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起床時刻推移グラフ

目標起床時刻:04:30 平均起床時刻:03:25

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11月30日(月)

起床時刻:05時15分

11月29日

起床時刻:04時15分


  「人生のダブルヘッダー」

    郡司ななえ(鍼灸士)

私の目が見えなくなったのは二十七歳のときだった。
激しい痛みをともなって、徐々に視界がぼやけていった。
視力の低下が著しく入院を余儀なくされたときには、
とうとう「べーチェットさん」にかなわなくなったのかと思って、
悔しくて悔しくて仕方がなかった。

厚生省指定の難病の一つであるべーチェット病だと診断されたのは、
高校三年生のときだった。
体育の時間にクラス全員で列を組んで
マラソンをしていたときのことである。

突然、足に劇痛が走った。
こらえきれずに転倒した。

足の腫れがひかずに病院でいろいろな検査を受けていくうちに、
ベーチェット病だと診断された。

病名がわかっても、どんな障害が出てくるかということは、
その時点ではまだわかっていなかった。

体に宿ってしまった病と仲良くしようと、
私は「ベーチェットさん」と名づけて、
なだめすかして十年あまりを平和に過ごしてきた。

新潟から東京に出てきて、建築会社でOLをしていた。
この平凡な生活が、ずっと続くのではないかと思っていた。

いや、そう願い続けることで、病気を克服できると信じていたかった。
ところが、「ベーチェットさん」はそんなに優しくなかった。
目の痛み、全身を襲う倦怠感、増していく内服薬、
注射、度重なる手術……。

難題を押しつけるだけ押しつけておいて、
一向によくなる気配は見えない。
それどころか、ますます窮地に追い詰めていく
あまりの意地の悪さに、ほとほと疲れ果ててしまった。

十か月あまりの入院の末に、退院することになった。
回復したからではない。
濃い乳白色の世界は、もう微動だにしなかった。

心配して、上京してきた母の腕につかまって、
週に一度だけ薬をもらいに病院へ通った。

外界との接触はそれだけだった。
テレビやラジオの音を耳にするのも煩わしくて仕方がなかった。

私にとって見える世界が失われたことは、
世界が失われたことに等しかった。
ただただ、ベッドの上に縮こまって、何も考えたくなかった。

一年六か月の間、私の巣ごもりは続いた。
その間、母が私を守る防波堤になってくれた。
「がんばりなさい」とか「そろそろ再起をはかったら」
などといったことは一言も言わなかった。


「いった豆でない限り、かならず芽が出るときがくるんだから」。


母が繰り返し言ったのはその一言だけだった。

そんな生きているのか、死んでいるのかわからないような
私の魂を呼び戻すきっかけとなったのは、
大宅壮一さんがお書きになった『婦人公論』の一文だった。

「野球の試合にダブルヘッダーがあるように、
 人生にもダブルヘッダーはある。
 最初の試合で負けたからといって、悲観することはない。

 一回戦に素晴らしい試合をすることができたのならば、
 その試合が素晴らしかった分だけ、
 惨敗して悔しい思いをしたならば、
 悔しかった分だけ二回戦にかければいい。

 その二回戦は、それまでにどれだけウォーミングアップを
 してきたかによって勝敗が決まってくる」
 
私の二回戦はこれから始まるのだと思った。
一回戦とは違って、目の見えない私で戦わなければいけない。

だが、一年半というもの、二回戦を戦う準備をさせてもらった。
もうウォーミングアップは十分だと思った。
いてもたってもいられない気持ちで
東京都の福祉局に電話をかけ、戸山町にある
心身障害者福祉センターを紹介してもらった。

目が見えなくなって、何から始めたらいいのかわからない
私にとって、まず最初に必要なのは
一人で歩けるようになることと、
点字を読めるようになることだった。

やっと外界と接触する心の準備のできた私を後押しするように、
電話で相談にのってくださった先生がおっしゃった。

「あなたは運のいい人ですね。
 ちょうど視覚障害者向けのカリキュラムにあきが
 出たところなのですよ。
 
 明日いらしてください。
 明日来られなければ、他の人に順番をまわしてしまいますからね」
 

舞い込んできた幸先のよさに喜び勇んで、
新しい人生を出発することになった。

そんな私の二回戦の試合模様が、
先に『ベルナのしっぽ』という一冊の本にまとまった。

結婚して、子供を産み、盲導犬とともに暮らす
奮闘ぶりが描かれている。
大竹しのぶさん主演のドラマとして、
フジテレビでも取り上げていただいた。

こうして、あの空白の一年半から立ち直ってみて思うのは、
生きる勇気を失わない限り、私たちは
たいていの困難を乗り越えていくことができるということである。
不幸のどん底にいるときには、どこまでも奈落の底に
落ちていくのではないかと思えてくる。

