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起床時刻推移グラフ

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11月30日(金)

起床時刻:11時15分

丸谷才一氏の遺構独占掲載ということで、初めて「文藝春秋」を買ったった。

何しろ860円もするから普段だったら絶対に目を通さない「石原慎太郎 不退転の決意 国を変え、日本人を変える」「森喜朗 引退の前にすべてを語ろう」とかも読んでみた。
だいたい私は新聞も読まない上にニュースも見ないんで、政治のことは(政治のことも)本当に疎いから「へー」ってことが多かった。

森氏のインタビュー記事を読むと、政治家の世界というものが何となく伝わってくる。一言で言うと政治の世界は中学校っぽいというか部活動っぽいというか、そんな印象を持ったねw

「6年前の話だけど、阿部晋子ちゃんより福田康子ちゃんのほうが経験もあって、うちの部のキャプテン(首相)に適任だったんだよね。でも、晋子ちゃんって周りにヨイショされて勘違いしちゃってんのか、人の話聞かないの」
とか
「あたしもね、いつかは晋子ちゃんにキャプテンやらせたいって思ってるんだよ。でも今はまだ素振りとか球拾いとかをやらなきゃダメじゃん?基礎ができてないんだよね」
とか
「晋子ちゃんの周りに集まってる甘利明子ちゃんとか菅義子ちゃんってさ、はっきりいって補欠扱いの子たちだから、所詮は雑魚なんだよね」
とか
「うちの部(自民党)の後輩ってさ、礼儀とか知らないんだよね。人と会うときはボタンをとめるとか、そういうことすら知らないんだよ、マジ信じらんない」
とか
「そのくせすぐにレギュラーになりたいとか言い出すんだよね。小学校の頃の友達(地元の支援者)にいいところ見せたいみたい。ただの見栄っ張りじゃん」
とかね。なーんか言ってることが、中学校の運動部のセンパイみたいな感じなんだよねぇ。

あと都知事選に石原慎太郎氏が出た経緯も知らなかったなぁ。息子の石原伸晃氏が国を思って泣きながら親父に「出てくれ」って訴えたんだってさ。

「副キャプテン(都知事)にあの東国原英子ちゃんがなろうとしたんだよね。ヤバすぎるでしょwww。うちの部が崩壊するっていうの。
だから経験豊富で頼れる石原慎子ちゃんに副キャプテンになってくれってお願いしたんだけど、なかなかウンって言ってくれなくて。
最後は慎子ちゃんの子供の伸子ちゃんが涙ながらに親を説得しようとしてね。あ、慎子はずーっと留年してるから(落第とかじゃなく自分の意思で留年してんの、部活を任せられるような後任がいないからね)、今は子供と一緒に部活やってんの。
私も同じく留年組で、慎子とは長年の付き合いなんだけどさ、もうあたしは卒業するんだ。体もあちこち痛いしね、遠征とかまじ無理。

それはともかく、あのときの伸子ちゃんの学校や部活動を思う気持ちはマジ半端なかったね。だって、あの慎子に「これだけ言ってもわからないんですか、あなたは」と掴みかからんばかりの調子で、説得してたんだよ!
でもなかなか説得できなくてさ、最後はあたしがね、「伸子ちゃんはちょっと外に出て廊下で待ってて」って言って、慎子と二人になって。
「伸子ちゃんの立場もわかってあげなよ」ってお願いしたんだよね。ま、もっと厳しいことも言ったけどさ」
とまぁ、こういう経緯なんだよね。

「政治とは部活動である」のかもしれない。
そのせいか、部活の話ばっかりで、外野席にいる国民のコの字も出てこなかったねw。

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11月29日(木)

起床時刻:08時15分

『川と国土の危機 水害と社会』(高橋裕/岩波新書/2012.9)を読んだけど「それ『国土と日本人』(大石久和/中公新書)に書いてあったよ」ってことがままあった。私的にはこの新書よりも『国土と日本人』のほうがおすすめだけれども。

まぁでも知らないことも色々あった。私は九州出身なわけだけれども、「筑後川の洪水記録は下流の久留米の瀬下量水番に、1884年(明治17)以来の実に365日、一時間ごとの24時間水位記録があった」そうなんだわ。
「一年中、昼も夜も一時間ごとに地元の観測者が測ったのであるから、想像を絶する努力である。河川敷に小屋を自費で建て、夜はそこに泊まり、家族ぐるみで一時間おきに水位を読んでいた。これを記録し保存した量水番の祖父は明治天皇の命令だから光栄ある仕事だとのことであった。明治時代における地方に住む庶民の心情がうかがえる」

んで、その記録はというと、「久留米の量水番を訪ねた際、この資料を見に来たのは筆者が初めてと聞いて驚いた」。
筆者が訪ねたのは1953年の北九州大水害の直後だろうから、ということは、「想像を絶する努力」の資料は明治以来、全く活用もされず、ずーっと埋もれたままだったのだ。ズコーとコケてしまう。

官民問わず、こういうのってよくあるんだよね。こういうのってどういうのかというと、上司の命令に従って下っ端が懸命に働いてつくった努力の結晶は何にも活用されず、最終的に「はい、無駄でした」つって、事業仕分けの対象になって終わり、みたいなことだよ。
夜も寝ないで残業して、立派なゴミを製造しました、的なね。
この水量記録は日の目を見たからよかったけれどもさ。

だいたいさ、命令したほうは忘れてるようなことを、命令された側は馬鹿みたいに忠実に守っちゃうんだよね。で、新しい上司がきたときに、「え?まだそんな無駄ことやってたの?君も正社員なら言われたことを機械的に守るんじゃなくて、自分の頭で仕事の効率とか費用対効果とか少しは考えたほうがいいよ」みたいな評価されて、やってらんねぇよ、ということになる。
って全然災害に関係のない話になってしまいましたが。

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11月28日(水)

起床時刻:13時00分

『心にトゲ刺す200の花束―究極のペシミズム箴言集』
(祥伝社/2004.06/エリック マーカス、島村 浩子 (翻訳) )を本屋でたまたま見つけて買ってみた。
祥伝社の本を読むのは初めてかも?
通勤電車で読んだのだけど、面白くて笑っちゃった。
本のタイトルには相反して、全く心にトゲも刺さないし、ペシミスティックな気分にもならない(そういうのがお望みならば、新聞を読めばいい)。
「世の中、まともな人もいる(よしんばまともではないとしても、私と同じような思考回路の人がいる)」という思いでむしろ、心があったかくなる本である。
一部抜粋。

「誕生、それはあらゆる災難のなかで最初にして最悪のもの」(アンブローズ・ビアス)
「あなたがどう見ようと、人生は絶対に勝ち目のない戦いよ」(シンシア・グロスマン)
「トンネルの先に見える明かりは列車にすぎないし、どのみちそれはあなたの列車ではない」(作者不詳)
「ものすごく暗くなったなと思うと、そのあとにかならず真っ暗闇がやってくる」(コニー・ウィンクラー)
「女が本当に男を変えられるのは男が赤ん坊のときだけよ」(ナタリー・ウッド)
「結婚は第一章でヒーローが死んでしまう恋愛小説である」(作者不詳)
「幸福とは、愛情と思いやりに満ち、固く団結したおおぜいの身内がよその街にいることだ」(ジョージ・バーンズ)
「預言者には注意しなさい‥‥‥
それから真実のためなら死ねるという人にも。
概して彼らは多くの者を道連れにし、自分より先に彼らを死なせることが多く、自分は死なないこともあるから」(ウンベルト・エーコ)
「ソーセージと法律がどのようにして作られるかは知らないほうが幸せだ」(作者不詳)
「ノアの一行が船に乗り遅れなかったことが、ときどき本当に残念に思える」(マーク・トウェイン)
「まったく嘘偽りのない真実を明かす方法はふたつしかない。匿名にするか、死んでからにするかだ」(トマス・ソーウェル)

