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起床時刻推移グラフ

目標起床時刻:08:00 平均起床時刻:10:02

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10月31日

起床時刻:13時15分

昼はクリームチーズとハムのサンドウィッチ、夜はほうれん草とハムのマカロニグラタン。あとは一日中ゲーム(アス○ロMMM中に急いでグラタンつくった)。
夜は8:30くらいからアビ○ア乱獲行って、その後延長して、AF金箱狙い手伝ったんだけどさー(3:00くらいまで!)、私20メリポくらい無駄にしたんだけど~。その後既に日課となっているカンペ戦に行き(もうやる気ゼロなんですけどー、つかマイナスなんですけどー)、AM5:00前には寝たはず。

グラタンレシピは、『ビッグイシュー』に載っていたエダモンこと枝元なほみさんレシピで。「カニのマカロニグラタン」のカニを勝手にほうれん草とハムに変えた上に、たまねぎを切らしていたので、長ネギでつくり、マッシュルームは省略、という、既に原型をとどめてない上に、ホワイトソース用の牛乳(400cc二人分)は、生クリームと豆乳(成分無調整)を200ccずつというヘルシーなんだか違うんだかわからない感じにかえちゃったー。まぁそんな風に魔改造しちゃったレシピだけど、おいしかったです。

それにしても『ビッグイシュー』って(きれいめの)ホームレスの人が売ってるんだけど、売ってるからには自分達も中身を見たりすると思うんだけど、この中に入っているエダモンレシピってあまりホームレス向きじゃないような気が。
「カニ・マカロニ・グラタン」に「ウニのクリーム・スパゲッティ(ウニと生クリーム使用)」に「朝からスキヤキ丼(←これもつくった)」とかさ、ホームレス的には予算がかかるんでないか?と心配せざるをえない。「魚肉ソーセージ焼き」とか安そうなものもあるんですけどね。まぁでもホームがレスならキッチンもレスなわけで、つくったりはしないのかなぁ?ま、そもそもこれらのレシピは「ホーム有りの人の悩み相談に対応したレシピ」だから、問題はないんですけどね。

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10月30日

起床時刻:11時30分

世の中の人は悩みがある場合、どこに相談するのであろうか?
友達であろうか?
しかし友達だと「悩み相談という名前の愚痴大会」になりそうではないか。

最近、愚痴はタバコと同じくらい世の中から白眼視されている。タバコはまわりの人まで肺がんにさせるし、愚痴はまわりの人まで「暗く、ネガティブにさせる」と、そういう理由でおおいに嫌われているのである。

世の中的に「悩み相談」はセーフで「愚痴」はアウトらしい。
そこの違いは何なのか?ということである。
解決策を求めているかいないか?ということであろうか?
しかし愚痴だって解決法を求めている。解決できるなら解決したいのである。

ちなみにわたしのする相談というか愚痴というかは「夫がゲームを毎日夜遅く(つーか朝方)までやって、一緒にやらないと切れるため、寝不足になる。早く寝たいのだがどうすればいいか」という相談というか愚痴だ。
あまり人がいない夜中がチャンスなんだと。
ちなみにうちの人は昼過ぎまで毎日寝ている(帰ってくる時間は9時ごろが多い)。うちは平日でも土日でも、食事はそれぞれのPCの前でゲームをしながら、別々にご飯を食べている。そのくらい、一分一秒を争ってゲームをしているのだ(つかれる)。だから例えば辻レイズ(道端で死んでいるPCに蘇生魔法をかけてあげること)をしようとしても「無駄な時間つかうな!」と怒られるんである。どんだけだよ、どんだけ必死なんだよ、オマエはよー。めんどくさいから従うけどさ。

今までトライしたことor考えられる対策は以下のとおり。

○「やらない」ときっぱり言う
→余計切れられる(「なんでそんなに非協力的なんだよ!わがまま言うな!」みたいな)

○「時間をきめてやろう」という
→余計切れられる(「(ほしいアイテムが)出るまでやるにきまってんだろ!バカ!」みたいな)

○ジムなどに通わせ、疲れさせ、早く寝させる
→ゲーム以外一切興味がない

○ゲーム以外の趣味をみつけてもらう
→ゲーム以外一切興味がない(アニメと漫画は"たしなむ"程度)。

○勝手に解約する(キャラをうりとばす)
→キャラ復活サービスがあるから、解約は意味ないし、キャラ売りはモラル的にやっちゃいけないこと。

ネトゲってほんと時間つかうんだよねー。
昨日も朝までコースでしたよ。型紙をおとすサソリ、二人で楽に倒せるんだけど、とうとう魔法弱点をつくために黒でかりだされるようになった。今まで赤だったんだけど黒だと3系、4系、ガ3系、古代1を三種類うてるので。今まで何回も(何十回も?)このサソリのカンペ君はやっていて、ヒードリングは3回出た。

とまぁこういう余計な話をしだすと長くなる上におなじネトゲをしている人以外、なんのことやらさっぱりわかんなくて面白くないってことになるから、この話にピンときて、かつ同じように毎日毎日ゲームにつきあわされるというひとがいれば、ぜひお会いましょう!といいたいくらいです。さ、そろそろうちのヒトを起こしてくるかな・・・。

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10月29日(金)

