201109 <<先月 | 翌月>>

起床時刻推移グラフ

目標起床時刻:04:30 平均起床時刻:04:51

起床時刻の記録 ▼新しい順 ▲古い順 RSS

09月30日(金)

起床時刻:04時02分

苦しみの9月(苦月)は、9017円でスタートし
日経平均、終わって見ると、300円前後しか
下げていない、が個々の銘柄、特に外人保有率の高い
 電機、自動車、国際株の下げが、きつかった

新安値銘柄も、累計1000に達したのでは
上場会社の、7割が、新安値を付けた9月

▲外人に支配されている、株式市場
外人の、売り止めはいつか、
 4、5兆円買い越し、既に、約3兆円売却した。


●8574プロミス 659円 ストップ高
三井住友が、完全小会社化、
この4-5日間、妙な動きをしてたが、いいよよ、
住友の傘下へ。今後は、TOB価額、その価額が安いと下げ
 高い、1段高、
1株純資産株価は、755円、資産が、だいぶ減りましたね。

●9984ソフトバンク 2292円 33円高
新安値を付けたのが、27日、以後10%高、自社株買い
●2432デイエヌエー 3270円 80円安
 横浜ベイスターズを買収かの 報道で下げた。
  万年赤字の球団を、買収することも、無いのでは

●9831ヤマダ電機 5450円 210円安
こちらも、ベイスターズの買収候補と、報道され、下げた
こちらは、買収効果があるのでは、
 球団名、ヤマダ電機ベイスターズとなると、
知名度アップ。
2800億円の、利益の積み立て金もあるし、

●7262ダイハツ 1409円 9円高
株価は、上場来高値、何故、この自動車のダイハツが、
 海外では、軽自動車が人気とか。
信用空売りが、買い1に対して、30倍も有るからでしょう
超割高、
by 大坪

日別画面へコメントする

09月27日(火)

起床時刻:03時34分


       「汗のなかからホンマもんの知恵が出るんやで」
      
          江口克彦(PHP研究所副社長)
 
────────────────────────────────────

松下幸之助の言葉に

「風が吹くときは絶好や。凧がよう上がる」

というのがあります。
あるいは「短所は長所、長所は短所」とも言っています。

たしかに、考え方、見方によって物事は180度転換します。
だから、経営者が業績の悪さを景気のせいにしてはいけないのです。

松下が 「好況よし、不況なおよし」

と言っているのもそのことです。
松下電器がそうでした。

松下幸之助が元気だった頃は、
不況のときにむしろ取り引きが拡大しているのです。

なぜかと言いますと、
不況になると誠実で確実な企業と
取り引きをしたいと思うのが人情です。

好況のときにいくらいい成績をあげていても、
お客様のことを考えず、会社のこと、
自分たちのことばかりを考えていた企業は、
不況時には相手にされなくなります。

私が30歳になるかならないかの頃、ある経営者から、

「知恵ある者は知恵を出せ。

 知恵なき者は汗を出せ。

 それができない者は去れ。

 それがオレのモットーだ」

と聞かされたことがあります。
そのことを松下に話すと、


「その会社は潰れるな」

と言いました。そして、こう続けたのです。

「わしなら、まず汗を出せと言う。

 汗のなかから知恵を出せ、

 それができない者は去れと言う。

 汗のなかからホンマもんの知恵が出るんやで。

 生きた知恵は汗のなかから出るもんや」

予言通りその会社は倒産しました。

そのように、汗を出すこと、
ほんとうの汗を流すことに徹すれば、
不況どこ吹く風となるのかもしれません。byちち

日別画面へコメントを読む(1)

09月26日(月)

起床時刻:02時34分

▲政治家の発言、矛盾に満ちていますね
自民党石原幹事長「復興資金は、増税ではなく、長期国債の発行で、
まかなえ」
 今年度予算、これ以上の、国債の発行を、つい一ヶ月前まで反対
 菅 さんを、困らしていたのですが

▲「社長は、部下の責任を取って辞任しなさい」
不良債権処理の際、銀行の時もそうですが、九州電力の
原発賛成の、やらせ会合の時、政治家の皆さんは、
九電社長に、退任を迫りました

▲でもね、小沢さんの秘書の、一審有罪判決でも
「小沢さん、責任とって議員辞めなさい」の声は挙がりません。
みなさん、ダンマリ
他人の事には、厳しいが、仲間内の事には、優しい政治家

