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起床時刻推移グラフ

目標起床時刻:08:00 平均起床時刻:09:54

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12月31日(月)

起床時刻:不明

ゲーム。一応年越しそば。紅白って旦那と暮らすようになってからは見たことないな。正月休みはゲームしかしないから。

人の一生は重き荷を背負いて遠き道を行くがごとし、という。
うつ病患者の戯言ではない。
かつて日本の最高権力を極めた者のセリフである。
トップがこれなんだから、下は推して知るべしである。
上から下まで、人生とはトロッコ労働みたいなもんで、楽しいはずがない。
なんで生きているのかというと死ぬのが怖いからである。

何十年後かには自死の自己決定権というものがまともに議論されるようになるだろう。「ぽっくり逝ける権利」すなわち「ぽっくり権」みたいなものね。「ぽっくり権」があれば、池田小の犯人みたいに死刑になりたいがために他人を殺しまくるような事件もなくなるだろうし、硫化水素自殺の巻き込まれ事故死とかもなくなるだろう。

制限はあるだろうが(例えば70歳以上とか、苦痛を伴う重い病気で死にかけているとか)、「ぽっくり権」を認めれば医療費負担や年金負担が減り、生活保護費(3割は老人)が減り、人々が老後や病気に備えて貯めていたお金を消費にまわすことができ(いざとなったら死ねばいいんだし)、内需は拡大し、経済成長し、税収が増える、とまぁいいことだらけなわけだ。
ま、「ぽっくり偽装」とかいう殺人が出てきそうだから、いいことだらけとはいかないけど。それに「ぽっくり権」とか言い出したやつはキチガイ扱いされる、ということがあるなw「モラルが乱れる」とか言われそうだし。でも歴史を見れば、昔の人だってモラルなんて全然ないじゃん。

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12月30日

起床時刻:12時00分

本日はAM5:00までゲームだよ。
旦那はさっき寝たけども。
「夫が眠くなるまでゲームをやる」っていうルールをどうにかしてくんねーかな。こっちが眠い場合は無視なんだよなw 私が「眠いから明日にしよう」って言っても、「文句ばっかり言うな!」だしなw

たぶんうちの夫、私が末期ガンでヨレヨレになっても「おい、ゲームするぞ、準備しろ」とか言ってるだろう。私が「こっちはガンなんですけど!」とか言っても、「いや、俺はガンじゃないし」って言ってそうだよw 

それか「ガンなんかになって俺に迷惑かけやがって!ゲームできないだろ!」と切れてるか。

あるいは「ガンになるような役立たずの嫁を追い出さずに養ってやってる、俺って優しい」と言い出すか。

ま、どれもありそうだから、私は絶対に病気にはなれないね!
今でも役立たずでうざがられているのに、病気になって更に役立たず度がアップしてしまったら、完全ゴミ扱いだろうな。

さて、これを書いているのは大晦日。
また一つ年を重ねるわけだ。ということは、加齢に伴い、必然的にゴミに近づいているわけだ(年をとれば病気やらボケやらで役立たずになるわけで)。

「たとえ役立たずだとしても、ゴミになるわけじゃない!!」っていう意見もあるけれども、人間関係なんてすべからくギブアンドテイク、ギブがなくなった時点で空気と化し、ギブなしのテイクばかりになった時点でゴミ扱いになるんすよw ま、親の子への愛情は別かもしれないけど、家族だろうが、友達だろうが、会社だろうが、どこでもいつでも人間以外に対してもそういうふうにできている。

「人は死ねばゴミになる」んだけど、死ぬ前から段々と役立たずになり、徐々にゴミ化しているともいえる。人生というのは、とりわけ長生きというのは、必ず敗北で終わるんだ。書き初めをするならメメント・モリ的な意味で「敗北」って書いたらいいんじゃないかw それか「うんざり」でもいいなw まぁでも、単に死ぬことよりも、弱って役立たずとなって死ぬことが問題なんだ、多分。。。

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12月29日

起床時刻:11時30分

おゲーム&ピザ。
早く正月休み終わってくんねぇかなー!!!!

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12月28日(金)

起床時刻:10時30分

『失敗のメカニズム 忘れ物から巨大事故まで』(芳賀繁/角川文庫)は、2000年発行の単行本を文庫化したものだけれど、私の買った本で一三版だって。売れてるねぇ。それだけ失敗に悩んでいるヒトが多いのかもしれんね。私なんだが。

タイトルには「失敗」とあるけれども、厳密に言うと「ヒューマン・エラーのメカニズム」の話。見間違いや思い込みなど何らかの理由で周りの期待するようなパフォーマンスを発揮できず、本人の意図に反して周囲の人・物・動物・システム・環境などを傷つけたり損なったりするようなエラー・事故・ミスの話ね。

本書は交通事故や医療事故、あるいは忘れ物などのうっかりミス(著者の体験談多しw)など広範な事例をひきながら、原因、対策、心理状態などについてわかりやすく書かれている。

私は自分には事故傾性(事故を起こしやすい性向)があると思うんだけど
著者によると、「何十年か前までの安全心理学では、事故傾性の研究が盛んに行われていたが、現在では、事故傾性というようなものがそもそも存在するのかどうか疑われているし、事故傾性という概念は事故防止には役立たないのではないかと怪しまれている」らしい。
まぁ確かに、大部分の事故は普通の人が起こしているのだから、「個人のせい」にしたがるのは益よりも害が多いのかもしれない。また「個人」に責任を負わせて、安全対策の怠りに蓋をするような経営者や管理者も多くいることだろう。
しかしながら、私は時代に逆光して断言するのだが、絶対に事故傾性はあると思う。例えば、サザエさんと彼女の母親フネを比較すれば明らかなように、サザエは事故傾性を持つと言えるはずだ。

