201311 <<先月 | 翌月>>

起床時刻推移グラフ

目標起床時刻:08:00 平均起床時刻:08:37

起床時刻の記録 ▼新しい順 ▲古い順 RSS

11月30日

起床時刻:09時30分

11月29日(金)

起床時刻:08時00分

11月28日(木)

起床時刻:08時00分

11月27日(水)

起床時刻:08時00分

11月26日(火)

起床時刻:08時00分

11月25日(月)

起床時刻:08時00分

『商店街再生の罠 売りたいモノから、顧客がしたいコトへ』 (ちくま新書/久繁哲之介/2013.8)を読んだ。
著者の主張をざっくりまとめると「商店街がシャッター街になったのを大型スーパーのせいにするな!顧客が来ないのは、能力と意欲に欠ける個人商店主と(商店街再生等の計画作成を担当する)公務員のせいである!!個人商店が大型店舗に勝つには”交流”を軸にすべし」ということで、交流(「住民同士のふれあい」的な)が地方商店街の個人商店に人を呼び込むキモだということであった。
最期まで読んで「やっぱイオンでいいわ」という感想だったが、それはわたしの性格によるものかもしれない(そもそも一人になりたくて喫茶店とか入るのに、近所のジジババがたむろしてたら最悪である)。

わたしは著者とは半分くらいは違う意見だけれども、4章の公務員批判と5章の商店主批判は面白かった。特に公務員は商店街で買い物どころか昼メシすら食べない(安い職員用の食堂ですませる)くせに、商店街再生とかちゃんちゃらおかしいわい、という批判はその通りである。成功事例をぱくってきて、もっともらしい作文つくって終わりとか、バカらしいにもほどがある。

本書では「B級グルメ商店街の罠」として、富山県高岡市の失敗(?)事例が紹介されている。高岡ではコロッケ購入量が多いらしく、そこに目をつけた行政が高岡を「コロッケの町」として売り出そうとしたんだって。でも高岡の主婦によると「お惣菜に出来合いのコロッケを出している自分達の手抜きを宣伝しているようではずかしい」そうな。公務員のおっさんにはこういった実情がわかっとらんから失敗する、と著者は言う。

そもそも、商店街って誰のためのものよ?たまにくる観光客のためではなく、住民のためのものじゃん?コロッケというお惣菜を買って帰るニーズがあるのなら、夜遅くまで開いていて、バラエティに富むお惣菜を売る「お惣菜商店街」となったほうがのほうが住民にとってはありがたいだろうし、そういう商店街ならイオンにも負けないだろう。特に地方は東京より共働きが多いんだから。「食事は手作りじゃなきゃはずかしい」などという意識を改革したほうが、商店街の売り上げは伸びるんじゃないか。

ところで高岡市のコロッケは特売日には一個30円代(!)らしい。どんだけ安いんですか。結局、地方は収入がすくないから、値段が高かったらいくら美味しいお惣菜つくっても売れないんだよね。「自分で材料を買ってつくるより安い!」という訴求じゃなきゃ売れない。夕飯をつくる主婦の家事労働はタダとみなされるから、材料費だけで考えてお得にならないといけない。となると、顧客のニーズを満たすためにはブラック化するしかないのだが(低賃金・長時間労働)、著者は「いやいやお客さんと交流すれば店に人がきますよ」と言う。そんな甘くないとおもうけどな。

日別画面へ

11月24日

起床時刻:14時00分

11月23日

起床時刻:09時00分

11月22日(金)

起床時刻:08時00分

11月21日(木)

起床時刻:08時00分

11月20日(水)

起床時刻:07時40分

11月19日(火)

起床時刻:08時00分

11月18日(月)

起床時刻:08時00分

友達がまたバイトに来たので、二人でランチに行ったんだけど、そのとき、日曜日に我が家で起こった話をした。うちの旦那が「コーヒーが薄い!コーヒーひとつまともに入れられないのか!」と怒り狂ったので、「そんなに文句いうなら自分で淹れたら?」と言ったら、「口の利き方に気をつけろ!」とキレられて殴られた、という話である。
「家事をやらせるつもりなら、家賃を半額入れろ!」「お前の立場をわきまえろ!」というのが夫の主張である。食費や日用品代は私のパート代から払っているけど、まぁでも夫の家賃負担の金額のほうが多いわな。

その子には旦那の愚痴をはじめて言ったから「うっわー、最低、何そのDV男」と新鮮な反応をしてくれたけど、DVネタも何回も言ってると「はいはい、またその話?」とスルーされるようになるんだよねw