だが、それをこらえてじっと痛みを耐えていれば、
かならず明るい光は見えてくる。

その一つひとつの困難を乗り越えていくことが
生きるということなのではないかと思う。

そして、一試合目がうまくいかなくても、
人生にはときに二試合目が巡ってくる。
そのためのウォーミングアップを続けていくことこそが、
次の一歩を踏み出すためにもっとも大切なことなのだと思う。

byちち

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11月28日

起床時刻:03時15分

11月27日(金)

起床時刻:02時58分

-720 -3,977
日経 -60 19,884

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11月26日(木)

起床時刻:02時37分

11月25日(水)

起床時刻:02時41分

11月24日(火)

起床時刻:02時40分

投資育成
眼底検査
ニトロ 10

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11月23日(月)

起床時刻:00時00分

11月22日

起床時刻:03時00分

11月21日

起床時刻:03時00分

八王子
駒場

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11月20日(金)

起床時刻:03時04分

11月19日(木)

起床時刻:02時46分

+616 -3,265(881利確) -4,146
日経+210 19,860

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11月18日(水)

起床時刻:02時24分

-467 -4,060
日経+18 19,649

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11月17日(火)

起床時刻:05時24分

+1,298 -3,615
日経-239 19,630

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11月16日(月)

起床時刻:06時10分

-1,116 -4,920
日経-203 19,393

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11月15日

起床時刻:03時10分

多摩 浅草 さんしょNG

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11月14日

起床時刻:04時10分


  
     「フランクル先生の手紙」

   永田勝太郎(国際全人医療研究所代表幹事)

名著『夜と霧』の著者として知られるヴィクトール・E・フランクル先生。

フランクル先生と生前親交があった医師の永田勝太郎さんは大病に侵され、
生きる希望を失った。絶望の淵に立つ人間をフランクル先生の言葉が救う。


ストレスによって打ちひしがれることはやむを得ないことだと思います。
でも大事なのは、打ちひしがれた中でいかに立ち上がるかなんです。

これはレジリエンス(回復力)と呼ばれて、NHKの特集で話題になって
何冊も本が出ています。

このレジリエンスという言葉の出所はフランクル先生です。
先生は強制収容所の中でこうおっしゃっています。

「一つの挑戦を持っていることは、どんなことよりも
   強いことだ。それがストレスを乗り越える力になる」と。

そのことは僕自身も支えにしてきたことでもあるんです。

先ほど言った僕の大病というのはフランクル先生が亡くなった
2年後の1999年のことです。

歩くことも立つこともできなくなり、いくらリハビリに励んでも寝返り
さえ打てない状態でした。

お別れのつもりでフランクル先生の奥様に手紙を書いたところ、
いただいたお返事には、

「人間誰しも心の中にアウシュビッツ(苦悩)を持っている。
 しかしあなたが人生に絶望しても、人生はあなたに絶望していない。

 あなたを待っている誰かや何かがある限り、
     あなたは生き延びることができるし、自己実現できる」

という先生の言葉が添えられていたんです。

私は何百回とその手紙を読み返しました。

先生からいただいたいろいろな言葉が、どれだけ僕を勇気づけ励まして
くれたことか、計り知れません。

byちち

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11月13日(金)

起床時刻:07時13分

-877 -4,033
日経 -100 19,596

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11月12日(木)

起床時刻:07時13分

-236 -2,920
日経+6 19,697

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11月11日(水)

起床時刻:02時29分

+1,100 -2,683 ★★★★★
日経+20 19,691

  園児のみならず、親御さんたちをも変えてしまう教育内容

    志道不二子(オンリーワン幼稚舎園長)

