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起床時刻推移グラフ

目標起床時刻:08:00 平均起床時刻:08:27

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02月28日

起床時刻:10時00分

ひさかたの~、光のどけき春の日に~、シミを見つけてしづ心なし~!!
ぎゃあああああ!!私の左頬に今までなかったシミがああああ!!
ほら、ここと、ここと、ここのシミをつなげて北斗七星!(って昔なんかの漫画で読んだな、『あさりちゃん』だったか)。
面白くないぞ!!全然、面白くない。シミが、突然、予告もなしに、出てきおった。

『フェリスはある朝突然に』という映画が昔あったが(内容は100%忘れた)、『シミはある朝突然に』だ。これはホラー映画のジャンルだな、うん。「突然に」つながりでいえば、『ラブストーリーは突然に』てな歌もあったなぁ。「あの日、あの時、あの場所で海に行かなかったら、僕らはいつまでもシミなしの肌のまま♪」

昔、日焼け止めも塗らずにダイビングとかしてたしなあ。

それにしても、常々「老いは突然、ガクッとくる」とか、「階段状に老いはくる」などと聞いていたが、本当だ。私、最近、老いのステージが一段上がったんじゃないか。「おとなの階段」ならぬ「老化の階段」を上ってんだね。「老化の階段のぼる~、君はまだ中年期さ~♪」などと懐メロばかり出てくるところがすでに老い。

「梅咲くや懐メロばかりが口をつき」
本日の安易な一句。
「梅咲くや階段状に老ひは来る」
陳腐な感慨に「梅咲くや」をつければ俳句になるってもんじゃないぞw
ちゃんと梅そのものを見なくては。客観写生しなくては。ほら、窓から近所の庭の梅が見えるではないか。
・・・うーん、別に梅そのものに何の思い入れもないんだよなぁ。梅どころか桜にすら思い入れもない。「吉野山こずゑの花を見し日より心は身にもそはずなりにき」の西行みたいな思い入れは微塵もない。よっぽど吉野山の花より(見たことないが)、我が顔のシミのほうが私の心をとらえ、動かす。西行は顔のシミなんか気にしないんだろう。

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02月27日(金)

起床時刻:07時30分

春らしい(?)クイズを思いついたので、親にメールした。
魚偏に春で鰆(さわら)、木偏に春で椿(つばき)、ではのぎへん(禾)に春は?




答:書き間違い。

親からの反応なしw
あまりのくだらなさに黙殺された模様w

椿といえば香りがしなくて、かのターシャ・テューダーも「椿に香りがあればよかったのに」とかなんとか書いていたような記憶があるが、赤いヤブツバキはじっくり嗅ぐと優しい花の香りがするそうな。「そうな」と伝聞で書いたのは『花の香りの秘密―遺伝子情報から機能性まで―』(渡辺修治、大久保直美)に書いてあったからで、私自身は椿の香りを嗅いだことはない。

「また、甘く華やかな、たいそう良い香りのするツバキの品種も作り出されています。伊豆大島の椿育種家である尾川氏の作られた”いのくちの香り”は、芳香性のツバキを親とし、リナロール、フェニルアセトアルデヒド、2-フェニルエタノールといった、良い香りの成分がたくさん含まれている濃いピンク色の美しいツバキです。花き研究所でも、芳香性の野生種のヒメサザンカを親としたツバキ”姫の香”を育成しています。<略>」
へー、ターシャ・テューダーにあげたかったね。

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02月26日(木)

起床時刻:07時30分

髪の毛が細くなってきた。
もともとはニクロム線のような、太くて黒くてしっかりした髪だったのに、びっくりするほど細くなり、カラーリングもしていないのに髪の色が茶色になってきた。
昔は毛量も多かったので、三つ編みにするとほとんど”黒いしめ縄”みたいになっていたのが、今では細くて頼りないこと、こよりの如し(というのは大げさだが、驚くほどに細い)。

学生の頃など、朝起きると髪が寝癖で爆発して、雀の巣もいいところだったのが、今みたいにハリやコシがなくなると多少からまったりはしても、爆発もしなければ雀の巣にもならない。朝起きたら髪がペチャン、となってるから。楽といえば楽だけどさあ。

いやあ、こんな風になるなんて本当に驚き。確かに数年前から少しずつ、髪が細くなって量も減ったなと思っていたんだけど、今までが、髪が太すぎて多すぎたので、ちょうどいいくらいになってきたと喜んでいたのだ。今はちょっと心配になるレベル。

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02月25日(水)

起床時刻:07時45分

素敵、夫が飲み会だって。
自分の好きなものが食べられる~、やったぁ。

夕飯は大好きなプチヴェール(ケールと芽キャベツを掛け合わせてできた野菜)とホタルイカのアーリオ・オーリオ。この前、ランチで菜の花とホタルイカのアーリオ・オーリオを食べたんだけど、ホタルイカが3匹くらいしか入ってなくてものっすごく物足りなかったのよね。てなわけで、今日は一パックどーんとホタルイカですよ。美味しい~。旦那には絶対出せないけどね。サイドディッシュにカプレーゼを持ってくれば、色合いも鮮やか。誰か白ワイン持ってきて~。

と書いたけど、最近、私、全くアルコールを飲んでない。直近、お酒を口にしたのは、えーと、法事の後だから1月の上旬だわ。それもビール一杯くらいよ。その前の年末年始も付き合いで少々飲んだくらいだから、私は本当にお酒を飲まなくなった。昔は毎日の晩酌が楽しみだったのに。

夫がお酒は嫌いだから、遠慮しているうちに飲まなくなったというのもあるけれど、飲酒量低下の一番の原因は年をとったせいだろう。年をとると、アルコールの分解が遅くなって体に負担がかかるせいか、自然とお酒を飲みたいと思わなくなった。

着実に色んなところが老化している。
私だけではなく、日本社会も高齢化しているから、アルコール度数の低いお酒の需要は高まっているのではないか。ここ数年、若者と女性をターゲットにした低アル酒の新製品はよく出ているけれど、中高年女性向けの低アル酒(あまり甘くない)というのも需要があると思うんだけどな。食事のあとも皿洗い、明日の弁当の仕込み、アイロンがけ、なんだかんだやることがあると酔っぱらってもいられないだろう。

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02月24日(火)