それはともかく、料理研究家の栗原はるみが対談で言っていたけれど、(うろ覚えで書くと)家庭で何か嫌なことがあったら、とりあえずいったん、その嫌な気持ちを”戸棚の奥にしまう”んだとか。つまりいったん、気持ちを棚上げする。そうしてしばらくたってみると、忘れていたり、どうでもよくなっていることが多いとか、なんとか。

これもまた中年の知恵だろう。まぁ子供でも成熟している子は「イヤなことがあっても何もいわず、ココロの戸棚の奥にしまう」のかもしれない。
というか、正確には人間関係をみて、自分より下の立場の、何でも言っていい人にだけ、思っていることを言う。一方、人間関係において下の側は自分の思っていることは言えず、ただ上の人のいうことを「ハイ、ハイ」と聞いて接待するわけだから、一緒にいても楽しくもなんともない。だから人づきあいなんて、自分か他人かどちらかの神経をすり減らすだけのむなしいものであろう。一人でいたほうがよほどいいのに集団でいるのは、昔も今も生活上の理由からである。

「思ふこといはでぞただにやみぬべき我とひとしき人しなければ」。
思ふことはココロの戸棚の奥にそっとしまっておく、それが大人になるということだろう。自分と同じ人はいないのだから、誰とも分かり合えない。
ま、私はここに書いちゃってるけどねw

日別画面へ

11月17日

起床時刻:11時00分

童話の「マッチ売りの少女」の教訓って何だったんだろうね?
マッチ売りの少女は街角につっ立ってマッチを売ろうとするが全然売れず、
最終的には売り物のマッチをすって火をつけ、その中に幻覚を見つつ、死んでいく。「教訓:これが営業努力の足りない人間のたどる末路です」、ではないだろうが、勤務先にも「マッチはいりませんか?」と訪問販売にくる営業さんがいる。断っても断っても、そのマッチ売りはしつこくて、「新人なんです。頑張っています。今月、ノルマが未達なんです。1本でいいから買ってくれませんか」という。童話の「マッチ売りの少女」もこのくらいの営業努力をしなくちゃいかんぞ。とエライ人ならいうであろう。

私が思うにオリジナルの「マッチ売りの少女」のメッセージは「死とはこの世の苦からの解放である」と思うが(まったくもって同意)、今風の価値観からすれば、ネガティブすぎるわ、自助努力が足りないわ、こんな話全然だめ、零点!といわれそう。

マッチ売りの少女にアドバイス、といってもむずかしいな。
結局、売っているものはただのマッチで、商品による差別化はできない(それどころか、多少しっけて品質も悪そうである)。
となると誰でも考え付くのは値引き販売だが、街頭で貧乏そうな女の子が出血大サービスで安いマッチを売っていたら「不良品かもしれない」と思われそうで、やっぱり売れなそう。「安かろう悪かろう」の連想だ。

やはり、ターゲット顧客をきめてコンタクト回数を増やすことだろう。独居老人(もうろく気味がのぞましい)のところに日参して仲良くなり、孫みたいな存在になり、それで「会社のノルマが厳しくて困ってるんですよぉ(泣)」「おじいちゃんしか頼れないんですぅ(泣)」とかいって、老人に買わせるという方法だ。まず顧客と「ラポール」を形成する、なんてノウガキを垂れるのが、いまどきの『マッチ売りの少女(副題:マッチではなく、あなたを売る!~マッチ売りレディが語る営業の法則)』であろう。これでベッドで子供に読んでも役に立つ童話になったね。

日別画面へ

11月16日

起床時刻:09時00分

11月15日(金)

起床時刻:08時00分

11月14日(木)

起床時刻:08時00分

仕事が終わらないために、わが失業中の友人がバイトに加勢にきた。わーい、わーい。というわけで一緒に近所のビストロにランチに行く。

彼女は学歴もよく英語も堪能、職歴だって悪くはないのに、最近は書類選考で落とされる、と言っていた。前までは書類は少なくとも通っていたのだという。
どう考えても年齢のせいなんだが、年齢って仕事の出来不出来にどのくらい関係するんだろう?やっぱトシをとると、バカで使いものにならなくなるのだろうか?もっとも、最近の脳科学は「トシをとってもバカで使いものにならなくなるわけではない!」キャンペーンを頑張っているが人事部は全く別の意見を持っているようである(まぁ、若いうちは若いという理由だけで「化ける可能性」があり、「未知数」というゲタをはかせてもらえる一方、トシをとるとそれがなくなり、それどころか「今更のびしろもなく、今後お荷物になる可能性大」というマイナスのゲタをはかされるのかもしれないけど)。

