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起床時刻推移グラフ

目標起床時刻:05:00 平均起床時刻:04:13

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11月30日(金)

起床時刻:02時39分

 就寝午後11時前頃。睡眠時間は4時間弱。途中覚醒・・覚えていないが
無かったようにも思うし、いつものようにあったかも知れない。ただ
昨日は1時間半単位ぐらいの仮眠を継ぎ接ぎしてトータル4時間くらいの
睡眠で過した為、昨夜の睡眠は圧縮され充実したのかも知れない。
そういう意味では、良質の睡眠が取れたのかも知れない。

 何にしても、以前ならもう一度寝ようと布団の中で判断し、実際
二度寝を続けていたのだが、ここ数日はそうでもない。パッと目が覚め
そしてパッと起きる。睡眠時間の短さはあまり意識に上らない。
1時間半だろうが、2時間だろうが、目が覚めたら躊躇無い。
それは特別夜に関わらず、昼間とか夕方でも同じだ。また昼間や夕方は
長い睡眠時間ではないから、特にやりやすい。意識もあり、目が覚めたなら
もう起きても良いのである。


 本日試しにふと指立て伏せに挑戦した。2本指である。親指と人差し指。この2本で腕立て伏せをやるのである。しかもしっかりと腕を伸ばした状態からスタートして、腕を屈伸させ、あごが床に付くくらいまで屈伸させるのである。そして再び腕を伸ばしていく。それで1回である。

 5回出来た。それも余裕で。以前はせいぜい3回までがやっとだった。こういうことはある。何となく出来る様な気分になり、本当にやってみるとこのように出来るのである。人間が一歩前進するとき、次のステージに上るとき、案外、こういう時かもしれない。頑張って頑張ってトレーニングしている時は中々出来なかったことも、ある時突然フッと出来たりするのである。

 だから何だってと言う話である。世の中にはこの程度のことなら簡単に出来る人もいくらでもいるだろうし、ゼンゼン出来なくてすごいなあと感心してくれる人もいるだろう。またこういうことにはゼンゼン関心の無い人もいたりするのだから。しかし、私は、自分の力に驚くのであり、継続の力、効果に、少しは驚くのである。

 以前なら、多分、ここまでは出来なかったはずだ。とにかくこんなに長く続かなかった。たとえ続いたとしても、途中、中抜けして、休んで、また、気が向いて再開して、そしてそういうのを繰り返して、まあ良いとこ3年か4年くらいは続くだろうが、これが10年とか20年とか、そんなに長くは続かなかった。だが、今は、そうは思っていない。毎日休み無く続き、継続して、続き、こつこつと積み上げていっているのである。

 1日1食、そして菜食生活。これを続けていることによる不思議な暗示効果なのかも知れないし、実際に体を改造してくれているのかも知れない。ただ私の潜在意識は確実に私の体を変化させてくれているのは確かなことだ。この生活も7ヵ月半ばを過ぎ、少しは板についてきたはずだ。半年が過ぎれば、念願の、神との一体感を常に感じながらの生活、今風に言えば、テンションの高い生活、これが手に入るのではないかとずっと期待して頑張ってきた。頑張ってきたが、実際、半年過ぎても、相変わらず、テンションは低い日々が続いていた。あー、やっぱり、人生は厳しいや、そんなに簡単には理想なんて手には入らねえや、と思う時期もあった。

 ただ、現在は、そうでもない。7ヵ月を過ぎてしばらくたち、ここ4日、ずっとテンションが高い。こんな日は随分久しぶりである。そして以前なら、こういう風にある程度続いている生活に対して心が対応できなかったかもしれない。いわく、たまには,ゆっくりしたいのである。たまには自堕落な生活が恋しいのである。だからいつも続かなかったのだ。結局心がまだそこまで行っていなかったし、未熟な状態だったのかもしれない。

 ゴールはないのだ。永遠に魂の修行は続くのだから、今の時点で納得せず、今の時点のテンションの高い状態からさらに上を目指すのである。今までは、低い次元の世界をグルグル回って人間の荒い波動の中で、右往左往していたのかもしれないではないか。だから本当の人生は、今からなのかもしれない。やっと、スタート地点に立ったのかもしれないではないか。驕ることなくひた向きに精進して行こうではないか・・。(午前3時半頃更新)


●小食535日目 1日1食(菜食)220日目(12年4月24日~) 
●体重 ・・・スタート時61キロ(11年6月初旬)
●スワイソウ 回(一気に)
●スクワット 回(一気に)
●腕立て伏せ(一部拳立て) 回(高速腕立て。5本指立て伏含む 一気に)
            回(5本指立て伏せ)回(2本指)
  ※スワイソウ・スクワット・腕立て等は2012年6月16日からスタート
   朝・晩にそれぞれ2回実施(文中×2)
●歩数 歩  
●懸垂 回 
●テンション

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11月29日(木)

起床時刻:00時32分

 就寝午後10時半頃、本日は最初の目ざめで起きたかもしれない。睡眠時間は2時間である。ただし、本当は1時間後に一度目覚めたかも知れない。起きて現在10分以上経過しているが、いざこれを書き出すと、何となく思い出してきたからだ。私は一度、1時間後くらいに目覚めたかもしれない。・・・うーん、でもいいや。だって、2時間の睡眠で頑張って飛び起きたんだから、許して下さいって感じだ。今日はとにかくこのまま頑張って過してみるか!! これもまた私の人生だ♪ 仕事先であるが、自宅でも一緒だ。もうこうなったらミソも糞も同じである(笑)

 最近口寂しい時、少し空腹感を満たしたい時、私が口に放り込むのはグリコの「アーモンドグリコ」。アーモンドキャラメルである。歴史は相当長いと思う。以前は色々なものを試した。と言っても、小食推薦者の人たちが著書で書いて紹介している飴やお菓子などである。つまり人真似をしていた。しかし先ずは人真似であろうし、先に実践して結果を残している人、魂の先輩達の言うことを素直に聞くことが効率的に良いと思う。しかしやっているうち、段々自己流も顔を覗かせてきたという具合だ。

 このキャラメルは味はとても良い。私は大好きだ。子供の頃から慣れ親しんだ味だし、アーモンドの風味がたまらないではないか。今朝だって、起きてから40分くらいは経っているが、普段ならコーヒーで始まりそうだが、時々、体のことも考えながら、私はこのキャラメルを口に放り込む。健康にも良さそうだし、ましてや美味い。これが一番だ。

 今は、この他、私は昼前かお昼頃におやつを食べたりする。全く食べない事もあるが、食べることも多い。軽くである。以前はおやつは食べない代わりに、1日1食のその一食の時に、メインを食べ、そしてデザート、他、色々食べていた。とにかく一日にたった一食なものだから、腹に詰め込まれるだけ詰め込んでいたという感じである。ところが、それでは中々テンションが上がらず、私はこれではいけない、自分を甘やかすのが悪いのだ、と決意し、徐々に食べる量を減らしていったのだ。その結果、今ではメイン唯一つとなってしまった。以前に食べていた高野豆腐の煮物、ピザトースト、とうもろこし、締めのぜんざい、これら全てを止めてしまっている。以前はたった1食でもいざ食べる時は目の前の多くの品数を見て「ちょっと多いかな」と思っていた。それでも結果的に体重はドンドン減少していったものだが。

 しかし今はその体重減少という不安と戦いながらも、食べる量を減らしている。その代わり、メインをいただく前に、一回、軽くおやつ的なものを食べようと決めたのだ。あまりにも自分に厳しいのもどうかなと思ったのだ。時には緩めることも大切だと思う。そしてそのおやつが又楽しいのだ。こうして、毎日の生活にアクセントをつけ、楽しむことも大切だ。惰性で何となく食べるのではなく、こうして一回一回の食べ事を楽しむ・・いい事だと思っている。おやつの選択も楽しい。たまたま出かけたスーパーで気に入ったお菓子を買って食べ、もちろんその場でと言うことはなく、帰宅してからである。あるいは、サツマイモを蒸かして食べる。気に入っているパン屋で気に入ったパンを食べる。昨日はこの方式でやった。そこにはイートインがあり、中庭を眺めながら朝刊を読みながら食べた。良い時間を過せた。

 今の生活が上記である。普通の感覚から言えば、過酷かもしれないが、私の今のレベルからいえば、非常に楽しい毎日を送らせてもらっている。多分、生きてきて、今までの人生の中で今が一番楽しい日々ではないだろうか。本来楽しい食事が即修行に繫がっているのだ。ヒマラヤに住むチベットの修行僧たちも、ひょっとしたら、私たちが想像していたよりも、ホントはこういう風に楽しんでいたのかも知れない。でなかったら、続かないではないか!

 別に自己実現しなくても、夢を実現しなくても、こんな単純なシンプルな、普通の生活だけでも充分楽しく生きていける。特別なことをしなければ充実した楽しい人生が送れないと思うのはある意味不遜なことかもしれない。食べたいだけ食べ飲みたいだけ飲んでいるから、そういう感覚になってしまう。自分の食を戒め、慎ましく生きて行けば、私のような、慎ましい食事、地味な毎日でも充分楽しい日々を過せるのである。一瞬一瞬が楽しければそれでもう充分だ。いつ死んでもいいのかも知れない。(早朝更新)


 テンションが続く毎日を楽しんでいるが、精力が強くなった気がする。下世話な話で恥ずかしいが、率直に記録したいと思う。一日に一度しか主食を食べず、しかも、菜食である。普通の科学なら、これで精力が付くとは思えない。しかし強くなっている気がする。

 持続力でもある。若返った? でも若い頃のことは忘れた。だから分らない。終わった後も終わらない気分だ。ずっとその気が続くというのではない。ただ、終わった後も元気に振舞える。行為をしたという感覚も無い。これ以上は公開の日記には書けないが、驚く結果が見えた。こればかりはやってみなくては分らない。実践のみである。

 不食の山田鷹夫氏が著書の中で公開募集していた、いわゆる、分り易く言うと「セフレ」の募集であるが(山田氏の名誉の為に言うが、下世話なものとは同じにして欲しくないが、彼なりの理想、論理がある。それは著作を見ていただくしか説明できないが)、彼はもしかしたら、今の私の実感よりもまだ上のレベル、未知の世界にいたのかもしれない。それならばなおさら、そういう風に公開募集して自分の潜在能力を試したいと思ったのかも知れない。これはあくまで私の私見である。

 彼は著作の中でこう述べている。筋肉運動は量を多くこなせばその分鍛えられる。しかし内臓、特に胃は違う。たくさん頻繁に食べれば胃が丈夫に強くなるのではない。筋肉とは違うのである。そして精力もそうらしい。毎日セックスをすれば精力が強くなるかといえばそうではない。たまーーにするから濃縮して強まるのである。食事もそうである。睡眠もそうである。「食う・寝る・やる」は、皆、同じことらしい。

 小食は胃を強くするという。これは私も実感する。というのは、少しくらい古いものでもゼンゼン気にならない。食べてしまう。賞味期限などあまり気にならない。毒でも食らえる気分である。だからと言って、内臓を酷使するのはもったいない。いいものを選びながら、気をつけて食べれば、小食の上に、そういう癖をつければ鬼に金棒である。胃が強ければ「意」も強くなる。胃と意は共通する。つまり意、意識、気、これらが強くなる。

 消化という大変なエネルギーを使う作業が少なければその分そのエネルギーは他に使われる。これが結果的に、精力さえも強めた原因かもしれない。だからと言って、偉大なる武器をやたら滅多らに使うべきではないかもしれない。自重、自重。(朝更新)




●小食534日目 1日1食(菜食)219日目(12年4月24日~) 
●体重 ・・・スタート時61キロ(11年6月初旬)
●スワイソウ 500回(一気に)
●スクワット 100回(一気に)
●腕立て伏せ(一部拳立て) 150回(高速腕立て。5本指立て伏含む 一気に)
            回(5本指立て伏せ)回(2本指)
  ※スワイソウ・スクワット・腕立て等は2012年6月16日からスタート
   朝・晩にそれぞれ2回実施(文中×2)
●歩数 歩  
●懸垂 回 
●テンション

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11月28日(水)

起床時刻:03時10分

 就寝午後10時50分。途中一時間後に一度目覚める。この時一瞬
起きようかなとも思った。随分大胆な精神になったと思う。この所
テンションがずっと続いている。ここ何ヶ月無かったことである。
いよいよ、わが青春は訪れたのか!?と思う。しかし油断大敵。
 睡眠時間は4時間と少し。これもまあまあである。

 地元局のニュースでは今朝の寒さを殊更に強調していた。私は思わず
笑ってしまった。「凍りつくような寒さでした」という。アホらしい。
そんな寒さが我がふるさとで実感できてたまるもんか、と思う。
それなら、東北とか、震災のあったね。それとか北海道に住んでいる人
どうなるんだって。日本人だぜって。おんなじ。
確かに今朝は放射冷却の影響で寒かったですよ。でも寒いだけ。
凍りつくなんて、考えもしなかった。しかも、公共の電波ですよ、
本来は聞く人たちに元気を力を与えるべき使命のある存在ですよ。
それがこの程度の寒さを凍りつくなんて、大げさで、弱いですよ。
もっと鍛えなさいって。公共のお仕事している人はね、特に。

 

 昨日、ある知人から久しぶりに電話をもらった。携帯の画面には「公衆電話」。はて、誰だろう・・・と思った。で、出てきたのは、もう知り合って20年近くなる某町に住む私より10歳くらい年上の男性だ。名をSとしておこう。

 彼は知り合った当初地域の人気者だった。自宅から30キロ離れた病院に勤めるために通勤列車に乗るのだが、その車内で歌ったり踊ったりするということで、話題になり、特に女子高校生に人気が出て、その中の一人が当時流行っていたテレビ番組に情報提供し、彼はそれに取り上げられたりした。日本各地からそういうユニークな人や物事を集めてお茶の間に流すような番組だったが、その彼が話題になった。

 私は当時地元紙の記者などを務めていた関係で、デスクからその彼を取材するように命令されていた。私も彼には興味があったが、面白半分、怖さも若干あるような状態で彼を取材し、それ以後彼とは仲良くなった。それからしばらく彼とは仕事以外でも付き合うようになり、一緒に地域の様々なイベント等にも出演したりその取材をしたりした。

 その後彼はある理解者と知り合い、一緒に住むようになり、行動も共にするようになった。私の方は、その地元紙が廃刊になり、違った仕事などもするようになり、しかしその後も時々は付き合う程度の仲となっていた。そしてその後彼と同居していたその理解者は亡くなり、彼は又一人ぽっちとなって、しかしその後も様々なイベントにも出たり、福祉施設などにも慰問したりの活動は続けていたはずであった。

 彼の仕事は元々病院でのリハビリ関係であった。指圧の技術を持ち、整体のようなこともやっていたと思う。その彼は定期的にわが町にも訪れ、知り合ったお金持ちの人に請われマッサージで稼いでいたようだった。出張で遠方からわざわざ彼を呼び出しマッサージを受けるというのだから、普通よりはお金持ちなのだろうと想像する。

 そんな彼だったが、もうかれこれ2年、3年は会っていなかったと思うし、電話などもなかった。以前は毎年元旦に年始の挨拶の電話があるのが彼の恒例行事だったのが今年は無かったくらいだ。つまり彼とは少し疎遠になっていたのだ。

 その彼の突然の電話である。何だろう・・・と率直に思った。彼は挨拶もそこそこに、用件をまくし立てて来た。いわく、お金を落とした、だからお金を貸してくれないか・・という内容だった。私はすぐに嫌な気分になったが、それでも彼の話の続きを一応聞いてみた。12月2日にはまたこちらに来るからその時返す、だから当面2,3千円貸してくれとのことだった。私は先ず警察に行けば、と言った。彼のいる場所の近くに派出所がある。お金を落として、困っているのだから、当面事情を説明すれば多分警察は貸してくれるはずかも・・と思ったのだ。彼の話を聞いた途端に先ず私の頭にはそれがひらめいたのだ。

 彼はその私のアイデアには少し戸惑ったようだったが、それには従わず、とにかく私に貸してくれとの一点張りだった。私は承諾する前に色々質問した。というのも、彼が行く予定だったそのお金持ちが留守だったこと、だから私に、長らく音信普通だった私に電話してきた事などにも少し疑問があったのだ。また冷静に考えれば、彼が仕事のマッサージで訪問したのならそのお金持ちが留守なのが不自然である。また、そのお金持ちが留守であったとしても、その家族、またそこにいる関係者(そのお金持ちとはある程度大きなお寺の住職である。)に事情を説明してお金を借りても良さそうではないか。

 しかし彼ははっきりとは答えず、私にお金を借りたいようだった。とにかく今どこそこにいるから待っているから来てくれ、そしてお金を貸してくれ、そして二日には返すから又取りに来てくれ・・・という事のようだった。私は内心面倒くさい気持もあった。なぜお金を貸す方がわざわざ彼のところに出向き、そしてまた返してもらう時にも彼のところに出向かなければならないのだろう、また、貸すというより、はっきりやった方が良い、2,3千円なら・・という気持もあった。

