201408 <<先月 | 翌月>>

起床時刻推移グラフ

目標起床時刻:08:00 平均起床時刻:07:27

起床時刻の記録 ▼新しい順 ▲古い順 RSS

08月31日

起床時刻:09時00分

起きたら曇り。天気予報では午後から雨だというので、とりえあえずバスタオルだけ洗った。午後から予想に反して薄日がさしてきたので、シーツも洗ったが、こちらは完全には乾かず、少し湿っていた。シーツに高温のアイロンをしっかり目にかけて乾かした。

夫が歯が痛いというので、夕飯はハンバーグに。ハンバーグ種もつくって、付け合わせのニンジンのグラッセも用意したところで、夫が「ピザが食べたい」と。先週もピザだったんだけど。しかも私がお金払うんだけど。結構デリバリーのピザって高いんだよ。
こっちは夕飯そうめんでいいんだよ!つーか、そうめんのほうがピザよりいいんだよ!
でも旦那がそうめん嫌いだから、ハンバーグにしてやったら、「ピザがいい」だと。しかも私が食べたくもないピザ代を払うんだからさぁ、やってらんない。

岸本葉子が「家族で同じものを食べましょう」みたいなことを書いていたような記憶があるが(記憶違いだったらすまん)、ていうか、岸本葉子みたいな食生活(七分づき米に根菜などの野菜中心、肉・乳製品・白砂糖などは一切とらない。魚は小魚程度)になんで家族が合わせてくれると思っているんだろうね。家族で同じものを食べるっていうのは、テメェが旦那や子供にあわせて、そうめん食べたいときにピザ食べるってことなんだよw

「こういう食事が体にいいの」って説得しようったって、ご自分は40歳で癌になっているからね。癌になる前にピザ食い放題だったのなら説得力あるけど、岸本さんはもともと野菜好きの和食好きだったそうだからね。だけど、癌になる前はブリ大根や筑前煮など肉や魚も食べていたらしい。癌を境に大型の魚や赤身の魚、肉類一切はやめたそうだけど。

うちの旦那の実家は癌前の岸本さんの食事に比べてもヘルシーさとは無縁だが、癌には誰もなっちゃいないからね。説得力ゼロなんだよ。「むしろ食事をイチイチ気にするような細かい性格が癌になる」って言われちゃうぜ。

「やっぱり一人が楽でいい」んだよ、ほんと。ただ、岸本さんみたいに金を稼げないと楽じゃないんだけどね。生き方も考え方も、ある程度、金が決めてるわけよ。金というのが気に入らなければ環境といってもいい。結婚すれば忍耐を学ぶこともできるし、それがいいと思う人もいるだろうけどね。

日別画面へ

08月30日

起床時刻:05時30分

08月29日(金)

起床時刻:06時15分

ここ1ヶ月くらいだろうか、睡眠中に必ず1度は尿意で目が覚める。
「夜には抗利尿ホルモンといって尿意を抑えるホルモンが分泌されますが、特に四時~五時は、もっとも多く出るように調整されています。眠りが浅くなる頃に尿意が強まると、体のメンテナンスが終わらないうちに目が覚めてしまうからです。
ところが抗利尿ホルモンは加齢によって減少します。<略>「トイレに行きたくて早く目が覚めてしまう」というのは異常なことではなく、老化現象の一つなのです」(『老けない、太らない、病気にならない 24時間の過ごし方』(根来秀行/幻冬舎/2013.6)

ガーン。っていう表現も古いかしらねぇ、昔はショックを受けたときに、よく「ガーン」って言ってる人いたけどねぇ、今は「ガーン」ていう人いないよねぇ、今頃「ガーン」って言ってしまう、これも「老化現象の一つ」なのでしょうか。

マァでも、早起きできるからいいや、なんて思ってたらとんでもない。
上述の本によると、早起きし過ぎても、よくないのだそう。例えば11時に寝て4時に起きる、というのは、ホルモン分泌のゴールデンタイムには寝ているが(午前1~2時がメラトニンや成長ホルモン、プロラクチン、ドーパミン(ドーパミンはこの時間につくられてストックされ日中に使われる)分泌のゴールデンタイム)、それが血液によって全身に運ばれ、臓器などのメンテナンスに着手したところで起きるようなもので、結局、「現場」でのメンテナンス作業は時間切れで終わらないまま起きることになるんだとか。
午前3時~朝7時は、脂肪細胞を分解するコルチゾールの働きが高まってくるほか、昼間にダメージを受けた皮膚の修復も、この時間帯に行われるそう。「美しくなりたい人、若々しく元気でいたい人は、三時からの数時間も引き続きしっかり眠ることが大切です」だって。
また毎日、がん細胞は五千個も生まれるそうなのだが、「夜のメンテナンスがうまくいかないとがん発症のリスクが増えることを意味し」、「免疫システムは時計電子に左右されているので、体内時計のリズムに合った規則正しい生活をすることは、がんを予防するためにも大切」なんだそうな。
「実際、シフトワーカーと呼ばれる国際線パイロット、客室乗務員、看護婦などでは、前立腺がん、乳がん、大腸がんの発症リスクが明らかに高まるという統計も出ています」とのこと。

日別画面へ

08月28日(木)

起床時刻:07時00分

昨日、八百屋でスイカ1/6コ見当サイズが100円引きの280円で売られていたので買ってきた。夫はスイカを食べないので、一人で全部食べることになる。というわけで、今日は朝・昼(弁当)・晩とデザートにスイカを食べた。今週は雨がしとしと降って涼しくて過ごしやすい。そんな(あまりスイカっぽくない気候の)ときでもスイカは美味しい。スイカ大好きだ。

スイカなんぞ糖分と水分ばかりでたいした栄養もないんだろうと思っていたが(せいぜいスイカの赤色にはリコピンが入っているだろう、くらい)、『免疫力を高める!快腸快便100のコツ』(H22.8/主婦の友社)という本によると(便秘気味なんでね)、「スイカには、アミノ酸の一種である「シトルリン」という成分が多く含まれています。シトルリンは、肝臓にある「尿素回路」をスムーズに動かし、体内でタンパク質が分解される際に生じる有害なアンモニアを尿素に変えて無毒化するときに欠かせない成分です。尿素回路がうまく働くことで、尿の出がよくなり、むくみがとれ、肌を若々しくします。また、シトルリンには、体内でアミノ酸の一種であるアルギニンに変化したあと、一酸化窒素をつくり、その作用で血管を広げる効果もあります。その結果、血流がよくなり、血圧を下げる、冷え症を改善する、といったうれしい効果があるのです。
さらに、スイカには、水に溶けやすい水溶性食物繊維が大変豊富です。水溶性食物繊維は、腸の中でビフィズス菌などの善玉菌のエサになり、便秘や下痢の一因となる悪玉菌を追いやる効果があります。そのため、善玉菌をふやして腸内環境を良好に保ち、免疫力アップに役立つとともに、便秘解消の優れた効果があります」(大城聰/大東文化大学スポーツ健康科学部教授)。

大野さんはスイカは量が食べられないので、スイカを煮て煮汁を煮つめることをおすすめしているが、私は煮詰めるまでもなく、スイカは別腹なのでいくらでもいけます。なんとスイカにこんないい効果があったとは!
でも、ほぼ毎日スイカを食べているけれど、私の便秘は全然解消しないんだけど。抗生物質をもらったときに「お腹がゆるくなることがあります」って薬剤師さんに言われたけど全然ゆるくならないから相当な便秘なんだろう。プルーン、ヨーグルト、めかぶ、納豆、オリーブオイル、どれもしょっちゅう食べているけれど、便秘って意味がわからん。こりゃ運動不足だなw

日別画面へ

08月27日(水)

起床時刻:06時45分

『おいしい穀物の科学 コメ、ムギ、トウモロコシからソバ、雑穀まで』(井上直人/講談社ブルーバックス/2014.6)

日本人はなぜ米を主食とするのか。
加工の容易さと貯蓄性(保存性)の高さのためである(P13のグラフだが、横軸は右にいくほど(加工性易になるほど)「粉食向き」ではなく「粒食向き」になるのでは)。

なぜ精白するのか。①柔らかくおいしいため②真っ白な食品は「稀」であり、「稀」なるものが尊ばれたため。夏が高温多湿になる日本の気候風土が稲作に適していたこともあげられよう。
イネは「資材や労力を投入すればするほど生産力が著しく高まる」
「イネによるエネルギー生産効率は、集約的な作業で大きく低下するものの、土地面積あたりの収量は激増する」
江戸時代の「勤勉革命」を可能にしたのもイネという作物の特性にあったのかも?

