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起床時刻推移グラフ

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03月31日(木)

起床時刻:05時38分

1日が長いので、私の日記も長くなったが、肝心なことを書き忘れていた。

>これはまさに甘露だ。どうして茶と呼べようか。

甘露というのは黄金色した飴のことではなく、天から降りる(と考えられていた)甘い露である。ハスの葉っぱとかに朝たまっているような。甘露を受けるための金(銅)の像を立てたりも、しまちた。

そういう露を集めてお茶点てたりしないのかしら、と思ったので、「まさに甘露だ、どうして茶と呼べようか」はなんとなく前後逆転しているような違和感があった。「茶をふるまわれて何いってんだろ?」みたいな。

そこでお茶の本を読んでいたら、陸羽が改良した「煎茶」法では、茶を「煮る」と言いながら、あまりぐつぐつ煮立てないので、雑味が少ない、みたいなことが書いてあった。それで、「あっそうか、茶といえば苦いのに甘味があると言いたいのか」と腑に落ちたわけ。

苦丁茶という、アホみたいに苦い茶もあるが、苦味というのは大人にはある程度必要だそうで、ピーマンを嫌いな子供は多いが、それは子供には必要ない成分があるからで、子供は赤い(熟した)ピーマンを食べていればよろしい、甘いよ。大人になると自然と青い苦いピーマンを、身体が欲するようになる。

お茶がもともと薬だった、というのも似ているかも知れませんね。

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★所見  清・袁枚
牧童騎黄牛、歌声振林樾。
意欲捕鳴蝉、忽然閉口立。

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★徽宗『大観茶論』1序
嗚呼、至治之世、豈惟人得以尽其材、而草木之霊者、亦得以尽其用矣。偶因暇日、研究精微、所得之妙、人有不自知為利害者、敘本末列於二十篇、號曰茶論。

ああ、安定して栄え、教化の行き届いている時代は、人間だけがすべての才能を出し尽くすわけではなく、草木の神秘的なものもまた、その用を尽くすのである。ちょうど暇な折を見つけて、茶の精微なところを研究し、奥深さを知ることができたので、茶の利害を自分で知ることができないこともあろうから、始末を述べて二十篇とし、「茶論」と名づける。

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03月30日(水)

起床時刻:02時17分 06時01分

今日はイチゴのまわりの草取り。

高橋忠彦せんせの『茶経・喫茶養生記 茶録・茶具図賛』が届いた。中国のお茶といえば、この方でもある。

冒頭の解説によると、茶はむかしはネギやショウガと一緒に薬膳スープのようにして主に南方で飲まれていて、『茶経』を著した陸羽が茶を純粋に味わう喫茶法の改良をして、全国に広まった。その飲み方は、餅茶(平たく乾燥した固形茶)を粉にして煮る方法。これは「煎茶」と呼ばれ、遣唐使により日本にも伝えられた。(陸羽は「煮」と言っていたが、白居易が「煎茶」という言い方を好んで使ったので、こちらが定着した)

宋代になると、団茶(ねり固めた固形茶)を粉にして直接に湯をかけ、攪拌して飲む「点茶」が始まった。福建の北苑(御用茶園)を中心に、高級な団茶が生産されていた。一方、江南では団茶ではなく葉茶を点茶法で飲んでいて、これが天台山などに留学していた僧侶により日本に伝わった。

元代になると点茶は衰亡し、煎茶は泡茶(葉茶に湯をかけてだして飲む)に代わり、現代の中国茶につながる。

ということだが、私は黄山谷が茶の詩を作っていたから、茶の本を読み出したわけだけど、餅茶と団茶は違うものなの? 同じだと思っていた。雲南のプーアル茶からの連想で、「磚茶」のようなものだと。辞書で「磚茶」を引くと「固めかたのややゆるいものを団茶という」だって。「磚茶」は四角く、「団茶」は丸い、形も違うと思うが。

『大観茶論』の日中の注釈を見ていると、「餅茶」と「団茶」は同じみたいだが、「餅茶」は必ずしも丸くないかも。

そして、黄山谷の双井では、葉茶を飲んでいたそうです。

・・起きた! ここから二度寝した後。1日って長いわね♪

『茶経』には茶にまつわる故事をあれこれ記している部分があって、こんな話が載っている。

>『宋録』に「新安王の子鸞、豫章王の子尚のふたりが、曇済道人を八公山に訪ねた。道人は茶でもてなした。子尚はこれを味わい『これはまさに甘露だ。どうして茶と呼べようか』と言った」とある。

この『宋録』が「不詳」とされ、『中国の茶書』では「『太平御覧』巻八六七、茗の条もこの文を引いて『宋録』となっている。南朝梁の裴子野の撰した『宋略』二十巻が『隋書』経籍志に見え、今は伝存しないが、その誤りではなかろうか」というが、黄山谷の任淵注に「陸羽顧渚山記載王智深宋録曰」として、同じ文を載せるのである。王智深は、劉宋の人。

顧渚山というのは、湖州市の北、江蘇省宜興市との境にある山で、唐代の貢茶の産地。この一帯で採れるお茶を「陽羨茶」といい、中でも最高級のものを「顧渚紫筍茶」といって、若芽だけで作るお茶。陸羽は、最後はこの地で亡くなった。『茶経』以外にも著作があったが、『顧渚山記』もふくめて他は散逸した。

したがって黄山谷の任淵注から「輯佚」することになるが、『太平御覧』では王智深『宋紀(記)』はいくつか引かれている。『御覧』以外の書にも、『宋紀』や『宋記』として引用されていて、「『宋録』は『宋紀(記)』の誤りではなかろうか」なんである。任淵が引用する際に誤ったのか、任淵が見た陸羽『顧渚山記』にそう書いてあったのか確かめられないが、『茶経』にも「宋録」とあるのだから、陸羽が見たのは「宋録」だった可能性が高い。

王智深の『宋紀』『宋記』『宋録』いずれにしても散逸しているが、『太平御覧』は裴子野『宋略』もいくつか引用していて、つまり「裴子野宋略」「王智深宋紀(記)」「宋録」の三つある。ただし「宋録」はこの茶の話1カ所だけで、陸羽『茶経』から引用したのであろう。

任淵は黄山谷の「以梅餽晁深道戯贈二首」其一の「依依茶塢竹籬間」の注にも「陸羽顧渚山記曰」と引いていて、『御覧』等ではなく、いまは散逸して見られない『顧渚山記』を利用できたようである。

というわけで、任淵は当時どのような書物を利用しながら山谷詩に注をつけていたのでせう? というのをぐだぐだやっていると、論文1本になります。

『太平御覧』のような類書が出たから、そこに引用されている王智深『宋録』だか裴子野『宋略』だか、細かい本が散逸してしまう、とざっくり言われている。しかし『太平御覧』は1000巻、それを見ながら注つけられましたか?、というのは以前疑問に思ったことがあり、任淵注に『御覧』はあるのか検索かけてみると、1例もヒットしない。『太平御覧』は先行する類書からの孫引きが多いと言われているが、孫引きされたほうの『芸文類聚』は残っているが北斉の『修文殿御覧』や唐の『文思博要』は散逸した。

しかし『太平広記』500巻のほうは、任淵は引いている。500巻・・、とっても多い。四大類書のうち、『太平広記』だけは不要不急の文章として増刷されなかったので、民間で流布するものは少なかったというが、『広記』は見られたんだねえ。私が『叢書集成初編』4000冊を買っちゃったようなものかしら?