▲「東電の給与は、高すぎる、公務員並に下げなさい」
大臣の発言ですが、モット高いのが議員さんの
歳費と年金でしょう。
「議員さん、歳費モット下げなさい」国民の声は、
聞こえますか

▲「国家公務員の豪華宿舎、建設停止とします」
 仕分けで、決まったのでしょう
今、105億円掛けて、豪華宿舎が、埼玉県に建設開始
 同じ議員さんが、建設反対、そして、ほとぼりが
  冷めると、早く建設しろーー
105億円、被災地の
▲何を信じれば、いいのでしょうか
朝令暮改、朝言った事が、もう夕方には、変わっていた
  コリャー国民は、大変ですね、

by大坪

日別画面へコメントする

09月25日

起床時刻:07時38分

45+46=91-13=78

井上さん 三石さん 南さん
月例杯

日別画面へコメントする

09月24日

起床時刻:不明

48+41=89 ▼900

荒井さん82 +2100 伊藤さん-1200 甲田さん

日別画面へコメントする

09月23日(金)

起床時刻:08時35分

48+45+48=141 +300
A134 S157 K148

前立腺

日別画面へコメントする

09月22日(木)

起床時刻:04時34分

         「被爆を乗り越えた二人の実例」
       
     大場淳二(ワン・ピースフル・ワールド日本代表)
           
────────────────────────────────────

ご紹介したい記録があります。

私の小学、中学の同級生の欣二君のお兄さんで、
長崎で被爆された医師・秋月辰一郎先生が書かれた
『死の同心円』という本です。

「死の同心円」──。

被爆した人たちは、

「吐き気がする。身体がだるい。血便が出る。頭髪が抜ける。
皮膚に斑点が出る。歯茎から血が出る」

と原爆症の症状を訴え始め次々と倒れていきました。
発症が、きょうは爆心地から半径五百メートルで被爆した人たち、
きょうは一キロの人たち、と同心円状に
広まっていった恐怖感を表した言葉です。

秋月先生が被爆したのは、爆心地から
一・四キロ離れた浦上病院でした。

いよいよ半径二キロ内で被爆した人たちが
次々と倒れていく中で、不思議なことに
秋月先生とそこで働く看護婦たちは原爆症にならなかったのです。

それはなぜか。

秋月先生には二つの原体験がありました。
一つは玄米菜食によって生来の病弱を克服したこと、
もう一つは長崎医大付属病院で
放射線教室に助手として勤務していたことです。

『死の同心円』によると、秋月先生はご自身も含め、
被爆した人たちが訴える症状がX線治療の後に
レントゲン取り扱いの技師たちが見せる
「レントゲン宿酔」という症状に類似していることに気づきます。

そして、その治療法は濃い食塩水を
飲ませることだったと想い起こしました。

「爆弾をうけた人には塩(注・精製されていないもの)がいい。
 玄米飯にうんと塩をつけてにぎるんだ。
 塩からい味噌汁をつくって毎日食べさせろ。
 そして、甘いものを避けろ。砂糖は絶対にいかん」

秋月先生は、被爆した職員や周囲の人たちにこう指導した結果、
原爆症の発症を免れたのです。

そして先生は八十九歳で亡くなられるまで
医療活動や反核平和運動に献身的に従事されました。

ここで特筆すべきは、先生と職員の方々は玄米と塩、
味噌汁を原爆以前から積極的に食べていたということです。

        * *

もう一人、紹介したい方がいます。
私の親しい友人である平賀佐和子さんです。

彼女は広島の爆心直下で被爆、
顔は火傷で三倍ほどに腫れ上がりながら、
どうにか一命を取り留めました。

原爆の後、炊き出しでおにぎりが配られた時、
彼女は中の梅干しが食べたくて仕方がなく、
姉や妹、知人たちにもらってまで食べたといいます。

その後遺症から、顔はひどいケロイドで
体も丈夫ではなかった平賀さんは、
被爆から十五年後、陰陽を元にした
食養(マクロビオティック)の概念を提唱した
桜沢如一(ゆきかず)先生の講演会に行きました。

その時、桜沢先生は

「あなた、このままでは死んでしまいますよ。
 玄米食にしなさい」

と言われたそうです。
それから毎日玄米とごま塩だけで過ごしたところ、
体重はぐんと減りましたが、子宮から真っ黒い出血があり、
その後、スーッと体の調子がよくなって、
皮膚のケロイドもきれいになくなったといいます。

「こんな顔では結婚はできない」と思っていたそうですが、
その後平賀さんは結婚し、子供七人を産み育て、
現在は孫十四人という大家族に恵まれ元気に過ごしているのです。byちち