「好まれる「モチ」性」という節では「穀物のモチ性は遺伝的に劣性で、自然界では稀に突然変異で生じても生存が難しい」とあった。だからよほどモチ性に執着を持って意識的に栽培しなくちゃいけないのだそうな。
モチ性穀物はヒトによって選抜されてきたのであり、①「デンプン」の粘りに対する嗜好や「生理的」欲求②加工の簡便性が高いことが挙げられている。

いまだにある食物が「モチモチしている」という表現は、「美味」を連想させるが、モチ好きなのは日本だけではなく「東南アジア」の山岳地帯には「モチ性の穀物を好む民族が世界一多」いのだそう。②のモチ性の給水速度の速さ、加熱による糊化の速さは、炊事にかかるエネルギーが小さくてすむわけで、「モンスーン地帯では重要だったのではなかろうか」とある。フーン、その視点はなかったなぁ。

モチといえば日本では晴れの席で食べるものだったがGI(Glycemic Index)値の高さ=満腹による幸福感を得やすいものであったことも「モチの快楽」につながった。今じゃ、低GIダイエットの時代で、モチなんぞ快楽どころか悪魔の食べ物みたいになってるけどwヒエがものすごく低GI値だから、今ならありがたい食べ物になるだろう。

第4章の「雑穀と精白」で詳しく触れられているが、食欲には「生理的な食欲」(高GI値のモチなどが入るだろう)と「心理的な食欲」(かつてのモチ。手間暇かかってありがたかった。今ではたとえば美容効果やダイエット効果のある食、それこそヒエなんかが入るかもしれない)がある。

第6章の「品種と栽培技術」も面白い。水稲品種の血縁関係とか、見てて飽きない。私が最近買っている「森のくまさん」なる熊本県のお米は、「ヒノヒカリ」(「コシヒカリ」と「黄金晴」が親)と「ヒトメボレ」の兄弟分みたいな品種(お母さんが「コシヒカリ」でお父さんが「初星」)を掛け合わせたものである。そして「ヒノヒカリ」と「北陸174号」との間に生まれたのが「くまさんの力」である。どんだけ「くまさん」押ししてるんだよw

熊本県産品のクマモン便乗商法はともかく(くまモンはキャラクター使用料がゼロだから使いやすいそうですな)、明治以降の主な品種の系統図では良味品種のルーツは西の「旭(朝日)」と東の「亀ノ尾」のたどりつく。「亀の尾」の直径子孫で今も食べられるのは「ササニシキ」かなぁ。私は「ササニシキ」好きで、軽い感じが特に夏に食べたくなる。これ「胃弱あるある」なw

明治時代には「亀の尾」「神力」「愛国」が米の三大品種だったそうな。聞いたことないw

コシヒカリは福井や新潟で交配・選抜・登録されたんだって。へー。ん?つまり越前・越後で開発されたから「越」(こし)なのか!しかし、血縁図をみてもわかるように、コシヒカリはマジですごい。今のメジャー品種、たいていはコシヒカリの血が入ってる。

それから「温暖化はコメの品質に影響するか」(数度の気温差も食味に影響)とか「風土がもたらす味」として長野県伊那市の玄米の品質の高さとか(著者は信州大の先生なので、ところどころ信州押しが入るwしかしこれは科学的根拠のあることで、中部日本の南アルプスなどから流れてくる水には花崗岩の風花されたものが多く、莫大な量の鉄やマグネシウム、ケイ素などが水田に流れ込む。こういったミネラルが良質なお米をつくるのには欠かせないんだそうで、それと昼夜の寒暖差の大きさ(再転流速度とモミの登熟速度が大きくて良質になる)、それから実は風の流れ(水の蒸散を促進し光合成がすすむ)も大切なんだとか。

話題が多岐にわたり、とてもまとめられないが(そばの部分を割愛しちゃいましたな)、なかなか「読みで」のある本だった。

日別画面へ

08月26日(火)

起床時刻:06時45分

少し前に花うさぎさんのところで、「血液型性格診断」サイトの紹介があったけれども、血液型によってなりやすい病気がある、そうな。
な、なんだってー?!というわけで『血液型で分かる なりやすい病気 なりにくい病気』(永田宏/講談社ブルーバックス/2013.11)をひもといたら、まず「血液型とは何か」から始まる。さすがブルーバックス。1900年のランドシュタイナーの実験からはじまる。さすがブルーバックス。

血液型は赤血球の表面にくっついている血液型物質(抗原。A抗原とかB抗原とか)によって決まる。ではその血液型物質とは何か。それは「糖鎖」である。では、「糖鎖」とは何か。それは「複数の単糖が鎖状に化学結合してできた物質」である。つまり、血液型の正体は赤血球表面の糖鎖の違いにある(細胞というと表面がつるっとしているイメージがあるけれど、じつはコケに覆われた石のように糖鎖でおおわれており、赤血球もまた表面をさまざまな糖鎖で覆われているんだって。その糖鎖の中でもっとも数が多いのがABO式血液型を決める糖鎖なんだとか)。

それから血液型を決める遺伝子、ABO式血液型と遺伝の法則、血液型遺伝子の正体(赤血球は骨髄で作られるが、その際、酵素の働きでまずO型糖鎖が作られる。ここに糖転移酵素が加わることによって、たとえばO型糖鎖にN-アセチルガラクトサミンをくっつけるとA型糖鎖に変わる)、Rh式血液型の話が続き、「もういいよ」とウンザリしたところで著者が「フー、やれやれ。こんなに面倒な話なら、読み飛ばせば良かったって?」と自分で突っ込んでくれてます。

さて本題(?)のほうだけれども、タイトルは思わせぶりながら、内容は地味。すい臓がんには非O型のほうがかかりやすい(2009年アメリカの国立がん研究所のコホート研究)。O型と比べてA型は1.32倍、AB型は1.51倍、B型は1.72倍。同時期のアメリカのダナ・ファーバーがん研究所もリスク値は違うものの、基本的に支持する内容の調査結果。世界中で同様の調査結果がある。

すい臓がんの話はもういいよ、胃がんはどうなの、胃がんは?
2010年、スウェーデンの大規模コホート研究によると、A型はO型に比べて1.20倍、胃がんにかかりやすいそうな。AB型・B型は統計的に有意な差はなかったらしい(びっくりしたのは、そもそも胃がんにかかっている人が日本に比べるとすごく少ない。欧米では「胃がんに罹る確率は、日本人の10分の1くらいです」だって。1.20倍どころの騒ぎじゃないよwww『国で分かる なりやすい病気 なりにくい病気』のほうがいいんじゃないかw)。

あとは非O型はO型に比べて2倍近く深部静脈血栓症になりやすく、かつ2倍近く肺塞栓症に罹りやすい。まぁだいたい非O型のほうが血栓ができやすいみたいね。O型の人はフォン・ヴィルブランド因子がもともと少ないそうです。
あとはマラリアにかかったとき(熱帯熱マラリア)重症化するのはA型という研究結果もあれば、インドではB型だったそうな。どっちにしろ、O型が一番軽い。「現在ではマラリアはB型が重症化しやすく、O型は抵抗力が強いというのが、研究者のコンセンサスになりつつあります」。
著者は「やっぱりO型はタフなのかもしれません」とイモトアヤコさん(O型)を出して言っている。そういやタフなことならイモトアヤコちゃんに負けないうちの社長や菩薩君もO型だ、と急に非科学的になっちゃたけど、まぁそんなO型は胃潰瘍や十二指腸潰瘍など消化器系の潰瘍には罹りやすく、あと「O型最大の敵はコレラ」なんだそうな。
私の血液型ABはそもそも母集団が小さいのであんまり出てこないが「1977年から78年にかけてソ連で発生したインフルエンザの流行では、AB型がもっとも感染率が高く、O型がいちばん低かったといいます。1989年にフィンランドの研究グループが発表した論文によれば、やはりAB型がもっとも感染しやすく、しかも重症化しやすかったそうです」
たまに出てきたかと思えば虚弱体質かよwぱっとしないw