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★竹石  清・鄭燮
咬定青山不放松、立根原在破岩中。
千磨万撃還堅勁、任爾東西南北風。

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★徽宗『大観茶論』1序
且物之興廃、固自有然、亦系乎時之汚隆。時或遑遽、人懐労悴、則向所謂常須而日用、猶且汲汲営求、惟恐不獲、飲茶何暇議哉。世既累洽、人恬物熙、則常須而日用者、因而厭飫狼籍。而天下之士、勵志清白、競為閑暇修索之玩、莫不碎玉鏘金、啜英咀華、較筐篋之精、争鑑裁之妙、雖否士於此時、不以蓄茶為羞、可謂盛世之清尚也。

もともと事物の流行は、それ自体に理由がある。しかし時代の盛衰も関係する。不安恐懼の時代には、人々は悩み疲れきって、さきに挙げた日用の必需品でさえ、汲々として追い求め、手に入らぬことを心配するばかりで、茶を飲むことにかまけている暇はない。世が太平になって、人々が安楽に暮らし、物資が豊かになると、日用の必需品は十分にあふれかえっている。天下の士は志を高くし、品行は清廉となり、争って趣味を極めることを楽しみとし、誰もが、玉のような団茶を砕き、金属製の茶碾で碾(す)って音を響かせ、茶を点てて味わい、それぞれが収蔵している茶の精品を比べあい、鑑定品評の妙を競う。無粋な人でも、こうした時世では、茶を蓄えていないことを羞じる。まことに盛世の清雅な趣と言うべきであろう。

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03月29日(火)

起床時刻:05時50分

夜間の尿意を我慢して、朝まで寝た。

民宿をやっていて、お客さんがたくさん来る夢を見た。「部屋は好きなところへどうぞ、早いもの勝ちです」というアバウトな女将(母)の見習いとして、私は働いていた。

昨日は春仕度で、肉体労働多し。ミニハウス(2m×4m)のビニール張りがけっこう手間どって、半日かかってやった。雪囲いも外し、家の周りに貼っていた雪よけビニールも外した。雪が残っているので風が冷たいが、「だってもうすぐ4月だもん」ということで。

けっこう疲れたようだ。昼間はたらかずに寝ていたにゃん太は、みんなが寝たころ起きてきて、母を起こそうとしてイライラして噛みつき、怒られたが手がどっかに引っかかって、弟が外してあげたが、まだイライラして今度は弟の腕に噛みつき、「いてて」とゲラゲラ笑っている声を聞きながら、私は眠ってしまったようだ。

朝になって起きたら、台所の床に雲古みたいな色と形の「げー」があったので(未消化のエサなので臭くはない)、拾って床をふき、まだみんな起きないから部屋でこうしてパソコン使っていて、ふと見ると置き布団(ぷっ)の上で寝ているニャ。熟睡しとる、耳も動かない。。。これで朝食はまた笑いながら、だ。

にゃんた、さまさま。

北京から帰る飛行機は中国人(+春休みの日本人大学生)だらけだったが、私の両隣は中国人で、左はタブレットで日本のドラマを中国語字幕付きで見ており、右は日本の新聞と資料(のぞいたら日本でのホテルの予約など)を見ており、どっちも日本語なのであった。

そして私は右の人が読み終わった朝日新聞を「見てもいいですか?」と中国語で尋ねて、読み終わって「どうすっぺ?」と思ったが、たたんだ新聞を「これまだ読みますか?」と聞いたら、笑ってその人の座席前のポケットに入れてくれたので、持ち込んだ『大観茶論』と『小学生が覚えたい詩70+80首』を見ていた。

CAが配り物を始めて、税関のはもらったが、出入国カードをヒラヒラしつこく振るから、「いらない」と言うと、「日本国籍を持っているのか?」と聞くので、「日本人はそれ要らないんだよね?」と答えると、CAと一緒に左隣がふっふ♪と笑った。

私の後ろの席の男性は、「ソーリー」と言いながらおじぎし、「よっこらしょ」と席に着いたので、完全に日本人であろう。斜め前の席の女子は、飲み物を「こうちゃ」と言って、色白の可愛らしいCAに「ああ?」と上がり調子で言われ、少し考えて「イングリッシュ・ティー」と言っていた。私は「熱いコーヒー」と言って、熱いジャスミン・ティーを渡された。

もはや世の中は、おっぺけぺーである。何か不都合ありますか?

ちなみに、「熱」がよけいな一言だったのだらう。「熱」といえば「茶」だ。アイスコーヒーなんて選択肢にないんだし。アイスティーもないから、紅茶は「紅茶」だけでいい。「熱茶」と言ったら「熱いジャスミン・ティー」である。ほかの中国茶も選択肢にないからね。いちいち「花茶」と言わなくてもいい。「花」もこの場合はジャスミンであって、キンモクセイ他ではない。日本で「花見」といえば「桜」みたいなものだ。お茶にまぜる「花」だからジャスミンで、いつでも「花といえばジャスミン」なわけでもない。

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★朝天子 詠喇叭  明・王磐
喇叭、嗩吶。
曲児小、腔児大。
官船来往乱如麻、全儀你抬声価。
軍聴了軍愁、民聴了民怕。
哪裡去弁甚麼真共假。
眼見的吹翻了這家、吹傷了那家、只吹的水尽鵞飛罷。

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★徽宗『大観茶論』1序
本朝之興、歳修建溪之貢、龍團鳳餅、名冠天下、壑源之品、亦自此盛。延及於今、百廃俱挙、海內晏然、垂拱密勿、倶致無為。搢紳之士、韋布之流、沐浴膏沢、熏陶德化、咸以雅尚相推従事茗飲。故近歳以来、采択之精、制作之工、品第之勝、烹点之妙、莫不咸造其極。

本朝(宋)が興ると、建渓では毎年貢茶を製造するようになり、「龍団鳳餅」は天下に名を馳せ、壑源の品もこの頃から盛んになった。以来今日まで、廃れていた諸事百般は復興し、海内は安らぎ、無為にせよ勤勉にせよ天下は治まり、高級官吏も一般庶民も恩沢に浴し、徳化に薫陶して、みな高雅な趣を盛んにし、茶を嗜むようになった。そのため近年では、採択の詳しさ、製造の巧みさ、品評の高さ、点前の妙など、ひとつとしてその極みに至らぬものはない。

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03月28日(月)

起床時刻:01時49分 03時17分 06時03分

夜間の頻尿? ようせいさーん♪ ・・寝よ。

起きた! 唐代と北宋、北宋と南宋では、お茶の飲み方が違うらしい。それでまた違う本を、ぽち♪ 青木正児せんせの『中華茶書』もポチだ。

中華書局本には宋代の茶書は『大観茶論』だけで他に明代の茶書が2点入っているが、『中国の茶書』には北宋の『茶録』『宣和北苑貢茶録』『北苑別録』も入っている。『茶録』は書で有名な蔡襄の著。仁宗の時代に福建路転運使として北苑でつくられる貢茶の監督の任に当たった。