       「使命、懸命、宿命」
       
       
     柏木哲夫(金城学院大学学長)
        
────────────────────────────────────

 私には自分の人生を動かしていく三つの言葉があります。
 
 それは使命、懸命、宿命という言葉です。
 
 使命というのは、作家の三浦綾子さんが亡くなる前に
 テレビの取材で言われていて、すごいなと思った言葉なんです。

 三浦さんは、「使命というのは命を使うと書くでしょう」と
 おっしゃるんですね。
 
「私は小説を書くことが自分の使命だと思っているので、
 死ぬまで小説を書き続けます。
 
 いま私は体を病んでいますから、
 小説を一冊書いたらクタクタになって、
 ああ、命を使ったなと実感するんです。
 
 けれども、小説を書くということは
 自分にとって命を使うことで、それが使命なので、
 その使命を全うしたいと思います」

 と。この話を伺って、使命というのは
 命を使うということなんだと教えられました。

 それからしばらくして、今度は瀬戸内海のある小さな島で
 診療所をやってこられた老いた医者のことを知りました。
 
 七十五歳ぐらいですがまだお元気で、
 医療に恵まれない島の人たちのために
 自分の一生を捧げようと懸命に働いてこられたそうなんです。
 
 その方のことを知った時、懸命というのは
 命を懸けることなんだな、と思い至りました。

 その方は、自分の医師としての仕事に命を懸けてこられた。
 周りの人は、もういいかげんに都会に戻って
 のんびりしたらどうかと言うけれど、
 自分はここに骨を埋めるつもりです、
 それが私の宿命だと思います、と言われるんです。

 普通、宿命というとなんとなく
 ネガティブな感じがありますけれども、そのお話を聞いて、
 宿命というのは命が宿ることなんだと私は思ったんです。

 命を使い、命を懸けて、その結果
 命が宿るような人生を送る。
 そんな生き方ができたらすごいな、と思うんです。byちち

日別画面へコメントする

09月21日(水)

起床時刻:02時36分

       「あいつは“化け物”」
       
          山村洋子

────────────────────────────────────

思いもよらぬ産能大講師の仕事に就いた頃から、
私は俄かに忙しくなった。

研修のため、近畿、東海をはじめ関東から九州まで、
西日本のエリアを私は隈無く走り廻った。

その間に、短大の講義をし、
自分の「研修プロジェクト」の研修をし、
週2本のレギュラー番組(中部日本放送)を消化して、
半端でない数の講演をこなすようになった。

失業していた日々が、嘘であったかのように、
仕事は波の如く押し寄せてきた。

そして、産能大の仕事も相当量をこなした頃、
今度は国鉄民営化に関わる大規模な研修が私を待っていた。

東海道沿線に従事する国鉄全職員を対象に
私は膨大な数の講演を行うことになった。

著書 『赤い自転車に乗って』 にも記したように、
この講演が私を名指しで来たのは、
私がNTT民営化を経験していることに加え、
失業の経験が多かったからのようだった。

すでに、私の講演を聞いた国鉄幹部のひとりが語った。

「山村さん、職員の中には、
 夢や憧れを抱いて機関士になった人がたくさんいます。
 そういう人達が、明日から
 キヨスクの店頭に立つことになったり、
 駅構内のうどん屋になることだってあります。
 中には退職を迫られる人もあるでしょう。

 そんな時、あなたのように
 何度でも自力で立ち上がってきた人が
 いたということを、職員に知ってほしいのです。
 この仕事はぜひあなたにお願いします」
  
と。そのために、演題も『赤い自転車に乗って』に指定された。

いよいよ講演のツアーが始まり、私は名古屋から出発して、
豊橋、浜松、静岡、富士・・・と東に向けて会場を順に回って行った。

そして、山梨県の身延町まで足を伸ばし、
そこで1日目の講演を終えたあとに、
私は心が大きく崩れるような出来事に遭遇した。

いつものように講演を終え、私は徐に女子洗面所へ向かった。
そして、そこを出るため扉を開けようとした時、
ちょうど会場から出てきた多くの人々がその扉の前を通過し、
更に隣りの男子洗面所になだれ込んできて、
そこに入れなかった人達が入口の扉の前で
山のような人だかりをつくっていた。

