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起床時刻推移グラフ

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12月27日(月)

起床時刻:10時05分

パート先の本棚に『さあ、自分の才能に目覚めよう』なる本があって、ちらっとめくってみたら、人間には強みと弱みがあり、それは幼い頃から大体きまっており、弱みを克服しようとするより、強みを伸ばしたほうが会社にとっても個人に取っても有益である、ついては、ストレングス・ファインダーであなたの強みを発見しませんか?WEBサイトにアクセスし、巻末のIDコードを入力すればできますよ!
という実に商売っ気に満ち溢れた本だった。

なぜって昔の本だったら、WEBで聞いてる質問と採点の内容を本に掲載するかCD-ROMを付録につけ、誰でも(つまり古本を買った人や図書館で借りた人も)、自分の強みを発見できるようにしていたはずなのだ!それがいまや新刊を買った人にしか「強み判定テスト」ができなくなっているのだ(IDコードは一回しか使えない)!!
ドケチ!!
金儲け主義!!
金の亡者!!
さすが、勝間が推薦しているだけあるわい!

まぁでも常識的に考えて、34種に分類してある強みのどれが自分にあてはまるかわかるってもんである。ていうか絶対にあてはまらないものはわかるってもんである。

34の強みは、例えば以下のようなものである。
「共感性」
「自我」
「成長促進」
「信念」
「運命思考」
「自己確信」
「指令性」
「戦略性」
「達成欲」
「コミュニケーション」
「着想」
「学習欲」
とかね。
でもさ、これで仮に私の強みが「学習欲」だったとしよう。

「学習欲」が強みの人は「短期プロジェクトへの取組みを依頼されて、短期間で沢山の新しいことを学ぶことが求められ、そしてすぐにまた次の新しいプロジェクトへに取組んでいく必要のあるような、活気に溢れた職場環境の中で力を発揮」するらしいが、そんな職場って何?そんな職場ってどこ?

ていうか、仮にそんな職場があったとしても、わたし、雇われないだろ!!!

いろんな仕事を選べる立場にある人以外にとっては、ストレングス・ファインダーなんてただの自慰行為でしかないんじゃないか?そんなのを発見して何になる?

といいつつ、この本を読んでいるパートのおばさん(=私)も痛い。
占いにすがるおばさん、それが私の本質。「あなたは本当はこんなもんじゃないんですよ」といってほしいんだ。慰めてほしいんだ。ああ、自分が痛々しい。

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12月26日

起床時刻:13時00分

大掃除―寝室の窓ガラス、ベランダ、ベッド下、玄関など。

ところで「文は人なり」というけれど、文章を読んでいるとその人の人柄だけではなく、ホンネというか、「本人すら気付いていないかもしれないけれど、読んでいる人全員にはなんとなく伝わる何か」ってあるんだよね。

なんの話かというと、中野翠さんのことなんだけどね。
私、以前この人の『アメーバのように。私の本棚』を読んだときに「この人ってすごく謙虚な方だ。勝間と違って、自分はバカですってことがわかっているから、腰が低いんだ」って褒めた(ようなけなしたような)ことがあったけど、この人謙虚なんじゃなくて、単に自分に自信がないんだろう。

確かに彼女には何の専門性もない。何の強みもない。
映画好きっていったって、これもそこらの映画ファンレベルだし、読書量もよくいるレベルだし、懐古趣味というか江戸趣味というかも(落語や歌舞伎好き)よくいるレベルだし。硬派なことを語ろうにも経済的知識も政治的知識もなーんも身についていないし。

だから何かを語るとき、「私は小説読みではないが~(小説について語る)」「私は政治には詳しくないが~(政治について語る)」「私は経済については素人だが~(経済について語る)」みたいなエクスキューズが冒頭にだいたいくるんだよな。
しかもコラムは最後には「なあんて」までつける徹底ぶり。

だから文章を読むと「私、専門家じゃないし、冗談でいってるんで、本気でうけとめないでください、素人感覚のちょっと鋭い意見ってやつなんです、反論しないでくださいね(はぁと」というココロの叫びが気になってしょうがない。

さらにいうと、「頭のいい」男性に「バカと思われないこと」を至上命題にしている感じがして、それが痛々しい。
中島なんとかっていう哲学者の本に書いた中野さんの解説がもう、言い訳なんだよ。なんかよくしらんけど、中島さんに頭いいとおもわれていたかったのに、中野さんが書いた解説に中島さんが「失望した」らしくって、それがすごくショックだったようで、なんか言い訳みたいのを書いているんだが(私の中の意訳)、もう、どうでもええわ、あんたの事情とかって思ってしまった。

この人、橋本治とか中島なんとかとか福田和也とかよくわかんねーけど、女(ただし戦前の大和なでしこを除く)が嫌いそうな頭の良さそうな男に気に入られようとして、なんかもう、必死な感じが「ああ、自分に自信がないから、頭のいい男の中で『女だけど話せるよね』ポジションを得ることがアイデンティティ確立のために必要なんだな」としみじみしちゃうのよね。私も自分に自信がゼロだから、人に認められたい願望が強いのでよくわかる。でも彼女も私もからっぽなんだね、むなしいね。

と思って2chの中野スレをみたら、中野翠は「クイーンビー」「名誉男性志向」ってたたかれてた。

たぶん、元中野読者だったんだろう、よく読みこんでいてときにはソース(引用元)をあげつつ、中野の性格を分析していて、良スレだった。

「中野自身は、知的な漫才師やってるくらいに思ってるのかもな。
しかし、残念ながら、文章そのもので笑わせる芸はない人に見える」
そうなんだよな。
結局、こびまくっているし、林マリコみたいな客観性(ある種の)がないから、この人って笑いがないんだよなぁ。

あと中野さんが昔に書いた携帯に関する文章とか、もう大笑いするくらいまとはずれで、これ、取り消したいだろうなあ。恥ずかしすぎる。
本当、文章を書くのって怖いねぇ。

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12月25日

起床時刻:09時05分

「忠臣蔵」をテレ朝でやってるけど、最初だけちらっと見てやめた。
なんかさー、浅野内匠頭が吉良上野介のいびりに切れて抜刀するのみても、全然同情できない。嫁姑の争いとたいしてかわんねーじゃん?
これが男で武士だからみんな涙流すんだけどさ、舞台が松の廊下じゃなくて「幸楽」で、吉良上野介が赤木春恵演じるキミで、浅野内匠頭が泉ピン子演じる五月で、五月がキミのいびりに切れて、「うおぉ」と出刃包丁できりかかったら、そりゃ日本国民全員がひくでしょう。

五月の場合は切りかかっても自分が刑務所に入って終わりだけど、浅野さんの場合、藩がおとりつぶしになっちゃうんだから、藩のヒト全員路頭に迷うわけで、迷惑の掛け方もはんぱない。町内中が迷惑するようなもんだ。だから、浅野さんもつらかったろうけど、でも五月だって我慢してるんだから、我慢しなくちゃいけないと思うんだ。

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12月24日(金)

起床時刻:09時00分

風邪気味なのでHちゃんとのランチはキャンセル。
ノドの痛みは少しよくなったけど、お酒が美味しく感じられない(飲むなって?)。
変な、工業用のアルコールを飲んでいるような匂いが鼻について、一昨日もウィスキーの水割りを捨ててしまったし、今日もお酒を一杯しか飲めなかった。杉本彩レシピ「イタリアンすきやき」をつくったんだけど、みりんをドボドボ入れる(砂糖はいれない。みりんと玉ねぎの甘さのみ)せいか、こちらもお酒を飲んだときと同じような不快な匂いが鼻につき、あまり食べられなかった。

これでとうとう断酒か。まぁそのほうが金がかからんし、いいんだけどね。まずくなって嫌いになるのが一番いいんだから。

昨日は図書館にて家計簿を集計。もし一人暮らししたら、こんなんじゃダメだ。何も買えない。まず本は買えない。
図書館にて借りた本を読むが、ああ、私は、思春期のまま大人になったのだと人生で何度目かの確認をする。