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★石灰吟  明・于謙
千錘万鑿出深山、烈火焚焼若等閑。
粉骨砕身渾不怕、要留清白在人間。

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★徽宗『大観茶論』1序
嘗謂、首地而倒生、所以供人求者、其類不一。穀粟之於饑、絲枲之於寒、雖庸人孺子皆知、常須而日用、不以歳時之舒迫 而可以興廃也。至若茶之為物、擅甌閩之秀気、鍾山川之霊稟 、祛襟滌滯、致清導和、則非庸人孺子可得而知矣。衝淡簡潔、韻高致静、則非遑遽之時可得而好尚矣。

人々の需要を満たす植物には、いろいろな種類があると言われている。飢えに穀類、寒さに絹や麻は、凡人や子供でも知っている。つねに必要で日々使うものであり、一年が安寧なら捨てて窮迫したら復活させるというわけにはいかない。ところが茶という物は、甌(浙江省東部)や閩(福建省)の秀霊な気が存分にあり、名山大河の神奇な天賦をあつめ、胸のつかえを洗い流し、すがすがしく和やかな心境にさせる。これは凡人子供には分からない。おだやかで清々しく、高雅で静謐で、不安恐懼の時代に愛され尊ばれることはない。

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03月27日

起床時刻:05時56分

ねむい。夜中にごそごそ勉強してまちた。にゃんた、まだ寝てます。

きたきた、あさいちで毛がに毛がに、もぞもぞ、でっかい。

今日は離れの向こうにミニハウスを作った(のを手伝った)。お散歩は山を見ながら。あーちかれた。

『中国の茶書』が届いたので、参考にしながら『大観茶論』を少しずつ訳注つける。これに、黄山谷らのお茶の詩とか足して、文会図や雅集図も調べて、台湾故宮博物院の「大観展」で見たあれこれも添えて、ふくらませてみる。

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★墨梅  元・王冕
吾家洗硯池頭樹、箇箇花開淡墨痕。
不要人夸好顔色、只留清気満乾坤。

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03月26日

起床時刻:04時30分 06時28分

長野へ。

とっくに起きて、訳注の直しをしていた。これで決定稿である~。ねむい。。おやすみ。。。。

起きた、起きた! ダイヤ改正しているかも知れないので、確認してから出るぞー。ん? ダイヤ改正というより、運賃値上げした? ちっ。というか、ぼやぼやしてたら満席だらけ。3月最後の週末だった。。

お散歩、ふきのとう採ったが、少ない。意外に寒くて、雪がとけても出てこない。にゃん太はイビキかいて寝ているし~。

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★郷村四月  宋・翁巻
緑遍山原白満川、子規声裏雨如煙。
郷村四月閑人少、才了蚕桑又挿田。

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03月25日(金)

起床時刻:03時39分 06時30分

恥ずかしいがもっと前に起きて、階段の拭き掃除なんかやっていた。・・二度寝しまちた。目覚ましの音で起きたが、その音は夢の中の音だった。布団干して窓全開、どうせいま出ても生協あいてないんだし。郵便局も寄りたい。

毛ガニが届くじぇ。定年になった先生から何か送りたいとメールきてたので、一度は「お気遣いなく」と返事したが、「やっぱり毛ガニならください、長野でみんなで食べます」と言ったら、「はーい」って。せっかちな人だから、今日の朝市へ行くと思ふ。

私は今日は研究室で少し片付け仕事して、明日は長野で毛ガニを待ち構えるのである。

あ、私は「富士山グラス」をあげまちた。富士山がことのほか好きだった人なので。それから論文を。「学恩に感謝する」という意味で、論文書いて送るのがギョーカイのやり方ですねん。どこで何してようが、官職に関わりなく志があれば士大夫であるはずだ、というような内容ですニャ。

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★遊園不値  宋・葉紹翁
応憐屐歯印蒼苔、小扣柴扉久不開。
春色満園関不住、一枝紅杏出牆来。

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03月24日(木)

起床時刻:06時47分

日本へ。

たらいも~♪ ぶじ家に着きました。傘もっている人が多かったけど、大丈夫でした。

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黄山谷をたくさんやった。まだまだやること山積みだが、量的なものなので、ちゃんと続けていればいつかは終わる。

瑠璃ちゃんも王府井も、書店はすごくつまらなくなった。本は、見てくれが派手なだけでくだらないものも、たくさん置いてあった。

しかし中華書局が作ると、こんな素敵になるのね、が『大観茶論』である。表紙の手触りもいい。文字は見やすい。画像がもう少し鮮明ならな、と思うけど、資料として見るには十分。

日本のハイソな習い事としてのお茶は、私のようながさつ者には敷居が高いが、おいしい水でおいしくお茶を飲みたいわ、日本に帰ったらね。

オンデマンドは「受注してから作ります」という意味だが、作り方(印刷製本)が違うので、仕上がりも違ってくる。

慣れ、も大きいかな。表紙の手触りがどうのこうの、糸綴じ本の時代は表紙なんて、「ついていればいい」とは言わないが、主なはたらきは本文を保護することで、デザインをどうのこうの、しなかった。図書館はカバーを剥いて、並べていたし。

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★題臨安邸  宋・林昇
山外青山楼外楼、西湖歌舞幾時休。
暖風薫得游人酔、直把杭州作汴州。

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03月23日(水)

起床時刻:03時16分 07時24分

昨晩早く寝すぎて、早く目が覚めちっち。・・二度寝している間に北風吹いて、40まで下がって「優」である。日本では35以上で黄色の警報なんだが。。

徽宗『大観茶論』の訳注も入っている布目せんせ(中国のお茶といえばこの方である)の本、新書版やオンデマンド版というのもあった。ワイド版があったから、そっちをポチ♪したが。新書版は検討つくが、どんなもんだろ、オンデマンド版って? (ペーパーバック)ってなってる。

O大図書館が、電子版書籍を発行してくれて(ISBNなどをつけて)、電子版は図書館で?ただで公開するが、図書の形で欲しい人にはオンデマンド版で印刷製本して販売する、ということをやっているそうな。オンデマンド版は価格設定が高めで。

図書館用に電子版も出すが、そっちは価格高めで、という話はマイテキストの電子版の時にも出版社からあった。そうしないと紙版を買わなくなるからでしょうけど。全国的に図書館用に電子版も、という流れはあるそうで。

O大図書館がやっているのはどういうものか、もっと話を聞かないとピンとこないが、図書の発行というのは個人でも出来るんですよ、という話はこの前した。著作物の公表と図書の発行も、違うものですよ。

どうしたもんかな。・・電子版? データ(著作物)は自分たちで持っていて、私家版(図書)でもいいんじゃないか、とS先生がポロっと言ったが、さすが、全体像がよく見えている。そのほうが改訂しやすいよ、って。

いまネットで注文して印刷製本して納品してくれるオンデマンド印刷の会社(テレビでCMもやっている)があるから、今後テキスト類はそれで十分な気がする。履修者数が分かってから注文して、1週間以内で届くなら、授業に間に合うわけだし。五月雨式に追加履修があっても、対応できる。生協のコピーセンターとか、アメリカだとキンコーズでやっていたようなこと。

お、ついに詞がでてきた!