 そしてここが一番重要なのだが、彼が言ったお金を落とした・・という事にも疑問は有った。嘘ではないだろうか・・。以前誰かに彼が時々そういう嘘をつく、という事も聞いたことがあるような記憶も私によみがえった。
 そこで私の推理だ。彼はお金を落としてはいない。彼は顧客であるお金持ちの住職に会いに来たのは仕事ではなく、単なる遊びで、つまり思いつきで遊びに来たのだが、あいにく彼は留守だった。そしてそういう事はたまにあり、そういう場合はそのお金持ちはもしかしたら彼に小遣いなどを気軽に与えているのではないのか・・・。それを目当てに、彼は元々すかんぴんな状態でわが町に遊びに来て、当てにしていたお金持ちが不在、それでは自宅にも帰られず(電車賃が必要である)、仕方なく私に甘えようと電話してきたのでは・・・と、私も段々冷静になって来て想像できた。

 正直に私に語り、率直に私にお金を借りるのなら、私にそれを断る理由も無かったはずだ。彼はこうも言った。それなら口座番号を教えてくれ、お金は振り込むことで返す。私はこれも何かビジネスライクで嫌だった。彼はそれがあっさりした感覚で良い事だと思っているのであろうが、私はこれも好きでなかった。つまり私は正直彼にお金を貸したくなかった。またどこかに彼はお金を返さないかも知れないという思いもあったのは確かだ。

 公衆電話は何度か切れては又掛かってきた。お金を落としたはずなのにこれもまたおかしい。ちょうどその時私はある仕事をしていて、彼のいる場所に出かけるには、午後4時半頃に仕事に出るついでなら良かった。その時はまだ午後2時半過ぎ。あと2時間近くある。それでも彼はその場所で待つという。何か逆に恩着せがましいものも感じた。それやこれやで私は率直に彼にお金を貸したくなかった。

 何度か目の電話で、私はとうとう彼に言った。「○○さん、僕ね、お金を貸すのは嫌なんだよ」って。多分・・・彼との今までの付き合いで、私が初めて言った率直な言葉だったと思う。すると彼はいともあっさり「あ、そう、分った」と言うなり、すぐに電話を切ってしまった。何も詫びの言葉の一つもないままだった。私もとても後味の悪い結末だった。

 しばらく私は嫌な気持に包まれた。妻にも言ってみた。妻も彼のことはよく知っている。ちょうど仕事の休みだった娘にも話してみた。彼女だったらどうするか・・とも聞いてみたりした。そういう中で、私は私の取った態度についてあれやこれや思いをめぐらせた。

 人生はまさしく修行である。こんな平凡な出来事さえも私を煩わせ深く考えさせてくれる。一瞬一瞬が本当に修行なのだなあと感心する。つまり、逆に言えば、人生は一瞬一瞬が修行なのだから、心を休ませるような、休息はあってはいけないのかも知れない。また、それに抵抗があるのなら、休息の中においても、どんな時にでも対応できる臨機応変な対応が取れるような骨太の精神力が必要なのかもしれない。


●小食533日目 1日1食(菜食)218日目(12年4月24日~) 
●体重 ・・・スタート時61キロ(11年6月初旬)
●スワイソウ 500回(一気に)
●スクワット 100回(一気に)
●腕立て伏せ(一部拳立て) 150回(高速腕立て。5本指立て伏含む 一気に)
            回(5本指立て伏せ)回(2本指)
  ※スワイソウ・スクワット・腕立て等は2012年6月16日からスタート
   朝・晩にそれぞれ2回実施(文中×2)
●歩数 歩  
●懸垂 回 
●テンション

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11月27日(火)

起床時刻:06時10分

 就寝午前0時前頃。睡眠時間は6時間と少し。途中覚醒はあったと思うが
ほとんど覚えておらず、昨日の超短眠の影響だと思う。1時間半の
睡眠で一日活動したせいだ。旅行中、ずっと一人で運転し、歩き、
動いたせいかも。帰宅後コタツの中で少し寝たりしたが、やはり相当
疲労はあったのかもしれない。


 知人の娘が流産した。親御さん、そして若夫婦、どちらも大変な
ショックだろう。だが、知人は元気一杯だった。確かに、流産と知らされた
その晩はショックでなかなか寝られなかったという。だが、不思議
 一晩寝たら、すっかり元気になったという。睡眠というものは何と
素晴らしいものだろうと感嘆する。

 なぜ彼がそんなに早く元気に復帰したのか・・。
聞けば、考えが180度転換したのだという。まさにコペルニクス的
転換であったという。
彼は若い頃から子どもは二人に決めていたという。と言うのも、心から
尊敬する先輩がやはり子どもは二人、だから自分も・・と思っていたらしい。

 当時、子ども二人・・・というのはある意味トレンディーだった。
貧しくもなく、かと言って裕福なイメージでもない。まあ早く言えば
中流の主流だったのかも知れない。
そんな彼は娘が結婚して妊娠してもやはり娘達夫婦も子どもは二人
くらいかなと思っていたそうだ。3人も4人もなんてという思いは
あった。

 ところが今回の流産である。ショックだった。そして娘が哀れだった。
可愛そうだった。ところが一晩眠り、目が覚めた時、何を感じたか・・・
「あの二人が、若い二人が、これをきっかけにより幸せになれるのだ
、より深い絆を結べるのだ」と直感したそうだ。良い話である。

 そしてこうも思った。娘夫婦は子どもは一人でも良い、多くても
二人、くらいしかやはり考えてなかったそうである。やはり自分の子
どもである。考えは変わらない。これはある意味人間の神をも恐れぬ
所業である。神への冒涜である。子どもは天からの授かりものである。
神様が我々人間に育てなさいという贈り物なのだ。それを人間の勝手な
都合で決められたのでは神としての立場もクソもない。

 そしてこうも思った。こんなショックな時、相談に乗ってくれる人、
協力してくれるのは、兄弟である。そんな兄弟は多い方が良い。
そして親から見ても、子どもはたくさんいて、賑やかなくらいが良い
出産は子どもとの貴重な出会いだ。出会いから色々な事件もあり、
多くの楽しい思い出も出来る。嫌な事も苦しい事も過ぎてしまえば皆
良い思い出になる。たくさん産めばお金も大変で世話も大変だ、まして
今は不景気な時代である。だから子どもは少ない方が良い。こうして
少子化の時代は訪れた。しかし全ては人間が勝手に頭でのみ考えた
結果である。

 西洋思想は、近代思想は、神から離れ、人間は我を神として考え
振舞ってきた。その結果が少子化だ。世の中は活気が失われ、人間は
元気がなくなった。人が多ければ相当の仕事も必要になり、仕事が
増えれば経済も活性化する。人は頭は確かに良くなったかも知れないが
活力は失せる一方である。1家族にたくさんの子ども、そして両親、
祖父祖母・・・多くの親戚、ファミリー。そしてその広がりの世間。それが国家となる。国家の繁栄は家族の繁栄から出発する。

 私も今の知人に賛成する。全く同じ意見である。子どもはたくさん
産むべし。経済的に無理・・・? そんなのクソ食らえである。
昔は「貧乏人の子沢山」と言われていたものだ。そしてそういう家庭に
溢れた結果、日本は経済大国として世界に認められてきたではないか。
だが今はどんどん凋落して行く一方ではないか。
子どもはたくさんいた方が良い。自分達だけで育てようと思うから
経済的に無理だなどという馬鹿げた考えを生むのである。
子どもは昔から言われている通り、社会の宝である。
宝なら、皆が育てればいいのだ。社会が一丸となって育てるのだ。
一人子どもが生まれたら、親戚一族郎党が喜び、苦楽を共にし、
育てればいいのだ。安心して、子どもを生み、育てれば、充分良い子は
出来上がっていくものだ。そうすれば日本はますます発展していくだろう。(朝更新)

 

 着物の女性を時々街中で見ると思わず視線を向けてしまう。いいものだ。特に似合っている人はである。ま、着物なんかをあえて着ている人は似合っている人ではあるが。

 着物を着ている女性はあえて弱さを装っていると思う。弱さを装う事で身を守っているのだろう。人間、強く振舞う事で損はしても得はないものである。強そうな人にはアホみたいな人や用件が集まってくるものだ。お金を貸してくれとか、あれをしてくれ、これをしてくれ・・まあ大変だ。頼られて、ホントに損である。

 だから、自分が自由であるために、弱さを装うのである。無駄な時間を過ごしたくないではないか。その点、着物はうってつけである。楚々として、着物の女性には頼らない。そこがいいのだ。賢い女性はそこを良く知っている。

 着物を上手く着るためにはいつも緊張感が必要だ。姿勢も大事だし。足幅もある程度の長さが必要だ。そのためには力も要る。筋肉もつく。その点、西洋の洋服はだらしなくても良い。少々無駄な贅肉があろうと、ダボダボでも目立たない。そこには緊張感もないのかもしれない。姿勢もよくならない。

 着物を着て街を歩けば、視線を集める。異性の視線も同性の視線もである。そこには先にも書いたが緊張感が発生する。で、益々きれいになる。相当の自信も要る。とにかく毎日修行しているようなものだ。今はやりのジムなど行かなくても、トレーニングマシンなど購入しなくても、着物を着ていればそれで充分かも知れない。いいトレーニングになる。

 着物が似合う女性になることだ。精神と肉体が着物にピタッと合うようになれば、それはもう鬼に金棒かも知れない。美しさと気品と強さのみについた、いい女になること請け合いだと思う。近頃、ミスユニバースに初めて日本女性が選ばれたが、案外、着物など毎日普通に着こなせるようにでもなれば、そういう道は近いかも知れないし、まあ、他人もほって置かないだろう。(一昨日に記述)


●小食532日目 1日1食(菜食)217日目(12年4月24日~) 
●体重 ・・・スタート時61キロ(11年6月初旬)
●スワイソウ 500回(一気に)
●スクワット 回(一気に)
●腕立て伏せ(一部拳立て) 回(高速腕立て。5本指立て伏含む 一気に)
            回(5本指立て伏せ)3回(2本指)
  ※スワイソウ・スクワット・腕立て等は2012年6月16日からスタート
   朝・晩にそれぞれ2回実施(文中×2)
●歩数 歩  
●懸垂 回 
●テンション

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11月26日(月)

起床時刻:01時30分

 就寝午後10時半頃。旅先にて。宿のネット環境で更新している。
実は・・・本当に目覚めたのはいつものように1時間半後。自宅や
仕事先ならいつものようにそのまま寝たのだろうが、気分の高揚感
のためか、そのまま起きてしまい、2時間近く色々やっている。

 夫婦で旅している。これもまた久しぶり。睡眠時間1時間半で
現在更新中だが、不思議に、いつものように、テンションも落ちていないようだ。
これはわずか1時間半という短い睡眠時間のせいかも知れない。
もしかしたら・・・私にとって、良い睡眠時間というのは、
このような、最初に目覚めた時刻なのかもしれない。それが果たして
どのように短く、また、世間的には顰蹙ものの睡眠時間でもだ。
あの明石家さんまは、まさにそのような生活を送っていると
聞いたことがあるが・・。

 結局夕方近くに帰宅した。たった一泊の小旅行であったが、私に
とっては実り多いものだった。ある程度の出費はしたが、収穫は
それ以上だったと思う。旅は良いものだ。初めてそう思う。単なる
物見遊山の旅であれば、かったるいものかも知れないが、旅は、
本物の旅はもっと価値のあるものであったと私は初めて実感している。
それはなぜか・・・。その意味は、又別の日にこの場所で書こうと思う。


 先日妻と外出した。朝刊に挟んであったチラシを見て以前から欲しいと思っていたダウンジャケットが半額セールで売り出されていた。私はこれに注目していたが、妻も同様興味を持ったらしい。全くの偶然だったが、妻はその部分にペンでチェックを入れていたほどだった。私も関心があったが、多分、妻の方が私よりも欲しい思いは強かったのかも知れない。

 それで一日たって、私は仕事先でもその事が頭にあって、翌日、妻に言ってみた。「あのチラシの服、興味があるから、見に行ってみようか」と。妻は私がただ単に見るだけであると思っていたと思う。と言うのも、私は今までに妻にそういう服などを買ってやったことがなかったからだ。多分・・・なかったと思うのだが。

 妻も期待なんかしていなかったと思う。ドライブがてら出かけた。同時期、あのユニクロもセールだった。興味はあったが、店の駐車場に入られず、私達はすぐに諦めた。で、やはり、チラシで見た店に向った。そして店内に入るとすぐにその売り場に行った。私が男性コーナーで見ていると、妻はすぐにやって来て、見つけたという。内心私が買ってやるのを何となく見抜いていたのだろうと思う。私もそのつもりだった。

 私は長い結婚生活、初めて、多分、妻に服を買ってやった。一体どうしたんだろうと思った。片や私は今まで友人達の集いには積極的に参加していた。それが遠のく。以前ここで何回か書いたが、それよりも普段一緒に仕事している仲間、家族、そういう輩と何かをしたいという欲求の方が強い。今はそうだ。同じ金を使うのなら、妻のために使う方が絶対良いように感じる。

 私は最近本も買った。せめて20代までしか本など買わなかった。大学時代、就職してしばらく、私は好きな本をよく買った。勿体無い・・・などという感覚もなかったはずだ。ところが、子どもができ、30を過ぎると、私は本を買わなくなった。買っても、ブックオフとか、図書館で借りたりとか。

 比較的自分のためにお金を使うようになった。服などいつも貰いものだったり、買っても安物でしかなかった。が、今日買ったのは、ある程度、私にとっては出費だった。惜しい・・・という感覚もあまりなかった。妻の服もあっさり買えたのだ。と同時に、本もあっさり買った。

 これは、又かと思われるかも知れないが、一日一食生活、しかも、菜食生活の影響大だと思う。とにかく現在の私には食費がかからないのだ。材料などあるもので済ますことも多いし、買っても安いものばかりである。逆に、原料的なものは普通より高いものを求めたりする。それでも三食の時と比べれば安いものである。その影響か、食費以外にお金を使いやすくなったのかも知れない。収入は1年前の方がまだちょっと多いのにもかかわらず、今のほうが断然余裕がある。これが不思議。ケチケチ感覚が減少している。

 貯金も確実に出来るようになった。1年前は夢みたいな事である。意識的に貯金しているつもりはないが、お金は貯まっている。先ず、私が、妻に服を買ってやる事など、考えもしなかった。お金は大切に使ってやるべきだ。丁寧に優しく心を込めて使ってやるべきなのだ。


●小食531日目 1日1食(菜食)216日目(12年4月24日~) 
●体重 ・・・スタート時61キロ(11年6月初旬)
●スワイソウ 500回(一気に)
●スクワット 回(一気に)
●腕立て伏せ(一部拳立て) 回(高速腕立て。5本指立て伏含む 一気に)
            回(5本指立て伏せ)3回(2本指)
  ※スワイソウ・スクワット・腕立て等は2012年6月16日からスタート
   朝・晩にそれぞれ2回実施(文中×2)
●歩数 7086歩  
●懸垂 回 
●テンション

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11月25日

起床時刻:04時30分

 就寝午後10時過ぎ。途中二度目覚める。が、寝る。睡眠時間は
6時間と少し。よく寝た。一昨日テンション高く、どうやら、今日も
高そうである。このように頻繁に高くなる日が出るようになった。
気合が違っているように感じる。つまり、テンションを高くしようという
強い気持ちが出てきている。低い日を続けていても、やるせない。
若い頃のように、時間を無駄にしたくない。そういう思いがこの
強い決意を生んでくれているのだと思う。


 橋下さんがみんなの党に合流を呼びかけた・・・というニュースを見た。自分のポジションとかそういうものにこだわらず、日本のことを考えよう・・・云々だとか。ま、そうでしょうね。私は率直にそう思います。彼の言う事はおかしくないですよ。で、その反応を見ました。ネットのね。するとひどいね~(笑)彼。むちゃくちゃ悪く言われてる。大変だよ。ホント。大変だと思う。これだけ頑張ってるのにこれだけ無茶苦茶言われるんですから。

 ま、でも、そういう大変な批判があればこそ、彼なんでね。みんなが良いことばっかりで、きれいごとばかり言われている中にいたんじゃ、彼の力は出てこないだろうし、彼は弱くなるんでしょうね。批判している人たちは知らないうちに彼を強くし、成長させているんですよ。きっと。
 日本人は・・・いい子ちゃんが多いから、ママに褒められ認められたいから、周りは皆良い事言う人しか集まらない。だって、良い事言ってれば誰も文句言わないし、批判されない。逆に言えば、それは弱い証拠ですよ。