こういった論文は当時ほとんど見向きもされなかったそうな。血液型と病気の関係の研究はせいぜい1960年ごろまでがピークで流行おくれだったわけですね。血液型と病気のなりやすさについて予防医学的に役立つという見地も成り立つわけですが、まぁごくごく一部の病気だけだし、今では遺伝子調査キットで、もっと精緻なものがわかるわけだから、この分野でも日の目をみなそうね。
もっとも著者は遺伝子と病気の関係は複雑で直観的にはわかりにくいが、血液型はずっと単純でわかりやすい、「人間は単純なものにこそ、美と神秘を感じる生き物」であるから面白く、単純だから役に立つとポジティブですが。まぁそういう面もあるわな。

日別画面へ

08月25日(月)

起床時刻:07時30分

自然治癒の希望はある、と書いた私の股間のできものだが、到底痛みに耐えられなくて、お昼休みに会社を抜け出して近所の婦人科に行った。
私は人里離れた山奥の隠者生活に憧れる部分もあるのだが、無理だねw近所に病院ないと生きていけないw

そこの女医先生曰く「あなたね、できものよりがん検診を受けていないのが問題よ。子宮筋腫あるの、知っていた?」と言われて、急遽がん検診となった。できものには抗生物質を処方されて終わり。検診の結果は来週には出るそうだ。

日別画面へ

08月24日

起床時刻:07時00分

どうも品のない話だが、プライベートモードなので書いてしまうと、股間にできものができて、痛い。これが歯の痛みだったら「歯が痛い、歯が痛い」と言ってまわることもできるのだが、股間の、生殖器のできもの、などというのは、あたかも存在しないかのようにふるまわねばならないのである。

歯が痛いというのも、何につけても気分を滅入らせるものだが、下の病気というのも、人を滅入らせるものである。坂口安吾もそんなこと書いていたでしょう。と、今は青空文庫があるからすぐ見つかる。
歯痛に悩む安吾に
「たった一人、銀座出版の升金編輯局長という珍妙な人物が、同情をよせてくれた。
「ウム、安吾さんよ。まさしく、歯は痛いもんじゃよ。歯の病気と生殖器の病気は、同類項の陰鬱じゃ」
うまいことを言う。」

癌に比べればそんなものは屁でもないわい、と怒られそうだし、確かにそうだ。深刻な病の人の気分を害したなら申し訳ないが、ま、プライベートモードなんでね。
ていうか、安吾はさっさと歯医者にいけよw歯は放っていても絶対に治らないんだからさ。私のほうは自然治癒の希望はある。

上記は『不良少年とキリスト』という短いエッセイからの引用だが、これは太宰の自殺に関して書かれたものである。
「ブランデン氏は、日本の文学者どもと違って眼識ある人である。太宰の死にふれて(時事新報)文学者がメランコリイだけで死ぬのは例が少い、たいがい虚弱から追いつめられるもので、太宰の場合も肺病が一因ではないか、という説であった。
芥川も、そうだ。支那で感染した梅毒が、貴族趣味のこの人をふるえあがらせたことが思いやられる。
芥川や太宰の苦悩に、もはや梅毒や肺病からの圧迫が慢性となって、無自覚になっていたとしても、自殺へのコースをひらいた圧力の大きなものが、彼らの虚弱であったことは本当だと私は思う。」

と書いてあったのに、かつての私(中学か高校か、安吾に傾倒していたころ)は大変納得がいった(太宰にも傾倒していたのだが)。芥川の遺書には「僕の将来に対する唯ぼんやりした不安」?ハァ?」と思っていたが(そんな理由で死ぬのなら日本人の8割が自殺しなくちゃいけないのである。セコムの「日本人の不安に関する意識調査」結果によると「約8割が不安を感じている」と言っているんだから)、梅毒だったらすごくよくわかる。健康不安や病気というのは、自殺原因の上位だからね。今読んでもやっぱり安吾は好きだ。

日別画面へ

08月23日

起床時刻:09時30分

旦那が「マッサージして」と当然のように頼んでくる。家事一切合切に加えてマッサージまで妻の義務に入ってくるんだから、「小さな親切、大きな墓穴」である。

ニョーボーにやってもらうと思うから、ありがたみもない。「私のことをカリスマ足つぼマッサージ師のレイコ先生だと思え」と夫に言ってみた。今まで施術した患者は1万人以上、芸能人もお忍びで通うという、あのレイコ先生(架空の人物)である。予約は三か月待ちのあのレイコ先生である。今日はたまたま急なキャンセルが出たから、偶然にも施術してもらえているのである。という、レイコ先生モードで夫の足つぼ押しを「施術」してやった。

「私は患者さんの足裏を触っただけで、職業もわかっちゃうんですね。1万人の足を触ってきてますからね。足の裏は全身の反射区になっていますから、それでわかるんですね。たとえば野球選手、みなさん誰もがご存じのピッチャーで、私のところによくいらっしゃる方いるんですけど、彼なんか肩の反射区が尋常ではない固さで、肩を酷使してらっしゃるのがわかるんですね」

「足の裏の固さっていうのは、やはり体の疲れや老廃物がたまっているサインなんですね。お客さんも結構固いですよ。赤ちゃんはみんな足の裏柔らかいでしょ?「疲れた」なんて言ってる赤ちゃんはいませんでしょ?疲れがたまってないんですね。お母さんのほうはね、みなさん足裏固くなっていますね(笑)」

「お客さんもね、『寝ても寝ても疲れがとれない』んじゃないですか?ああ、やっぱり。そうでしょう、あのね、それは体の深部が疲れているからなんですね。だから音楽聞いたり、半身浴したりしても、疲れってとれないんです。あ、悪いことじゃないんですよ、いいことなんです、だけれどもね、体の芯の疲れはとれない。だから寝ても寝ても寝た気がしないんです。
足裏はね、深部の疲れに直接効果があるんです。だからね、私の患者さん、みんないいますよ、『先生にやってもらった日は熟睡できた』ってね。今の日本人の、そうですね、7割くらいは深部まで疲れてますね。私が今まで施術した1万人のデータから言いますとね。このつぼ、ここですね、ここをほぐしておくといいですね。私は”熟睡のつぼ”って呼んでいるんですけどね、教科書には出てないですよ(笑)」

「皆さんよく誤解してらっしゃるようですが、足裏はぐいぐい力ませに押せばいいっていうものじゃないんですね。かえって逆効果だったりするんです。強く押せばいかにも効いているみたいでしょ?違うんです。
ぐいぐい押されると痛みを感じますでしょ、そうすると全身が緊張状態になっちゃって、深部の疲れや痛みの原因にまで、ツボ押しの刺激がかえって届かなくなっちゃうんです。これ、1万人のデータからいえることです。場合によってはね、さするくらいでいいことあるんです。特にね、体が疲れきっている方にはそのほうがいいこともあるんですね」

以上、全部口から出まかせです。
友近気分でなかなか楽しいぞw

日別画面へ

08月22日(金)

起床時刻:07時00分

08月21日(木)

起床時刻:07時15分

08月20日(水)

起床時刻:07時20分

夜なかなか寝つけなかったので、羊を数える代わりに覚えている石川啄木の短歌を数えてみた。中学校の頃は啄木が好きで、新潮文庫の『一握の砂・悲しき玩具』の歌をかなり諳んじていた。でも今、思い出してみると、「なんかこれってどうなの?」ってのあるな。
たとえば「函館の青柳町こそかなしけれ 友の恋歌 矢ぐるまの花」とか演歌じゃね?うん、演歌だ。「青柳町ブルース」っていうタイトルで一曲できそうだ。「ああ 函館 青柳町~♪」ってはじまるんだ。あ、一曲できた。
「ああ 函館 青柳町 変わらぬ酒場の片隅で 思い出すのは恋の歌 矢車草の似合う女(ひと)♪」ってんだ。って全然、眠くならんw

