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起床時刻推移グラフ

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12月31日(木)

起床時刻:不明

あー、結局、年賀状は書かずじまい。年賀状をくれた人にだけ返そう。
今年の年末は、恐ろしいくらいに何もせず、ダラダラしていた。

お節は煮しめだけつくる。ていうか、いつもの煮しめ。高野豆腐、にんじん、里芋、レンコン、牛蒡、干し椎茸で、大量の煮しめができてしまった。そして彩りの絹さやを買ってくるのを忘れたから、完全にいつものただのお惣菜。
あとは養殖の鯛(しかも鮮度悪そうな)をスーパーで買ってきて、昆布締めに。レンコンの半分は酢蓮にせず、レンコンサラダに。スライスして茹でたレンコン、紫玉ねぎ、ハム、パセリで。おなますはつくらず、コールスローに。もうお節感ゼロw
叩き牛蒡は好きなんだけど、お酢を使うと旦那が「臭い!!」とわめくので、つくれないw

夜は年越しそば。蕎麦屋で生蕎麦と海老天を買ってきた。天ざるにしたら旦那が「あたたかいのじゃないの?!」と不機嫌に。私が台所でガチャガチャやってるのにイライラ、イライラしていた。

紅白は何年も見ていない。ていうか、大晦日にテレビを見ることがないかもw
今日も何もテレビは見なかった。
お互いの席でパソコンを見ながら(グラブルの新イベが始まったので一応一通りやりながら)、無言で蕎麦を食べる。いやー、うちに子供がいたらどんな子に育ったんやろ?家族団らんゼロやでw旦那がピリピリしてるから似たような神経質な子供になったかもしれん。そうしたら旦那と子供の両方から、やれ音がうるさいだの、やることが雑だの、料理がまずいだの、文句を言われたかもしれない。おっそろしー!!!想像するだけで怖すぎる。

あー、そういや休みに読もうと思った本を全然読んでいない。
休みに入ってから、寝るかインターネットかグラブルをしてた。
今、1月1日のAM4:45、そろそろ寝よう。。。

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12月30日(水)

起床時刻:不明

相変わらずダラダラと過ごす。

『老化という生存戦略 進化におけるトレードオフ』(近藤祥司著)によると「最近の米国疾病対策予防センター(CDC)のデータでは、現在の世代は人類史上初めて、自らの両親ほど長生きできないという世代になるだろうと、悲観的なコメントを残している。その一因として、肥満などの生活習慣病の増加があげられている」(P186)。

本当だろうか。我々団塊ジュニア世代が早々と死んだら、年金・福祉・医療費の財源問題をはじめとして色んな問題が一気に解決できそうだけどねぇ。

ちなみに著者は「おわりに」で、「老化することを受けとめ、若い時になかった自分を発見したとき、老化の喜びがふつふつと湧いてくるかもしれない」という「老化哀感仮説」(=「老化は切ないけれど素晴らしい」)を書いているが、私は一歳だって老化したくはない。「哀感仮説」の人のところにだけ老化が訪れて欲しいもんである。私は「美魔女仮説」(=経済力と意志力と旦那の協力で老化は遅らせることができる)を呈示しようw ま、私は傍から見たら「老化哀感仮説」の申し子(猫背に哀愁が漂ってる)みたいに見えるだろうけど、違うんだからねッ。

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12月29日(火)

起床時刻:不明

『老化という生存戦略 進化におけるトレードオフ』(近藤祥司著)。
この本面白いんだけど、現役の学者先生がきちっと書かれたもんだから、途中、説明がちんぷんかんぷんで眠くなる。「Rbは、CDK4キナーゼにより、リン酸化されると不活性化し、転写因子E2Fをリリースするので、DNA複製が進行する」(P85)とかもう、はあ?ですわ。
「あるある大事典」と足して二で割ったら、私らみたいなド文系脳にもわかるようになってちょうどええんちゃう?

みんなお馴染みカロリー制限仮説(カロリー制限すると寿命がのびるってやつ)も出てきた。あーはいはい、猿で実験したあれね。写真もネットで見た。腹八分目で若返るとかなんとか書かれていた。

しかしながら、この実験にも反論が出ていて、カロリーの量は同じでも餌の出し方次第(餌をいっぺんにどばーっと与えるか、三度三度きちっと与えるか)で結果が変わったらしい。三度三度の場合はカロリー制限しても寿命延長の効果はなかったんだって。そうなんだ、へーえ。私としては、ぜひ朝食抜き実験を猿でやってほしいw 南雲医師とかがいうように朝食は食べないほうがいいのか、それともやっぱり食べたほうがいいのか、めっちゃ気になってるから。朝食抜きグループのお猿ちゃんはかわいそうだけど。今の私はその日の気分で食べたり食べなかったり。でも、だいたい食べてるな。それもかなりがっつりw

「カロリー制限の実験は動物施設という特殊環境で行われた結果なので、自然環境でもカロリー制限により、寿命延長できるという証拠はないという否定的な意見が存在する」。ふーん、でも人間も野生で生きているわけじゃないしなあ(私、野生環境だったらもう死んでると思う)。

そして、アンチ・エイジングの最終兵器的な扱いを受けていたレスベラトロールも、立場が万全ってわけじゃないらしいw本書によれば「2011年頃からサーチュイン・レスベラトロール大論争が勃発する」。寿命延長効果がないという反論が色々寄せられた一方で、いやいや寿命延長効果はある、という論文も出てきており、まだ決着はついていないみたいw

世の中の結構な数の人が、自ら高い金払ってレスベラトロールを含むサプリを飲んでたりするわけだから、この健康コンシャスな人間たちをトラッキングしたら、あと数十年たてば結果はわかりそうw

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12月28日(月)

起床時刻:不明

『シリーズ進化生物学の新潮流 老化という生存戦略 進化におけるトレードオフ』(NBS (日評ベーシック・シリーズ) 2015/7/23 近藤 祥司)を少し読む。
本書のいいところは刊行年が新しく、老化に関する学説の最先端を伺い知ることができることだ。

例えば「酸化ストレス仮説」。活性酸素が老化を招くって、よくテレビでもいっているやつだ。のちに体内の酸化ストレスの90%以上はミトコンドリアから発生することがわかり、酸化ストレス仮説はミトコンドリア仮説(その後、MFRTA - mitochondrial free radical theory of aging)となる(要するにミトコンドリアがエネルギーを産出する際に酸化ストレスを生み出し、それが老化の原因という説)。まぁここまではなんとなく誰でも知っていよう。
本書によれば「2005年ころには、ミトコンドリア仮説MFRTAはある程度の決着と支持を受けたと判断された。しかしほぼ同じころ、まったく逆の反論が起こりはじめていた。MFRTA論争の幕開けである」(P64)。

な、なんだってー!