ちなみに交通事故などを二回以上繰り返して起こした人や、重大な事故を起こした人の性格や態度には次のような特徴があるという。
①情緒不安定
②自己中心性
③衝動性
なんだそうな。
まぁ確かにサザエとフネを比較した場合、確かに情緒不安定性も自己中心性も衝動性もサザエのほうが高そうだけれども、私はもっとほかに原因があるような気がしている。
例えば、老人は交通事故を起こしやすいけれども、その理由は老人が「情緒不安定で自己中心的で衝動的な老害どもだから」というだけではないだろう。

この間やっていた『ためしてガッテン』で「40代からすでに危険! 転倒死をホントに防ぐ」にそのヒントがある。
番組HPによると「番組で転倒の理由を詳しく調べてみたところ、足の「冷え」や、2つ以上の動作を並行して行う「ながら」状態が引き金になっていることが分かりました」とある。

番組内で紹介していた事例は「居間のテーブルを片付けようと布巾を手に近づいたところ、カーペットにひっかかり、こけた事件」である。
つまり室内転倒は「足の冷えによるバランス感覚の低下」や「加齢のため歩行時の足の上げ幅にばらつきができたこと」という身体機能の低下と、脳のマルチタスク許容量の低下という、いわば「脳力」の低下とが、合わさって起こるということだ。

事故傾性というのもこれを参考に考えられるんじゃないか。
つまり身体機能と脳機能の低下のダブルパンチ。
例えば壮年でも、疲れている時や眠い時(身体機能の低下時)や、心配事があるとき・急いでいるとき(脳のマルチタスク許容量低下時)は注意力が低下し、事故を起こしやすい。
サザエは身体的には元気だけれども、おそらく脳のマルチタスク許容量が低いタイプだろう(「思い込みが激しい」「一つのことに熱中して他のことを忘れる」など)。

ここで本書に戻ると、注意力という資源は一定らしい。
「注意を一点に集中すると、不注意の対象が増え、注意する対象を増やすと一つ一つの対象への注意力は低下する。<略>「配分できる注意の全体量は一定で、どこかにたくさんつかうと他で不足する」という原理は、人間の情報処理過程全体に当てはまるのである」(P96-97)
で、私の仮説なんだけど、
・この注意のリソース量が元から多い人と少ない人がいるのではないか(例えば多方向に注意を向けなければクリアできないようなシューティングゲームが得意な人(男性に多いが)は、元からリソース量が多いのではないか)。
・またリソースの配分の仕方が人によって異なるのではないか(例えば女性は家事やら育児やらを複数同時作業を得意とするので、マルチタスク向きと言われる。男性は狩りなどに象徴されるように一点集中型と言われる)。
・そして加齢とともにリソース量が減るのではないか(だから高齢者の事故が多いのではないか。一度に情報処理できる量が減り、すぐにビジー状態になって頭がフリーズしてしまう。
パニクってブレーキとアクセルを踏み間違えるのは、情報のインプット許容限界量が少ないためだろう)。

まぁ「だからなんだっつーんだよ?」と言われれば、「だから私の注意リソース量は元から少ないんですッ、これが限界なんですッ」と言いたいだけなんだけどさw

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12月27日(木)

起床時刻:08時00分

パートの私は今日が最終日。職場の皆でランチに行く。社長のおごりw
帰りに紀伊國屋書店で本を色々買う。

家に帰りたくないので、帰りに喫茶店で本をちょっと読む(ダメ主婦すぎて、すみませんwww)。
「家に帰りたくない」といえば、昭和のヒット曲「氷雨」は
「飲ませて下さい もう少し
今夜は帰らない 帰りたくない
誰が待つと言うの あの部屋で
そうよ誰もいないわ 今では」
とあるけれども、私の場合は
「読ませて下さい もう少し
今夜は帰らない、帰りたくない
誰が待つというの あの部屋で
そうよ夫いるのよ 今では」
だな。
寒い部屋にひとりで帰るのも嫌かもしれんが、「ゲーム!ゲーム!」とわめく夫が待つ部屋に帰る(そしてゲームに付き合えば悪口雑言のオンパレードで「ダメだし」される)のもなかなかのもんだぞw

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12月26日(水)

起床時刻:不明

この日は玄関、換気扇の掃除など。
換気扇は中のファンは11月に掃除しておいたので、フィルターだけ。
あとはちょっと丁寧にお風呂掃除したり。。。

そして夫が会社を休んだ。。。。
人の休みに合わせて休むのやめてくれないかな。。。
そしておゲームをやる。。。
ゲームにはウンザリだッ!!!!

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12月25日(火)

起床時刻:不明

パートに行った。年賀状を出した。
三連休がしんどかったので(夫がいるからね)、パートに行ってくつろいだ。
夜はおゲーム。

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12月24日(月)

起床時刻:不明

おゲーム。夜はラーメン。

ギャグマンガ日和のOP「アタック!ギャグマンガ日和」の替え歌、ネトゲバージョンで。「だいたいこんな感じ~」私の日常。。。

「ネトゲの中には魔物がすむの
頼れる仲間は皆目がイッてる
ネトゲにかーけた青春、でも皆目がイッてる~!
私とあなたは友達じゃないけど あなたの二アカとわたしは奴隷~
大体そんな感じ ギャグマンガ日和~!」

「オアフ!ハワイ日和」のほうでも。
「マウラ-セルビナ日和」かな。。。

「白い波とセルビナ・ビーチ(アローハ!)
浮かぶ浮かぶネトゲクルーズ(マハロ!)
忘れられない思い出
キチガイのか~おり、あぁネトゲ
ギャグマンガ日和~!」

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12月23日

起床時刻:不明

ゲーム。夜はピザ。
「夫が妻と一緒にいたがるとき、妻は夫をうっとうしく思っている。
妻が夫をうっとうしく思わない家では、夫が妻をうっとうしく思っている」
夫婦関係というのは、たいたいてどちらかが我慢していて、我慢していない側が我慢している側と一緒にいたがる。