自信過剰と劣等感の極端すぎる振り子に悩まされる、思春期。そのまま、劣等感だけを助長して今にいたる。実にグロテスク。思春期っていうのは若いから許されるのであって、中ばあさんの思春期はグロテスクでしかない。美意識が許さずとも、成長していないんだから、どうすりゃいいのさ?大人コドモなどと揶揄する表現があるが、いつになったら大人になれるんだろう?私は本当はお酒もタバコも呑んではいけない精神年齢なのにさ。

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12月23日(木)

起床時刻:09時10分

昨日の夜、またゲームをしようというので「絶対にやりたくない!」と反発し、離婚の話に。2時間くらい話したんじゃないかな。
途中で疲れて眠たくなったけど、こういうときも眠くなるのが僕の悪い癖でして@杉下右京。

お互いに自分が被害者だと思っているようである。エビゾーと元暴走族みたいな関係か?!こういうときも茶化していしまうのが僕の悪い癖でして@杉下右京。

今日は換気扇の掃除。ねじを外して奥まで。キッチンの排水溝も。
お風呂も掃除したいところだ。うちのヒトはまだ寝てる。

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12月22日(水)

起床時刻:08時10分

Hちゃんの至言。「ダンナのドアマットになるか、社会のドアマットになるか悩むところだよね」
バイトの用事でジェトロ・ライブラリーへ。溜池山王のアークヒルズ6F。
いいねぇ、こうゆうところで(派遣とかバイトとかではなく)働けたら。Mちゃんのパパが通産官僚から天下ってジェトロに行ったけど、まさにご褒美だよなぁ。

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12月21日(火)

起床時刻:07時45分

昨日はヘアカットに行ったり、歯医者の定期健診に行ったり、お友達とあったり。

それにしてもびっくりしたのは夫婦間の暴力ってけっこうありふれているのね。私は夫が妻を殴る蹴るというのはおかしいと思うんだけど「それがどーした」的反応でびっくりした。

昨日会ったうちの一人は超高級住宅地の豪邸に外車も複数台所有の奥様で傍からみればとても幸せそうでうらやましがられるけれど、夫に殴られることなんてしばしば、ということであった。でも「幸福そうにみえればもう幸福でしょ。それに『~さんの奥さん』という社会的地位は本当に大事なこと」なんだって。もう一人のダンナさんはいわゆるエグゼグティブってやつで奥さんのほうも超美人。スイッチが入ると手が出るらしい。

でも両者とも大きな子供(息子)がいて、ダンナがなぐってきそうになると息子が「やめろよ」って間にはいってとめてくれたの~ということで、とっても幸せそうでした。

まぁそれはともかく、私の両親は仲がいいのでケンカをするところなど人生で一度もみたことないし、まして父親が母親を殴るなんてことは絶対にありえなかったので、もう、びっくり。父は子供にだって手をあげたことは一度もない。

私はそもそも両親に怒られた記憶がほとんどない。まぁ怒られるような反社会的行動をとった記憶もないし(イタズラもしないし、決めれた規則も守るし(過失はあるが故意はない)、ましてや非行とは無縁だし)。

でももし、彼女たちの夫のような人が私の父だったらボコボコにされていただろうな。
私は昔も今も真面目な人間だったけど、非常に発達が遅れていて、いろんな能力が乏しかったので、「なんでこんなこともできないんだ!」「なんでこんなに時間がかかるんだ!」「このバカ!いったい誰に似たんだ!」と毎日親に殴られていたことでしょう。

あー、両親の子供にうまれてよかった。
少しは殴られたほうが私が真人間になったと思う向きもいっぱいいると思うけどw。
私は、犬でも、子供でも、妻でも、どんなレベルにおいても(つまり世の中的には「口でいってもわからないのだから仕方ない」とみなされるレベルのことでも)、しつけと称して手をあげるのは絶対に反対なんです。相当甘やかされて育ったんだなぁ、私。

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12月20日(月)

起床時刻:08時00分

「マリコの部屋へ~電話をかけて~
男とあ~そんでる芝居、続けてきたけれど~
あのこもわりと~忙しいようで~
そうそうつきあわせてもいられない~♪」

中島みゆき「悪女」の出だしです。
この悪女さんは、なんていうんですかね、男の心に秋風が吹いてきた(という表現も古臭いね)のを敏感に察知して、自分も男ができたふりをし、「私のことは、お気遣いなく、安心して、ふってくださいね」のアピールをしているわけなんですね。ある意味、いたれりつくせりの親切悪女さんです。
でも、エアー彼氏だってことが彼にバレたら、相当恥ずかしいような気がしますが。なにより、マリコにとってはいい迷惑ですよね。

そうなんですよ、長い前置きだけど、こういうときって、ついつい友達に頼りたくなるんですよねー。まぁさすがに私は友達相手に小芝居なんぞしませんが、それでも迷惑な話。

一番仲良しの友人は海外にトンズラしているので、他の友達2人にメールしたら、「今日会って話聞くから!!」って2人とも言ってくれた。友達ってありがたいねぇ。上述の歌の悪女さんもマリコに一番感謝しなくちゃいけないよ、うん。

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12月19日

起床時刻:10時00分

良い天気だ。風邪気味だけど。
昨日はとうとう堪忍袋の緒が切れて家を出ましたよ。
あたかも「サボテンの花」(という歌に出てくる女の人)のように、な!彼女は洗濯物をほっぽり出して冬空の下に出て行ったが、私はゲームをほっぽり出して出て行った。

「怒りに燃えるあまり、寒さも忘れた」といいたいところだけど、やっぱ寒いものは寒いんで、ダウンとマフラーをとりにかえったところがヘタレなんすけどねwww。

別れる、別れるといいつつ何のアクションも起こさず、これじゃあ離婚するする詐欺じゃあないかって感じだったけど、とうとう外泊デビューです。野宿じゃないから、別にどってことはないのだが、金的にはどってことあるんだze。

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12月18日

起床時刻:11時00分

(若干ネタバレあり)
それはそうと、野々村君、奥泉光氏の『新・地底旅行』は読んだかい?まだ読んでいないのならば、是非とも読み給え。
弥生新聞に書いた僕の書評は読んでくれただろうネ?

「偉大なる小説はいくつもの意匠を持つものであるが、本書とて例外にあらず。愉快痛快なる冒険譚にして、奇想天外なる空想小説なり。それが一個の稀なる喜劇に仕上がっておる。起伏に富み、読者を楽しませること、若葉茂れる季節に、欧州アルプスにて遊ぶがごとし」
どうだい、名調子だろう?

え?欧州アルプスに行ったことあるのかって?君と八ヶ岳に行ったじゃないか。あぁ、そうだよ、正確にいえば、八ヶ岳に行こうとして反対側の釜なし山に行っちまったんだが、山なんてものは僕にいわせれば大同小異なのサ。だからこそ、信州だか甲州だかの山々に、日本アルプスなんて名称を西洋人がつけたりしたんだ。君も画工ならば、表層にとらわれちゃいかん、常に物事の本質を見なければならんヨ。ダビンチもかようなことを言っておらんかったかネ。

西洋人といえば、英吉利人のミルワード氏は日本のhumourは英米のhumourほど洗練されてはおらぬなどと『日本人とシェイクスピア』なる書に書いておったが、ありゃウソだネ、君。スターンの『トリストラム・シャンディ』の嫡子にして、江戸の戯作文学と落語の血統をば混ぜたのが夏目氏の『猫』だとしたら、『新・地底旅行』はその正統なる三代目だからネ。

諺にもいうだろう、It takes three generations to make a gentlemanとね。野々村君にもわかるように訳すと、紳士をつくるには三代かかるってことだ。ま、僕を見れば、一目瞭然たることだがネ。換言すると、僕にみられるような気品と洗練と優美と教養は、一代じゃあとても身につかぬってわけサ。

なんだい、鳩が豆鉄砲くらった様な顔をして。君はそうでなくても間抜け面なのだから、気をつけたほうがいいぜ。オヤ、ひょっとして、また僕の話についてこれなくなっちまったのかい?
いいかい、僕が言いたいのはだネ、『新・地底小説』は『猫』という稀代のcomic novelの三代目なんだからそのhumourといい、小説の骨子といい、洗練されておらぬわけがないということなのサ。