よくテレビドラマや映画なんかで、子供を寝つかせるために親が童話を読んであげたりしているが、あれで子供ってのは寝るのかね。聞いているうちに寝るのか、聞き終わってから寝るのか。子供はどうかしらないが、中年のpyaaaちゃんの場合、面白い話だったら聞いているうちに寝るはずないし、聞き終わった後も興奮してすぐには眠れないから、聞いているうちに眠ることができる話とは、よほどつまらん話に違いない。
確かに『大きなかぶ』とか「だから何?」もいいとこだ。
「おじいさんは甘くて大きなかぶを作ろうと畑に種を蒔いて育てました。そうすると、1株の大きな大きなかぶができました。「うんとこしょ、どっこいしょ」おじいさんはかぶを収穫しようとしましたが、大きすぎて一人では抜くことができません。そこでおじいさんはおばあさんを呼んできて、手伝ってもらうことにしました」(wiki)って、まず最初に呼ぶのはマスコミだろう。などと童話にまでイチイチ突っ込んでしまうのが中年だ。また現代人の性か、ついつい脚色したくなって「実はこの巨大かぶは放射線によって生まれた突然変異であった。のちのゴジラである」とかやりたくなるんだよなー。そうすっと眠れなくなるんだ。

日別画面へ

08月19日(火)

起床時刻:07時10分

昨日の続き。
どの対談も面白かったが、とりわけ日本近代軍事史研究が専門の歴史家・加藤陽子さんとの「敗戦と原発、その失敗の本質」が興味深かった。
「起こるべくして起きた人災としての3・11は、わたしたちに否応なく、”あの敗戦”を思い起こさせる。」「加藤さんは4つの事故調の調査の比較検討もしておられた。歴史という長いタイムスパンで見ると、日本軍と原子力ムラとのおそるべき類似性-無責任体質、異質排除、非常時に弱いヨコならびの組織文化-このままでは「第2,第3のフクシマ」は防げないと危機感をつのらせた」とあとがきにある。

加藤さんが共感できた報告書は畑村洋太郎さんを委員長とする政府事故調のものだそうな。政府の事故調で加藤さんが不満なのは
「「誰が」間違ったかについて責任者の名前が出てこないことです。私企業である東電を含め、規制庁である保安院など、やはり責任があるとみられた人々の名前は出すべきでした。日本の場合、太平洋戦争でも、実際の政策立案と決定は40歳前後の中堅の課員がやっていたわけです。彼らは開戦に都合のよい数値をでっち上げ、大臣に会議で言わせる。大臣は裁かれても、本当に責任のあったはずの人々はのうのうと戦後を生き延びた。今回も同様の事態が起きるのではないでしょうか」
「実際は位の低い人間が意思決定を行っている。それが露見するのは恥ですから、組織内の人は口をつぐみ、資料を廃棄し、隠蔽する。本当の責任者を明かさない」
「東電の事故調は、読んでいて苦痛でした。誤りを認めてしまっては誰かに迷惑がかかる、とでもいうような書きぶりでした」
「日本社会に通底する、組織の悪弊なのでしょう。ため息が出ます」

上野さんが『失敗の本質 日本軍の組織論的研究』から「戦略の失敗は戦術で補えない。戦術の失敗は戦闘では補えない」を引用。日本は現場(戦闘)で頑張るものの、戦略・戦術がない。
加藤「戦略。戦術・戦闘の3つの層の要である戦略をトップがきちんと構想しない根本は何も変わっていない」

加藤「日本人は、国が国民をいざとなったら捨てるんだという点について、実のところ冷静にわかっている国民なのではないでしょうか。」
関東軍が開拓移民を見捨てたことが国民に語り継がれている。

加藤「私は、2007年に安倍晋三首相が結論ありきの集団的自衛権見直しの事理を4つ作って有識者会議に諮問した時、海外移住を真面目に考えました。この国は、始まりは小さくても、転がったら間違いが止まらない国だと思います」

上野さんも、もし国民投票で原発にイエスが出たり選憲で憲法9条放棄の結果が出たら、「私はこの国を見放します」加藤さんも「私も見放します」だって。いいなぁ、「私も見放します」なんて言ってみたいよ。でも、私は、間違いなく、ニッポンにいつまでも、どこまでもしがみついてんだろうな。あーあ、世界のどの国でも生きていける実力がある人(上野さんとか加藤さんとか)がうらやましい。あたしなんてアドバンテージのある日本ですら生きていくのがままならないのにさぁ。海外に移住しようにも、私みたいなやつは「お前なんか来るな」って言われて入れてもらえないから、不法移住でビクビク暮さなくちゃいけなくなる。どう転ぼうと卑屈に生きるしか選択肢がないというね、、。

日別画面へ

08月18日(月)

起床時刻:07時00分

『ニッポンが変わる、女が変える』(上野千鶴子/中央公論新社/2013.10)12人の女性との対談集。3.11の経験、原発をどうするのか、が主な焦点だが、女性の置かれている立場や背負わされている問題について幅広く語られている。
辛淑玉さんは2011年4月と早くに被災地に入ったそうで、3.11後に湧き起こった「被災地の日本人は素晴らしい」という自画自賛の影で、外国籍や障碍者などの弱い立場の人間についての見えない(見ない?)現状や差別を明らかにしていた。荒れた中で暴力は弱者に向かのは残念ながら普通のことだ。そこを指摘すると、反日と言われそうな状況が今も続いている、と私も思う。
「外国籍女性のドメスティック・バイオレンスの被害率は、平時でも日本人の6倍と言われています。あの荒れた中でどうなるのだろうと心配だった」(辛)
「非常時には、平時の問題が拡大するということ。「見えない存在」とされてきた者には、「見えない存在」として一番皺寄せがくるということですね」(上野)

一番怖いのは、こういうことを指摘すると「身内の恥を晒しやがって」とかえって怒りの感情をぶつけられることだ。「恥を晒すな」ということ、表面を取り繕うということ、それがいかに弱者に抑圧を強いるかわからないんだよ、自分が社会的弱者になるまではね。もっとも病膏肓に入った人に至っては、社会的弱者になっても、スケープゴートをたたくことで、鬱憤を晴らすのだから、始末におえない。

辛「私が訪ねた集落のことですが、テレビの報道では、孤立した中で住民同士が話し合い、ものすごくうまくやっているという内容で放送されました。けれど、私には違和感が残りました。打ちのめされた男たちは、ボーッとしているか、寝ているか、飲んでいるか、ガーガー文句を言っているか。一方の女は、飯炊き部屋にいて村の再建話に加わることもできない。「復興」について、女の意見が聞き入れられたところなど、ほとんどありませんでした」

辛「確かに力仕事に関して男は役に立ったのだろうけど、意思決定の場に女がいないので、着替えとかトイレとか生理とか、女が抱える問題は考慮されない。「風呂場作ろう、露天風呂だ!」とか言ってさ(笑)。外国籍の女性、たとえばフィリピンの女性には人前でお風呂に入れない人が多い。」

こういうのを「女性ならではの視点」というのだよ、日経新聞。安倍総理も本当に女性の視点を生かしたいのなら、辛さんみたいな人を三顧の礼で閣僚にしたらいいのだ。「男に魂を売り、男の論理で動かされている女」(永井愛さん)ばかりをちやほやするのではなく。

日別画面へ

08月17日

起床時刻:09時00分

ひよこ豆を一晩水で戻してから煮て、スープにした。

前々日くらいの記事で『中国化する日本』について書いたけど、その続き。著者は言う。
「なんでわざわざ「明治維新は中国化である」という、ことさらに煽情的なものいいをするのかというと、「どうして中国や朝鮮は近代化に失敗したのに、日本だけが明治維新に成功したのか?」という学問的に不毛なだけでなく、政治的にもしばしば有害な(しかしなぜか日本史上の最重要課題だと誤って信じられている)問題設定にいい加減、終止符を打ちたいからです。
こんなものは、一言でこたえられる。日本にとっての「近代化」や「明治維新」は要するに「中国化」の別名に過ぎないのだから、「どうして中国は中国化に失敗したのに、日本だけが中国化に成功したのか?」などという問いは文字通りナンセンスです。<略>
言い方を変えると、平氏政権を源氏が潰し、後醍醐天皇の足を足利尊氏が引っ張り、最後は江戸時代という究極の「反・中国化」体制を作り上げることで、いつかやることになるであろう「中国化」の時期を1000年近く遅らせてきた分、日本人は「西洋化」のために社会のしくみを一変させなければいけない時期と、歴史の必然である「中国化」のタイミングとを合わせることができたのです。
逆に中国(や朝鮮)はとうの昔に「中国化」を済ませてしまっていますから、19世紀になっても、なぜいま「西洋化」しなければいけないのかがなかなか飲み込めない-だって、西洋化の魅力ってなんですか?身分が自由なこと?好き勝手に商売ができること?そんなものは宋朝の時点で達成されています(逆に「男女の平等」や「参政権の平等」はこの時点の西洋でもほとんど達成されておらず、「王政の廃止」も一部の国に留まります)」(P132-133)