「濡れ落ち葉族」というのが発生するのは、夫が妻の背中にピタリと貼りつくことで居心地のよさを感じるからだ。なんでも「はいはい」と言うことを聞いてくれるんだもんな。一方で妻が「濡れ落ち葉族」にならないのは、夫の背中に貼りついても不愉快なだけだからだ。
夫だって貼りついた先が「お茶入れろ」「コーヒー入れろ」「お茶さめた」「コーヒーがまずい」「なんかお八つない?」「せんべいはいやだ」「食事が多すぎる」「少なすぎる」「脂っこい」「物足りない」「寒い」「暑い」などなど文句のいわれ通しだったら居心地が悪くて近寄りたくもないだろう。
貼りつきたい背中があるのは幸せなことである。なのに世の濡れ落ち葉族は「”濡れ落ち葉族”などと夫をバカにしおって、けしくりからん!」などと見当違いに怒り出すのである。だからオマエは濡れ落ち葉族なんだよ。

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12月22日

起床時刻:不明

ゲーム。

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12月21日(金)

起床時刻:10時30分

芸術がわからない。
って、暮れも押し迫ったこのクソ忙しい時期に持ち出すような話題ではないけれども。

先週、所用で新宿に行ったついでに割引があったので損保ジャパン東郷青児美術館で絵をみてきたのだけれど、一番感心したのは日本電気硝子の「見えないガラス」TMだったりする。どんだけ芸術的感受性が低いんだ、自分。

ちなみに「見えないガラスは、ガラス表面に反射防止機能膜を16層形成することで、反射率を0.08%程度に抑えたもの」(全然わからん^^;)で、東郷青児のある作品にかぶせられていたんだけど、反射がほぼないせいで、まるでガラスで覆われていないみたいなの。手を伸ばせば絵にふれられそうな。いやあ、すごい。

とだけ書くと、オマエはなにを見にいったんだッ!!と怒られそうなので、印象に残った絵について書くと、相笠昌義の「交差点にて、あるく人」かな。
この人の絵に出てくる日本人の「平たい顔族」感は半端ないw もうほんとに、顔が平たいw。顔がカメムシみたいだw。そして足が短い。また歩き方が格好悪い。日本人は膝をカクカク曲げて歩いているっていうことがわかる。気を付けないとね。
とかまぁ、そういう「人の絵を見て我が振りなおせ」的な感想はともかく、この絵の全体を覆う寒々し~い感じがいい。不思議な魅力のある絵だと思いましたね。

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12月20日(木)

起床時刻:08時00分

パート先の忙しさが半端ない(※私を除く)。

というのも、外資系は12月決算だから、余った予算を消化しようとする駆け込み需要が発生するんだよね。
確保した予算は返さない、絶対にだ!!というのは、外資だろうが日本企業だろうが、公務員だろうが民間だろうが、どこでも一緒さね。その部署の持っている予算の規模がそこの部署に所属する人の権限の強さにつながるんだもん。

まぁそれはともかく、勤務先の人たちは本当に忍耐強い。感心する。私だったら「やってられっか、バッキャロー!!」と叫んで逃亡したくなるような忙しさなのに、皆、温厚かつ丁寧に仕事をしている。年下なのに。たいしたもんだね。どうやったらそんな人格者になれるのか、ひとりひとりに生い立ちについてインタビューしたいわw

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12月19日(水)

起床時刻:11時00分

『女ことばと日本語』(中村桃子/岩波新書/2012.8.21)が面白い。

女ことばといえば、以前『女ことばはどこへ消えたか?』(小林千草/光文社新書/2007)を読んで正直がっかりしたんで、この本もあまり期待していなかったんだけどいい意味で裏切れられた。
本書でたてられる問いは「女ことばはどこへ消えたか」ではなく「女ことばはどうやって形成されたのか」なんですね。
本書は「女ことばは、女性が実際に使っている言葉づかいから自然に成立した」という考え方を疑う立場から始まるんです。

これだとストンとくる。
というのも、私の育った田舎は皆方言で、いわゆる女ことばを使っている人なんて、ほとんどいなかったから。元から女ことばなど、なかった。
女ことばの守り手であると言われる年配の女性でも、だいたいが「コラ!テツヤ!なんばしようとか、あんた、はよ学校行ってこんか」「あんた近所の人からなんて噂されようとか、知っとーとか?はよ学校行ってこんか、ばかちんが」みたいな感じであった(ま、私の母は東京出身だから、いわゆる普通の「女ことば」も使っていたけど)。

従って「最近の女性の言葉づかいが悪くなった・荒くなった」云々という言説を聞く度に思うのは、いやいや、最近どころか母世代・祖母世代・曾祖母世代にさかのぼっても、「なんばしよっとか、このバカチンが」などという、女ことばには程遠い言葉づかいだったでしょうよ?田舎では、ということであった。

だから私には女言葉なんてフィクションに思えるのだ。自然発生的なもんじゃない。まぁ東京の山手じゃあ自然発生したのかもしらんが、うちは東京じゃなかですばい、ということだ。

「最近の女性は言葉づかいが汚い」という言説を聞く度にモヤモヤ感じていたものが、本書を読んで、ああそういうことだったのね、と納得いく部分があった。

でも、「女らしい言葉づかい」は押し付けられたものだけではなく、媚を売るためとか、お品よく思われたいとか、お育ちよく思われたいとか、ハイカラで洒落ているとか、そういう思惑から女性が自らすすんで選択し、アピールしてきたものでもあるんだよね。

言葉程度で人の印象を左右できるなら、安いもんだぜ、ケケケ。というわけで、損得勘定で考えると、シチュエーションによって言葉を使い分けるのが一番いいし、皆、ある程度はそうしているんだと思う。

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12月18日(火)

起床時刻:07時30分

『100歳までボケない101の方法 脳とこころのアンチエイジング』(白澤卓二/文春新書/2010.9)を読んだ。
40の今からボケない訓練をしとればボケんだろう!!!
これでボケたら訴えてやる!!!と思ったけど、訴えることができたらボケてないw

だいたいは聞いたことがあるような法則なんですけれども、法則80.に書いてあることに、ちょっと「え?」と思ったんだけど。
「65歳以上の健康な男性を25年にわたって追跡調査した結果、健康で長生きをしている人には、3つの共通点がありました。
①低体温
②経津駅中のインスリン濃度が低い
③血液中のDHEA-S濃度が高い」
②と③はともかく、①の低体温って!!
世の中的には「低体温、ダメ絶対」じゃないの?
ほら、平熱が低いと免疫細胞の働きが鈍って、ガンが増殖するとかなんとか言うてなかったっけ?だから生姜食って体温上げろ的な話なかったっけ?