登場人物がまたふるっていて、冒険譚ときたら勇猛果敢にして義侠心にあふれる好男子が出てきそうなものだが、そんな者は一人もいないのサ。アハハハ。およそ冒険小説などとは無縁の、胆力なんぞは母親の胎内に置き忘れてきたようなヘナチョコと奇人変人ばかりが出てくるんだ。一番肝がすわっているのは下女だっていうんだから、君、可笑しいじゃないか。

途中、あんまり大風呂敷を広げるから、どこに着地するのかヒヤヒヤしたんだが、先生うまいこと風呂敷を包んだようだ。理学的の話はどうせ、野々村君にわからぬだろうから解説はせぬが、まぁ、アレだ、つまりはだ、電気のエナジーの膜ってことサ。え?いやだから、電気のエナジーの膜は電気のエナジーの膜だよ。そんなこともわからんから、君は裏の石屋の小倅にだって馬鹿にされるんだ。

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12月17日(金)

起床時刻:09時11分

昨日は前の職場の友達とゴハン。
彼女は今、某外資系アパレルに勤めているんだけど、彼女の職場の話を聞けば聞くほど、そのブランドのアンチになってる自分がいたよw。

彼女自身、そこの商品は「無駄にたけぇんだよ!」って言っていたけど、無駄にたけぇよ。

それにしても適正価格ってなんだろうね?と私はまた考えてしまったよ。かつて叶恭子の本に「モノの適正価格を知ることがお金のセンスを磨くポイントです」みたいなことが書いてあったんだけど、適正価格ってやっぱりわからん。

適正価格について鈴木敏文氏はこんなことを書いているらしい。
(「らしい」というのは自分で読んでいなくてネットで見かけた文章だからである。しかも「アロマ美容外科クリニック」っていうとこのブログで見かけたんであるw)

「たとえば、大根の仕入れ原価が一本150円だったとします。
ところが、どこの店でも100円で売っているとしたら、たとえ仕入れ原価を割っていても、お客様から見たフェアプライスは100円ということになります。
そのときに、仕入れ原価が150円なのだから、180円で売ってもけっして高くないだろうと考えるのは、売り手側の論理です。
お客様の立場からすれば、この価格は容認してもらえません」(『商売の原点』)

原価150円の大根だから、マージンのっけて180円で売っているのを買うというのが、適正価格を知るということのオーセンティックな意味だったと思うのね。
しかし、ほとんど全ての消費者は大根の価値(原価といってもいい)を知ることができない。モノの価値なんか、大根からワインにいたるまで、靴から香水にいたるまで、歌舞伎からオペラにいたるまで、なんにもわかってねーんですよ!

*原価150円の大根を180円で売っている店で買う。
*原価80円の大根(搾取的な児童労働と農薬の大量散布で原価をおさえたもの)を100円で買う。
*手間隙かけた有機栽培の原価200円の大根を350円で買う(そしてこの大根が実は原価80円の大根だったと後で知る)
*ブランドロゴが入った原価170円の大根を400円で買う。

どれを買うべきかわからんじゃないか。

でも、ブランドロゴの入った大根を買った人というのは、迷いがない。
「やっぱり、いいものを持っていると安心しますね」
「結局、いつもここの大根に戻ってきてしまいます。いいものは飽きがこないので」
「母の代から、大根はここときめています」
「大人の女性として大根の品質にはこだわりたいですね」
などと女性誌でのたまったりするのだ。

読んでいるほうが恥ずかしくなるんだけどねぇ。

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12月16日(木)

起床時刻:08時10分

なんか寒いな、今日。そういや東京都の東京都青少年健全育成条例改正案が通ったということで、きっといろんな人が話題にしているに違いない。

都議会ってヒマだよね。もっと他に話し合うことあるんじゃないかね。都議会議員の報酬は年2千万近いはず(期末手当などを含めた年俸は1800万くらいだが(2005)、政務調査費や費用弁償も含めればもっと多い)。議会の開催日数、時間数で割ってみたら、時給いくらになるんだよ!我々の血税であるぞ(といいつつ、私の血税はほぼゼロな気がするがw。私にだけは言われたくないだろう、このセリフw)。
こんなブログの話題みたいなことをチンタラ話し合っていい時間なんか、一分一秒たりともないはずである!

確かに子供がうっかりエロマンガを見て「ショックを受ける」というのはあるだろう。確かにかわいそうではある。私も小学生の頃にうっかり見て、かなりショックを受けたことがある。
ま、それを言うなら、世間のブサイクな「おとん」と「おかん」がセックスをしているというのも、ショックを受けるもんである。想像すると気持ち悪くて仕方ない。
性教育により衝撃の事実を知ったときには「違うもん、あたしはコウノトリに運ばれてきたんだもん!」って言いたくなったでしょう。ならなかった?ま、私は性に関してはアグネス的理想的無菌状態で育ったから、こんなことになってるのかもしれないが。

いたいけなる子供たちを守るために、変態エロマンガにはタバコみたいに警告をのせておくといいかもしれんね。「この本は、あなたが性犯罪者となる原因の一つとなります」とかね。事実無根だが。

そう、タバコのほうは疫学的統計によって、喫煙が肺がんのリスクを高めているということを警告文に載せることはできるけど、変態エロマンガ・エロゲが日本の性犯罪を高めている統計的証拠はないんだよ。この前も書いたように、少年犯罪自体減っているし。
むしろ宗教的・文化的背景から性的な規制の厳しい国のほうが性犯罪は多いというデータがある。

そういうデータをもってしても、「うちの子を安全な無菌室状態で育てたい!」っていう親のためには、リアルの性犯罪を厳罰化すればいいと思うのね。あと性犯罪者は再犯率が高いという話もきくから、性犯罪者はED治療薬の反対の、性欲減退剤とかつくって、それを飲むように強制すればいいじゃん。人権がどうのこうのといわれそうだが、性犯罪者が性欲から解放される手助けをしてあげているんだから、むしろ親切じゃないかと思う者である。二次元ならなにをしてもいいけれど、三次元はダメ、絶対。

ま、朝っぱら書くような話題でもない気はするな、うん。

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12月15日(水)

起床時刻:10時10分

『希望を捨てる勇気』(池田信夫・ダイヤモンド社)を斜め読みした。斜め読みなので抜けとか誤読とかあるかもしれないが、新聞やAmazonに書評を書こうってんじゃないからまぁいいだろう。

この本は、日本が今、直面している課題は戦後ずっと続いてきた産業構造や雇用慣行の行き詰まりなどの経済システム全体の問題なのであって、小手先のチョイチョイでなおせるようなもんじゃない。つまり俗に「日本型」といわれるような経済モデルは(付言しておくと「終身雇用」なんてものは神話でしかないことを著者はちゃんと説明しているのだが)、完全にオワタモデルであるということと、日本もついでにほぼほぼオワタ国家である、ということを説いているわけですね。
だからフリーターの赤木さんの「戦争しなきゃもうだめぽ」という主張に、そういう気分にもなるよねぇ、オワッテルもんねぇと理解を示している。

著者はあとがきで
「しかし黒船や敗戦のような存亡の危機に瀕したときは、日本にはすぐれたリーダーが現れ、国民も結束して抜本的な改革を実現した。90年代の小沢一郎氏や、2000年代の小泉純一郎氏の改革が中途半端に終わったのは、よくも悪くも日本経済にはまだ高度成長によって築いた富というバッファがあるからだろう。しかしこのまま長期停滞が10年も続けば、そのバッファも枯渇し、改革の合意も形成されるかもしれない。今の日本に足りないのは希望ではなく、変えなければ未来がないという絶望ではないか」
と書いている。

では、日本に絶望している池田先生の改革案はなんなのだろう?と思いますよね?思いますでしょう!ということで、ここにフリップを用意しました!と池上彰風に展開してみると