私は扉を押すこともできず、
男性ばかりの集団に出口を塞がれたまま、
女子洗面所の中で閉じ込められることになった。

と、その時、その人だかりの中から興奮した人達の会話が、
扉越しに私の耳に飛び込んできた。

「おい、聞いたか、今の話」

「おお、きょうの講演にはびっくりさせられたぜ」

「やあ、まいったよなあ。あの話には・・・」

「あいつは化け物だぜ」

「なるほど、化け物か」

「うん、確かに・・・」

私は凍りついた。
“化け物”のひと言で、私は全身から血の気が引く思いがした。
そして、その場にうずくまり、
思わず両手でその“化け物”なる自分の顔を覆い尽くした。

どんな言葉を浴びせられても仕方がないが、
女性の私に“化け物”はきつかった。
どのようにして、この気持の整理をつけたらいいのだろう・・・。
このままでは明日の2回目の講演を行う勇気はない。

扉の向こうの人だかりは、いつまで経っても減る様子はなかった。
それもその筈、当時、大所帯と言われた国鉄職員。
1回の講演に数百人から千人は当たり前であった。

しかし、閉じ込められた時間が長かったおかげで、
私は少しだけ冷静さを取り戻すことができた。

私は考えた。もし、あの会話がほかの会話であったなら、
どうであっただろう・・・。

「おい、聞いたか、今の話」
「うん、退屈だったなあ・・・」
「あいつの話は眠くなる・・・」
「確かに・・・」

私は想像しただけで首を横に振った。

或いは、まったく話題にされなかったらどうだろう。
やはり、それにも首を振った。

とにかく、冷静になろう・・・。

そう言えば・・・
あの人達の声の調子は、かなり興奮気味であった。
それに会話全体の雰囲気は人をけなすと言うより、
相当、驚いたという感じであった。
良くも悪くも、相手の心に何かが響いたことには違いないのだ。
何も感じないよりは余程いい。

私は、自分の心の整理を急いだ。

眠い・・・退屈・・・と言われるより、
それがたとえ“化け物”と言われても、
聴く人に驚きの心を残すことができたのなら、
それは喜ぶべきことなのだ。

そうだ。“化け物”とは褒め言葉なのだ。

この強引で勝手な解釈に、私はなぜか素直になれた。

私は“化け物”でも構わない。
いや“化け物”でいいのだ。

落ち着きを取り戻し、
ゆっくり立ち上がって静かに洗面所の扉を押した。

すでに、人だかりは消え、
わずかに残っていた人達が私を見つけ、駆け寄ってきた。

「きょうは、とてもいい話が聴けました。
 私は長年、車掌をしてきましたが、今度、
 旅行関係の小会社で営業をするように言われ、落ち込んでいましたが、
 少し前向きに考える気になりました。
 勇気を頂きありがとうございました」

明日も自信を持って演台に立とう。
もし“あいつは妖怪だ”と言われたら、
私は自分の持ついとおしい“化け物”の力で、
それらの言葉を再び“褒め言葉”に変えてしまおう。

そう・・・。“化け物”は変幻自在。
不思議な力を持った魔術師なのだから・・・。byちち








…………………………………………………………………………………………
山村さんのプロフィールはこちら
http://www.chichi.co.jp/essay/yamamura/

日別画面へコメントする

09月20日(火)

起床時刻:01時18分

光トポグラフィー検査

手のひらの静脈認証に使われる近赤外線はヘモグロビンに吸収される
近赤外線を頭部に照射し反射した光を検出して得られる波形により
①うつ病
②躁うつ病
③統合失調症

国立精神・神経医療研究センター(13,300円)

日別画面へコメントする

09月19日(月)

起床時刻:07時32分

42+40=82

YO会 星野さん 川原さん
開場記念杯

ジュンクラッシック

日別画面へコメントする

09月18日

起床時刻:07時46分

44+41=85 +1100

Sさん-700 Aさん-400 中村先生
開場記念杯

ヘりテイジ

日別画面へコメントする

09月17日

起床時刻:08時35分

51+45=96 +100
Aさん+500 Iさん-1100 Sさん+500
開場記念杯
キリンさん不調

日別画面へコメントする

09月16日(金)

起床時刻:03時03分

8185 チヨダ 返済売 更に 空売り^^;
5214 日本電気硝子 現物売
8606 ヒロセ 返済売

やっと売れた!資金不足で声が出ませんでした

来週は吉と出て欲しい^^

日別画面へコメントする

09月14日(水)

起床時刻:03時45分

光トポグラフィー検査

手のひらの静脈認証に使われる近赤外線はヘモグロビンに吸収される
近赤外線を頭部に照射し反射した光を検出して得られる波形により

①うつ病
②躁うつ病
③統合失調症

国立精神・神経医療研究センター(13,300円)