「低体温に関してはSir2長寿遺伝子は冷蔵庫にあった酵母から見つかったことを思い出してください。冷蔵庫はまさに低音状態です。また、カロリー制限しているアカゲザルが健康で長生きしていますが、この長生きしているサルも体温が低いことがわかっています。
ヒトでいえば、体温が低い状態は、体の代謝が低下し、その結果活動が最低限に抑えられるために、余分なエネルギーを使わずにすみます。これはインスリンの濃度も関係してきますが、無駄にエネルギーを使わないことが長生きの秘訣です」(P154-155)って!!

私低体温にはちょっと自信がある。
数少ない自信のある分野だ。低体温、低血圧、低血糖、低脂肪、低コレステロールと私は全部「低」のヒトなのだ(低能‥‥‥と書いて落ち込む)。

いやあ、世の中「朝食は食べるな」とか(この著者は「朝食は食べろ」派)、「今までの常識とは何だったのか」としか言いようのないことが言われるようになっているけど、そこに「低体温がいい」も入るんだろうか。

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12月17日(月)

起床時刻:09時40分

12月16日

起床時刻:13時30分

おゲーム。
何をそんなにやることがあるんだ?と思うでしょう。
でもあるんです。

都はるみの「夫婦坂」ですよ。
「この坂を 越えたなら最終装備が 待っている~
そんなことばを 信じて越えた七坂 四十路坂~♪」

しかしこの坂を越えて「最終装備」をゲットしたら、「あ?もうその装備、時代遅れだから、ププー(笑)」となり、次の最終装備の坂が待っているのだ!

鼻先に人参をぶら下げられ、追いかけ続けてやっと掴んだかと思ったら、その途端に陳腐化し、「はい、最新版の人参はこっちですよ、それもう腐ってますよ」と言われ、また人参を追い求め続ける。

それが人生。

「あ~あ~、川の流れのよ~に~、お~だや~かに~、この身をま~かせていたい~♪」という歌があったが、川の流れにこの身を任せて無為無策のまま、どんぶらこーどんぶらこーと川を下っていったら負け組になるんやで!!「うわ!知らんうちに、どこかの岸に打ち上げられとった!!」ってなるんやで!!

だから必死でみんなもがいているんじゃ!!ま、もがいた挙句、溺死→やっぱり岸に打ち上げられる、になるパターンも多いがなw

まあ、そんなわけで、「世の中は常に"もがもが"渚漕ぐ」って百人一首の歌にもあるんじゃ!って、これは昔読んだ小林信彦の小説に出てきたんだけど、こっちのほうが実感にあっとるわいw
ゲームの話からずれてしまったようだけどw

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12月15日

起床時刻:09時30分

おゲーム。
ミーブル・バローズ、初級から特級まで達成3でクリア。
しかも中の人二人の3キャラです。

学者のオーラが弱体される前の駆け込み需要?というのか、うちの旦那もかなり必死に新ナイズルやっていて、ついこの前、新ナイズル装備コンプしおったwww
今は、ナイズル緩和してその上でオーラ弱体がまだということで、ボーナスタイムみたいだね。

横で見てたりしてたけど、新ナイズルはほんっと難しそう。難しいだけでなく、運が絡んでいたからね。
私も新ナイズル装備にはほしいのがあるけど、行くとしたら暗黒‥‥‥無理だわ><。

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12月14日(金)

起床時刻:10時30分

『夜と霧』の新訳(池田香代子訳)を読んでみた。
いくつか印象に残った箇所を。

「収容所暮らしが何年も続き、あちこちたらいまわしにされたあげく一ダースもの収容所で過ごしてきた被収容者はおおむね、生存競争のなかで良心を失い、暴力も仲間から物を盗むことも平気になってしまっていた。そういう者だけが命をつなぐことができたのだ。何千もの幸運な偶然によって、あるいはお望みなら神の奇跡によってと言ってもいいが、とにかく生きて帰ったわたしたちは、みなそのことを知っている。わたしたちはためらわずに言うことができる。いい人は帰ってこなかった、と」(P5)

「人間はなにごとにも慣れる存在だ、と定義したドストエフスキーがいかに正しかったかを思わずにはいられない。人間はなにごとにも慣れることができるというが、それはほんとうか、ほんとうならそれはどこまで可能か、と訊かれたら。わたしは、ほんとうだ、どこまでも可能だ、と答えるだろう。
だが、どのように、とは問わないでほしい‥‥‥。」(P27)

「被収容者が宗教への関心に目覚めると、それはのっけからきわめて深く、
新入りの被収容者は、その宗教的感性のみずみずしさや深さに心うたれたないではいられなかった」(P55)

「ユーモアも自分を見失わないための魂の武器だ。ユーモアとは、知られているように、ほんの数秒間でも、周囲から距離をとり、状況に打ちひしがれないために、人間という存在にそなわっているなにかなのだ」(P71)

「ひとりの人間が避けられない運命と、それが引き起こすあらゆる苦しみを甘受する流儀には、きわめてきびしい状況でも、また人生最後の瞬間においても、生を意味深いものにする可能性が豊かに開かれている」
「人間はどこにいても運命と対峙させられ、ただもう苦しいという状況から精神的になにかをなしとげるかどうか、という決断を迫られるのだ」
(P114)