起床時刻:07時30分

昨日の続き。故坂東三津五郎さんは坂東流の家元だが、昨日引用した『俳句』の対談の中で、坂東流の踊りの特徴を聞かれて
「他の流儀、花柳流とか西川流とかと比べると、江戸の匂いの強いところが一つの特色かな」
「七代目の芸が神様でありテキストなんです。その踊りは「なんどりとまろやかで」ということが極上とされていました」
と答えていた。

「なんどり」という日本語は初めて聞いたが、春風駘蕩といった雰囲気であろうか。

私はほんの少し、藤間流をかじっていた。恐ろしいほどにヘタクソであった。恐ろしいほどに才能がなかった。
まぁピアノも数学も恐ろしいほどに才能がなかった私であるが、日舞は数学より才能がなかったように思う。夫には「逆に何に才能があるの?」と真顔で聞かれたことがあるが、うーん、何に才能があるんだろう?と四十過ぎて言ってるようじゃ、何にも才能がないのである。

それはともかく、私は首が長く立ち姿がスラリとしているので、先生には「踊らなきゃ名取」と言われたが、ひとたび踊ろうものなら、吉本新喜劇であれば、全員が椅子から転げ落ちるところである。そのくらい、ひどい。私の踊りのレベルは、ギャグとしてはよくできてる、というような感じで、私の首ふり一つとったって、なんだか笑えるのだ。母の前で踊って見せたら、母でさえクククっと笑いをこらえてたんだから。新喜劇のスチ子さんのほうがきっと私よりよほど上手だろう。

ほんとに私って不器用なんだよね。ピアノから生き方にいたるまで、全方位型不器用。本当に苦労多いんだよ、不器用っていうのは。器用な奴にはわからんのだよ。だから器用な人は嫌いなんだ。

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02月23日(月)

起床時刻:07時30分

坂東三津五郎丈が亡くなったということで、朝のテレビのニュースはそれ一色。ちょうど2014年12月号の『俳句』に掲載されていた対談(「歌舞伎と俳句、そして命」聞き手:西村和子)を読んだところだったので、驚いた。対談からはお元気そうな印象を受けたが。

三津五郎さんの俳句をいくつか。
「討入を果たして残る紙の雪」
(西村さん評:「舞台の虚と芝居が終わってからの実とが相俟って、いい句」)
「凍鶴のそのひと足の危ふさは」
(「言いさしとめている所が心憎い」)
「一枚は別に仕舞ひし賀状かな」
(「意味深でいいですねぇ」)
以上が西村さんが選んで紹介なさっていた句。
「春光や皇后さまの首飾り」
「いつしかに小声となりて冬座敷」
「母の忌の湯豆腐ほどの温かさ」
「能管の一声高く初芝居」
こちらは坂東さんの自選からピックアップしたもの。

対談の中で、歌舞伎役者の家に生まれた娘は毎月芝居の初日を見ているから、目だけは肥える、しかし、女は歌舞伎役者になれない(兄弟は舞台に立てるのに)、そういう「女性の一念がいい役者を育てるという部分もあって、歌舞伎役者の娘に育てられた子どもはたいてい、まあまあいい役者になっているような気がします。「私が出来なかった分」という執念が子どもに乗り移るんだかなんだか。女性の執念、一念は一人の役者を育てるような気がいたしますね」という話をしていた。

歌舞伎の創始者は女、出雲阿国なんだけどね。2月20日は出雲阿国が江戸城に招かれて歌舞伎を披露した日、ということで「歌舞伎の日」らしいが皮肉なものだ。もっとも出雲阿国は江戸城で歌舞伎を披露した後、消息不明となったようだが(wiki)、目立つ女や風紀を乱す女はいつだって哀れな最後だ。

舞台に出られなかった女の執念がいい男の役者を育てる、なんてのは、成績優秀だったけれども男兄弟しか大学に行かせてもらえなかったお母さんの執念が、いい息子を育てる、というようなもので、私からすると「イイ話ダナー」なのかよくわからないが、世の中の人にとってはイイ話なんだろう。

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02月22日

起床時刻:12時00分

先日、紅梅の話のところで言及した『「におい」と「香り」の正体』(外崎肇一)という本を読んで、なるほど嗅覚の研究には色々な困難がつきまとうことはわかったけれど、犬の動物実験には心が痛んだ。
著者は「さまざまな医学的進歩は、このような犠牲の上に成り立っていることも忘れてはならない」として、「心の中で動物たちに、謝りながらメスを持つのである」そうだけれど、PETA的には完全にアウトだろう。私は医学の進歩よりも一個の犬に同情して、やらなくていいよ、って思ってしまう。私はやっぱり動物実験には反対だ。鼻の手術をした犬はどうするんだろう。もう生きていけないだろう。安楽死させるのか。ま、私だって牛や豚を殺して切り刻んだ肉を食べているんだけどさ。

繁栄というのは常にだれかの(あるいは他の命の)犠牲の上に成り立つのかなぁ。文句を言えない、弱い立場のものの犠牲の上に。自分がその立場になったせい、あるいは畜生道に落ちたせいなのであって仕方ない、というのだろうか。他人の不幸の正当化にだけは我々はたけている。というか、他人の痛みに鈍感でなければ繁栄などしない。

第四章は色々なコネタだ。加齢臭の主成分はノネナールという物質で、「汗や古くなった頭皮、皮膚などが加齢によって十分に分解されなくなったことで発せられる腐敗臭」なんだとか。腐敗臭。わお。
「花の香りに引き寄せられる人の精子」ファッ?!
「科学雑誌『サイエンス』によると、ドイツのルール大などの研究グループは、人の精子は花の香りに反応し、その方向に向かって泳ぐことを実験で突き止めたと発表した」
「精子には鼻にあるような匂いセンサーがある」。におい物質100種類を試したところ、「花の香り」に使われる香料にもっとも反応したそうだ。

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02月21日

起床時刻:10時00分

「昔は痴漢が多かったが、最近は”痴漢は犯罪”というキャンペーンの浸透のおかげか、痴漢が減ってきたようでよかったな」とふと思ってすぐに反省した。それって私(と私の周囲)が年とったから痴漢にあわなくなっただけかもしれないじゃん!自分の体験を一般化して語るのは気を付けないとな。
「最近のxxは~になった」というのは、単に自分の立場や置かれている状況、あるいは身体や感覚などが変わったせいかもしれない、と一呼吸おいて考えること。