「まず、ヒト臨床試験において抗酸化薬における健康効果に関して、まったく逆の結果が報告されはじめた。とくに、抗酸化物質であるβカロテン、ビタミンA、ビタミンEに関しては、死亡率が悪化するということが判明した(Bjelakovic et al. 2007)。過剰な酸化ストレス除去は、さまざまな疾患において、負の作用があると報告されている(Bjelakovic et al. 2014)。
さらに見過ごせない点は、遺伝学的アプローチにより、酸化ストレスが増加したほうが逆に長生きできるという報告が蓄積してきたことである。
まずミトコンドリア抗酸化タンパク遺伝子Gpx4+/-ヘテロノックアウトマウスでは、脂肪peroxidationなどの酸化ストレスの増加が観察される一方で、7%の寿命延長効果が報告された。」
その後この分野ではヘキミ博士のグループが驚くべき報告を出し始めるそうで、まずミトコンドリアSODであるSOD2変異の線虫は寿命延長すること、2010年には酸化ストレス剤パラコート(除草剤)を非常に低濃度で処理すれば、野生型線虫の寿命が劇的に増加することを報告。えーっ、じゃあちょっとの農薬は体にいいの?!(←違います。

ヘキミ博士らは更に「Clk-1を失活したmclk1ノックアウトマウスを作成した。ホモノックアウトであるmclk1-/-マウスは胎生致死であったが、ヘテロノックアウトであるmclk1+/-マウスは、驚いたことに、線虫のケースと同様、15~30%の寿命延長減少が確認された。
このmclk1+/-ヘテロノックアウトマウスをさらに解析すると興味深いことに、ミトコンドリア呼吸鎖の低下、ATP産生の低下、NADプールの低下など、線虫のケースと同様なミトコンドリア機能低下が観察された。さらにミトコンドリア由来酸化ストレスが増加する一方で、細胞質や血中の酸化ストレスが低下しており、老化マーカーとしての酸化ストレスマーカーが抑制されていることが判明した」
はい、何を言っているのか意味がわかりません。

要するに、「弱いストレスが、むしろ逆に個体にとってストレス耐性を惹起し、寿命延長することをホルミーシスと呼ぶが、ここではミトコンドリア由来の酸化ストレスが寿命延長することによりミトホルミーシスと呼ばれる」。

ちょっとのストレスは薬ってやつか。知ってた!

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12月27日

起床時刻:不明

「かくすれば かくなるものと知りながら やむにやまれぬ怠け魂」
怠ければ怠けるほど用事がたまってあとあと大変になる。
頭ではわかっちゃいるけど、怠けてしまう。
年末も押し迫っているのに何もしていない。
これはみな怠け魂のせいである。怠けたくないのに、どうしても私をソファに縛り付けてゴロゴロさせてしまう、かの怠け魂のせいなのである!!

夫は仕事のため、イライラ・ピリピリしている。家でレポートを仕上げて更に英訳。私に聞かれても瞬時に英訳が出てこない。我ながら情けなや。夕飯にロール・キャベツを作っていたが、苛々している旦那が度々喫煙にきて(台所の換気扇のところでタバコを吸う)そのたびに作業を中断せねばならず、はかどらない。

今日は全日本フィギュアの女子のFSが放送されたのだけれど、とてもとてもテレビを見てもよい雰囲気にはならず。というわけで、まだ見ていない。静かに読書にいそしむのみ。

『暗黒日記 1942-1945』(清沢洌/岩波文庫)より。
1943(昭和18)年三月二十日
「今朝の『読売』に米国のユダヤ金権化の問題あり。世界をユダヤ人と非ユダヤ人の二つに分かつ如き単純な頭では何一つ解決できぬ。ユダヤ人問題をいうものは、世界の問題を複雑な形において、論じえない頭脳者である」

1943(昭和18)年四月二十四日
「昨年四月十八日の帝都空襲の米人を死刑に処したので米国が、日本を野獣のようにいっている旨今朝の新聞は報ず。そして抗議が来たそうである。米国その他の輿論がいかに悪化しているかは想像に足る。この前の第一大戦のドイツに対するように。この輿論が結局戦争遂行にどんなに大切なものであるかは今の指導者には絶対に分からぬ。力主義のみだからである。
日本にては開戦の文書も発表されず、これら俘虜の問題等についても一切、国民に知らさない。そして新聞は米国の秘密主義を攻撃している。日本の民衆の知識は、この程度のものだろうか。そうだとすれば駄目だ。
新しい時代には言論自由の確保ということが、政治の基調とならなくてはならぬ」

五月二十三日
「現在ほど軍隊的指揮をしている時代はない。それでなおいけないというならば、その内在的本質に弱点があるのではないか―しかしこの人(引用者注:陸軍中将中井良太郎)には絶対にさような反省はない」

「日本の当局者の頭脳はインサニチーに近いもの」とH.G.ウェルズは"The shape of things to come"で書いているそうな(1943.8.20の日記より)。問題は当局者だけではなく、下々にいたるまでinsanityに近かったことだ。庶民はいかれた政治家や軍人、あるいは徳富蘇峰に踊らされたことになっているが、彼等のうちの少なからずが、自らすすんで地獄のイカレ盆踊りを先導し、まともな人間を踏みつけにしてきたのだ。戦後、自分の不明の反省はきっちりやったのであろうか。敗戦して一夜あければ被害者面してたんじゃないか。そういう奴は決まって無反省であるから、厚顔無恥に世に憚るのである。

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12月26日

起床時刻:不明

わお。長々と書いてきたことが消えてしまった。まぁたいしたことは何も書いていないけど。

なんだか全然やる気がしない。恐ろしいくらい、何もやる気がしない。
今日は洗濯して晩御飯にハンバーグつくっただけ。
大掃除も、年賀状書きもなーんにもしていない。
今からこんなに億劫がっていたら、年をとったときどうなってしまうんだろう。