「もういいかげん、生きることの意味を問うことをやめ、わたしたち自身が問いの前に立っていることを思い知るべきなのだ。生きることは日々、そして時々刻々、問いかけてくる。わたしたちはその問いに答えを迫られている。考えこんだり言辞を弄することによってではなく、ひとえに行動によって、適切な態度によって、正しい答えは出される。生きるとはつまり、生きることの問いに正しく答える義務、生きることが各人に課す課題を果たす義務、時々刻々の要請を充たす義務を引き受けることにほかならない。」(P130)

(被収容者の中から選ばれた残酷なカポーもいれば、監視者の中にも善意を持った人間がいたということを受けて)
「こうしたことから、わたしたちは学ぶのだ。この世にはふたつの人間の種族がいる、いや、ふたつの種族しかいない、まともな人間とまともではない人間と、ということを。このふたつの「種族」はどこにでもいる。どんな集団にも入りこみ、紛れこんでいる。まともな人間だけの集団も、まともではない人間だけの集団もない」(P145)

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12月13日(木)

起床時刻:07時30分

お弁当は焼き鮭、大根と豚肉のピリ辛炒め煮、キャベツ・人参の塩麹漬け柚子風味、菜飯、リンゴ。
夕飯はおでん(大根は昨日下茹で済。他はこんにゃく・卵・練り物)、高菜チャーハン、キャベツと人参の塩麹漬けの残り。旦那が帰ってくるのが遅かったので、おでんにちゃんと味が染みてよかった。

**********
今週末は衆院選。。。
どこに投票すればいいのか、さっぱりわかんない。。。
夫にどこに投票したらいいか聞いてみたら、「「ボートマッチ」をやってみたら」というので、「毎日ボートマッチ」というサイトをみてみた。

ボートマッチはインターネットのサイト上でいくつかの質問に答えて、自分の考えと各政党の考えとの一致度を測るテスト。
ほぼ全質問に対して「わからない」と答えたいところだけど、そんな選択肢はないので、なんとなく、適当に選んでいったら、自分の考えと一致度が一番高かったのが同率(50%)で「新党日本」と「新党大地」www

夫にもやってもらったら、合致度が一番高かったのが「新党日本」で55%、次いで「公明党」で53%。

というわけで、我が家では「「新党日本」が圧勝www」の結果になったけど、「新党日本」って名前はご大層だが、党員は田中康夫ひとりだからなwww
「今はひとり」を立ち上げた山本太郎さん(党員ひとり)と同じだかんね。ま、「今はひとり」の山本太郎と違って田中康夫は「元はふたり」だったんだけどwww 余計悪いわwww
どうせ田中康夫はボッチ体質なんだろうし、「新党日本」じゃなくて「新党ひとり」のほうがあってそうだwwww

ついでにいうと「新党大地」も「新党ほぼひとり」(ほぼ鈴木宗男だけなイメージ)だがなw あ、松山千春がいるかw

どうにもこうにも政党の数が多すぎるから、党員が少ないところは「だいたいひとり同盟」でも組んでくれればいいんだけど、組めないからひとりなんだろうねwww 

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12月12日(水)

起床時刻:09時20分

珍しく夫が外で食べて帰るらしく、今日の夕飯は甘辛く煮たお麩と三つ葉の卵とじ丼、レンコンのおかか煮の残り、納豆汁(「きょうの料理」の本多京子さんレシピ)、リンゴという、絶対に旦那には出せないようなメニューw

*********
たまたま『ちくま』12月号を手にとってみた。斎藤美奈子さんの「世の中ラボ」は「最近の私の関心事のひとつは炭鉱と石炭である」と始まる。

彼女によると石炭は過去のエネルギー源ではない。
2009年度の数字だが、資源別の日本の電力は、石炭が24%も占めているそうな(原子力が31%、天然ガスが27%)。

日本は大量の石炭を消費している世界一の石炭輸入国。もっとも、日本国内の石炭は枯渇してしまったわけではない。ただ、日本では採掘コストが合わなくなってしまったので次々に閉山したのだ。いまも現役の坑内掘炭鉱は釧路コールマイン一坑のみだとか。

そんな斎藤さんの紹介している本は『明るい炭鉱』(吉岡宏高)『むかし原発いま炭鉱』(熊谷博子)『日本の石炭産業遺産』(徳永弘文)の三冊。

『明るい炭鉱』の著者は北海道の炭鉱町(幌内炭鉱)で育ったそうで、空知の炭鉱は筑豊の前時代的炭鉱とは違って大規模で近代的!なんだそうな。筑豊というのは中小の炭鉱が多く、近代化が遅れたために、山本作兵衛の記録画にあるような、上半身裸の男女が手彫りで石炭を掘る的なつらい炭鉱労働がしつこく残っていたらしいんだけど、それはむしろ炭鉱労働の例外なんだと言う。

ついで『むかし原発いま炭鉱』の熊谷さん(三池炭鉱のドキュメンタリーを撮った人らしい)によれば<炭鉱は文化を生み出したが、原発は文化を生み出さなかった>そうな。
これを受けて斎藤さんは「「原発を廃炉にすると大量の失業者が出る」とかいう話を聞くと「なら炭鉱はどうなるんだ」と問いたい気分になる。炭鉱は想像力を刺激する」と述べる。

しかしまぁ全部読んだ上で言わせてもらうと、炭鉱で働くのと原発で働くのとどっちかを選べって言われたら、私は原発を選ぶな。

その理由はというと①炭鉱労働のほうが死亡事故が多いから。
今までの原発事故で出た死者というと「1999年9月30日 東海村JCO核燃料加工施設臨界事故」での2名死亡などがあるが、累計でも数十人規模?だろう(もっとも福島の原発事故の間接的影響でこれからボロボロ死亡者が出てくるかもしれないけど)。