私もいくつかつくってみた。
「人生とは選択の連続である。嫌なことともっと嫌なことの間の。」(pyaaa)
「愛ではなく打算から結婚すると、きっと失望する。
打算ではなく愛から結婚すると、きっともっと失望する」(pyaaa)
「男にとって"結婚は墓場だ"とよく言われるが、女にとって"結婚は墓場以下"である。少なくとも墓場では怒鳴られることも殴られることもない」(pyaaa)

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11月27日(火)

起床時刻:08時15分

まーた旦那にボコられた。原因はまたもやゲームw。
「その話は聞いた」だろうけど、私にとっては新鮮だからまた書く。

「釣りがはやい!」
「釣りが遅い!」
「敵をリンクさせるな!」
「敵をリンクさせてもいいから早くつってこい!」
「ヘイト管理を考えろ!」
「倒すのが遅い!」
「範囲攻撃に後衛が巻き込まれないように敵の位置を調整しろ!」
「敵の位置を調整していないで、すぐに倒せ!」
とかいうご注意の後に「馬鹿!脳みそ腐ってんじゃないのか!頭を少しは使え!何回言われたらわかるんだよ!!幼稚園生以下じゃねぇか!」などのセリフが入り、それが延々四時間にわたって続くので「うっせーんだよ、馬鹿!誰のためにこんなクソゲーやってると思ってんだよ!もうやんねぇよ!!」と言い返したら殴る、蹴るの暴行w。あざになったよ。

思うんだけどさ、部屋に監視カメラがあったらいいと思うんだよな。
まず誰かに監視されていると思うと夫の暴力の抑止効果につながる。
次にもし私が殺されたとして、映像証拠が残れば夫の詭弁に世間やマスコミが丸め込まれることはないだろう。

というわけで、私は「翼をください」ならぬ「(監視)カメラをください」を歌いたいね。

「いま~私の~願~いごとがかなうならば カメ~ラが~ほし~い、
このおうちに サツのような監視カメ~ラ つけて~く~ださ~い。
この部屋じゅうにカメラをつけて監視してたいよ~
悲しみのある喧嘩の場面逃がさぬためにも~つけたい♪」
うん、名曲になった(違。

それはともかく、喧嘩というのは二人いて成立するんですよね。
人間関係だけではなく、国家関係においてもそうで、中国様が「尖閣どころか沖縄だって俺のもんだ、異論は認めない」と言ったとしても、「さようでございますね、ご主人様」とへいこらしていれば、喧嘩は成立しない。これが「成熟」であり、女性に求められる「美徳」でもある。
この「成熟」と「美徳」が何をもたらすかといえば、さらなる「隷従」である。かくして「隷従スパイラル」にめでたく突入し、そのおかげでさらなる「成熟」と「美徳」を積むという人生修行ができるわけだ、めでたし、めでたし。

一方で、世の中には人(妻とか部下とか)には「忍びがたきを忍び、耐え難きを耐えろ」とか言ってるくせに自分はちょっと馬鹿にされただけでカッとなる人もいる。自分は「義を曲げない!!」とか言って、全く忍びもしなければ耐えもしないのだ。
で、こういう自分に甘く、他人に厳しい人が仮に正論を吐いたとしても(もちろん、こういう人がののしる相手も「自分は正論を吐いている」と思っているんだけどw)、正論を聞く耳を持つ人間などこの世には存在しない(←この点を大フォントゴシック太字で書きたいところだ)。

かくして「話し合いは決裂」し、「戦争状態」に突入する。この場合、だいたい「隷従スパイラル人生」を送っている奴隷系人徳者が、時代劇見すぎの「義を通す」系男の闘争に巻き込まれて、真っ先に死ぬ(そして「義を通す」系男は他人を弾除けにして、最後まで生き残る。なんせ「義を通すためには多少の犠牲はやむをえん」からなw)。

何の話だっけ?
なんか脱線したけど、一言でいえば、人間は殺すタイプと殺されるタイプの二種類に分けられる、ってことだ。やれやれ。

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11月26日(月)

起床時刻:12時00分

『日本破滅論』(藤井聡・中野剛志両氏の対談本/文春新書/2012.8)を読んでいたら「大衆性テスト(簡易版)」(←「人間の精神的俗悪性を計る尺度」)てのが載っていたw

藤井氏によれば、「傲慢性」と「自己閉塞性」こそが大衆的俗悪さの特徴らしい。
で、早速やってみたw (こんなan・anの心理テスト特集でも読むノリでこの本(大所高所から日本の現状を論じた憂国の書)を読んじゃいけないような気がするがw)

「傲慢性」としては以下のような質問が11個。自分に「あてはまる」個数を数えます。
●自分を拘束するのは自分だけだと思う。
●自分の意見が誤っていることなどない、と思う。
●私はどんな時でも勝ち続けるのではないか、と何となく思う。
などなど。

もちろん、私は「傲慢性」に関しては1個以外(「人は人、自分は自分だと思う」)以外は全く当てはまりませんw
傲慢どころか卑屈ですから(←これも「大衆的俗悪精神」なんじゃ?www)

次に「自己閉塞性」の質問が8個。こちらは「あてはまらない」個数を数えます。
●伝統的な事柄に対しては敬意・配慮をもっている
●日々の日常生活は感謝すべき対象で満たされている
●世の中は驚きに満ちていると感じる
などなど。

こちらはあてはまればあてはまるほど「自己閉塞性」が低くなっていいらしい。私はこっちは一個以外(「日本が将来なくなる可能性は皆無ではない」)、あてはまりませんでしたねw
「もしも奉仕すべき対象がなくなれば、生きている意味がなくなるのではないかと思う」とかいう設問とか、ハァ?すぎました。
「いや、元から生きている意味とかないですからw」だしね。

他には「我々には、伝統を受け継ぎ、改良を加え、伝承していく義務がある」なんていう質問も「自己閉塞性」の尺度を計る問いの中にありましたが、これまたハァ?でしたね。お能だかお茶だかの家元に生まれたのならともかく、私、全然関係ないしw
私が受け継いでいる日本の伝統って「空気読む力」くらいか?
更に洗練された「空気読む力」を子孫に伝える義務があるのかどうか、ようわからんね。
(と書いたけど、私、空気読めない人だから、伝統を受け継いでなかったw)

ま、基本的に伝統を重視する姿勢はゼロだねw
麺類をすするとき、音をたてる伝統とかなくなればいいと思ってるし、和式トイレも改良の余地がないから消滅したって問題ないと思ってるし。

で、合計個数が10個以上が「大衆」と認定されるわけですが、私は9個だったのでギリギリ「非大衆」でしたけど、自分の自己閉塞性は半端ないなwと。
藤井さんやら中野さんやら、高尚な非大衆から見れば、私みたいな人間は俗悪的大衆の典型でしょうねw
わかっているから、自己閉塞性を高めてるんですよw 世の中の空気悪くしないように(でも早起き生活の空気を悪くしてますから、本当はもっと自己閉鎖性を高めないといけないんですがw)

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11月25日

起床時刻:12時00分

『国土と日本人 災害大国の生き方』(大石久和著・中公新書・2012.2)を読む。日本はもはや「経済大国」ではなくなったかもしれないが、過去も(たぶん)未来も世界に冠たる「災害大国」であるッ。
嬉しくないッ!