 彼は信念があるんでしょうね。強烈なね。だからあれだけ叩かれるんですよ。相棒(?)の石原さんもよく批判されました。特に石原さんは外国からの批判も多かった。どこかの政治家のように、中国の顔色をうかがったりね、そういう風に生きていれば無難に生きれるんでしょうが、石原さんは以前はアメリカなんか強烈に批判したり、中国なんかもガンガン言ってますよね。で、当然相手からも言われます。でもそうやって彼は信念を熟成してきたし強くなってきたんでしょうね。

 やっぱ、人生は味方半分敵半分でしょう。そのくらいでないと、自分の信念は全うできないだろうし、先ず普通は、信念というものさえないのだから。信念というものがあるからこそ、人とぶつかってしまうんでしょう。仕方ないね。そういう所が橋本さんはあるのでしょう。だから、人気があるだけで石原さんが彼に近寄っていないと思います。石原さんにはそういう姑息な打算はないと思います。橋下さんの信念に石原さんも引かれるのでしょう。
 はっきり言いましょう。彼らを批難するのは良い。しかし先ずは自らの信念を持ちなさいよってね。そしてその後、彼らを見てみなさいってね。ただし・・・信念って、頭で分かるものじゃないですよ、魂ですよ、魂。(朝更新)



 私は幽霊というものを見たことがありません。若い頃・・一度や二度、何となくそういうものを見たことはあるのですが、それが本当だったかどうかは定かではありません。友人達を驚かせるために、見た振りをしているうちに、何だか自分までも信じ込んでしまったような感覚。その程度です。私には霊感というものはないのかもしれません。

 私の知り合いの女性はその点霊的です。狐ツキ・・・というものも経験している。手を体の前で九の字に曲げて手を下げて、猫ニャンニャンのような感じで、まるで狐のような格好で寝ていたこともあります。若い頃、彼女の所属していたある新興宗教の集会にゲストでやって来ていたあの石原慎太郎前東京都知事のオーラも見たそうです。それはもう凄かったとか。周りを圧倒するオーラの大きさだっと言う話です。

 彼女はいい意味でも悪い意味でも霊的世界と接触している。いい時は石原知事のようなケースもありますが、悪いときは悪霊に憑依されてとんでもないことになってしまう。それなら私のように、霊的、霊感などないほうがいいのです。

 しかし・・・一日一食生活、菜食生活を続けていると、霊的になるような感じなのです。これはあくまで私の直感。感じるままに述べる事ですが。まさか私もこういう事になるとは思いませんでした。体が変われば心も変わり、心が変われば、幽体、そしてそれに相応する心、そして、アストラル体なども変わっていくようです。段々中心に迫ってくる。最も中心は神なのでしょう。いつかここで書いたように、下世話な話ですが、立ちションなども自然にしなくなるのです。

 気が向けば掃除などしたくなる。トイレもきれいにしたくなる。無駄な事もしなくなり、時間も有効に使うようになる。これは一般的にではなく、あくまで自分を基準にした話ですが。自分は自分なのです。自分で立つという事。自分を信じるという事です。自分のルールを持ち、自分の信念で生きるということです。常識は関係ないのです。信じるのは我のみ。

 いつか私もあの世の世界の人と話せるようになるかもしれません。宇宙人かもしれない。とにかく五感で見えないもの、感じないものなどとの接触です。そういうものとの遭遇を、神なり守護霊が徐々に私にもたらしてくれるのかも知れません。いきなりでは私の精神がついて来れないという愛の現れでしょう。徐々に、ゆっくりと、私の霊的な目を開かせてくれているのかも知れない。でも、それは特別私だけではなく、人間全てにおいてであり、皆に平等に与えられているものです。時期が違うだけで。(一昨日記述分)



●小食530日目 1日1食(菜食)215日目(12年4月24日~) 
●体重 ・・・スタート時61キロ(11年6月初旬)
●スワイソウ 500回(一気に)
●スクワット 100回(一気に)
●腕立て伏せ(一部拳立て) 回(高速腕立て。5本指立て伏含む 一気に)
            回(5本指立て伏せ)3回(2本指)
  ※スワイソウ・スクワット・腕立て等は2012年6月16日からスタート
   朝・晩にそれぞれ2回実施(文中×2)
●歩数 歩  
●懸垂 回 
●テンション

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11月24日

起床時刻:03時35分

 就寝午後11時。途中覚醒なし。珍しい。一気に寝たようだ。
やはり昨日はテンションも高く充実していたのだろう。だが、そういう日は
今までもあった。あってもやはり一度は夜中、就寝後1時間半後とか
2時間後に必ず目が覚めていたものだ。でも、昨日は目覚めなかった。
睡眠時間は4時間半。良いところかな。


 今度ある同級生達の集まる忘年会には恩師も参加する。と言っても、歳は既に80歳を越える。で、同級生達は皆心配する。大丈夫か、もう今回で最後になるんじゃないか等々。幹事の女性の一人などは、自宅まで迎えに行くそうだ。それ自体はとても殊勝な事である。しかし皆心配しすぎである。まだ80歳である。もう80歳・・・と考えるから心配になる。まだ80歳なのである。

 私の仕事仲間には74歳の「老人」がいる。が、彼はまるで青年のように振るまう。心はまだ「ガキ」のようだ。いい意味でも悪い意味でもである。若い頃には魚などが好きだったが、今頃は急に肉を食べるようになったと言う。世間の逆だ。こういう人だから私と波長が合って、仕事仲間となるのかも知れない。私がいかに変わっているかがこれでも分かる。

 夜勤などで朝帰宅後、奥さんがいないので(彼より早く死んだのだ)自分が調理して朝ごはんを食べる。その内容が驚く。ステーキ。大きなヤツ。それと色々。それをオカズに、焼酎を飲む。朝酒だ。それも相当飲む。大きなジョッキで3,4杯。ウーロン茶割りだ。朝の9時頃から始めて昼前ころまで時間をかけて食べる。まあ凄い。

 一日一食、しかも菜食の私とは正反対の生活だ。そういう彼が私と同じ仕事仲間になったというのも皮肉である。しかし私は彼が嫌いではない。彼のそんな話を微笑みながら驚きながら楽しく聞く。彼もだから楽しそうに話している。

 ひるがえって、恩師である。その彼と7歳違うだけ。だから同級生達がそんなに心配する必要はない。80歳でも多分まだバンバン性欲だってあるはずだ。私は今日その集まりの打ち合わせの中の話で、幹事の女生とその恩師について電話で話しているとき、ちょっとショックを与えようと、彼女にホラを吹いた。「○○先生って、まだ朝立ちあるみたいだぜ」って。「で、奥さん、大変らしいよ」って。「いい日~朝~立ち~♪」って歌まで歌いながら説明してやると、彼女、「それはそうかも知れないけど」って少し信じていたし。だから、心配必要なしである。

 40,50くらいになって、「いやー、俺って最近肉なんかもう駄目だよ、魚だね~」って、よく言う。あれって、ちょっと胡散臭い。世間の常識の枠に入って安心しているのかも知れない。もしそうだとしたら気の毒だ。人生の醍醐味を味わうことなくこの人生を終わるかも知れないからだ。私なんか、今は菜食のみだが、本当は肉は大好きである。もし食べれば、前述の74歳の同僚よりきっとたくさん食べるだろう。もうバクバク食べる。酒ももちろん。ガンガン飲む。バンバン食べてガンガン飲む。もう野性そのもの。

 世間の常識に沿って生きて何の人生ぞ。と、言いたくなる。それなら、74歳の彼のほうがもっと幸せだ。彼の人生を生きているのかも知れないからだ。ただ・・・気をつけたいのは、潜在意識である。自分に嘘はつけないものである。


●小食529日目 1日1食(菜食)214日目(12年4月24日~) 
●体重 ・・・スタート時61キロ(11年6月初旬)
●スワイソウ 回(一気に)
●スクワット 回(一気に)
●腕立て伏せ(一部拳立て) 回(高速腕立て。5本指立て伏含む 一気に)
            回(5本指立て伏せ)3回(2本指)
  ※スワイソウ・スクワット・腕立て等は2012年6月16日からスタート
   朝・晩にそれぞれ2回実施(文中×2)
●歩数 歩  
●懸垂 回 
●テンション

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11月23日(金)

起床時刻:05時01分

 就寝午後11時。途中一度目覚める。本日の睡眠時間は6時間。
よく寝た。不思議なのは、テレビでタモリも言っていたが、昨夜寝る
前は空腹だったのに、起きてからはゼンゼンそんなこともなく、逆に
胃もたれ的なものまで感じた。ウェーっという感じ。何故空腹感と
言うものは継続しないのだろうか。。。それは多分、その空腹感というものが
真実でなく、幻であるという証拠である。
 


 私は毎日同じものを食べています。ほぼ同じ。ただ一週間に一度だけ違うものを食べているのですが、それは仕事の性格上どうしてもそうなるだけで、本当は同じものでいいのです。一日に一度、食べ、同じもの。それでも決して飽きる事はない。不思議です。我ながらね。

 で、少し前までは同じものでも少しは選んでいました。健康的なものとか、体にいいものとか。でも今は少し違う。気に入ったものが多い。味だとか、美味しく感じるものとか。ま、食事は私にとっては楽しみなのです。味わう事が優先。体に良いとか、健康に良いとか、そういう感覚はあまりもうありません。だから私は変です。完全に変わっている。常識外です。

 例えばキノコです。秋はなんと言っても、旬はキノコだから。で、最初は色々試しました。でも今はいつもエノキ。安いしね。食感が好きです。他は何か見た目は美味しそうでも食感が弱い。エノキは安いし小さいし地味だけれど、食感は強い。そこが好きです。

 食べるのは今はお好み焼。野菜とキノコだけ。肉はありません。肉と卵と魚は止めています。チーズをかけていただきます。半分はピザ風にして食べています。正確に言えば、三分の一に分けて、お好みソースと、ピザと、天ツユで。で、気がついたら、モズクも食べます。甘酸っぱいのが良いですね。以前はこれにピーナッツ、ぜんざいもデザート的に食べていましたが、今はこれも止めました。あ、あと、晩酌。芋焼酎で軽く1.5杯程度。本当に軽く酔う程度です。

 これが私の一日の食事。お昼頃に時々おやつをいただく。軽くですよ。今日は食べていませんが。それで一日過ごしています。以前の私なら多分・・・出来なかっただろうし、続かなかっただろうし、元気も出なかったでしょうね。でも・・・今は、この方が元気が出るんですね。食べれば元気を失い、食べなければ元気が出るんです。

 食べれば消化にエネルギーが使われます。人間のエネルギーの90パーセントはこの消化に使われているといいます。99パーセントだと言う人もいるくらいです。だから食べなければ、そのエネルギーは使われません。その分元気。他にエネルギーが使われます。頭に行ったり、体全体に行ったりね。ふつふつと活力が沸いてくるんです。奥から、ボワーッとね。すごいですよー、人間のエネルギーって。まあ我ながら驚いちゃう。

 元々人間というのは、物凄い活力を持って生きるものなのです。想像以上のパワーを持って生活するように出来ている。それが食べるものだから、無駄にしてしまう。食べる楽しみと無限のパワー、どちらを選びますかって事です。

 でも・・・本当の自由というのは、食べても食べなくても、どちらでも凄いパワーを発揮するものかも知れません。ただ、私は普通の人であり、凡人ですから、こういう食生活にしなければその真理が分からなかったのかも知れません。そこんとこヨロシク♪(朝更新)


 朝刊で立てこもりの事件を見た。夜勤明けだ。ナイフ一丁で、これだけ
立てこもったという事。見れば、初めは男性職員が5,6人いたという
不思議だ。なぜ、誰も立ち向かわない。男一人くらいどうだって出来るはずだ。
例えば、3人くらいでチームワークでやるのである。前方の一人が
犯人の気をそらした行動をとり、それに合わせて後方に忍び寄った他の
職員が取り押さえるのである。簡単ではないか。。。

 あるいは・・相手の武器はナイフである。銃ではないのだから、そんな
大した武器でもない。それなら・・周囲には武器になるもの、ナイフよりも
強そうな武器は山ほどあるのではないか・・。金属製の椅子とか、パソコンとか
何でもいい。それで犯人に向って投げるなり、振り回すなり。
それで一発である。血が頭から噴出すかも分からないが、そんなもの
構わない。凶悪犯である。極端に言えば、殺したって良いのだ。

 現代人は弱くなっているのである。例えば、私の立場で言わせて貰えば、
食生活を見ればよく分かる。肉食。誰でも美味しいステーキには目がない。
では、果たして、お前が牛を殺して、さばいて、それで初めからそうやって
食べているか・・・と言えば、そんな人はいない。みんながスーパーで
出来上がった肉を買って調理したり、レストランで出来上がった料理を
食べているだけである。殺したりさばいたりという嫌な事は他人任せ
なのだ。
つまり、嫌な事は全て他人任せ・・といのが現代人の習慣なのだ。
そういう生活が人間を確実に虚弱にしているのである。

 漫画「自殺島」ではその辺りをうまく描写している。自然界では
動物を殺さなければ生きていけないのだ。

 初めに戻るが、例えば、金属製の椅子を持って、犯人に立ち向かい、
それを振り回して、犯人の頭を直撃したとしよう。すると当然、彼の
頭部からは血液が飛び散る。吹き出る。・・・そういうシーンを想像
するともう駄目なのだ、現代人は。こういう仕事は警察に任せようと
いう事になる。だがそれで全てがうまく行けばいい。だが、もし、
うまく行かなかったら、犯人に殺されたら、どうするのだ。

 どうせ銀行を襲うヤツなんて、お金ほしさに決まっている。野田内閣
辞職・・云々なんて犯人は言っていたそうだが、そんなの大嘘だ。
悪い事をするヤツなんて、精神がどこかイッているのだ。精神異常者だ。
精神異常者なんて精神の弱いヤツに決まっているのだ。そんな弱いヤツに
遠慮する事なんかないのだ。他人に憑依する悪霊なんて、弱いヤツに
決まっているのと同じ事なのだ。

 我々はもっと強くならなければいけない。そして人間は本来強いもの
なのだ。想像以上のパワー、精神力の持ち主なのだ、誰でもが。
弱くしているのは自分自身で自分の生活なのだ。みんながスーパーマンであり、
スパイダーマンである。(昼更新)


●小食528日目 1日1食(菜食)213日目(12年4月24日~) 
●体重 ・・・スタート時61キロ(11年6月初旬)
●スワイソウ 500回(一気に)
●スクワット 回(一気に)
●腕立て伏せ(一部拳立て) 回(高速腕立て。5本指立て伏含む 一気に)
            回(5本指立て伏せ)3回(2本指)
  ※スワイソウ・スクワット・腕立て等は2012年6月16日からスタート
   朝・晩にそれぞれ2回実施(文中×2)
●歩数 11886歩  
●懸垂 回 
●テンション

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11月22日(木)

起床時刻:04時50分

 就寝午後11時50分。途中1時50分に一度目覚める。この時
起きていれば睡眠時間2時間・・・。現時点ではここで起きれる精神
、潜在意識はもう少しかも知れない。だから、又寝る。本日の睡眠時間は
結局5時間。まあ現時点ではこれくらいがピッタリかな。


 私は大学を二つ行きました。正確に言えば、最初の学校は2年生で辞めました。次の学校は無事卒業しましたが。特に二つ目の卒業した学校はとても充実して楽しく、いい仲間もたくさん出来ました。4年間、あっという間に終わりましたね。今でもいい思い出。それに引き換え、最初の学校はつまらなかった。挫折もしました。多くの失敗も。いいことなんか一つもなかった。でも・・・不思議ですね、そういういい思い出が一つもなかったような学校でも時間が経てばいい思い出になる。と言う事は・・・人生って、なんでもみんな過ぎてしまえばいい思い出になっちゃうんでしょうか。

 一つ目の学校での嫌な事が次の学校での色々な事で色々な局面で役に立ったと思います。つまり、人生って、何か一つのいいことがあったとしても、それはその前にあった嫌な事とセットになっていて、それが一つにカウントされているのです。嫌な事と良い事と、一つ。それが物事の事件の一つ。大好きな彼女と出会って、付き合って、凄く愛して、で、ケンカして、振られたり振ったり、で、別れる。それが一つ。一つのストーリーなんですね。そう思えば、人生って、どんな事でも楽しいです。みんな、いい思い出になる。私は最近こういう風に思えるようになったんですねぇ。

 だから、今、いい状態でなくても、それはいい事への前触れかも知れません。逆に今良い調子でももう少ししたら悪くなるかも知れない。だから少し気持ちも引き締めたりね。でも、悪いことが起きてもそれは結果的に自分が脚本を書いている。だからすんなりと受け入れる。まるで他人事のようにね。あー、こうなって行くんだって。で、結局それは次の何かの教訓になったり、前触れでね。そうして次から次へと色々と起きてくるんですね。人生って。で、大切なのは、そういう風に受け入れながら、自分を、自分の魂を磨きながら、前に進んでいくんですね。一歩一歩ね。一気に行くかも知れませんがね。それはその人の持って生まれたものかも知れません。でもみんな誰でもそうやって生きていくような気がしますね。