へーっ。まぁでも「西洋化の魅力ってなんですか?」って聞かれたら、そりゃ「物質的な豊かさ」「軍事的な強さ」だろう。別に思想信条(「身分の平等」だの「商売の自由」だの)なんか、たいていの日本人は昔も今も興味ないわけで。基本、彼らが「考えていること」ではなく、彼らが「持っているもの」にしか興味ないんだからw
億万長者の行動様式を貧乏人がすっかり真似て、プチ成金くらいにはなったものの、これじゃ二流、三流の億万長者に過ぎないという自己嫌悪もあり、いやいや、俺らはやつらとは違うもんね、文明化は方便であって、気持ちは昔の大和魂のまんまだもんね、というスタンスというか、自分の中で二つの相反するものがあって、そういうアイデンティティの揺らぎを引き受けるものとして大和魂があったんじゃないか。何しろ、大和魂の変幻自在っぷりはすごくて、何でも大和魂になれるから、都合がいいのだ。「天の原ふりさけ見れば春日なる三笠の山に大和魂」とかな。大和魂とは対極にありそうな和泉式部の歌でも、「物おもへば沢の蛍も我が身よりあくがれいづる大和魂」としっくりくるわけで、辞世にぴったりですな。難易度高いが俵のマッツァンでもやってみると「「嫁さんになれよ」だなんてカンチューハイ二本で言うのが大和魂」と、雄々しくなったッ。

遊んでないで話を戻すと、私なんか司馬遼太郎で頭がとまっている昭和の人だから、「へーっ」だったわ。昭和脳の私が勝手に考えていた上記のナンセンスかつ学問的に不毛かつ政治的にもしばしば有害な問い(「どうして中国や朝鮮は近代化に失敗したのに、日本だけが明治維新に成功したのか?」)の答え(っていうか「なんかそんな気がする」レベルなんだけどw)、はこうだ。

日本はいろいろと中国の真似をしてきたけれど、二つ取り入れなかったものがある。一つは天(易姓革命)の思想、もう一つは科挙である。なぜ科挙を取り入れなかったのかというと、日本では中国ほどメディアが成熟していなかったから取り入れることが無理だった(『中国化する日本』に書いてあった)らしいが、科挙という「実力主義」で選抜されるエリートというのは、暗記が得意な学校秀才タイプだ。もちろんそうでない非常に優れた官僚も清国にはいたに違いないが、新しいことをやろうとすると、どうしても典型的「役人」タイプに足を引っ張られる可能性が高い。こういう学校秀才タイプは中華の歴史においてはじめてのような事態には対応がかえって困難だろう。
一方で、日本は科挙がなかったから、江戸幕府には学校秀才タイプのいわゆる官僚が少なかった。だいたい家柄で決まってたんだから。逆にそのことがストリートワイズタイプの人間が活躍する余地につながる。典型的には坂本龍馬のような人である。半藤さんが龍馬は本をろくすっぽ読んでいないと書いているが、余計な知識がないからかえって自由な発想ができ、地頭だけで合理的に考えることができる人たちが出てこれたのではなかろうか、と。

これがいわゆる日本人の幻想、「日露戦争から日本人(日本の軍人)はダメになった」というアレにもつながる。つまり日露戦争まではストリートワイズ系の叩き上げが上のほうにいけた(のかどうかしらんけどw)。それが昭和になり、陸軍や海軍の学校でお勉強だけはできる「学校秀才」タイプが上にくるようになると、柔軟性がないから、机上の空論にしがみつく(しかし、恐ろしいことに机上の空論にさえしがみつかなくて、机上の空論で「アメリカと戦ったら日本が負ける」と出ても「見なかったことにしよう」ってしていたらしい。『失敗の本質』い書いてあるんだって、上野さんが対談で言ってた(『失敗の本質』で戸部良一さんいわく、「都合のいいように解釈してかつ作戦をつくる長年そういう作戦計画でやっていると現実を見ないことが普通になる」「現実を見たら勝てないのだから、図上演習でも沈没と判定された空母を、今のはし産まなかったことにする」。原発事故を起こした東電と同じ体質じゃん、と上野さんは言うわけだが、やばすぎる)。

まぁそんな与太話的な答えをなんとなくw考えていたんだけど、「問いの立て方そのものがナンセンスです、以上」だったわwその発想はなかったわーw

日別画面へ

08月16日

起床時刻:07時00分

今日は押入れ(の一つ)から、入っているものを全部出して、掃除・整理してまた収納した。本棚も本を出して整理。いらない本はブックオフに売る。
実にすっきり、清々しい。
今は完璧に収納された押入れだが、実は収納率が高すぎる。理想は7~8割収納なんだが、9割くらい詰め込んでいる。貰い物があったり、衝動買いをしたりしてしまったときのために少し、スペースを空けておかないと、またぎゅうぎゅうに(本を横にしたりしてねw)詰め込んでしまうことになる。
この調子で週末、一カ所ずつ片付けていこう。「見えないところもきれいに」の精神で。

そのあと、歯医者の定期検診。歯周ポケットの深さを測り(オール2)、出血を検査し(なし)、あとはクリーニング。歯医者で歯ブラシを購入。

夫が歯が痛いというので夕飯は柔らかそうなものにした。麻婆豆腐、野菜のポタージュ(蕪、蕪の葉、じゃがいも、玉ねぎ、長ネギ(麻婆豆腐の余ったとこ)をバターでいため、柔らかくなるまで蒸し煮した後、ブイヨン(ていうかお湯+コンソメ)で煮て牛乳も入れて、バーミックス(みたいな、うちのはブラウンの安いやつw)で鍋の中でガーッと混ぜて、できあがり)、かぼちゃとベーコンとにんにくのソテー(少しだけローズマリーを入れるといい感じだが、意外に歯にあたりそう)。これにサラダでも添えればいいんだろうけど、サラダは歯には負担かなと思ってやめる。

夫に私の行っている歯医者を紹介したら、すごくいいと喜んでいた。よかった。夕飯を食べるときにはもう痛みはなかったみたい(柔らかくなくてもよかったということだw)。
昨日は歯が痛かったせいか、ものすごく夫が不機嫌で、私に当たり散らしていたが、歯医者に行ったあとはうってかわって上機嫌。やれやれ、年をとって年中どこか痛くなったら、小言幸兵衛(って完全死語だなw)の嫌なジーサンになるで、うちの旦那。

日別画面へ

08月15日(金)

起床時刻:07時15分

今週二度目の衝撃を受けた。
私の旧来の常識をまたもや崩された。
一度目の衝撃は「恐竜は鳥になった」っていう話で(前々々日あたりの記事参照)、二度目の衝撃は今更ながら読んだ『中国化する日本』(與那覇潤/文藝春秋/2011.11)である。

なんかタイトルがいかにも扇情的で、本書が話題になったときには読まなかったんだけれど、図書館にあったので試しに借りて読んでみたら、衝撃を受けた。しかもこれは別に著者のオリジナルな史論ではなく、世界や日本の歴史家の世界では「ジョーシキ」的な説なんだとか。

「中国化」とは何か。それは世界で最初に「近世」に入った「宋朝の中国で導入されたしくみ」である(「しかもその宋で導入された社会のしくみが、中国でも、そして(日本以外の)全世界でも、現在に至るまで続いている」)。
内藤湖南も中国の歴史における画期は宋朝である、と喝破したそうなんすけど、宋朝のどこが世界の最先端だったのか(あ、いっとくけど進んでいるから善っていうわけじゃないし、物事には何でもいい面と悪い面がありますからね。誤解なきよう)。