起床時刻:08時00分

昨日の夕飯。
三色丼(鶏そぼろ+ほうれん草のナムル風+炒り卵)、鱈チゲ(タラ+豆腐+ネギ+キムチ)。小鉢はレバーの赤ワイン煮(←買ってきた)。

ナムル風といったのはホンモノのナムルがどんなもんかよくしらないからである。ゆでて水にさらして絞ったほうれん草を、塩としょうがのすりおろし(本場ではにんにくのすりおろしをつかうのであろうか?)とゴマ油であえてみた。

チゲのほうもまた、「チゲ」ではなく「チゲ風」というべきもので、うわさによると少しすっぱくなったキムチをごま油でいためてから、出汁を入れて(にぼし出汁であろうか?)材料を入れて煮るらしい。
何を隠そう、私はすっぱくなったキムチがけっこう好きである。糠漬けの浅漬けも古漬けも両方好きなように、キムチの浅漬けも古漬けも両方好きなのである。
しかしうちの人はすっぱいキムチは絶対に食べないので、今日は浅漬けのやつである。

本来ならばタラと豆腐と長ネギとくりゃあ、タラちりにするのが常道だけれど、一昨日の夕飯が和風ハンバーグで、ポン酢しょうゆ味だったのと、昨日はめちゃくちゃ寒かったのとで、チゲ(風)のもののほうがあったまるかと思ったのである。

しかしまぁ、ここ数年来、韓国が大人気となり、簡単に韓国食材が手にはいるようになった。数年前、ネットの記事でよんだけれど、いまや日本におけるキムチの消費量はタクアン漬けの消費量をうわまわったんだそうな。

漬物の思い出話。
わたしが小さい頃はキムチは焼肉屋でしか見たことはなく、キムチが食卓にあがることは100%なかった。でも、父親がなぜか「朝鮮漬け」なる漬物をたまに漬けてくれることがあって、漬物大好きっ子だった私はそれが大好きだった。
父親が漬けてくれた「朝鮮漬け」はキムチみたいに赤くなくて一見すると普通の白菜漬けのようだった。アミの塩辛とりんごと昆布と鷹の爪と、まぁそんなようなものが入っていたような気がする。

タクアンについては、市販のもので美味しいと思うものはなかなかないと思われる。私の踊りの先生のお母様が毎年冬になると、自家製のタクアンをくれるのだが、それが本当においしくて、日舞といえばタクアン漬けの思い出しかない。

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10月28日(木)

起床時刻:08時00分

昨日の夕飯。
和風ハンバーグ(大根おろし+大葉の千切り)、豆腐とネギの味噌汁。あとは作りおきの小松菜と油揚げの煮びたしと切干大根。デザートは買ってきたレアチーズケーキ。
これならさくっと1時間で夕飯の支度ができるはず!と思ったらできなかった。
どんだけどんくさいんだろう。

いつもは、いためてさますたまねぎのみじん切りも、時間を節約するため生のままハンバーグの種に入れた。ちなみに栗原はるみの『ごちそうさまが聞きたくて』のハンバーグレシピでは、生のまま入れるのであります。
大根おろしは、前、NHKの「きょうの料理」だったか、野崎洋光が「さばのおろし煮」をつくるときに「大根おろしは一度洗ってください」と主張していた記憶があり、またうちの人は辛い大根おろしは食べられないので、味噌漉しに入れてさっと水であらってみた。
そして大葉もさっと水にさらしてきゅっと絞って大根おろしにまぜた。これも日本料理だと、そうめんなんかの薬味でシソの千切りを出すときは必ず一度水をくぐらせてアクをとるように、料理の先生が主張するのである。
栄養が逃げているんじゃないかという気がしないでもないが、「雑味をとる」と称しては、水をくぐらせたり湯通ししたり下湯でしたりするのである。野崎さんは確か豚汁のとき、「雑味をとる」ために野菜を下湯でしていた気がする。しかしかつおだしはひかなかった気がする。なぜなら豚から出汁がでるので、かつおだしをつかうとトゥーマッチになるかららしい。
それは簡単になるのでぜひとも真似したいところである。

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10月27日(水)

起床時刻:12時00分

昨日は「もってのほか」(紫色の菊)を酢水でさっとゆでて、ごま酢和えにした。さすがにうちの人は食べなかったが、私はしゃきしゃきした感じとほのかな甘みが大好き。グリルで焼いたシイタケやシメジを割いて入れても秋らしくていい。
これ以外の献立は、れんこんと豚肉のオイスターソース炒め、小松菜と油揚げの煮びたし、ほうれんそうと豚肉と春雨のスープ。

思い出話。
中学校の国語の教科書に芥川龍之介の『羅生門』が載っていて、順に朗読させられた。私の番がきたときに「鴉(カラス)の糞が、点々と白くこびりついている」という一文があって、その「糞」という語にご丁寧に「くそ」とルビがふってあったのである。食べ物の話の次にすみませんね。
私はそれがどうしても読みづらくて「く、く、く、くそが」ってなっちゃったんだな。思春期だし。そしたらなんだかおかしくなって、笑っちゃいけないと思うんだけど、そうするとよけいおかしく思えて、読めなくなった。

さっき青空文庫で念のため羅生門をみてみたら「糞」のうえに「ふん」とルビがふってあった。えーーー!!昔は「くそ」だったよ!ほんとだよ!!

wikiで「鼻糞」を調べてみると(調べるなって)、備考に「目糞は目やに、耳糞は耳垢と呼ぶのが正しいとされるが、鼻糞には別名がない。糞という言葉を使用することが児童への教育の上で問題があるため、鼻垢などを正式名称にするべきではないかとする意見がある(要出典)」とある。そんな意見がどこにあるんだ?という問題はさておき、「糞という言葉を使用することが児童への教育の上で問題があるため」、『羅生門』の糞のルビも「くそ」から「ふん」へとかわったのであろうか。

