンのプリンターやコンビニのコピー機で作れる。

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★漁歌子  唐・張志和
西塞山前白鷺飛、桃花流水鱖魚肥。
青箬笠、緑蓑衣、斜風細雨不須帰。

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声無哀楽論  嵇康
37)
難云:偏重之情,触物而作,故令哀楽同時而応耳。夫言哀者,或見机杖而泣,或睹舆服而悲,徒以感人亡而物存,痛事顕而形潜,其所以会之,皆自有由,不為触地而生哀,当席而涙出也。今見机杖以致感,聴和声而流涕者,斯非和之所感,莫不自発也。」

あなたはまた反駁して、偏った感情が外物に触れて発露するので、哀楽の感情が同じく反応することがあると言う。哀傷というのは、時には死者が生前使っていた机や杖を見ても涙が出るものであり、時には死者が生前使っていた車を見たり服を着たりしても悲しくなるものである。人が亡くなったのに物がまだあるから悲しくなり、事跡が顕著だった人が世を去れば心が痛む。悲哀の情が高まるのは理由があるのであって、なんでも物にあたれば沸いてくる、席を見たら涙があふれる、というものではない。いま机や杖を見て感情がわきおこり、調和した音楽を聴いて泣く人がいるとすれば、調和した音楽のせいでそうした感情が引き起こされるのではなくて、その人自身から感情が起こっているのである。

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02月07日

起床時刻:07時27分

降ってる~。大晦日、ギョーザを食べる。

北朝鮮がミサイル撃ちよった、春節前なのに。。

『琴律学』が難しい。箱根の山登りでもしているようだ。難しすぎて息苦しい。やっと50ページちょっとやった。あと20ページほどやると総論部分が出そろうが、原稿用紙にして250枚ほどになるので、どうかな? 編集長に枚数制限なしと言われたが、原則50枚なんで。

息抜きに?、研究会(学会になったけど)の訳注原稿がアップされると、速攻コメントつけて、びっくりされている。いろいろ調べて写真つけたり、論文も添付したり、「感激しました!」ですって、ほー♪ 

けさも本当は3時前に目が覚めたので2首やって、それから二度寝したのだ。はっは♪ 2時間くらいかかったが、面白いにゃ。

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★聞官軍収河南河北  唐・杜甫
剣外忽伝収薊北、初聞涕涙衣裳。
却看妻子愁何在、漫巻詩書喜欲狂。
白日放歌須縦酒、青春作伴好還郷。
即従巴峡穿巫峡、便下襄陽向洛陽。

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声無哀楽論  嵇康
36)
主人答曰:難云:哀楽自有定声,但偏重之情,不可卒移。故懐戚者遇楽声而哀耳。即如所言,声有定分,假使「鹿鳴」重奏,是楽声也。而令戚者遇之,雖声化遅緩,但当不能使変令歓耳,何得更以哀邪?猶一爝之火,雖未能温一室,不宜復增其寒矣。夫火非隆寒之物,楽非增哀之具也。理弦高堂而歓戚并用者,直至和之発滞導情,故令外物所感得自尽耳。

主人が答えました。

あなたは反駁して、哀楽は本来音楽に定まっていて、偏った感情によって取り替えのきくものではないので、悲しんでいる人が楽しい音楽を聴いたら悲しくなる、と言う。もしあなたの言うように、音楽には定まった内容があるのであれば、「鹿鳴」をいま演奏すれば、それは楽しい曲となろう。もし悲しんでいる人がこれを聴いたら、音楽が人を教化するのがゆっくりであっても、楽しいようにしか変化させないのだろう。どうして悲しいままであろうか。あたかもたいまつの火が、部屋全体を暖めることはできなくても、寒くさせるはずがないのと同じである。火は寒さを加えるものではないし、「鹿鳴」の曲も悲しみを増すものではない。堂上で曲を演奏するとき、聴衆には楽しい者も悲しい者もいるが、調和を極めた曲であれば、聴衆が持っている感情を発露させるので、外物に触発された感情が十分に表れるであろう。

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02月06日

起床時刻:06時31分

粉雪。え、おおみそか? ギョーザ。(→ 訂正:ギョーザはあした)

ぬま津が台湾で暴れよった、春節前なのに。。

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★江雪  唐・柳宗元
千山鳥飛絶、万径人踪滅。
孤舟蓑笠翁、独釣寒江雪。

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声無哀楽論  嵇康
35)
秦客難曰:論云:猛静之音,各有一和,和之所感,莫不自発,是以酒酣奏琴而歓戚并用。此言偏并之情先積於内,故懐歓者值哀音而発,内戚者遇楽声而感也。夫音声自当有一定之哀楽,但声化遅緩不可倉卒,不能对易。偏重之情,触物而作,故今哀楽同時而応耳;雖二情俱見,則何損於声音有定理邪?