あるいは能力が劣るのではなく単に年齢差別が横行しているのかもしれない。能力のありなしの証明ってほんと困難だ。例えば女性の賃金が男性より少ないのも差別なのか能力不足なのか証明するのは難しい。
『隠れた脳 - 好み、道徳、市場、集団を操る無意識の科学』(シャンカール・ヴェダンタム/インターシフト (2011/9/10))の第5章は「男と女は入れ代わらなければわからない」(ジェンダーのバイアス)。
社会学者のクリステン・シルトとニューヨーク大学のマシュー・ウィズウォールのトランスジェンダーの研究が興味深い。43人のトランスジェンダーの調査の結果、男性が女性になった人の給料は平均して12%減少した一方、女性から男性になった人は平均して7.5%上昇した。「性が変わっても、他の資質に変化はない。それなのに職場でのその人をめぐる環境は劇的に変わることが多い」とは二人の論文の一節である。

著者はスタンフォード大学の終身在職権を持つ二人のトランスジェンダーの教授の経験を紹介している。バーバラからベンになったバレス教授はいう。
「バイアスに関しては、学術の世界が実力主義であると信じたいという願望が強すぎて、実際にキャリアを妨げるバイアスを自分で経験するまで、差別の存在さえ信じていないように思える・・・私が気づいた大きな違いが、私がトランスジェンダーだと知らない人のほうが、私に対して敬意をもって接してくれるということだ。今は話しているとき、男性に遮られずに最期まで話し終えることができる」
一方、ラフガーデン教授のほうは、ジョーンになったら給料が下がったという(研究は今までどおり順調なのに)。性を変えた後では「話しているときに遮られるようになったし、こちらに注意を向けてもらいにくくなった」

トランスジェンダーの人々の研究によりジェンダー・バイアスの可能性が明らかになった(彼等・彼女らはトランスジェンダーという理由であらゆる面で不利益を被っているのも事実であるからそこは注意しなくてはならない)が、年齢のほうは、若者と年寄りを入れ替えることはできないため「トランスエイジ」研究はできないけどね。ていうか、もしそれができたら、全員が若者になりたがるだろうw

日別画面へ

11月13日(水)

起床時刻:08時00分

会社近くの隠れ家的そば屋で昼食をとった。
時間を外していたので、客は私ともう一組のカップル(中年男女)しかいない。会話が聞こえてきたのだが、なんだか親戚のオバチャンと大学生の男の子みたいであった。
「○○くんは、大学どう?忙しい?」
「うん、まぁまぁ」
「サークル頑張っているんだって?お母さん言ってたわよ」
「まぁたいしたことしてないけど」
「何やってるの?」
「まぁいろいろ」
みたいな感じ?年寄りと若い人の会話の場合、年寄りは若い人に興味深々だから、擦り寄ってきて色々と聞くが、若い人は年寄りになんぞ興味はないから、聞かれたことをただ答えるだけ。

もっとも、若者が年寄りに関心を持つこともある。
それはその年寄りが就職したい企業の人事だったりしたときだ。
「大学どう?忙しい?」
「はい、毎日、充実した学生生活を送っています!サークルでは幹事として頑張っています!インカレのイベントなんかでは企業さんにも協賛いただいたりして、話題になりました!フェイスブックのページも参照していただけたらと思います!」
などとオバチャンに聞かれたときとは完全なる別人となり、聞かれてもいないことまでペラペラ喋りだすのだ。

私が大学時代、就活時の大学生の急変ぶりに腰を抜かしたもんである。
大学の授業では「質問ある人?」と教授が質問をふっても、ただの一人も手を挙げなかったアイツらが会社説明会で「質問ある人?」とふられると、「ハイッ!」「ハイッ!」と挙手しおったのである。
「誰この人たち?」である。多分、教授が会社説明会で同じ退屈な授業をしたなら、普段寝ている学生も皆真剣に聞き、質問時間には多くの学生が挙手するであろう。