さらにいうと、上述の備考でも書かれているが、「目くそ」や「耳くそ」の上品な言い方はあるのに、「鼻くそ」の上品な言い方がないのは問題であるということである。これは多くの人が懸念しているようで、ぐぐると色々でてくる。

目やに(医学用語で「眼脂(がんし)」)、耳垢(医学用語では「じこう」と読む)は一般によく使われるが、医学用語であるところの「鼻垢(びこう)」という言葉は巷間広く使われる言葉ではないと思う。
仮に「鼻垢(びこう)が気になって」と言ったとして、「びこう?びこうってなに?」てなことになり、「鼻の垢よ」と説明したとしても「鼻の垢ってなに?」てなことになり、「鼻糞よ!」といわざるを得ない状況においこまれてしまうだろう。

しかし、考えてみれば、歯垢(しこう)という医学用語がここまで定着したのは最近であろう。今では「プラーク」などという、ちょっとおしゃれな外来語まで使われだして、むしろ、「歯くそ」などという言葉の方が完全に死語となったのである。
「鼻垢(びこう)」という言葉も、「歯垢(しこう)」という言葉のように大出世をとげる日がくるであろうか。

『女性の品格』をあれこれいう場合、最初の最初にあげられるのは「言葉遣い」である。当然、「女性の品格研究者」の私もまた、女性らしい上品な言葉遣いについて、色々と思いをめぐらせてきたのである。『女性の品格』第一章が「無駄毛処理」なら、第二章は「糞問題」になるであろう。

仮にうら若きお嬢様が「キスせんと近づき寄れば鼻くその大なる見えて興覚めにけり」などという歌を詠んだら、これはもう、品格がぺっしゃんこになってしまうわけである。

考えてみれば芭蕉は「鶯や餅に糞する縁の先」なんて詠んでますが、敷島の道(和歌の道)には糞なんかころがっとらんのです。「鼻垢(びこう)」の更なるご活躍、ご発展を祈念するばかりなのであります。

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10月26日(火)

起床時刻:07時09分

昨日は鮭の粕汁をつくった。
鮭は骨を骨抜きで丁寧に抜いて、生の鮭なら塩をふって冷蔵庫に十分以上おいておく。そして浮き出てきた水分をキッチンペーパーでよくふきとる。これはどんな魚料理でも、下ごしらえとしてやっておくと生臭みが抑えられる。

魚が嫌いなヒトに出す場合の私の工夫として、今回、皮(と血合い)をとり除いた。いうまでもなく、皮をつけておく場合は丁寧に鱗をとっておく。

さらに今回は霜降りにした。ブリのアラ炊きをするときなどにもやるように、熱湯をかけて霜降りにすると生臭みがやわらぐ。すぐに氷水にとってさっと洗う(皮がついている場合は、取り残しの鱗がないか、確認してきれいに洗う)。そしてペーパータオルでよくふく。

野菜類(昨日はにんじん、大根、油揚げ)に完全に火が通った後、鮭を入れる。鮭は煮すぎない。そしてネギを入れて味噌と酒粕を入れる。酒粕は板状の場合、ぬるま湯に三十分以上つけてふやかし、泡だて器でといておく。それでも必ずつぶつぶになっているから、味噌漉しでゴムベラなどを使い(泡だて器などだと金気が出る)、こしながらいれる。
香りが飛ぶので味噌と酒粕を入れたら煮立てない。
好みで七味とうがらしを加えて食べるとおいしい。
うちの人も残さず食べておりました。しかし「なんでこんな献立(鮭の粕汁、チキンかつ(←お肉屋さんで買ってきたのを切っただけ)+付け合せの千切りキャベツ、切干大根の煮たの(にんじんと油揚げと干ししいたけを入れた。考えてみたら粕汁とほとんど具材が同じwww)、三種のきのこの洋風たきこみご飯(事前につくっておいたきのことハムのソテーをリサイクルw。薄いコンソメ味の炊き込みご飯にし、炊き上がったらバターを落とす)、柿)なのにつくるのに時間かかるの?」といわれましたが…。

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10月25日(月)

起床時刻:09時30分

ナンダカ風邪ヲ ヒイタヤウ
ドウヤラ熱モ アルヤウダ
体温計デ 測ツテミレバ
見事ナバカリノ 平熱デ
「大嘘ツキメ」ト 謗ラレル

イヤイヤ違フヨ、ワタクシハ
今ドキ流リノ 低体温
平熱ナンゾ 三十五度
六度七分モ アルノナラ
モハヤ立派ナ 発熱ダ

「ソンダケ理屈ガタツノナラ
タイシタコトハ アルマイゾ
無駄口タタク ヒマアラバ
ゲームノヒトツモ デキルダロ」
アア、ヤツカイナ 低体温
免疫力モ 信用モ
落チハツルコソ アハレナレ

タイトルは「悲シキ低体温」です。
ゲームを強要されない低体温の方の場合は、「ゲームノヒトツモ デキルダロ」のところを「メシの一つも炊けるだろ」にかえてください。

わたくし、あんまり熱が出ないんですよ。
38度以上の熱って生涯で3回あるかないか。
これは絶対、熱が出たと思って体温をはかってもせいぜい「微熱」程度。だから心配されない。学校休めない。会社も休めない。くぅ。