一方で、炭鉱事故の死亡者数はそんなもんじゃない。
wikiからうつすと
1963年の三井三池炭鉱(福岡県)にて爆発事故。死者・行方不明者458人。
(一回の事故で400人超え、しかも戦後ですよ、戦後!)
1965年 三井山野炭鉱(福岡県)にて爆発事故。死者・行方不明者237人。
1981年 北炭夕張新炭鉱(北海道)にてガス突出・爆発事故。坑内に59名の安否不明者が取り残されたまま注水作業を開始し、最終的な死者は93人。
1984年 三井三池炭鉱有明抗(福岡県)にて坑内火災。死者83人。
1985年 三菱南大夕張炭鉱(北海道)にて爆発事故。死者62人
ちなみに日本史上最大の事故は「1914年 方城炭鉱(福岡県)にて爆発事故。死者・行方不明者687人」なんだそうな。

今では格段に技術が進歩して安全性が高まったというが、中国の炭鉱では「2005年には3,341件の事故により5,000人以上の労働者が亡くなったという。事故に関連して処罰された責任者は200名を超える」
「このため、中国政府は2006年には年間生産量が3万トンを下回る比較的小規模の炭鉱を2007年までに強制的に閉鎖する施策を発表したほか、2008年には、2010年までに小型炭鉱の数を1万ヵ所以内に整理削減する目標を発表している」んだって。

更に言うと、②炭鉱労働者は職業病として「じん肺」が多い。
原発労働者もひょっとしたら職業病として白血病とかが多いのかもしれないが、公表されている限りでは「じん肺」の発症頻度には遠く及ばないだろう。

ついでに言うと、③昔は炭鉱労働者に対する差別や蔑視もひどかった。
大西巨人の『神聖喜劇』にも出て来る。百姓の大前田軍曹が「穴掘りもぐら」の鉢田をバカにする。
原発職員に対するこのような差別はないだろう。

まぁ、大西巨人も福岡の人なんで、『明るい炭鉱』の吉岡さんからすれば筑豊バイアスがかかっているのかもしれんけどねw
んでもって、私も福岡出身なんだけどさw

とはいえ、私の実家は筑豊も三池も遠いから炭鉱町と炭鉱労働がどんなものかは知らない。
熊谷さんが言うように<炭鉱は文化を生み出したが、原発は文化を生み出さなかった>のかもしれない。だけど炭鉱はヤクザや暴力団、生活保護世帯も生み出したような気がする。
もっとも、そう思うのは私の妄想で、「炭鉱は想像力を刺激する」からそう思うのだと言われればそうなのかもしれないけど、福岡県民は筑豊ナンバー(特に高級車)を見たら避けると言われているw 

まぁでも、近所に炭鉱と原発のどちらかをつくれと言われたら、炭鉱を選ぶね。これは多分皆そうだろう。
というのも、炭鉱事故で死ぬのは炭鉱労働者だけで自分はカンケーないだろうが(爆発が自分ちまで巻き込むことはない)、原発事故が起きると原発職員だけでなく、自分も巻き込まれる可能性がある。ただちには死なないかもしれないが長期的に深刻な影響が出てくるかもしれない。だから、原発は嫌だ、炭鉱がいい、となる。身勝手なもんですけどね。

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12月11日(火)

起床時刻:08時00分

本日の弁当は鰊の佃煮みたいなの(市販)とピーマンとベーコンの炒めたのとレンコンの梅おかか煮とキャベツと人参の塩麹漬(常備菜になりつつある)とご飯、デザートは柿。
レンコンの梅おかか煮は奥薗レシピ。奥薗さんはレンコンを叩き割っていたけど、私はいちょう切りにした。

ところで奥薗壽子の「家庭料理」は節約にはならん。というのも、彼女は砂糖を一切使わなくて、その代わりに蜂蜜を使うからなんですね(私がみた限りでは)。ご存知のとおり、蜂蜜は砂糖の何倍も値段が高い。気軽に「蜂蜜大さじ三杯」とか言うてくれるな、と思うわけですよ。伯母が蜂蜜をたまに送ってくれるんだけど料理にガンガン使うのはもったいないので、カナダ産の比較的安い蜂蜜(クローバー)をこの間買ってきた。。。

それとこの方、昆布を割と何にでも入れるんだけど、羅臼昆布を使ったりしているとこれまた結構金がかかる。ま、奥薗レシピは昆布は100%煮込んで一緒に食べちゃう&調理ハサミで細かく切るから、安い日高昆布や早煮昆布のほうが柔らかくなりやすく、ハサミで切りやすいので、むしろそちらを使うほうがよい。板みたいな昆布をハサミで切ると、昆布片が鍋の中ではなく、あらぬ方向に飛んでいくということになりがちだ(体験談)。

まぁどうでもいい話なんだけど。

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12月10日(月)

起床時刻:11時00分

二度寝。一度起きて着替えた後、また寝巻きに着替えて寝るという確信犯的二度寝。というわけで、一度目に起きた時間と二度目に起きた時間の中間を入れてみた。

本日の夕飯は親子丼@奥薗レシピ。あと高野豆腐(+人参、しめじ)の煮たの、ポテサラ、わかめスープ。
夫は料理の品数が多いと文句を言われたので、少なめにしたんだけど。。。夫的に正しい献立は「親子丼だけ」だろうとは想像するけど
(私の献立は「野菜に偏っていて問題がある」らしい)、まぁ高野豆腐とポテサラは好きなので食べるかと。わかめスープはいらないと言うかもしれんなw

今日は紙類の整理。増殖しているカード類のうち、ここ1年以内に使っていないものなどを廃棄。
あとは①医療関係②それ以外にわけて、カードホルダー2冊に入れ直し。財布に入れるほどではないけど、そこそこ使うもの(化粧品のメンバーズカードとか)はまた別にまとめてみた。
それから昔の家計簿や手帳も廃棄。

カード以外ではアルバムも少しずつ増殖してしまう。
私は旅行の写真は現像してアルバムに整理しているのだけど、一回の旅行で一冊が目安。アルバムには入場券とかパンフレットは一部切り抜いて貼って、あとは捨てる。そうしないと無駄にパンフレットや寺の「しおり」みたいのをとっていたりするんだよねw。