秦客が反駁しました。

あなたは強烈な音も平静な音も同じく調和する、調和する音を聴いて湧き上がる感情はすべて自分から出たものである、だから酒を飲んで痛快になって琴を弾いても、それを楽しそうだと感じる人もいれば、悲しそうだと感じる人もいる、とおっしゃる。これは偏った感情がまず心に積み重なっていて、それゆえ楽しい人が哀しい音楽を聴いても楽しさがあふれ、悲しんでいる人が楽しい音楽を聴いても悲しみがこみあげるのです。音楽には本来、哀楽が確かにありますが、音楽に対する感受性が人によって異なるので、瞬時に聴衆に作用を及ぼさずに、もともと聴衆がもっていた感情のほうが現れることになります。偏った感情は、なにかに触発されて発露されるので、聴く人は哀楽どちらも同じく反応するのです。哀楽ふたつの感情を同時に表すことはできませんが、音楽に哀楽が含まれている道理は損なわれることはありません。

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02月05日(金)

起床時刻:06時45分

とっくに起きて勉強していた。。

「声無哀楽論」はまったく何いってんだか、難しいのだが、おおすじとしては、音楽には誰が聴いても心なごむ理想的な音楽があって、聖人の御世にはそういう音楽が流行り、世の中が荒れると淫靡な音楽が流行る、という考え方があったのに対し、嵇康は「音楽自体に哀楽の別があるわけではない」と主張している。ものすごーく、アナーキーなんである。

楽しければ楽しい声や音楽を、哀しければ哀しい声や音楽を、人は心の中から発するが、だからといって音楽自体に哀楽がある(宿っている?)わけではない。音楽には、にぎやかだとかゆっくりだとか、そういう要素はあっても、「哀楽」はない、という。ある意味、人間の感情をものすごくピュアに、ほかのものと切り離して扱おうとしているのだらう。

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★遊子吟  唐・孟郊
慈母手中線、遊子身上衣。
臨行密密縫、意恐遅遅帰。
誰言寸草心、報得三春暉。

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声無哀楽論  嵇康
34)
夫唯無主於喜怒,亦応無主於哀楽,故歓戚俱見。若資偏固之音,含一致之声,其所発明,各当其分,則焉能兼御群理,総発衆情邪?由是言之,声音以平和為体,而感物無常;心志以所俟為主,応感而発。然則声之与心,殊涂異軌,不相経緯,焉得染太和於歓戚,綴虚名於哀楽哉?

音楽には喜怒が含まれていないし、哀楽も含まれていない。それゆれ聴く人は喜ぶこともあれば悲しむこともある。もし偏った音楽や統一された音楽を集めるのであれば、それぞれの音楽にはさまざまな内容があるのに、一致して同じ感情を発露するのだろうか。このように考えてくると、音楽は平静であれば調和し、物に感じれば変化する。思想や感情は外物を主として、感応すると発露する。だとすれば、音楽と心は、まったく異なる軌跡であって、互いに交わることがない。どうして音楽が太平や哀楽の気に染まって、虚名を哀楽の情に加えるようなことがあろうか。

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02月04日(木)

起床時刻:05時55分

咳が出る。乾燥している。薪ストーブのせいで。煙も出るからなー。

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勉強のしすぎで、つらい。。息抜きに雪かきで、さらにつらい。。。

「裏」は「なか」という意味です。衣などの「表裏」を考えれば、「表」は「外」、「裏」は「中」になりますね。

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★秋浦歌  唐・李白
白髪三千丈、縁愁似箇長。
不知明鏡裏、何処得秋霜。

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声無哀楽論  嵇康
33)
夫会賓盈堂,酒酣奏琴,或忻然而歓,或惨爾泣,非進哀於彼,導楽於此也。其音無変於昔,而歓戚并用,斯非『吹万不同』邪?

賓客が堂いっぱいにいて、酒宴たけなわで音楽を演奏すれば、楽しくて笑う人もいれば、悲しくて泣く人もいるだろう。これは演奏されている曲がある人を悲しくさせ、別のある人を楽しくさせるのではない。音楽はそれ以前とまったく異なるものはなく、聴く人が歓楽や悲哀の異なる反応をするのである。これは『荘子』にいう「いろいろな笛の孔から出る音がそれぞれ異なる」道理と同じではなかろうか。

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02月03日(水)

起床時刻:07時02分

窓が開かにゃい、凍ってる。

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★楓橋夜泊  唐・張継
月落烏啼霜満天、江楓漁火対愁眠。
姑蘇城外寒山寺、夜半鐘声至客船。

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声無哀楽論  嵇康
32)
夫曲用每殊,而情之処変,猶滋味異美,而口輒識之也。五味万殊,而大同於美;曲変雖衆,亦大同於和。美有甘,和有楽。然随曲之情,尽於和域;応美之口,絶於甘境,安得哀楽於其間哉?然人情不同,各師所解。則発其所懐;若言平和,哀楽正等,則無所先発,故終得躁静。若有所発,則是有主於内,不為平和也。以此言之,躁静者,声之功也;哀楽者,情之主也。不可見声有躁静之応,因謂哀楽者皆由声音也。且声音雖有猛静,猛静各有一和,和之所感,莫不自発。何以明之?