だいたいにおいて全部「低」がつく体質みたい。
低血圧、低血糖、低中性脂肪、低コレステロール(悪玉)、低体温。
冬眠してんじゃないかって感じだけど、違いますからっ。

それにしても、毎日、深夜というか早朝というかまで、ゲームゲームで、疲れるわい。一人でやってくれといっても聞く耳もたんからな。

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10月24日

起床時刻:12時30分

びっくりした。
pyaaaで検索してみたら、一番トップに「宗教劇団ピャー!!」っていうのが、ヒットしたんですよ。
わたくし、関係ないですからね。

多摩美の学生さんが旗揚げした劇団らしい。

「次回のおはなし」のページをクリックしたら(見んなし)、
「片目潰れて両腕もげても、
生きているからハイ、ピース!!」
だって。

両腕もげたらピースできんだろう。

両腕がもげるといえば、鶴彬(つるあきら/1909-1938)の川柳、
「手と足をもいだ丸太にして返し」
をおもいだします。

これは中国大陸で戦局が拡大していき、思想の取り締まりもいっそう厳しくなった頃によまれた句です。
徴兵された人たちが前線におくられて、手と足を爆弾でふっとばされた死体となり、日本におくり返されるというのがこの川柳の大意ですね。

わたくしが鶴彬の名を知ったのは『道頓堀の雨に別れて以来なり―川柳作家・岸本水府とその時代』(田辺聖子/中央公論社)によってです。

この本は大阪『番傘』の大立者となった水府の人生をたどりながら、明治から大正、昭和、戦後の川柳の歴史が綴られている力作です。川柳の歴史だけではなく、川柳を解釈するにはかかせない、時代をゆるがした大事件や、流行・習俗、文芸界の趨勢、といったものまで事細かに描写され、風俗史としても、とても面白く読める本です。

お聖さんの本から引用すると、昭和12年12月、「万歳とあげていつた手を大陸へおいてきた」と「手と足をもいだ丸太にして返し」の句が治安維持法に触れるというので鶴は特高警察に検挙されます。劣悪な食事と苛酷な取調べで健康を害し、翌年には収監のまま病院へ移送され、ベッドに手錠をくくりつけられたまま、絶命したそうです。

鶴彬は劣悪な状況で働かざるを得ない女工や朝鮮人労働者に深い同情をよせ、社会悪への痛憤を発しています。

「ふるさとは病ひと一しよに帰るとこ」
「修身にない孝行で淫売婦」

『半島の生まれ』(昭和11年)では
「半島の生まれでつぶし値の生き埋めとなる」
「母国掠め盗つた国の歴史を復習する大声」
などなど。

正直、川柳としては好きではないのですが、その勇気は尊敬します。

「戦争はいけない」「戦争は悲惨だ」と言論の自由が保障されたところで言うことは簡単ですけれど、そうではないところで言うのは、私のごときチキンな一般大衆には無理なこと。
だからこそ、言論の自由が何よりも大切だし、大義名分のもとで言論の自由を脅かすものは(思想統制は必ず大義名分をくっつけてきます)、政治体制であれ、思想であれ、宗教であれ、風潮であれ、全部大嫌いです。

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10月23日

起床時刻:12時33分

昨日は10時半からゲームをはじめて今朝の6時までさせられた。
「した」んじゃないんです、「させられた」んです。

時給ゼロ円どころか手出しで働け、成果は全部俺のもん、みたいな条件でこき使われているんです。

しかも普通の労働は就業時間がきまっているけれど、うちは奴隷制なので、労働から解放されるのは「橋ができるまで」とかそんな基準なんです。
つまり、ほしいアイテムが出るまでやるっていうのがうちのヒトの方針。

ほしいアイテムのうち2個は出たんだけど、3個目がなかなかでない。

「イヤイヤやっているから、AFが出ない。倒すときに『箱、出ろ~!』ってちゃんと言え!そうしたら出る」だって。

さすが敷島大和の国は言霊のさきはふ国ですね、21世紀のアラサー男の脳髄にもしっかりと伝統が根付いていますよ。でも、リアルラックのなさが言霊信仰をうわまわっちゃったようで、結局出ませんでした、ちゃんちゃん♪
ていうか、今日ひょっとして続きやるのかな?
ヒーーーー><。

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10月22日(金)

起床時刻:12時30分

風邪をひいているせいか、頭が痛い、目が痛い、ノドが痛い、腰が痛い、あちこち痛い。

昨日は具合が悪くて早々に横になったのだけれど、うちのヒトが「ゲーム、手伝ってよう~、手伝ってよう~、ねぇねぇ、手伝ってよう~~~ねぇねぇ、ちょっとでいいんだよぅ~」とベッドのそばでエンエン言うので、仕方なくおきて、ちょっとどころか、2時半過ぎまで手伝ったわけですよ。

こやつは、子供の頃、おもちゃ売り場でひっくりかえって、足をジタバタさせながら「ねぇねぇ、あれ買ってよぅ、買ってよぅ、あれが欲しいんだよぅ、ウェーン」と泣き喚いていたタイプであろう。
そしていつも両親が根負けして買ってやっていたんだろう。

そうやって小さい頃から、「壊れたレコード」といわれるアサーティブネスの古典的技法を身につけた夫に私がたちうちできるわけないのである。

それはともかく、夫は私のことをママと思っているのではないかと思うことがある。

なにしろ、「ママー、ゲームしよー」「ママー、ご飯ー」「ママー、バンソウコ、どこー?」「ママー、コーヒー飲みたいー」「ママー、新しく買った装備みてみてー」「ママー、僕のこの武器、超レアなんだよ!ね、僕ってすごい?ね、すごい?」てなかんじなんだもん(ママとはよばないだけで)。