日別画面へコメントする

09月13日(火)

起床時刻:03時45分

「努力の上に辛抱という棒を立てろ」

      桂小金治(タレント)
        
───────────────────────────────────

この頃(10歳頃)、
僕にとって忘れられない出来事があります。

ある日、友達の家に行ったらハーモニカがあって、
吹いてみたらすごく上手に演奏できたんです。
無理だと知りつつも、家に帰って
ハーモニカを買ってくれと親父にせがんでみた。

すると親父は、「いい音ならこれで出せ」と
神棚の榊(さかき)の葉を1枚取って、
それで「ふるさと」を吹いたんです。
あまりの音色のよさに僕は思わず聞き惚れてしまった。
もちろん、親父は吹き方など教えてはくれません。

「俺にできておまえにできないわけがない」。

そう言われて学校の行き帰り、葉っぱをむしっては
一人で草笛を練習しました。
だけど、どんなに頑張ってみても一向に音は出ない。
諦めて数日でやめてしまいました。

これを知った親父がある日、

「おまえ悔しくないのか。
 俺は吹けるがおまえは吹けない。
 おまえは俺に負けたんだぞ」

と僕を一喝しました。続けて

「一念発起は誰でもする。
 実行、努力までならみんなする。
 そこでやめたらドングリの背比べで終わりなんだ。

 一歩抜きん出るには
 努力の上に辛抱という棒を立てるんだよ。
 この棒に花が咲くんだ」

と。その言葉に触発されて
僕は来る日も来る日も練習を続けました。
そうやって何とかメロディーが
奏でられるようになったんです。

草笛が吹けるようになった日、
さっそく親父の前で披露しました。

得意満面の僕を見て親父は言いました。

「偉そうな顔するなよ。
 何か一つのことができるようになった時、
 自分一人の手柄と思うな。
 世間の皆様のお力添えと感謝しなさい。
 錐(きり)だってそうじゃないか。
 片手で錐は揉めぬ」


努力することに加えて、
人様への感謝の気持ちが生きていく上で
どれだけ大切かということを、
この時、親父に気づかせてもらったんです。

翌朝、目を覚ましたら枕元に新聞紙に包んだ
細長いものがある。

開けて見たらハーモニカでした。

喜び勇んで親父のところに駆けつけると、

「努力の上の辛抱を立てたんだろう。
 花が咲くのは当たりめえだよ」

子ども心にこんなに嬉しい言葉はありません。
あまりに嬉しいものだかち、お袋にも話したんです。
するとお袋は

「ハーモニカは3日も前に買ってあったんだよ。
 お父ちゃんが言っていた。
 あの子はきっと草笛が吹けるようになるからってね」

僕の目から大粒の涙が流れ落ちました。
いまでもこの時の心の震えるような感動は、
色あせることなく心に鮮明に焼きついています。 by ちち

日別画面へコメントする

09月12日(月)

起床時刻:04時48分

『神様の女房』

『神様の女房』


●この秋、ものすごく楽しみにしているテレビ番組がある。10月1日か
ら三週連続土曜日に放映されるNHKドラマスペシャル『神様の女房』で
ある。

「ゲゲゲ」の次は「神様」なのだ。

"経営の神様"とよばれる松下幸之助氏の奥様(松下むめの氏)の物語。

●原作は今月ダイヤモンド社から発売になったばかりの高橋誠之助著、
『神様の女房』(ダイヤモンド社)。

ドラマの脚本はジェームス三木氏、出演は「むめの」役に常盤貴子、
「幸之助」役に筒井道隆、他に松本利夫(EXILE)、秋野暢子、石倉三
郎、野際陽子、津川雅彦などと楽しみな顔ぶれになっている。

●原作者の高橋氏は、1940年京都生まれ。大学卒業と同時に松下電器
産業(現・パナソニッック)に入社し、7年たった29才のある日、突然、
幸之助に呼ばれてこう言われた。