一日中ゲーム(グラブル)。度々マグナ参戦。一個もSSR出ず。
ちっとも面白くない。

フィギュアの全日本選手権(女子SP、男子FS)を見る。
友達とメールであれやこれや感想をかわす。

夜、寝しなに『暗黒日記 1942-1945』(清沢洌/岩波文庫)を読む。
『別れのワルツ』(クンデラ)もびっくりの戦中の日本。上から下まで、大多数の人間のアタマがいかれまくっている。
例えば秋田県横手町の婦人会は、「チャーチルとローズヴェルトの人形を吊って、女子供がザクリザクリと突き刺している」(1943年3月4日。『毎日新聞』の記事より)。
狂気さと滑稽さの入り混じった風景。クンデラが日本の戦時下を描けば、きっと最高に意地悪でシニカルなものに仕立てるだろう。しかし、日本人が先の戦争を書くと、どうしても浪花節的お涙頂戴の「感動物語」になりがちだ。確かに、戦争はまぎれもない悲劇だ。ほっといても涙が出てくる。しかしその涙で全てを浄化して、同じ過ちを繰り返すんじゃないかと怖くなる。

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12月25日(金)

起床時刻:08時00分

今日は最終営業日。
そして今日、先日送付した請求書のミスが発覚orz。
なんかやらかすような気がしていたが。
うちの会社の人は私がミスしても絶対に責めない。みんないい人や。

17時から納会。楽しく飲食する。

家に帰ってから、録画しておいたフィギュア・スケート全日本選手権(男子SP)を見る。
一応放送された選手の演技は全員見た。それぞれ光るものはありつつも、羽生選手が異次元だの宇宙人だのと言われる凄さなのがよくわかった。私は宇野選手ファンで彼を応援しているけど、今日のSPでは無良選手がすっごくよくて感銘を受けた。

昨日に続き『別れのワルツ』(ミラン・クンデラ。集英社文庫版)より、バートレフのセリフ。
「わたしの確信するところでは審美的な基準は神からくるものではなく、悪魔からくるものなのです。天国では誰も醜さと美しさの区別はしません」
はい、すみません。その通りです。

ちなみにこのセリフは以下の産婦人科医(ドクター・スクレタ)のセリフに答えたものだ。
「ただ、と彼は付け加えた。生殖に関してわたしがやや腑に落ちないことが、ひとつあるのです。それは親たちの無分別な選択です。醜悪な個々人が子供をつくろうと決心するなんて、信じがたいことですよ。きっとその連中は、自分の醜さという重荷を子孫と分かち合えば、その醜さが減少するとでも思っているんでしょうね」(P151)

うっわー、辛辣。で、バートレフ氏はこの見解を審美的な人種差別だと形容した。人種差別?外見差別ではなく?
そう、明らかに審美基準と人種は結びついている。だからこそ、人の審美的な側面に言及することは、それが褒め言葉であれ、マナー違反になりうる。

バートレフは「審美的な人種差別はほとんどいつも未熟さのしるし」とも言っていて、私もそれに同意するが、人類は(私も含めて)ほとんど全員未熟なのである。

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12月24日(木)

起床時刻:08時00分

『別れのワルツ』(ミラン・クンデラ。集英社文庫版)の感想の続き。

本書の中で印象的な犬狩りのシーンがある。犬たちの「公共秩序に対する侵害」(子供の砂場で小便をしたなどの罪状あり)を取り締まるため、自警団のような老人たちが犬を捕まえようと走り回るドタバタぶりを揶揄している(とはいえ、ノーリードでフラフラうろついているのがグレーハウンドとボクサー犬なんで、確かにやべぇと思うんだけどw)。

その老人たちは純朴ないわゆる庶民で、先っちょに輪っかのついた竿で犬を大真面目に追いかけまわすさまが実に滑稽なのだが、その滑稽さの裏にはグロテスクさが、純朴さの裏には残酷さがぴったり張り付いていて、実に奇妙で、ぞっとさせられる。

そしてこのことはもっと高尚な追いかけっこ、つまり人間が人間を、思想上の理由や「公共秩序に対する侵害」とやらで追いかけまわすのも、本質においては同じく、馬鹿っぽく、くだらないことを暗示しているように思う。冗談みたいな理由で命を奪われるという悲喜劇。

訳者(西永良成)あとがきによると、クンデラは『小説の技法』のなかで、「小説には<歴史>について言うべき固有の事柄があるのかと尋ねられて」、
「いわゆる歴史は社会の歴史を書くのであって個人の歴史を書くのではありません。だからこそ、私の小説の語る歴史的な出来事は、歴史家たちによってしばしば忘れられるのです。
一例をあげましょう。1968年のロシア軍のチェコスロバキア侵攻に続く数年のあいだ、住民に対するテロ行為に先立って、公的に組織された犬の虐殺がありました。それは完全に忘れ去られ、歴史家、政治学者にとって何の重要性もないエピソードですが人間学的には最高に意味深いエピソードなのです!私はそのたったひとつのエピソードによって『別れのワルツ』の歴史的雰囲気を暗示したのでした」と答えたという。

私はこれを読んで『神聖喜劇』の「大根」の使い方を思い出した。三度三度大根ばかりの食事が出ると手紙に書いた兵隊が「軍事機密漏えい」のためにビンタの制裁を受けるのだwこのバカバカしさよ。犬狩りのエピソードと同様、このエピソードによって当時の日本軍の「歴史的雰囲気」をおおいに暗示している。

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12月23日(水)

起床時刻:不明

ミラン・クンデラの『別れのワルツ』(集英社文庫版)を読んだら、「ヤクブは人々が抽象的な観念のために他者の生命を犠牲にする世界で生きていた」(P322)とあった。

古今東西を問わず、世界っていうのは比喩的にいえば抽象的な観念のために生きている人を平気で犠牲にするものなのである。もちろん、本作の舞台であるかつてのチェコスロバキアのごとき共産主義国家と違って、平和な日本に生きる我々は有難いことに命はとられないものの。

抽象的な観念のために他者の生命を犠牲にする世界、ヴァーチャルなもののためにリアルを犠牲にする世界は共産圏やISに特有ではない。それが人間の本質とすらいえる。

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12月22日(火)