これはまだかわいらしい面だが、子供が母親に対して横暴になるのと同様、私に対しても彼が横暴になることはしばしばある。

この前、ソテーした生鮭ときのこに、チーズとマヨネーズをあわせたソースをかけてオーブンで焼くという料理(キューピー三分クッキングの小川聖子先生レシピ)をつくったら、魚を食べないダンナが珍しく食べてみたいという。
鮭ときのこのマヨネーズ焼きのレシピはこちら
http://www.ntv.co.jp/3min/recipe/20101006.html
でも私用につくっているので(だんなには肉料理を別に用意)、骨を骨抜きで抜いていない。気をつけて食べてね、と出したら、「骨が入っていた!骨が入っていた!もう食べない!こんなのいらない!!」と大騒ぎ。
そもそも、上司の家で魚を出されたとして、それに骨が入っていた場合、こんなに言うか?言わないだろう。付き合い始めて間もない彼女から出されたとして、こんな言うか?言わないだろう。ママだから言いたい放題なのだ。

黄桜だったかな、お酒の宣伝で、「わがやには おおきな駄々っ子 もう一人」なる五七五を聞いたけれど、私はそれに「中年太りで かわいくもなし」という七七をつけたい気分ですよ、まったく。

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10月21日(木)

起床時刻:08時40分

いびきをかいているせいで、ノドが痛くなっていると思っていたら、どうやら風邪をひいているみたい。

昔の流行歌で
「季~節の変わり目を~、あなたのこころで知るなんて~」
というのがあったが、季節の変わり目をからだの不調で知るようになってしまった。そのうち、膝の痛みで知るようになるかもしれない。こんな歌詞じゃあはやらないね。

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10月20日(水)

起床時刻:08時30分

『日本の名詩、英語でおどる』(アーサー・ビナード著、みすず書房)にあった著者の引用を孫引き。

「詩人の小野十三郎(とうさぶろう)はこう書いている―『高村光太郎の代表詩集といってよい『道程』は、戦後、版をかさねて、いまはでれでもかんたんに入手できるが、わたしなどが東京にあって詩を書きはじめた昭和のはじめごろは、大正三年に抒情詩社から出版されて、その後、絶版になっていた初版『道程』は仲間のだれかが一冊持っているというくらいで稀覯本に属していた。ために、わたしは、『道程』というこの有名な詩集の題名を、うかつにも長いあいだ『童貞』とかんちがいしていた」
だって。ははは。

でもいわれてみれば、この詩、初夜に臨む童貞の心意気の詩だといわれれば、まったくもって「そのとおり」ってかんじだよね。

「ああ、自然よ
父よ
僕を一人立ちさせた広大な父よ
僕から目を離さないで守る事をせよ
常に父の気魄を僕に充たせよ」

とか、うんうん、ふるいたっているというかんじだ。
がんばれってかんじだ。

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10月19日(火)

起床時刻:08時29分

朝起きたらのどが痛い。昨日もだったけど。
大口あけて、いびきをかいているんじゃないか。
百年の恋も覚めるとはこのことである。

変な夢ばかり見るのもいびきをかいて寝ているせいじゃないのか。

また変な夢を見た。

男の子達が清掃活動をしている。
小さな穴ぼこが道路にあちこちにあいていて、そこにタバコの吸殻がたまっているんだけれど、それを取り除くという清掃活動だ。一人一人担当の穴ぼこが決まっていて、無心に穴ぼこから吸殻を拾い上げている。

ちょうど通りすがりの大人が、ある男の子のそばでタバコをぽい捨てしたところ、そのタバコがころころと流れて、ちがう男の子の担当の穴ぼこに入ってしまった。

男の子は追いかけていって、自分の担当じゃない穴ぼこから吸殻をゴミをはさむトングみたいので拾い上げて、回収した。
そしたらみんなに非難された。
「それオマエの担当の穴じゃないだろ!」
「そんなに吸殻がほしいのかよ!」
みたいに。

で、清掃時間が終わり、他の男の子達は遊びに出かけるのだが、その横取りした男の子だけは、むきになって、ずっと一人で清掃活動を続けている。
別に清掃活動が好きなわけじゃないんだけれど、むきになっちゃったんだな。自分ではもうどうでもよくなっているのに、ひっこみつかなくなって、黙々とずーっと吸殻をさがしているの。

そういうむきになってしまったヒトの話が夢に色々でてきた。

この前、遅刻する夢をみたら遅刻したんだけど(まぁいつも遅刻する夢をみて、遅刻をしているから驚くに値しないが)、今度はむきになることがあるのかもしれない。いやだなあ。

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10月18日(月)

起床時刻:11時41分

昨日は駅まで行って、財布を忘れたことに気付いた。
財布がなければ電車に乗れない。
仕方ないのでまた家まで戻って財布をとってきたのだった。

まさにサザエさん状態である。
サザエさんのオープニングの歌詞にでてくるシチュエーションである。

念のため、歌詞を復習しておくと

買物しようと町まで 出かけたが
財布を~忘れて~ 愉快~なサザ~エさん
みんなが笑ってる~ 子犬も笑ってる~
ル~ルルルル、ル~ 今日もいい天気~♪

と、こんな風である。

サザエさんは財布を忘れても楽しそうだが、私はまじで落ち込んだ。
やっぱADHDなんじゃなかろうか、と落ち込んだ。
でも昔、心療内科で検査をしたらADHDじゃなかったんだよね。
ただの注意力散漫なヒトだったんだよね。
サザエさんも検査してもらったほうがいいんじゃなかろうか。
サザエさんてば、しょっちゅう「いっけな~い」(てへ!)って言っていた気がするぞ。