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★菩薩蛮 書江西造口壁  宋・辛疾棄
郁孤台下清江水、中間多少行人涙。西北望長安、可憐無数山。
青山遮不住、畢竟東流去。江晩正愁余、山深聞鷓鴣。

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03月22日(火)

起床時刻:06時19分

はくだくはくだく、250、これから北風吹いて下がる予報。

ケロケロもぴょんぴょんも解決みたいで、うらやましい。私はあいかわらず留守をねらって「ぼくの○○をみんなで使うことに決定する!」とやっているので、生協やら非常勤やら学生やらに、かくかくしかじか、私は関与していないし使いませんので、とやらないと。で、やったらそれでおしまい。あとは勝手に怒ってろ、ですニャ。

ひとの自宅に「置き布団しましょう♪」という人だから、つける薬がない。いろいろあったが、半年ほど前から入院ちう、「面会謝絶」の札がかかっているのである。あれは「お見舞いしてくれ!」というサインなのかも知れないが、いやだ、関わりたくない。だってキリがないんだもん、こういう人って。面倒くさすぎ。

陳さんが病気で「死ぬの?」な時に絡め手からゴチャゴチャやられて、「正直、あの人の気持ちなんかまったく興味ないです」と突っぱねたが、ホント、大事なのは家族だな、とはっきり思った。それから友人だ。わたしのうちに置き布団したいなんて考えない友人だ。お友だちは、うちのお布団で泊めてあげます、布団代だかシーツ代だかは要りません。

陳さんの「死ぬの?」な病気は、聴神経腫瘍で、1年に1ミリずつ大きくなるから3センチ超えて支障がでたら手術を検討する、というものでちた。発見した時1センチで、3センチになるまで普通のペースだとあと20年かかり、そのころ耳が遠くても「そんなもんでしょ」な年齢なので、「ほっておこう」で済みました。私も検査したら2ミリくらいのが、あるかも知れないよ。しかし「耳の後ろのほうに白い影がある」が第一報でしたからね、心配しまちた。

陳さんは重度の不眠症で、鬱だった。ほかの病気の可能性を検査するために脳も検査したら、白い影だったわけですが。一時は「死にたい」と思ったこともあったようだが、いまはほとんど回復した。電話で話していて想像していた以上に、回復していた。たいしたもんだ。更年期だから、であとは義姉3(医者)の漢方でゆっくりと。鬱病なんだか、鬱症状なんだか、そこら辺ははっきりしない。させても仕方ないことだと思ふ。

「ようだが」って他人事のようだが、なってみないと本人も周りも分からないものですね。そういえば○○だったよね、少しヘンだったよね、はあとから思うことで、元気そうに中国へ行ったと思ったら、バタバタといろいろあったので、日本で心配しているだけだった。心配してどうこうなるわけでもないので、エネルギーを研究のほうに振り向けたから、論文3本、研究会の訳注検討40~50本、翻訳300枚、・・みたいなことになっていたわけです。

今回で安心したので、ちょっとクールダウン。バタバタしている間に、私の更年期も抜けた感がある。耳鳴りだけ残った。ホットフラッシュはなかった。

今日は一緒に瑠璃たんへ行く予定。・・なかなか北風吹かないが、上の階の人がどこやらプチリフォームでガーガー始めたので、出かけた。

地下鉄7号線はまだ運行していなかった。知っていたわけではないが、陳さんの動物的なカンですり抜け、瑠璃ちゃんで新学期に使う品と、本を1冊だけ買い、景徳鎮のカップ(蓋つき)も買い、蘭州ラーメン小椀1杯9元也を食べて、帰ったところ。

何気なく買った1冊は、ラーメン食べながらよく見たら、『大観茶論』で、著者は徽宗ということになっている。黄山谷の詩にときどき茶葉をもらったとかあげたとか、出てくる。山谷は双井という、水とお茶のおいしいところ出身でちた。徽宗・・、本人が書いたわけではないだろうが、贅沢を極めた人のお茶の本であるから、じっくり読んでみたい。・・布目さんの訳注があるようなので、ぽち♪

この本もそうだが、画像がたっくさん入っているわ。しかもこれ、原文だけ緑色(つまりお茶の色)で、こじゃれているのである。

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★梅花  宋・王安石
墙角数枝梅、凌寒独自開。
遥知不是雪、為肯暗香来。

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03月21日(月)

起床時刻:07時08分

地下鉄10号線から7号線に乗り換えるルートで琉璃ちゃんに行きたい。はくだくはくだく、でも下がりそう。・・下がらないので明日に延期。あさってはもっと下がるが風も強い予報。

いつもはタクシーか、バスで東直門まで行って地下鉄のルートだった。東直門がごちゃごちゃしていて、イヤだ。距離的にはこっちのほうが近そうだけど。

地図の最新版を見てたら、地下鉄はもっと増えて、中心街の私が行きたそうなところは、ほぼカバーされています、便利、便利。

母に電話して「何かほしいものある? 羽田空港も面白かったから、そこで買ってもいいけど」と言ったら、「遊んでないでさっさと家に帰りなさい。北朝鮮がミサイルぶっ放していて危ないんだから」だって、そお?

今回、北京に着いて、空港のシャトルバス内で前に座った男が、じょんうんカットで、たまげた。中国での衝撃の第一波は、飛行機から一歩出たとたんの「くさい!」だけど、第二波は「なんでこんな髪型にしてるんだらう?」なんである。そういうの(とくに若い男)が、あちこちにいる。

おっぺけぺーは、許しやれよ、な人も多いらしい。おぼちゃんをカリカチュアした感じで、面白い。盛り髪&付けまつげと、鼻シリコン&シークレットブーツ(疑惑)、女性のハイヒールの高さと爪の長さには相関関係がある、とホンマでっかの心理の植木せんせいが言っていたが、クジャクの羽とかオスライオンのたてがみ、みたいな?

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★春日  宋・朱熹
勝日尋芳泗水浜、無辺光景一時新。
等閑識得東風面、万紫千紅総是春。

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03月20日

起床時刻:05時08分

今日も義姉2と義姉3が来るらしい。仕事がはかどりそう。

・・きた! またすぐ買い物に行って、大量の野菜や果物がテーブルに。。今日は外へお昼を食べに行き、満腹で帰ったら「昼寝しなさい!」と二人はトイレだけ使って、すぐ帰った。

注に引用されている文献を、エクセルに貼り付けて整理する。まだ巻一の途中。論文を書くには巻一だけで足りるが、研究会のために巻五までやるつもり。巻数や篇名が抜けているので、調べて埋めていく。これは日本に戻ってからの作業になるだろう。

ほげー、巻一おわった。引用文献がのべで530ほどあった。書名は110種類、詩人は70人ほど。多いのは、圧倒的に杜甫でちた。それから韓愈、陶淵明かな? 書物は、経書と正史、文選、本草もけっこう多い。あと仏典もいくつか。

我慢してつきあう必要ないよ、とホント思う。時間のムダ。ほかにやること、やりたいこと、たくさんあるのに。

私の場合、距離が近すぎる人が依然として苦手だ。「あなたの奥さんやお母さんじゃないんだから」な人だ。以下、長々と下世話な話を書いたが、読み返したら気持ち悪くなったので、削除しませう。「置き布団」は象徴的だけどね。