起床時刻:08時00分

今日は会社の忘年会だった。
オシャレな店を借り切っての、立食パーティ系の飲み会。
会社を辞めた女の子(今年30才になるらしい)も参加していて数年ぶりに会った。

彼女に私が結婚したのはいつかと聞かれたので、10年前くらいかなと答えたところ、「じゃあ20代の頃ですね!」だって。
おいおい、お前はいつからそんな高度なお世辞を言うようになったんだwww
もちろん私、10年前は既に30代でんがなwww
とおおいに気をよくして彼女にそう言ったら、「え、でもpyaaaさん、スタイルいいから、全然40代には見えないですよ、同年代の人と会ったらみんなオバサン化しちゃっていて、pyaaaさんだけ全然違うでしょう?!」
とかなんとか言うではないか。
そしたらその場にいた男性(私と同年代のおっさん)も「うん、スタイルいい、スタイルいい」と言うのである。

これを聞いて私が舞い上がったのは言うまでもないが、「ちょっと待てよ」と私の心の声(おそらく左脳。10/11の記事参照)がブレーキをかけた。「これはただの見え透いたお世辞なんじゃないか。私にとりいるためにお世辞を言っただけだとしたら、真に受けて喜んだらアホみたいではないか」、と。
しかし私の中の別の声がこれに答えて反論した。「いやいや、私は彼女やこの男性同僚の顧客でもなんでもないから、私にとりいったって何の見返りもない。したがって私におべんちゃらを言う必要もない。はい、お世辞説論破~。」
と、そのときはこう思って、安心して舞い上がっていたのだが、今書いていて一つの可能性に気がついた。それは二人が大変に酔っぱらっていた可能性であるw 酔っぱらって視覚と気が変になっちゃっていた可能性があるではないか。
うーん、論破できないw

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12月21日(月)

起床時刻:08時10分

昨日は団イベの中休み。ま、本選出られなかったので、団イベ@グラブルはほぼ終了なんだけどねw

「クソな団イベがやっと終わったわい、やれやれ」というわけで、テレビをつけたらフジで「The Manzai」をやっていて途中から見たんだけど、そのスポンサーがサイゲームスでグラブルの宣伝がすごい。射幸心あおったガチャ課金と団イベのエリクシール課金とで相当儲かってんだろうか。

そのあと、録画していた『相棒』(「秘密の家」)を見ていたら、「花の里」の幸子さんが「はい、鰯の南蛮漬け」と言いながら小鉢を出していたけど、鰯の南蛮漬けって食べたことないな。うちは小鯵か小鯛だった。

そのあと、これまた録画しておいた『アメトーーク』を見る。「2015年反省会」、面白くて声を出して笑っていたら旦那に「うるさい!」と怒られたw。特に千鳥がおもしろすぎて、本人らには気の毒だがこのままのポジションを維持してほしいとすらちょっと思ってしまったw。

そのあと、フジの「すぽると」で「フィギュアスケート飛躍の若手」というのをやっていて、山本草太選手と樋口若葉選手が紹介されていたのでそれも見る。

なぜ「すぽると」でこんな特集をやっているかといえば、週末にフジでフィギュアスケートの全日本選手権の放送をするからであろうw。

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12月20日

起床時刻:14時00分

昨日は一日中、グラブル@団イベをやっていたが、結局、旦那から私に課せられたノルマ(2500万戦績)を達成できず。私が1800万程度戦績を稼ぎ、旦那が1億戦績近く稼いだが、予選敗退とあいなった。

今回の予選突破のボーダーラインはざっくり1億2千万だった。私が2500万戦績を稼げば本戦に出られた。。。
ちなみに前回のボーダーはざっくり1億といったところ。毎回ボーダーラインが上がってきている。

前回も書いたが、プレイヤー人口が増加しているにもかかわらず、本戦出場の枠が、私らが始めた頃からずーっと同じというのは理解しがたい。きつい枠で縛っていたほうがプレイヤーがエリクシール課金をするので運営が儲かるから、という理由しか思いつかない。運営は儲かるが、プレイヤーは疲弊するだけ。

とはいえ、ただのボタンポチポチゲー(同じことを一日中、ただ繰り返すだけの単純作業)に血道をあげる人間がいるから、運営も成り立つのだ。
人間というのは私たちが思っているよりも単純にできているものらしい。行動経済学が明らかにしたように、人間は自身が思っているよりも、簡単に考えや行動を操作される。しかも操作されているとすら気づかずに。所詮はちょろい鴨なのだ。だから一日中、何かに憑りつかれたようにボタンを押し続けることもできるのだ。

何かに憑りつかれている旦那は、エリクシール課金したのに予選突破できなかったので、イライラがとまらず、私に文句たらたら。
私も一日を無駄にして、その上で全てが無駄骨であったという不完全燃焼感から夜更かしをして、今朝は目が覚めても起きる気にならず(どーせ、目が覚めてもくだらなくてウンザリする現実が待っているだけ)、ずーっとふて寝していた。

『幸せな未来は「ゲーム」が創る』(なんやねんこのタイトル)の著者ジェーン・マクゴニガルはうちの旦那と結婚するがいいぜ!!!

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12月19日

起床時刻:09時45分

昨日から始まった団イベ@グラブル「ホーリーナイトスペシャルマッチ」。
正直、私はグラブルに完全に飽きていて(あんなに課金していたのにw)、全くやる気がしないのだけれど、夫からノルマとして2千5百万戦績を稼ぐように言われた。私に拒否権はない。今は夫が所用で外出しているので、ゲームをサボってここに駄文をつづっている。

今や私にとってのグラブルは、ただポチポチボタンを押すだけのお仕事で、つまらないったらありゃしない。かのジェーン・マクゴニガルでも、こんなゲームは擁護できないだろう。

少しでも苦痛を軽減しようと、グラブルの音声をオフにして、YouTubeでQueenの”Don't stop me now”のオフィシャルビデオをイヤホンで聴きながらゲームしている(私はパソコンでグラブルをプレイしているのでインターネットの画面とゲームの画面を並べてやっている)。
ハバナグッタイム、ハバナグッタイム♪のアレだ。この曲、気分がめっちゃ上がるが(バックコーラスも気持ちいい)、しかし私は全くハバナグッタイじゃない。ボタンをポチポチ押してるだけなんだから。

このビデオの若い頃のフレディはなんともいえず魅惑的だ。やや出っ歯なんだが、そんなことが気にならないのが若さの力だ。才能と魅力があふれ出していて、カッコよくて、惹きつけられる。

