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起床時刻推移グラフ

目標起床時刻:04:30 平均起床時刻:04:17

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06月27日(金)

起床時刻:05時11分


    「耳を引っ張れば疲れが取れる」

  藤本 靖(ロルフィングスタジオ「オールブルー」主宰)

「なんだかよく分からないけど、とにかく疲れてるんです!」

「疲れ」には2種類あることをご存じでしょうか。

1つは、スポーツの後などで感じる身体の疲れです。

身体が重く感じたり、時には筋肉痛になったりしますが、
マッサージを受けたり、お風呂に入って一晩ゆっくり寝れば大体解消します。

もう1つは、職場や生活環境の中にあるストレスからくる疲れです。

長時間のパソコン業務、満員電車、職場や家庭での人間関係等々、
日常にはストレスのもとになるものが満ちていて、
そこに身をさらすことで知らぬ間に溜まっていくのが
神経や精神の疲れといえます。

現代人が普段の生活で感じている疲れのほとんどは後者であり、
身体の疲れのように簡単には解消できません。

外の情報を神経に伝達するセンサーの役割を果たすのは
目、鼻、口、耳ですが、ストレスを受けることで
これらの感覚器官が緊張します。

そして目、鼻、口、耳はすべて頭の芯に繋がっており、
頭の芯がこわばることで神経全体が緊張するのです。

皆さんは、長時間パソコンやテレビを見続けていると、
目の奥のほうがギューッと詰まる感じがしたり、
軽い痛みを感じたりすることはありませんか?

この目の奥にある頭の芯の骨を
「蝶形骨(ちょうけいこつ)」といいます。

頭には全部で23個の骨があり、
その真ん中にあるのが蝶形骨です。

目、鼻、口、耳の筋肉はすべてこの骨に繋がっており、
さらにお皿のような構造をして脳を下から支えています。

頭や身体が上手く働くためには途轍もなく大事な骨なのです。

蝶形骨の中や、周りの骨と接合する部分にはたくさんの穴があり、
そこには様々な神経や血管が通っています。

蝶形骨がこわばったり、歪んだりすると、
こうした神経や血管が圧迫されて通りが悪くなります。

そうなると外界からの情報や栄養がスムーズに流通しなくなるため、
脳が上手く働かなくなり、身体全体のバランスも崩れてしまうのです。


実際に私のクライアントさんの身体を見ても、
アレルギーなどの過敏症(鼻炎、花粉症)、眼精疲労、
めまい、耳鳴り、頭痛、顎関節症などの首から上の不快症状、
さらには病院に行っても原因のよく分からない不定愁訴を抱えていらっしゃる方は、
ほとんどの場合この蝶形骨のバランスが崩れてしまっています。


このように蝶形骨のこわばり、歪みは
様々な形で私たちの身体に大きな弊害をもたらしてしまうのです。


私が耳ひっぱりについて書いた著書に興味を持ってくださる方は、
30~40代のバリバリ仕事をされている男性と、
健康に関心の高いご高齢者が中心となっています。


バリバリ仕事をされている男性は、
ご自分のパフォーマンスを高めることに関心が高く、
そのための様々なセルフケアに取り組んでおられる方が多くいらっしゃいます。


そして、この耳ひっぱりを実践することで集中力が高まり、
よりよい成果を上げられるようになったというご報告を多数いただいています。


ご高齢の方からは、一生付き合わなければならないと思っていた
首、肩、腰などの痛みが取れたという感謝のお便りをよくいただきますが、
中には不整脈が改善されたという例もあります。


いずれも神経の疲れと関わりの深い症状であり、
耳ひっぱりで改善されるのも頷けます。


耳は平衡器官とも密接に関わっているため、
ふらつきがなくなり真っすぐ歩けるようになったという声も寄せられます。


寝たきりに繋がりやすい転倒の防止にも役立つのです。


耳鳴りやめまい、難聴が軽くなったという方もたくさんいらっしゃいます。
とりわけ耳鳴りは、加齢とともに悩む人が増える傾向がありますが、
ちゃんとした治療法が確立されていないため、
医者にかかっても治らないと言われて落ち込む方も多いようです。

そういう方もぜひ耳ひっぱりの実践をお勧めします。

それでは実際に、耳ひっぱりワークをやってみましょう。

byちち

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06月26日(木)

起床時刻:07時20分

06月25日(水)