だから統計資料やデータというのは大切なのだ。もちろん、統計やデータが絶対ではない。統計やデータの取り方や見せ方によっては、穴もあれば印象操作もできる。でも自分の「感覚」を過信するほうが怖い。直観(主観)と客観のバランス、そういうのが大事だ。

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02月20日(金)

起床時刻:07時30分

へーえ、あの有名な長良川の鵜飼の鵜って川鵜じゃなくて海鵜なんだ。
『俳句』(2014年12月号)の岸本葉子さんの連載エッセイを読んで知った。岐阜市の渡辺純枝さんが主宰する「濃美」の吟行に岸本さんが参加し、長良川上流関市の鵜飼を見学に行ったときの話である。
「川鵜よりも体の大きい鵜を、茨城県の日立から連れてきて数年かけて調教するのだそうだ」とある。

それでモトはとれるんかね?などという下種なことは岸本さんは当然聞かないが、どうなんだろうか。鵜飼の鵜がとった鮎は嘴のあとが付くが、かえって天然物の証として、高い値がつく、と岸本さんは2015年1月号の後編のエッセイで書いているが、収入の大半は鵜飼の見物料だろう。

鵜の調教に数年かかるというけれど、そもそも鵜の寿命はどのくらいなのだろうか。と思ってぐぐったら(便利な時代だね)、「動物の寿命図鑑」というサイトに「15~20年(飼育下)4~5年(野生)」とあった。
鵜としては野生に比べて3,4倍も長生きできて嬉しいのか、それとも毎日、毎日鮎を捕まえちゃ人間様に取り上げられる生活が長々と続くのは苦痛なのか。

まぁ、我々人間にしても、有難くも寿命がのびる一方で、「年金制度は崩壊します」と釘をさされているから、寿命がのびた分、鵜飼の鵜のごとく、おそらくずーっと働き続けることになるのだろう。まぁ、首を切られなければ、の話だが。

鵜にもリストラとかあるのだろうか。年寄りになって動きが緩慢になった、とか、年寄りになってボケがはじまった、とかで。飼い犬はボケることもあるらしいが。
いや、鵜はハングリー精神を維持するために(そうでなきゃ鮎をとってくれないもんな)、漁のシーズン中は餌やりは1日1回、漁が終わった後だけだそうだから、摂取カロリーを抑えれば老化のすすみが遅いとよく言われることから察するに、鵜はボケにくいのかもしれない。運動もしているしな。

そもそも、鵜飼は一年のいつからいつまで、やってるんだ?と思ってwikiの「長良川鵜飼」をみたら、上の情報(日立から海鵜をつかまえてくる、嘴のついた鮎は高い、シーズン中の餌やりは一日一回など)が全部書いてあった。うむ。
それはともかく鵜飼のシーズンは5月11日~10月15日までらしい。シーズンオフの鵜は何しているんだろう。一日中ゴロゴロしながらテレビみているわけではなく、訓練でもしてるんだろうな。

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02月19日(木)

起床時刻:07時30分

先日言及した本の「子供のためのジョーク」というコラムにこんなものが載っていた。
Where does Friday come before Tuesday?
In the dicitionary.

似たようななぞなぞが日本語でもあるな。
「春より秋が先にくるのはどこ?」
「国語辞典」
南半球と答えてしまった私は頭が固い。

結婚に関しては、
"In many marriages there have been three rings: an engagement ring, a wedding ring - and suffering."
ていうのも人口に膾炙しているそうな。日本でも「結婚には大事な3つの袋があります」(諸説あるが、給料袋、胃袋、堪忍袋だのキン○マ袋だの)という定番の結婚式のスピーチ(実際には聞いたことはないけれども)があるが、そんなようなものなのか。sufferingじゃ結婚式には使えないがw

次。
What's the difference between a boring teacher and a boring book?
You can shut the book up.
てのは私も、かつて似たようなことを書いたことがある。
退屈な話を面と向かってされれば聞かざるをえないが、退屈な話をブログに書いてもらえば戻るボタンで読まなくてすむ、だから、話はせずにブログに書け、と。だから私は駄文をこんなにいっぱい書いているんだw 

英語ジョークの定番に電球交換とか、~と~の違いは?というのがある。上は「~と~の違いは?」の例。次は電球交換ジョークの例。
How many civil servants does it take to change a light bulb?
Twenty. One to change the bulb and ninteen to do the paperwork.

日本人の例も出ている。
How many Japanese tourists does it take to change a light bulb?
Forty. One to change the bulb and thirty-nine to take photographs of the event.

昔だったらこんなのもできそうだな。
How many Japanese businessmen does it take to change a light bulb?
Two. One to change the bulb and one to ask H/O for instructions.

今、私が考えたんだけど、ネタ的には使い古されてるし、今の時代はさすがにそんなこともないだろうが、昔は、日本人の駐在員は何かっていうと本社に指示を仰ぐというので、ジョークのネタにされていたのだった。

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02月18日(水)

起床時刻:07時30分

Money won't make you happy, it wil just keep you very comfortable while you're unhappy.
なるほどうまいことを言う。

もっとも、お金がないからunhappyなのであって、お金があればもはやunhappyではないのかもしれない。お金というのは、それを最も必要とするunhappyな人のところにはやってこず、すでに十分happyな人のところにさらにすり寄っていくものだ。これがつまり、金が金をうむ、ということであり、最近はやりのr>gであり、かくして格差は拡大していくというわけだ。

冒頭の一文は『英語ジョークの教科書』(丸山孝男)という本から。
Lack of money is the root of all evil.とはバーナード・ショーの言葉。いやホンマそうやで。衣食足りて礼節を知る、なら、衣食足りなきゃ礼節なんか知らないんだよッ。衣食足りて礼節すら知らないやつは下の下だ。

休暇に関して。
There is only one book that's really good at helping you decide where to spend your holiday and how much money you can spend - your checkbook.