「私は忙しい。松下家の家長として十分なことができない。それをき
みにやってほしいんや。よろしく頼む」

それ以来20年以上にわたって松下家の執事となり、幸之助とむめのの
臨終にも立ち会ってきた。

●そんな作者にしか書けないエピソードや会話が満載された『神様の
女房』。これを読むと、全然知らなかった人間・松下幸之助の生々し
い姿が浮かび上がってくる。

彼は神様なんかじゃない、どこにでもいる人間くさい中小企業のおや
じだ、と思える。だが、それでいて思わずうなってしまう場面が随所
に表れる。

●特に、冒頭のプロローグで(たった5ページなのに)すでに泣きそう
になる。松下幸之助ファンだから感動するのではなく、ファンでなく
とも高橋誠之助氏の筆力によって泣かされるというべきか。実に名文。
ぜひとも無防備でお読みいただきたいのでここでは詳しく書かないが、
『神様の女房』として、これほどオープニングにふさわしい場面はな
いだろう。

●会社が大きくなっていく最中での松下幸之助はよく知られている。
だが、結婚する前後の幸之助はどうだったか。
当時、電灯会社に勤務していて収入は決して多くはない。だが、当時
の若者の暮らし向きから考えれば、20才の結婚当時にはある程度の貯
金ができていなければならなかった。だが、幸之助には貯金がなかっ
た。
後の幸之助からは想像できないが、元来の幸之助は後先のことをあま
り考えない性格だったという。仕事は几帳面で熱心なのだが、個人の
ことになると無頓着だった。遊びに誘われると断れないところもあっ
た。結局、貯金がない幸之助は、結婚式の費用すら借金に頼らざるを
得なかったという。どこかホッとする話ではないか。

●これは有名な話だが、幸之助は身体が弱い。
風邪をこじらせて10日も寝込むこともざら。おまけに兄弟を結核で亡
くしており、自分もその一歩手前の病気になってしまう。日給制のサ
ラリーマンだった幸之助が寝込んでばかりいては、家計が維持できな
い。そこで、サラリーマンをやめて「おしるこ屋」をやろうと決心す
る幸之助。

新妻・むめのに向かってこう告げた。

「あのな、おしるこ屋、してみようか。二人でおしるこ屋を開くんや。
ええ考えやろ」
「何をいうてまんねん」とむめの。
「電灯会社でずっと働くのは無理やと思うんや。そやから商売をする
んや」
「そんなこと急に言われたかて」
「おしるこや、おしるこ」

●もしこのとき女房が「そうね」と折れていたら『パナソニック』は
ない。そのかわり、世界の『松下しるこ産業』ができていたかもしれ
ない。

●「ほな、はっきり言わせてもらいます」と女房のむめのは、しるこ
屋の商売はきっぱり嫌だと反対した。それは幸之助がびっくりするほ
ど強い言葉だった。

「さよか、ダメか、そうか・・・」

これでしるこ屋になるプランが頓挫した。

●そのころ勤めていた大阪電灯の上司に提案した新型ソケット案が忘
れられない幸之助は、しるこ屋の話から二ヶ月後、ついに意を決した。

「会社を辞めよう。ソケットを、電気器具を製造しよう。万一だめな
ら再びこの会社にもどって、二度と独立しようなどと思わず、生涯忠
実な従業員として働こう」

女房も今度は、「ソケット屋さんは、水商売とは違いますわな」と賛
成し、夫婦の挑戦が始まった。

●あとは『神様の女房』(高橋誠之助著、ダイヤモンド社)をお読み
いただきたいが、むめのさんという女房がいなかったら神様・幸之助
はあり得なかったことが分かるだろう。

●昭和7年5月5日、大阪・堂島の中央電気倶楽部で開催された松下電器
の第一回創業記念式典で幸之助はこう発表した。

「産業人の使命は貧乏の克服である。その為には、物資の生産に次
ぐ生産を以って、富を増大しなければならない。水道の水は値ある物
であるが、通行人がこれを飲んでも咎められない。それは量が多く、
価格が余りにも安いからである。産業人の使命も、水道の水の如く、
物資を無尽蔵たらしめ、無代に等しい価格で提供することにある。そ
れによって、人生に幸福をもたらし、この世に楽土を建設する事が出
来るのである。松下電器の真使命もまた、その点に在る」

●本来は決意表明を発表するのはひとりの予定だったが、次々に壇上
にのぼって決意を述べていった。

のちに「命知元年」のエピソードで知られる話である。ここに松下電
器と幸之助の生きる目的が明示された。従業員は、働く目的を聞かさ
れて歓喜した。

●その「中央電気倶楽部」の5階ホールはその当時のまま存在し、今も
利用できる。
9月13日(火)、大阪の「輝き塾」さんで講演をさせていただたいのだ
が、奇しくもその講演会場が「中央電気倶楽部」だった。