志道不二子さんは、園のカリキュラムに『論語』や「教育勅語」の暗誦、
「君が代」斉唱など、古き良き日本の文化・伝統を組み込み、驚くべき成果
を上げています。

 よく「大人が変われば子供が変わる」と言いますね。
 だけど、大人を変えるにはものすごく時間がかかるんです。

子供たちは私たちの話を素直に聞いてくれるので、
子供たちが変わり大人を変えてくれるんですね。

「お母さん、靴が揃っていないよ」と言ったりとか、お母さんが揃えて
いなかったスリッパを後でキチンと揃えるとか。

そういう中で家族も少しずつ変わっていきますね。

面白いのは、お母さんがお祖母ちゃんの悪口を言っているのを聞いた園児が
「お母さんが悪口を言いたい気持ちも分かるけれども」
と言ったというんです。

それから、夫婦喧嘩の時に
「お母さん、そんなことを言ったらお父さんが傷つくでしょ」
と言ったりとか(笑)。

幼い園児の言葉だとは思えません。

それは私たちの「心育(ここいく)」が影響しているのだと思います。

私たちは園児に「心育プリント」というオリジナルの冊子を渡して、
毎日保育で使います。

そこには例えば、次のようなことが書かれてあります。

みんなであそんでいた 車のおもちゃが こわれてしまいました。
でも「たかしくんが 悪いんだ」と たかしくんのせいにします。
たかしくんは どんなきもちかな?

この一文を読み上げて、たかしくん、周りの仲間のそれぞれの気持ちを考え
させ、では自分だったらどう行動するかを手を挙げて発表させるんです。

その訓練を日々続けていくことで、相手の立場を理解し、
思いやる気持ちが育っていくんですね。

仕事から疲れて帰ってくる両親の背中をさすりながら
「無理しないで大丈夫だよ」と声を掛けてあげた、
といった話はたくさんあります。

私たちの園では先生が子供たちを叱ることはめったにないんですが、
友達の発言や容姿を笑ったり、思いやりに欠けた言動をした時だけは
厳しく注意します。

日本の伝統文化に関する意識も高まっていくのはもちろんです。
単に知識として学ぶのではなく、心で受け止めてくれるようになります。

私たちの園は宗教とは一切無関係ですが、
お散歩の時にはよく神社にお参りするんですね。

それも二礼二拍手一拝という作法に則って行い、その意味も教えます。

「二礼する時は天の神様と、大地の恵みに それぞれ感謝しましょう。

 私たちは農耕民族だから、ご先祖様は作物を育ててくれる太陽が
 どれだけ大切かを知っていた。

 昔から“お天道様が見ている”という言葉があるけれども、
 命の大本である神様に心から感謝しましょうね」と。

byちち




 
      「母を救った娘の言葉」

      岸田ひろ実(ミライロ所属講師)

知的障碍のある長男の誕生、夫の死、そしてご自身の大病。
度重なる試練に見舞われ、悲しみのどん底に沈んだ岸田ひろ実さん。
そんな岸田さんを救った娘さんの言葉がグッと胸に迫る。 

ある日、娘が車椅子を押して私を街に買い物に連れ出してくれたんです。

目的の店はすぐ目の前なのに車椅子では遠回りしないと行けないという
ようなことがいかに多いかを、この時の外出で初めて実感しました。

それともう一つは人の目線ですね。

どこに行っても「うわぁ、かわいそう」といった目で見られてしまう……。

「車椅子で何とかなると言ったって、何ともならないじゃない」

という感情がワッと込み上げて、一所懸命に頑張ってきたものが
音を立てて崩れるようでした。

それが本当に辛くてレストランに入った時、「もう無理」と思って初めて
娘の前で泣きました。

「こんな状態で生きていくなんて無理だし、母親として、してあげられる
 ことは何もない。お願いだから、私が死んでも許して」って。

「泣いているだろうな、死なないでって言われるんやろうな」
と思ってふと見たら普通にパスタを食べていました。

そして「知ってる、知ってる。死にたいんやったらいいよ。
             一緒に死んであげてもいいよ」
と言ったんです。

続けて「でも、逆を考えて。もし私が車椅子になったら、
    ママは私のことが嫌いになる?面倒くさいと思う?」

と聞きました。

「思わないよ」

「それと一緒。旅行に行きたかったら行けばいいし、
 歩けないなら私が手伝ってあげる。
 二億パーセント大丈夫だから私の言うことを信じて、
 もう少しだけ頑張ってみようか」

と言ってくれたんです。

私の生き方や考え方が大きく変わったのはそれからです。

byちち

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11月10日(火)

起床時刻:01時47分

+198 -3,808
日経 +28 19,670

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11月09日(月)

起床時刻:04時42分

+766  -4,084
日経 +377 19,642

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11月08日

起床時刻:03時42分

シニア選手権 数ヶ月足らず
雨で休養

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11月07日

起床時刻:03時23分

トップスタートとるも反応ナシ

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11月06日(金)