音楽に関して。
What do you find the most difficult thing on the grand piano?
To pay the monthly installments.
これはgrand pianoを別のものにも応用できるね。
実際のところ、最初のハードルは道具をそろえる費用であったり、月謝であったりするのだから。

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02月17日(火)

起床時刻:07時30分

今日は旦那が飲み会♪
「いってらっしゃいませ(帰ってくんな)」てなわけで、夕飯は一人なので冷蔵庫の残り物整理ができる。
・ピーマンと舞茸をグリルで焼いたものを醤油+オリーブオイルで。
・残りもののブロッコリーと豚バラ肉の中華風炒めを温めなおして。
(ブロッコリーは小さめに切り分けて、生のまま油で炒めて(一緒にみじん切りのニンニクと丸のままの唐辛子も入れる)、蓋をしてじっくり蒸し煮すると、茹でたものを使うより美味しく感じる。色は悪くなるけれども)
・同じく残り物の小松菜と油揚げの煮びたし。
今回の小松菜は大当たり。柔らかくて口の中に繊維が残らない。
・残っていた紫キャベツ、キノコ類、豚バラを塩、ニンニク薄切り、ハーブ(エルブ・ド・プロバンス)で適当に炒める。

紫キャベツのマリネが大好きなんだけど、夫は嫌いな上に私一人で食べるのでもマリネの酢の匂いがすると怒るので家では食べられず(つくるのもいないときを見計らってじゃないといけない)、弁当に入れて会社で食べるしかないんだけど、なかなか消費しきれなくて。

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02月16日(月)

起床時刻:07時15分

会社でとっている日経新聞の「春秋」をうっかり見たら

「ある老舗で寄せ鍋をつつき、丸谷才一さんは驚嘆した。「まづ白菜。たつぷり水気を含んだ柔かな味に感服」。そして鯛(たい)、きび餅、フカシというはんぺんのたぐいを褒め、糸こんにゃくは「集中の白眉」と絶賛する。「食通知つたかぶり」に登場するその土地は金沢だ。

▼白菜や糸こんにゃくまで作家にたたえてもらえる町は、そうあるものではない。丸谷さんだけでなく、泉鏡花や室生犀星、吉田健一と名だたる文人が金沢の味や」なんやかんやを誉めた、という話であった。
まぁそれだけじゃ、日経新聞の「コラム」じゃなくて、ものすごくどうでもいいよもやま話になってしまうので、日経新聞らしく北陸新幹線も登場して、観光業がこれからどうなるんでしょうね的にふわっと終わっているわけなんだが、そんな毒にも薬にもならない話よりその寄せ鍋がいくらか書いてほしいもんだよ。白菜に糸こんのくせに、すごく高いんじゃないの、なんてったって金沢でしょ。

などと書いてて思い出した、私、丸谷才一さんの『食通知ったかぶり』(中公文庫版)を持ってたわwww

(というわけで本棚から引っ張り出す)
はいはい、これね「九谷づくしで加賀料理」っていう章ね。

「太郎といふ鍋料理の店は、五木寛之さん推奨の料理屋である。五木さんに言はせると、東京から来た人々は値段の高い料理屋へ行くだけで、かういふ、安くてうまい店を知らないから困る、あれは金沢の人々が気楽に飲み食ひするための店で、あそこへゆかなければあの町の本当のよさは判らない、とのことだった」。
旧かなだから引用が面倒くさいね。まぁ好きなんだけどね、丸谷さんの文章の旧かなの柔らかい感じが。

この『食通知ったかぶり』は昭和40年代後半の連載で、この金沢の記事は昭和49年初出だから、もう「太郎」はないかもしれない、と思いながら、食べログを見たら、あるじゃないの。それも3.69点(検索時)と結構な高得点だね。予算は5,6千円といったところか。
すごく高いんじゃないか、などと思い込みでモノを言ってはいかんね。

今朝の日経新聞を見て「すわ、糸こん食べに金沢に行かなきゃ!」と思った糸こん好きの方に記事を選んで公開できたらいいのだが。不便だよなぁ。

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02月15日

起床時刻:11時00分

会社の近くの紅梅が見事に咲いているが、香りがしない。梅といえば馥郁たる香り、馥郁たる香りといえば梅、なのに。
花ではなく、私の鼻が悪いんだろうか。人工的な強い香り(毎日、香水をつけているし)に慣れてしまい、自然な香りを感じられなくなってしまったのだろうか。

あるいは老化とか。老化によって、ありとあらゆる感覚器が衰えるからね。
『「におい」と「香り」の正体』(外崎肇一)によれば、「普通、六十歳を過ぎれば多くの人に嗅覚の低下が現れる」のだそう。まだ六十には間があるけれども。ちなみに「バニラは老化によって極端に感じられなくなる香りである」のだとか。「最近のバニラは香りが薄い」などと言ってたら、テメェの鼻が衰えていただけ、なんていう恐ろしいこともあるわけだ。ええい、梅はどうなんだ、梅は。老化の影響をどの程度受けるのか。

ちなみに、同書によれば、一般に鼻が利くのは男性より女性、それも二十代の未婚の女性なんだとか。未婚とか既婚とか関係するのねw私は四十代の既婚だから、ほぼオッサンという位置づけなんだろう。
もっともある種の臭い(靴下のむれた臭い)などに女性は抜群に反応がいいだけで、におい全般だと男女にそんな差はないんだとか。

梅が香に戻ろう。
花王の調べによると(「花王独自の香り解析技術で、梅の花の香りを分析」)、「梅の花は、開花直後の朝、最も多くフレッシュな香りを放つ」のだそうな。

「春の夜の闇はあやなし梅の花色こそ見えね香やは隠るる」(凡河内躬恒)
「春の夜の驚く夢はあともなし閨もる月に梅が香ぞする」(光厳院)
という歌もあるせいか、夜に強く香るのかと思いきや、早朝なのね。もっとも夜という他の感覚器官が閉ざされたときに、嗅覚がするどく働く、ということも、ありそうだ。先ほどの『「におい」と「香り」の正体』によると、「犬の鼻は夜に利く」んだそうで、統計によると訓練された災害救助犬の被災者の発見率は、日中よりも夜のほうが高いんだそうな。

ちなみに花王の分析によると、紅梅と白梅とでは匂い成分が違うのだそう。
「特に白梅と紅梅の香りの違いは、明確な成分の違いに由来することが確認できました」とのこと。

白梅;ベンジルアセテートが主成分。ライトフローラルタイプ。
紅梅;リッチなスパイシーフローラルタイプ
淡紅梅;パウダリーな甘さが強いタイプ
なんだってさ。そんなような気はしていた(ほんとかよw)。