サザエさんは本当にうらやましい。
あんなに無反省に生きられれば、「ル~ルルルル、ル~ 今日もいい天気~」てな気分になれるだろう。

これは間違いなく、「自分の優しい両親(特にフネ)と同居+ちっとも怒らない優しい夫(マスオさん)+専業主婦という気楽な立場」だから可能なことだろう。

もしこれが口うるさい義理の両親と同居だったら、「うちの嫁はそそっかしくて。何も任せられないんですよ。どういうしつけをされてきたのやら」とか周りに吹聴されたであろう。
「あんな嫁だからうちの息子は苦労してるんですよ」
「ほんとうにねぇ、よくがんばってらっしゃるわよねぇ、息子さん」
「お優しいのよ、普通だったらとっくにあんな奥さん追い出してるわよ」
とかなんとか、言われてたであろう。

ああ、おそろしや。
想像するだけでもこわくなる。

一方でサザエさんが結婚もせず、正社員か何かで会社勤めをしていたら、これまた悲惨なことになる。
重要なクライアントへの重要なプレゼンの日に財布を忘れて電車に乗れず、会議に遅刻してしまったとしたら、「愉快~なサザーエさん♪」なんて誰もいってくれない。

「上司も怒ってる~、顧客も怒ってる~
ル~ルルルル、ル~ 今日もやらかした~♪」
てな具合である。

そういうことを何回かやらかすうちに、サザエさん会社に行きたくなくなって、鬱と称して家でごろごろすることになるのである。

ああ、おそろしや。
想像するだけでもこわくなる。

「自分の優しい両親と同居+ちっとも怒らない優しい夫+専業主婦という気楽な立場」って本当に最強だな。
でも、税理士や弁護士は勉強したらなれるけど、こればっかしはどうやったらなれるのか、さっぱりわからんね。

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10月17日

起床時刻:09時25分

目の奥が痛い。
ここのところずっと痛い。
原因はわかっている。
目の使いすぎである。

最近知り合いのところでバイトというかパートをはじめたのだが、頭は使わないけれど目を使う仕事なんである。
そして家に帰ってきて家事をすませると、今度はゲームをするはめになるのである。
それも二時、三時までするはめになるのである。
そうすると睡眠不足と目の使いすぎのダブルパンチで余計目の奥がずきずき痛くなるのである。

じゃあ、ゲームをやらなければいいじゃないかといわれそうだけれど、うちのヒトはゲームきちがいだからきちがいのひとにふつうのひとの論理は通用しないのである。と書いたけど、きちがいって言葉はつかっちゃいけないんだっけね。

まぁそれはともかく、きちがいは自分をきちがいと思っていなくて、こっちをきちがいだと思っている。むこうのジョーシキでは、睡眠よりもゲームが大事、NMをたおすことが大事なのである。

その証拠にうちのヒトは、普段会社に遅刻して昼すぎにいくのだけれど、NMのポップをチェックするときはちゃんと午前中に起きる。昔某コンテンツを定期的にやっていたときは日曜の9時くらいにインしていた。

どう考えてもゲーム>仕事なのである。
もっとも、価値観はひとそれぞれなので、私はそれでもいいじゃないかと思う。
問題は私をそれに巻き込むことである。

「よくもまぁそんなにゲームでやることがあるね」とも思うだろうけれど、なにしろうちのヒトはメ○ジャン武器を13個もつくっているのである。
といっても、F○11をしていないヒトには何のことやらわからないと思うけど、敵を一人でたおすよりも二人でたおすほうが効率がいいし、レベルシンクできるときはシンクしたほうが効率がいいので、私がかり出されるのである。

またレベルキャップ解放で二人でたおせるNMが増えたというのもある。アビセアエリアの名声上げというおしごともできた。
そんなわけでうちのヒトはやることがいっぱいあるわけなのである。
ということはとりもなおさず、わたしもやることがいっぱいあるということなのである。あ~つかれる、、、、、。

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10月16日

起床時刻:11時45分

金曜日は、お友達とお茶をして愉快におしゃべりをした。
このお友達は私と似たり寄ったりの、まぁ、ダメ人間である。
とお友達に対してこんなことを言うのは気が引けるが、この子は何しろ仕事がない、夫もない、子供もない、彼氏もない、特技もない、資産もない、資格もない、あるのは齧れる親の脛くらいというのでは、明らかに私の側に属するニンゲンである。

まぁでも、言いかえれば、ワレワレは欲だってたいしてないのである。日ゼニがそこそこ稼げて、自分の時間があれば、それでいい、というつましい希望しかないのである。

私の子持ち主婦のお友達のように「妻として母として女として、いつまでもイキイキ輝いていたい」とかいう欲望じゃなかった向上心はあまりない(あるのかもしれないが、感じられない)。

そんなわけで、「まぁでもワレワレは欲もなければ、執着すべきものもほとんどないから、解脱に近いのかもしれんよ」と彼女に言ったら、「それはよくある誤解である」とのことだった。