会話の一つにも関係性というのが透けてみえる。そして人間関係というのは結局は利害関係であったり、権力関係であったりする。
上司の昔話には相槌をうって熱心に聴くが、上司が退職し、ただのおっさんになったら聞く耳などもたない。ホステスは客であるつまらないおっさんのつまらない話も感心して聞いてくれる。ただしおっさんが客でなくなったら、ハナもひっかけない。当然のことだ。何を話すか、ではない。誰が話すか、である。私の話もつまらんだろうが、オマエの話もつまらん。それを忘れたやつが勘違いをする。

日別画面へ

11月12日(火)

起床時刻:08時00分

11月11日(月)

起床時刻:08時00分

11月10日

起床時刻:11時00分

本日の夕食もまたデリバリーのピザ。コカ・コーラにポテトのLサイズ、アップルパイの定番コース。

アメリカ人男性と結婚した私の従姉妹はずっと苦労しているのだけど、食の好みの違いもその一つ。彼は大根が嫌いで大根を食卓に出すと怒り狂うらしい。あー、わかるわかる。国際結婚て大変よねぇ。うちの旦那も大根嫌いだわ。ってうちの旦那は日本育ちの純日本人だった。
私の友人のアメリカ人の旦那も最初は「日本食が好き」とかいっていたくせに、今では日本食NGで、ピザとか食ってんだ。

人類はピザが好きなように生まれついているんだよ。

子供の誕生日に「ピザとハンバーガーとポテト」か、「筑前煮と小鯵の南蛮漬けと湯豆腐」か選べるとしよう。日本人の子供も含めて、全ての国の子供は前者を選ぶはずだ。一部の特殊な大人だけが後者を喜ぶ。まぁ私は特殊な大人だが、食の好みってのはどうしようもない。結婚したらどちらかがどちらかにあわせて、内心の不満を抑えてやっていくことになる。まぁ普通は嫁が夫に合わせることになるから、結婚なんてのは、しなくていいのならしないほうがいいのだろう。我慢なんてのは、しなくていいのならしないほうがいいのだから。人にもよるが、たいていの場合、艱難は汝を玉にせず瓦礫とするようだ。

日別画面へ

11月09日

起床時刻:09時00分

11月08日(金)

起床時刻:08時00分

仕事が多すぎて徹夜常習犯の菩薩君(超絶激務なのに常に穏やか)のメールで、要件のあとに「今、仕事が一段落してかなり手があいていますので、何か手伝えることがあったら言ってくださいね」と書かれていたんだが、キミ前日の夜23時くらいにメール出してたよね?徹夜じゃなかったら「仕事が落ち着いている」とか、感覚おかしいから。結局、彼は他の人の仕事の分担をし残業していた。これが「助け合い残業」ってやつだ。「全員野球」の実態である。

日本では「上」から無理難題を押し付けられても「現場でなんとかしなくちゃ」精神が現場の間で異様に発達しているんだろうな、と思うことがある。所詮は現場の人間なんだから「わかりません」「できません」「無理です」と言って、管理責任者に仕事を投げ返せばいいのだが、管理責任者が過労で死にかけていると「自分たちで何とかしよう、残業して頑張ろう」という発想になっちゃうんだよなぁ。この精神から「カイゼン」とか出てきたのだろうか?

パートレベルでもそうで、外食産業でアルバイトしている知人は、バイトの「リーダー格」として、新人教育から仕入れまで店長の右腕として何もかもやっている。毎日残業の上、祝日(大晦日とか)も出勤している。そんなお金もらってないのに(他の人より時給が50円高いそうだが)。なぜそこまで仕事を頑張るのかというと、「だって店長もすごく大変だし」「みんなに『○○さんがいないとまわらない』っていわれるし」と言う。

まぁでも、世の中「グローバル人材」()が重宝される時代になれば、年俸に結びつくようなおいしい目立つ仕事はやっても、評価されにくい助け合いなどなくなっていくだろう。それに格差が拡大すれば「ていうか、そんなカネもらってないし?」と現場も言うだろう。なんで「オマエら」のために「俺ら」が頑張らなきゃいけないわけ?と。
私はどちらかというとこの精神が旺盛なほうで、やたら仕事をぶん投げてくる人には全力で仕事を打ち返してきたのだが(仕事をやっててアドレナリンが出るのはこのときだけだ)、うちの会社のある頑張り屋の社員さんみたいに仕事を一人でかかえて、誰にもヘルプを求めず、沈没していく人にはさすがに打ち返せないんだよなあ。

日別画面へ

11月07日(木)

