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今日の気分(本文)

本日は夫が飲み会。ありがたやー。
というわけで、夕飯は夫の嫌いなオクラとラム肉でカレーをつくった。カレーはバターチキンカレーのチキンをラムとオクラにした感じね。雑穀ご飯とワイン2杯。世間のマジョリティからみればただのキモイ食い物であろう。
世間が全て物事の価値を決めるのである。自分がどう思おうが関係ない。

ダメ人間もそうで、ダメ人間かどうかを決めるのは自分ではない。世間である。心優しき無職と叩き上げの意地悪なミリオネアがいた場合、世間は前者をダメ人間と決め付けるのである。世間の価値観では「働けるのに働いていない=ダメ人間、自らの力でお金を稼いでいる=立派な人」になるのである。人間の価値は稼いだ金で決まってしまうのである。

私はそうは思っていない。心優しいこと、恥を知っていること、貪欲でないこと、こういったことこそ、人間として一番大切なことだと思っている。
しかし、世の中的には、そんなことどーでもいいのである。例えば「ニート」という一言で自動的に「どうせ、バカでやる気がなくて無能で甘ったれで弱虫で親が教育を間違えたロクデナシ」と判断されてしまうのである。どんな人かなんて誰も聞きやしない。

無職であることや低賃金であることなどは自己責任というふうに我々は世間様によって洗脳されている。安い給料で食っていけない場合、「ダメ人間だから仕方ない」というふうに個人の問題、自己責任問題に矮小化されてしまう。しかも、それに対して異議申し立てすると「すぐに言い訳をする」「すぐに人のせいにする」「ほら、やっぱりダメ人間だよね」という言論抑圧装置が働く。誰にとって得か、考えりゃあわかりそうな”モラル”を、無職や非正規社員の貧乏人は内在化し、自己チェック機能を強化し、弱音をはかないよう、もっと成長して会社に貢献できるよう、自らを叱咤激励するのだ。「ダメ人間」にならないよう、「ダメ人間」から脱却しようとして、自分を追い詰める。

経済の情報化とサービス産業化などに伴い、正社員が担うコアとなる一部の高度に知的な労働と多くの周辺的な労働が生み出されている。その周辺労働者の生産性は確かに基幹労働者に比べて低いだろう。だから給料が低くて当然だ、というわけだが、その低さの程度に正当性があるかどうかは不明だ。
経済産業研究所の川口氏の研究(「男女間の賃金と生産性格差-日本企業のパネルデータを用いた構造分析-」)によると、女性の生産性は男性の45%、賃金は30%らしい(45%って!とびびったが、この生産性は時間当たりではなく一人当たりで算出されている。つまり、労働時間を考慮していないので、短時間労働の多い女性ではより生産性の差が出てくるというわけだ)。つまり、生産性は低いにせよ、それ以上に給料が安いってことだ。だから「男女の賃金格差が生産性以上に大きいために、女性比率の高い企業の方が、利益率が高い」という論文もある。そりゃ政府が主婦の雇用をすすめようとするのも意味がある。主婦らは家計の補助的な収入が稼げればいいので、深刻な低賃金の問題が表面化することはない。しかし、近年は若い人を中心に、主婦以外の非正規雇用がすすんだから問題となった。多くは親と同居して低賃金に対処しているのかもしれないが、単身世帯はとても苦しいだろう。

また非正規雇用者の能力に対する要求水準もどんどん上昇している。なのに給料は使えない正社員のほうがベテランの派遣より高いのだ。「同一労働、同一賃金、何それおいしいの?」である。そんな中でモチベーションを保てというほうが難しい。
一方で経験不足の社員たちにもプレッシャーがある。有能な人ならともかく、地頭が悪かったりすると、ベテラン非正規社員の「こいつ何にもできないくせに給料だけ高いとかマジ意味不明すぎ」目線に耐えながら、仕事をしなくてはいけない。結局自分の存在意義は「残業が(どこまでも)できる」で証明しなくちゃいけなくなったりして、それはそれで苦しかったりする。「正社員は無能なくせに給料高くていいよね」「非正規はいいよね、早く帰れて」と内心いがみ合う一方、「自分は無能だから給料が安い」「自分は無能だから残業が多い」と自らを責め、ますます苦しくなる。

「そんなどうでもいいことを考えずに、お客様のことだけを考えてがんばれ!」というのが経営者の考えであろう。最近の経営者は経営者と同じ気持ちで仕事をすることを末端にまで求める。経営者とはまるで違う待遇なのに。カルト宗教じみた手法で、給料をあげずにモチベーションをあげようとしているのだ。批判精神を嫌い「素直」であることをよしとする日本の精神風土もカルト体質を跋扈させる土壌となっているのであろう。

馬鹿げた価値観の支配する馬鹿げた社会と見下しても、その馬鹿げた価値観に頭を下げなきゃ生きていけない。うんざりしたって無理はなかろう。

コメント

ymznjp ymznjp 2014/07/19 00:31

日本の社会には、男性がぐるになって作ったワナがあるんです。
本来、大黒柱となる夫や親がいるかどうかなんて、雇い手とは関係がない女性の個人的な事情なのに、「どうせ家計の主な担い手でない」という理由で女性の賃金を引き下げる。