『がんばれ社長!今日のポイント』  作者: 武沢 信行 より

日別画面へコメントする

09月11日

起床時刻:09時03分

50+43=93 +500

A-300 S-700 大久保先生+500

SAKYO会

日別画面へコメントする

09月10日

起床時刻:12時00分

エスティマ引渡し
府中
多摩
飯能「大松閣」青梅インターから30分

日別画面へコメントする

09月09日(金)

起床時刻:01時46分

SQ値 8,732円を上回る 8,737円で引けました
来週から本来の価格を目指すでしょう

9202 ANA  優待取に向けて 現引き準備!
2342 トランスG 学会シーズンに向けて一時ストップ高

日別画面へコメントする

09月08日(木)

起床時刻:03時46分

いつの間にか二段になっているではないか!
うんぽさんと同じ訳が無いのに・・・お試し対局開始~

「加茂泉」大吟醸 ¥3.250

日別画面へコメントする

09月07日(水)

起床時刻:04時16分

天の川さんの期間感 長期は5年~10年と思う人もいれば、私など高年齢者には
長期1年~2年、中期6月、短期1月・・・と思っています。

なるほど!!

マイポートフォリオは丁度昨日下げた分戻しました(この表現でいいのか?)

業績に関係なく株価が乱高下するのは売買市場のあり方に問題があると感じます
しかも特定の組織や団体の影響で変動することもわかりました

「高く買って安く売る」 以外に新しいパターンが 「安く買ってもっと安く売る」

誰かに損をさせて儲けるなんて倫理もへちまもないことです
株式投資で儲かる人は投資家の数%というのが実態です

ともあれ今日のところは首が繋がっております(薄皮一枚で)

日別画面へコメントする

09月06日(火)

起床時刻:04時05分

プライベートプラクティス
「てもとも」



●国際ハイテク株の下げが加速しているが、
外人の売り、
非常識安値銘柄が、続出している、外人は、買う時も、
非常識高値迄買い進み、
売る時も、値を崩して、売り叩いている。
 外人とは、外す人なり

日別画面へコメントする

09月05日(月)

起床時刻:00時00分

プライベートプラクティスより

夫の親友 親友の夫に悩み続ける



「You have no humor sense」(つまらない人)

ご婦人が右手を差し出して「One dollar(1ドル)」
「Enough? Cash only?」


「You are navorhood」(あなたは隣人だ)

「鯛焼きの尾頭付き」

日別画面へコメントする

09月04日

起床時刻:04時00分

41+43=84
台風一過でラウンド
武原さん 井口さん 中川先生

今年のクラチャンは辞退
予選は85が通過ライン

日別画面へコメントする

09月03日

起床時刻:04時59分

台風12号の接近により多摩中止
golf急遽クローズ:運営のあり方に波紋を呼びそう

日別画面へコメントする

09月02日(金)

起床時刻:不明

12:00 satoクリニ 

エコー 胃カメラ 完璧な挿入 3分完

ピロリ菌 腫瘍マーカー

胆嚢ポリ

日別画面へコメントする

09月01日(木)

起床時刻:03時30分


      「日本男子を育てる」
       ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

     中山美恵子(講道学舎常務理事)

…………………………………………………………………………………………………

 昭和三十九年の東京五輪──。
 誰もが金メダルを独占するだろうと思っていた日本柔道が
 オランダのヘーシング選手に敗北を喫しました。
 
 その時、
 「これではいかん。もう一度何としても
  強い日本男子を育てなければ」
  と一人の男が立ち上がりました。

  それが横地治男、私の父です。

 父は職業軍人として満州で終戦を迎え、
 復員後は実業の世界に身を置きました。
 しかし、東京五輪での柔道の敗北は
 日本男子として遺憾の極みだったようです。
 父だけではありません。
 
 作家の井上靖先生、元日商会頭の永野重雄先生や
 元日経連会長桜田武先生ら、
 高専柔道で汗を流した方々も思いは同じ。
 先生方に励まされ、父は昭和五十年に柔道の私塾
 「講道学舎」を創設したのでした。

 あれから約三十年。
 明治生まれの父に子孫のために
 美田を残そうなどという思いは毛頭ありません。
 
 ひたすら国のため、そして戦地で亡くなられた
 戦友たちへの弔いのために、
 もう一度強い日本男子を育てたい一心で、
 心も体もお金も自分の持てるものは
 すべて講道学舎へ捧げてきました。
 