とにかく、とても可哀そうである。とっても気の毒である。だからといって、相手してあげなきゃいけない義理はないし、できもしないことに手をだして中途半端に関わるのは、よくないである。さっさと逃げよう。

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★暁出浄慈寺送林子方  宋・楊万里
畢竟西湖六月中、風光不与四時同。
接天蓮葉無窮碧、映日荷花別様紅。

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03月19日

起床時刻:05時08分

昼すぎ、でーと♪ 

おっぺけぺー、私もツボです。そこで思い出して(いつの間にか忘れていた)アマゾンを見てみたら、レビューが700まで増えていた。あいかわらず熱い。

うさ子としゃべり倒して帰宅。その前に巻三の句読チョキチョキを仕上げていた私である。これで1~5巻の句読おわり。

帰宅してから巻三で担当した作品のレジメちょこちょこ、自分が担当した分はこれですべて組み直した。レポーターやるたびに、いろいろな形式でやっていたもんだー。

はればれとDV夫抹殺ドラマ「ナオミとカナコ」最終話もネットで拾って見た。放映から1日ほどで中文訳をつけてアップって、すごいわ。ドラマはなんとか「逃げ切れた?」みたいな終わり方でよかった。いろいろ共感できない部分のあるストーリーではあったが。

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★小池  宋・楊万里
泉眼無声惜細流、樹陰照水愛晴柔。
小荷才露尖尖角、早有蜻蛉立上頭。

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03月18日(金)

起床時刻:06時11分

はくだくはくだく、400超え、ニューデリーと同じ。これから少し風が吹いて、日本のほうへ飛ばしてくれる予報。

わたくしの限界レベル180より下がった、お散歩、お散歩♪ 今日は巻四の句読チョキチョキ、巻四で担当した作品のレジメちょこちょこ。もう十分はたらいたぞー。

夜になって50まで下がったよ。

やっぱり詩は、中国文学の精華であると思ふ、きょーこのごろ。詩語や典故のおかげで、重層的にイメージが広がるもんね。翻訳はしづらいけどね。

黄山谷は何年かかってもやったほうがいいな、いくつかの意味で、と思う一方、周邦彦こそ私がやるしかないので、日本に戻ったら邦彦君もやるざます。提要はもうエントリーしたし(6月に検討会予定)、作品の訳注もほとんど私が担当なのぢゃ。

ちょうど山谷詩内集の1~5巻あたりというのは、周邦彦が都で大学生から抜擢されて官途を歩み始めて、政争の影響で地方へ追い出された頃で、追い出した側の勢力に黄庭堅はいたのだ。同じコインの、もう1つの側をのぞくような感じ。

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★商山早行  唐・劉禹錫
晨起動征鐸、客行悲故郷。
鶏声茅店月、人迹板橋霜。
槲葉落山路、枳花明駅牆。
因思杜陵夢、鳧雁満回塘。

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03月17日(木)

起床時刻:05時40分

日本製空気清浄機をONにしまちた。がんばれ!

1時間ほどで青ランプになった。とーってもがんばったな、えらい♪ 外は白い変態である。

ネットで拾った山谷詩集は四庫全書本だというが、これは四庫全書(抄本)をOCRで読み込んで、校正して公開するプロジェクト?らしく、ものによって校正が丁寧なのといい加減なのとあり、巻二がえらくいい加減で、消耗した。もしかすると巻二の書き手がへたくそで、判読しづらい字だったの鴨?

ちかれた。なので前に発表した作品のレジメを、公開用フォーマットに直す作業にとーひしたが、これも意外に手こずることが判明した。でも自分で作ったレジメなので、何時間もかかるわけではない。

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★四時田園雑興(二)  宋・范成大
梅子金黄杏子肥、麦花雪白菜花稀。
日長籬落無人過、唯有蜻蜓蛱蝶飛。

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03月16日(水)

起床時刻:06時17分

きょうは白濁、やーねー。

スーツケースがからっぽなので、近所のカールフールでお買い物。お茶道具セット1つと和田の大きな棗1袋、計250元也で、ほぼ隙間がなくなった。

近所のスーパーで買った八宝米や茯苓餅、氷糖葫芦(2個ずつ小分け包装)、干レモン、ハイビスカス茶、干しイモ(うどん状の太さで「薯条」という)などを、クッション代りに周りに詰めて。

本はぽちぽち♪ ほしい時にほしい本を買っていたので、今回はあまりない。

黄山谷は巻一の句読が切れたので、エクセルに引用文献を貼りつけていく。その際に、せっかくつけた作品番号や句番号と、注釈がつけられている語や句を挙げ、引用文献については書名・人名・篇名にわけていく。引用文が残るので、そこは1枠。

引用文は、詩句は1句のみのことがあるが、私は基本2句ずつ読みたい。また詩の篇名がないことはけっこうあり、詩人は字号で書かれていることもある。書物の篇名もないことが多く、巻数はほとんどない。表にすると、ぬけが空欄になって一目瞭然ぢゃ。

ぬけている情報を調べて埋めて、レジメなどは作る。巻数と篇名まであれば、まあまあ足りる。同じタイトルで版はいくつもあるので、○○版○○頁と書かれても、古典ではあまり用をなさない。どのテキストに拠っているのかは、大事。「なんでこれ使ったの、ほかにいい本あるでしょう?」というのは、けっこう恥ずかしいこととされる。

任淵の注についていえば、「本文を『臆改』していることがママある」という批判もある。で、倉田淳之助せんせいは四部叢刊本に従ったということなので、あとで四部叢刊本と突き合わせないといけニャイ。ネットで拾ったのは四庫全書本で、研究会で使っている中華書局の校点本は「清光緒間陳三立復宋刊『山谷詩注』」を底本にしている。

この「清光緒・・」本は、日本で翻刻された『山谷内集詩注』と朝鮮古活字本『山谷外集詩注』『山谷別集詩注』をもとにしている。倉田先生によれば、『山谷詩集注』二十巻、宋任淵注、旧刊本、米沢市立図書館蔵、を楊守敬が中国に伝えて、光緒中に陳三立が景刊し、その後さらに影印したものなどがある。また日本の山谷詩集注も皆これ(米沢市立図書館蔵本)から出ている、という。

任淵の注を丸裸にしたあと、「自分が読みやすいように本文を変えちゃいましたか?」疑惑を検証しないといけない、あー、面倒くさい。面倒くさいが、こういうことはママある。困ったものだ。弟子のほうが学力がないから、仕方ない面もあるけど。

任淵は、黄庭堅のお家に伝わっていた黄庭堅手批本なども見ている。このまえ私が担当した作品中に、「○○はもとは△△だったが後で改めた」という注があって、なんでそんなこと分かるんだ?、と思ったが、先生の推敲の跡がわかる資料を見られたわけだ。

その原資料をいま見ることはかなわなくても、丁寧にたどっていけば、当時(1000年前)の異国の文人たちの文学活動が浮かび上がってくるわけですニャ。私はおもしろいと思うんですね、こうゆーの。