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02月14日

起床時刻:11時00分

私がヘーゲルの『精神現象学』を初めて読んだのは、大学の一般教養のゼミであった。
などという風に書き出すと、エライおっさんにでもなったようである。
「そのとき一緒だったのが、現在○○株式会社執行役員のxx君である」とでも続ければ日経の「交遊抄」欄みたいだ。

ちょっと有名な先生だったので、『精神現象学を読む』というタイトルのゼミにミーハーな気持ちで参加したら、これがマァ、日本語なのに何を言ってるのか、サッパリわかんない。先生曰く、「仏語訳だとわかりやすい」というので、仏語訳のプリントもくれたのだが、やっぱりわかんないし。

もし私が「私が私、この個別的な私と言うときにも、私の言っているのは総じてすべての私のことであって、各人が私の言うところのもの即ち私であり、この個別的な私なのである」とか言っても、「まず言いたいことを頭の中で整理してから言おうね^^」と知恵の足りない子扱いされるか、頭のいかれた奴として無視されるに決まっている。なのにこれがヘーゲルだと「ギリギリの知の格闘のあと」として賞賛され、ゼミになって寄ってたかって解釈してもらえるのだ。という卑屈な感想を持ったのだった。猫に小判、pyaaaにヘーゲル。

なぜに今更ヘーゲルかというと、男と女の関係ってヘーゲルの主(主人)と奴(奴隷)の関係だよね、って最近よく思うんだよね。主のところを男、奴のところを女とするとしっくりする(昨日の記事参照)。とすると、主と奴の弁証法はトンチンカンだと思うんだけど、
もっとも「女が強い」「女の時代」が喧伝される現代において、男女の関係に主奴関係をみるとかよほどのアナクロニズムに思われるだろうw
単にアンタが不幸なだけよ、って言われそうだが、いやいや、私が本質を見ているからだと思いたい。ま、単に不幸なのかもしれないがw、だとしても、不幸な人間が本質を見抜くのだよ(と思いたいw)。

本日はバレンタイン・デー。
「バレンタイン・デーのチョコレートとかけて、ドラマ『半沢直樹』の視聴者ととく、そのココロはどちらも「倍返し」を期待します」
ま、バレンタイン・デーのチョコは夫にすらあげてないし、『半沢直樹』は見てもなかったんだけどねw

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02月13日(金)

起床時刻:07時30分

『完全解読 ヘーゲル『精神現象学』』(竹田青嗣/西研)からメモ。

「自我は、自分の「自立性」の満足を、「他者の否定(撤廃)」ということではじめて得る存在となる。しかも自我は、他者(対象)が「自分のほうで否定を実行してくれた場合」に、真なる満足を得るのである。
他の存在の否定は、たとえば、単なる食べ物を見つけて食べることとか、何か道具などとして利用、消費、蕩尽するとかいうこともあるが(没交渉的形態、無機物)、人間の自己意識が、欲望としての自己において最も自己性をうるのは、「他者」存在の否定ということによってである、ここがつまり、自己と他者の「自己意識」をめぐるはげしい相克という事態の起点となるのである」(P60)

自己存在の確証を「客観的」なものになそうとする試みは「死を賭した闘い」という形となって行われる。「命をかけない者は一人の人格だとは言えても、自立存在としても確証と承認を得ることができない」
そんなわけで対立的な関係の中で、「絶対的な「意識」でありうることが「主Herr」であり、「物」的対象であることが「奴Knecht」であるような関係を作り上げる」

「「主」は、主奴関係の中において、じつはそれ自身として純粋な自己意識なのではなく、非自立的な存在である「奴」という媒介項を通して自立的な存在となっている。つまり、一方で「意識」をもった存在であるとともに、他方で従属的な「物」的存在でもある二重性をもった奴との関係によって、「主」ははじめて自己の自立性を保つことになる。したがって、自立的な存在である「主」がこの「奴」に対して取る関係のあり方も二重になる。つまり、主は、一方で自己の欲望の対象にすぎない物として、他方で物という性格をもった「意識」存在として、奴に対する」(P66)

主の奴に対するありかたは次のニつの面を持つ。
「①まず主は自分自身の「自立的存在」を介して奴に関係する。というのは、主は、闘いの際、物に対する自分の絶対的な自立性を譲らなかったという点で、自分の威力を打ち立てているからだ、つまり、主はいわば「死の威力」をもって奴に支配力をふるい、奴を労働させる。
②第二に主は奴を介して物に関係する。すなわち主は奴の労働を支配し、そのことを通して物を自由に享受する」

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02月12日(木)

起床時刻:07時30分

親からのメール。春の味覚、山菜を食べたそうで、山菜にちなんだ謎かけ(私のほうでアレンジしたけど)。

・山菜とかけてゴッドファーザーととく、そのココロはアクもまた魅力です(灰汁、悪)
・山菜採りとかけて寝不足の女の子ととく、そのココロはクマが出ると怖いです(熊、目の下のくま)

会社で横の席の女の子と「なぜ日本の(会社・個人の)パワポはダサいのか」について語りあった。壊滅的にセンスがない。なんでこんなダサいんだ。欧米人がつくるパワポは、デザインセンスがよくて、壁紙にしたいくらいオサレなレポートとかある(もちろん、そうでないのもあるけれど)。

何がいけないんだろう。MSフォントがいけないのは間違いないが(私はメイリオ派だ)、グラフもなんか違うんだよなー。あと色使い。デフォルトの色使いは絶対にあかん。

日本のダサいパワポをオサレにつくりなおすのを請け負うっていう仕事いいんじゃない?
って言ったら、彼女がぐぐったところ、もうそういう会社があった。
でもその会社がHPで出しているパワポの「ビフォー・アフター」が微妙すぎる。アフターにまだビフォー感漂っている。
その割にそこそこ金とるんだよね。
いい商売だよねぇ。

でも問題は、「このパワポはよくない、ダサい」ってのはわかるんだけど、「どうすればよくなるか」はわからないってことなんだよね。
ちゃん、ちゃん♪

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02月11日(水)