日本の国土面積は世界の地表面積の0.25%を占めるにすぎないんだけど、全世界のマグニチュード4以上の地震の10%以上が日本で起こり、マグニチュード6以上になるとそれが20%にもなると言われているそうな。
「また世界の活火山の10%が日本に存在しており、火山活動・地震活動の極めて活発な国土の上に私たちは暮らしているのだ(P55)」そう。
ということはですよ、日本は何かを建築する際にはまず地震を考慮しなくちゃいけないということだ。
パリのシャルル・ド・ゴール空港アクセス道路の橋脚と阪神高速道路の橋脚を比べてみると、阪神高速道路のほうがずっと太い。つまり道路一つつくるのにも、それだけコストがかかるということなのよね。

日本の災害大国ぶりは地震の頻発とその大きさだけではない。

日本は2000~3000m級の脊梁山脈(日本アルプスとかああいう山々だ)が縦貫し、この脊梁山脈から流れ出る河川は短くて、流れはめっちゃ急という特徴がある。そのため、豪雨による川の水位の上昇が急激となり、洪水がおこりやすくなる。
一方、ヨーロッパの河川は大きな流れとなり、ゆったりと蛇行しながら下っていく。流域面積が非常に大きいから一降雨くらいでは大きな流量の変化をもたらさない。

更に言うと、日本は地質が複雑で不安定である。欧米のように安定した大陸地塊を形成していない。簡単にいうと日本は地盤がもろくて土砂災害が起きやすいってことだ。
そこに日本を襲う豪雨(日本は「台風の通り道」でもある)が重なり、河川の氾濫が起こると、土石崩れや土石流やらでとんでもない被害をもたらすのだ。

とまぁ、地震・地震に伴う津波・火山噴火・台風・洪水・水害・土砂崩れとここまできて、もう日本のHPはゼロよ!と思うかもしれないが、それだけではない。
日本の脊梁山脈は日本海側に大変な雪害をもたらす。ちなみに日本の国土面積の60%もが積雪寒冷地帯である。
「わが国には年間累加降雪深(一年間の降雪量の累計)が四メートルを超えるような豪雪地帯に人口五○万から、一○○万の大都市が存在している。わが国より寒いところに存在する都市は世界に多くあるが、これだけ雪が降るところにこれほど大きな人口の都市が存在する国は他にはないのである」(P74)そうな。

「まじで?カナダのオタワとかトロントとかの都市は、相当雪が降ってるんじゃないの?」とおもって調べてみたら、2chの「世界の気候について語ろう2」スレによれば
「北米の年間降雪量との比較(都市部限定)
札幌      630cm
富山      433cm
新潟      255cm
オタワ     235.7cm
モントリオール 217.5cm
トロント    133.1cm 」
(一部、抜き出し)
とかまぁこんなふうになっていて、札幌が半端ないことになってるw よくもまぁ、100万都市になったもんだw

除雪というのはものすごくコストがかかるだけではなく、大きな労力と危険を北国の人に強いてきた。実は地盤沈下という問題も招いている。
『地下水は語る』(守田優/岩波新書)によると、消雪用地下水の揚水のために日本海側の豪雪地帯では地盤沈下がすすんだそうで、1984年には新潟の高田平野で年間最大10.1cm沈んだとか。これは工業用水の汲み上げによる地盤沈下が最も激しかった高度経済成長期の年間沈下量に匹敵するそう。今は地下水揚水削減対策が進められているらしいけれど、根本的な解決には至っていないそうだ。

この先は省略するけれども、狭い平地やら都市の軟弱な地盤やら、もう次から次へと日本の国土の不幸が出てくる、出てくる。
だから道路一つ作るのにも、地下鉄一つ作るのにも、日本では欧米に比べ大変なコストがかかるそうな(しかしこんな国土によう原子力発電所なんか作ったな)。

自然条件のコストだけではない。日本では土地所有の権利意識の強さからくるコストの他に地籍(一筆ごとの所有者や境界など)が確定していないことによるコスト増もある。
日本って誰のものかわからん土地がいっぱいあるんですよ!知らんかったけど!
地籍調査の完了率が日本は49%であるのに対して、ドイツ、フランス、オランダなどのヨーロッパ各国は100%だ。ちなみに韓国だって100%らしい(再調査中)。
誰の土地かわからないってことは道路を拡張したりしようにも誰に相談していいかわからないってことだから、災害時の復旧も遅れが出る。
「1999年9月の岐阜県北部を襲った集中豪雨災害時には地籍調査済の被災地区では未実施地区より約半年も早く復旧工事に着手できたのである」(P112)
私の友人の実家は隣の家との境界が「杉の木」らしいんだけど、どこの未開国だよwと思うよね。でも今更、きっちり土地の境界を定めるとなると悶着が必ず起こる。だから地籍確定みたいな、寝た子を起こすようなことやりたくないと思うよねぇ。で、みーんな先延ばししてきたんだよねぇ。私も「臭いものには蓋」タイプだから、気持ちはわかるw。

建設省(国土交通省)の技術職の元お偉いさんが書いた本らしいけど、私が無知なせいか「へーへーへー」の連続の本でしたねw 読んだあとはすっかり洗脳されて「道路が足りない!」「ダムつくらなきゃ!」みたいな気分になりましたねw

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11月24日

起床時刻:不明

友人の誕生祝いで青山のフレンチへ。
去年だかオープンしたところだけれど、古典的な正統派フレンチだった。
アミューズの人参のムースがややしょっぱくて、前菜の鮭がかなり塩辛かったんで(鮭フレークレベル)、やたらパンがすすんでしまったw 喉が渇いたのでワインを追加したら、そのあとの魚と肉は正常な塩レベル(牛肉の赤ワイン煮込みはやや薄いくらい)で拍子ぬけだったけど、なんであの鮭はあんなにしょっぱかったんだwww 味音痴の私だけではなく、友人も「しょっぱかった」と言ってたから、間違いではないw
デザートは色々選べるし美味しかったので、これでテンションあがったw

そのあと「お茶しよう」と言って店を探すも、どこも満席で完全にお茶難民にw オモサンの絶対にすいているとこも、その日は満席だったんだよねぇ。結局、渋谷の某所(いつもだいたいすいている)に行ってお茶したんだけど、その店がなくなると困るから(そのあとにスタバが入ったりするんだろうなw)そこでたまにはお茶しようと思いましたね。本なんかも本屋がなくなると困るから、私はアマゾンを使わないで本屋で買います。

楽しくて長々とおしゃべりしてて遅くなってしまい家に着いたのが7時。旦那が怒ってるぅ~><。友達と会っていると時間忘れちゃうから気をつけないといけません。。。

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11月20日(火)

起床時刻:09時00分

11月19日(月)

起床時刻:07時00分

甘やかされ放題の実家滞在も終わり、東京に帰ればゲーム合宿。

『人生に必要な知恵はすべて幼稚園の砂場で学んだ』とかいうタイトルの本があるらしいけど(読んだことない)、わたしの場合、『人生に必要な知恵はすべて(ビデオ)ゲームで学んだ』かもな。ま、「人生に必要な知恵」ではなく、「人生に必要なスキル」かな?中年になったわたしの人生に必要なスキルはゲームくらいだもんなw
まぁ少なくとも砂場では何も学んでいないし、学校でも何も学んではいない。そもそも学校も勉強も習い事もみんな無駄だったと思う。

学校に行く意味って何かあるのかな?勉強する意味って何かあるのかな?

そういや最近の学校教育は「生きる力を育くむ教育」を目指しているとか聞いたことあるけど、「生きる力」って「金儲け力」だよね?生きていくってことは食べていくってことだから。
それなら端的に「金を儲ける力を育む教育」って言えばいいじゃん。
もしほんとに「生きる力」だか「金儲け力」を育みたいんなら、国語の授業とか全部いらなくない?「係り結びの法則」が「生きる力」に繋がる可能性はほぼゼロだと思うし。学校なんて企業の下請けやってりゃよくない?企業がシラバスをつくる。金儲けと無縁のガッコの先生やら文部省の役人やらが「金儲け力」を磨く教育計画やら授業計画をつくるほうが無理だと思うんだけど。

帰りの飛行機で『テレビの日本語』(加藤昌男/岩波新書/2012.7)を読む。放送用の日本語には色々独自な約束があるのね。「依存」は「イソン」と読んで、「異存(イゾン)」と区別するんだって。だから「脱原発依存」は「ダツ・ゲンパツイソン」なんだね。「三階建て」は「サンカイ」ではなく、「サンガイダテ」。気温の「マイナス5.3度」は英語と日本語が混じるのが駄目で「氷点下五度三分」と読む。「約三十人」は「百三十人」と混同しないように「およそ三十人」というそうな。へえ~。