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★四時田園雑興  宋・范成大
昼出耕田夜績麻、村荘児女各当家。
童牧未解供耕織、也傍桑用学種瓜。

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03月15日(火)

起床時刻:05時03分

パソコンもネットもなく、コピー機もない時代、さらにさかのぼって紙に筆で書いていた時代に、ああいう仕事していた人たちってすごいな、と思ふ。

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★秋夕  唐・杜牧
銀燭秋光冷画屏、軽羅小扇撲流蛍。
天階夜色涼如水、坐看牽牛織女星。

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03月14日(月)

起床時刻:06時21分

複数文書でも一括変換とかできるのかも。。 でも「2000ページくらいになるかしら?」だったわ、感覚がマヒしているかも知れにゃい。『琴律学』の本文300ページが1ファイルでメール添付で来たときは「せんせえ、少しは区切りましょうよ~」と思ったっけが。

データひとまとめ、訳注は小分け、にすることにしまちた。

何をたくらんでいるかというと、まだデータは作品番号と句番号をふったところまでで、これから句読を入れていく(中華書局の切ってあるテキストを見ながら)。そのあと、任淵注を引用文献ごとに区切って(改行して)、エクセルに貼り付ける。そして、ソート!

すると、文選とか魯論とか、淵明詩とか退之詩とか、明皇雑録とか、集まってきますね。これらは黄庭堅が読んでいた(と弟子の任淵が考えた)書物や作品、ということですニャ。それらは姜白石が山谷詩を通して学んだ学問、ということにもなりますニャ。貧乏なくせにどうやって教養を身に着けたんだ、などと不思議がられていますが、「若いころは黄山谷に学んだ」と本人言ってるし~。

オーソドックスなものが多い、という「印象」があります。しかし私なんぞが「ありま~す♪」と叫んだところで「信じる!」とファンがつくわけでも、ついたからどーなるわけでもないので、地道にやらないといけません。

研究費を獲得して単純作業はアルバイトや業者に謝金払って丸投げ、というやり方もあるでせうが、単純作業をしながらうすーく何度も読むことになるので、私は自分でやる派ですニャ。申請書や報告書作ったりお金の計算したりするほうが面倒くさい。

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★秋夜将暁出籬門迎涼有感  宋・陸游
三万里河東入海、五千仞岳上摩天。
遺民涙尽胡塵裏、南望王師又一年。

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03月13日

起床時刻:07時26分

地下鉄で王府井へ行こうかな?

セロリ(一部)はカレーになりまちた。

黄山谷の詩集の原文をネットで拾ったんだが、ひっぱり出して本文と注に分け、句ごとに区切り、作品番号と句番号をふった。底本が違うし、入力ミスもあるし、文字の字体が違うのもあるし、なにより点を切っていないデータだったので、あちこち修正しつつ点を切る。切りながら、読み始めた。

単純作業はつらかったが終わって、やれやれぢゃ。単純作業だが、やらないと先に進まないから、やった。

あとで語句や書名・人名などを検索できるように、また文字の変換が一括でできるように、なんと! 二十巻分を1ファイルに放り込んで、いま現在で400ページほどだ。これに訳注つけたら、いったい何ページになるかしら? 

でもワードって、1ファイル32MBまでだって。博論をワープロで書いていた1997年、1ファイルは400字×100枚分=4万字しか入らなかった。だから10章=1000枚分=40万字だった。なつかしい。懐かしいが、戻りたくない。文字も足りなくて、ドットを打って「作字」していた。

1メガバイトで、漢字や平仮名など全角文字が50万字だそうな。

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★示児  宋・陸游
死去無知万事空、但悲不見九州同。
王師北定中原日、家祭無忘告乃翁。

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03月12日

起床時刻:05時23分

お昼に、義姉2と義姉3が来るそうな。

・・一人目がきた、あーうるさい。二人そろったらどうなるやら。。 → とてもうるさい。

大量のバナナとオレンジとセロリとハムと生姜とアヒルの塩漬け卵とピータンとクッキーを、消費しなくてはならなくなった。「こんなにどーするんだ?」「春月が食べればいいじゃないの!」が、姉2人と弟のあいだで何度か確認されまちた。

義姉たちが帰ったらぐったりして、3時まで爆睡。それから黄山谷をやり、お散歩へ。近所のパン屋のラテを買ってみた、13元也。公園では柳はあおい芽を、桃は赤いつぼみを、枝からちょびっと出していた。もうじき開くでせう。春なんである。

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★夏日絶句  宋・李清照
生当作人傑、死亦為鬼雄。
至今思項羽、不肯過江東。

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03月11日(金)

起床時刻:04時59分 07時31分

羽田空港国際線ターミナルは、なかなかよかった。前に行った時よりお店が増えていて、とくに中国人向けのお土産が充実していた。たぶんこれが人気なのだな、というものがたくさん並べてあった。

シャワー浴びて(昨晩は顔だけ洗ってパス)、黄山谷やって、疲れたので二度寝、してまちた。記録されているのは日本時間です。こちらは1時間の時差がありまふ。

小春月(パソコン)も連れてきただ。人のは使いにくいからニャ。

今日はよく晴れて空気もきれい、こんな日ばかりだといいけどねえ。朝は市場で甘栗をご購入、20元也。しかし季節は甘栗ではなく、イチゴに移ろうたようである。

が! 聞き間違えでなければザル一杯が41元だったので、「えっ!」と驚いている中国人を横目でみながら退散。いけね、私ってば日本のお金持ちだった。イチゴってのは日本でも高いのだ、次は買おう。

書店では「説文(一般向けダイジェスト版)」と「宋詞三百首」を買った。それぞれイチゴと同じくらいの値段。これは高いとは思わないので、さっさと買う。どっちも「何冊め?」だけど。

黄山谷で疲れてベッドに横になると、イビキかいて寝てしまう。そのイビキですぐ目が覚めて、また勉強。ちと疲れているな、でも気持ちは元気である~。陳さんに「なんで黄山谷なの?」と聞かれて、かくかくしかじか。

しかし、ぜんぜん面白くないの、ほとんど印象に残らないわ、日本から持って来た「小学生に覚えてほしい70首+80首」にも、もしかすると1首も採られてないのよ、どーゆーこと? でもやるんである、かくかくしかじか(委細省略)の理由で。

スーパーで感じた季節は「米酒」「酒酿」である。つまりは「あまざけ」です。数種類、並んでいた。米から酒造りしてるかな? この前の検討会で「春酒」は冬に仕込んで春にあけて飲むのか、春に仕込んでその年の冬に飲むのか論争をしたっけが。どっちもありそうだった。「酒」の縁語は「春」だという話題が出た。

当時の酒は蒸留酒ではないので、発酵が進む。進んで、表面にぷつぷつ泡がたっている、とゆーことを言いたい時に、「酒杯に蟻んこがたくさん浮かんでいる」とゆーのである。いまいち感性についていけませんにゃ。

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★題西林壁  宋・蘇軾
横看成嶺側成峰、遠近高低各不同。
不識廬山真面目、只縁身在此山中。

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03月10日(木)