起床時刻:09時30分

建国記念日とかけて、顧客の接待ととく、そのココロは、どちらもキゲンが大事です(起源、機嫌)。
建国記念日の起源、といいますか、由来は「記紀中で神武天皇が即位したとされる日(紀元前660年2月11日)である」(wiki)。そういや、昔の会社の同期(男)で年賀状を皇紀で書いている人がいたなぁ。長い歴史を自慢したがるのは世界共通だが、そのデンでいきゃあアフリカが文句なく一番偉いんだぞ。アジア人だろうが白人だろうが、人類の起源はアフリカなんだから。人類総本家でございますよ。

話はかわって、学者が20年くらい前の自身の研究成果を紹介している本を読んだが、今読んでも何の新味もない。そもそもこの本自体10年近く前(2007年出版)の出版だから古びているのは仕方ないのか。

どうでもいい話だが、本書では「コンピューターで分析する」という表現がやたら出てくる。そういや「コンピューター」って言葉、最近は使わなくなったように思う。今ならデータを実証的に分析する場合は「統計ソフト(or統計ソフトの固有名詞)を使って分析する」というのではないか。
「コンピューター」という言葉のメディアや文献等の出現度合を調べてみると、きっとパソコン(パーソナル・コンピュータ、PC)の普及に比例して減少していってるんじゃないかと想像する。
かつてNHKの「みんなのうた」で「コンピューターおばあちゃん」という歌が人気だった。コンピューターという語には「ロボット」という語に通じるような近未来的な響きがあった。「パソコンおばあちゃん」ではブログでも書いてそうなそこらへんのおばあちゃんのイメージだが。
ところで私は「コンピューター」ではなく「コンピュータ」と最後の長音記号は省いて書くが、どちらが一般的なんだろう。

とまぁ本の内容とは全然関係ないことに思いを馳せるのであった。そうそう本書では「ゼロックスコピー機」という言葉も出てきて、その言い方、久しぶりに聞いたわー、だった。

昨日は会社であまりにも暇だったので、何かを考えるふりして死語を思い出していた。昔はコーデュロイのことをコールテンと言わなかったか。あれは商標か何かなのかしら。と思ってwikiをみたら「日本語のコール天は「cord」+「天鵞絨(てんがじゅう、ビロードの和名)」に由来する」だって。へーえ。ビロードのことはベッチン(別珍)と言わなかったか。
昭和以前の人は洋服でもよく素材のことに言及していた。「ネルの寝巻」(寝巻も死語ですな)だの、「綿ブロードのシャツ」だの。金井美恵子の小説でも洋服の説明といえば布の素材やボタンの材質が決まって出てくる。
「毛100じゃなきゃ」「やっぱり汗を吸収する綿がいい」みたいなのがあって、アクリル、ナイロン、ポリウレタンなどの「化繊」は数段下に見られていたように思う。うちの親もそういうところがあったが、今はヒートテック教に染まっているので(ヒートテックはアクリル41%、ポリエステル34%、レーヨン22%、ポリウレタン3%と、トコトン化繊でできている)、何も言わなくなった。まぁものすごくどうでもいい話ですけど。

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02月10日(火)

起床時刻:07時30分

人間はなぜ一夫一妻制なのか。

『日経サイエンス』(2014年12月号)の「特集:人類進化 【第2部 我々はどこが違うか】B. エドガー(サイエンスライター)」による「一夫一妻になったわけ」を、現在ビジネスで川口マーン惠美氏が「今、人類学がおもしろい! サルからヒトへ、そして現在もなお進化し続ける人類の謎」と題して引用しているので、それを孫引きする。
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/41977?page=3

「もうひとつおもしろかったのは、700万年以上前に登場した我々の祖先は、乱婚でも一夫多妻でもなく、すでに一夫一妻を採っていた可能性が高いという話だ。なぜそうであるか、何十年にもわたって議論されてきたが、まだ答えはない。しかし、今、新しい研究によって、問題は解決に向かっているという。

オスにとって多くのパートナーと性的関係を維持し続けるのは楽ではない。一夫多妻の苦労を減らすための最良の策として、一夫一妻の配偶システムが生まれた。どのような苦労を減らすためであったかについては、3つの有力な仮説がある。

一つは「メスのまばらな分布」説。メスが限られた食物資源をより多く手に入れるために、大きな縄張りを作り始めると、オスが多数のメスと関係しにくくなる。移動中に怪我をするリスクも増えるし、生まれてくる子供が自分の子である確証もない。だいたい、疲れる。また、肉食動物や霊長類など、メスが栄養豊富で見つかりにくい食物を要求する種では、オスは複数のメスの面倒は見きれず、単独のメスにしか求愛しなくなる。

二つ目は「子殺し回避」説。オスが、ほかのオスを押しのけてメスを得たとき、前のオスの子を殺すことが多い。メスは子供が死んで授乳をしなくなると、すぐに排卵が始まるので、新しいオスはすぐに自分の遺伝子を広げることができる。しかし、こういう暴力的な子殺し行為のデメリットがメリットを上回った時点で、一夫一妻制に移行したというのがこの説。

三つ目は「父親による子の世話」説で、カロリーと労力の両面で、母親だけでは子育てが不可能になったとき、父親が子供の世話に参加し、それが一夫一妻を促進するというもの。父親が子を抱えて運んでくれるだけで、母親は自由に食物を探すことができるようになり、授乳に必要な栄養を得ることができた」

もともとは三つ目が定説だったと思うが「父親による子の世話が始まった」のは一夫一妻制よりも後だという研究もあったから、最近はどうやら分が悪いらしい。

私の考えもあるが、書くとものすごく長くなるので(実際、とんでもなく長くなったので削除した)、やめておく。

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02月09日(月)

起床時刻:07時30分

昨日の話の続き(ネコ科は普通群れをつくらないのに、ライオンはなぜか群れをつくる)。

本来なら、メスと仔の群れで生活するほうがいい。集団での狩りもできるし(そもそもオスライオンは狩りに参加しない)、共同保育もできるし、一人あたりの餌もよくなる(ライオンの群れは食べ物の一番いいところはオスが食べる。食事はオス→メス→子供だ)。