・解雇に関する規制をなくす(正社員の保護が強すぎるのが格差問題の根幹。正社員を解雇しやすくする)
・長期雇用を理想とする労働行政を根本からかえる
(転職は当たり前で望ましいことだという立場にたって、労働者の技能蓄積を支援すべき)
・リスク回避からリスクテイクへ
(日本経済の内需の弱さの一つの原因はリスクテイクの不足)
・つぶれるべき企業にはつぶれてもらう
(日本が90年代に失ったのは創造的破壊のチャンスだった。90年代の不良債権処理で古い金融システムと一緒に、存在する価値のない「ゾンビ企業」を延命したため、サービス業の生産性が大きく低下し、日本経済の潜在成長率が下がった*著者によれば日本経済の潜在成長率は0%前後)
・サービス業のグローバル化
(コモディタイズ化した商品で新興国と競争することは困難なので、これからは中国と競合しにくいサービス業に重点を移していくことになる(が、それは何かはよくわかんねw、世界的に成長率の高いのは情報通信サービスだけど日本は遅れてるしw、著者によれば流通だってさ))。
まぁこんな感じでしょうか。

この方はもとNHKの方だったそうで、NHKの地方の局長クラスの人はただ飼い殺し状態で定年まで勤めるそうで、「『あと5年は消化試合だよ』という彼の年収は2000万近い」と書いてあった。
つまりそういう人を解雇して労働市場にポイとほうりこめ、というわけだ。2000万あれば500万の年収で若い人を4人雇えるからね。

でもさ、問題は他の正社員が首きられやすくなっても(そして解雇を盾に更なる長時間労働を押し付けられてヒィヒィ言うようなことになっても)、NHKのこの局長はいつまでたっても首きられないんだよね。NHKをピンポイントでどうにかすればいい話じゃね?

あとさ、「転職は当たり前で望ましいことだという立場にたって、労働者の技能蓄積を支援すべき」というけど、今更、「エクセルできます」なんていうじーさんを雇いたい人がいるわけないじゃん?て話。だいたい、「即戦力」となるような技能蓄積を学校で教えられるわけがないのである。勉強でどうにかなるなら、高学歴ワープワとかいないっすよ。
今、ハロワでも色々やっているけど、「これ意味あるんですかね」って聞いたら「まぁ正直、『技能訓練もやっています』っていうタテマエ的な感じですけどね」って苦笑いしてたもんな。

だからまぁ、池田さんの問題認識はまぁそうだろうなって思う部分が多いけど、それに対する提案はなんかイマイチな気はするな。

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12月14日(火)

起床時刻:06時10分

1,2時間くらいしか寝てない。
ってあんまり書くと地獄のミサワ風(「えー、そんなに?俺2時間しか寝てないわ」みたいな)になるからやめとこう。

昨日両親から小包が送られてきた。
いろんな食べ物詰め合わせ(保存料・発色剤無添加のウィンナー、果物、手作りの松前漬けとか)とお年玉が入っていた。
私はここ何年も正月に実家に帰っていない。
(別に両親と仲が悪いわけじゃなくて、運賃の高いときに移動するのがバカらしいだけだ)

なんていうか、あれだな。
親にお小遣いをもらって「ヒャッホー」と喜べる時期は過ぎてしまったな。むしろしみじみした気分になる。なんつうか、頭(こうべ)をたれて故郷を思う、というかね。

井伏鱒二の『厄除け詩集』に「寒夜母を思ふ」という詩がある。

今日ふるさとの母者から
ちよつといいものを送つて来た
百両のカハセを送つて来た
ひといきつけるといふものだらう

ところが母者は手紙で申さるる
お前このごろ横着に候
これをしみじみ御覧ありたしと
私の六つのときの写真を送って来た

私は四十すぎたおやぢである
古ぼけた写真に用はない
私は夜ふけて原稿かくのが商売だ
写真などよりドテラがいい

私は着たきりの着たきり雀
襟垢は首にひんやりとする
それで机の前に坐るにも
かうして前こごみに坐ります

今宵は零下何度の寒さだらう
ペンのインクも凍りついた
鼻水ばかり流れ出る
それでも詩を書く痩せ我慢

母者は手紙で申さるる
お前の痩せ我慢は無駄ごとだ
小説など何の益にか相成るや
田舎に帰れよと申さるる

母者は性来ぐちつぽい
私を横着者だと申さるる
私に山をば愛せと申さるる
土地をば愛せと申さるる
祖先を崇めよと申さるる

母者は性来しわんばう
私に積立貯金せよと申さるる
お祖師様を拝めと申さるる
悲しきかなや母者びと

私のお母さんは井伏鱒二のお母さんと違って、しわんぼうでもなければぐちっぽくもないし(ていうか、これは井伏鱒二が間違ってるんじゃないのか。しわんぼうならお金を送ってきたりしないだろう。それに、この詩を読めばわかるように、息子のほうだって十分ぐちっぽい)、開明的かつ進歩的で優しくてずっといいわけだが、「悲しきかなや母者びと」というのはしみじみわかる。
ダメな子供を持って、そしてそのダメさをあきらめきれないお母さん(「あなただって、やればできるのに!」)というのはいつだって悲しいもんなんだ。

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12月13日(月)

起床時刻:10時10分

続き。中高年論者になるメリットとして、①競争相手ゼロなので先行者メリットを享受できる②自然の摂理に逆らわないから疲れない③研究対象も協力的をあげたけれども、まだある。

それは④先行研究(若者研究)を応用できる、という点である。
実証的データを伴わない、印象論的若者論(これが「若者論」のほとんどである)の「若者」と書いてあるところを「中高年」と書き換えればだいたい成り立つのである。

『おまえが若者を語るな!』から引用すると、宮台さんはこんなこといってるんですね。

「宮:あのね、今の状態は間違った安定だよ。男のコは萌えの世界に自足して、女のコはコミュニケーション能力が高い少数の中年男に群がる(略)。
ちょっと頭を切り換えりゃ生身の女のコと物欲ゲームじゃない別のゲームができるのに。(略)理解する度量をつけるには承認欲求を取り下げる必要がある」
とかいう文章だって、中高年に置き換えられる。

「P:あのね、今の熟年夫婦は間違った安定だよ。おじさんは水商売の女性に自足して、おばさんはコミュニケーション能力が高い女性同士で群がる(略)。
ちょっと頭を切り換えりゃ身近な妻と物欲ゲームじゃない別のゲームができるのに。(略)妻と理解しあう度量をつけるには承認欲求を取り下げる必要がある」
ね?

もちろん、全ての熟年夫婦にあてはまるわけでは決してない。が、このようなマスコミで喧伝されるようなトピック的なことで一般論を語るのが若者論者なんだから、同じ流儀で論者になろうとするならば、良心をどぶにすてなきゃなんないのだ。

あと宮台の「脱社会化」三浦展の「ファスト風土化」も、全部中高年の文脈に置き換えられる。

少年犯罪の増加がいわれるが、少年犯罪は戦後の混乱期のほうがずっと多かった(後藤さんは少年犯罪の件数を戦後からグラフ化してますが、件数ではなくて率をみるべきですがね。もっとも率にしても下がっているんじゃないでしょうか)し、中高年の犯罪発生率の増加をなげくほうがよっぽど簡単で無理がない。

もう、わたし中高年論者ですって名乗っちゃおうかなってくらいだわ。

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12月12日

起床時刻:13時30分

後藤和智さんの『おまえが若者を語るな!』を読んで思ったんだけど、若者を論じた本って掃いて捨てるほどあるんだけど、中高年を論じた本ってあんまりないよね。

中高年が起こす事件もいっぱいあるのに、「中高年の心理に詳しいダレトカさん」ていうコメンターって出てこないよね?

これ、チャンスじゃない?

なんのチャンスかっていうと、「中高年論者」「中高年研究家」になれるチャンスですよ!