●小食527日目 1日1食(菜食)212日目(12年4月24日~) 
●体重 ・・・スタート時61キロ(11年6月初旬)
●スワイソウ 500回(一気に)
●スクワット 100回(一気に)
●腕立て伏せ(一部拳立て) 150回(高速腕立て。5本指立て伏含む 一気に)
            回(5本指立て伏せ)3回(2本指)
  ※スワイソウ・スクワット・腕立て等は2012年6月16日からスタート
   朝・晩にそれぞれ2回実施(文中×2)
●歩数 8154歩  
●懸垂 回 
●テンション

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11月21日(水)

起床時刻:03時51分

 就寝午後10時30分頃。途中一度程度目覚める。睡眠時間は
5時間半弱。まあまあかな。


 一般的に「夜勤」という形で働く時が私にはあります。ほとんどの仲間はその夜勤明けの午前からは寝たりします。昼から寝る人もいます。私も以前はそうでした。それが当たり前・・・だと信じていたかも知れません。でも今は全く違います。寝る・・・という感覚はどこにもない。今日もそのいわゆる夜勤明けでしょう。でも私は妻が所用があるという20キロ先のとある場所まで車で送ってやりました。往復40キロです。帰宅して、しばらくパソコンでここのサイトに書き込んだり、ネットの仕事なんかやった後です。寝ません。で、妻を送った後、帰宅して直ぐにまたネットを開いて書き込みです。一度に何個もアップしたくありませんので、書き溜めます。あっという間に何時間も経ちます。その合間には友人達に電話です。色々話したい事がありましたから。で、その後、ネットの仕事です。起きてからまだご飯を食べていません。お腹はあまり空いていない。心地よい空腹感かも知れません。

 午後3時半過ぎ。起きてから大体12時間が過ぎました。半日です。まだ食べていません。そろそろ夕食の準備で買い物に行くかも知れません。でも空腹感はそんなにない。と言うか、もしあったとしても、心地いい空腹感でしょう。

 先日にも書きましたが、私は常識という枠組みから外れかかっているのかもしれません。先ずは体から、そして心へと。変身、変態・・・。愛する家族、妻、娘達、そして親友、同級生・・・彼らとの惜別かも知れない。私のような、変わった生活を強いるつもりはないのです。これは私だけの問題であり、本来私が生まれる以前から私にプログラムされていたことなのかも知れません。私は、この時、こういう生活を選ぶように既にプログラムされていたのです。それは直感で分かります。自分が心地よいと思える生活を選ぶべきです。全ての人はそうするべきだと思います。でも・・・それは決して安楽な、有利な、高利的な、安心を保証するような生活ではないのかも知れませんが。でも、心の奥から、心地よく思える生活を選ぶのがいいのかもしれません。


●小食526日目 1日1食(菜食)211日目(12年4月24日~) 
●体重 ・・・スタート時61キロ(11年6月初旬)
●スワイソウ 500回(一気に)
●スクワット 100回(一気に)
●腕立て伏せ(一部拳立て) 150回(高速腕立て。5本指立て伏含む 一気に)
            回(5本指立て伏せ)回(2本指)
  ※スワイソウ・スクワット・腕立て等は2012年6月16日からスタート
   朝・晩にそれぞれ2回実施(文中×2)
●歩数 7666歩  
●懸垂 回 
●テンション

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11月20日(火)

起床時刻:06時22分

 就寝午前1時前頃。途中、2時、3時台にそれぞれ目覚める。
結果的に3時台に目覚めても睡眠時間は3時間弱だから起きようと思えば
起きれたのだが。ま、いいや。睡眠時間は5時間と少し。よく寝た。


 もうじきやって来る高校時代の同級生達が集まる忘年会。ここでも何度か書いたが、私は初めて欠席したいと思っている。今までは私がほぼ幹事で、楽しくやっていた。それなりに気も使ったし、集めるのに苦労したりしたが、楽しい思い出が多い。が、今回は、本当に欠席したいと思った。別に理由はない。と言うか、自分でも不思議だが、理由はこれと言ってない。ないのだが、出る気がしないのだ。別に出てもいいのだけれども、でも、出たい・・・という気も起こらない。

 で、今日、今回の幹事、彼が最も力を入れているように感じるのだが、その彼に電話した。断ろうと思って。で、彼も仕事中みたいで、気もそぞろという感じだった。私の欠席もそんなに気に留めない様子で、私も正直「えっ」と思ったが、ある意味ホッとした。で、もう一人の女性の幹事にも電話してみた。すると彼女の猛烈な反対にあった。とにかく欠席は駄目だという。だから私は検討させてくれとも言った。とにかく彼女は私が出なければ会が盛り上がらない、だから駄目だという。しかし・・・そんな・・・私一人くらい。いや、彼女の気持ちも分かる。今までの過去の色々な会合において、私の存在はある意味特別だった。自分で言うのもなんだが、ま、それは分かる。分かるが、だからと言って、会自体を盛り上げるのも全て個人の問題である。一人ひとりが楽しめばいいことだ。と思う。人情的には彼女のいう事も分かるが、私にも私の精神のステップというものがある。今はそのときなのだ。又いつか再び、自然な感情で私がこういう場に出たくなれば出るだろう。だが今は違う。決して彼らと会うことが嫌になったわけではない。だが、今回は、何となく出る気がしないのだ。

 今更言うのもなんだが、彼らはいいやつばかりである。文句のつけようがない。ある意味、私なんかよりずっといい奴らなのだ。私が文句など付けられる筋合いなどどこにもない。結局私の問題であり、私の事なのだ。私が変にこだわらず、素直に出ればいいことなのだが、そうもいかない。又私が生まれ変わって新生して、新しい私として彼らの前に出ることもあるかもしれないが、私は今は脱皮の時であり、古い殻から抜け出る時なのかも知れない。全く新しい世界に入りつつあり、そして古い殻から抜け出る最中なのかも知れないのだ。だから私はこだわりたい。

 一日一食生活を続けらせてもらって7ヶ月。7ヶ月が過ぎた。つい先日禁を犯し二食食べてしまったが、7ヶ月の中の一日である。大目に見たい。私の中ではあまり変化は見られないように感じていたが、本当は大きく変わっているのかも知れない。体と心は表裏一体であろう。そうであれば、体は確実に変わっていると思う。そうであれば、心も変わっている。自分ではほとんど自覚もないが、変わっているのだろう。その証拠が今回の同期会の欠席なのかも知れない。以前ここでも書いたが、昔の私なら最も嫌っていた人生の敗者、負け組み等といわれる人種たちの方が楽しいのではないかと感じたりする自分がいる。彼らとの飲み会であれば、出るかもしれない。私は、私自身が負け組みの中に入りつつあるのかもしれない。それならそれでいい。先ずは率直に、直感的に「楽しい」という感情を優先させたい。この世的に、ある程度の認知をされ、ある程度の成功を勝ち取っているグループに入っていって、何が楽しいか・・・・。うーん、これって、もしかして、負け惜しみ? ま、でも良いや。イイ。と、しよう。


●小食525日目 1日1食(菜食)210日目(12年4月24日~) 
●体重 ・・・スタート時61キロ(11年6月初旬)
●スワイソウ 500回(一気に)
●スクワット 100回(一気に)
●腕立て伏せ(一部拳立て) 150回(高速腕立て。5本指立て伏含む 一気に)
            回(5本指立て伏せ)回(2本指)
  ※スワイソウ・スクワット・腕立て等は2012年6月16日からスタート
   朝・晩にそれぞれ2回実施(文中×2)
●歩数 歩  
●懸垂 回 
●テンション

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11月19日(月)

起床時刻:03時47分

 就寝午後10時20分。途中1時台に目覚める。この時は睡眠時間
3時間。起きようと思えば起きれたが、ま、寝てしまった。と言うか、
意識的にね。だから良いのです。
本日の睡眠時間は結局5時間半。良い時間。

 このサイトでも風邪引きサンが意外に多くいたりする。
早起き村だから、風邪なんかあまり引かないのかな・・・何て
思ったりするのだが、やっぱり引くのですね。
 私はほぼ引きません。ここ何年も引きません。風邪・・・という
症状の感覚さえも忘れています。風邪ってどんなだっただろう・・・
なんてね。

 と言うのは、少し冗談かな。何となく、どういうものだったかは
覚えています。こんな感じかな・・・なんてね。覚えています。
でも、最近はゼンゼン引きません。時々試しに引いてみたいものだな
なんて、思ったりしてね。で、少し気分を緩めて、晩酌の後、
この寒い時期に関わらず、上着もかけず、掛け物などかけず、
うとうと寝たりします。以前なら確実に風邪引きサンですよ。
でも、今は、ゼンゼン。全く引きません。

 冗談ではないですが、こうなったら、上半身裸でそのまま寝ても良い。
でも、それなら、寝付けられませんね。外気に触れてしばらく外にいても
その時寒くてゾクゾクしても、引かないのです。昔の私はこの反対で
ちょっとしたことで、すぐ、引いてました。ひどい時には一ヶ月に
一回くらい、簡単に引いてました。一体どうしたんだろう。

 で、思うんですが、風邪引きだけに限らず、体質が以前よりは強く
なったと思うんです。気分が良い日なんか、ものすごく仕事します。
あれをやったとおもったら、次にはこれ。で、その次はこれ・・・
っていう感じです。疲れません。いや、そう言えば嘘になるかな。
疲れても少し休めばいい。で、また、次。いやーな仕事だって、
最初の取っ掛かりは嫌ですけど、やり始めたら止まりません。
ドンドンやれる。だから、少々嫌なことでも、結局やり出せば良いんです。
やり出せば、乗ってきて、ドンドンやれる。これならお金は儲かる。
お金持ちって、やっぱり体質の強い人なんですかね。私はずっと
貧乏・・というか、人並み以下だったから、そういう感覚が分りません。
良い時でも「人並み」。こんな歳になって、そういう感覚になって、
ある意味幸せですかね。今日のBGMは、シモンズです。懐かしい~♪(朝更新)



 石原新党、太陽の党が早くもなくなる。ま、なくなるというのは正しくはないのだが、橋下さんの維新の会に吸収合併となった。やるもんだ、というのが私の率直な感想。第一印象的にはそういう風に思った。普通、政治家としての経歴から言っても、断然、石原さんの方が上だ。ま、上とかしたとか言うのは、本来ないのかもしれないが、キャリア、実績から言っても、石原さんの方が断然先輩なのである。それがいくら人気があるからとはいえ、橋下さんのほうに吸収合併なのだ。そういう意味で、いい意味で、石原さんは相変わらず軽いなあって感じる。

 取りあえず、石原さんが「代表」なのだそうだが、年齢的に言っても、すぐに代表は橋下さんになるのだろう。そういう話し合いはモチロン両者の間でもあったのだろうと思う。一応俺が先に代表にはなるけれどあとは頼むよってなもんですよ。で、この合併。世間でもなかなかかしましい。話題になっている。人気者の二人だから当然と言えば当然。しかしまあ批判の方が目立つねえ。政策がばらばらで、一緒になるのは、それは「野合」ってことになる、それがけしからん、それは民主党と同じだ、なんてね。ミソもクソも一緒に考えてるもんね。世間は。原発は、消費税増税は、「小異」ではない、とんでもない・・・なんてことなんでしょうね。みんな頭でっかちですよね。私はそう思います。まじめですもん。いい子ちゃんばっかり。私から見ても、原発も、増税も「小異」に見えるね。で、こういう事を言ったら、日本では叩かれるものね。真面目にやれってね。

 原子力発電は恐いから、人が死んだりするから、だから、とてもじゃないが、小異なんてものじゃない。消費税だって、国民の生活に大きく関わる事だから、大きな問題。それが違っているのに、意見が違うのに、どうして一緒になれるんだ・・・そんな、真面目に考えてない、野合だーってなことなんでしょう。で、野合・・・ってなんですか。野合って悪いんですか。私にはそこんところも、よく分からない。私は橋下さんも石原さんもどちらかと言えば、好きだから、彼らが本当に、テレビの画面なんかでも見ても、とても仲良さそうだし、二人の雰囲気がいい感じだから、いいかなあって、単純に思うんですよね。駄目ですかね。

 二人は嘘がないようにも感じる。そりゃあ、戦略とか、まだ国民には言わない事もあるんでしょうが、何か、他の政治家よりは、感じがいいんですよね。これだけは私の生理的な、直感的なものだから仕方ないです。取りあえず、一緒になって、自民党と民主党に対抗できるような、ある程度の規模の党を作って、それから違った政策などについては、徹底的によく話し合えばいい。この二人なら、いい加減でお茶を濁すような事は、今までの政治家のように、変な妥協なんかはしないような気がするね。私は。正直な笑顔を臆面もなく、テレビの画面にも出すよね、この二人は。だから、今時点での、政策点で違うところはあるかもしれないけれど、よく話し合って、日本のことを良い方に持って行って欲しい。この二人が決してベストとは言いません。ただ、私は期待するね。今時点での日本、今の日本にとって、そしてこれからの日本、そして世界。大きく変わりつつある世の中で、この二人はちょうどピッタリしますね。今にね。他の政治家は古いですよ。過去の遺物。重い。ふるい。(夜更新)



●小食524日目 1日1食(菜食)209日目(12年4月24日~) 
●体重 ・・・スタート時61キロ(11年6月初旬)
●スワイソウ 500回(一気に)
●スクワット 回(一気に)
●腕立て伏せ(一部拳立て) 150回(高速腕立て。5本指立て伏含む 一気に)
            回(5本指立て伏せ)回(2本指)
  ※スワイソウ・スクワット・腕立て等は2012年6月16日からスタート
   朝・晩にそれぞれ2回実施(文中×2)
●歩数 歩  
●懸垂 回 
●テンション

日別画面へコメントする

11月18日

起床時刻:03時24分

 就寝午後10時半頃。途中午前1時過ぎにも目覚める。睡眠時間は
5時間。昨日は一食生活をスタートして初めて少し羽目を外してしまった。
酒の力だったと思う。昼に妻とドライブに出かけて外食をしたのが
まずかった。帰宅後飲酒。それもいつもより多く飲んでしまった。
そのお陰である程度の量を食べてしまった。一食分に相当する。
つまり、1日2食・・・してしまった。うーむ。しかしやってしまったことは
仕方ない。また今日から頑張ろう。
ただ・・・菜食だけは守っている。

●小食523日目 1日1食(菜食)208日目(12年4月24日~) 
●体重 ・・・スタート時61キロ(11年6月初旬)
●スワイソウ 500回(一気に)
●スクワット 100回(一気に)
●腕立て伏せ(一部拳立て) 150回(高速腕立て。5本指立て伏含む 一気に)
            回(5本指立て伏せ)回(2本指)
  ※スワイソウ・スクワット・腕立て等は2012年6月16日からスタート
   朝・晩にそれぞれ2回実施(文中×2)
●歩数 15005歩  
●懸垂 回 
●テンション

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11月17日

起床時刻:03時11分

 就寝午前0時頃。その後1時間半後に一度目覚め、そして又寝る。
で、午前3時過ぎに起き、しばらく過ごすが、再び仮眠。結局午前5時過ぎに起きる。睡眠時間は4時間半。仕事先。



 1日暮らしていると一度や二度は嫌な気持になることが必ずと言って良いほどある。
こちらの気分が良い時ほど、そういう気持にさせられるものだ。逆に、自分の気分・精神があまり良い時ではない時は、それほどでもない。そういう時は人の嫌な部分が感じられないのだ。つまり分りやすく言えば、テンションが低い時は「鈍感」になっているのだ。だから逆に人の悪い所も判らない。そういう意味では「楽」である。だが、だからと言って、テンションが低い毎日を望んでは面白くない。絶対にテンションは高い方が良いに決まっているのだ。
 
 話を元に戻すが、1日上機嫌で暮らしていても、それはある時突然中断させられる。前述した嫌な気持にさせられた時である。そういう時は大抵家族や仕事仲間ではなく、友人でもなく、大抵外で買い物などした時に多い。それは店の店員などの対応である。腹が立つことが多いのである。自分のテンションが低い時は同じ人間の同じような行為に出会っても、こちらが鈍感になっていて、相手の態度も悪く感じられず、腹も立てない。だがこちらの精神が高揚していたり、ハイな状態であれば、本当に、嫌な気持にさせられる。