起床時刻:02時19分

-254  -4,754
日経 +150 19,265

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11月05日(木)

起床時刻:02時15分

 
      「困難に負けない言葉」

   山崎直子(日本人女性二人目の宇宙飛行士)

宇宙へ飛び立つまで11年を要している山崎さんが壁に直面した時、
思い出していた言葉があるといいます。

2003年、スペースシャトル・コロンビア号が空中分解をする大きな事故
が起きて、宇宙計画自体が不透明になってしまったのは3年目のこと。

この事故では一緒に訓練をしていた仲間7人が亡くなったこともあって、
しばらくは呆然としていました。

私は長女を出産した後で育児休暇中でしたが、保育園入園も決まって
そろそろ訓練に復帰しようか、と思っていた矢先の大事故でした。

アメリカの宇宙船が飛べないということで訓練計画も大きく変わりまして。

私は長女を日本に残して急遽ロシアに行き、さらにアメリカに移って訓練を
続けたんです。

飛べるのかな、飛べないのかなと思いながら、それでも訓練だけは重ねて
いきました。

このように自分の力だけではどうしようもない壁に直面した時に励まされ、
支えになったのは、高校の担任の小田川恭子先生が紹介してくださったある
言葉だったんです。

20世紀のアメリカの神学者ラインホールド・ニーバーが1943年、小さな教会
で説教した時の祈りの言葉です。

 神よ、変えることのできるものについて、
 それを変えるだけの勇気をわれらに与えたまえ。

 変えることのできないものについては、
 それを受けいれるだけの冷静さを与えたまえ。

 そして、変えることのできるものと、
 変えることのできないものとを、
 識別する知恵を与えたまえ。

この言葉をたまたま日記に書き残していて、大人になってそれを読み返した時、
大きな力をもらいました。

 いま自分ができること、変えられることが何かあるはずで、
 それをやっていくことで一歩一歩道に近づいていけるのかなと。

実際、私は
「おまえたちが訓練するスペースシャトルは飛ばないよ」
 と何度も言われてきました。

飛べるチャンスが1%でもあるかもしれないと信じてやってきたんです。

byちち


 
    「悲しみの底で気づいた感謝の心」

   鈴木秀子(国際コミュニオン学会名誉会長)

その女性のご主人は地位のある学者で、経済的にも恵まれ、二人の子供は
有名大学に進学するなど、一家は何不自由ない幸せな生活を送っていました。

私もこの家族を以前から知っていました。

ところが、ご主人はある時病に倒れて亡くなり、さらにその一週間後、
娘さんがバイクに乗って外出したまま、行方不明になってしまったのです。

バイクはすぐに見つかったのですが、娘さんは約6か月後、近くの公園で
遺体となって発見されました。

それから3年間、女性は身が擦り切れるほどの苦しみを味わい続け、
思うところがあって今回、私の講演会に参加しました。

この講演会は私が話すだけでなく、参加者が体験を語り、皆で分かち合う
という趣旨のものでした。

女性は自身の辛い体験を話した後、このように続けたのです。

「いま振り返ると、私がいかに傲慢であったかが、
 よく分かります。夫が健在な時、
 こういう場に足を運んでもシスター鈴木の
 言葉は全く受け付けなかったでしょう。

 しかし、いまシスターや参加者お一人おひとりの
 体験を聴きながら、心から共感している自分がいます。

 平凡に思える毎日にいかに
 感謝すべきかもよく分かります。

 そうなれたのは辛い時期があったからこそ。
 
 あの時期は人に共感を持てる自分に
 成長させてくれる本当に
 ありがたい出来事だったのです」

一緒の場にいた人たちもレベルこそ違え、
様々な苦悩を背負いながら生きています。

それだけに彼女の発言に心から共感し、
魂が共鳴している様子が手に取るように分かりました。

自分に与えられた苦しみや欠点を静かに受け入れ、そこに愛と感謝を
感じ取ることの素晴らしさ、その気づきを促すための言葉の持つ重み
というものを改めて感じた出来事でした。

byちち

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11月04日(水)

起床時刻:02時31分

+1,034 (+3,770) -5,424 (8/20レベル復帰)
日経 +243  18,926

【郵政3社】

3社とも、1株純資産の約半値、割安です
日本郵政@1400 ゆうちょ銀行@1450 かんぽ生命@2200

 2005年の9月11日、郵政の民営化法案成立

 3公社=電電公社、国有鉄道、専売公社 全て民営化
 5現業=郵政→民営化
     造幣、印刷→独立行政法人
     アルコール専売→日本アルコール産業
     国有林野→企業的運営を廃止し林野庁直轄
      累積債務は1兆3000億円を国有林野事業債務管理特別会計が引継