なのに、なぜαオスを必要とするのか。それはやはり他のオスから自分たちを守ってもらうためだろう。
結局、メスがオスを必要とするのは、他のオスの子殺しから我が子を守ってもらうためだ。だから、用心棒としてより強いオス、より強いオス、とメスが選好していった結果、オスとメスの体格差は開き、オスの力が絶対になる(オスはオスで常に他のオスと死闘を繰り広げなくちゃいけないから、大変なのだが)。その結果オスは狩りの能力よりも用心棒としてのスキルを磨いていった。ライオンのメスではハイエナの群れにかなわないこともあるが、オスライオンが出てくれば一発だ。

同じような生物学的ニッチを占めるブチハイエナの群れ(クラン)ではライオンの群れ(プライド)とは様相がだいぶ異なる。両方とも母系だが、ブチハイエナではメスが群れのリーダーになりオスの地位は低い。

ハイエナでもオスの子殺しはあるが、ライオンのように徹底的ではない。ライオンの場合はリーダーオスが入れ替わると、前のリーダーの仔は全部かみ殺されるから、ライオンの仔の生存率はとても低く、生まれて1年以内の死亡率が60%、2年以内の死亡率は80%にものぼるという。

一方、ハイエナでは仔が生後1ヵ月を迎えることが出来るのは約60%(『ダーウィンが来た』より)。これは野生にしては高いのだそうだ。実際、劇的に数を減らしているライオンと違って、ハイエナはそこそこ繁栄してそうだ。

ブチハイエナのメスは胎内にいるときに大量の男性ホルモンをあびるため、外見も中身もオス化する。メスはオスより攻撃性が強いくらいだ。
やっぱり攻撃性が強くなきゃボスにはなれないのね。
用心棒にこびてしたたかに生きるか(用心棒は威張っても早死)、用心棒なしでやっていけるように自分がオス化するか、どっちかなのかしらね。

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02月08日

起床時刻:10時30分

『観察する目が変わる 動物学入門』(浅場明莉・菊水健史/ベレ出版/2014.7)を読んでいたら「ネコ科の動物では、繁殖の時期だけ家族としての群れ、それも多くの場合はメスと仔だけの群れをつくることが知られています。なぜネコ科の動物は単独生活が主体で、ライオンだけが群れを形成するようになったのかは未解明ですが、その理由が明らかにされる日が待ち遠しいです」(P76)とあった。

インターネットで検索すると、ライオンが群れをつくる理由としては、
①同じ生物学的ニッチをしめるハイエナやリカオン(群れで狩りをする)に対抗するため(参照HP:Tomorrow is Lived)。
②オスの子殺しから仔を守るため
③水場のあるいい縄張りを守るため(BBC地球伝説・動物学者ジョナサン・スコット氏)
などが挙げられている。しかしながら、それぞれ反論もある。

①については、群れになってもライオンの狩りの成功率はそれほど高くない(ハイエナとは大きな差がある)
②については、トラなど他のネコ科の動物のオスも仔殺しをするが群れはつくらない
③については、トラなど他のネコ科の動物も縄張りを持つが、群れはつくらない

「ライオンの子殺し」(群れを乗っ取ったオスが群れの子供をすべて殺す行為)は有名だ。「我が仔を殺されると、殺したオスに発情するなんざ、動物ってのはあさましいねぇ」と人間目線で思ったりもするが、仔のことなんぞ忘れて、強いオスを選んで発情して、更に強い仔を産んだほうが確かに子孫を残す確率は高まる。

とはいえ、母ライオンがオスの子殺しに抵抗することもあるらしいが、ほぼ失敗するし、悪くすると母子ともども殺される。抵抗するより、さっさと新しいオスの仔を産んだ方が、仔の生存率が高まる(先に生まれたほうが有利だから)。だから、我が子をかばったり、新しいボスに抵抗するようなメスは淘汰されていったんだろう。
メスどうしで一致団結してオスに対抗するなどという戦略をとろうとしても、結局他のメスを出し抜いたメスが、一番いい地位に就くのだ。

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02月07日

起床時刻:10時00分

02月06日(金)

起床時刻:07時30分

私はサラダが大好きなんだけれど、夫がいるとなかなか食べられない。
というのも、夫は私は野菜を食べるときに「音がうるさい!!野菜をくうな!!」と切れるから。
確かに自分でもバリバリいってるような気がする。沢庵も一切食べないんだけれど(最後に沢庵を食べたのっていつだっけ。20年くらい前?)、かつて沢庵を食べていたときもなんかすごくバリバリ言っていたような気がする。それがものすごく下品、というわけだ。

落語の「たらちね」では八五郎が嫁としてもらうことになった鶴女との夫婦生活を妄想するシーンがある(以下wikiより)。
「♪サークサクーのポーリポリのチンチロリン、ザークザクのバーリバリのガーシャガシャ♪
八五郎曰く、意味は『おかみさんの茶碗は七宝で箸は象牙。食事が始まると茶漬けが出て来てさ、おかみさんはそれを上品にサークサク、沢庵を箸で摘んでポーリポリ。箸が茶碗に当たってチンチロリン。俺の方はでかい茶碗で茶漬けをザークザーク、沢庵だってでかい奴をバーリバリ。箸が茶碗に当たってガーシャガシャ』となる」

ってんだけど、私、自分がザークザクのバーリバリのガーシャガシャ♪なんだよなあ。女としてどうなのよ?そういう人は食べないしかないわけよ。
ちなみにお寺では一切音をたてて食べてはいけないそうで、沢庵は飲み込んでいたとテレビで坊さんが話していた。しかも寺は早食いが基本なので、かまずに飲み込んで食べていた、と尼さんが言っていた。私も夫と食べるときはなるべく噛まずに急いで食べている。ちんたら食べると怒るから。
「男らしさは早食いに出る、禅寺、軍隊、みな早食い」
今日の標語にしてもいいよ。確かにマッチョな男は、レンゲつかってラーメンをちょこちょこすすったりはしないのだ。究極の男は箸すら持たず、丼を抱えて三口で流し込む。よッ、男らしいッ、仏の教えに従ってるッ。

だから、私は食事は一人でするのが一番好き。人と食事するのは本当に嫌い。一人だったら盛大にザークザクのバーリバリのガーシャガシャでも誰をも嫌な気持ちにさせない。ゆっくり食べても誰にも怒られない。よく噛むこともできる。健康にもいい。

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02月05日(木)