起床時刻:08時00分

自分で作成したレポートのダブルチェック、トリプルチェックをやって、多くのミスを発見し訂正した。
「ですから、ミスを撲滅するためにはダブルチェックが欠かせないのです」、とエラソーに書ければどんなによかったことか。
完璧にチェックした!と思っていたのに、他の人(菩薩君)がもう一度ざっとチェックしたところ、更にミスを見つけてくれた。しかも二箇所。単純にエクセルの参照先を間違えていたんだけど、なんでこんなミスをするんだろう?
トリッキーなことに全部まるまる参照を間違えているのではなく、一部のセルだけ違うところを参照していた。なんで?と聞かれたら「えっと、そのとき悪魔に魅入られてしまいまして」とかいう説明しか思いつかない。よく見つけてくれたけど、絶対に(ここゴシック太字ね)、他にもなにかミスをやらかしているに違いない。

人間って劣化した機械だよねぇ。ああ、機械になりたい。機械になっても人間に使われるだけだが、機械じゃなくてもどーせ使われるのである。

例えば、昔の嫁はかまどで薪を使ってメシを炊くこと、毎回同じレベルのご飯を炊くことを求められていたわけだ。でも、薪を使う場合、火加減の調節もむずかしいし、自分の体調がわるいこともあるだろうし、毎回同じ仕上がりとはいかないだろう。
しかるに、炊飯器は水加減さえ正しければ、毎回同じ仕上がりになるのだ。となると、人間より炊飯器のほうがいいじゃない?

とはいえ、人間が劣化版炊飯器になれたのは電気を利用できるインフラが整ったことや炊飯器の発明とかのおかげである。そして、それらを生み出した人は人間なのである。だから、やっぱり人間ってすばらしい、機械じゃこんなことできない!かもしれないが、こういう仕事にかかわっている人はごく一部なのであって、多くの人の仕事は「かまどでご飯を炊くこと」的な、将来、必ず炊飯器がとってかわることになる、そういった仕事をしているのだ。

私の仕事もそうで、機械のように間違えないことが全てという仕事だ。21世紀だというのに自分の仕事は「母さんが~夜なべ~をして、手袋編んでくれた~♪」みたいな仕事、つまり手編みの手袋づくりみたいな仕事なのである。まぁ子供の手袋なら適当でもいいが、お客様に納品する手袋は目をとばしたらほどいて編みなおしなのである。手袋なんざ機械で編んだほうがずっと早くて一律の仕上がりなんだよ。あー、機械になりたい。でも勿論、機械にはなれないから(そして機械を生み出す人にも勿論なれない)、「劣化した機械」というコンプレックスを背負って生きていくしかないんだよね。はーあ。

日別画面へ

11月06日(水)

起床時刻:08時00分

『確信する脳』(ロバート・A・バートン)に50歳を過ぎたトルストイを襲った「発作的な憂鬱」についての文章が引用されている。
「自分の人生のどの行為をとってもみても、合理的な意味を与えることができなかった。……私は、人類が得た知識のあらゆる分野に説明を探し求めた-しかし何も見つからなかった。それどころか、科学の中に答え探し求めた先人たちもやはり何も見つけなかったことを確信した。しかも彼等は答えを見つけなかったばかりでなく、このことを認識してしまったのだ-人類が到達できる唯一の明白な知識とは、人生は無意味で不合理であるという、私を絶望に突き落としたまさにそのことにほかならないということを」

この引用を受けて著者のバートンは述べる。
「今日の精神科医に尋ねれば、ほぼ間違いなく、トルストイが経験したのはうつ症状だと診断するだろう。重症のうつ病の特徴の一つは、意味や目的の感覚の減退ないし欠如だ。ほとんどの精神科医は神経伝達物質のアンバランスを疑い、プロザックやゾロフトなどのSSRIを処方するはずだ。<略><意味感>の欠如は脳内の化学的な異常が何らかの形でもたらしたものだという仮説を積極的に認めているためだ」(P224-225)

ていうか、「人生は無意味で不合理である」ことが単なる事実だとしたら(私はそう思っているが)、トルストイは老人性うつ病を発症したのではなく、人生の真実に気づいただけということになろう。無意味で不合理なものに意味や合理性を見出すほうが、「脳内の化学的な異常」事態といえなくもない。なのに正常な人間の方が薬(プロザックであったり、宗教というアヘンだったり)を欲しがるのはなぜか。

答えは簡単で、「人生は無意味で不合理である」ことに気づいた人は往々にして、トルストイみたいに暗~くなって生きる気力を失っちゃう。だから薬の助けを借りようとするのだ。どっちにしろ、人は生きていかなくちゃいけないのだから。しかし、そもそも、なぜ人は生きていかなくちゃいけないのだろう?