起床時刻:05時42分

北京へ。羽田から。

着いた。くさい、きたない、うるさい、暗い。。 陳さんはだいぶ調子よさそう、太った(もどった)。

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★恵崇「春江晩景」  宋・蘇軾
竹外桃花三両枝、春江水暖鴨先知。
蔞蒿満地蘆芽短、正是河豚欲上時。

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03月09日(水)

起床時刻:01時36分 05時49分

もう朝かと思ったが、神経が疲れすぎて夜中に目が覚めた。今日中に訂正稿を作ってアップしないと、明日から北京、行っている間に締切である~。

研究費がとれたので、今年度の事業成果として、まとめたいらしい。協力するである。っつーか、さっさと仕上げて、手放したい。

なんと! 明日は雨降るの? やだなー、荷物あるのに、と思っていたが、いまの予報では私が出かける頃だけ、晴れ♪ あと曇り、になっているぜ。北京では黄山谷をやるつもり。田能村竹田の画論もいいね♪ 訳注の改訂本を買ってあります。

しゅっきーん! 途中で急に「パスポートって2016年2月までだっけ?」不安にかられ、研究室で不要な資料を置き、必要な資料をつかんで、とんぼ返り。途中でいろいろ考えて「だいじょーぶ?」な感じしたが、やっぱり大丈夫だった。ネットでチケット予約したから、「パスポートの期限は?」と確認してくれる人もなく、やらかしたんじゃないか、と思つた。が、セーフ! でも今後は自己責任で、注意しないとね♪

思うに、今度こそ北京に行きたいのだな、だから心配なんだ、きっと。その前に原稿を片付けないと。・・・やった。

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★飲湖上初晴後雨  宋・蘇軾
水光瀲灔晴方好、山色空蒙雨亦奇。
欲把西湖比西子、淡粧濃抹総相宜。

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03月08日(火)

起床時刻:04時31分

じごく3日め。最終日。

とっくに起きて、調べ物をしていた。

ぶじ生還。しゅわっち♪

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★六月二十七日望湖楼酔書  宋・蘇軾
黒雲翻墨未遮山、白雨跳珠乱入船。
巻地風来忽吹散、望湖楼下水如天。

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03月07日(月)

起床時刻:02時10分 06時30分

じごく2日め。

うつらうつら二度寝、どうにかして眠らないと死んでしまふ。味噌玉をこねている時に目覚まし「で」起きた。

恐ろしいことに15時あたりから疲労感がなくなり、18時までやったあと、焼き鳥屋で豪遊。

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★書湖陰先生壁  宋・王安石
茅檐長掃静無苔、花木成畦手自栽。
一水護田将緑繞、両山排闥送青来。

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03月06日

起床時刻:06時22分

じごく1日め。

初日だけ10時から、明日あさっては9時半から。終わりは18時予定。うわばみ達との飲み会はパスしたい。と言いつつ、名古屋では2日とも行ったけど。

18時すぎまでやった。飲み会はパスして帰宅。勉強しすぎて、老けた。

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★泊船瓜洲  宋・王安石
京口瓜洲一水間、鐘山只隔数重山。
春風又緑江南岸、明月何時照我還。

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03月05日

起床時刻:06時20分

あいだだ、筋肉つー、荷物重すぎ。

明日からの地獄の強化合宿3日間(家にかえって寝るけど)にそなえて、予習。でも黄山谷がとまらない鴨。

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★元日  宋・王安石
爆竹声中一歳除、春風送暖入屠蘇。
千門万戸曈曈日、総把新桃換旧符。

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03月04日(金)

起床時刻:05時34分

しゅっきーん♪ あちこちでポチ♪したのが届いているはず。

・・1回で運べず、受付にいた英語のせんせに笑われた。

**
★烏衣巷  唐・劉禹錫
朱雀橋辺野草花、烏衣巷口夕陽斜。
旧時王謝堂前燕、飛入尋常百姓家。

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03月03日(木)

起床時刻:04時23分 07時01分

東京へ。午後、会議。ついでに図書館で調べ物。どっちがついでか分からんが。

二度寝して、へんな夢を見た。梅沢富美男(こんな字?)の「夢芝居」(カセットテープ)にあわせて創作ダンスをしなくちゃいけなくて、senちゃんが一緒に振り付けを考えてくれて、二人で練習している夢。カセットは母親が録音してくれたが、テープなのでどこに入っているか分からず、探すのに一苦労。練習を見ていた若い子たちに「当日てきとーに腕のばしたりクルクル回っていればいいかな?」と聞いたら、「いいよ、それで」と言われたので、「だよねー、こーんな感じでねえ」と、腕のばしたりクルクルしているところで、目が覚めた。

春である。外は青空なんである。

創作ダンスの夢は、昨晩のほんまでっかで昭和世代vsゆとり世代(面白くなかった)をやっていたせいかも知れない。潜在的な昭和の思い出が、中学時代の創作ダンスだったの鴨?

二度寝して起きたら、もう1つ論文のテーマを思いついた。昨日の肉体労働が生きるテーマね。地味~で堅実な、紀要にぴったりのテーマであるぞ。

ふふふ、言ったそばから、もうアウトラインほぼ出来た♪

要するにあれだな、これまでパラパラやってきたことがたまってきて、何かきっかけばあればワーッと集まってまとまる、みたいな感じ。レシピ本を見て○○を作ろう、と買い物に出る段階から、おなかすいたー、冷蔵庫あけてみて、○○を作ってみたぞ、ぱくぱく、みたいな。

要するにあれだ、大切なのは、おなかすくことである。

長野駅で新幹線を待っていたら、黄山谷の会の先輩にばったり。先輩は全席指定のかがやき、私はけちって3分遅れの(でも先にホームに来る)はくたか自由席。車内で早めのお昼を食べ、図書館で論文ゲット。

東京は予想より暑いである。龍井茶で一服したら、喘息の薬をもらいに行かなきゃ。いろいろやることあって幸せである~。

**
★江上漁者  宋・范仲淹
江上往来人、但愛鱸魚美。
君看一葉舟、出没風波裡。

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03月02日(水)

起床時刻:02時29分 06時20分

四十(しじゅう)で駆け出し、五十で多少は物を言ってもいい。そういった先生が「私はまだまだ鬼のように勉強しますよ」と言っていたのは、何歳だったろう? 学会の懇親会で、七十歳、八十歳の定年後の先生たちが「まだまだお若い」などと言い合っていた。乾杯の音頭は、九十歳を越えた先生がとっていた。

長生きしなきゃ、と思いまちた。

今朝は黄山谷をやっておりましたのだ。・・やり続けておりますだ。

・・・やりすぎだ、ちかれた。しかも機械的な単純作業でアタマからっぽ。目が疲れたので、お散歩へ。

遠く冬山を見て、目を休める。山の師匠んちのハウスにホウレン草があったので、「どろぼーに来ました、ください」と言ったら、「正直者のあなたには小松菜もあげましょう」とどっさりくれた。

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★竹枝詞  唐・劉禹錫
楊柳青青江水平、聞郎江上踏歌声。
東辺日出西辺雨、道是無晴却有晴。

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03月01日(火)