 これはもうどうしようもない。世の中自体がそういう風に出来上がっているからだ。俗に言う「餓鬼阿修羅」の世界であろう。そういうように世の中ができているのなら、もう致し方ない。しかし良くなるように努力は必要だろう。せめて自分の周りから一歩一歩進めるしかない。世の中には時々大きな力を持った人などがいて、それは導師とか救世主などとか言われたりするのだろうが、他には偉大な科学者、経営者、諸々である。そうした人たちが一気に多くの人々を啓蒙したりするのだろうが、我々は本当に微々たる力で一歩一歩努力するしかない。それでは、そういう偉そうな事を言うお前はどうなんだって言われそうだが、私は自分が調子が悪い時ははっきりと分るし、そういう時は極力自分の心を外に出さないようにしているつもりだ。自分がテンションが低い時は自分に対して客観的に努めてなり、自分に厳しくしようとしている。間違いのないようにだ。

 しかし世間の多くの人は、自分の調子が悪い時や良い時、糞ミソ一緒である。彼らにとって「人生、晴れたり曇ったり」が原則なのだから、良い時もあれば悪い時もあるのは自然であり、当然であり、当たり前なのだから、自分が調子が悪くても関係なく仕事をし、人と平気で接する。少しくらい失礼なことをしても自分自身がよく分らないし、多分相手も大目に見てくれるだろう・・・くらいにしか考えておらず、軽いものである。しかし、繊細で、小さなことにもこだわる者からすれば、それらは決して許すことはできないことが多いのだ。だから私は自分の調子が良い時は、突然、そういう輩に出会って愕然とするのだ。

 餓鬼阿修羅は、自分の事しか考えない。自己チュウであり、自分の利得しか頭に無いのだ。欲望の渦にどっぷりと浸かり、その目は血走っている。そんな輩が、戦後ドンドン日本には増えているようだ。日本だけでなく、世界の半分以上はそんな輩ではないだろうか。そういう世界に一緒に住んでいる以上、生活している中で、腹が立つことは当然多くなるだろう。これはまあ仕方ないのかもしれないが、いつまで経っても、慣れないものではある。



●小食522日目 1日1食(菜食)208日目(12年4月24日~) 
●体重 ・・・スタート時61キロ(11年6月初旬)
●スワイソウ 500回(一気に)
●スクワット 100回(一気に)
●腕立て伏せ(一部拳立て) 150回(高速腕立て。5本指立て伏含む 一気に)
            回(5本指立て伏せ)回(2本指)
  ※スワイソウ・スクワット・腕立て等は2012年6月16日からスタート
   朝・晩にそれぞれ2回実施(文中×2)
●歩数 10520歩  
●懸垂 回 
●テンション

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11月16日(金)

起床時刻:05時53分

 就寝午後10時頃。本当はもう少し早い時間に布団に入った。
が、しばらく本等読み、読んだ後も寝られなかった。ただ、寒さが
キツく、暖かさを求めて布団に入ったからだ。睡眠時間は7時間か
少しプラスくらいかな。ま、よく寝た。


 精神病をはじめ、多くの病気はいわゆる「憑依」現象の一つだと思う。違った存在、意識が他者に乗り移るのである。そういう部分を解明しない限り、精神病は一生治らない。

 多分人類がもっと進化し、自分自身を皆がもっと徹底的に突き詰めていけるようになれば、霊的な世界の解明も進歩するのだろう。現在は少しは進んでいるとはいえ、まだまだオカルトの世界である。
 
 自分の精神を突き詰めていけば、自然と霊的な世界に突き当たっていくのではないだろうか。現実世界は肉体の世界であり、物質の世界である。それだからこそ、常識という一つのルールが造られてきた。その常識の中で物質と思っている我々はある程度納得して安心して生きているのである。もしそれが崩されれば、我々の心はちぢに乱れてしまう。
 
 世界は広く宇宙もまた広い。どこまであるか分ったものではない。自分が想像できる部分だけ世界は存在するのであるなら、それはある意味無限である。
 
 霊的な世界もその又わずか一部分かもしれない。いや、物質世界以外は全て霊的な世界だとしても、その世界の広がりはほとんど無限なのだろう。よく言われる人間はその頭脳のわずか数パーセントしか使っていない・・・云々とは、こういうことでもあるのかもしれない。その道の部分を使おうと思えば、知りたいと思うのなら、我々はもっと霊的な世界に注目しても良いのかも知れない。
 
 精神病にかかる人たちは決して蔑まされる人種でないのかもしれない。弱い精神を持っているから、精神病になるのではないのかも知れない。ある意味彼らは選ばれた、素直な人たちなのかもしれない。心の世界は無限に広い。誰の魂が彼の魂に入ってくるなんて、そういうことも可能だろう。それを許せばの話だが、憑依される人たちは無意識にそれを許しているのだろう。病気になりたくなければ、断れば良いのだが、それを断るすべを知らないのだろう。逆に、自ら進んで、許す人もいるのだろう。自分を広げたいという思いが強ければ,それもまた可能だろう。世界は無限なのだから。それを制限する思想を持つことこそ傲慢であり、尊大である。
 
 人に愛を与え、人よりも謙り、己を空しくすれば、人は病気などなるものではないと思う。病気は愛の無い憑依である。しかしそれは結果的に愛に通じるのかも知れないが。


●小食521日目 1日1食(菜食)207日目(12年4月24日~) 
●体重 ・・・スタート時61キロ(11年6月初旬)
●スワイソウ 500回(一気に)
●スクワット 100回(一気に)
●腕立て伏せ(一部拳立て) 155回(高速腕立て。5本指立て伏含む 一気に)
            回(5本指立て伏せ)回(2本指)
  ※スワイソウ・スクワット・腕立て等は2012年6月16日からスタート
   朝・晩にそれぞれ2回実施(文中×2)
●歩数 歩  
●懸垂 回 
●テンション

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11月15日(木)

起床時刻:01時43分

 就寝午後11時。午前2時前に目覚めてしばらく本など読む。一時間は
そのまま過したが少し寝ようと思い、一時間半くらい又寝る。
睡眠時間はトータル5時間くらい。仕事先にて朝を迎える。


 私のよく見るブログに全く普通のサラリーマンの人が更新するものがある。彼とは1日1食生活が共通するし、毎日欠かさず自分で決めた日課としての運動をする習慣も同じである。というか、私は彼に刺激されてこの運動も始めたのだが。
 
 その彼がいつかこういう事を書いていた。「私は他人から蔑まされたい」と。つまり軽蔑されたいということらしい。これを読んだ時、私はこれは彼一流の冗談だと思った。というのも、私が1日1食生活するのも運動するのも、どこか、いつか自分も世に出たい、とか、成功したい、とかいう思いがあってのことだからだ。それが全く真逆の心理ではないか。他人に軽蔑されたいから彼は毎日過酷な生活を営んでいるのか、そんな事はありえない・・・。私はこの話は話半分で理解していた。
 
 だが、どうも、私もこういう生活を半年以上続けてみて、そりゃあまだ彼に比べれば短い期間ではあるが、少しその心理に触れたような、そんな感覚を味わうときもあるのだ。
 つまり私も蔑まされたい・・・という感覚、そういうものが少し分るような気持になってきているのだ。
 
 と言うのも・・・高校時代の友人から年末に忘年会の提案があったが、以前なら私がその幹事を務めていたものたが、最近はとんとご無沙汰であった。同窓生の集まりに出て来れるのは、一般的に言われるのは、ある程度の成功者とか、ある程度人生がうまく行っている者とか、そんなたぐいの連中である。私も幹事を務めることで、そんな連中に混じっている自分に安心していたような、どこか得意になっているようなものを感じていたのかもしれない。
 
 それが、だ。今はあまりそれもない。この世の中の、常識に支配されている、こんなある意味ちっぽけな世の中。大宇宙から見れば(話が大きくなるが)こんなちっぽけな日本という国の、又その中の、小さな田舎町の中で、そこそこの成功者に入っていい気持になっているなんて、お笑いの何者でもないではないか。常識と言うものは怖いものである。私は1日1食生活と言う、少しは常識から外れた生活をすることによって、少しはその常識からその世界から外れていっているのかもしれない。それはある意味好ましいことである。こんな平凡な常識的な男だった私が、世間からつまはじきされる状態に近づきつつあるのだからである。これはある意味好ましいことである。
 
 それはつまり、世間から蔑まされる、軽蔑される・・と言うことになるのかもしれない。現在では皆から羨まれる芸能人でさえ、一昔前までは蔑まされた人種、世界の人たちだったのだから。逆に言えば、現在トップにいる連中、長く人気を保っている連中、わずか一握りのそういうスーパーマンたちは、そういうところを理解しており、常に、我が身を蔑まされる立場に置こうとしているのかも知れない。だが、だからと言って、打算的にそれは行われているのではなく、本当に、心から、彼らは、常に自分を蔑まされたいのかも知れないのだ。成功を追わず、富を追わず、名前も求めないからこそ、逆にそういうものが彼らに寄せられてくるのかもしれない。
 
 初めに戻ろう。私はそういう訳で、その忘年会に昔よりはそんなに出たいと言う気持にならない。世間的に少しは優越感に浸れる連中の輪に入ることがどれほどのものだろう。私はもうとっくに世間から外れているのである。ドロップアウトは30歳の時に経験した。サラリーマンを辞め、世間の枠組みから外れているくせに、その後の私は世間の人から、同級生達から、認められることに必死だったのかもしれない。しかし私はアウトローなのだ。既に。自分が見えていなかった。
 
 そういう私は、今は、一緒に飲みたい・・・と思う人たちは、つまり、世間で一般的に蔑まされている連中である。いい歳をしていつまでも独身とか、難病を抱えているとか、持ち家が無いとか、収入が少ない者とか。しかしそれでも彼らは彼らなりに一生懸命に生きている。私はそういう雰囲気の中で飲むならば飲みたいし、楽しく過したい。これはつまり私自身が蔑まされる環境にいるからでもある。これを読んで、眉唾ものと思うかもしれないが、蔑まされた仲間で過す空気、環境が、どれほど楽しいか、分らないからである。これだけは自分が経験しなければ分らない。


●小食520日目 1日1食(菜食)206日目(12年4月24日~) 
●体重 ・・・スタート時61キロ(11年6月初旬)
●スワイソウ 500回(一気に)
●スクワット 100回(一気に)
●腕立て伏せ(一部拳立て) 150回(高速腕立て。一気に)
            回(5本指立て伏せ)回(2本指)
  ※スワイソウ・スクワット・腕立て等は2012年6月16日からスタート
   朝・晩にそれぞれ2回実施(文中×2)
●歩数 6745歩  
●懸垂 回 
●テンション

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11月14日(水)

起床時刻:05時46分

就寝午後11時半頃。途中何度か目覚める。睡眠時間は6時間と少し
本日は夜明けから朝にかけて、昨夜も含めながら、今年一番の寒気だとか。
所によっては、真冬並みの寒さもあるそうである。風が強く感じる。
冬も駆け足でやって来ている。


 私が1日1食を続けている理由は自分のテンションを上げることである。それも日常的に高く維持したいからである。常に上機嫌な自分でありたいからである。痩せたいからとかダイエットかなんてものじゃない。健康という観点も少しはある。病気にならない、健康、と言うより、超健康と言った方が良いかな。
 
 家族に常に優しい自分でありたいからである。間違いの無い対応ができる自分でありたいからである。他者に対してである。それが基本である。そしてそれ以上、例えば、スーパーマン的な自分も欲しい。できればで良いが。悪い奴とか暴漢とか、そんな奴でもパッパッとやっつけられたらなおさらだ。子供のようだと言われるかもしれないが、まさに子供の頃からそういう憧れはあった。だから若い頃は空手に夢中になったりしたこともある。つまりいつまでたっても夢見る少年なのかもしれない。
 
 家族に常に優しい正しい正攻法の自分であることが基本で、それは家族以外にでもであり、そして尚、強く正しく愛あふれる存在でありたい。そういう自分作りのために1食生活を守っているような気もする。テンションが上がったときの自分は「無敵」のような気分になる。それは決して傲慢だったり、暴力的ではなく、優しく愛にあふれているからである。そんな自分が大好きなのである。だから私はそれを目指して今日も1食生活に取り組んでいるのである。まだ完全に慣れていない。逆にまだまだ自分に甘かったりする。まだ、もっと、食べる量を減らしてもいいのだと思うときもある。それは自分の状態と相談しながらの話だと思うが。
 


●小食519日目 1日1食(菜食)205日目(12年4月24日~) 
●体重 ・・・スタート時61キロ(11年6月初旬)
●スワイソウ 500回(一気に)
●スクワット 100回(一気に)
●腕立て伏せ(一部拳立て) 150回(高速腕立て。一気に)
            回(5本指立て伏せ)回(2本指)
  ※スワイソウ・スクワット・腕立て等は2012年6月16日からスタート
   朝・晩にそれぞれ2回実施(文中×2)
●歩数 歩  
●懸垂 回 
●テンション

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11月13日(火)

起床時刻:04時50分

 就寝午後11時半頃。途中3時台に目覚める。睡眠時間は5時間と少し
日課の運動は取り合えず夜の部はしばらく止めようと思っている。
その代わり朝の量を少しずつ増やしても良いかなと思う。


 高校の同級生の一人で、現在塾を経営する友人が年末の忘年会を計画しているらしい。この仕事は以前はほとんど私の仕事だった。忘年会だけではなく、新年会、誕生会、なになに会・・・とにかく何かと私が幹事になって集まりを開いた時期もあった。
 
 ただここ最近はめっきり開かれることもなくなってきていた。そういう時に突然の友人からの提案だった。友人のことばの中には私も協力して欲しい・・・というニュアンスは少しはあったが、私は不思議に積極的になれなかった。どうしたのだろうと思った。
 
 それよりも・・・最近知り合った仕事での付き合いの人、そういう人たちともっと付き合ってみたい、同じ飲むならそういう人の方が良いかも・・なんて思うようになったのかもしれない。
 
 彼らは決して若くは無くて、もちろん同じ世代でもなかったりする。でも、仕事の上で付き合うのが一番楽しいのかもしれない。外国では、私の知っている限りでは、アメリカなどでは、仕事で付き合う人とプライベートでは付き合わない・・・などと聞いたことがあった。そういう意味では私は最も日本人的な感覚かもしれない。それでも私はあえて言う。仕事で付き合う人と飲むのが一番楽しそうである。と。
 
 同窓生は過去の付き合いであり、たまに会った時には旧交は温まるが、それだけである。今日一日の付き合いではあるが明日は無い。しかし仕事仲間は今日も明日もそして多分一ヶ月後も付き合いはある。同じ環境、同じ条件、同じ苦しみ(特にこれが魅力だ)を共有し、共に共感したり反発したり。いや、ほぼ共感するのである。そういう仲間とまた美味い酒を酌み交すことこそ、人生の醍醐味かも知れない。
 
 だから私は最近は昔の友達、懐かしい仲間との交流よりも、今に生きている仲間の方により魅力を感じる。特に、違った世代、違った過去、違った環境で生きてきたお互い同士の方が楽しいに決まっている。どんなつまらない、世間で思われているような、つまらないように見える仕事でも、同じ仕事をする者同士で話す仕事の話は楽しいものである。酒が加わればさらに楽しくなるのかもしれない。そこには又女も男も無い。相手からすればそれは分らないが・・。と、そういうことで、近づく同級生の企画する会は、どうも、あんまり待ち遠しくないのであるが、いかがなものだろう・・。(朝更新)



 今年も押し詰まってきた。一年はあっという間に過ぎていったのかもしれない。感慨にふける歳でもあるまいが、いや、歳相応かも知れないが。人は歳を取るほど、中年を過ぎ高年になればなるほど時間は早く過ぎていくと感じるらしい。光陰矢のごとしは年寄りのことばなのだろうか。実際子供の頃は一日が長く感じていたかもしれない。しかしそうは言っても、過ぎてしまえば若いだろうが年寄りだろうが一緒である。時間は瞬間であり、一瞬である。逆に言えば、人生とは一瞬の出来事であり、一瞬であるのだ。その時こそが人生なのかも知れない。
 
 それならば、時間は無駄にはできないではないか。一瞬たりとも無駄にはできない。と、言っても、そうだからだとしても、瞬間瞬間意味のある人生を過すことなんて果たして凡人たる自分に出来るのだろうかとまたまた悩むのである。私はそこで自分が今やっている1日1食生活を思うのである。空腹を我慢するのはある意味大変である。イベント的にある一定の期間を決めてやるのなら良いだろうが、これから先ずっとやって行くのである。そう思えば辛いしキツイ。楽しいことなんて無いよって思う。食べることは人生の楽しみだ。人間の楽しみなんて結局食べることなんだ、特に年寄りはその思いが強いのかもしれない。
 
 断食している時は人間はなかなか自殺なんかしないものである・・・と聞いたことがある。それどころじゃないのだ。意識は全て食べることの方に向けられる。だから他の人生の悩み、苦しみなどどうでもいいじゃないか・・・ということになる。たくさん食べて、飲んで、衣食足りるからこそ、人は悩むのかもしれない。もし、食べられないのであれば、他の悩みなど消し飛んでいくものかもしれない。そう思えば、人生の、生きている一瞬一瞬が自分との戦いであり、自分との葛藤である。そういう時、逆に人生は輝いてくるのかも知れない。そうなれば、時はゆったりと過ぎて、子供の頃のように、ゆったりと生活は流れていくのだろうか。私はふと今の自分の生活を生きる時に思うのである。(夜更新)