だって競争相手がいないんだもん。
Amazonみてよ。「若者」で検索すると
『近頃の若者はなぜダメなのか 携帯世代と「新村社会」』とか
『なぜ若者は保守化するのか-反転する現実と願望』とか
『「若者はかわいそう」論のウソ』とか
『他人を見下す若者たち』とか
やたらいっぱい出てくるわけです。

一方で「中高年」で検索すると
『中高年のためのらくらくパソコン塾』とかそんなようなのがほとんど。

本当だったら、
『近頃の中高年はなぜだめなのか』
『なぜ中高年は保守化するのか-反転する現実と願望』とか
『「中高年はかわいそう」論のウソ』とか
『他人を見下す中高年たち』とか
いう本があってもいいじゃないか(もっとも「団塊世代」などのくくりだとまだ多少あるかもしれないけれど、若者論の擁書万巻ぶりと比べれば、全然少ない)。

「中高年論者」になるメリットは他にもある。

端的にいうと「私たちはほっておいても、年はとる」という点である。
いってみれば私たちは、海岸にたむろしていた若者世代から、寄る年波によって、自然と沖合いへと流されゆくのである。
沖へ、沖へと流されて、若者のいる岸ははるか彼方にかすんで見える。ああ、俺らも昔、あそこにいたのいなぁ。もう、何を言っているか聞こえないや。
これが中高年の心理である。

そこで岸の人々の代弁者たる若者論者が登場するのである。彼らが若者のうちはまだいい。年をとるとつらくなる。なぜなら、若者がいる岸へと常に泳いでいかなくちゃいけないからだ。それが若者論者の「痛さ」につながってしまう。それだけじゃない。流れに逆らうのはとっても疲れるんである。それならば最初から沖合いにいる人たちの研究をしたほうがいいというもんである。

さらにいうと、不思議なことに20代の若者が60代の会合にいくと「若者はいいねぇ」とちやほやされるのに、60代が20代の会合にいくと、全員が気まずいことになってしまうのである。つまり年寄りが若者を研究するより、若者が年寄りを研究するほうが、研究もしやすいということになる。

つまり、若いうちから年寄り研究をするのは、①競争相手ゼロなので先行者メリットを享受できる②自然の摂理に逆らわないから疲れない③研究対象も協力的、といいことづくめなんである。
まぁもっとも途中で研究対象が消滅する(死にたえる)ってこともあるから、あんまり後期高齢者にターゲットを絞るとまずいかもしれないけどね。

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12月11日

起床時刻:10時00分

F〇14、社長とタナPの写真入りで謝罪と新体制発表きましたね。
「サービス開始以降2か月が経過致しましたが、なお、お客様からファイナルファンタジーとしてご期待いただいている水準に達していないと、深く反省するとともに、心よりお詫び申し上げます。
スクウェア・エニックスの総力を結集し、お客様にご納得いただける最高品質のゲーム体験をご提供するための体制です」
だって。

で、タナPは更迭(また11に戻ってくんのかYO!と思ったら11のプロデューサーも兼任してたんだってね)、評判のいい11の松井Dを14にもってくらしい。14のK本さんは降格。タナPのかわりの方はギャルゲーが代表作らしいw。ほんとかどうかしりませんが。

腐った肉を出されて「これを美味しくしてください」って言われても松井Dだって困るだろw。
でも本当に復活させたらすごいな。私のような腐ったゴミクズども勇気を与えるよ、私だって復活できる!って思わせるよっ。がんばってねっ。

それにしても、□エニさん、もう既にDeNA(モバゲー)やGreeにスクエニの時価総額は抜かれてて、株価もこの1年でみると安定して下がっている(笑)(もっとも他のゲーム会社だってこの1年でみると、だいたい「いってこい」な感じでぱっとしないんだけど、□はゆるぎない下げトレンドw出版部門とか好調そうなのにね)。
それにしてもさ、携帯ゲームなんか開発費も全然かかんないでしょ。あんなもんでホイホイ人と金がつれるんだから、笑いがとまんないだろうな。
□エニからいいゲームも出てるんですけどね。ニーアとかニーアとかニーアとか(□エニがつくったんじゃないけど)。ニーアは黙って二周すべし。

ていうかさー、ここまで大きなタイトルのゲームを出すときって社長は一回くらいプレイしてみないのかな。

なんかさ、□エニに限らず「自分はこういうの理解できないけど、お前らこういうの好きでしょ?」っていう商品が多い気がする。
レストラン経営者が自分では絶対に食べないようなものを客に出すようなもんだよね。それを喜んで食べる客も客だけどな。

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12月10日(金)

起床時刻:13時00分

なんか最近ここで書いている内容があまりにも人目にさらすようなことじゃない気がして非公開にしようと思う。

非公開にするくらいなら、紙ベースの日記でもつけとけよと思われるかもしれないけど、人に読まれたらまずいじゃない?何しろワルクチばっかり書いているんだからさ(私の人間性が一番の問題だねw)。

プライバシーにかかわることだから、勝手に日記を読むのは野蛮人的行為であるんだけど、世の中平気でダンナや奥さんや子供の携帯を盗み見る野蛮人が多いことを思うと、やっぱ日記は危険性が高いよなぁと。うちのダンナは昔つきあっていた彼女の携帯を見たといっていたから信用ならん(しかもその内容が「今彼氏がうちにきていてウザイ」だったらしいwwwウケルwww)。

じゃあ、日記をワードで書き、パスワードを設定してハード上に保存したらいいじゃないかっていう気もするだろうけど、パソコンがクラッシュしたら終わりだからね(←体験談)。

だからネットワーク上で保存するのが一番いいんだよね。葉っぱを隠すなら森の中でさ。

これまで公開にしておいたのはやっぱ、アレなんだよね。自分の言っていることが多少は人に読まれる価値があると思っていたからに他ならないんだよね。他の人だってそうだと思う。

自分の言っていることを聞いて欲しい!聞いてもらう価値がある!!と思っているからでしょ?
そしてもっと言うと、普段は誰からも聞いてもらえない、というカワイソウなことになっているからかもしれない。
あるいは、ブログで垂れ流しているようなツマランことは言わないようにしようと努力するあまり、日常会話が全部天気の話になっちゃってる、みたいなこともあるかもしれない。

日本語のブログ数って世界で一番多いって聞いたことある。

コミュ障民族乙って思うか、日本人の読み書き能力は世界に冠たるものであると思うか(そもそも文章がかけなかったらブログもかけないのである)、まぁ好きに思えばいいけど、いやぁ、今はいい時代だね!とは思う。こうやってガス抜きができるんだもんねっ。

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12月09日(木)

起床時刻:08時10分

高田崇史の『QED』シリーズのスピン・オフ、『毒草師 ~QED Another Story』を読んだ。

QEDに華麗に登場した日本唯一の毒草師、和歌山出身の御名方史紋(みなかたしもん)くんがタタル(QEDのメインキャラ)の変わりに謎をとくんだけど、シモンってタタルが細胞分裂しただけじゃんw。ぼさぼさ頭のタタルにストパーかけてさらさら長髪ヘアにして、独自のファッションセンスを身につけさせ(白衣と見紛うばかりの真っ白なコートに真紅の皮の手袋、中の服は黒尽くめというのがシモンの定番コーディネート)、「能面のような無表情」にしたらシモンの出来上がりだよっw。

ちなみにこのシモンくんは「幼い頃の渾名(あだな)は、和歌山県出身の大学者・南方熊楠から取って『くまぐす』と呼ばれていたという」。南方熊楠並に博学と思われていた、と言いたいんだろうけど、「くまぐす」などという渾名がつくことは、まずない。

アメトーークの「中学の頃いけてなかった芸人」で、芸人サン達の中学時代つけられた渾名が色々披露されているが、渾名というのは、だいたいヒサンなものがつけられるものである。単純で残酷な子供の発想から「くまぐす」なんて渾名が、つけられるわけがないのである。

シモン君の渾名はせいぜいが「キモオ」であろう。「色白で能面のようなカオ」というところから「(能面→)サダキヨ」も考えられる。
「くまぐす」なんてのは自分から「俺のこと、くまぐすって呼んでいいから、ねっ、ねっ!」とお願いしても誰もよんでくれないこと請け合いである。

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12月08日(水)

起床時刻:08時15分

バイト、バイトから帰ってきたらゴハン、ゲーム(3時、4時くらいまで)。

いわゆるロスジェネのヒトたち(私ら)が悲惨なことになってるのは時代のせいもあるってことをちょっと前に書いたけど、私が悲惨なことになってるのは、純粋に自己責任ですw。