それから本はかなりな勢いで増殖する。今は無理やり本棚には収まっているけど、やっぱりある程度スペースの余裕がほしい。処分しないとなぁ。

貰った手紙類もまたスペースをとるね。最近はほとんど手紙のやりとりをしなくなったけど、それでもうちの親とか伯母とかから来るから。私もまた手紙が好きだから、ついついきれいな便箋やら切手やらをためこんでしまう。

とか考えると、写真はネット管理、本は電子書籍、手紙はメールにしたほうが、整理整頓上はずっといいんだろうね。
特に日本みたいに極小住宅が一般的だと、スペースの節約が最優先事項だろう。
だから日本の雑誌のインテリア特集=収納特集になっちゃうんだよね。
まぁ散らかった部屋に花やら絵やらを飾ってもゴミが増えた感じにしかならんからなぁ。。。

それにしても、書類にせよ、本にせよ、手紙にせよ、捨てるときってなんか思い切りがいるね。整理整頓した後っていうのは、単なる掃除と違って精神的に疲弊するな。。。すっきりして嬉しいんだけども。

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12月09日

起床時刻:13時00分

12月07日(金)

起床時刻:10時00分

いつの間にか12月になっておるな。。。

夕飯は牡蠣ご飯、肉豆腐の高野豆腐バージョン(奥薗レシピ。最後に茹でたほうれん草をいろどりに加えた)、キャベツと人参の塩麹漬け、なめこと豆腐の味噌汁、残りものの里芋とベーコンの洋風煮物。デザートはみかん二個。食い過ぎであるな。。。

今更ながらの塩麹デビュー。キャベツの塩麹漬けは私にはちょっと甘ったるいので(なんか、べったら漬けっぽいよね。ちなみに私はべったら漬けも好きじゃない)、レモンを絞って、ゆずの皮を刻んで入れた。するとさっぱりして私好みの味に。まぁはっきり言ってキャベツを食べるならコールスローサラダが一番好きなんすけどね。千切りがめんどくさいっていう。。。

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12月06日(木)

起床時刻:08時00分

弁当のおかずにハチミツ味噌(NHK「アサイチ」でやってたやつ)に漬けておいた鶏の胸肉を焼いたのを入れたけど、パサパサしがちな胸肉がしっとりしていたな。

文藝春秋を読んでいたら(11月に買ったんだが、どーもなかなか読み終わらない。あんまり好きじゃないんだろうw)、「司馬遼太郎/陳舜臣 日中「文明の相克」」っていう対談(1970年の『文藝春秋』に発表されたものの再掲)が載っていた。
彼等の対談によると日本人は臨戦態勢民族らしい。なるほど、だから二言目には「頑張れ」って言うんだよな。オリンピック選手みたいな平均的日本人の何倍も頑張っている人にさえ、インタビューアーやらアナウンサーが「頑張ってください」って言うのが不思議だったんだけど、たぶん臨戦体制民族にとっては「頑張れ」って「さようなら」的な挨拶言葉なんだと思うわ。「さようなら」を言う代わりに「頑張ってね」「頑張ってください」と言っても違和感ないのはそのせいだ。

それはともかく、司馬さん曰く、
「まあ、ともかく、外国人が日本の軍国化への可能性をいいたがるが、われわれからみればアホかいなといいたいことであるけれども、外からみれば日本は躍起の形相であるらしい。もともと躍起の形相というのは、日本の宿命のようなもので、こんな狭い国土で大きな人口を養わねばならない。そういう政治上の絶対的な命題が日本にありますね。江戸時代でも割合大きな人口を養ってきたし、誰だったか、耕して天に至ると‥‥‥」
陳「李鴻章でしたか、その幕僚でしたか。」
司馬「瀬戸内海の島が頂上まで耕されているのを見て、そういったんですね。<略>大人口を養わねばならぬという至上の命題は時に強迫観念になり、時にはそれが国家行動の正当理由となって、侵略を思い立ったこともあった」云々という話があったんだけど、あれ、「耕して天に至る」ってのは、孫文だと思ってたな。
宮脇俊三の『終着駅』にそういうような一節があった。「『耕して天に至る。ああ勤勉なるかな、貧なるかな』と孫文を感嘆させたのは宇和島の段々畑らしいが、祖谷渓あたりはもっと地勢が厳しい」とある。
元ネタは何なんだよ!と言いたい。

「ああ勤勉なるかな、貧なるかな」っていうのもまた、日本の本質だと思うね。だからいつまでたっても、なんかビンボくさいんだよなw バブルの頃は「心の豊かさとは」的な本が山ほど出てたけど、まぁ身につかなかったなw

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12月05日(水)

起床時刻:11時00分

ちょっと前に観た映画なんだけれど、『ゴッド・ブレス・アメリカ』に感じたモヤモヤはなんだろう、と考えていた。

この映画はアメリカにおけるモラルの低下、民度の低下を嘆くオヤジ(フランク)と女子高生(ロキシー)が「生きるに値しない人間」を殺しまくる話。
フランクとロキシーはリアリティ番組のおバカセレブがむかつくといってセレブ一家を惨殺し、映画館のマナーがなっていない若者たちを殺し、レイシスト・キリスト教原理主義者・移民排斥者などを次々に銃殺していく。

フランクは最後に
「America has become a cruel and vicious place」
「We no longer have any common sense of decency」
「We’ve lost our kindness.」
などと演説(説教)するが、これはブーメラン効果(「お前が言うなwww」)を狙ったブラック・ジョークなのだろうか?
「寛容は自らを守るために不寛容に対して不寛容になるべきか?」というのは古典的な問題だけれども、フランクとロキシーはそこの逡巡が全くないのね。だから私から見ると、彼等はレイシストや原理主義者と主張こそ違え、同じ穴のムジナに見える。これがモヤモヤ感の一つだろう。

そして、やっぱり一番のモヤモヤはロキシーが可愛すぎるということだろう。

ロキシー的な女の子はいる。
特徴をまとめると、
①スイーツ(笑)に敵意むき出しかつ見下しており
②「自分は他の人間と違う」ことに誇りを持っており
③巷で流行っているフェイクではなく「本物がわかる」と思っており
④オタク系知識もある
いわゆる「変わった」タイプだ。