若いっていいわ。。。

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12月18日(金)

起床時刻:08時45分

通勤電車の中で楽しく、Rebecca Rupp著『ニンジンでトロイア戦争に勝つ方法』(下)を読んでいたら、ラディッシュの話のところで、日本の大根が出てきた。
「日本人は何百もの方法でこの野菜(引用者注:大根)を食べ、『日本の女性は年をとらない、太らない(Japanese Women Don’t Get Old or Fat)』の著者ナオミ・モリヤマは、日本人女性が三パーセントという世界一低い肥満率と八十五歳という世界一の平均寿命を誇っているのは、ダイコンをよく食べているおかげだと主張している」(ほんとかよw)とあった。

私がもしアメリカ女性だったら、この箇所を読んで、美と健康によいというダイコンとやらを食べてみたいと思ったであろう。しかるに、である。その大根が今日本で価格が暴落し、大根の廃棄やら出荷自粛やらといった事態になっているのである!

お気に入りのブログ「チーム森田の天気で斬る」の12/16の記事、「ダイコンの出荷自粛の背景にあるのは、消費?」(千種ゆり子さん執筆)」によると、大根廃棄処分は「「暖かくてダイコンができすぎてしまい、廃棄処分をしている」かのような印象を与えます。ですが、実際は「暖かさでダイコン消費が伸びない」というところにもポイントがあるようです」とのことで、大根の消費が低下していることを指摘しておられる。

なんともったいない!美と健康の源を買わないとは!
と言いつつ、私も大根はあまり買わない方で、「何百もの方法でこの野菜を食べる」筈の日本人なのに、味噌汁に使うのが9割、あとの1割は大根おろし(納豆と混ぜて食べるのが好き)という体たらくで、要するに2種類の方法でしか大根を食べないのである。
そんなわけで「これはいかん」と思い、帰りにスーパーで大根、というか、紅芯大根を買ってきた。こちらは生食向きの品種で、ハムとあわせてマリネにした。レモンがなくてかぼすで作ったのでやや和風の味わいになったが、大根は皮をむいて細切りにし塩を振ってしんなりさせてから、ハム(同じく細切りに)、粗びきこしょう、カボスのしぼり汁(レモンだったら砂糖少々を隠し味に使う)、フレンチマスタード、オリーブオイルでマリネにすれば完成。ピリッとしてなかなか美味。普通の大根よりだいぶ歯ごたえがあり(歯の悪い人にはおすすめできない)、色合いもきれいだが、普通の大根でつくってもいいかも。

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12月17日(木)

起床時刻:08時45分

12月16日(水)

起床時刻:08時10分

12月15日(火)

起床時刻:08時30分

ふぅ、、、何もやる気が起きない。
夕飯もつくる気がしない。こんな駄文をつづらずにやるべきこと(夕飯づくり)をやらなきゃいけないんだけど、やりたくない。アホが現実逃避して、一円にもならん文章をダラダラ書いているというこの嘆かわしい状態も、「日記を書くこともまた、ストレスコーピングの重要な手段の一つである(キリッ」と言えば許してもらえるのであろうか。

ところで、先日引用した『スズメの少子化、カラスのいじめ』(安西英明/ソフトバンク新書/2006)を読んでいたら、「ハワイに持ち込まれたメジロはジャパニーズホワイトアイと呼ばれ、移入種だらけのハワイでももっとも繁栄してしまった鳥として嫌われている(マイアミビーチから山奥まで進出し、絶滅寸前のハワイ固有種を脅かしている可能性がある)」(P161)だって。マイアミビーチってフロリダの?それともハワイにもマイアミビーチってあるの?

それはともかく、あの人畜無害そうなメジロがねぇ。
日本にいると日本の固有種というか在来種が外来種に脅かされているというニュースを多く聞くから、「やっぱり日本の生き物は繊細にできているのよねぇ、体が大きくてたくましい外来種には押されちゃうわよねぇ」と思いがちで、逆の現象(日本の在来種が海外の固有種を蹴散らすの図)を想像しにくい。情報不足から、自分でも気がつかないうちに偏よった見方をしてしまう。
日本出身の嫌われ者で有名なところではバラスト水にのって拡散されたワカメ、「侵略的外来種」認定されている葛やイタドリ(ワカメも認定されてるけど)がある。とりわけ日本から北アメリカに持ち込まれた葛は「北アメリカでは最悪の害草」らしい。

それにしても世の中、種を問わず、所を問わず、嫌なものほど繁茂し、憎まれっ子ほど世に憚るように見える。もっとも、嫌なものほど印象が強いから、そう錯覚するのかもしれないが。しかし、実際のところ、雑草はどこにでもはびこるが、薔薇は勝手にはびこったりしないのだ。

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12月14日(月)

起床時刻:07時30分

昨日放送されたテレ朝のフィギュア・スケート「グランプリ・ファイナル」で松岡修造が「努力は裏切らない」と言っていた。「努力の人」「練習の虫」と讃えられていた宮原選手が見事銀メダルを獲得したことを念頭において言ったのかもしれないけど、少し気になった。それじゃ、6位に終わった浅田選手、ダイスこと村上選手はどうなんだって話だよ。あるいはファイナルに出られなかった他の何人ものトップスケーターは努力していないから、出場できなかったのか?違うでしょうよ。

世界トップレベルの選手は誰もが努力をしてるし、真央ちゃんが超絶努力家なのは誰でも知ってる。真央ちゃんはGPFのあと「心技体、三つがそろわないといけないが、今の私には全てが足りない」と言っていたそうだが、どこの横綱だよ!っていうくらいの覚悟と気持ちでやっている。

しかし、フィギュア・スケートは相撲よりも引退の早い大変過酷なスポーツなんである。相撲と同じかそれ以上に怪我も多いし(皇帝プルシェンコは確か13回も手術してるんすよ!宇宙空間でも大丈夫というふれこみのチタン製のネジ(背骨にねじこんでる)が、真っ二つに折れたんですよ!)、一流選手になるには金がめちゃくちゃかかるし(荒川静香は2億かかったと言っていた)、マスコミには無駄につきまとわれるし(昨日のテレビ番組で安藤美姫がマスコミのせいで人間不信になった経緯を語っていた)、その割に収入は少ないから(サッカー選手を見よ)、「フィギュアなんかやってられっか!!」と思っても不思議はない。そんな中で真央ちゃんが日本スケート界の大横綱をはりつづけているのは本当にすごいと思う。「無理はしないで」と言いたいが、トップアスリートたるもの当然みんな無理をするわけで(まぁ無理をしなけりゃあんなレベルにはならんよ)、だから、どこの国の選手もみんな怪我だけはしないでほしい。それだけだね。