「現代のグローバル社会の先駆けともいえる近世宋朝中国=中華文明の本質をあえて一文で要約すれば「可能な限り固定した集団を作らず、資本や人員の流動性を最大限に高める一方で、普遍主義的な理念に則った政治の道徳化と、行政権力の一元化によって、システムの暴走をコントロールしようとする社会」といったところになるでしょう」とのこと。

具体的には
A.権威と権力の一致
B.政治と道徳の一体化
C.地位の一貫性の上昇
D.市場ベースの秩序の流動化
E.人間関係のネットワーク化
であり、「ちょうどこの近世中国の5大特徴すべてを裏返すとそれがそのままいわゆる「日本文化論」(略)でおなじみの『この国のかたち』になる」んだそうな。
そんでもって日本の歴史は中国化(≒グローバリゼーション、自由主義、競争主義、立派なイデオロギー)と江戸化(≒保護主義、鎖国的、村社会的、封建的、おらが村、親方日の丸)の間を揺れ動いてきたというわけ。

確かに日本の歴史を学校で習ったときにも、日本はミョーに対外的に活発になる時期と、ミョーに引きこもりになる時期があるよなぁ、と思ったわけですが(遣唐使やった後は引きこもって国風文化とか(「というか「国風文化」なるもの自体が、後世に作られたイメージに過ぎないというのが、最近の日本文化史の見解です」P42。アチャー)、朝鮮出兵やったあとは引きこもって鎖国とか、鎖国やった後は植民地つくって戦争やってイケイケドンドンとか)。この現象は要するに、日本の中の「中国化」勢力(後醍醐天皇、平家、明治の元勲(本書によると明治維新はやっと成功した日本の中国化なんだそうなw)、小泉元首相)vs「江戸化」勢力(源氏、鎌倉幕府、徳川幕府(もちろん)、社会主義者から軍部まで、田中角栄元首相、一般民衆)の綱引きなんだ、と。だいたい中国化勢力は短命に終わり、江戸化勢力が勝ってきたのだが、明治維新でやっと日本も中国化する(ちなみに儒教を「幕藩体制を支えた思想」と捉えるのは誤りで、「西洋化を媒介して近代日本を準備した思想」と捉える(小島毅)ことが「思想史の専門研究ではもう常識になっている」んだってさ。全然知らんw。明治維新の実態は日本人が抵抗し続けた「「近世中国」の仕組みを「いやこれは近代西洋のものですから」と看板だけ変えて普及させたということ」らしい)。
だけれども、その反動で昭和維新で再江戸化が加速し、結局中国化は失敗(=明治維新は失敗)したというわけなんですな。

いろいろ面白い。もっとも、現在の「歴史学の常識」も百年後には別の新常識にとってかわられているかもしれないけどねw新参の歴史学者は新しい視点を打ち出して自分の実績を残したいだろうし、歴史というのは現在から振り返った問題意識がどうしたって反映されるからね。

日別画面へ

08月14日(木)

起床時刻:07時30分

「ダークソウル2」のDLC、「穢れのエレナ」と「眠り竜のシン」をやっと倒した。勝因はハベルかなw 初めてハベルを着たけれど(+5まで強化済。ただし装備重量の関係で胴体と手のみ)、やっぱりハベルすごいね。それにしても旦那は両方ともサクッと倒してたのに、私は「穢れのエレナ」に何回チャレンジしたことか。「眠り竜のシン」は二回目で倒したけど。

もし仕事能力もゲーム能力に連動しているのなら(その可能性はあるような気がするんだけどw)、ほんと私使えない人だ。
判断力とか瞬発力とか周囲の観察力とかゲーム内での法則をみつける(動きのパターンとかね)システム脳とかそういうものがゲームがうまい人にはある。そしてだいたいこういった能力は男のほうが上な気がするんだよね。出た、一般論wしかもポリティカルコレクトネスに反するようなw

もちろん女でもかなりうまいクラスの人、いわばAクラスの人はいるけれど、超絶クラスのSクラスになると男ばかりな気がする。たとえば、ダークソウルのリアルタイムアタックやってるのとかレベル1でクリアとか、縛りプレイや高難度プレイやってるのって全部男じゃない?実況の声から想像するに。まぁもともとのプレイしている母集団が男ばっかりの可能性もあるけれど。でも、こういう現象(ゲームのSクラスプレイヤーは男が多い)は環境というか、ジェンダーバイアス(たとえば「女の子がゲームなんかやるもんじゃない」という無意識的なすりこみ)のせいだけじゃないと思うんだよね。
例によってソースは自分なんだけど。だって私、FF11の累計プレイ時間がほぼ1年だよ。ダークソウル2も100時間くらいプレイしている。夫はゲームをすることを推奨(強制)してくるし。
環境的に何不足ない状況、つまり十分なプレイ時間と夫の理解(っていうのかね)にも関わらず、私はずーっとどヘタクソだし、はっきりいってゲームなんかたいして好きでもないのである。ま、私が特殊的に下手であって、性別とは何の関係もない可能性も高いんだけど、環境だけじゃなくて遺伝的というか、進化に基づく何かの違いというか、もって生まれた差があるんじゃないかっていう気がするんだよね。

日別画面へ

08月13日(水)

起床時刻:07時30分

08月12日(火)

起床時刻:07時00分

クイズ。「約6600万年前に恐竜は絶滅し、新生代という哺乳類の時代がやってきた」という文章には二つの誤りがある。どこか。
答えは、一つめは「恐竜は絶滅」しておらず鳥類に進化し、多様化しながら大繁栄していること、もう一つは「哺乳類の時代がやってきた」のではなく、現在の地球では鳥類(約1万種。哺乳類は5000種弱)が生息し、「鳥類時代」が続いているということ。

以上は『そして恐竜は鳥になった』(誠文堂新光社/監修:小林快次、執筆:土屋健/2013.17)の冒頭の一文より作成。
恐竜が鳥になった?ハァ?と言っている人はだいたい中高年であるw
「鳥の恐竜起原説」の認知には世代間格差がある。というのも、世間一般で広く認知されるようになったのは1996年、中国の白亜紀前期の地層から羽毛を持った肉食恐竜「シノサウロプテリクス」が発見されたことによるからだ。これ以来多くの羽毛恐竜が発見され、また多くの研究結果から今日では「鳥の祖先は恐竜」という説が広く受け入れられているのだそうな。

だから最近の恐竜図鑑の恐竜には羽毛が生えてるんだとか。マジか。本書のティラノサウルスの絵にも短い芝のごとき羽毛が生えているwこりゃゴジラにも羽毛をはやしたほうがいいんじゃw あ、ゴジラは恐竜じゃなくて怪獣かw

本書の一番面白い部分は、「恐竜は鳥に進化した」ということを解き明かす研究にある。恐竜は絶滅してしまい化石にしか残っていない。そこを「現代に生きる鳥類特有の行動や性質を恐竜が持っていたのではないか?」という観点での問の立て方とその解明方法がスリリングで面白いのだ。
中でも”子育て”を雄がしたかどうかは、鳥類への進化を考える一つの大きなポイントになる。とうのも、現生鳥類の90%以上は雄が子育てに関与しているからだ(ヒトを除く哺乳類では5%未満)。
爬虫類である恐竜から鳥類が進化するなかで、この「父親による子育て」はいったいいつ始まったものなのか?
しかし、化石で雄雌はわからないw陰茎骨もない。
そこで現代の動物研究で明らかになっていること、つまり「ワニや鳥類では基本的に体が大きい種ほど卵の総体積が大きく、また同じ体格で比較すると、雌が単独で、あるいは両親が子育てに関わる場合よりも父親だけが子育てをする場合で総体積が最も大きくなること」ことに基づき、トロオドン、オヴィラプトル、シティパティが抱卵している卵の化石の総体積を調べると、これが「雄が単独で子育てするケース」に最も近い傾向をとることがわかったのだ。
また、卵を産む雌の鳥類は大腿骨の中に「骨髄骨」とよばれる特別な構造をつくって卵用のカルシウムやリンを補給するのだが、抱卵していた化石の後ろ足(トロオドンとシティパティ)を裁断し、組織が観察できるように薄く研磨し、顕微鏡を使って調べたところ、骨髄骨もなければカルシウムなどが溶けだした形跡もなかったことがわかったのだ。つまり抱卵していた固体は卵を産んでいない可能性が高く、雄の可能性が高いのだ。