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11月18日

起床時刻:06時00分

この日は大分の宿から熊本のほうへ。
朝、松原ダムの横を通ったんだけれど、水蒸気がダムの湖面から立ち上がっていて、それがダムの周囲の紅葉とあいまって(紅葉のピークは過ぎているようだったけれども)、なかなかきれいだった(わざわざ車から降りて写真を撮っている人もいた)。
この蒸気霧は「けあらし(気嵐?毛嵐?)」とも言うんだとか。川霧みたいなもんだね。

以前、宮脇俊三の『終着駅』(2012.1/河出文庫、単行本未収録原稿集)を読んでいたら「季節折々の風景を美しくするのは「水蒸気」」と書いてあった。従って、梅雨の季節の旅というのがおすすめである、なぜなら梅雨は水蒸気の作用がもっとも活溌になって風景がことのほか美しくなるから、ということであった。確かに朝や夕暮れどき、緑の谷間に流れる霧や靄は幻想的な美しさがある。
とはいえ、霧で高速が通行止めになったりしたら、予定が大幅に狂って「美しい」もへったくれもなくなるかもしれないけどなw(大分自動車道は霧のためよく通行止めになるらしい)。

妹が予約していた南阿蘇の某イタリアンで食事をしたんだけど、満席だった。小さい一軒家なんだけど駐車場も満車で、うちらが食事をしている間もお客さんが何組かきて、「予約で一杯です」と断られてた。
それにしても、妹の快気祝いなのに、妹が運転して妹が宿やレストランの予約をして、わたしがただついてまわるというねw 誰の快気祝いかわからんなw

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11月17日

起床時刻:06時00分

妹の快気祝いで某温泉宿へ。
結局、親に飛行機代も宿代も全部出してもらった上に洋服まで買ってもらって(「いらない」って言ったんだけど)、これじゃまるでわたしがたかりにきたようじゃないかw

この前、旦那と旅行に行ったんだけど、夫が割勘よりも多めに出してくれたので(「いらない」って言ったんだけど)、その儲けwがちょこっとあるから、セーターの一枚くらいは買えるんだってば。ていうか、わたしも働いているから現金収入あるんだからね!パートだけど!!

うちの親は過保護でわたしに甘いから、わたしが色々と心配で仕方ないらしい。まぁわたしに甘いから心配しているというより、わたしに問題があるから心配になる、というほうが正解だなwww 反省しろ、自分www

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11月16日(金)

起床時刻:11時30分

号無視の大型トラックの接触事故にあった妹の快気祝いで九州に帰ったのだけれど、事故った人が少しは「すんませんでした」の気持ち(慰謝料ってやつねw)を払うかと思えば、そういうのって一円もないのねw
あ、「フルーツ盛合せ」を見舞いにくれたらしいがw

結局、新車の代金は全額妹自身の保険から出しているし。
事故った側の人の保険だと、妹の車(買って半年だった)の評価が低かったのか、新車を買うとかなりの不足分が出るんだって。

向こうからは事故後、病院での検査の実費は出してくれたそう。あと、妹は会社を一日休んだそうで、その一日分の「慰謝料」(八千円くらい)をもらったらしいw
「もっと休めばよかったじゃん」と言ったら、皆に迷惑をかけるからそうはいかないんだってさ。

日本ってさ、そういう精神(「みんなに迷惑をかけちゃいけない」)だけで持ってるなぁと思うときあるね。
経営者がどんなに無理難題を押し付けても、従業員同士が一体となって「みんなのために頑張る」「みんなのために助け合う」。
私がブラック企業に勤めてたときもそうだったもん。
想像するに第二次世界大戦のときの日本軍(究極のブラック)もそうだったんじゃないか(トップのアホな判断を現場で「頑張って」なんとかする)。
自分の権利や要求だけを主張したら、みんな(既に許容量オーバー)に迷惑をかけてしまう。
「みんなだって我慢している」とセットの「みんなに迷惑をかけちゃいけない」というモラルね。

このおかげで、日本の労働者はクソい薄給でも真面目に働き、文句も言わず、デモも起こさず、休みもとらない。
私の従姉妹なんて、二十年くらい勤めている会社がずっと契約待遇で給料もあがらないんだけど(仕事だけは人員削減で右肩上がりに増えているw)、
正月も「仕事があるから」と会社に行って、タイムカードを押さずに仕事してるんだからねぇ。

私がもし「道徳」だか「修身」だかの教科書をつくるなら、最初の頁は特大フォントで「みんなだって我慢している!」って書くだろうなw で二頁目は「みんなに迷惑をかけちゃいけない!」、以上。
これだけで日本のモラルの98%くらいは成り立っているんだから、これで十分だよw

話がずれたけど、何はともあれ、いくらお金をもらうよりも体に支障がないほうがずっといいからね。
妹が故ったときは「あれ?赤なのに来てる、来てる」とトラックが近づいているのはわかっていたんだってさ。
で、一瞬ブレーキを踏むか、アクセルを踏むか迷ったらしいんだけど、結局どちらも踏まず、両手両足をつっぱって、衝撃に耐えようと思ったんだと。で、結局、後部座席のほうに突っ込まれて、後ろの車体は凹んで窓ガラスも全部割れてたね。でも、もし咄嗟にブレーキ踏んでたらもっと前のほうにぶつかっただろうから、ヤバかっただろうね。
アクセル踏んでたらひょっとしたら大丈夫だったかもしれないけど、自分の前の車に追突したらそれはそれでやばいし。
咄嗟の判断って難しいね。私には無理w だから運転しないし、田舎には住まない。

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11月15日(木)

起床時刻:08時30分

11月14日(水)

起床時刻:11時00分

博報堂生活総合研究所の3時点(1988年→1998年→2008年)家族調査にみる「夫婦関係20年変化」(2008.11.20)によると、「夫婦一緒の時間を充実させたい」と思っている人の割合は、この20年で夫婦逆転しているんですね。
端的に言うと「夫上昇(30.6%→39.3%(+8.7))、妻下降(35.2→26.2% (-9.0))」(88年と08年の比較。以下も同様)

「夫がまとわりついてきて、マジうざい」「何でも一緒にやりたがって、マジうざい」って思っている妻は(ま、そこまでは思っていないかもしれないけどw)、私だけじゃなかったんです(拡大解釈すぎwww)!!

「あなたが今一番充実させたい時間(二つまで選択)」という質問に対して、妻は「自分のプライベートな時間」が増えているのに対して、(54.5→64.8(+10.3))、夫は減少((57.3%→46.2%(-11.1))」。

この変化の背景はこんなとこだろう。
88年はまだイケイケ、ドンドン時代。夫は平日も毎晩仕事や接待で遅く、週末もやれ接待ゴルフだ、出張だと外を飛び回っている。
一方、88年はおそらくまだ専業主婦が多かったから(つまり家で暇してるんだね)、「私だけ家で放っておかれている」「旦那だけ楽しそうでずるい」「週末、どこにも連れて行ってくれない」とか不満を溜め込んでいただろう。
だから、「夫婦一緒の時間を充実させたい」と答えた夫が30.6%なのに対して妻が35.2%と、妻のほうが高かったのだ。

それが、バブルが弾けて不況になる。
接待もなくなる、ゴルフもなくなる、給料もなくなる、場合によっては仕事もなくなる。
遊ぶお金を節約しないといけないこと、「「飲み二ケーション」なんて結構です!」という若い世代の入社、そしてそもそも遊びに行くような雰囲気ではないのとで、夫は自然とやたら家にいるようになる。
妻、念願の「夫婦一緒の時間を充実させたい」が叶うわけだ。
その結果、妻は「夫婦一緒の時間って、とってもウザイ」ということがわかったわけねw
ああ、隣の芝生は青かった。

今や妻はうぜー夫は放っておいて、自分のプライベートな時間を充実させたいと思っている。
というのも、88年当時と違ってネット環境が充実しているから、ひとりで過ごす時間が格段に楽しくなっているのね。

