201803 <<先月 | 翌月>>

起床時刻推移グラフ

目標起床時刻:04:30 平均起床時刻:03:08

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03月29日(木)

起床時刻:04時40分

03月28日(水)

起床時刻:04時40分

03月27日(火)

起床時刻:02時06分

茨城 佐藤 兼崎 斉藤 39+43=82

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03月26日(月)

起床時刻:02時07分



塩沼 亮潤 (慈眼寺住職)

大峯千日回峰行という荒行を、1,300年の歴史の中で、二人目に満行された塩沼亮潤さん。
過酷な修行の先に見えてきた不動の世界をご自身の体験を踏まえて、お話しいただきました。


千日回峰行を満行した者は、10年目に、9日間飲まず、食べず、寝ず、横にならずという修行
に入ります。これを「四無行」と言います。

行に入ると9日間ずっと辛いか最悪かのどちらかです。しかし、そこで気持ちが負けていた
のでは衰弱するばかり。攻めの気持ちで行じなければなりません。

「四無」の中で一番きついのは水を飲まないことです。喉の渇きは口から水分を入れてやら
なければ癒えません。一日一リットルずつ体から水分が抜けていくので血液がドロドロに
なっているのでしょう。座っているだけで脈が90から100、120と上がります。
吐き気がして心臓が飛び出てきそうです。どうやっても治まりません。

水分が人間にとっていかに貴重なものかと改めて気づきました。自分がここに存在している
だけでも「ありがとう」と、すべてが感謝の世界に包まれているような9日間でした。

「普段私たちはいかに幸せでしょう。ご飯もない人が世界にどれほどいるでしょう。
その苦しみ、痛みからみれば、私の苦しみなんて。どんなに辛くとも苦しくとも取り乱さず、
優しさと大らかさ、そしてのびのびと清らかなる心で行じれば、必ず護られるのです。」

「たとえ時代が変わっても、お釈迦さまが示してくれたお手本どおりに歩む道こそ御仏に
仕える者の定め。だから行に始まりも終わりもない。ただ無の心」

お釈迦様は2,500年前、波斯匿王というインドの王様に「人間の生き方は四種類しかない。
一つは光から光へ生きていく人間、次は光から闇へ生きていく人間、三つ目は闇から闇へ
生きていく人間、四つ目は闇を転じて光ある世界へ生きていく人間だ」と言いました。

光と闇は私たちの心がつくるものです。生きていれば、イラっとしたり、ムッとすることも
あるでしょう。けれども、昼があって夜があるように、この世はすべて陰と陽、よいことも
悪いことも半分半分です。

よいことが続くと永遠に続いてほしいと思いますけれども、辛いこと苦しいことも自分の
心を磨く砥石なんだと思えば、闇を転じて光ある世界に生きていくこともできるのです。

byちち

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03月25日

起床時刻:04時22分

月例会 41+42=83-13=70優勝

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03月24日

起床時刻:04時22分

03月23日(金)

起床時刻:04時04分

03月22日(木)

起床時刻:03時55分

03月21日(水)

起床時刻:03時55分

春分の日 なごり雪


岡田 幹彦(日本政策研究センター主任研究員)

もっと多くの日本人に知ってもらいたいと思っている一人が、「島守の神」として
沖縄の人々から敬慕される戦前最後の沖縄県知事、島田叡(あきら)です。

島田は沖縄戦直前の昭和20年1月に43歳で沖縄に赴任し、文官にもかかわらず、
県民と運命を共にして自決した人です。ただ本土ではあまり知られていません。

これから沖縄は戦場になるということで、現職の知事が職務を放棄したため、
急遽後任を決めることになりました。ところが「死にたくない」と皆断るんです。

それで最後に、当時大阪府の内政部長をしていた島田にお鉢が回ってきたのですが、
彼は「私が行かないなら、誰かが行かなければならない。自分は死にたくないから、
他の誰かが行って死ねとは言えない」と、知事を引き受ける決断をしたんです。


沖縄県知事として赴任した島田は、目覚ましい働きをします。一つが県民の疎開。
犠牲を少なくするため、島田は沖縄本土にいた約49万人のうち、22万人の人々を
僅か2か月で疎開させた。結果的には、約10万人の県民が亡くなりましたが、
もし島田の努力がなければ犠牲者は2倍にも3倍にもなっただろうといわれている。