どこかに責任を押し付けたいんだが、自分以外に押し付ける先がみつかんないというねwww。

うちの両親なんか、私の教育にはお金も時間も手間もヒマもかけてくれたんだけど、「もとが腐っていたから、出来上がりもやっぱ腐ってたね!」てかんじだな。

寅さんのさぁ、『男はつらいよ』の歌詞に「どーぶに落ちィても、根のォあーるやつゥは~、いつゥかは蓮(はちす)の花と咲く~♪」とあるんだけどさ、私その逆だね。「蓮に咲いても、根のぉないやつぅは、いつかはどぶへと落ちていく~」だね。ま、それがメリトクラシーのあるべき姿なんだけどね。

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12月07日(火)

起床時刻:08時10分

前日は結婚記念日、当日はF〇11ヴァージョン・アップ。

バイトから帰ってきたら当然のようにうちのヒトは既にプレイしていた。「急いで夕飯用意するねー」と言ったら「夕飯はあと!!まずは箱の色つけから!!VUはしといたから急いでログイン!!」だって。狩りやすい敵は取りあいらしい。ついていけないっす。

結婚記念日でありましたから、うちのヒトのいいところをつらつら考えるに、まぁ顔ですかな、いいとこは。「秋田美人ってこんな顔かな」っていう感じの、抜けるように色が白くてもち肌で(タバコ吸うくせに!)、まつげが濃く長くて、整った顔立ち。しかも近所では神童といわれてたくらい(義理の母情報)頭もいい。うらやましいぜ。残念なことに小太りだが、元がいいんだから鍛えればいいのにねぇ。

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12月06日(月)

起床時刻:11時15分

本を読むときって色々な読み方があると思うのね。
私はアホだから、自分の体験にひきつけて本を読む。で、自分の体験にひきつけて読むと、『脱貧困の経済学』(飯田泰之・雨宮処凛の対談)に書いてあることってやっぱり、なんか違うと思うのよね。

この前は「労働生産性はほっておいても毎年2%あがる」という記述に違和感があったので調べてみたら労働生産性は非製造業ではむしろ下がっていたし。

それだけじゃない。「なぜ単純労働は安いか」と題するところの飯田先生の説明も違和感がある。

先生曰く、
「日本の場合、先進国にしては高卒者の数が多いんです。北欧、韓国、アメリカでは8割以上が大卒ですが、日本は5割の線をいったりきたりしている。高卒の労働者の多くは、単純労働に吸収されていきます。
でもいわゆる定型業務(マニュアルに従って処理できる仕事)はどんどん減っている。単純労働をしたい人は多いのに、労働者をほしい会社が少なくなっている。だから、じりじりと給料が下がっていく」(P40)という説明をしているんです。

つまり(単純労働以外の仕事もあるのに)労働者側が勉強を怠けて単純労働をやりたがり、単純労働市場へと人が大量に流入するから給料が安くなるといってるわけです。
そうなのかな?

私が大学を卒業したときはバブルがはじけて「就職戦線異常あり」といわれた頃で、私の次の年は完全なる「就職氷河期」だったんだけど、東大の文III行った知人は「東大でも文IIIは就職口ありませんから」とセンセイに言われたらしいし、早稲田の政経でも男子はともかく、女子の就職口はほぼなかった。一般職に応募する人も多かったし就職先が決まらずに留年して公務員になる人もいた。

つまり大卒だって単純労働に流入しているというのが実態である。それは彼ら彼女らが「単純労働をしたいから」であろうか。いや、「単純労働以外の労働が少ないから、不可避的に流入している」と考えるほうが自然ではなかろうか。

なぜ単純労働以外のパイが少ないのか。その理由は二つ。
一つめは不景気。景気がよければ、単純労働以外の仕事も増えるし、人事だって新しい人を雇おうとする。逆にいえば不景気になれば雇用を抑制する(単純労働のほうが景気に左右されない「絶対必要な仕事」が多いような気がする。例えば企業のマーケティング予算なんか不景気にはすぐ削られるけど、清掃の仕事なんかは好景気でも不景気でも必ず必要だ仕事だし)。
二つめは規制。正社員の雇用を守って新卒の新規採用を控える。つまりもっと規制が緩くて正社員を簡単に首が切れれば、使えなくなった正社員を切捨てて、新卒を採用した可能性も高い。

さらにいうと、韓国を見てみよ、という話である。
〇韓国は、大学進学率は8割を超えている。
〇韓国の経済成長率は先進国の間では群を抜いて高い(1990-1995:7.81%(0.79%) 1995-2000:4.38%(0.99%) 2000-2005:4.56%(1.30%)*()内は日本の成長率、同書P163)

であることを考えると、飯田先生の処方箋どおりの国なんだから、全ての問題は解決済みでなくてはおかしい。

なのに、韓国は日本以上の「格差社会」といわれているし、20代の非正社員の平均月収からついた「88万ウォン世代」が問題となっている。

95年からずっと経済成長を続けているにもかかわらず「政府系シンクタンクの韓国開発研究院(KDI)はこのほど、「中間層の比率が1996年以降、年平均1%ずつ減少している」と発表した」(2009年7月10日ダイヤモンドオンライン)。 「韓国全世帯数に占める中間層の比率は56.4%と、2006年の58.5%から2.1ポイント減った。1996年に68.7%だったのが、通貨危機直後の2000年には61.1%に急落、その後も減少傾向が続いたため、96年以降から平均すると毎年1%ずつ減少した計算になるのだ」。さらには「収入格差が広がり貧困層の割合は過去20年間で約2倍に増加している」(SankeiBiz 2010.11.10)。

あれれ?飯田先生がいうような処方箋どおりにやってるのにこんなことなってるよ?なんでだろう?本当だったら韓国は日本よりずっとバラ色になってなくちゃいけないのに。
確かに経済成長の初期には所得格差は広がりますって飯田先生もいっているし、これは確かにそのとおりなんだけど、どこまで初期でどこまで広がるんだよって話じゃない?長期的には全員死んでるってことになりかねないよっ。

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12月05日

起床時刻:13時00分

一日中ゲーム。フレと楽しくやるんならいいんだけどさー、うちのダンナのような必死すぎるヒトとやるとまじで疲れる。ゲームに命かけすぎなんだよ。

Youtubeに「Angry Korean Gamer」ってのがあって(もっとも「これは韓国人じゃない、中国人か日本人である」と韓国人はコメしているからよくわからないけど、まぁどっかのアジア系のヒトである)が、ぶちぎれてる様子を撮影している動画があるんだけど、うちのダンナもNMのHP残り1割まで削ってあと少しで倒せるってときに、私のケアルが遅くて彼のキャラが死んだりするとこんな感じよ?この動画のヒトは机をバンバン叩いているけど、うちのヒトは机じゃなくて私ですからね。あー、私もこっそり撮影したい!!

撮影をしている暇があればとっととうちを出ていけや!っていう気もしないでもないけど。
うちを出て行くといえば、いろいろな理由がある。

松山千春の「恋」っていう歌の女性は

「愛することに~、疲れたみたい~
嫌いになったわけじゃ~ない」

といいながら出て行くんだけど(もっとも洗いかけの洗濯物をほっぽらかして出て行った「サボテンの花」の女性とは違って、「洗濯物は机の上に、短い手紙をそえて」置いてくんだけど(なぜ洗濯物をクローゼットにしまわずに机の上に置いておくのかは謎であるが))、「出て行った理由:愛することに疲れたから」って意味がわからんなぁと思っていたんですよ。

二番で詳細が明らかになるんですけど、自分は家でずーっと待っているのに、男のほうは「いつもの店で酒を飲んでくだをまいて」るという状況に「疲れた」ということみたい。まぁ端的にいうと、「店で酒を飲みながらクダをまく>自分」がいやなんでしょう。

で、サビの部分では
「男はいつも待たせるだけで~
女はいつも待ちくたびれて~」
っていう名調子になるんだけど、私に言わせれば酒をのんで帰ってくるってことはですよ、晩御飯もつくんなくていいし、ダンナがいない間は自分の好きなテレビをみたりできるし、ラッキーじゃん?