また、夫婦一緒の時間自体、88年当時よりつまらなく、ウザイものになっていると言えると思う。
というのも「夫婦げんかをする」(よくする+時々する)と答えた世帯が過半数に上り、20年で13.7ポイントも増加しているから。
その原因は相変わらず子供のことが一番多いけども、減少傾向にあり(-9.8)、二番目の「お金のこと」が伸びている(+8.1)。
経済的に苦しくなって、お互いトゲトゲしくなっているのかもしれないですね。

また、夫婦の会話の話題で増えたのは「妻の仕事や職場のこと」(+10.7)の次は「日々の家計のこと」(+10.0)。一方最大の減少幅をみせているのが「将来の夢」(-11.7)。そして「夫婦の老後のこと」(-9.2)。
88年は「退職したら、世界一周豪華客船クルーズに行こうか」「それ、いいわね、あなた」みたいな会話をしていたのが、今や「妻の仕事や職場のこと(っていうのはどうせ愚痴だろうw)」を聞くか、「今月ピンチなんだけど、どうしよう」「また、もやしか」みたいなやりくりの話になるわけだ。楽しくない。その挙句喧嘩するw

夫婦の意識の差でいうと、「妻が寝込んだら、夫は会社を休んで家事をするほうが良い」は、夫が36.0%→50.7%と急上昇しているのに対して、妻は「36.5%→31.7%」と減少しており、現在20ポイントもの差が開いていますw
「小さな親切、大きなお世話」状態ですね。

では、なぜ夫側はかくも夫婦関係や夫婦一緒の時間を大切にしようと思っているのかについて想像してみると、「家族の機能的価値が減少している中で家族であることの意義を見出すためである」といえるかもしれない。
家事の外部サービス(中食市場など)の拡大により、家事の価値がどんどん下がっている中、とりわけ子なしの専業主婦なんか維持費はマイナスでしかない。夫側からしたら「なんで俺はこのオバハンの面倒みているんだろう?何の見返りもないのに?」と思えてくるわけだ。

しかし一方で、「自分は損をしている」と思いたくないのも道理であって(精神的苦痛をもたらすから)、夫側はそばにいるオバハンに何らかの存在意義を無理にでも見出そうとするだろう。
でも無能な主婦などは何か経済的な役にたつわけもないので(義母の介護は嫌だとか抜かすしなw)、夫側としては「感情面」「情緒面」方向で存在意義を見出すしかない。
具体的には「飲み友達は妻です」の日本酒の宣伝にみるような、妻のおかげで精神的安定を得ている、とか、妻が話を聞いてくれるのでリフレッシュできる、とか、まぁそういう存在意義を妻に見出そうとしているわけだ。
「妻にかけている金がただの無駄金だと思いたくない」という潜在的合理化意識が働いた結果、「妻と一緒の時間を充実させ(て、心の豊かさを得る)」みたいな方向に意識が向かっているんじゃないのかな。

というのは、穿ちすぎでしょうかねw

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11月13日(火)

起床時刻:08時30分

「日本で一番肌が美しいのは島根の女性――。化粧品会社ポーラは9日までに、全国47都道府県の女性の肌データを分析した「美肌県グランプリ」の結果を発表、最も美しい肌を持つ「美肌県」1位は島根県に決まった。
8月20日~9月30日、ポーラが全国の店舗などで16~97歳の女性約8万人の肌をチェックし「肌に潤いがある」「しわができにくい」など6部門で解析した結果、島根県は4部門で全国トップ3入りを果たし、“美肌偏差値”63.6をマークした。2位は山梨県、3位は高知県だった」(日経)って、5日位前のネタですがwww新聞もニュースも見ないんでwww

ちなみに最下位は茨城だったんだけど、これ、都道府県別の平均年齢の差は、もちろんないんだよね?
まぁ、常識的に考えれば「島根のポーラ顧客はなぜか若い子が多い」とかそんなのないと思うけどw。

それはともかく、これさ、この前「ためしてガッテン ついに発見!顔のシワ 本当に作らない美肌術(2012年09月19日放送)」で言ってたことと矛盾する結果だよね?
あの番組では奇跡のシワなし王国として秋田が紹介されていたんだけど、その理由は秋田の日照時間の短さ。
そのシワなし秋田県でもとりわけシワなし美肌と言われた人たちの共通点は「ずっと【屋内】で働いてきた人」。
つまり、シワの原因は紫外線!!
その理由は、お肌のハリに欠かせない「弾性線維」を紫外線(UV-A)が壊しちゃうから、ってことだったよね?

で、今回のアペックス・アイの結果ですよ。
「しわができにくい」の項目において、秋田はなんと20位。普通よりちょっといいくらいじゃねぇか。
「しわができにくい」1位の島根(日照時間短い)はいいとして、2位が高知!!
ちょっと!!高知って2010年では全国で2番目に日照時間が長いんですけど!!
そしてそして、全国で一番、日照時間が長い山梨(2010年。2011年は2番目)は「しわができにくい」11位。全国で一番日照時間の短い秋田より上じゃないのよw

どうなってんだwww
これはもう、都道府県別の日焼けどめ購入量を見るべきかもしれんwww
というのは、日照時間の短い県だと「たいして晴れていないし、ま、いっか」と日焼けどめを塗らないことが多いかもしれない。その結果シワができやすくなっている(曇りでもUV-Aはめっちゃ出てます)、ということかもしれんからなw
逆に日照時間の長い県だと一年中警戒態勢で、日焼けどめをこまめに塗るだろうから、その分効果があったってこともあるかもしれんしw
あくまで想像だがなw

ちなみに私の出身地は福岡、「博多美人」なんて言葉もあるくらい、「美人が多い」とされる県である。
で、結果はというと、総合41位www
事前投票では2位だったらしいがwww 勘違い、乙であるwww 
(美肌と美人は違う、という意見もあるだろうが、「色の白い(※美肌の象徴)は七難隠す」という俚諺もあるように、美肌と美人は切っても切り離せない関係にあると私は思う) 

ポーラは美肌の理由を主に「日照時間」と「水蒸気密度」で説明しています。湿度でいいやん、と思いますが、「例えば相対湿度が同じ50%でも0℃と22℃の空気ではその水分量は、1.9gと8.2gで4倍も違います」そうで、だから水蒸気密度でみないとイカンらしい。
ざっくりいって水蒸気密度は気温の高さに比例している。
(水蒸気密度が一番高いのが沖縄、二位が鹿児島、三位が宮崎)

ちなみに西日本新聞によると「「美肌県グランプリ」で九州苦戦 長崎10位が最高、福岡41位」という見出しで「湿気の多さが関係する項目は高評価だったものの、日照時間の長さ、紫外線の強さが九州女性のお肌の大敵になったようだ」と解説しているが、いや、全九州勢より日照時間の長い山梨県や高知県がそれぞれ総合二位、三位ですからwww適当なこと書いてんじゃねぇwww 

福岡に限定していえば敗因は生活習慣か。
「肌によい生活を送っている県」(バランスのよい食事とかストレス・フリーな生活とか睡眠時間の確保や喫煙の有無などのアンケート)で福岡が最下位(偏差値29.4www)だった(鹿児島は「肌によい生活」では全国で二位だったんだけどね、ほかがひどすぎちゃったんだね)。

ちなみに私が思うに、美肌の決め手はもちろん若さですが、それ以外でいうと、遺伝的なものじゃなかろうか。

肌のきれいな人に聞いてみてよ、「何もしてない」って絶対いうからw つまりきれいな肌の人は何もしなくてもきれい、そうじゃない人は何やっても無駄というやつですw
って身も蓋もないこと書いちゃいましたが。

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11月11日

起床時刻:13時00分

旅行に行ってきたんだけど大変だった。。。夫がブチギレて。。。
ってこの出だし、この前も書いた気がするw
(読む方も嫌になっちゃうと思いますので、先に謝っておきます。。。でも私は自分のストレス解消のために書いちゃいます)