そうしていよいよアメリカ軍との戦闘が始まると、本土から来ていた民間人の
避難も始まりました。その時、親しかった新聞社の支局長が訪ねてきて
「知事は軍人ではないのだから、沖縄県民と最期を共にしなくてもよい」と言います。
しかし島田は次のように答えます。

「知事として私は生きて帰ろうと思わない。県民がどれだけ死んだか知っている。
 私ほど県民の力になれなかった知事はいないと思っている」

そしてその言葉のとおり、島田は沖縄に残り、自決して県民と最期を共にした。
島田の生き方は、役人や指導者のあるべき姿ではないだろうか。

byちち

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03月20日(火)

起床時刻:04時04分

パークリモア白金台3
八芳園ランチ

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03月19日(月)

起床時刻:04時04分

嶋田コンペ 127/139

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03月18日

起床時刻:04時04分

赤沼 神田

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03月17日

起床時刻:04時04分

銀座うかい亭

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03月16日(金)

起床時刻:04時00分

03月14日(水)

起床時刻:01時18分

03月13日(火)

起床時刻:01時42分

03月12日(月)

起床時刻:02時29分

埼玉研修会飯能GC 46+51=97 中村38+43 豊田45+47 中村tall 46+52

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03月11日

起床時刻:02時29分

石坂 石川 赤沼

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03月10日

起床時刻:02時29分

茨城 梁瀬(ドライブホテル)

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03月09日(金)

起床時刻:03時19分

 ぼくたちは、たとえどんな小さなものであろうと、自分の役割を自覚したと

 きにだけ、幸福になれる。

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03月08日(木)

起床時刻:02時31分

03月07日(水)

起床時刻:02時31分

茨城 佐藤 斎藤 兼崎 52+43=95

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03月06日(火)

起床時刻:02時36分

03月05日(月)

起床時刻:03時18分

03月04日

起床時刻:03時00分

03月03日

起床時刻:02時03分

茨城GC 古井道郎70(44階タワーマンション) 森田(矢板) 久保田

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03月02日(金)

起床時刻:01時50分

03月01日(木)

起床時刻:00時50分 02時04分


        葛西 敬之(JR東海名誉会長)

2年間の留学生活を経て帰国してみると、国鉄は大赤字になっており、
もう迷っている余裕などなかった。
日々押し寄せてくる難問に精いっぱい対応するうちに時が経ち、
今日に至ったというのが偽らざる心境である。
 
入社してすぐに「ここは自分が一生過ごす場所ではない」と
迷いながら仕事をしていた私が、その後国鉄再建のために分割民営化を推し進め、
さらに民営化後はJR東海で東海道新幹線のシステムを磨き上げてきたわけだから、
人生というものは分からない。
 
ここで若い読者の方々のために、国鉄が崩壊に至った要因に触れておこう。
当時の国鉄は、重要な経営施策がすべて国会で決められていた。
運賃の値上げ一つを取っても国会で承認を得なければならず、
常に経営合理性とは別世界の政治的駆け引きが優先された。
思い切った改革案も野党の反対で実施できず、
問題を先送りし続けた挙げ句にとうとう立ち行かなくなったのである。

私は30代で国鉄の再建計画に携わる部門に配属されたが、
そこで行われていたことは表面的な弥縫策に終始し、
これでうまくいくという実感を持てたことは一度もなかった。
私はそうしたことの繰り返しの中で、
国鉄再建には分割民営化しかないという信念を固めていった。
 
改革に主体的に取り組むことになったのは、国鉄経営が崩壊し、
地図のない世界に踏み込んだ時で、40代に入ってからのことであった。
それからの仕事は、自らの責任で道なき道を切り開いていくものへと一変した。
 
その時役に立ったのは、法律や経済の知識というよりも、
幼い頃からの読書体験を通じて養った人間学だったと考えている。
 
高校で教師を務めていた父の手ほどきで、私は幼い頃から俳句や和歌に親しみ、
さらには『論語』をはじめとする古典の数々を父と差し向かいで勉強した。
それを土台に、学生時代は東西の古典や伝記、小説、
幕末・明治以降の日本の政治外交史、フランス革命から第二次世界大戦に至る
ヨーロッパの政治外交史や戦史等のカテゴリーを中心に手当たり次第に読んだ。
 
仕事というものは、年齢を重ねるにつれ人間についての深い理解が求められてくる。
私が読書を通じて学んだ人間学は、仕事の責任が増すにつれ役に立った。

『論語』に書かれていることなど、子供の頃には少しも面白くは感じない。
しかし、様々な経験を積んだ後になってみると、
「なるほど」と納得することが多い。

byちち

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