私の個人的統計から言って、こういう変わり者の「井の中のカワズ」系ヲタ女子はあんなベッキーみたいな好感度100%の外見ではなく、どちらかといえば、マツコ・デラックス系の外見をしている(少なくともあの種のふてぶてしさを持っている)。

ついでにいうと、冴えないオヤジであるフランクに「あたしって魅力的?」とかしつこくせまるようなキモイことはしない。
こんな「スイーツ(笑)」みたいな安っぽい言動はロキシー的女子の美学に反するだろう(ロキシーはよく自分で自分を射殺しなかったもんだ。頭が悪いのは幸せなことでもある)。

んでもって、この映画ってある意味すごく爽快な終わり方なんだよね。
そこがまた嫌なんだよね。その爽快さがモヤモヤする。

私なら、ロキシーをマツコ・デラックスに変えて、筋も変えるなw

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12月04日(火)

起床時刻:08時00分

『日本および日本人論』(CS放送の西部邁と佐高信のやっている番組に2人ずつゲストを交えた回(三回分)の文字おこしみたいな本を読んだ。
七つ森書館/2012.8)を読んだ。七つ森書館って初めて聞いた。

内容としては『日本および日本人論』っていうより、『中高年らの居酒屋対談』という感じだけどさw。
私はCSのテレビ番組は見ていないんだけど、本で十分面白いね。映像よりもテキストのほうが時間短縮になるから好きだ。
(NHKの「ためしてガッテン」なんかも本で読めば5分くらいの内容を45分くらいひきのばしているよねw)

司会を佐高さんがやっているんだけど、彼はお調子者というか、サービス精神旺盛というか、そういうところがあるんだろうね、笑いを取ろうとする。まぁそのおかげで、場がほぐれているように思う。彼の道化的というかお調子者な感じに同じ山形出身の井上ひさし的なものを感じたね。 

以前、西部邁と中島岳志の対談も読んだことあるけど、中島さんじゃかしこまちゃって、ダメだね。
西部さんは、基本的に空気読まないじーさんで好き勝手喋るから、上手くさばける人じゃないと読者(私のことだ)がちょっと飽きちゃうんだよね。
佐高さんはそこいくと、西部の機嫌を損ねずうまく話題を回している。太鼓持ち芸人のようだw

個人的には、なかにし礼・田中優子がゲストの回と黒鉄ヒロシ・加藤陽子がゲストの回が面白かった。

全然どうでもいいことなんだけど、読んでいてびっくりしたのは、

「佐高 そういえばなかにしさん、古賀政男にそう迫られたことがあると‥‥‥(笑)」
(引用者注:「そう」は鳩山元首相の「Trust me」というセリフを指す)
「なかにし 何言ってるんですか(笑)。そこまでは言ってくれませんでしたよ。一応は迫られましたけどね。僕はまだ若くて可愛かったし」
っていう箇所。

え?古賀政男先生ってゲイだったんすか????ってなったよw
それにしても、佐高信は何さらっとばらしているんだ、全く。お調子者だから悪気はないんだろうけど。
まぁ今の時代、個人の性的嗜好がどうあれ誰も気にしないだろうが、あんまり言いたくない人もいるだろう。
なかにし礼も「一応は迫られましたけどね。僕はまだ若くて可愛かったし」って、オイw 軽く自慢してるなw
今では眉間に縦ジワはいった気難しそうなじーさんだが、昔は可愛かったんだぞ、と。
まぁでも、確かに顔のパーツは悪くないような気がする。若い頃は可愛かったのかなぁ。ってどうでもいいことを考えてしまったじゃないかw

ゴシップはともかく、私は「石狩挽歌」が大好きだから(演歌の中で一番好き。次が「舟歌」かな。「無法松の一生(度胸千両入り)」もいいが、二番の歌詞が女々しくていかん)、なかにしさんによる歌詞の解説が読めて、良かったなぁ。

ちなみに「なかにし礼が選ぶ歌謡曲ベストテン」は全然私と選曲が違うな。そしたら、西部さん曰く、ベストテンに入っている美空ひばりの「川の流れのように」は「代表作と言われているんだけど、何となく僕ね、「川の流れのよ~うに」と彼女から人生哲学を聞かされるとね、ちょっとやめてもらいたかったな、と思わないでもない」と言ってて我が意を得たりでしたよ。

そしたら、なかにしさん「そうですね。これはまあ、大ヒットしたのと、いわゆる美空ひばりが、時代とやっと合致したというのか。そのときまで美空ひばりは全然、別の世界にいましたからね。僕の好きなのは、「ひばりの佐渡情話」それから「哀愁波止場」」
西部さん「賛成、賛成」
だって。
私も「賛成、賛成」ですよ!断然、「ひばりの佐渡情話」、「哀愁波止場」のほうがいい。ひばりの曲では「哀愁波止場」が一番好きだな。

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12月03日(月)

起床時刻:10時00分

膵機能の再検査の結果を取りに病院へ。
血清アミラーゼは相変わらず高く基準値を少し超え、今回新たに調べたトリプトシンは基準値をそこそこ超えていた(610 ng/ml。基準値は110-460)。エラスターぜは基準値内、ホスホリパーゼは399ng/mlでほぼ基準値上限(400)。

ま、特に問題はないらしいけど。

気になったんでネットで「膵炎」で調べたら、「酒を飲むな」「脂っこいものを食べるな」「ストレスを減らせ」ということであった。
お酒は週に二・三回、一合くらい飲むけど一応断酒するかな。この前買った「神亀」は贅沢だけど料理用行きか。燗上がりする酒だから、きっと料理に使っても美味しいだろうw

しかしまぁ、酒や脂質は自分の意思でコントロール可能だけど、ストレスばかりはコントロール不可能だもんな。夫の機嫌が悪くなるのをコントロールすることはできない。地震みたいなものね。ああいやだ、いやだ。夫のことを考えただけで胃が痛くなる。

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