友達いわく、ヒンズー教の教えによれば、最初から何もないヒト(私やお友達)が執着を全て捨て出家したとしても、何の効果もないらしい。全てを持っている人が全てを捨てるから価値がある。だから、ヒンズー教ではまず、全てを持とうと努力することからはじめよ、といっているそうなんである。

びっくりである。

つまり、この考え方によれば、家柄もよく、社会的地位も名声も資産も暖かい家庭もあるヒト、つまり全てをもっているヒト、たとえば麻生元総理なんかは解脱ポイントが1万ポイントくらいたまっているから、もし彼が全てを捨てたら即カルマから解脱できる。

一方で、友達の場合、捨てるとしても親だけだから解脱ポイントは1ポイント、私の場合、両親と夫で3ポイントくらいしかたまらないということであろう。

だからまず、解脱ポイントを稼ぐことからはじめないといけないわけだ。
しかもその解脱ポイントというのは現世の、詮索好きの親戚のオバチャンみたいな価値観に連動しているわけだから、びっくりである。
つまり、社会階層が下にいけばいくほど、解脱ポイントがマイナスになるのである。

さらに思うに、女というのもそれだけで解脱ポイントが千点くらいマイナスされるのではないか。
坊さんと尼さんの守る規則をお釈迦さまだか誰だかつくったときも、尼さんの規則のほうが多いのは、女は男の二倍くらいがんばらないと、解脱ポイントがたまらないからじゃないのか。

それにしても、わたしは宗教というのは現世とちがう価値観を呈示する(例えば現世的には社会的階層が下でも、信仰心次第ではあの世の階層は上にあがれる)からこそ、意味があるのかと思っていたけれど、まるっきり現世と一緒じゃ救われないじゃないかと思うんだけど、どうなんでしょうかね。

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10月15日(金)

起床時刻:10時21分

言葉というのは無力だと思う。
言葉で説得などできないと思う。
言葉でわかりあうことなどできないと思う。

例えば、知床峠から晴れた日には見える国後島。
多くの日本人は北方領土は日本のものだと主張するけど、ロシア人をいまだに説得できない。

とまぁ、いきなり大きな例えを出したけれど、卑近な例はいくらでもある。
例えば割と大切な本かCDを人に貸したとする。そして、その人はいいかげんな人でなかなか返してくれないとする。

あなたは毎日返してくれという。
向こうも悪気があるわけではなくて、それを持ってくるのをADHDかなんかで忘れるとする。

しまいにこっちは怒り出す。
なんで毎日持ってくるのを忘れんだ、いいかげんに聞き流しているからだろう、と。

向こうは向こうで、細かいことをごちゃごちゃ言うやっちゃな、うっとうしい、と腹をたてる。あるいは好きで忘れてるんじゃない、病気なんだと怒り出す。

私たちが腹をたてるのは、自分自身と同じように相手が思考をしないからだ。

言葉で「このように考えてくれ」といわれ「ハイ、そうですか」と考えられる人などほとんどいない。

「このように考えてくれ」といわれれば「わたしはこう考えます」と答えるのが通常だ。

つまり、どこまでいってもわかりあえない。

そうなると人は腹を立てて、「言葉で言ってもわからないから」という理由づけで暴力に訴える。手を出すわけだ。

暴力は口よりもずっと有効だけれど、それだってわかりあえるわけではない。
わかったふりをさせて服従させることができるだけで、より溝は深くなるだけだ。

だから国どうしも人間どうしもわかりあえないのが当然だと考えたほうがいいんだと思う。

言葉でアレコレ言うのは単なるデモンストレーション、儀式だ。
わかりあえない中でも比較的自分に考え方の近い人、共感してくれそうな人へのメッセージだと考えたほうがいい。
言葉は考えを翻させるのには無力だが、考えを増強させるのには雄弁だ。そういうのには言葉は役立つ。

最初から、大きく自分と隔たった考え方をする人は敬して遠けるのが一番よかろう。
でも不幸にして家族や上司などどうしても遠ざけられない場合もある(それでも、できる限り遠ざけるのが得策だと思うが)。

そういう場合は、なるべく一人の時間をつくって、精神安定をはかるしかない。
なんなら、全てを捨ててホームレスという手もあるかもしれない。
かのお釈迦様もある意味、そうしたわけだ。
生まれたばかりの子供と妻を捨て、両親の期待を裏切って、家出しちゃったんだからな。

「あらゆる生きものに対して暴力を加えることなく、
あらゆる生きもののいずれをも悩ますことなく、
また子を欲することなかれ、いわんや朋友をや。
犀の角のようにただ独り歩め。」
とブッダはのたまっている。

ブッダは「子供(家族もであろう)も友達も欲しがるな」とおっしゃっているわけだが、私自身は両親がいつまでも健在でいてほしいし、友達も一人か二人は欲しいところだ。

というふうに、ブッダの有難いお言葉にさえ、難癖をつけたりするのだから、ただのそこいらの人が、わかりあおうとするのは無謀というものじゃなかろうか。

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10月14日(木)

起床時刻:08時15分

10月13日(水)

起床時刻:08時00分

I hear that the yen is at a 15 year high. But the Japanese economy is not very strong, so why it the yen so high?
And everyone is complaining that China is keeping their yuan artificially low. Do you know how they are doing this?
と聞かれた。
この英作文は私ではない。

教えてgooにきけよ、と思ったけれど、海外だと何にきけばいいのだろうか?