なので、外での仕事が男性よりもラクなわけでもないのに、家では稼ぎが少ないからと言って家事は押し付けられるし、少ない稼ぎのせいで、その環境から抜け出せない。

まるで、家のうちとそとで男性同士が手を組んで、女性が自立できないようにし、自立できないゆえに男性が提示する不利な条件をのまずにはいられないようにしているのです。

pyaaa pyaaa 2014/07/26 06:48

コメントありがとうございます。
お返事しなければと思いつつ、忙しく遅くなってしまいました。

今の時代、「女性の低賃金は男性の仕組んだ罠である」と主張することが難しくなっていますね。というのも、男性並みにお金を稼ぐ女性もしっかり存在するからです。彼女らの存在は「低賃金の女性は単に能力不足であるためだ」という見方を強めます。要は自己責任ですね。

かつての「ウーマン・リブ」の時代には無邪気に「女性だって男性並みの能力があるのに、男性と同じ仕事をさせてもらえないために男性より賃金が低い。これは女性差別だ」と主張できました。
しかし男女雇用機会均等法が施行されて以来、私たちが見てきたことは女性の総合職の離職率の高さです。私の周囲の元総合職たちはジェンダーに関する理由、例えば「出産や育児に専念するために仕事をやめる」のではなく(一般職ならそういう事情が多かったですが)、過労で体を壊したり、うつ病で仕事をやめたり、あるいは単にもっと自分にあった仕事をしたいと留学したり、資格をとったりして、会社を辞めていきました。
個人差の大きさは強調してもしすぎることはありませんが、それを横においてざっくりというならば、やはり少なからぬ女性が、「男性並みに働けない」あるいは「男性並みに働けるけれども、働きたくない」というのが明らかになったのではないでしょうか。

これは「男性並みに働けない」という「女性の無能力」あるいは「そのような働き方はいや」という「女性のわがまま」や「自分探しが好きなスイーツ脳」なのがいけないのでしょうか。

私自身は、やはり女性と男性の能力の違いや適性の違いがあるのではないか、と思います。個人差を無視した乱暴な話ですが、例えば女性はエンジニアのような機械相手の仕事よりも、ケア労働などに対人労働などを好む傾向にあるし、また向いていることが多いのかもしれない、と思うことがあります。そして往々にして女性の好む仕事は賃金が安い仕事が多いのです。
また、男性自身の働き方にも問題があるのかもしれません。実際、「男であるにもかかわらず」、正社員からドロップアウトしてしまう男性もいるわけで。この場合は「最近の若者はすぐやめる」「根性がない」という若者の自己責任論になるわけですが。

また世の中全体の流れの問題もあるでしょう。特にロスジェネの就職氷河期以降、非正規社員がどんどん増えていきました。バブル崩壊後、急激に若者の能力が低下して、非正規でしか雇ってもらえなくなったというのは理屈にあいません。雇う側の論理が変わったわけです。
産業構造の変化、すなわち情報産業化、サービス産業化は、システムやプログラムをつくるごく少数の優れた基幹社員と、それを動かすだけの多くのマニュアル労働者を必要とするようになりました。後者にあてはまるのがスキルのない女性や若者だったために、賃金も低い。

『新自由主義の帰結』(服部茂幸/岩波新書)によると、戦後資本主義から新自由主義レジームへ資本主義のルールが変わり、企業の利潤追求方法も変わったとあります。戦後資本主義の重化学工業時代においては、「大きな企業と大きな労働組合」の時代でもあり、「技術革新、大量生産によって生産性が向上していく時代には、大きな労働組合の圧力によって賃金が上昇しても利潤は圧迫されなかったのです」。また大量生産された財は戦後のケインズ主義により大きな政府による需要の下支えがあったといいます。
一方で新自由主義レジームの時代においてはグローバリゼーションと後進国のキャッチアップにより、製造部門は賃金の低い途上国と競争するために、賃金を抑制的にしなければならなくなりました。また短期的利益を目指す機関投資家の圧力によって、産業はますます衰退し、労働組合は弱体化し、賃金は上がらず、消費需要も低下する。スティーブ・ジョブズなどの一部の「天才」や金融機関のトレーダーなどはますますリッチになりますが(リッチをスーパーリッチにするのが、新自由主義的政策です)、一般人の賃金はちっともあがりません。

要するに女性の賃金が低いのは複合的な理由が絡んでいるからと私は思います。介護・育児に関してはいまだにジェンダーに由来する問題があるでしょう。しかし企業は稼げる人間なら男性でも女性でもかまわないというのが本音です。
「自己責任」の部分もありますが、それだけではありません。しかし世の中は自己責任がある場合には、それが全てだとして、他の部分に目を向けないのです。「泣き言を言うな」と精神論で片付けるのが一番楽な解決法ですからね。

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