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12月13日

起床時刻:不明

録画しておいたフィギュア・スケートの「グランプリファイナル」を見た。

わたくしは宇野選手の大ファンなのだが、「もし昌磨君が失敗したらどうしよう」と思うと、生来の肝っ玉の小ささと神経の細さから動機・息切れ・めまい・吐き気がしてしまい、観戦するだけで心身の健康に悪影響を与えるので、テレ朝の放送がライブ放送ではないことをいいことに先にネットで結果を見ることにした(心の準備をするのである)。そしたら、なななんと、銅メダル!!すごい!!おめでとう、宇野選手!!
(もちろん、羽生選手の偉業、宮原選手のメンタルの強さも素晴らしかった。おめでとう!)
ゆづとハビが異次元のすごさだっただけで、普通だったら昌磨君も優勝レベルの演技だったと思うけどねw

となると、現金なもので、テレ朝の放送が待ち切れなくて、Youtubeで宇野選手の演技を先に見ちゃったw ブリティッシュユーロスポーツの解説でめっちゃ宇野選手が褒められていて「わかってる~↑↑」と私も嬉しくなったのでありました。こういう英語のdictationなら何時間でも楽しいねw

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12月12日

起床時刻:09時50分

録画しておいた『科捜研の女』「どっきり殺人レシピ」(12月3日放送分)を見た。いつも通り面白かったんだけど、イマイチ腑に落ちないことが。

まだ見ていていない人にはネタバレになるが、今回の話によれば気圧の変化によって味覚は鈍くなるんだって。メモをとりながら見たわけじゃないので(メモとりながら見てたらすごいw)、違っていたら申し訳ないが、ドイツの航空会社の調査だったかによると、飛行機内では甘味と塩辛さの味覚が3割低下するんだとか(酸味は影響受けないんだって)。
そういった知識をふまえ、毒舌料理評論家の母は登山部の息子が山に登るときのお弁当の鯖の塩焼きは鯖一切れに塩を大匙1杯半(24g)ふりかけ、卵焼きには砂糖を大匙3杯入れて作ったのである(卵の数は確認せず。3個くらいか)。これこそ、科学的知見に基づいた母の愛情弁当であるというのだが、それにしたって塩と砂糖が多くないかい?気圧の変化を考慮しても通常の1.3倍の調味料を入れればいいわけだよね?朽葉山(本作で登場する山)に登って、誰か検証してほしいw 朽葉山山頂で食べても塩大匙1杯半の鯖はやっぱりしょっぱかったってなると思うんだが。

更にいうと厚生労働省による一日の塩分摂取目標量は男性は8g未満である(「日本人の食事摂取基準2015年版」)。まぁ運動する若い男子ならもうちょっととってもいいだろうが、この鯖一つで3日分の塩分摂取量というのは「母の愛情」的にありえない気がするんだがw

そして年内の『科捜研の女』が12/3日で終わりみたい。予告が正月スペシャルになっとったw 今期から見始めたんだけど(wikiみたら、かなり昔っからこのドラマやってんのね)、ちょっと残念。

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12月11日(金)

起床時刻:07時45分

昨日の日記に感想を書いた『ある小さなスズメの記録』の訳者あとがきによれば、この本(第二次世界大戦中から戦後のイギリスが舞台)に出てくるスズメは「イエスズメ」で、「日本の一般的なスズメは同じ種ではない。一般的な日本のスズメは、ツリー・スパローと呼ばれ、頬の鮮やかな黒斑が特徴的である。イエスズメにはそれがない」。

言われてみればッ、表紙のスズメにはほっぺたの黒い●がない。そしてアタマはうっすら灰色である。訳者によるとその黒斑がないために、日本のスズメに慣れた目には「なんとなくメリハリがない」という印象を受けるらしいが、全然気づかなかった。なんのメリハリ不足も違和感もなかった。だから私は注意力散漫だっていうんだよッ。絶対に探偵になれない。

訳者あとがきを見なくとも「ん?日本のスズメと違うぞ?」と思わせる箇所が本文中にはある。「さて、それはど~こだ?」と一人ナゾナゾ遊びをしてもむなしいので、答えを言うと、外見に雌雄の差があるという記述である。スズメのクラレンス君はもともとクラリッサちゃんと名付けられる予定だったのだが、最初の換羽後、「突然彼の出身校のネクタイが明らかになったのである。つまり、雄のスズメとしての誇り高い紋章であるところの、顎下にある黒、もしくは茶色の部分である」という箇所こそ、「あ、これは日本のスズメじゃないな」とシャーロック・ホームズなら気づくところなんである。そう、日本で一般的なスズメは雌雄同じ見かけだが、イエスズメは雌雄で外見がやや異なる。実際、日本野鳥の会が子供向けの「野鳥よくある質問コーナー」で「スズメのオスとメスは見た目は同じだけれど、春の子育の季節には行動で見わけることができるよ」と書いておる(要するに交尾の時に上に乗るのがオス)。つまり日本のスズメは雌雄の見かけは一緒で交尾をしなきゃわからんのです!