そもそも旅行に行く前からやばかったんです。
出発当日、夫を二度ほど起こしたんだけど、起きなくてね。普段、お昼すぎに起きる夫には、朝9時に起きるのも大変ですからw夫自身もめざまし時計をかけていたんだけど、どうやら寝ぼけて切っちゃったみたい。
で、家を出なくちゃいけない時間の15分前に強い口調で、「もう15分前だよ、起きなくていいの?」って言ったら、飛び起きて「なんでもっと早く起こしてくれなかったんだよ!!!ふざけんな、馬鹿!!!オマエのせいだからな!!!サイアク!!!ほんとオマエってサイアク!!!もうオマエ一人でいけよ、俺は行かない!!!」ってわめくわけですよ。

うちの旦那はいつも10分くらいで用意をして家を出る人なんで、間に合うだろうと思ってたんだけど、旅行の準備を前の日のうちにしていなかったらしい。。。(私は夫より少し先に寝ちゃったのね)
「間に合わない、間に合わない!!オマエの馬鹿のせいで間に合わない!!」というから、「新幹線の出発時間前にみどりの窓口に行けば、一回は無料で時間変更してもらえるよ。だから私は先に渋谷のみどりの窓口いって新幹線の時間をあとにずらしてもらうね」って言ったら、「行くな!」だって。そこに座って反省しろってことらしい。

うちの旦那と私は似たところもあるんだけれど(引きこもり&友達いない)、こういうところは違うんだよね。
私はミスしたら、まずどうすればリカバリーできるか考える。
夫はミスしたらまず責任の所在(は常に私なんだがw)をとことん追求する。それで「どうしてくれるんだ!!どうしてくれるんだ!!」という。だから「こうしましょう」というと「反省してない」って言うんだよな。
(会社でミスが起こった場合って夫はどうしてるんだろう?上司のところにすっとんでいって「あいつのせいです!」って誰かを指さしてるのかなw)

そんなことしても時間の無駄だと思うんだよね。
だって時間は戻せないじゃん(おや、反省していないようだw)。
私だって、夫と同じように責任の所在の追求はできるんだよ。
「なんで朝起きられないなら、明け方までゲームをしてたの?!」とか「なんで翌日の旅行の準備をしてから寝ないの?私はそうしたよ!」とか。
でもそんなこと言っても不毛だし、言ったとしても殴られるのがオチだから、言わないだけでw

ま、結局、新幹線の時間を変更して旅行に行ったんだけどね。サイアクでしたよw
旅館でボコられたし。結局明け方まで眠れなくて色々考えたけど、私ってほんとサイアクな人間だなぁと。
人間としても女としても、あらゆる面で無価値。夫も私みたいな人と結婚してかわいそうだなっていう気がした。
だから、松山千春の歌に出てくる女の人風にさらりと家を出て行ったほうがいいのかなと思うんだけど(「貴方のことは大好きだけど、貴方の将来を思うと、私みたいな女はいないほうがいいわ。だからこっそり出て行くけど、これからも応援しているわ、今までありがとう」系。ま、私は夫のことは大好きではないが、「貴方の将来を思うと、私みたいな女はいないほうがいいわ」とはよく思うんだよね)、そんなふうに「あばよ」ときっぱり、さっぱり、かっこよく、フーテンの寅みたいにカバン一つで去れるような女だったら(しかしその場合、私が買ったお気に入りの漆の汁椀はどうなる?あとビタクラフトの鍋も)ここまでゴミクズ化してないっつーのw
私はそんな勇気もないし、そんな気概もないんだよなぁ。。。
結局、一生ウジウジしているんだろう。。。

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11月10日

起床時刻:08時00分

11月09日(金)

起床時刻:08時20分

昨日は夫がブチギレて大変だった。。。
原因はいつものことながらゲーム(ff11)なんですけどね。。。

ゲームだと何で喧嘩になるかわかりづらいんだけどさぁ、例えば、鉄道オタクの夫がいるとするじゃない。その夫が毎日、毎日、どこかで電車の写真を撮らないと気がすまない人だったとするとする。それに妻も毎日付き合わないといけないとする。なぜなら、二人だったら一人よりもいっぱい写真がとれるから。それぞれの分担を決めて写真をとるわけよ。
その結果、「肝心なところが見切れている」「撮り方がまずい」「まじめに撮れ」「何をやってもオマエはダメだ」「いくらやっても上達しない」「カス」「アホ」と罵倒されるわけよ。

はーあ、やってらんねぇ。
男ってさ、マニアというかオタクが多いよね。女もマニアというかオタクはいるけど、韓ドラオタクとかジャニーズオタクとかさ、でも夫に「一緒に嵐のナントカくんのおっかけをするんだから、真面目にやってよね!!」なんて強要するやついないじゃない。

なのに夫側は「一緒に鉄道みよう」(鉄道マニア)「一緒に映画みよう」(映画マニア)「一緒にゲームしよう」(ゲームマニア)などなど、一緒にやりたがる。うぜーっつんだよ、一人でやれや、ボケ。
なのに夫側は「夫婦共通の趣味があって素晴らしい」とか「いつも夫婦一緒で素晴らしい」とか「夫婦間の会話があって素晴らしい」とかとくとくしてるんだよね。めでたすぎる。こっちが喜んでるとでも思ってるんだろうか。
グーグル先生で「夫」と入れてそのあとにスペースをいれると類推検索で「夫 嫌い」とか「夫 うざい」とか出てくる一方、妻のほうは「妻 プレゼント」とか出てくるんだけど、それは夫が好き邦題、やりたい放題やってるから、夫側には妻に不満がないという証拠だよ。私はプレゼントなんか何もいらないから(うちの旦那もくれたがるんだけど、いらないっていってもらわなかったwイチイチ恩着せがましいんだよw)、お願いだから一人でゲームをやって私を巻き込まないでといいたいな。

話題だってジャニヲタの妻は同じようなジャニヲタの友人にしかジャニーズの話はしないだろうに、夫のオタクは妻に朝から晩まで自分の関心のある趣味の話をするんだよな。妻が「へー、そうなんだぁ」とか聞いてあげてんのは、テメェの話が面白いと思っているわけじゃねぇんだよ、思いやりなんだよ。
クソつまんねぇ上にガミガミうるさい夫と一緒にいるのはひとえにもふたえにも生活のためだよ。それ以外、自分に何の魅力があると思ってんだろう(ま、私だって何の魅力もなく、欠点ばかりしかないというのはわかっている。だからいつ離婚しようって言われてもびっくりしないw)。しかしそういう夫にフジツボのごとくひっついているしか能のない、私も情けない。。。

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11月08日(木)

起床時刻:08時30分

11月07日(水)

起床時刻:12時00分

11月06日(火)

起床時刻:08時30分

本日の夕飯はステーキ(部位はランプ)。付け合せはマッシュポテト、にんじんのグラッセ、それから野菜と豆のスープ(小さめ角切りの玉ねぎ、キャベツ、人参、それから茹でておいたひよこ豆をゆで汁も一緒に入れて煮込む)、あとは昨日の残りの白菜の浅漬け、ナスの煮物。
この時期はトマトを食べる量も減るので、トマトペーストで手軽にリコピン摂取しますw

お肉は熊本のあか牛。初めて食べたかも。赤身が多くてさっぱりしていながら、肉の旨みは十分、という感じ。夫が硬いと文句言うかなと思ったら、何も言わずパクパク食べてた。よかった、よかった。

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11月05日(月)

起床時刻:09時00分

本日の夕飯は、鶏チリ(鶏胸肉をエビチリ風に味付けにしたもの)、付け合せはキャベツの千切り(軽く塩もみしてマヨネーズであえる。そうすると多少太めの千切りでも問題なし+マヨも少量でOK)、ナスの煮物、白菜の浅漬け(昆布はガゴメ昆布を使ってみたw)、豆腐と長ネギの胡麻味噌汁(練り胡麻入り味噌汁)。私だけヒヨコマメとミニトマトのサラダ。
夫が帰ってくる前に食べちゃったw