曲調が異なると聴く人の感情も変化するのは、味が違うと口にすれば分かるようなものである。味はいろいろあるが、まとまれば美味しい。曲調もいろいろあるが、まとまれば調和する。美味しいものは甘く、調和するのが音楽である。そうであれば、楽曲によって生じる情調は、調和に尽きる。食べて美味しいと感じるのは、甘味に限る。哀楽の情が入り込む余地などあろうか。しかし人の感情は一定ではなく、それぞれ独自の理解がある。だから心中の感情を発露するとき、もし心が平和だったら、哀楽の感情があったとしても、まずそれを発露する必要はないので、結局はざわつくとか落ち着くだけである。もし感情をあらわにする時、まず感情が心のうちを占めるのであれば、それは平成で調和した心とはいえない。つまり、ざわつくとか落ち着くのは音楽の効用であって、哀楽は聴く人の感情の問題である。音楽を聴いて心がざわつくとか落ち着くからといって、哀楽の感情が音楽によって引き起こされると考えるのはおかしい。まして音楽には激しいものと静かなものがあるが、どちらもそれぞれ調和している。調和していると感じるのは、すべて自分自身から生じている。どうしてそれが分かるのだろうか。

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02月02日(火)

起床時刻:07時20分

線に挫折。テンに躊躇。須磨子がいまいちなー、食指が。代わりに竹田君にのびちっち。

雪はもこもこ降っている。

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★江畔独歩尋花  唐・杜甫
黄師塔前江水東、春光懶困倚微風。
桃花一簇開無主、可愛深紅愛浅紅。

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声無哀楽論  嵇康
31)
夫曲用不同,亦猶殊器之音耳。斉楚之曲,多重故情一,変妙故思専。姣弄之音,挹衆声之美,会五音之和,其体贍而用博,故心侈於衆理;五音会,故歓放而欲惬。然皆以単、復、高、埤、善、悪為体,而人情以躁、静而容端,此為声音之体,尽於舒疾。情之応声,亦止於躁静耳。

曲によって調子が異なるのは、楽器によって音が異なるのと同じである。斉や楚の曲は、多くが重苦しく、そのため聴衆は気持ちが沈み、旋律に変化がすくないので、聴衆は思いにふける。耳に心地よい音楽は、さまざまな音楽の美しい音律を集め、五音が調和しているものを集めているから、その本体は豊かで作用は広い、ゆえに聴衆はさまざまな情況を受けて心が変化する。五音の調和した音楽を集めているから、聴衆はリラックスして愉快になり満足する。しかしこれらの楽曲にはいずれも単調、煩雑、高揚、低調、聴きやすい、聴きづらい、といった属性があり、聴く人の感情もざわつく、落ち着く、などの反応がおきる。これはつまり、音楽自体に緩急があるからである。聴く人は楽曲に反応して、ざわついたり落ち着いたりするにすぎない。

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02月01日(月)

起床時刻:04時26分

弟が退院するので、車で近所の歯科に連れていってもらう。

何気なく田能村竹田の画論の訳注本をぽち♪ 届いたので開いたページに、竹田は早くから填詞の研究をして、実作もしていた、とあった。。そうだったの? 知った以上は、少し調べてみにゃいかんわ。

おんやまあ、今日のはすごい対句ですぞ。これだけそろえて嫌味にならないところが杜甫のすごさですにゃ。

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★絶句(二)  唐・杜甫
両箇黄鸝啼翠柳、一行白鷺上青天。
窓含西峰千秋雪、門泊東呉万里船。

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声無哀楽論  嵇康
30)
主人答曰:難云:琵琶、筝、笛令人躁越。又云:曲用每殊而情随之変。此誠所以使人常感也。琵琶、筝、笛,間促而声高,変衆而節数,以高声御数節,故使人形躁而志越。猶鈴鐸警耳,鍾鼓駭心,故『聞鼓鼙之音,思将帥之臣』,盖以声音有大小,故動人有猛静也。琴瑟之体,間遼而音埤,変希而声清,以埤音御希変,不虚心静聴,則不尽清和之極,是以聴静而心閑也。

主人が答えました。

あなたは反駁して、琵琶や筝、笛は人を激昂させると言った。また、曲調が異なれば聴く人の感情もそれにしたがって変化するとも言った。これは確かにしばしば人々が感じていることである。琵琶・筝・笛は、テンポが速くて音が高く、変化に富んでリズミカルだ。高音を使って軽快なテンポにするので、人は興奮し激情しやすい。鈴や鐸が人々に警告し、鐘や鼓が心を驚かし、ゆえに「戦いの鼓の音が聞こえると総帥を思い出す」と言われるのと同じである。音声には大小があるので、聴く人にも激しいとか落ち着くとか違いが生じる。琴瑟のような楽器は、悠長で静かなので、変化が少なく音も清らかである。音が小さくて変化も少ないので、虚心にして静かに聴かないと、清らかでやわらかい音の美しさを十分に味わえない。だから聴く人も気持ちが落ち着き、心が安定するのだ。

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