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起床時刻推移グラフ

目標起床時刻:08:00 平均起床時刻:08:26

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05月31日(火)

起床時刻:08時00分

05月21日

起床時刻:09時30分

05月20日(金)

起床時刻:08時30分

残業続きの中、唯一の気分転換は読書。
『深読みシェイクスピア』(松岡和子・新潮選書)を面白く読んだ。
あとがきには
「「埼玉のシェイクスピア・シリーズはぜんぶ松岡さんの翻訳でやるからね」と大英断を下された蜷川幸雄さんには足を向けて寝られない。一九九五年の『ハムレット』でチーム・ニナガワの一員に加えていただいてからもう十五年あまりになるのだ」
とある。

奇しくも先週だったか蜷川幸雄氏が亡くなって、テレビでも異例の大報道だった。
本書では松たか子、蒼井優、唐沢寿明といった優れた役者の演技や解釈、疑問からシェイクスピア探偵(といっていい雰囲気w)の松岡さんとワトソン役の小森収さんが、セリフに込められた意味や意図を探り出していく。
原文もあわせて紹介されている箇所が多いのもいい。翻訳・原文あわせてちゃんと読みたくなった。

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05月14日

起床時刻:09時15分

05月13日(金)

起床時刻:07時30分

05月12日(木)

起床時刻:07時30分

05月11日(水)

起床時刻:07時30分

タイトルにひかれて『弱者の戦略』(稲垣栄洋/新潮選書)を読んだ。
あとがきには「本書で紹介した「弱者の戦略」が、強く生きるあなたの人生のヒントになればうれしい」とある。

生物はナンバー1しか生き残れないという。ナンバー2以下は自分がナンバー1になれる場所(ニッチ)を探さないといけない。弱者が勝者(ナンバー1)になれるニッチは「小さい土俵」だと言う。
確かにサッカーや野球など競技人口の多いスポーツで一番になるのは至難の業だが、競技人口が30人くらいのスポーツなら可能性は高いだろう。問題はそんなスポーツはグローバル時代の21世紀においては存在しないので、編み出す必要がある、ということだ。例えば、常に片足立ちで野球をするという競技はないと思うが(もしかしたら既にあるかもしれない!21世紀にオリジナルであることはそれほどまでに不可能だ)、今私が編み出したこの競技の問題は、恐ろしくつまらないことだ。
などというと、著者に叱られるかもしれない。モグラを見よ!と。彼らは地中という全然楽しくなさそうなニッチに進出して生き残っているのだ。楽しいとか楽しくないとかいってられないのが、生存競争なのだ。
弱者が生き残るためにはパイオニアたれ、と著者は言う。
誰も進出していないところを切り拓き、そこがメジャーになってあとから強者が進出してきたら、また次のフロンティアにうつれ、と言う。ちなみにこれが雑草の戦略なんだそうな(雑草は実は弱者なんだとさ)。
しかしそのタフな精神力があれば、どこでも成功しそうなもんだが。これを読むとやっぱり弱者より強者のほうがいいね、地中に潜ったりしなくていいし、楽そう。

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05月10日(火)

起床時刻:07時30分

また私のミスが発覚。
正確に言うと、ミスをしたのは外部の別の人だが、私のチェック漏れ。
その人はよく間違う人なのに(私が彼だったら自分に絶望していただろう)、私のチェックがザルだった……(私は私にも絶望している)。

はーあ。私って働くのに向いていない。
と、手相にも出ている。
会社でとっている『an・an』をパラパラと見たら、手相特集をやっていて、私の手相(右手の運命線がはっきりせずかつ曲がっておりかつ右手の頭脳線の終わりがあいまい)のタイプは、外で働くことに疲れているらしく、報酬が介在する賃金労働より、動物保護などのボランティアとか家事手伝いとかが向いているかもしれないって書いてあったのだ。手元にないから記憶が間違っているかもしれないけれどw、要するに私の手相は外で働くことに不向きらしい。働くなら、ゆる~い感じの、資料作成のお手伝いとかパッキングとかファイリングとかがあってるそうな。

確かにその通りだが、ただ、私はボランティアや家事手伝いにも向いていないので、この点は占いが外れている。とはいえ、「ずばりニート体質です」とか書くわけにもいかないから、なんか適当に「ボランティア」だの「家事手伝い」だのと書いているのだろう。要するに誰かに食わせてもらわなきゃ生きていけないダメ人間なのだ。

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05月09日(月)

起床時刻:07時00分

05月08日

起床時刻:10時00分

05月07日

起床時刻:09時30分

05月06日(金)

起床時刻:08時00分

05月05日(木)

起床時刻:10時00分

電車で本を読んでいたら、スマホでゲームをしている夫に「いつも本を読んでいるけど、何でそんなにバカなの?本を読むことは何の役に立ってるの?」と聞かれた。

バカは本を読んでもバカのままに決まっているじゃない。
また、私に関しては本を読むことは実生活上何の役にも立っていない。
それどころか、ちょうど読んでいた本『人体600万年史(下):科学が明かす進化・健康・疾病』(リーバーマン/2015/9月)では、「日常的ながらもじつは新しい、身体の不調を招きかねない異常な快適さ」の例として(椅子や靴と並んで)読書が挙げられている。
そう読書は異常に快適だが、人間は本来読書をするように進化はしていない。獲物をしとめたり木の実を拾ったりというように、常に動き回るように進化した人間がじーっと手元の白黒の模様を眺めるという異常な行動をとり続けるとどうなるか。近視というミスマッチ病(快適さの追求によって逆に不健康になること。糖類の取りすぎで糖尿病になるような)を引き起こすのだ(本書によれば近視の原因はよくわからないんだそうな。近業仮説(目の近くで作業をする)が我々にはお馴染みだが、それだけでは説明できないことも多いそう。視覚刺激の欠如説(実験のために瞼を縫い付けられた(ヒイィ)猿は眼球の前後径が通常より12%も長くなっており近視になっていた)も有力であるらしい)。

私は子供のころから読書が好きだったから(当時は漫画もアニメも)、私も早々に近視というミスマッチ病になった。読書によって病と快楽は得たが、実人生で何かの役にたったことはない。単に楽しいから本を読むんだけど、これが読書をしない人にはわからない。ただの娯楽なんだけど。
バカに関しては、基本的にバカは一生治らないと思っている。勉強や読書でバカがなおった奴なんか一人も見たことはない。

夫はゲームをすればバカが改善すると思っているようだし、実際のところ、勉強や読書よりアクションゲームやシューティングゲームをやったほうが反射神経等(それも脳の動きだろう)は改善するかもしれないが、それも成長期までだろう(そしていくら改善したところで、もとから反射神経のすぐれた子にはとうていかなわないだろう)。どちらにしろ、バカに生まれてしまった時点で「もう手遅れ」なのだから、その不幸のDNAループに終止符を打つのがバカの良心というものである。
バカがどれほど人生苦労するか。バカがどれほど人生苦しいか。バカにしかわからない。

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