●小食518日目 1日1食(菜食)204日目(12年4月24日~) 
●体重 ・・・スタート時61キロ(11年6月初旬)
●スワイソウ 500回(一気に)
●スクワット 100回(一気に)
●腕立て伏せ(一部拳立て) 150回(高速腕立て。一気に)
            回(5本指立て伏せ)回(2本指)
  ※スワイソウ・スクワット・腕立て等は2012年6月16日からスタート
   朝・晩にそれぞれ2回実施(文中×2)
●歩数 歩  
●懸垂 回 
●テンション

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11月12日(月)

起床時刻:05時55分

 就寝午後11時50分頃。睡眠時間は6時間。途中、3時台に目覚めるが、ほぼ冬の寒さを感じ、とても布団からは出られないと感じた。で、そのまま寝てしまっていた。ま、3時間近く寝たのだから、
二度寝と言っても、そんなに悪くない気もする。

 昨日は急遽の仕事が入り、大雨の中、外で奮闘した。大きなイベントがあり、
その駐車場での車の整理だ。私は会場に入ろうとする車を案内し
行き過ぎたりする車にこちらですよと知らせる係りであり、一般客と
スタッフスペースの区別を知らせたりする仕事を仰せつかった。
 私の知人がある会社の部長職で、そこの社長がこのイベントに大きく
関わっている関係らしい。その社長とは親しく交わった事もないし
顔もよく知らないが、知人の話ではかなりの人格者のようでもある。

 内心断りたかった。出張明けでもあり、自宅での睡眠もしていないまま
駆り出され、そのまま朝からの仕事であり、そして又あいにくの大雨
である。普通なら誰でも嫌がるだろうし、私は彼の会社の社員でもない。
ただ、誰でも嫌がるからこそ、彼も社員の中から引っ張り出す事も
出来なかったのかも知れない。日曜日だし。
 
 私は初めは嫌々その仕事をスタートさせた。近くには仕事として
参加していた道路警備の専門の警備員もいた。彼らに聞いても、
いくら仕事に慣れてもこんな日の仕事はやはり嫌なものであり、
大変なのである。まして私はこういう仕事は初心者だ。とにかく
嫌な気持ちで始まった。そしてテンションの方も普通の状態であったし。

 私の知人の部長は私と違う場所で仕事していたが(もちろん戸外で)
彼もまたヒーヒー言っているような感じを受けた。誰も大変なものは
大変なのである。しかし・・・しかしだ。不思議なことに時間がある程度
過ぎていくと、私はこの仕事も面白くなった。辛いという感覚も薄く
感じられるようになった。相変わらず雨はバンバン降り続けている。
だが私はその降り続く雨の中、独特の空間に包まれた感触を得た。

 極端に言えば、あと何時間でも出来るような気がした。予定では
6時間、午後4時頃までの予定であったが、私はみっちりやっても
あまり気にならなくなったし、苦に感じなかった。動きも軽い。

 後で振り返れば、これは、やはり少食の高徳だと思う。少食で内臓が
疲れていないため、エネルギーがある程度の過酷な仕事にも対応して
くれるのだう。
 養生訓の著者、貝原益軒に言わせれば、少食は富裕への道だとの事。
少なく食べれば金持ちになるという事らしい。私はこの理由が今まで
分からなかったが、多分・・・今回の私の体験もその一つであるかも
知れない。結局、その日は意外に早く仕事も片付き、部長の彼に言わせれば
社長も私達はもういいよと昼過ぎに帰らせてくれるとの事。
しかしいただく給金はほぼ同じにも関わらずだ。お金をいただくのは
ありがたいが、ぶっちゃけ、私はお金はもらわなくても良い経験を
させてもらったとの思いもわずかであったがあった。
部長の彼は別れ際、「又こういう時はお願いしますね」と言ってくれたが
私も思わず笑顔で快諾した。金持ちとはこういう風になって行くものかな??


 

 お笑いの世界で以前タモリとたけしとさんまが「ビッグスリー」と言われていた。私が三十代の頃からである。だから彼らは随分長く活躍している。その以前の芸能界から考えればとても画期的なことである。同じ人たちがこれだけ長い間第一線で活躍していると言うのはとても稀であり良い事ではないかと思う。しかし今はその彼らの中でも、さんまは抜け出ているような気がする。と言うのは、若い世代にも受け、お笑いの若い世代とも互角以上に戦っているのがさんまだからである。さんまは私と同じ年であるからなおさら注目する。しかし私は以前はさんまよりたけしの方がずっと好きだった。しかし今では断然さんまである。彼のお笑いの中身というよりも、生き様に惚れるのだ。彼は寝ないそうである。そして小食だという。少なく食べれば寝ることも少ない。彼の場合はそれを特別修行したというのではなく、生まれつきのようでもある。ある意味羨ましい。

 私は逆で子供の頃から大食で、良く寝た。三十を越えた辺りから、今のような小食とか短眠とかいうものを考えてきた。でもこれはこれで又良いものである。修行できる喜びを与えられたという観点から考えれば幸せである。しかし人生は不思議で、多様である。若いときには小食であって、しかし今は大食なった人もいるかもしれないし、あるいはそれが修行の成果となっている人もいるかも知れない。宇宙は広いのである。だから私は私の今やっていることが全てだとは思わないし、これが一番だとも思わない。ただ、今に生きる私にとって一番良かったのだろうし、一番合っていたことなのだろう。

 「不食」の山田鷹夫氏は、いや、そうじゃない、今は、現代は、世界的に小食へと皆が進んでいるのだ、と著書の中で述べていた。果たしてそうなのだろうか。私はまだそれは断言できない。しかし私は小食で少なく食べていれば一般的に言われる成長は止まり、反対の昔帰り、つまり、時間が戻るということもあり得るのではと思う。理想は完全に食べないことなのかもしれない。しかし人間としてこの世の中で生きる以上、与えられた消化器官を存在させている以上、人間としてある程度の量は食べていくことも「あり」なのだと今は思っている。そして生存に必要だからとか、健康に良いからという理由ではなく、ある意味「楽しみ」とか「喜び」のために食べることが良いのかなと思っているのだ。


●小食517日目 1日1食(菜食)203日目(12年4月24日~) 
●体重 ・・・スタート時61キロ(11年6月初旬)
●スワイソウ 500回(一気に)
●スクワット 100回(一気に)
●腕立て伏せ(一部拳立て) 150回(高速腕立て。一気に)
            回(5本指立て伏せ)回(2本指)
  ※スワイソウ・スクワット・腕立て等は2012年6月16日からスタート
   朝・晩にそれぞれ2回実施(文中×2)
●歩数 歩  
●懸垂 回 
●テンション

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11月11日

起床時刻:05時27分

 就寝午後11時半頃 途中何度か目覚める。睡眠時間は6時間。
昨日はテンション高く、ほぼ仮眠なし。ただ食後30分程度無意識に
寝たかもしれない。それでも活動は濃かった。

 1日1食生活も200日を過ぎた。半年を迎えれば目的のテンションはずっと上がるんだと言う目論見は壊れた。人生そんなに簡単ではないということだ。半年やそこらで人生の究極の目標など達成できるはずは無いではないか。よく考えれば分ることなのに、すぐにでも結果を欲しがる精神がそうさせていたのだろう。漫画「BECK」でもそういうことが描いていた。早く金を儲けたい、有名になりたい・・・そんなミュージシャンは今まで山ほどいた、しかし彼らは皆消えて行った。即結果を求める・・・それは誰にでもある精神である。私がそう思ったのも無理は無いではないか。

 雌伏の時が長ければ長いほど、あるいは、弓でも、弦を引っ張れば引っ張るほど、その矢は遠くへ飛ぶものだ。私にとって今がそのときだ。半年ぐらい何するものぞ。とはいっても、私の人生の中で、半年も頑張った時期は未だかって無かったような気がする。何度もここで書いたが、二年や三年続いたことはあった。でもそれは時々休憩や休みもあった場合だ。中抜けのあった二年や三年である。しかし今回は毎日欠かさずずっと1食生活を続けてきた。そしてまだ半年には届いていないが、日課の運動、腕立て伏せやスクワットだ。これなども不思議に続いてるものだ。これは1食生活に連動しているものと思われる。少なく食べている生活に甘んじているから、毎日飽きずに同じ運動が続けられると思っている。大食すれば、同じことは続かないのである。

 人間は欲である。欲しいと言う思いに限度は無い。食べても食べても飽きずに違うものを欲しくなる。しかし少なく食べていれば、同じものでも続けられる。食は根本的な人間としての根本的な本能である。だから、この世に生きている以上、いや、あの世をも含めて、生活、生きていることに全て通じる。少なく食べれば無駄な欲望は消える。これは生活全てに通じる。同じものでも毎日幸せに食べられる。幸せな気持で食せる。すると、聴く音楽でも同じもので良い。服でも、飲むものでも、衣食住全てにおいてである。全て毎日同じものでも飽きないのである。同じ彼女、親友、仕事仲間、そして愛する妻。子供、兄妹。皆同じものでも充分飽きず愛し続けられる。妻がいながら他の女性に色目がそれほど行かない。必要以上に食べるから妻以外の女性に色目が行くのだ。

 前述に無駄な欲望は消えると書いた。正しくは欲望はあるのかも知れないが、その抑制、コントロールの力が強くなる。自分の欲望に振り回されず、制御できるのかも知れない。確かに世の中には妻以上に美しい女性はたくさんいるのかも知れないし魅力的な女性も多いだろう。だが、色目が抑制できるしコントロールがきく。つまり己を律する精神力が強くなるのだ。少なく食べることの孝徳である。


●小食516日目 1日1食(菜食)202日目(12年4月24日~) 
●体重 ・・・スタート時61キロ(11年6月初旬)
●スワイソウ 500回(一気に)
●スクワット 100回(一気に)
●腕立て伏せ(一部拳立て) 150回(高速腕立て。一気に)
            回(5本指立て伏せ)回(2本指)
  ※スワイソウ・スクワット・腕立て等は2012年6月16日からスタート
   朝・晩にそれぞれ2回実施(文中×2)
●歩数 歩  
●懸垂 回 
●テンション

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11月10日

起床時刻:04時22分

 就寝午後11時過ぎ。途中大体2時間単位で目覚める。最後の午前
2時台に目覚めた時、起きようかとも思ったが寒さ&だるさ?の為か
出来なかった。さすがに午前4時台には起きよう!と。今日は一日、仕事、そして明日の朝まで。で、少し帰宅してすぐに臨時の現場。
迎いに来てくれるらしいが、ホンマにキツいスケジュール。だから
昨日は少し抵抗?してプチ遊んだ。仕事がキツクなると遊びたくなる、
これは本能か?


 最近再会した昔のアルバイト仲間とちょっと付き合っている。
私が大学生の時・・今から30年以上前のこと。
彼は当時とても生意気に・・私には見えた。感じていた。
でも今は・・私が少し大人になったのか知れないが
彼のことをどちらかと言うと好ましく感じている。

そんな彼が私と一緒に事業をしようと持ちかけてきた。
彼はただ今普通のサラリーマンだ。まあ厳密に言えば普通ではないかもしれないが。
彼の仕事は、基本給はあるが後は出来高制。営業企画職だ。
基本的に出社の義務もあまりないようだ。
だから私のようなフリーランスと大差ないかもしれない。

何度かファミレスでお酒も飲みながら色々と将来の展望など語り合って
楽しい時間も過ごせた。
彼はアイデアマンで、色々なアイデアを私に披露してきた。
その内の1つを一緒にやろうと持ちかけてきたのだ。
私は彼のアイデアを褒め賛同し、それなら一緒にやろう!ということになった。

だが・・その後の彼は私から見て何か逃げ腰に写った。
彼のほうから自分が社長で私は専務だと言ってきた。
私はそういうものに異存もなかった。彼が本当に本気ならば・・。

肝心なところにきたらいつもするりとするりとかわしていく・・。
まるで・・そう・・いまの民主党政権のように。
先に先に延ばそうとしている。結局夢を語り合い、
自分の夢をよく聞いてくれ賛同してくれる人を求めていた、
そういう人がいたら・・
それが彼の求めていたものであるかのように・・
肝心の実際の行動・・となると、するっとかわしている・・と
私には感じてきた。

そして・・やれあそこの会社に提案するのに12月一杯かかるだとか
本決まりは1月半ばになるだろう・・とか
では今は? と私は素朴に感じた。
でも私はこうして彼を批判しているのだが
彼の夢見る・・というところは良いなと感じている。

誰しも特に男は一度は独立を果たしてみたい・・と思っていると思う。
彼にとってちょうど今がその時なのだろう。
だからこそ私は彼に成功して欲しいと思う。だからこそこうして率直に色々と思うのだ。

そして・・しばらく音信のなかった彼が久しぶりにメールをくれた。
商工会議所に出かけ、自分の考えを話したら職員の多くが賛同してくれ
盛り上がった云々・・とあった。
だからどうしたの・・彼の行間には「だから僕のアイデアは素晴らしいんだよ」
と言いたげであった。私に認めてもらいたい・・という気持ちを感じた。
もちろん私は彼のアイデアを充分認めている。
だが・・人間にとって最も大事なのはそのアイデアを実行に移す行動力なのだ。


●小食515日目 1日1食(菜食)201日目(12年4月24日~) 
●体重 ・・・スタート時61キロ(11年6月初旬)
●スワイソウ 500回(一気に)×2
●スクワット 100回(一気に)×2
●腕立て伏せ(一部拳立て) 150回(高速腕立て。一気に)
            10回(5本指立て伏せ)回(2本指)
  ※スワイソウ・スクワット・腕立て等は2012年6月16日からスタート
   朝・晩にそれぞれ2回実施(文中×2)
●歩数 12509歩  
●懸垂 回 
●テンション

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11月09日(金)

起床時刻:02時41分

 就寝午後10時。睡眠時間は4時間半。途中覚醒はあったとは思うが
はっきり記憶なし。現時点(午前9時過ぎ)に至るまで仮眠なし。
仕事先にて自分の仕事をやったりして時間を過ごす。世の中厳しい。
色々ある。餓鬼阿修羅の世の中だ。自分を磨くべし。


久しぶりに山口市に出かけた。昔一緒に仕事していた仲間の事が気になって、彼に会おう!
久しぶりに色々と話したい! そして・・新しい私の仕事に何かのヒントになるかもしれない・・と
期待を持って山口に向かった。

 あいにく彼の事務所に訪れても不在のようで、彼には会えなかった。しかし・・せっかく山口に
出向いたのだから、山口のアーケード街を歩きたい・・と思った。女房も一緒だったので色々と銀ブラした。

 と・・前を行く女性の二人連れ。どちらも年配だ。すると・・左側を歩いていたお年寄りが見事に
転倒した。真正面に倒れたのだ。それは見事だった。真っ直ぐ、バタァーッという感じで前のめりに倒れた。

 あ、一瞬私は一昨日の事を思い出した。短期間の間に同じような事に遭遇するなんて、何て不思議
私は咄嗟に思った。が・・それよりも何よりも助けなくては・・。今回は女房がいたので、しかも、
倒れたのは女性だったので、女房の方が気を利かしてその倒れたままの女性を起き上がらせようとしていた。

 隣を歩いていたのは多分転倒したお年寄りの娘さんか・・。しかし私よりも年上のようだったが・・。
女房とその娘さんらしき女性が両側から倒れたお年寄りを起き上がらせた。
私は彼女に思わず「痛かったでしょう」と声を掛けた。

 彼女は助けてくれた私の女房の方には顔を向けず、ずっと私の顔ばかり眺めていた。
何度も何度も私たちにお礼を言いながら。
私はこの悲劇的な(?)事態を好転させたかったので、彼女に「いやー、顔を打たなくて良かったですね」と言った。私なりにマイナスをプラスに転化したかったのだ。

 すると・・隣にいた女性が「その顔をかばったばっかりに手をついて防いだから今まで2,3度
手を骨折したのよね」と言った。私はそれを聞いて「あーなるほど、それぁ、いけん」と言った。
私がせっかく悪い事が起こって失望しているだろうと思っている年寄りにプラスの発想をプレゼント
したのに、何てことを・・。と思った。

 あまりにその年寄りが私の顔を見て、その顔が蒼白だったので、私は彼女に笑いながら、声を出して
笑いながら応対した。年寄りが転倒する・・という悲劇的な事柄を明るく転化したかったのだ。
しかし・・その娘さんには私の意図は伝わらなかったのかも知れない。それは、転倒した当のお年寄りが
何度も何度も私たちにお礼を言っていたのにもかかわらず、彼女は何も言わなかったからだ。