起床時刻:04時51分

06月22日

起床時刻:05時13分

月例杯優勝 40+42=82-12=70

時々激しく降る雨の中、色々考えるのを止めて9時-3時に徹した。
パターは脇を絞めて肩の動きでのショットに。

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06月21日

起床時刻:05時13分

06月18日(水)

起床時刻:06時46分

06月17日(火)

起床時刻:03時00分

06月16日(月)

起床時刻:02時58分

  「生きるということは一度しかない。
   リハーサルなんかありはしない。
   たった一度だけである」
   
   行徳哲男(日本BE研究所所長)


人の出会いも一期一会であり、今を完全に燃焼し尽くした時、
人間には希望や夢や野望やロマンが生まれてくるのである。

私にこんなすさまじい教えを
教えてくれた1人の若者がいた。

今から7年前の1月21日、
富山県の砺波(となみ)という町で、
ガンで亡くなった井村和清さんである。

彼は医師であったが、
右膝に巣くった悪性腫瘍の転移を防ぐため、右脚を切断した。
しかし、その甲斐もなく、腫瘍は両肺に転移していた。

そして昭和54年1月、亡くなったのである。
享年31歳であった。

彼は医師であったから、自分の病状をよく知っていた。
だから彼には明日はなかった。

その彼が遺書を残している。
その遺書は『ありがとう、みなさん』と題されている。

彼は2人の子供に
「心の優しい、思いやりのある子に育ってほしい」と書き、


「私は今、熱がある。咳きこんで苦しい。
 私はあと、いくらもお前たちのそばにいてあげることができない。
 だから、お前たちが倒れても手を貸してあげることができない。

 お前たちは倒れても倒れても自分の力で立ち上がるんだ。
 お前たちがいつまでも、いつまでも、幸せでありますように。

 雪の降る夜に父より」

そしてまた彼は、こんな遺書も残していた。

「ようやくパパと言えるように
 なった娘と、まだお腹にいる
 ふたりめの子供のことを思うとき、
 胸が砕けそうになります。

 這ってでももう1度と思うのです。
 しかし、これは私の力では、
 どうすることもできない。

 肺への転移を知った時に覚悟はしていたものの、
 私の背中は一瞬凍りました。

 その転移巣はひとつやふたつではないのです。
 レントゲン室を出るとき、私は決心していました。

 歩けるところまで歩いていこう。

 その日の夕暮れ、アパートの駐車場に車を置きながら、
 私は不思議な光景を見ていました。

 世の中がとても明るいのです。
 スーパーへ来る買い物客が輝いてみえる。
 走りまわる子供たちが輝いてみえる。
 犬が、垂れはじめた稲穂が、雑草が、電柱が輝いてみえるのです。

 アパートへ戻ってみた妻もまた、
 手をあわせたいほど尊くみえました」


「郷里へ戻ると父が毎朝、近くの神社へ私のために
 参拝してくれていることを知りました。

 友人のひとりは、山深い所にある泉の水を汲み、
 長い道程を担いできてくれました。

『これは霊泉の水で、どんな病気にでも効くと言われている。
 俺はおまえに何もしてやれなくて悲しいので、
 おまえは笑うかもしれないが、これを担いできた』

 彼はそう言って、1斗(18リットル)以上もありそうな
 量の水を置いてゆきました。

 また私が咳きこみ、苦しそうにしていると、
 何も分からぬ娘までが、私の背中をさすりに来てくれるのです。

 みんなが私の荷物を担ぎあげてくれている。
 ありがたいことだと感謝せずにはいられません。
 
 皆さん、どうもありがとう。

 這ってでももう1度戻って、
 残してきた仕事をしたいと願う気持ちは強いのですが、
 咳きこむたびに咽喉をふるわせて出てくる血液を見ていますと、
 もはやこれまでか、との心境にもなります。
 どうも、ありがとう。」