ナスの煮物はつい先日もやったんだけど、夫がおかわりを欲しがるくらいの好物。そのときはナス、仙台麩、ゆでたほうれん草の炊き合わせにした。けど今日はお麩もほうれん草もないので、ナスのみw。

鶏チリは、鶏胸肉がジューシーに仕上がるガッテン流下処理+片栗粉コーティングでしっとりの出来。鶏肉は焼いていったん取り出し、チリソースをつくる。豆板醤、にんにくのすりおろし、しょうがのすりおろし、長ネギのみじん切り、ケチャップ、オイスターソース少々、濃度調整用に水か酒といったところ(適当)。鶏肉を戻してソースをからめた後、最期に好みで溶き卵を入れる。
にんにくやしょうがのすりおろしは奥薗流の影響。みじん切りにするよりもすりおろしちゃったほうが早いというわけで、最近はみじん切りにせず、すりおろしている気がw。

奥薗レシピでいうと(『奥薗流ごはんの基本!』)、旦那が気にいっていたのが、ひき肉でつくる親子丼。
本には「肉だんごはつなぎの卵が入っていないので、口の中でほろほろとくずれ、甘辛い味がじゅわっと口の中いっぱいに広がります。とろりと煮えたたまねぎとの相性も抜群。ちょっと甘めの味つけで、子どもたちにも大人気です」とある。うちの旦那もお子様味覚の上に、ひき肉系が一番好き(やわらかくないとダメなのね)なので、喜んでましたね。

奥薗レシピで「これはどうなのwww」と思ったのは、「大根と厚揚げの煮物」。「煮干も取り出さずに食べてしまうのが奥薗流」。奥薗先生、ワイルドっす(しかも大根の下湯でもしていないw。私も試しにやってみたけど、やっぱり大根は下湯でするべきw)。
もちろん、奥薗流はかつお節も取り出さない。「豆腐のすまし汁」でも昆布と鰹節がそのまんま具になっとるwww。

うちはカツオだしだけど、カツオぶしを入れてふたをしてしばらくたったら、鍋からボールにみそこしを通して注いで入れて出汁をとりますね。私は冷奴にかけるようなソフト削り節みたいのじゃなくて、出汁用の削り節を使っているんで、やっぱりとらないと気になるw。
それもめんどくさいときは、箸で適当にカツオぶしを鍋の中であつめて、みそこしに入れて、ぎゅっとこして終わり(ぎゅっとしちゃいけないらしいんだけど、特に問題を感じないw)。

この奥薗レシピ本で、ひとつ気になったのが「えびとグリーンアスパラガスの即席グラタン」。これ、グラタンといいつつ、オーブンで焼かないんだよね。つまり、オーブンで焼く前のホワイトシチュー的状態なんですよw

wikiにあるようにグラタンとは「「オーブンなどで料理の表面を多少焦がすように調理する」という調理法、およびその調理法を用いて作られた料理の両方を意味する。この調理法を用いたものはすべてグラタンであり、デザート用に作られるものなどもある」。つまり、焦げ目がついていないものは、グラタンとは言わないんですw だから料理名がおかしいんじゃないかなぁ。

ちなみに栗原はるみさんの『ごちそうさまがききたくて』に出て来る「ごま味けんちん汁」も、具に豆腐が入っていないのでけんちん汁とはいえないんじゃないかって思いますね。「根菜のごま汁」がより正しい名称な気がします。ま、けんちん汁には豆腐が入っているものというのは私の思い込みかもしれませんけどw。それはともかく今日私がつくった豆腐の胡麻味噌汁は栗原さんの練り胡麻使いからきていますw。

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11月04日

起床時刻:12時30分

11月03日

起床時刻:12時30分

『プロメテウスの子供たち 加速する人類の進化』(クリストファー・ウィルズ著、長野敬、森脇靖子訳/青土社/2002年6月)に、フリン効果ってのが書かれてる。
フリン効果とは「過去二十年間にわたって(1950年代から1980年代)、先進国において説明がつかないほどIQ得点率が上昇していること」(1980年代にニュージーランドのフリンが発表したそうな)。
ちなみに「IQテストのあらゆる成分が平均点で同じ増加をしたわけではない。<略>最大の増加を示したのは、多分最も文化負荷の小さいテストであった」。文化負荷の低いテストにはどんなものがあるかというと、例えば同じ図形パターンを素早く見つける系だ。

ウィルズのよると、このIQの上昇傾向が何であるかは謎のままであるけれども、要因として学校教育は除外されるという。

彼によると「たぶん、三つの要因が残り、それらすべてが脳全体の機能に影響を与えている可能性がある。
第一はテレビである。<略>カンザス大学の研究者たちは、セサミストリートや似たような多くの番組を見る子供たちが学校でよい成績をとる傾向があることを見出した。残念なことにこの研究結果では、特に子供たちの間の階級差に働く多くの他の環境要因をごっちゃにしている。<略>しかしテレビはまた、認知作用の速さに関して非常に総合的な影響力をもつかもしれない。
動きの早いコンピュータゲームで遊ぶとき、その人の認知力は急激に改善される。おそらく、テレビのプログラムやコマーシャルでの速い速度で点滅する映像の連続は似たような効果があり、反応時間と脳機能をスピードアップする。確かにそのように期待できる<略>
第二の要因は栄養摂取である。<略>
第三の要因は三つのうちで潜在的に最も重要だと私は思っている。それは小児期の病気の影響が減少していることだ。はしか(麻疹)、おたふくかぜ(流行性耳下腺炎)、ジフテリア、百日咳などほんの数十年前には非常に一般的だった病気が、我々が理解している以上に、長期間にわたる脳機能に大きな影響をもっていたかもしれない」(P324)

「フリン効果のメカニズムがどのように起こったのであれ、この効果は、家族の解体、学校教育の基礎の衰退、大衆文化が弱体化させた我々の知能の劣悪化といった同時に起こった言える猛攻撃を十分回復させるほど協力である。サイド強調するが、これは進化的な変化ではなく、むしろ環境の変化である。しかし今まで見てきたように、それは進化の変化を引き起こしうる」(P332)

第三の要因がどれくらいなのか知るには予防接種が普及したあとの先進国のIQ推移をみればわかるじゃん?
もし第三の要因が大きいのなら、1970年代以降のIQ上昇は限定的なものになるだろう。

私が思うにテレビの認知作用向上力というのは限定的な気がする。基本的にテレビ見てても、あんまり頭使わないw

一方でテレビゲームは認知能力、反射神経、情報処理のスピードを競うものが多い。与えられた情報に対し、即時で反応して動くことが求められる。
ゲーマーというのは一般的にこれらの能力が高いんじゃないかと思う。
仕事において、マルチタスクが求められ、同時にいくつもの仕事をさばき、すばやく判断を下していくことが求められる今の時代、腰をすえてじっくり読書のような娯楽よりもゲームのような娯楽のほうが脳機能強化に役立つだろう。

とはいえ、私みたいに毎日数時間、週末には12時間ゲームしていても、知的能力の向上が全く見られないケースもある。
年をとってからでは手遅れってことかもしれない。
ただ、ゲームをしているとすごく疲れるので、頭(と特に精神)には負荷がかかっているように思う。個人的にはゲームより読書のほうが脳に付加のかからない、馬鹿にやさしい娯楽だから好きなんですけどね。。。

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11月02日(金)

起床時刻:11時30分

『温泉を読む』(日本温泉文化研究会/講談社現代新書/2011年1月)、特に第三章、「「湯治」の実態をさぐる-温泉の医史学」は面白かった。

特に有馬温泉と柘植彰常の『温泉論』の話ね。ちょうど有馬に行こうかと思っていたので、興味深く読んだ。

有馬温泉って江戸時代は人気が凋落傾向にあったらしい。その理由としては、城崎温泉に客が奪われたこと、浅間山噴火以降湯温が低下したこと、飢饉でそもそも湯治客が減ったことなどがあげられる。
それで困った有馬温泉の宿主たちが柘植彰常に頼り、柘植は『温泉論』を執筆して、有馬温泉の医学的有効性を示したのだった(それと同時に泉源の浚渫(しゅんせつ)で湧出の勢いを回復させることを提案して実行させている)。