 しかし・・年寄りはナゼあんなに簡単にこけるのだろう・・。そして・・ナゼ私は3日間で2度も
年寄りがこけるのを目撃し、それに関わったのだろう・・。これは何かあるのでは・・と思わずには
いられないのだが・・。単なる偶然か・・いやいやこの世に偶然などありはしないのだ☆★



●小食514日目 1日1食(菜食)200日目(12年4月24日~) 
●体重 ・・・スタート時61キロ(11年6月初旬)
●スワイソウ 500回(一気に)×2
●スクワット 100回(一気に)×2
●腕立て伏せ(一部拳立て) 150回(高速腕立て。一気に)
            10回(5本指立て伏せ)回(2本指)
  ※スワイソウ・スクワット・腕立て等は2012年6月16日からスタート
   朝・晩にそれぞれ2回実施(文中×2)
●歩数 10109歩  
●懸垂 回 
●テンション

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11月08日(木)

起床時刻:05時59分

 就寝午後10時過ぎ。途中目覚めるが(午前4時台だったと記憶)寒さの
ために布団から出ることも出来ず、再び寝てしまった。不思議に
また寝られるものである。こういう時思うのだが、二度寝は本当に
悪いものだろうかと。自己弁護ではないけど・・・ね。ま、でも、
その証拠に、今日の起床時刻に目が覚めた時も強烈な寒さは感じたが
私はパッと飛び起き、まあその鮮やかな寝起きは我ながら気持ちが
良かったのだが。だから、全く久しぶりの長時間の睡眠時間が取れた。
8時間近く(常識並み??)寝た事になるのかな。こういう日は
仮眠なし・・・ということもあるかも。ま、でも、それも又分からない。
自分の潜在意識の領域は全く不可解であるから。でも、本当は、その
潜在意識を自由自在にコントロールできればまあ大したものだろう。
 


 しばらく距離を置いてた友達から最近電話がまた入るように
なった。前回の電話の時、何となく中高年の病気の話になり(実は
私はこの手の話があまり好きでない)年末にたまたま電話で話した
同級生から自分は今癌であると・・と告げられた事を彼に話した。
その同級生と彼とも幼馴染で知り合いの間柄だったからだ。

 彼はその事実にしばし驚いていた。私のほうはと言うと、今時癌
なんてと・・という気持ちもあった。その同級生も自分の癌について
軽く考えているようだった。まあ、早期発見だったのだろう。
私も彼にこのことを話した後すっかり忘れていたのだ。それを彼は
突然電話口で持ち出し「彼の電話番号を知らせてくれないか」と私に
頼んできた。

 と言うのも、ゼヒ彼のことを励ましてやりたい・・と言うのだ。癌・・という過酷な状況にいるその同級生のため、励ましたい・・
というのだ。私は一瞬、「へー、そんな考えもあるんだ・・」と
思った。
と言うのも、私はたまたま年末にその同級生と電話で話しただけで、
彼とは確かに小学校時代親しかったが、その後中学、高校と同じ学校
に入ったが、友達関係はなかったのだ。どちらかと言うと、不思議
なのだが、高校時代は全くの疎遠だった。グループが完全に
別だった。

 それで・・確かに私は電話で癌と告白された時は驚いたが、
本人も大して大げさに考えておらず それではと私も軽く考えていた
からだ。それが・・しばらくたった後、全然別の方向からその同級生
の話題になるとは考えても見なかった。

 私はその時ちょうど仕事関係の研修中で、たまたま休憩中だった
から電話に出たが、気持ちも急いていたので「あー、分かったよ、
連絡先が分かったら教えよう」と彼に答えた。しかし・・そのあと、
私はいい気持ちにはなれなかった。

 彼の電話口から聞こえる声も元気のない声だった。だから私は
「でもよ、君よりはその同級生の方が元気が良い様に感じるよ。
だから元気のないほうが元気のあるほうに励ますって、ちょっと
おかしくないか・・」と私は彼に言った。

 すると彼「いやいや俺は元気良いよ」と答えた。私は「そうか・・」とうなずいた。
「それでは連絡先分かったら教えるよ」と電話を切った。
しかし・・私はその後考えた。嫌だなあっと思った。

 だって・・例えば彼がその同級生に電話して「癌だって? 頑張れ
よ」と励ます・としよう。するとその同級生はどう思うだろう・・
彼は私が相手だったから率直に自分が癌であることを告げてくれた
のかも知れない。それなのに思ってもいない人間から突然電話が
入って励まされる・・ どう思うだろう・・「○○(私である)って
口が軽いなあ」って思うかもしれない。いや、そう思わなくても
自分がせっかく告げたのに告げたいとも思わない人から励まされ
る・・私だったら嫌だ。

 だから・・私は今ちょっと悩んでいる。そして又彼に悩まされる。それが煩わしいから彼との距離を置いてきた。それがまた始まるの
か・・と思うとちょっと・・。

 私は冷たい・・? 私は薄情・・? いやいや私は毎日あっさりと
明るく楽しく生きたいだけだ。
彼はその電話の時、我々中高年の病気のことを話してきた。
「お前も体のこと考えないか」と。
確かに私も考える時はある。でもそれは自分の中だけで良い・・と思っている。友達との話題は楽しい事に限る。プラスな話がいい。
たとえば・・「人間、50代からが一番だ、今からが本当の人生だ、
今までは幻(笑)、本当の自分の力が出てくるのは今からだ」なんて
のがイイ。


●小食513日目 1日1食(菜食)199日目(12年4月24日~)
本日のメニュー:お好み焼 モズク ピーナッツ 餅入りぜんざい 焼酎軽く1杯 
●体重 ・・・スタート時61キロ(11年6月初旬)
●スワイソウ 500回(一気に)×2
●スクワット 100回(一気に)×2
●腕立て伏せ(一部拳立て) 150回(高速腕立て。一気に)
            100回(5本指立て伏せ)回(2本指)
  ※スワイソウ・スクワット・腕立て等は2012年6月16日からスタート
   朝・晩にそれぞれ2回実施(文中×2)
●歩数 8753歩  
●懸垂 回 
●テンション

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11月07日(水)

起床時刻:03時28分

 就寝午後10時半頃。途中午後11時半過ぎに一度目覚める。
睡眠時間は5時間。まだまだこんなものだ。


久々の感覚に生きている。
そう、私の大好きなストイックな生活・・修行僧のような生活・・。私は意外にこんな感覚が好きだ。
多分、前世はどこかのお坊さんか、あるいは西洋なら神父さんだったかもしれない。はたまた
神職以外にもこんなストイックな生活を続けている人たちも多いのではないか・・。

 何回かここでも書いたが私の祖母は近所では有名な信仰家だったと聞く。遠いところからも祖母を
頼って人生相談に訪れた人も多いらしいのだ。きっと私のDNAの中にはそんな祖母の性質が脈々と
流れているに違いない。

 最近は大体4時前後に起きている。先日書いた「分割睡眠」を実行中だ。その説は、中高年に
なったら睡眠が短くなる。これは神の配剤で、眠るのにも体力が必要とかでそれで体力が衰える中高年
になれば自然と睡眠が短くなるそうだ。それに頭で抵抗して無理に8時間とか7時間睡眠にこだわれば
明け方の3時間程度が惰眠になってしまう・・ということなのだ。

 それで・・と私は実感したのだ。最近せっかくテンションが高い充実した一日を過ごす事が出来ても
一晩ぐっすり寝たら朝にはストーンとその元気さ快活さが跡形もなく消えていることが多くなった。
一体これはナゼだろう・・と疑問に思っていたものがこの説で解けたのだ。

 無駄な体力を費やして健康の為に眠る・・そして朝方のモヤモヤした気分の時に否定的や消極的な
考えに浸る・・これほど潜在意識に悪いことはない。だから私は朝になったら元気がなくなっていた。
で・・その不必要な朝方の睡眠を削った。

 その不足分は午前中や午後のひと時を軽い睡眠に当てればいい。トータル6時間くらい眠れば
今の所、毎日の生活にそんなに影響はない。目覚ましが鳴る・・まだ4時・・それでも自分と格闘して
無理にでも起きる。以前は当たり前のように目覚ましを止めそれからまた二度寝をした。その二度寝が
たまらなく気持ちが良かった。そしてそんなに罪悪感もなかった。そう・・目覚ましをセットすることも
形式化していたようだった。

 気のせいかも知れないが、朝すぐ起きて何か体を動かすような作業に取り掛かるとき、以前なら
もやーとした感覚に襲われていたものが今ではなくなった。ほとんどすぐに元気に体を機能させられる
理解力もアップしたような気もする。これは精神的な作用、年の功・・といったものもあるかも知れないが・・

 以上、最近の私の大きな変化だ。齢50を過ぎてやっとこういう心境にたどり着いた。
本当ならせめて40を過ぎたときに得ていたい心境かもしれない。ま、それでも死ぬまで分からない・・
という悲惨な状況は免れたかも知れないのだ。それで由としよう・・と思っている今日この頃だ。
若い人には決してわからない心境かも知れないが、歳を取るという事はこんなステキな事も起きうるのだ
と言うことも分かっていただきたいものだ。さて・・今日も張り切っていこう!!



●小食512日目 1日1食(菜食)198日目(12年4月24日~)
本日のメニュー:お好み焼 モズク 餅入りぜんざい ピーナッツ 焼酎1.6杯
●体重 ・・・スタート時61キロ(11年6月初旬)
●スワイソウ 500回(一気に)×2
●スクワット 100回(一気に)×2
●腕立て伏せ(一部拳立て) 150回(高速腕立て。一気に)
            10回(5本指立て伏せ)回(2本指)
  ※スワイソウ・スクワット・腕立て等は2012年6月16日からスタート
   朝・晩にそれぞれ2回実施(文中×2)
●歩数 7133歩  
●懸垂 回 
●テンション

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11月06日(火)

起床時刻:04時25分

 就寝午後11時頃。途中の覚醒はほとんど記憶なし。逆に起きたり
寝たりを繰り返したのかも知れない。とにかく睡眠時間は5時間と
少し。昨日決めた4時ジャストに目覚めるというのは守れなかったが
まあこの程度ならその範疇としても良いような気もする。


 最近どうも体質が変わったようだ。体質というのは正しくは無いかもしれないが
体つきも変わったと女房に指摘された。いわく、筋肉質になったと言う事だ。
私は生まれつき筋肉質ではなく、どちらかと言うと女性体型・・に近いと思っていた。

 いくら厳しく鍛えても体は筋肉質にならなかった。これでも私は大学時代、空手部のキャプテンだった。
だから、その空手は極真空手で、ウェートトレーニングも熱心に勧めていた。私もそれなりにやった。
100キロのベンチプレスもこなし、後輩達からも「おー、凄いね」なんて言われたりした。

 それでも私は内心自分が筋肉質になった・・と感じた事は一度もなかった。
特に部員の中で筋肉質の者を見ると、あー、根本的に自分とは違うなっと思っていた。
しかし・・今よく考えてみると、私はいつも自分のペースを崩す事はなかった。
最初の大学で空手部に入ったとき、私はそれなりに同期生たちよりはうまい方だと思っていた。
というのも、私は高校時代から1年間空手を町道場で習っていたからだ。

 しかし・・その部は伝統的なクラブで、夏の合宿のときは、それはもう過酷な稽古だった。
倒れた者もいた。私もこれ以上ここにいたら死んでしまう・・と思ったほどだった。
先輩達は(私から見ればだが)私たち後輩をいじめて楽しんでいる・・と感じた。
私は愕然とした。私が転校先の大学で新たに空手部を創設した動機の中には
この旧態然とした昔ながらのシゴキ部というイメージの空手部を変えたいという思いもあったのだ。

 まあ、でも今から思えばあれはあれで良かったのではないかと思う。
しかし、私はこういう雰囲気の中では楽しくクラブ活動なんか出来ない・・と思い、結局クラブを辞めた。
今振り返ると、もし、私があのままクラブ活動を続けていたら、若くして筋肉質になっていたかも知れないと思う。
ただ、あの頃の私にはまだそれは分からなかった。私は遠回りをして今に至った。

 多くの人は(特に男は)厳しい環境の中で鍛えられる事に疑問を抱かず、素直に鍛えられていく。
いわゆる体育系というやつだ。私はでもこういう環境になじめなかった。常に自分が先頭で、自分のペースで
全てをしたいという強い思いがあった。それは現在でもそうであるが・・。
そのお陰で私は自分に甘く接してきた。だからいくら体を鍛えているように見えても体は正直である。
私はこの体つきは生まれつきなもので、どんなに鍛えても一生変わらないものと信じて生きてきた。
しかし、それは大きな間違いで、自分のペースを崩さないという一種の甘えから発生したものであったと
今は思っている。

 100キロのベンチプレスを成功しても、確かに肩の辺りの筋肉は一部盛り上がったりした。だが、全体的な
体つきは女の体型だった。自分のペース・・言葉はきれいでも、これは一種の「我」、「エゴ」である。人間は
飛躍的に成長したいと思ったり、変身したいと思うのなら、自分のペースを崩す事が大切である。
「もしかしたら死ぬかもしれない・・」「一生歩けなくなるかも・・」という恐怖と戦い、自分の殻を破くことなく
自分の壁は越えられないと思う。多くの男達はそれを若い頃先輩達に鍛えられて超えてきた。
私はそういう厳しい先輩達に触れることなく生きてきた。あるいは逃げてきた。

 私はこの歳になって、どうしてもそのような状況にならざるを得ないようになった。
今更・・と人は思うかも知れないが、ある意味、私は若い頃に戻った感覚が味わえている。それがまた楽しい。
人は若い頃は体も良く動いて無理が利く・・という。しかし、私の場合は逆で今の方が強く感じる。
それは人間は精神の生き物だからだ。精神が「出来る」と思えば出来るのである。
想像力で「このような体になる」とイメージすれば、人間のパワーはそれを実現してくれる。
人間を作った根本のパワーは、常に私たちと共にあって、私たちの指令を待っている。
それを拒否し疑い蓋を閉じているのは自分自身なのだ。

 私は以前、30キロを歩いたり走ったりした。毎日ではないが、自分が元気が無くなったら
すぐに行動に移した。初めは5キロくらいからだった。でも段々私の中の本当の自分が私を鍛えてきた。
段々ハードルを高くしてきた。そして、とうとう30キロになった。最初の頃は歩いた。だから7時間くらいかかった。
でも、最近は時間を短縮する意味で走るようになった。走るといっても、軽いジョギング程度だ。
しかし、とうとう、30キロ走っても元気が回復する事もなくなった。そして私は更にハードルを上げた。

 当初私は自分の中の厳しいハードルの高い自分を疎ましく思っていた。何て面倒くさいヤツなんだ、と。
でも、よく考えれば、その本当の自分は、私に人生の真実を伝えようとしてくれている・・と思うようになった。
私を高い境地に引き上げてくれるのは他の他人なんかではなく、自分自身なんだと。
私はその本当の自分と仲良く付き合おうと思うようになった。最初は自分が疎ましかった。なんで、俺だけ・・と
思ったり、他の奴らはこんなに苦労しなくても毎日機嫌よく生きてるじゃないかと。でも・・他人の心は分からない
分かるのは自分の心だけだ。自分が毎日楽しく明るく他者に親切に、そして創造的に豊かに生きられれば
それが一番だ。他人と比較しても仕方ない。自分の中の本当の自分と一生仲良く生きていこう・・と思った。

 時に、私は一日に50キロから60キロ走ったこともある。走るときは集中する。すると本当の私が
今の私に途方も無いパワーをくれる。大きなパワーが流れ込んでくる。これが今の私の生き方だ。
将来、こんなに苦労しなくても平気で簡単に元気になることもあるかもしれない。でも、今の私にはこれが
唯一の元気の源なのである。

 そして初めに戻るが、この過酷(?)な修行(?)が私の肉体を変えてくれたらしい。
一生筋肉質にはなれない、と思い込んでいたチッポケな自分が変わったのだ。走るだけではなく食べ方にも
注意している。しかしそれらは苦しいことではなく、どちらかと言うと、楽しい。もちろん、精神的な導師たちの
素晴らしい教えなども常に勉強した上での話しだ。

 晩酌後の楽しみのネットでのカラオケ・・。歌う歌も変わったような気がする。
筋肉質の体育系のシンガーたちの歌も好むようになった気がする。
私は長い間大きな誤解をしてきた。それは、そういうシンガーたちは体育系で、歌う歌もぶっきら棒な
恋人に愛を告白する・・なんてそんな歌詞は歌わないだろう、と。
しかし、それは全く違う。彼らは率直に愛の歌を臆面も無く歌う。男同士として、それを横から見てても
全くカッコイイ。逆に文科系の方が遠回りに愛を表現したりするようだ。
女心に強く感じさせようと思うなら、絶対体育系だ。彼らは厳しい現場を離れ女性に心から癒しを求め
それを愛という感情に載せてうまく表現する。芸術的に美しく愛の歌を率直に歌う。これは素晴らしい。
だから、今からでも決して遅くない、自分を厳しい環境に置くことだ。どんなに厳しい環境であっても、
本当の貴方は絶対負けないのだから。