日一日と悪化する病気に、もう猶予はできない。
ここまでくれば、いつ机に向かうことができなくなるかもしれない。


とにかく『あとがき』を書くことにした。


「頼みがあります。
 もし私が死にましたら、残るふたりの子供たちを、
 どうかよろしくお願い致します。
 
 私が自分の命の限界を知ったとき、
 私にはまだ飛鳥ひとりしか子供はありませんでした。

 そのとき、私はなんとしても、もうひとり子供が
 欲しいと思ったのです。
 
 それは希望というよりは、
 むしろ祈りのようなものでした。

 祈りは通じ、ふたりめの子供が
 妻の胎内に宿ったのです。
 
 妻はこれはあなたの執念の子ね、と言って笑いましたが、
 私はどうしても、妻と飛鳥を、母ひとり子ひとりに
 したくなかったのです。

 3人が力を合わせれば、たとえ私がいなくても、
 生きぬいてゆける。
 
 妻がもし艱難に出逢うことがあっても、
 子供たちふたりが心を合わせれば、
 細い体の妻をきっと助けてくれる。
 そう信じています」


そして、彼の死後、
「誰よりも悲しむであろう父母を慰めてやって下さい」と頼み、


「ありがとう、みなさん。
 世の中で死ぬまえにこれだけ言いたいことを言い、
 それを聞いてもらえる人は滅多にいません。
 
 その点、私は幸せです。
 ありがとう、みなさん。

 人の心はいいものですね。
 思いやりと思いやり。
 それらが重なりあう波間に、
 私は幸福に漂い、眠りにつこうとしています。

 幸せです。

 ありがとう、みなさん、

 ほんとうに、ありがとう」


1人の若者が生きることの大事さを
教えてくれた生の記録である。


彼は最後の最後まで、
人間万歳を歌いあげたのである。


最後の最後まで「ありがとう」をいい続けたのである。


生きるということは1度しかない。
リハーサルなんかありはしない。
たった1度だけである。


どうか、この「生きる」ことを大事に大事に
生き抜いていただきたい。

byちち

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06月12日(木)

起床時刻:03時38分


  「降りかかる逆境と試練が
       私の人生の花を咲かせた」
   

    塩見志満子(のらねこ学かん代表)


一つのきっかけとなったのは私が38歳の時に、
小学2年生の長男を白血病で失ったことです。


白血病というのは大変な痛みが伴うんですよ。
「痛い、痛い」と叫ぶと脊髄から髄液を抜く。


そうすると痛みが少し和らぐ。
それを繰り返すわけですよ。


ある時、長男はあまりの痛さに耐えかねて、
そんなこと言う子じゃないんですが
「痛いが(痛いぞ)、ボロ医者」と大声で叫んだんです。


主治医の先生は30代のとても立派な方で
「ごめんよ、ボク、ごめんよ」と手を震わせておられた。


長男はその2か月半後に亡くなりました。
49日が済んだ後、主人と2人、
お世話をかけたその主治医の先生に
御礼を言うために病院に行きました。


ところが、いらっしゃらないんです。


聞いてみたら、長男が死んだ後、
「僕は小児がんの研究をするためにアメリカに渡る」と
すぐにその病院を辞められたと。


私たちは「ボロ医者」という長男の一言が、
この先生をいたく傷つけたかもしれないと思うと
申し訳なさでいっぱいでした。


後で知ったのには、その先生は10年間
アメリカで小児がんの研究をした後、
小児がんの権威となり日本の国立小児病院に帰ってこられたそうです。


いま思い出しても本当に素敵な先生でしたね。


長男が小学2年生で亡くなりましたので、
4人兄弟姉妹の末っ子の二男が3年生になった時、
私たちは


「ああこの子は大丈夫じゃ。
 お兄ちゃんのように死んだりはしない」


と喜んでいたんです。


ところが、その二男もその年の夏にプールの時間に
沈んで亡くなってしまった。


長男が亡くなって8年後の同じ7月でした。


近くの高校に勤めていた私のもとに
「はよう来てください」と連絡があって、
タクシーで駆けつけたらもう亡くなっていました。


子供たちが集まってきて
「ごめんよ、おばちゃん、ごめんよ」と。


「どうしたんや」と聞いたら10分の休み時間に
誰かに背中を押されてコンクリートに頭をぶつけて、
沈んでしまったと話してくれました。


母親は馬鹿ですね。


「押したのは誰だ。犯人を見つけるまでは、
 学校も友達も絶対に許さんぞ」


という怒りが込み上げてくるんです。


新聞社が来て、テレビ局が来て大騒ぎになった時、
同じく高校の教師だった主人が
大泣きしながら駆けつけてきました。


そして、私を裏の倉庫に連れていって、こう話したんです。


「これは辛く悲しいことや。だけど見方を変えてみろ。
 犯人を見つけたら、その子の両親はこれから、
 過ちとはいえ自分の子は友達を殺してしまった、
 という罪を背負って生きてかないかん。