ちなみにヨーロッパに日本の一般的なスズメがいないわけではない。ツリー・スパロウという名からもわかるように、イエスズメに郊外に追いやられたのである。
かように『スズメの少子化、カラスのいじめ』(安西英明/ソフトバンク新書)に書いてある。本書によると(イエスズメが)「日本に侵入すれば、スズメを郊外に追いやるのではないかと危惧されていたが、実際、1990年に見つかった。これだから油断ならない。この指名手配種の発見には、オスは額が灰色という点もポイントになる。メスはニュウナイスズメのメスに似ているが、もっと大きい」んだそう。
クラレンス君、日本じゃ指名手配種だw ひょっとしたら、そこらへんにいたりするのだろうか?!いても私じゃ気がつかないだろうけど、今度からよーくスズメを見てみようw

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12月10日(木)

起床時刻:07時45分

『ある小さなスズメの記録 人を慰め、愛し、叱った、誇り高きクラレンスの生涯』(クレア・キップス 文藝春秋 (2010/11/10))を読む。原題は"Sold for a Farthing"。どういう意味?と思ってググったら回答が出てきた。なるほどね。

それはさておき、心優しく、感受性豊かで、小鳥を愛する人(私のことである)ならば、誰もが楽しめる本だろう。私は読みながら一度ならず涙がこみあげてきたが、これは感受性の豊かさのためであって、老化で涙もろくなったせいではない(と思いたい)。

著者は雀のクラレンスの男盛りのときの写真を撮らなかったことを後悔している。また彼が若い頃、素晴らしい歌声を披露したのを録音しなかったことも。とはいえ、年老いたクラレンスの写真はいくつか掲載され(嬉しい)、ピアニストの著者はクラレンスの歌のほんの一部を楽譜におこしている(よくわからないw)。

今だったら写真どころか、クラレンスの動画をユーチューブにアップして100万再生とかしちゃってたかも。やはり動画の説得力は何にも勝るし、人を惹きつけるキャッチ―な面白さは、ペンとスケッチブックと音符ではかなわない。とはいえ、本には本の良さというものもあり、たぶん動画では私も感涙にむせぶことはなかったろうと思うのだ。
ところでこの本は装丁(ちょっとみすず書房っぽい)のセンスがいい。表紙を開いた次の頁(なんて表現したらいいんすかね)の柄がまたオシャレ。本書のネタバレになるが、弱りかけていたクラレンスはシャンパンを飲んで元気を取り戻す。というわけで、シャンパンと本書をクリスマス・プレゼントにしたら洒落ていると思うのだが、そう思うのは私だけ?!

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12月09日(水)

起床時刻:07時35分

夕飯は、焼いた鶏肉(塩麹と生姜のすりおろしを合わせたものに漬けておいたもの)。付け合わせはピーマンとエリンギの炒め物、彩りにミニトマト。副菜は煮しめ(高野豆腐、干し椎茸、人参、里芋、こんにゃく)、汁物はにらと豆腐の味噌汁。これにもずく酢かコールスローサラダでもつければ、バランスのいい献立になりそう。相変わらず煮しめが美味。干し椎茸の力か。自分でつくると好きなもの(里芋が一番好き)をいっぱい入れられるからいい。

実家に帰ったときに、大分の干し椎茸をまたもらって嬉しかった。ちょうどなくなりかけていたので。椎茸はやっぱり九州産が美味しい気がする。それから、海苔も高級なやつをもらった。海苔もなくなっていたので有難い。大分は大山町の梅干ももらった。梅干もなくなりかけていたので助かる。ってどんだけ、色んなものを切らしたり切らしかけたりしてんだよって話w。梅干は昔ながらの、紫蘇と塩だけの素朴な梅干だけど、料理に使うにはこのシンプルな味が一番。しかも安いw

会社で定期購読している『an・an』、今日届いたのをみると表紙は羽生結弦君、中身も特集が組まれ、何枚も写真が掲載されていた。爽やかな笑顔は韓流スターもかくや、という雰囲気。それであの桁外れのスケートの才能。天が二物を与えたもうたねぇ。
怖いものを聞かれて「怖いものはないです。どんなことでも乗り越えたい。そう思うから」と答えていたけど、ああ、若さが、才能が、まっすぐさが、自信が、まぶしすぎる。今のゆづは光背がさしてまっせw

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12月08日(火)

起床時刻:不明

本日の日経の「春秋」は「世の中の「不安」を食べて成長するものなーんだ? こんなナゾナゾを出されたらどう答えよう。」と始まる。ほう、「春秋」が「なぞなぞ」を出すとは斬新であるな。
「正解は排外主義やポピュリズムだ。フランスの地域圏議会選で、反移民・反難民を掲げる極右政党の国民戦線(FN)が躍進した。パリ同時テロの影響、まざまざである。」
だって。
まぁフランスのテロ、そしてその後の仏地方選挙における極右政党の躍進というヒント、じゃなかったニュースを知っていれば答えは明らかで、「いや、わかんないよ、末法思想かもしれないし、金相場かもしれないじゃん」って言う人はいないだろう。

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12月07日(月)

起床時刻:不明

『ニンジンでトロイア戦争に勝つ方法 上: 世界を変えた20の野菜の歴史』(レベッカ・ラップ、2015/1/26)を読んだ。野菜に関する蘊蓄話なんだけど、面白いね、この本。英米らしいユーモアがきいていて、大好きだわ。
この本を読めば日々忙しくて苛々がとまらない人でも、心穏やかになるだろう。そう、レタス(鎮静効果をもたらす)を食べたかのように。

本書によればレタスはその催眠効果から「反媚薬」ともいわれていた。ローマ皇帝暴君ネロの軍医を務めた古代ギリシャ人博物学者ディオスコリデスは、「レタスは孤独な下士官兵がみだらな夢を見ないように守る」と記し、英国の日記作家、ジョン・イーブリンの『アケーターリア:サラダについての本』(1699)は、サラダ用の緑の野菜の数ある長所の一つとして「道徳心、自制心、貞操に対するよい影響」を挙げているそうな。
しかし、古代エジプト人だけは全く違う立場をとっていて、「彼らはレタスをいわばバイアグラだと考え」ていたらしい。

「同じ植物についてヨーロッパ人とエジプト人がまったく正反対の効能を認めたのはなぜか、イタリアの民族植物学者ジョルジョ・サモリーニが研究している」。彼によれば、エジプトの生殖神ミンに捧げられたレタスは現在の栽培種のレタスの祖先のトゲチシャであるそうな。トゲチシャにはフィトケミカルが豊富に含まれている。サモリーニによればレタスの摂取量が少なければ、セスキテルペンラクトン類のラクチュシンとラクチュコピリンが優勢に働き、鎮静効果を発揮する。摂取量が多い場合は、コカインと似たトロパンアルカロイドが作用して、陶酔感、気分の高揚、性的興奮をもたらす。「要するにヨーロッパ人は十分な量のレタスを食べていなかったのだと、サモリーニは結論づけている」。

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12月06日

起床時刻:不明

5年ぶりに「M-1グランプリ」が復活。
優勝は「トレンディ・エンジェル」。おめでとう~。

優勝コメントでたかし君が「これからパズドラ課金します」って言っていたのが衝撃w
おいおいパズドラはガンホーで、M-1のスポンサーになっているのはサイゲームスだぞw課金するって言うなら、グラブルだってばw