起床時刻:04時51分

ごーーっ! 除雪車きた。

なるほろ、古典(とくに詩詞)をどう「読む」か、という点でうさ子に興味もってもらえたの鴨。ではつづき。

田能村竹田の「李花春禽図」に「長相思」という詞牌の詞が書いてあって、こういうのを題画詞という。多くは題画詩なんだけど、詞なので特別に題画詞と呼んでおく。それについて国文せんせいは、竹田の詞集に入っているものと文字の異同がありますよ、と指摘されまちた。詞集のほうが先で、

  夢易醒      夢醒め易く
  酒易醒      酒醒め易し
  楊柳梢頭月正明  楊柳梢頭 月正(まさ)に明らかなり
  鴉児半夜鳴    鴉児 半夜鳴く

  掩雲屏      雲屏を掩い
  護春灯      春灯を護(まも)る
  痩影看時妾自驚  痩影看る時 妾自(ひと)り驚く
  郎看那不驚    郎看て那(なん)ぞ驚かざる

これを画に書きこむに当たり、次のように変えまちた。

  夢初醒      夢初めて醒め
  酒初醒      酒初めて醒む
  月照李花簾影明  月は李花を照らして簾影明らかなり
  宿鳥悄不鳴    宿鳥 悄として鳴かず

  掩雲屏      雲屏を掩い
  護春灯      春灯を護(まも)る
  痩影看時妾自驚  痩影看る時 妾自(ひと)り驚く
  郎嘗何不驚    郎 嘗て何ぞ驚かざる

この解釈がぶっ飛んでいた。。国文せんせい曰く:

>前者では胸中の憂悶ゆえに頭が冴えて眠られず、酔えもしない自身を持てあましていた作中の女性が、後者の表現を取ると、熟睡からようやく目覚め、宿酔からすっきり醒めたというありさまになる。つまり、なかなか起きられず、酔いが覚めにくいほどに酒を飲むということにはやはり思い屈している女性の心情が投影されてはいるが、後者のほうが向日性を帯びており、憂愁の影はやや薄らぎ、果然、女性の視界に入って来たこの画の情景がややくっきりしたものと印象づけられるのである。つれない男性のそぶりゆえに、深酒熟睡した女性であるが、熟睡できるだけ健康的で、寝起きの目に映る李の花や枝葉とその影に隠れ止っている小雀は瞬間的には心浮き立たせる春の景物として受けとめられたはずなのである。

「初」というのは、辞書引くと「~したばかり」とか出てくる。現代語の「才」に似ている。国文せんせいはたぶん、すごく健康的なんだと思う。お酒が好きで、たまに酒量がすぎて二日酔いになったりするんだと思う。でも起きぬけに熱いお茶でも飲めば、しゃきーん♪ 元気に授業や会議にしゅっきーん♪ するんだと思う。

しかし詞の中の女性が起きたのは、夜である。月は皓々と照り、鳥はまだ眠っている。部屋の灯はつけたまま。酒を飲んで、うとうとしたが、まだ春先の寒さに、はっと目が覚め、酒も醒めたのである。どこをどう読めば「深酒熟睡した女性」の「健康的」な「寝起き」の「瞬間的には心浮き立たせる春の景物」になるのだらう? しかし国文せんせいは言うのである。

>「楊柳」が「李花」とされたのは、もとより画中に李花が描き込まれているからであろう。「楊柳」はしばしば別離を象徴する景物として詠じられるものなので、それが無くなったことは、それだけでもやや明るいトーンを帯びさせる。

>「簾影」越しに月光が耀くことと絵画との関係はどうなるか。ひとつには、この修辞によって簾が懸けられた屋内に作中人物たる女性が居るということを想像させるし、ふたつには、この画が縦長の軸物であり、あたかも簾の隙間から見るにふさわしい景観を描いていることとなるのではないか。

>唐の張継「楓橋夜泊」の「月落ち烏啼いて霜天に満つ」と響きあう「鴉児半夜に鳴く」が「宿鳥悄として鳴かず」となっている。勿論これもすさんだ作中人物の胸中を象徴するような夜半の鴉の不気味な鳴き声を表現する句が、画中に見える三羽の雀がかわいらしくもひっそりと眠る姿を写す句に変改されているのに過ぎない。しかしながら、「悄不鳴」は効果的であり、葉影に眠る今は確かにひっそりしているが、やがて白々と夜が明ければ、ちゅんちゅんと愛くるしい鳴き声を立てるであろうことまでを想像させる句となっている。

夜だということは分かっていて、なお「もうすぐ朝だ! 雀がちゅんちゅん♪」のほうに目が行っているのである。画が軸物だから簾越しのどうのこうのは、妄言としか思えない。

>後半は第三句までは変わりないが、最終句の「郎看て那んぞ驚かず」を「郎嘗て何ぞ驚かず」としているが、前者ではやや突き放したような表現を取って、男の冷淡さを詰る女性の怨恨の情は却って深刻だが、後者では修辞に難詰の念がはっきりと出されることでそうした余情を失う替わりに、熟睡して酔いもすっかりさめた健康な女性の性向に見合う形となっていよう。

ここに至っては、何を言いたいのかまったく理解不能。「那」を「なんぞ」と訓じたが、違う意味に解釈しているのかな? とにかく「熟睡した健康的な女性」にしたいのは、よく分かった。

冒頭の「夢易醒、酒易醒」が「夢初醒、酒初醒」に変わるとどうなるか? まず「易」と「初」では平仄が違うので、音律的に平仄どちらでもいい箇所なのか、どちらかにしないといけない箇所なのか、確認すべき。 → 確認した。平韻、仄韻、どっちも可、の3パターンあった。

では意味は? 「易」を「初」に改めると、「一回性」が出てきますね。「易」なら「しょっちゅうこうなんだな」と思うし、「初」なら「この夜のことだな」と思う。詞だけ読むなら「易」もいいと思う。お酒飲んでも眠れない、そんな夜をよく過ごしている女性だと思う。しかし画に添えるなら「初」のほうがいいと思う。この夜に看た風景、この夜の私、を切り取った感じが出てくる。

「楊柳」が「李花」になったので、妓楼の女性が閨房の女性になって、お上品になった。そして音は消えた。灯のちらちら、それだけが動き。「痩影」は梅の枝をいうことが多い(用例を検索すると)のだが、「楊柳」が「李花」になったので、李のことを言っているのかな? そのほうが美しい。李花を看て、会えないでいるうちに花と同じように自分も衰えてしまう、あなたもきっと驚きますよ、早く会いに来てくださらないと。このほうが詞らしい。

ハイかるちゃー全般に言えることだが、様式美なんである。様式を理解していないと、とんでもない解釈をつけて自画自賛、ああ勘違い、なんである。詩詞を読むなら、やはり用例をきちんと確認しないと、ダメですな。

・・・たしなめられたので、竹田君が詞集を見せた僧一圭(遠山荷塘)は長崎で清人から唐話、伝奇、詞曲、清楽などを学び、のちに江戸で『水滸伝』『西廂記』など伝奇を講じ、清楽を教授した、という記事(加藤徹さんの)を読んでいた。『江戸の音』というのは田中優子せんせいの著書だが、「長崎の音」もあったと思うのである。芸者といえば三味線だが、月琴も当時かなり流行っていたらしい。

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★蜂  唐・羅隠
不論平地与山尖、無限風光尽被占。
採得百花成密後、為誰辛苦為誰甜。

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