羽毛は何のためにあったのか。普通なら保温のため、と思うが、いちがいにそうともいえない。
さらには何のために翼は進化したのか。こちらでは4つの仮説が検証されている。

生物学的なアプローチの面白さが際立っているが、もちろん、現物の化石がなきゃはじまらないのであるw これらは車の両輪となって恐竜学の新たな地平を切り開いていくのであろう。

日別画面へ

08月11日(月)

起床時刻:07時00分

ダークソウル2のDLC版をプレイ。
久しぶりにやると結構面白い。アヴェリン大活躍。

『異常気象と人類の選択』(江守正多/角川SSC新書/2013)

温暖化懐疑論者は①そもそも温暖化といえるような確たるデータがない②温暖化していてもそれは人類が原因ではない、と主張する。
①に関しては米リチャード・マラーは独自に平均気温データを作ったそうで、はい論破~だったらしい。
最近、気温上昇が停滞しているのは①海が吸収中(海面上昇は継続中)②太陽活動が弱まっている時期が長引いていることが原因らしい。

断片的メモ。
対策積極派vs慎重派の対立構造をどう超えるか
(行き過ぎた現代文明の見直しvsリアリスト)
ティッピングポイントという視点
手遅れ感に満ちた状況であるという認識が必要
どのリスクをどのくらい受け入れるか
気候工学(エアロゾルをばらまくとかも視野に入れる?)
費用便益分析の落とし穴(将来のリスクを過小に評価する)
割引率を変えると結果がかわる スターンレビュー
リスクを引き受ける主体となる
テクノクラシーかデモクラシーか
リスク判断の持つ「賭け」の側面
納得感が高い意思決定い必要な信頼の醸成
利害得失と公共意識
文明のターミナルケア
「思考実験」あえて延命治療は避ける
「現代文明は終末期にさしかかっているから、次の世代を産んだらかわいそうだ。われわれの世代で現代文明は終わろう」
人類には「持続しない」という選択肢、あるいは「持続しない自由」があることに気付くため、逆説的に持続するということが意識的に選択しなければならないことがわかる、んだそうな。ありなんちゃう?と思ってしまった自分がコワイ。どっちにしろ、永遠の成長なんてありえないし、いつかは終わりがくるんだから、その終わり方(老年期)をどう過ごすかを考える時期に少なくとも日本はきているだろう。いつまでも若者気取りのじーさんでいてどうする?と思うが、覇気がないと老人に叱られるんだろうな。

日別画面へ

08月10日

起床時刻:05時10分

台風の影響で夏の甲子園大会が二日順延になったそうで、これは高校野球史上初めてのことだそうだ。この時期にこれほどの規模の台風がくることは今まではあまりなかった、ということであろうか?地球温暖化に伴う異常気象なのであろうか?とついつい考えてしまう。

『異常気象と人類の選択』(江守正多/角川SSC新書/2013)によると、気象庁の定義では異常気象とは「30年に一回起こる程度の珍しい気象」のことだとか。昔から異常気象はたまには起こっていたわけだが、地球温暖化の影響はこれに重なって起こってくる。
雨に関しては、地球温暖化による長期的な影響として、気温の上昇に伴い大気中の水蒸気が増え、雨をもたらす低気圧などの強さが変わらなかったとしても、水蒸気が多い分だけ割増で雨が降る傾向になる。
もっとも降水量や雨の日数の変化は、大気の循環の影響もあり、地域によって受ける影響は異なるそうで、亜熱帯を中心に、温暖化が進むほど雨が降りにくくなるそうな。「実は日本でも、雨の日の日数が長期的に減少してきていることが観測されています。雨の降る頻度が減っていく一方で、降るときは今までよりたくさん降るようになる、ということです」

ふーん、雨が降るときはドバッと降るようになったという感覚は正しかったみたいだけれど、雨の降る頻度は減っているんだね。大雨の印象が強すぎて、特にそういう気はしていなかった。人間の感覚ってアテにならんなw

日別画面へ

08月09日

起床時刻:09時30分

今日の「アド街ック天国」は尾瀬だった。
昭和30年代(1960年代)以降の「尾瀬ブーム」のころの写真に衝撃を受けた。「中国か!」っていうくらいの人だかり。しかも平然と湿原に踏み入ってビニールシートのようなものを広げて座っていた(もっとも木道が設置されたのは昭和33年からで、完成したのは36年)。ネットでは当時のあふれたゴミ箱の写真もある(昭和47年にゴミ箱は撤去された)。旦那が「うっわ―。中国のこと笑えねーじゃん」とドン引きしていたが、これが「古きよき昭和」の真実である。

「最近のマナーはなっとらん。昔の日本人はこうではなかった」と健忘症気味の老人は言いたがるが、それいつの日本と比べているの?と思う。漱石の『三四郎』では主人公が食べ終わった弁当箱を汽車の窓から投げ捨てているし、小松左京の『日本沈没』では主人公が飲み終わったビールを船の上から海に投げ捨てている。こういった小説の何気ない一シーンこそ、当時の公共道徳、マナーのレベルが出てくるのだ。私はゴミのポイ捨てが絶対に許せない人間なので、こういう描写に敏感に反応するが、当時は作者も編集者も特になんとも思わなかったのであろう。

とりあえず「古き良き日本」「美しき日本」とかいう幻想を抱いている人は中公新書の『四大公害病 - 水俣病、新潟水俣病、イタイイタイ病、四日市公害』(政野淳子)を読んだほうがいい。「自然を愛する日本」とやらがどんな国だったか、どれほど弱者につらくあたり、強者におもねる国だったかがわかる。福島の第一原発で同じ過ちを繰り返さないことを祈るばかりだ。

日別画面へ

08月08日(金)

起床時刻:07時30分

08月07日(木)

起床時刻:07時30分

”The idea that cooking is a defining human activity is not a new one. In 1773, the Scottish writer James Boswell, noting that "no beast is a cook", called Homo sapiens "the cooking animal".(Though he might be reconsidered that definition had he been able to gaze upon the frozen-food cases at Walmart.)"
はははw
Michael Pollanの”Cooked"より。本書でも紹介されている"the cooking hypothesis"とはリチャード・ランガムの提唱する仮説で、料理によって人は進化したというものである。つまり生のものだとエネルギー効率も悪く、消化も悪い。しかし火を通したものなら、エネルギー吸収もよくなり(脳はエネルギーの20%を消費する)、消化にもいい。そのため人類は類人猿に比べて消化器官が小さく、その代わりに脳が大きくなったというのだ。

"This is no small matter. Based on observations of other primates of comparable size, Wrangham estimates that before our ancestors learned to cook their food they would have had to devote fully half their waking hours simply to the act of chewing it. Chimps like to eat meat and can hunt, but they have to spend so much of their time in mastication that only about eighteen minutes are left day for hunting, not nearly enough to make meat a staple of their diets. Wrangham estimates that cooking our food gives our species an extra four hours a day.(This happens to be roughly the same amount of time we now devote to watching television.)”