「第5章 来た、見た、浸かった、-温泉の博物学」も面白い。それによれば「江戸時代は色のついた温泉はあまり好まれていなかった」らしく、有馬の湯も江戸時代は透明だったらしい。有馬温泉は江戸時代も下るようになってしばしば濁るようになったらしいけれども、その原因は不明とのこと。

「戦後になって、有馬温泉では内湯の必要性にせまられ、天神泉源をはじめ御所・有明などの泉源がボーリングにより掘鑿された。一年中茶褐色に溷濁した湯が浴用として供給されるようになるのは、これ以降のことである」(P191)だって。

へー、知らなかった!私はてっきり、太閤(たいこ)はんもあの金の湯に浸かったんやね、こりゃ有難いとか思ってたけど、その当時と今とでは泉源からして、全然違うのね(ま、昔から有馬の湯は鉄分を含んでいたことは有名だったらしいけど)。

それにしても有馬温泉のマーケティング力はすごいなw
「金の湯」前の「日本第一神霊泉」の文字を揮毫したのは清国文人の江芸閣(こううんかく)なんだそう。背面には京都大徳寺の僧による漢文で「有馬温泉の効用を得ようとするなら、まず『温泉論』を読め」的なことが書いてあるらしい。温泉論の一読を勧めることにより、「神霊泉という伝統的なブランド湯が科学的な実効性をともなうことを入浴客に知らしめようという目的があったと理解することができよう」(P110)とある。確かに。

それに加えて、揮毫が清国文人、漢文の説明書きが大徳寺僧侶というのもインパクトが大きかったんじゃないか。1827年ころにつくられた石碑らしいが(最初は別の場所にあったのを後世に移動)、当時はまだ、清国は文化的先進国という認識であったろうから、その先進国の知識人がお墨付きを与えたというのは、世界文化遺産登録みたいなお墨付きだったんじゃないか(日本人が外人の評価に弱いのは昔からかw)。それに大徳寺の僧侶は言うまでもなく、一級知識人かつセレブと思われていただろうから、こちらも宣伝効果抜群に違いない。

更に言うと、戦後の神戸市及び有馬温泉のブランド戦略もすごい。戦後にボーリングで湧き出した泉源を使いつつ、あたかも「金の湯」が太古から湧き出ており、昔から金泉がありがたがられていたようなイメージ戦略。
歴史、効能、文化、太閤はん、大谷崎、金持ち、セレブなどなど、有難いもろもろによってミックスされたイメージを有馬は形成してきた。だいたい「金の湯」っていうネーミングからして、そのものずばりだよね(江戸時代は「一の湯」「二の湯」という名前で、その後は「元湯」とかいう何の変哲もない名前だったはず。ちなみに商標登録されたのは「金泉」が1992年、「銀泉」は2000年だとか)。

だからこそ有馬温泉に対するブランド・ロイヤルティの高さはちょっと他の温泉地では想像つかないところがある。
というのも、以前、京都出身の友人が親孝行で「有馬温泉に両親を連れて行く」という話をしていて(温泉といえば関西では有馬なんだとさ)、「有馬を草津や別府と一緒にしないで」オーラが半端なかったんだよねw。湧出量や源泉数からすると、有馬は草津や別府の足元にも及ばないくらいのしょぼさなんだがw

有馬温泉がこんな湯量でこのステータスを保っている(宿泊料金の高さは日本トップクラスだろうw)っていうのは、湧出量はしょぼいがブランド・エクイティが莫大だから、であろう。
と書くと、「有馬は湯量ではなく、湯の質がすっごく良いのだ」という反論されるかもしれない。入ったことないのでなんともいえないけどw 
しかし有馬の湯量は観光客の数に比してあまりにも少ないので、質のほうも担保できなくなるんじゃないかっていう気がする。

そもそも「有馬温泉全体の総湧出量は約900L/分(地質調査所データ)」(「温泉の科学」というHPのやませみさんの記述による)しかないんです。しかも、「高温の塩化物泉の湧出量はそのうちの1割前後にすぎない」そうな。一般的に湯船を衛生的に保つには客一人当たり毎分1リットルの源泉が必要と言われている。なのにアンタ、有馬温泉の「金の湯」という公衆浴場には一日に多いときで3000人入るらしい。これはもう、湯量が全然足りない。となると、相当な加水をするか、消毒剤を入れないといけないだろう。

ちなみに、われらが別府温泉郷の湧出量は95,186リットル/分、由布院は41,242リットル/分。源泉総数は別府温泉郷が2,795、 由布院が814。( 出所:日本温泉協会(「温泉」2002年7月号、2000年度調査、HP「温泉統計」より転記)源泉数(有馬では「泉源」というらしいが)だって、有馬は少ない。「泉源一覧表」というHPによれば40くらい。

やませみさんによると「おおむね湧出量が60リットル/分あれば、掛け流しの浴場をつくるには充分な湯の量を確保できます」とのこと。だから有馬でかけ流しはマァまず無理、となるだろう(一部の宿ではやっているけれども、泉源の湧出量が毎分60リットルに満たないから、私らのイメージする源泉かけ流しとだいぶ違う。貴重な貴重なお湯のため、有名高級老舗宿でも浴槽の掃除が七日に一回だったりするから、消毒剤は必須)

とか色々書くと有馬温泉にケンカ売ってるようだが、いやいや、私は有馬をすごいと思っているのです。顧客のブランド・ロイヤルティが高い企業としてコカ・コーラやアップルがよく挙げられるけれども、私はそこに有馬温泉を付け加えたいねw

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11月01日(木)

起床時刻:08時30分

『温泉を読む』(日本温泉文化研究会/講談社現代新書/2011年1月)を読む。「まえがき」によると、温泉文化研究会ってのは立派な学術研究会であって、そこらへんの有象無象の一般人の集団とは違うらしいんだが、その日本温泉文化研究会がなぜ新書を出したのか。
「理由はおおきく三つある。その一は、温泉地への”疑問”」
泉源に祀られている薬師堂や神社が草ボウボウだったり物置状態だったりするらしい。「おおぜいの観光客を呼び込むため、イベントの企画などでそんな余裕はないのかもしれないが、自分たちの歴史、先人たちの営みを大切にできない温泉地、みずからの足元を見据えられない温泉地に将来はない、と思う」

「二つめは、温泉地(湯治場)という場の歴史的な特性が、あまりにも知られていないという”危惧”」
(江戸時代は癩病患者も各地温泉場で湯治をしていたが、「明治維新以後、観光地化という大きな潮流のなかで病者は忌み嫌われ、湯治の効能に最後の望みを託した彼らは、温泉場からしだいに排除されるようになったのである」多くの新書や選書の温泉本は「歴史的な"場"」としての温泉を無視しているのが問題)

「三つめは、温泉についての学術的な知識が、正しき市民に伝わっていないことへの”苛立ち”。これまで出版されてきた温泉本のなかには、ことに「歴史」や「温泉文化」をテーマとするものには、誤りの多い本が少なくない」
「史料や先行研究を吟味する(読む)こともなく、思いこみだけで書かれた本もある。思いこみであるから、温泉の歴史や文化を知るうえで重要な背景、すなわち政治や社会・経済の状況、あるいは風俗や地理的環境などについての知識は完全に除外されており、たんなる創作の域をでない。だが、これも”学術的”な著作として、一般には受け入れられている」

あ、それってM田教授ですよね、M田T徳教授の著作のことですよね?なんてゲスな勘ぐりをしてしまうが、もちろん誰が書いた本なのかは書かれていないw
それはともかく、なかなか楽しく読めた。私が無知なおかげで知らないことが多くて「へーへーへー」でしたね。

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