ま、私はなんの優勝もしていないけどグラブルに課金しているけどなw
優勝どころか人生という戦いで負けまくってるわw

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12月04日(金)

起床時刻:07時40分

録画していたNHKの「地球ドラマチック」(海外のドキュメンタリーを放送する番組)の11/28日放送分を見る。2012年アメリカ製作の「人間はどこまで賢くなれるか?」である。

アインシュタインの脳みそを見ると、弦楽器に習熟している人特有の脳の形状があるそうで、またリポーターの男性(科学ジャーナリストで子供の頃からピアノをやっている)の脳をスキャンするとピアノに習熟している人特有の脳の形状があったそうな。私も幼稚園の頃から中学までずっとピアノをやっていたが、私には「ピアノを子供のころからやっていた人」特有の脳の形状はないだろう。
私というブラックホールよ。何をぶちこんでも無にして返すのである。

ところで、緊張するとパフォーマンスが下がる理由として、認知科学者のシアン・バイロック氏は強い感情が前頭前野の活動を妨害するのではないか、と言っていた。
その対処法としては「日記に感情を書き出す」ことが推奨されていた。
「不安」、「ドキドキ」、「緊張」、「興奮」などの諸感情は脳のいわば「アプリケーションをたくさん開いた状態」に近く、パソコン同様、パフォーマンスを低下させる。そして「不安を書く」ことは「アプリケーションを終了させる」ようなものなんだとか。

ということは日記を書くことも不安や緊張を取り除くことにつながるだろう。何ごとも続かない私がここまで日記を自発的に書き続けているのも、人一倍、不安感や緊張感が強い私にとってはある種セラピー効果があるからなのであろう。

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12月03日(木)

起床時刻:07時30分

『難題解決の達人たち』にあのゲーミフィケーションの伝道師、ジェーン・マクゴニガルが出てくる。ジェーンによれば「私たちはゲームをやるとき、最高の自分になったように感じるわ」というのだが、世界のウメハラならともかく、ジェーンのゲームのプレイスキルはどうなんだって話だ。
例えば私、一万時間の法則に逸脱してゲームがいつまでたっても下手なままで(「ブラッドボーン」、クリアしていません!!)、「最高の自分」どころか、何をやってもダメな自分に直面しひたすら落ち込む。

ジェーン曰く、「ゲームをしてるからこそ、現実の世界でも何かすごいことをやってやろうという気持ちが湧くし、頭のほうもそれに見合った状態になるのよ」(P273)というのだが、本当かよ!!!そんなやつ見たことねーよ!!!
彼女によるとゲームは私たちをソファから立ち上がらせるだけではなく、普段は避けようとする難問に取り組ませるだけではなく、最良の解決策を考えさせる創造的エネルギーを解き放つのだというが、本気で何のゲームをやってんのか教えてほしいw

いや、私は別にゲーミフィケーションを否定しているわけではなく、それどころか強く支持する者である。近代文明は苦痛を取り除き、快楽を増大させる方向へ向かっており、それは正しく、そしてゲームはその延長線上にある。
しかしながら、リアルとゲームには決定的違いがあり、それはリアルゲームでは主人公のパラメータがものすごくバラバラということだ。ゲームを買ってきたら、パッケージごとに主人公の成長レベル、成長スピード、パラメータが最初から違っているようなもので、あるパッケージでは次のレベルに成長するのに5千経験値必要で、別のパッケージでは1万経験値必要になっているのが「人間の多様性」なのである。そしてネクストレベルに1万経験値必要なプレイヤーがのちのち大化けするかといえば、そんなこともない(ゲームならそうであるはずなのに!!)。
しかも、リアル・バージョンのゲームでは、パッケージごとにデフォルトで与えられる装備が異なる。あるパッケージでは、生まれつき素晴らしい剣と防具を用意されるが、あるパッケージでは木刀に裸装備。そんな不公平があるのにリアルにはイージーモードはなく、経過時間に従って同じ強さの敵と闘わされる。
なので、ハズレのパッケージを買わされた人は「やってられっか、こんなクソゲー!!」と叩きつけ、フェアで努力が平等に報われる仮想ゲームに現実逃避するのだ。どうしてソファから立ち上がってリアルというクソゲーに戻ろうという気が起きようか?

そう、ゲームを楽しむためにはゲームはフェアである必要があり、そしてリアルは本質的にフェアではないのだ。って前も書いたな、こんなこと。でもジェーンがちやほやされているのを見ると書かずにはおれんのだw

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12月02日(水)

起床時刻:06時30分

14時の便にて帰京。
午前中は大宰府の光明禅寺へ。風情のある石庭の紅葉が美しく、まるで京都。
などと書くといかにも安直な感想のようであるが、高浜虚子の息子、年尾もそう思ったようで、「石庭の 時雨るる時の 京に似し 年尾」という句(確か)がお堂にかけられていた。私らが行ったときも、ちょうど時雨ていたので、まさに「京に似し」でございます。父は廊下の楠の一枚板を誉めていた。

日本人の観光客は私ら家族のみで、中国(台湾かな)からとおぼしき観光客が10人くらいいた。先日、両親が妹と来たときには韓国からの一人旅の女のコがいて、彼女は拝観料の200円がなかったので、妹がかわりに出してやったそうな。それにしても、中国・韓国・台湾の観光客がこんなに増加するとは、昔は考えられなかったなぁ。

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12月01日(火)

起床時刻:06時30分

この日はアウトレットへ。
アウター、スニーカー、デニムシャツを購入。
カジュアルなアイテムばっかり。

その後、お目当ての焼肉屋が休みだったので寿司屋へ。
「本日のお勧め」に鯖があるのが福岡やね!というわけで、鯖を食す。美味。
久しぶりにいっぱい鮨を食べた。
アコウのあら煮を二つお土産に包んでもらった。夕飯に食べたが、豆腐、ごぼうも入っていて、あらの身もたっぷりで、甘めのタレがたっぷり絡んで美味。やっぱりあら炊きは甘めが美味しい気がする。

夜は自室で持参した本を読む。
『難題解決の達人たち: 即効策はなぜ効かないのか』(カール・オノレイ)
『楽園のカンヴァス』(原田マハ)

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