印刷局では、市場から、月80兆円の国債を買う為に紙幣の印刷で大忙し、
この80兆円が市中に出回り景気を刺激

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11月03日(火)

起床時刻:03時31分

 
      「自分の力の引き出し方」

       平 光雄(社会教育家)


イギリスの植民地下にあったインドを、非暴力主義の立場から独立へと導いた
インド独立の父、ガンジーです。

ガンジーというと、おそらく多くの人にとっては、意志が強く、どんな困難にも
挫けることなく、一国の独立を勝ち取ったというイメージがあるのではないで
しょうか。

ところが、彼の若い頃だけではなく、中年になるまでは偉人としての片鱗すら
感じられません。

例えば、弁護士として初めて法廷に立った時には、あまりの緊張から話すことを
全部忘れてしまい、そのまま退室してしまっています。

また、何人かで集まって一緒に話をするのが苦手で、外出する時にはできるだけ
人を避けていたというのですから、弁護士としても決して有能と言える人物では
なかったことが窺えます。

ではそんなガンジーを一体何が変えたのでしょうか。

それは彼が仕事で南アフリカを旅していた時の出来事と関係があります。

当時、南アフリカでは白人による黒人への人種差別が行われていました。

そのため彼が列車に乗って移動しようにも、車掌から「貨物列車のほうに移れ」
と迫られ、「切符を持っている」と抗議をしても、荷物ごと放り出されて
しまったのです。

駅馬車に乗っていると、突然引きずり降ろされて平手打ちを喰らわされたり、
白人専用の道に足を踏み入れたら警官に蹴り倒されたりしてしまう、という経験
までしています。

確かにインドでもイギリス人による人種差別が行われていましたが、異国におい
てこれほどまで酷い仕打ちを受けたことで、ガンジーの中に差別をなくしたいと
いう強い気持ちが湧き起こるのです。

実際、彼は当時のことを回想して、
「南アフリカで経験したことは、 生涯を通じて最も『創造的な体験』だった」
と振り返っています。

この時、差別に対する私憤を公憤に変えたことで、「皆の為に粉骨努力しよう」
という、それまでになかった考えが彼の中に生まれたのです。

非常に屈辱的な経験をしたことで、おどおどしていた一人の人間が強い意志を
持った人物に大きく変わる。

その後の国内における白人支配との闘いからも分かるとおり、自分の為ではなく
人のために働くことで信じられないような大きな力が出るということを、
ガンジーの生き方が教えてくれているのです。

byちち
 

 
     「体温は健康のバロメーター」

     吉村尚美(クリニック真健庵院長)

  
人間が生命活動を維持するために重要な酵素は、三十七度で最も活性化するとい
われています。

ほとんどの病原菌が三十七度の体温では死滅することも分かっています。

ところが最近は平熱が三十六度を下回る低体温の人が非常に多くなりました。

これは数字を見れば一目瞭然で、1957年の統計で三六・八九度だった日本人の
平均体温は、いま三六・二〇度。

半世紀で約〇・七度も下がっています。


体温が一度下がると体の免疫力は三割低下するといわれていますから、
〇・七度という数字は決して小さくはありません。

大事なことは「平熱三十七度」です。

がん細胞は低温を好む性質があって、特に活発に増えるのが三十五度前後、
逆に四十二度以上の熱で死滅することが明らかになってきています。

熱を利用して、がんを退治するのが温熱療法であり、マイクロウェーブがん治療
もその一つです。

また、体温が下がるっていうのは簡単に言えば、血液がドロドロの状態になる、
血流が悪くなるということです。

心臓の血流が悪くなると心筋梗塞になるでしょう。

それが頭の場合だと脳梗塞になる。

あるいは、肩こりだって血液が鬱血して起こりますから、がんだけに限らず、
すべての疾病に関係しています。

なぜ日本人の平均体温は下がってしまったのか。
それには三つ原因があります。

byちち

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11月02日(月)

起床時刻:03時01分

-1668 -10,228
日経 -400 18,860

野村のプラウド見学
代官山ツタヤデヴュー タイソンズ&カンパニーでタコライス?

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11月01日

起床時刻:02時01分

坐骨神経痛 右脚付根辺り激イタイ
加えて 腹筋 脇腹 ああ~ これが還暦と言うことか・・・

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