起床時刻:07時30分

友人に送った謎かけ。
雪の日の電車とかけて鑑定書のない宝石ととく、そのココロは「そのダイヤはあてになりません」。ダイヤグラム運行表とダイヤモンドね。
しょーもない。

親に送った謎かけ。
悪天候時の運転とかけて骨董品の掘り出し物ととく、そのココロは「谷には気を付けよ」。「なんでも鑑定団」に谷文晁がよく偽物として登場するから。
こっちはもっとしょーもない。

「大雪だ、大雪だ」という予報の割に、みぞれぐらいで(昼間は少し雪になったが)すんでよかった。

会社で横の席の子が「大雪だ、大雪だ」と騒ぐときはたいてい、たいして降らないんですよ、と言っていたが、私が天気予報士でも保身のために雪の天気予報図なら多少盛って言うだろう。「大雪だ、大雪だ」といって、たいしたことなければ「予想が外れてよかった」だが、これが「たいして降らないでしょう」と予報しといてドカ雪だったら、「どうしてくれるんだ、予定が狂った」となるクレームつけられるからだ。
「晴れます」と予報して洗濯物を外に出して雨に降られるときのダメージと「雨になります」と予報して洗濯物を部屋干しして(あるいは洗濯をせずに)降られなかった場合のダメージとを比較すると、前者のほうがでかいだろう、となると、どうしても「悪目、悪目」に予報しちゃう。ま、私の場合だけどね。

「降る雪と人の恨みは知らぬ間に積もり積もりてとけぬなりけり」
(口にチャックで何もしゃべらないこと!!口は災いのもとなり)。

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02月04日(水)

起床時刻:07時30分

立春とかけてオヤジギャグととく、そのココロは「どちらもたいてい寒いです」

今日は立春なんで、立春の謎かけ(↑の)を親にメールで書いて送った。

立春を過ぎると暦の上ではもう春で、手紙や俳句では「余寒」というが、さっそく明日は雪の予報で、それもかなりの降雪になるという。それもそのはず、東京の積雪は2月が一番多いそうなのだ。
テレビの天気予報で「真冬並みの寒さになるでしょう」と言っていたが、いやいま真冬だし?雪の八甲田山雪中行軍遭難事件は1月末?

何事にも「こころ」を見るのが、人間の特徴でもある。
私たち人間は「自分が感じるように他人も感じるであろう」と想定し行動するが(「心の理論」)、これは動物界では特異なことで、人間でも幼児だとまだ未発達らしい。
人間どうし、まぁせいぜい生物どうしで、心の理論を想定するならまだしも、私たちは、無生物つまり自然現象やモノや道具にも「こころ」があると思いがちなのである。例えば、自然災害を「天罰」であるとか、雷や噴火を「神意」と捉えたりとか。「こころ」信奉者ここに極まれり、というか。
その理屈で責められたりしちゃ、とんでもない。科学が未発達の時代はそれもやむなしだが、今でもそういう信念ははびこっている。本当に根深いものだ。隙あらば他人を責めるネタを探しているのが人間なんだ。マジうざい。

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02月03日(火)

起床時刻:07時30分

節分とかけて鉄棒の練習ととく、そのココロは「どちらもマメがつきものです」

今日は節分なんで、節分の謎かけ(↑の)を親にメールで書いて送った。

恵方巻の大ブームっぷりはなんなのだ。
デパ地下いったら恵方巻の行列できてたんだけどwww「最後尾はこちらです」なんてプラカード持ってる店の人がいて。どんだけだよ。

節分てのは、大豆と鰯と柊だろうが。
豆はまだなんとか命脈を保っているが、鰯と柊は完全にすたれている。
なんでか?
鰯と柊じゃ商売にならんからだよ!
ま、鰯の丸干しも売っていたけど、一パック500円以下だもの。
そこいくと恵方巻は一本1600円とか売ってたわよ、デパ地下だから高いんだろうけど、たかが太巻きじゃないのよ。

まぁいい、どっちにしろ太巻きも鰯も買わずに、豚の味噌漬けを買ってきたんだからwフライパンにアルミホイルをしいて(焦げ付かないように)付け合わせのキャベツともやしも一緒に焼いちゃうのだ。
旦那曰く、豚の味噌漬けは「少し薄味」だったらしい。市販の味噌漬けでそんなことある?

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02月02日(月)

起床時刻:07時30分

02月01日

起床時刻:10時30分

携帯ゲームのことで旦那にビンタされたわwww
旦那の主催したマルチバトル(自分以外のユーザーも参加できるバトル)に私のキャラがすぐ参加せずに、自分の別のクエをやっていたんで、切れおった。一人じゃさすがに倒せない強敵なんで、私(最弱)でも行かないと困るわけ。
「なんですぐ来ないんだよ、オメーは!!このバカ!!俺のBP(マルチバトルを開催するコスト)が無駄になるだろーが!!」みたいに切れて。

いやあ、私思うんだけどさー、あのシャルリエブドの風刺画で切れて風刺画家や編集者を殺したっていうイスラム教徒いたけど、うちの旦那もそのタイプだわー、信奉しているのはマホメットじゃなくてゲームのデジタルデータだけどさー。

人間って不思議だよね、実体のないデジタルデータや神サマなんかに命も金も捧げるんだぜ?アニメのキャラや神様をバカにされるとマジギレして暴力ふるったり、リアルの稼ぎを全部、アニメのキャラや神様に突っ込んだりするんだよね。

バーチャルなもののためにリアルを犠牲するなんて人間にしかできないよね。

実体のないもののポイントを稼ぐっていうのが、人間の本質なんじゃないかって思うときあるわ。ほら、インカ帝国とかで、太陽神だかのためにリアル生きてる人間の心臓をくりぬいてお供えして、神様のポイントためてたじゃん?
そうやってポイントためとくと、きまぐれにいいリターンを神様がくれるっていう法則をどうも信じる傾向にある。宗教もコンプガチャも射幸心をあおるって意味で同じ。ランダムに当たり(豊作とか)が出るとドーパミンでちゃうんだよね。人間は射幸心に弱い。根拠がない分、お祈りなんかガチャ以下だけど(うっわー、イスラム教徒だけじゃなく、全信心者にケンカ売ってるわーw)

他には換気扇洗ったり、掃除したりと家事をいろいろ。

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