 「生活をともにせねば弟子は育たない」が持論の父は、
 道場の他に寄宿舎を設立。
 
 生徒たちは中学から高校までの六年間を
 親元を離れ学舎に寄宿します。
 
 そうなると当然食事などの生活面の世話をし、
 心をケアする母親役が必要になり、
 そこで白羽の矢が立ったのが私でした。
 
 「おまえならできる」との父の一言で、
 主人や子どもたちとともに移り住んだのです。

 私が寮母兼母親役として
 数多くの生徒たちを見てきてつくづく感じるのは、
 柔道はどこまでも奥が深い競技だということです。
 
 畳の上に立てばこれまでどんな日常生活を送ってきたか、
 言うなれば自分がどんな人間であるかがすべて
 顕(あらわ)になるのです。

 わが学舎を巣立った生徒に、
 バルセロナ五輪で金メダルを取った
 古賀稔彦と吉田秀彦がいます。
 
 彼らの生活振りは、やはり一目置くところがありました。
 私は古賀が柔道着を洗濯機で洗っているのを
 見たことがありません。
 
 柔道着を何よりも大切にし、いつも丁寧に
 たわしで手洗いしていました。
 
 また、休日も遊ぶより次の稽古のために休養に充て、
 いつも夜十時には部屋の電気が消えるような生活を
 送っていました。
 
 吉田は、多くの生徒が大学進学が決まって
 ほっと一息つく高校三年の冬、
 「妥協しない、妥協しない」と言って
 率先して朝稽古に向かっていました。

 柔道は、心技体の三つが揃わなければ、
 真の強者にはなれません。
 
 私は心技体のうち、生徒たちの心と体の育成という
 非常に大きな役割を担っていますが、
 いつも心がけていることは
 ありのままの自分で生徒たちと真正面からぶつかること、
 そして公平であること以外にありません。

 生徒はみな、思春期を迎えた多感な少年たちです。
 特に中学一、二年生の頃は
 人間としての自我が芽吹く時期で、
 そのエネルギーたるや凄まじい勢いです。
 
 中にはエネルギーを持て余し、ツッパってみたり
 不良の真似事をしてみたりする子も出てきます。
 反発し、時にすごい勢いで私に
 歯向かってくることもありますが、
 その時私は彼らの言い分に最後まで耳を傾けます。
 
 真っ赤な顔をして私に思いをぶつけるだけぶつけると、
 すとんと肩を落とす瞬間があるのです。そこで、
  
 「君の考えはわかった。
  ママさんにも考えがあるから聞いてくれる?」
  
 と言ってきちんと話すと、大抵素直に聞いてくれます。
 それを全部ぶつけないうちに抑えつけてしまうから、
 子どもたちは不満が残ってますます反発していくのです。
 
 こうして中学一、二年生のうちに
 しっかりと軌道修正しておくと、
 高校生になった時には進んで
 私を手伝ってくれるから不思議なものです。

 彼らのエネルギーを正しい道へ向け、
 父と生徒の掛け橋となる。
 そして全体を一つの方向にまとめるのが
 母親役である私の役目であり、
 さらには女性の役割だと思っています。

 日頃男の子に囲まれて暮らしていると
 つくづく感じますが、男子は母性無くして育たないのです。
 いま、世の母親は過保護か無関心かの二通りで、
 男子を育てません。
 
 息子を猫可愛がりし、
 「あれ食べる? これ食べる?」と
 あれこれ世話を焼きますが、
 これでは子どもは「うん」と「ううん」しか話さず、
 自分で考えて行動することができません。
 
 また、自分の幸せばかりを追求し、
 母親が夫や息子に無関心だと、
 彼らは頼りにされていることを実感できず、
 いつまでも父性が育たないのです。

 たとえ十二歳の生徒でも、
 「ママさん困っているんだ。どうしようかな」と相談すると、
 「僕がやります」と言って力になってくれます。
 
 男子は女性が信じて頼ることで、初めて
 「母ちゃんを喜ばせたい」とか、
 「俺がこの女を幸せにするんだ」という父性に目覚め、
 それが原動力となって社会で活躍していくのです。

 世の中では、女性が家庭にいて夫と子どもの
 中間子でいることが、何か人間の権利を奪われたように
 言う人もいますが、とんでもないことです。
 
 中間子の役割がどれだけ大きいかをもっと認識すべきです。
 中間子次第で家庭は円満にもなり崩壊もするのですから。

 講道学舎では、私が父と生徒たちの中間子です。
 みんなが気持ちよく生活し、
 本当に強い日本男子を育てるため、
 しっかりと支えていきたいと思います。byちち

日別画面へコメントする