英米人の書く文章のfunnyさが好きだw

翻訳も出ているが上下二巻で2800円×2で5600円、Kindle版が946円なんである。翻訳の手間暇はあるにせよ、その差額の大きさに驚愕。デジタルなら書籍の輸送費やらなんやらかからないからね。とうとう英語の学習が役立つときがきたのか。

日別画面へ

08月06日(水)

起床時刻:07時00分

理研の笹井さんが首つり自殺をしたらしい。
衝撃だった。

それでちょっと思い出したのだが、早稲田大学が小保方さんの博士論文を取り消さなかったのには失望した。先月の話だけど。
早稲田が名実ともにオワコン化した瞬間ともいえるだろう。あんなコピペだらけの「論文」に博士号を与え、しかも色々な問題が明らかになっても取り消さないような大学には「まともな」教員などいないだろう、と普通は思う。

そもそも小保方さんがずーっと勘違い人生を歩んでこれたのは、早稲田の教授も学生も程度が低かったせいかもしれない。研究者の道に進もうと思っても、自分よりはるかに頭のいい同僚や先生の存在を目にし、また日々の丁々発止の議論を繰り広げる中で「自分の能力では無理だ」と思うはずなのである。
しかしながら、周囲は先生から学生までバカばかりで、幼稚園生レベルの未熟さでも、コピペだらけの論文でも「博士号余裕でした^^」なら、研究者になることに疑いを持たないだろう(ま、ハーバードでも理研でも平然と研究を続けているところを見ると、早稲田のせいじゃないかもしれないけどw)。

早稲田の先生の質の低さは昔から有名だったけれども、今までは日本の大学は学業なんてどーでもいいというスタンスで、企業も高校卒業時点でのポテンシャルが大学の偏差値によってなんとなくわかる、というくらいの目で大学を見ていただけから、よかったわけだ。今の時代の学生は昔より学業に真剣になっているし、企業も大学名より内実を重視するようになってきている(んじゃないかwよく知らんけどw)。だから早稲田は本気でやばい。

日別画面へ

08月05日(火)

起床時刻:07時00分

『炭素文明論「元素の王者」が歴史を動かす』(佐藤健太郎/新潮選書/2013.7)を読んでいたら、尿酸の話が出てきた。
二十世紀に入り「社長や大学教授に尿酸値が高い人が多い」だの「知能指数が特別高い人を調べてみると、なんと痛風患者が通常の二~三倍多いことも判明した」そう。へぇ、初めて聞いた。

「尿酸に知能に関する未知の鍵が隠されているのではないか?」と学界は色めきたったそうだ。尿酸を分解する酵素がないのは霊長類と鳥類、そして一部の爬虫類だけだそうで、痛風のリスクと引き換えに高い知能を手に入れたのではないか?と考えればうまく話はつながってしまうのだ、とのこと。

しかし七十年代に入るとウーマンリブの絡みで研究費が下りなくなったそうだ。尿酸が高いのは圧倒的に男だから、「男性の方が女性より生まれつき知能が高いという結論になってしまうのはけしからん、というわけだ」そうな。

再び脚光を浴びたのは90年代に入ってからだそう。尿酸の存在下では神経細胞が死ににくくなることが判明したのだそう。なるほど、アルツハイマー病になるのは男性より女性が多いんだが、女性のほうが長生きであるからという理由だけじゃないかもしれんね。この理屈でいくと、尿酸値の高い男性のほうが脳神経細胞も死ににくくなるだろうから、同年代の高齢男女だったら女性のほうがアルツハイマー病の割合が多いはずだ。また尿酸には強い抗酸化作用があり、活性酸素を取り除いてくれるんだとか。

痛風ってのは、プリン体のとりすぎが一番の原因かと思っていたが、ミケランジェロは粗食だったそうだ。ダヴィンチも痛風だったと書いてあったが、彼ってヴェジタリアンじゃなかったっけ。
知らなかったが痛風にかかりやすい性格というのがあるのだそうな。「完璧主義者でせっかちで、精力的に仕事に打ち込むミケランジェロタイプ」がそう。私は絶対に痛風にはならんなwまぁ逆にいうと、そういう性格だから社会的に成功するのかもしれんけど。

ちなみに日本人で痛風患者がはっきり確認されたのは明治中期になってからであり、患者が増え始めるのは1960年からだそう。
しかし食生活が欧米風になっても日本の痛風発生率はいまだに米国の五分の一なのだそうで、著者によれば「これは、尿酸を貯め込んでしまうほどにとことんまで突き詰めて考え、きっちりと細部を詰める人が少ない日本人の国民性の表れなのかもしれない。和をもって尊しとなす国には、無用な衝突もない代わり、図抜けた天才も現れにくいということだろうか」などと書いているが、本気かよw
痛風の要因にどんだけ性格が絡んでいるのかっていう話だけど、もし性格がそこまで重要なら医者も食事指導だけじゃなくて性格指導をしなくちゃいけないだろう。私は単に体質じゃないかって思ってるんだけどw

日別画面へ

08月04日(月)

起床時刻:07時00分

昨日、夫が私のメールをがっつり見たこともあり、身ばれが怖いんで2回目のプライベートモードにした。
「早起き生活にコメントがつきました」とかいうメールのタイトルに冷や汗かいたわ。まぁ夫も検索するほど暇じゃないだろうが、万が一このブログの存在が夫にばれたらと思うと気が気じゃない。
そのうち削除したほうがいいんだろうけどな。

結局のところ、家族や夫婦というのは「望ましい家族像」という設定のもとで割り振られた役割を演じること(「役割を果たすこと」といったほうが聞こえがいいか)しか望まれていない。本心などという役割あるいはキャラ設定からの逸脱は疎ましいだけだ。ペッパー君のように演じていることすら無自覚的であること。「本心」などというものはない。ロボットに「本心」を突きつけられることを考えてみよ。ぞっとするであろう。

結局「ありのままの自分」などという逸脱はただのはた迷惑で、嫌われるだけである。「ペッパー君」のごとき立派な人工知能(「人間を傷つけない」)と違って、リアル「ありのままの人間」は醜いだけだ。しかしながら、あるべき自分を演じ続けていると、本当に疲れるのも事実。ポンコツ使用だからね。ここで吐き出すくらいはいいじゃないかと思うのだが、それすら許されないんだよね。表面的にいい関係ならそれで十分じゃん。それ以上望むのは、醜い人間のくせに図々しいというものだ。

日別画面へ

08月03日

起床時刻:11時00分

夜は暑くて寝苦しくて、エアコンをつけっぱなしにすると寒くなるし、消すと暑くなるしで、消したりつけたりしてた。

先週「カンブリア宮殿」という番組で(嫌いなんだけど旦那が見てたんでw)、ソフトバンクの孫正義社長が出ていて、pepper君とかいう人型ロボットを紹介していた。ソフトバンクはロボット事業に200億円くらい投資してるんだってさ。ペッパー君をパソコン1台くらいの値段で売りたいらしいそうで、小さな子供がいる家庭に一家に一台、兄弟、友達代わりに使って欲しいとコメントしていた。ハア?と一瞬思ったが(というのもリアル兄弟や友達は、pepper君と違って時にはおもちゃの取り合いのケンカに発展したりするような野蛮なものだからだ。リアルの人付き合いとかマジで苦痛になりそう)、人間が求めている他人とのコミュニケーションなんてのはリアルの人とより人工知能とのほうが理想に近いのかもしれない。

介護施設で研究者が開発した子供型ロボットと認知症のお年寄りが楽しく対話している様子が放送されていたけれども、ずいぶん楽しそうでよかった、よかったと思った。リアル子供ならこうはいかない。なんなら年寄のほうもロボットなら、なおいいんだろうね。

子供やお友達だけではない。妻だってロボットのほうがいいだろう。文句もいわない、ご飯も食べない、風邪もひかない、眠くもならない、感情は一定、夫の話はいつだって「うんうん」聞いてくれる、余計なコメントは一切しない、完璧じゃんw「それじゃつまらない」という向きには設定で「生意気タイプ」とか「おてんばタイプ」とかいじれるようになるだろう。「生意気タイプ」でも決して人がグサリと傷つくようなことは言わない。リアル人間だと行き過ぎたりするからね。

ロボットを開発する側でない人間の存在価値って何があるんだろう。と思っちゃったね。

日別画面へ

08月02日

起床時刻:09時30分

今月の目標、めんどくさいって言わないw
いやあ、こう暑いとすべてがめんどくさくなるw

この暑いのになぜかグラタンが急に食べたくなって、冷房ガンガンかけながらオーブンで焼いた。地球にやさしくないw 具材はブロッコリー、ダイスに切ったスモークハム、マカロニ。
私一人だったら、グラタンにコールスローサラダ、野菜スープといった献立でいいんだけど、夫がコールスローも野菜スープも大っ嫌いなもんで、献立考えるのがマジめんどくさい。あ、出た、めんどくさいw。ほんともう、犬も歩けばめんどくさいにあたるっていうくらい、めんどくさいことばっかりなんだ。特に家庭はめんどくさいの宝庫だからなぁ。

日別画面へ

08月01日(金)

起床時刻:07時00分