それはあなたの命があなただけのものではないからである。とか言う奴が絶対にいるよな。
「あなたが死んだら遺された人が悲しむ」という説得は「人のために生きろ」ということであり、つまり「人生の目的とは人のために生きる」ってことなんであり、具体的には「子供を大学にいかせるため」とか「家族に夕飯を食べさせるため」とかであり、「じゃ、自分は家族がいないからセーフね」な人であっても、社会の中で生きている限り、お国に「税金や保険料を納めるため」に生きなくちゃいけないのである。ま、どっちにしろ、ウキウキはしないよねぇ。

日別画面へ

11月05日(火)

起床時刻:08時00分

11月04日(月)

起床時刻:11時00分

もう11月っす!!今年の下半期もあと2ヶ月!!
私は某化粧品会社からもらった手帳を使っているんだけど、後ろの方のページに2013年の星座別運勢が記載されていて、それによると蟹座の「下半期は12年に一度の幸運期です」なんだそうだが、どこらへんが幸運なわけ?
「下半期は人生最高といえるようなことが起こります」(でっかく出たな、オイ)と本当に書いてあるんだけれど、下半期を振り返って今んとこ一番幸運だったことは、歯の詰め物の中が虫歯になってしまったけど、神経を抜かなくてもすんだ、という一件くらいか(歯医者に「神経を抜くかなくてはいけないかもしれない」と脅されて、びびりまくっていたのだ)。
でも、これが「人生最高といえるようなこと」なのか?ていうか、12年に一度の幸運期ならそもそも虫歯にならなくない?どんだけしょぼい幸運期なんだ?

それにしてもこんな適当な未来予測でお金がもらえるなんてうらやましい。
『専門家の予測はサルにも劣る』(ダン・ガードナー)という本があるが、ここでいう専門家は別に星占い専門家ではなく、経済専門家や歴史学者といった専門家である。専門家の占いじゃなかった未来予測も星占い並みに外れているようだ。
でも、それで食べていけるんだからねぇ。いいよなぁ。といいつつ、私には絶対無理だ。私、カネもらってる予測が外れたらすっごく落ち込みそうだもん。

日別画面へ

11月03日

起床時刻:09時00分

11月02日

起床時刻:09時00分

11月01日(金)

起床時刻:05時30分

わたしの勤務先で一番年上の男性(40代既婚)が「俺、生まれ変わったら専業主婦になるんだ!」と独り言を言っていた。
いやいや、生まれ変わらないのが一番いいんだよ、と内心つっこんどいたけど。

男たちは「専業主婦って三食昼寝つきでいいよね。しかも旦那の稼ぎで豪華なランチとかに行くんでしょ?旦那のほうはコンビニのおにぎりで深夜残業なのにさぁ」と専業主婦をやっかむわけだが、夢の職業・専業主婦志望の独身女性はたったの三割しかいないのである。
2013年9月の日経の記事だが、厚労省調査によると、独身女性のうち「専業主婦になりたい(とても+どちらかといえば)」は34.2%、「専業主婦になりたくない(とても+どちらかといえば)」は38.5%。
なんで?会社勤めとか疲弊するだけで何もいいことないじゃん?やっぱ女って馬鹿?って思うかもしれないが、ブラック企業があるように、ブラック家庭はそこらじゅうにある。

従って女性の権利運動っていうのは、女にも(家庭の)外で働く権利を!というものだったのだ。
労働者が逃げ出せないとわかっているときの企業がどんなに悪辣になるか誰でも知っているが、妻が逃げ出せない場合の家庭における奴隷待遇はブラック企業以上である。
ブラック企業に勤める場合、睡眠時間が極端に減ったりすることはよくあるが、ブラック家庭の場合、それに加えて無給、それに加えて暴力や暴行である。家庭というプライベートな空間の場合、公的な場所ではありえないようなことまで横行するのだ。だから家庭は殺人にもっとも近い場所である。

女性が外で男と同じように外で働くのが当然となった現在、女性には選択肢が広がった。
つまりブラック企業で働くか、ブラック家庭で我慢するかだ。
どっちがいい?
どっちもよくないぜ!!というわけで、生まれ変わらないというか、生まれてこないのが一番いいんだよ。

日別画面へ