うちなんかむしろ毎日外で飲んだくれてきてほしいくらいなんだけど、うちのダンナはお酒を全く飲まない上に飲み会が大嫌いだから、外食して帰ってくることはまずないんですよね。土日に友達と外に出かけたことも私の知る限り(つまり、4,5年のスパンで)一度もない。
つまり、土日だっていっつも家にいるわけよ。ダンナがコンタクトを買いにいくときも(そのくらいしか家を出ないからな)、「一緒にいこう」っていうんだもん。一人でコンタクトぐらい買ってこいや!

そして私が土日に友達とでかけるときも「寂しいから早くかえってきてね」って言うヒトなんで「待たされた記憶が一度もないし、待った記憶もない」って感じだな。
私が出て行くとしたら「出て行った理由:ゲームすることに疲れたから」だな。

そういやさ、フォークに出てくる女性ってみんな、身軽だよね。イメージとしては風呂敷包み一つで出て行くような感じなんだよなー。「あの冷蔵庫もテレビも私が持ってきたんで持って帰ります!あ、このコーヒーメーカーも私の!その掃除機も私の!」てことになると、歌にはならんのだろうな。私も身軽なのに憧れるな。引越しって疲れるからねぇ。

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12月04日

起床時刻:09時20分

昨日は超絶眠かったんだけど、「フェル〇リ無双やろーよー、やろーよー」とうるさいので、1:30くらいから仕方なくつきあったんだけど、なぜか時間延長箱が出なかった。

ま、おかげで強制退出になったんで、早く寝れてとてもよかった。今までこんなに時間延長が出なかったことは一回もなかったんだけどな。神様が私の心の声を聞きとどけてくれたのであろうか。うちのヒトは私に八つ当たりする理由を考えていたけど思いつかなかったみたいで、ふてくされていた。ザマァ。

そういや、うちのヒトの会社の同僚が離婚したらしいんだけど、「うちは仲がよくてよかったね♪」だって。

(;゜д゜)
なんだこの認識ギャップ。
財津和夫の「サボテンの花」という歌があるんだけど、

「ほんの小さな出来事に 愛は傷ついて
君は部屋を飛び出した 真冬の空の下に」

ってはじまるのよ。

この同棲だか結婚相手の女の人は、雪が降りしきる冬空のもとに、洗いかけの洗濯物もほったらかして、出て行っちゃうの。

これ、相当な理由がないとでていかないよ!
雪ふってんだよ!洗濯物やりかけてんだよ!
「ほんの小さな出来事」じゃ絶対出て行かないってば!!
なんという男女における認識ギャップ!!
いづこも同じ秋の夕暮れであるな!!

ふと思ったんだけど、財津和夫って北海道の人かな?だから、女の人が雪の日に洗濯もするし、雪空でも平気で出て行ったりするのかな?と思ってwikiみたら九州人だったよ。

まぁそんなわけで、九州だったらなおさら、まぁ東京だってそうだけど、雪の舞い散る寒空の下、やりかけの洗濯物をほっぽらかして、出て行くのは相当な理由があるのに、男のほうは「絶え間な~く、ふりそそ~ぐ、この~雪のよ~に、君を愛せばよかった~」とかのんきなこといってるわけですよ。

彼女が出て行ったのは男が「絶え間なくずっと愛さなかった」せいではないだろう。言い換えると「愛の不作為」が原因なのではない。実際「ほんの小さな出来事」に、「愛」が傷ついたといっているではないか(この「愛」という言い方も気に食わないが。「愛」は傷ついたりはしない。傷つくのは「自尊心」だろう)。

「ほんの小さな出来事」を想像するに、例えば、貧乏ミュージシャンであるダンナか彼氏かが、ロクに稼がないので、奥さんがフルタイムで働いて家計を支えている上に、彼女が全て家事もやっているとしよう。その上、手編みの手袋までつくってあげたりして、なかなか献身的につくしている。

そんなときに「おまえさー、俺の靴下とシャツを一緒に洗うのやめてくんない?なんでも雑なんだよな、おまえ」といわれたとしよう。

じゃあ、あなたが全部やんなさいよ!文句ばっかり言って、私が働いている上に、家事も全部やってるから忙しいのよ!ほんとは、あたしだってフラワーアレンジメントとか習いにいきたいのに、時間もお金もないから、サボテンの花育てるくらいしかできないじゃない!
「洗濯なんか、やってられっか!!!このボケが!!!」
と叫んで出て行ったとかね。

男側としては「あれ、たいしたことでもないのに、なんで切れて怒って出ていっちゃったんだろう?ヒステリー?生理?」となるわけだ。
それで無反省に「この~ながい冬が終わるまでに、何かを見つけて生きよう~」と歌うわけである。
「何か」って「新しい女」かい?とつっこみたくなるところであるが、ともかく無反省すぎる。この認識のギャップが彼女が出て行った原因である。

ま、いい歌ですけどねっ。ただ「こんな男じゃ出て行きたくもなるわなぁ」と思いますけどねっ。

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12月03日(金)

起床時刻:13時00分

今日は8時までおきていた。
年末年始はずーーーーーっとゲームだろうな…。既に鬱。

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12月02日(木)

起床時刻:08時00分

この日は、土方作業をやって疲れた。前日、ゲームを深夜というか明け方までやって日中、激しく眠かったし。

これはもう飲まざるをえない。
ま、毎日飲んでいるんだけど。
というわけで簡単なつまみをつくって一杯。

湯がいた鱈の白子にもみじおろし(めんどくさいときは柚子胡椒で代用)とネギの小口切りをたっぷりのせて、ポン酢しょうゆをかけたのをつまみに、純米酒を飲む。あ~~~至福。生きててよかった。
あとは金時草のからし酢味噌和え、グリルで焼いたしいたけ。スライスしたカブに塩ふってしんなりさせたところに、ホタテ缶のホタテを加え、ごま油であえたもの。

一杯やりつつ思うのは、IT業界にしろ、私の属しているようなトコにしろ、典型的な労働集約型産業なんだよなー。もちろん、上の人は「ここをああして、こうしたいから、キミたちやっといてね」と指示をする、手じゃなくて頭をつかうナレッジワーカーなんだけどね。

でも下っ端のほうは頭は不要で、手だけが必要なだけなんだよね。「ここをああして、こうする」という土方作業を請負うだけだから。「カイゼン」的な効率化は考えなくちゃいけないけど、私もまわりも思いつかないし。というわけで地道にやるわけだ。

『脱貧困の経済学』(雨宮処凛と飯田泰之の対談)を読んでいたら、最近のプレカリアートが増えた理由として、「国際競争や規制緩和よりもデジタルディバイドの問題が大きい」と飯田さんはいっている。
ここでいうデジタルディバイドって何かっていうと、ITで効率化がすすんだっていうくらいの意味。
今まで10人で経理やっていたところが経理ソフトをつかうと5人にですむから、残りの5人が首切られて人があまる、というラッダイト運動時代からある話。

さらには「どうも人間ってほうっておくと毎年平均2%ずつぐらい賢くなる」んだってさ。だから毎年2%ずつ成長しないと毎年2%ずつくらい効率化して人が不要になるから、切られていく。

だから最低でも2%以上の経済成長を毎年しないといけないというわけ。もっとも、「しなくちゃいけない」といわれて、「ハイ、そうですか」と経済成長できないからこんなことなっているのである。

でも、ダイジョーブ、と飯田センセイはいいます。お金を日銀がガンガンすってばらまけばいいんです!みんなにお金をばらまけば、「うわー、お給料増えた!アレ買おう、コレ買おう!」ってなって、消費が拡大し、企業の売り上げも増える。さらには借金も返しやすくなるし、またお金もかりやすくなる。
ウィンウィンのハッピハッピーです!とういうわけだ。

(;゜д゜)

インフレターゲット論については横においておくとして、その前の大前提、「労働生産性は"IT革命"と"ほうっておくと頭がよくなる人間の宿命"によって、毎年向上してる」って本当なんだろうか。

だって私、こんな土方作業してるよ!確か10年くらい前も同じような土方作業していたよ!