それにしても私がそんなことわかるわけがない。

自慢ではないが新聞はここ10年とっていない。
ニュースもまず見ない。
テレビはバラエティ番組くらいしか見ない。
基本的にゲームしかしていない。

もしちゃんとニュースを見たり聞いたり読んだりしていたら、円高の理由とか元の為替政策とか答えられるんだろうか?

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10月12日(火)

起床時刻:08時00分

10月11日(月)

起床時刻:12時45分

10月10日

起床時刻:13時45分

10月09日

起床時刻:09時40分

枝元なほみの「幸せの人生レシピ2」を目当てにBIG ISSUEの152号を買った。読者の人生相談にホームレスの人たちが答えて、エダモンが悩みに効きそうな料理とレシピを教えてくれるという企画。

ホームレスの人たちによる回答が、実にまともで常識的で、学校の先生や会社の偉い人がこれらの回答をしたと言っても、誰も疑問に思わないだろう。

往々にして、成功した人や幸運な人は、したり顔で自分の生き方がいかに素晴らしいかを語ったり、人に説教したりするけど、「あ、それ、ホームレスの人も同じこと言ってました」ってハナシであり、そのハナシが聞いてもらえるかもらえないかは、その人の肩書きにかかっているのであろう。

そして、肩書きがあるのもないのも、ホームがあるのもないのも、たまたまな要素が大きいのかもしれない。

ま、これは前書きで、本題はここからなんだけど。
この中に「ギャンブル依存症の夫に振り回されています」という「悩みに効くレシピ」を紹介する文章で、エダモンてば「人って何かしらの依存症があって当然なのかも?って思いながら、私はタバコをやめずにいます」なんて大胆告白をしているよ。

おいおい、エダモンは喫煙者なの?こんなこと、料理研究家で言っちゃっていいの?

私自身はタバコを吸わないけれど、こんなことを書いちゃうエダモンってすごいな!
って、やっぱり尊敬ポイントがずれているような気がする、私。

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10月08日(金)

起床時刻:07時40分

10月07日(木)

起床時刻:07時50分

10月06日(水)

起床時刻:10時30分

二日連続で似たような夢を見たけど、
起きたときには、内容をほとんど忘れてしまっていた。

肉親や知り合いが夢に出てくることはほとんどない。
そういうもの?

よく見る夢は遅刻して焦りまくる夢。
で、走ったり、タクシーに乗ったりするんだけど、今度は道に迷う。

この前の夢では旅行の待ち合わせ時間に遅れてしまい、
タクシーにとびのったところ、運転手がタカトシのトシだった。
携帯で遅刻の連絡しようにも、変なトップページになっていて、
携帯の使い方がわからない。

どうしよう!どうしよう!!どうしよう!!!
と、パニック状態になったところで目が覚めた。

あと、なぜか殺されそうになっていて、逃げる夢もよく見る。

たぶん、焦っていたり現実逃避したがったりしている自分がいる、
とかって解釈されそうだけど、やっぱ私って単純だなぁ。

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10月05日(火)

起床時刻:12時00分

いらなくなったお洋服などを、くれる親戚がいる。
まだ新しいし、仕立てだっていいし。
高かったから捨てるのはもったいない。
だから是非、どうぞ。
というわけだ。

本人的には、モノを無駄にせずに済んだ上に、
他人への施しといういいこともした上に、
家まですっきりした!
一石三鳥!!
という満足感でいっぱいだろうけど、

それを処分するこっちの気持ちにもなってほしい。

趣味でもない服を押し付けられた上に、
お礼状まで書くはめになって、
その上、それを処分する罪悪感まで背負うことになる。

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10月04日(月)

起床時刻:09時20分

おともだちのために買ってきた
北海道のお土産を
全部自分で食べてしまった。

こういうことってよくある?

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10月03日

起床時刻:09時30分

窓をあけたら
銀木犀の香りがした。
なんか
もうかったかんじがした。

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10月02日

起床時刻:09時15分

風邪をひいて一日中寝ていた。
かぼちゃの蒸しパンをつくった。
牛乳のかわりに豆乳でつくった。
見た目のきれいさを考えると皮を取り除いたほうがいいけど、
かぼちゃの栄養は皮とわたに多くふくまれるんだって。
だから皮を半分取り除いて、半分入れてみた。
これは妥協だ。
妥協は得意分野なのだ。

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10月01日(金)

起床時刻:08時45分

もしもわたしが、『女性の品格』という本を書くとしたら
第一章は、「無駄毛処理について」であろう。

美しき言葉遣いも
品の良い服装も
お茶やお花の免状も
一本伸びた鼻毛で
うっすらとした口ひげで
つながった眉毛で
全てが台無しになってしまう。

ああ、おそろしき破壊神、鼻毛よ!
私はその絶対的力の前にひれ伏すしかない。

鼻毛はまた
鼻毛を見る者の心をも麻痺させ、縛り付ける。
その者の心はただ、鼻毛のことに占有されてしまう。
相手に鼻毛が出ていることを
「指摘するべきか、せざるべきか」
というハムレット状態に陥らせてしまうのだ。

これほど強く心を支配できるのは、
ただひとり鼻毛のみ。
長い睫も
まっすぐな鼻筋も
可憐な口元も
笑ったときにニョキと出てくる鼻毛の
ディープ・インパクトに比べれば
もはや無にも等しい。

いかなる美男美女とても
鼻毛を乗り越えることはできない。

たった一本の、しかも無駄な毛の持つダーク・パワー。
もはや神秘とすら呼べるかもしれない。

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