 わしらは死んだ子をいつかは忘れることがあるけん、
 わしら2人が我慢しようや。
 うちの子が心臓麻痺で死んだことにして、
 校医の先生に心臓麻痺で死んだという診断書さえ書いてもろうたら、
 学校も友達も許してやれるやないか。
 そうしようや。そうしようや」


私はビックリしてしもうて、この人は何を言うんやろかと。


だけど、主人が何度も強くそう言うものだから、
仕方がないと思いました。


それで許したんです。友達も学校も……。


こんな時、男性は強いと思いましたね。


でも、いま考えたらお父さんの言うとおりでした。


争うてお金をもろうたり、裁判して勝ってそれが何になる……。


許してあげてよかったなぁと思うのは、
命日の7月2日に墓前に花がない年が1年もないんです。


30年も前の話なのに、毎年友達が
花を手向けてタワシで墓を磨いてくれている。


もし、私があの時学校を訴えていたら、
お金はもらえてもこんな優しい人を育てることはできなかった。


そういう人が生活する町にはできなかった。心からそう思います。


でも、この苦しみは抜け出そうと思っても
なかなか抜け出せるものではありませんでした。


その後、人生のパートナーであったご主人も交通事故で他界。

自分を一番近くで支え続けてきた最愛の人を失います。

塩見さんはその絶望的な状況を乗り越え、
いまも前を向いて歩み続けているのです。

byちち

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06月11日(水)

起床時刻:05時26分

06月10日(火)

起床時刻:04時08分

06月09日(月)

起床時刻:04時00分

06月08日

起床時刻:03時00分

06月07日

起床時刻:04時30分

鳩山CC 雨 (提 競技委員長)
白金コンペ 柏木機長、小林、松尾キャロウェイ、山邊 49+44=93

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06月05日(木)

起床時刻:04時56分

06月03日(火)

起床時刻:03時58分



     「健康を保つ鍵は人間学にあり」


祖父江逸郎93歳(長寿に関する研究施設・長寿科学振興財団理事長)



長寿の秘訣、強いて言えば諸機能のバランスでしょうか。

具体的にどのようにしてバランスを取るか、
運動、栄養、休養のバランスにより、
代謝のバランス、身体機能のバランスでしょう。

平静な心(これもバランス)で
淡々と毎日を過ごす、その積み重ねです。

よくこういうことをすれば長生きできるとか言っていますが、
全部短絡的に考えすぎている。

そんな簡単なことではない。

それだけ人間というのは、
複雑怪奇で神秘性に富んでいるということです。


教科書なんかには、人間の生理機能などが説明されているが、
あまりに単純化しすぎで、実際はその何百倍も複雑なのです。

それをいかに維持し、伸ばしていくかということが
健康に繋がるのだから、
総合的に考えざるを得ないんじゃないですか。


心身一如といって、心と身体は一体となっていることから
大いに関係があります。


これを一体感と言い、
脳という物質の中に心と身体が入り込んで、
頑固にひっついてお互いに影響し合っているんですよ。


なぜその必要があるのかというと、
例えば血液の中にある大量の赤血球は寿命が一か月しかない。


だから壊れては新しくつくられ、
つくられてはまた壊れていく。


そしてひと月ですっかり入れ替わります。


それと同じ原理で人間の身体はどんどん変わって、
新しい人間になっていく。


代謝です。生々流転です。


何回も生まれ変わっているわけです。


それでも一人の人間として一貫性を保てているのは、
脳の中に一体感があるおかげなんだと思います。


自分の意思によらず部品交換をやっているというのは、
神秘的で素晴らしい機能ですよ。


人間というのは脆弱性があると同時に、
非常に強靱な機能を持った素晴らしい生物です。


動物も基本的には同じ機能を持っていますが、
その中でも最高に発達したのが人間なんです。


ですから健康を考える上で何が大事かといえば、
バランスなんですよ。


私はいろんなところで
バランスというものの重要性について話しているんですが、
人間には60兆の細胞があって、
それがバランスよく働いているから健康でいられる。


がんになったりすることは、
どこかの細胞群に暴動が起きたようなもので、
全体のバランスも崩れ、神秘性も失われてしまう。


したがって全体としてのバランスを保つこと、
それが健康を得る秘訣です。


祖父江氏の軍医としての壮絶な体験。

そこから掴み取った人生の極意、さらなる長寿の秘訣。


byちち

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06月02日(月)

起床時刻:00時00分

06月01日

起床時刻:03時00分