と思って、ぐぐってみたら、みずほの調査部が「我が国産業の労働生産性向上における課題」というPDFファイルがヒットしたので読んでみた。
http://www.mizuhocbk.co.jp/fin_info/industry/sangyou/pdf/mif_61.pdf

労働生産性=付加価値/労働者数だ。分子をふやして分母を減らせば、労働生産性はあがるわけ。

実際のデータをみてみると、製造業の労働生産性の伸び率は96年以降は大幅に改善している(4%超)。一方で、非製造業の労働生産性の伸び率は91年から一貫してマイナスである。
私の属しているのは(そして日本の多くの人が属しているのは)非製造業だから、やっぱ効率化していないのである。IT革命にもかかわらず、人間の宿命にもかかわらず、底辺は相変わらず土方作業してるんである。

2000-2005年の日本の労働生産性をみてみると、2.1%と飯田先生の仮説に近い数字が出てきているのだが、各国(アメリカ、ドイツ、イタリア、カナダ、イギリス)との比較をみると実に面白い。

それは日本の労働生産性の向上は一貫して、労働投入量の減少によって支えられているのだ。つまり上の式の分母=労働者数を減らして労働生産性をあげてきたわけだ。
これをみて、「ほら、IT革命と頭のよくなる宿命によって、労働生産性が向上しているよ!」というべきか、「今まで二人でやっていた労働を一人でやってね、嫌ならクビですから^^」という無理難題を労働者に押し付けた結果であるというべきかは、別途検討が必要である。まぁその中間くらいに真実があるであろう。

一方、アメリカやイギリスの労働生産性の向上も2%程度なのだが、こちらは労働投入量はプラスになっている。つまり分子、付加価値をあげて、労働生産性をあげてきたのだ。

日本の場合、その削減された労働者が生産性の低い非製造業に流入してきたことにより、非製造業の労働生産性が低いままだったということも、逆にいえるかもしれない。

つまり、大量の人員が流入したことによる人件費の安さによって効率化を怠ったのである。IT革命も人間の宿命も、安い労働力が豊富にあるときは発動しないのである。ほら、発展途上国だと機械を買うより人間がやったほうが安いとかそういうことってあるでしょう?そんな感じのことに非製造業はなっているのかもしれない。そんな発展途上国みたいなことになってるのかなぁ、ひょっとして。だから中国に抜かれる!抜かれた!インドに抜かれる!抜かれた!って戦々恐々としているんだろうか。フランスとかイギリスとかフィンランドとかとは、そもそも、たたかってる土俵が違うのかもね。

面白いことに日本の労働生産性の水準はもともと高くない。購買力平価でみたところ、アメリカ・イギリス・ドイツ・イタリア・カナダのどの国よりも低い。日本は低い労働生産性を長時間労働でおぎなってきたんだろうか。発展途上国やん。

*********
飯田さんは、ところどころ、非常に面白いことも言っているんだけれど、でも(私みたいなド素人が言うのも恐れ多いけど)、言っていることをうのみにできないってかんじなんだよね。

例えば年収1000万以下は貧乏人のくだり。私も直感的にはそうだと思うんだけど、センセイの理由はこんな感じ。
国と地方をあわせた日本の税収は約85兆円で、それを日本の世帯数500万で割ると170万円、そして税を170万払っているのはだいたい収入1000万以上の世帯です。なのに、年収1000万以下の貧乏人が「自分は税金を払いすぎている金持ち」と勘違いして、小泉改革路線に賛同し、貧乏人を放置しようとするのはおかしい。(P66)
というわけです。

ごめん、ちょっと待って、日本の税収が85兆円って書いてあるけど、そんなあるの?それって税収じゃなくて歳入だよね。税収は40兆きってるよね。
注釈で「所得再分配調査による。このような計算になるのは、税収総額に法人税・事業税などが含まれているため」とあるけど、法人税や事業税含めたらおかしくないのかな?なんで含めるの?頭が悪いせいでよくわからないんだけど。

あと他にもいろいろ、たとえば、P163の図をみて、センセイの言っていることに対して「あれ?」って雨宮さんは思ったりしないのかな。私の理解力が足りないんだろうか。それは大いにありうるけど・・・。もし私が対談していたら、「ちょっと待って」だらけになっちゃうよ。

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12月01日(水)

起床時刻:12時00分

読売新聞の「人生案内」なるコーナーでネトゲにはまる夫の相談があった(2chまとめブログ経由)。

「結婚2年目の20代主婦。夫と2人暮らし。夫はゲーム好き。
(略)「オンラインゲーム」にのめり込み、出勤前でも10分あればゲームをします。(略)20時間続けることもあり「依存が強くてダメだ」と自分でもわかっているのに「他のことで迷惑をかけていないからいいだろう」。(略)(宮城・U子)


(略)「感謝しているからこそ、心配でたまらない」と伝えた上で、「一緒に今の状態を克服したい」と宣言すべきです。
(略)具体的な方法ですが、やはりゲーム感覚が必要かも。「ご褒美ノート」を作るのはどうです? 朝のゲームをやめれば☆1個、夜をやめれば☆3個、休日なら☆5個、あなたがノートに書き入れる。10個☆がたまったら、◎を1個つける。もしオンラインゲームの契約を休止できたら、◎10個とかですね。◎がたくさんたまると、例えばネクタイを買ってあげる等、現実のご褒美をあげる。(略)」 (野村 総一郎・精神科医)

回答したのは小学生かと思ったら、精神科医だったwww
脳内お花畑すぎる。そもそもこの相談者は専業主婦なんで、ご褒美だってダンナの給料から出てるんだよな。ご褒美でもなんでもないじゃん。

夫が20時間ゲームしようが、40時間ゲームしようが本人の勝手である。韓国ではネトゲのやりすぎで死んだ人がいたが、大好きなことをやりながら死ぬのは本望ではなかろうか。
舞台人は舞台の上でしにたいという。ゲーマーはコントローラーを持って死にたいのではなかろうか。

問題は、奥さんも無理やり20時間一緒にネトゲをやらされた場合である。例えていうと、チョモランマにダンナが一人で登るのは問題ないが(そして山で死んでも登山家の本望である)、登山は高尾山レベルの一般人の妻が「オマエも荷物もちでこい!」といわれ、「無理っす」と拒否したら夫が暴れだすというケースである。「友達と登山すればいいじゃん」と言っても、そもそも友達がいないし、いたとしても必要なのは友達ではなくて奴隷なので、妻のほうが都合がいいのである。
さらには一緒に登ったら登ったで、感謝されるかと思いきや「とっと歩け、このど素人が!!」とどつかれる始末。

まぁうちなんだが。

どう考えても、死ぬ確率が高いのは耐性ないのに無理やりつきあわされている妻のほうである。うちの場合も、夫のほうが若いし頑丈だから、たぶんわたしが先に死んでまうであろう。

『死ぬときに後悔すること25』とかいう本を立ち読みしたところ、「自分の葬儀を考えなかったこと」や「遺産をどうするか決めてなかったこと」も入っていた。
というわけで、後悔しないように、自分の葬儀を考えると、「葬式なんかやらなくてもいい」というのが本心だが、でもそう言うと、うちの夫は私の遺体を押入れに放置してゲームをしてそうだから(それはいやだ)、一番安い値段でいいから葬式するように!

遺産については親からもらったものは親に全部返す(親がいなければ妹に)。私の貯金はすずめの涙ほどだから葬式代で消えるだろう。私の持ち物は全部捨てる。婚約指輪は夫に返す。
夫への遺産は私のゲームキャラ。ギルだての資産も全部キミのものだ。よかったね!

これですっきりとした気持ちで死ねそうだけど、死ぬ間際に夫にこのサイトの存在を言う勇気はないな。ここまで罵倒されていたら出てきた涙もひっこむであろう(笑)。
小説みたいに「私が死んだら、この封筒をあけてほしい」と言って夫に手紙みたいのを渡しておくのかな。でも、うちの夫は私が死ぬ前に、封をあけて読みそうな気がするよ。うーん、難しいな。まだ死ねないw。

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