●小食511日目 1日1食(菜食)197日目(12年4月24日~)
本日のメニュー:お好み焼 モズク ピーナッツ 餅入りぜんざい 焼酎軽く1杯 
●体重 ・・・スタート時61キロ(11年6月初旬)
  久しぶりに計る。さすがに2キロ減っていた。現在50キロ
●スワイソウ 500回(一気に)
●スクワット 100回(一気に)
●腕立て伏せ(一部拳立て) 150回(高速腕立て。一気に)
            回(5本指立て伏せ)回(2本指)
  ※スワイソウ・スクワット・腕立て等は2012年6月16日からスタート
   朝・晩にそれぞれ2回実施(文中×2)
●歩数 歩  
●懸垂 回 
●テンション

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11月05日(月)

起床時刻:04時00分

 就寝午後11時15分頃。途中多分一度くらいは目覚めたと思う
がはっきり記憶もない。睡眠時間は4時間半くらい。
しかし昨日は4時過ぎに起きてから仮眠ゼロで過ごしたためか、
仕事先にて夜うつらうつら状態が比較的長かった。そのせいもある。
自分の過去の日記を読んで、新しい自分のルールを決めようと思う。
それは毎日の起床時刻を一定にする事だ。就寝時刻は一定とは
行かないかも知れないが、起床時刻は一定にしよう。午前4時・・・
朝、毎日同じ時刻に起きる。一定した時刻に起きることで、毎日の
生活を一定にする。それは安定にするという事になるかもしれないからだ。
精神の安定につながるのではないかと考えるからだ。


 人間50を超えると大きく変化するみたいですね。
と言うのも、私の周囲なんですが、何かおとなしくなってくると
言うか、分別がついてくるというか・・
ジトーッとした感じなんです。みんながね。老化現象の一つでしょう
か・・。老いてくるというか・・

 しかし、それは40辺りから兆候が見えてくる。
まあイイ意味で自己防衛してくると言うか。
自己保存本能が強まってくるのでしようか。もう自分もそろそろ歳
だし、自分の身のまわりは守っていかなくては・・なんてね。

 それに比べて私のナントガキっぽい事か・・(笑)。 
将来のことも考えないといけないし、老後の事もあるし・・。
まあ、一般的に言えば、そうやっておとなしくなって無難になって、
このままそつ無く生きていければイイのでしょうが。

 私の場合、もう子育ても終わったし、やりたい事も色々やったし、
もちろん結婚して家庭も持ったしそりゃあ、人並みに全て出来か・・
ということになったらまだまだたくさん達成できてない事は
あります でもま、そろそろ吹っ切れてもいいんじゃないかと。
そう思っている昨今です。

 まあでも、50を過ぎるとみんなおとなしくなる。本人は
「自分も成熟した、大人になった」なーんて思っているのかも
知れませんが、私から見たらみんなおとなしくなっている。
このまま朽ち果てて死んでいってもいいのでしょうか。
体も心も衰えて、老化して、朽ち果てていくんです。

 私だって、娘達が結婚して孫が出来て、そして孫達と町に遊びに
行って「じいちゃん、じいちゃん」と言われて一緒に遊んだりした
ら、そりゃあ、楽しいだろうなって、くらいは想像します。
でも・・それだけで終わりたくないじゃないですか。

 子供のように、はしゃいで、笑顔で、楽しく暮らしたいじゃない
ですか。今日、仕事先の店に行った時、そこで働く20代の若い
ママに言われましたよ。「いつも楽しそう」ってね。
自分では意識しているわけじゃないんですが、楽しいんでしょうね。
ではナゼ、何が楽しいのって言われても、それは自分でも分から
ない。まあウキウキ気分はいつもありますね。生きてる事自体が
楽しいんじゃないですかね。

 私より少し年上のそこの店長にも言われましたよ。あんたはイイ
ねえーってね。何がイイのか分かりませんが・・。私、そこの店には
50代、40代ばかりなんです。一人唯一の20代の女性は私と
とても気が合います。と言うか、私は彼女と一番波長が合います。
だから、私は内心誇ってます 「あー、俺は心は20代なんだ」
ってね。でも、色々人生経験を積んで、苦労もして、人間の様々な
嫌なところも知った上で、心は20代なんです。そこが良いんです。
って自分を褒めたりして・・(笑)

 私はそこでは・・いや正確に言えば、一歩自宅を出たら、あんまり
自分の考えを主張しません。しかし、20代の彼女には、私は「どう
したら生活を楽しく暮らせるか」という事を話したりします。
彼女は私の言う事を真っ直ぐ聞いてくれます。しかし、40代、50
代は眉に唾をします。
それは仕方ない。誰だってプライドもあるし、自分が生きてきた
自信のようなものもあるからです。それでも私がこの先、色々な面で
成長していけば、段々とその輪は広がっていくと信じています。

 今やっている事に誇りを持とう・・と私は周囲の人たちにアピール
します。職業に貴賎はありません。人の役に立っている仕事なら、
誇りを持つべきです。
自分がいつも気分よく、上機嫌で生きていれば、たとえ、大げさな
活動なんかしなくても、政治家になんかならなくても、大学の先生
なんかならなくても、ボランティアで活躍しなくても私たちは私たち
の周囲に元気を与える事はできるのです。それが大いなる「愛」と
いうものです。
上機嫌に生きている人は親切です。そして笑顔が素晴らしい。
こういうプラスの波動は周囲に大きな影響を与えます。私たち50代
は、特にこの面で周囲に地域にそして国家に貢献しなくてはなりま
せん。その人が一人いるだけで周りが元気になりパッと明るくる・・
これだけでも人生生きている価値は大有りです。
それは決して大きな家を建てたとか、部長に昇進したとか、子供が東大に入ったとかというものでは何の影響も与えない。
私はこれらを否定しているわけではありません。ただ、その人が
プラスの波動をエネルギーを持ち、それを周囲に発散しているだけ
で彼は大いなる成功者である・・と言うことが言いたいのです。

 さて・・明日も楽しく生きたいな・・これが私の一番の望みなのです。


●小食510日目 1日1食(菜食)196日目(12年4月24日~)
本日のメニュー:お好み焼 モズク ピーナッツ 餅入りぜんざい
        焼酎1.5杯 
●体重 ・・・スタート時61キロ(11年6月初旬)
●スワイソウ 500回(一気に)×2
●スクワット 100回(一気に)×2
●腕立て伏せ(一部拳立て) 150回(高速腕立て。一気に)
            10回(5本指立て伏せ)回(2本指)
  ※スワイソウ・スクワット・腕立て等は2012年6月16日からスタート
   朝・晩にそれぞれ2回実施(文中×2)
●歩数 5628歩  
●懸垂 回 
●テンション

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11月04日

起床時刻:04時30分

 就寝午前0時前頃。途中一度程度目覚める。本日の睡眠時間は4時間半と少し。比較的短い睡眠時間だが、よく寝た感はあると思う。
本日は泊りがけの仕事。そして宇部まつりでもある。年に一度の市民の楽しみの日だ。私も昨夕、妻と一緒にその前夜祭に出掛け楽しんだ。夕ご飯は食べていたので、おやつ的に屋台のさつま芋フライを買って食べてみた。
ホクホクして美味かった。しかし寒さは中々のもので、
比較的薄着で出かけていたので少しこたえた。すっかり冬支度の人もいた。
 今年の芸能人ゲストは福岡の華丸大吉のお二人。午後8時からの
ステージのようだったが、私達はその前に退散してしまった。
しかし地元のダンサー達の元気な踊りや「よさこい」の演舞も充分
満喫できた。
 

 私は・・正直に言うと、今まで生きてきてこの人が親友だなって思える人がいないように思ってました。
いや、正確に言うと、社会人になってからかもしれない。
子供の頃は、そうでもなかったかな。
そうやって昔を思い出すと
あの顔がその顔が思い浮かびます。
子供の頃は親友って聞かれたらすぐに誰々って答えられたかもしれない。

 でも・・もう長い間、親友って、俺にはいないんだ・・って何となく思ってましたね。
と言うのも、私はどちらかと言うと、あまり自分のことを他人に語らないんですね。
人の事はあれこれと詮索したり質問したりするのに
自分のことには口を閉ざす。

 だから必然的に親友っていうものは自分に縁がないものと思ってました。
そりゃあ、宴会なんかあれば一緒に盛り上がったり、ちょっと悩み的なことを
話す仲間はいますよ。でも、心の奥底にある「秘密」めいたものはあまり言わない。
だから、自分には親友はいない・・とずっと思ってました。

 これってとても寂しい事ですよね。
でも、それが自分の精神を害したり自分の生活に支障をもたらすなんて事は思いませんでした。
だから、親友なんかいなくても生きていける・・と思ってましたね。

 よく言いますよね。
親友って、まあいても二人か三人。親友がたくさんいるなんてそれは親友なんかじゃないんだって。
私もずっと長い間そう思ってました。だから自分は寂しい人間なんだって。

 でもね。それはちょっと違うらしい。
親友って言うのは、いや、「心の友」って言うのは、そんなんじゃないんだって。
じゃあどんなんだって・・

 その人と話すといつもむかついたり、いらついたり、頭に来たり、腹が立ったり・・
そんなヤツっていますよね。心の友ってそんなヤツらしいんですよ。
自分の心を波立たせるヤツ・・それが親友なんだって。

 人間は何でこの世に生きてきたんでしょう
それは心を磨くためですよね。心を成長させるために生活する・・
意見の合う、仲の良い友達は何時間話していても楽しいし、愉快です。
でも、それじゃあ心は成長しない。
でもむかついたりさせられるヤツと接していても自分の心を平成に保つ事が出来るようになれば
それは心が成長したって事。
結局、嫌なヤツだなあって思ってたヤツは、自分を成長させてくれる先生なんだって。

 で、自分の事を磨いてくれるんだから、その人は「心の友」なんですよね。

 私はこれが分かりかけて、何か、とても楽しくなりました。
今まで淋しい・・と思っていたことが消えていったんです。
世の中って、ステキだなって思える。
だって、今まで親友なんていないと思ってたのが
その辺りに何人かいるんですから。
寂しさが消えていくんです。これはありがたい。

 今まで大げさに言えば「敵」と思ってたヤツが反対の友になる。
敵がなくなるんです。つまり・・無敵。
本当に強い人って、こういうんじゃないんでしょうか。
こういう人を目指したい。
なんだ、あいつもこいつも心友だったんだ・・って思える。
これってとてもステキなことですよね。
私はそう思うことにしました。


●小食509日目 1日1食(菜食)195日目(12年4月24日~) 
●体重 ・・・スタート時61キロ(11年6月初旬)
●スワイソウ 500回(一気に)×2
●スクワット 100回(一気に)×2
●腕立て伏せ(一部拳立て) 150回(高速腕立て。一気に)
           10回(5本指立て伏せ)回(2本指)
  ※スワイソウ・スクワット・腕立て等は2012年6月16日からスタート
   朝・晩にそれぞれ2回実施(文中×2)
●歩数 12942歩  
●懸垂 回 
●テンション

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11月03日

起床時刻:05時30分

 就寝午後10時半頃。途中何回か目覚める。しかし起きず。
仕事先。仕事先でも早くても目覚めて何かやる事を見つけるか
あるいはそういう環境づくりが必要だ。でも一番大事なのは、
そういう精神作りかも。食事量をもう少し落とそうと思う。

私も含めて4人のオヤジがある場所にいた。
私以外の3人のオヤジは「今頃の若者は行儀がなってない、
ろくに挨拶もできない云々」と手厳しいで、私はと言うと、
そうも思わない。
 これは私が最近の若者に媚びているからでもないし、好かれたい
から・・というものでもない。いや、そりゃあ誰だって、好かれたい
気持ちが無いとはいえない。私も好かれたい。でも・・だからと言
って、無理して私は最近の若者を贔屓している訳でもないのだが

 正直、私だって、彼らのことを見るとき、少しは嫌だなって思う
ことが無いわけでもない。でも・・特に最近だが、私は彼らの悪い
ところ、嫌なところが見えにくい。
どちらかと言えば、オヤジたち、いやいや男ばかりでなく、女性だって、大人たちの
ほうが嫌な人は多いように感じる。若者の方がまだ心が汚れて
いないだけ、ましだと思っている。

 そんな大人たちと一緒に仕事している時、私は多くが淀んだ空気を
吸っていて、気分が落ち込む時が多いように感じている。そんな時、
ちょっとでも若者と接すると途端に元気になる。これが良い証拠では
ないか!!
彼らの外見だとか、態度といった五感で感じる部分、目に見えたり、耳で聞いたり、肌で感じたりする部分は私は他の大人たちと違って
ほとんど悪く感じないのだ。人間は内面が大事、精神が大切なのだ。
だから、私は若者と接した時、ほとんどが元気になる。何かパァーッ
とした気分になれる。だから、私は若者の方が人間的に上では
ないか・・と思ったりする。

 そんな精神が落ち込んだ大人たちの中でも時々若者と同じ空気を
吸ってる人を見かけるときがある。精神が若い大人、柔軟な大人。
そういう人たちは、大人の持っている苦労してきた経験も持っていて
その上、若者のようなきれいな心もあるからとても好感が持てる。若者は苦労知らずで心がきれいでも、色々な苦労を重ねた上でも
まだきれいな心を保持している大人は素晴らしい。と思う。

 私は何回も言うが、最近特に若者の表に出ている言動や行動などで
嫌な気分になることがほとんどない。
みんな良いヤツ、いや、少しは例外もあるだろうが、でもそんなヤツでもまだまだ捨てたもんじゃない
 正直に言おう、私は他の多くのオヤジたちと違って若者に好意的
だ。多分その私の考えの波長が彼らに伝わるのだろうか、
彼らからよく声を掛けられる。写真を撮ってください・・と先月
だけでも2回お願いされた。そんな時、私は決まって彼らに言う。
「もう一枚、撮ろう」と。別にお願いされたわけでもないのにだ。
そして、こうも言う。「若者らしく、もっと弾けようよ」と。すると彼らは途端に「おや、このオヤジ、ちょっと他のオッサンと違うぞ」
と安心してくれるのか、元気なポーズを私に向けてくれる。 私は
こんな交流が大好きだ。
何で、こんなにイイ奴らが世の大人たちは気に食わないのだろう・・と不思議にさえ思う。

 何回でも言う、人間は中身が大事だ。地位とか、学歴とか、財産と
か、社会的に立派とされる行為とかそんなもんじゃない。
内面の心とか、精神とか、意思とか、そんなものがとても大切だ。
分かり易く言えば、どれだけ心がきれいかだ。 そして明るい・・
というものもとても重要な要素である。
私は若者に好かれたい。
心がきれいな人に好かれたいのは当たり前の事だ。 だから私も
もっともっと心をきれいにしたいと思う。
もし、自分が若者を批判したり、逆に若者から煙たがられたら赤信号
だと思う。波長が合わなくなった証拠である
もちろんこんな私は周囲のオヤジたちから浮いてしまい、嫌がられるかもしれない。
でも・・それは辛抱しよう・・。 皮肉の一つも言われても耐えなく
ては・・と思う。逆に彼らにも好かれるために私のきれいになった
心のエネルギーを彼らに送っていこうと思う。そして、一人ひとり・・少しずつでも今の若者に理解を示せるオヤジたちを増やしていこう!!     そう考える昨今です。


●小食508日目 1日1食(菜食)194日目(12年4月24日~)
 ここ数日メニューから高野豆腐の煮物を外している。
また以前はトウモロコシなど1本食べていたが今はそれもない。
また、今日からピザトーストも外そうと思う。これで多分総カロリーは
減るだろうと思う。現在は・・お好み焼き・ピーナッツ・ぜんざい
(餅入り)・時々モズク・焼酎1杯程度 
●体重 ・・・スタート時61キロ(11年6月初旬)
●スワイソウ 500回(一気に)×2
●スクワット 100回(一気に)×2
●腕立て伏せ(一部拳立て) 150回(高速腕立て。一気に)
            10回(5本指立て伏せ)回(2本指)
  ※スワイソウ・スクワット・腕立て等は2012年6月16日からスタート
   朝・晩にそれぞれ2回実施(文中×2)
●歩数 10858歩  
●懸垂 回 
●テンション

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11月02日(金)

起床時刻:06時08分

 就寝午後11時半過ぎ。途中何度か目覚めるも寒さのためか、
起きる気になれなかった。11月に入り、さすがに寒さが一段と
アップした。上が15度前後の気温。冬が近づいてきた。一食生活を
始めて、夏の暑さには今まで気づかなかった良さも発見できたが
それでは冬にも良さがあるのか・・・と期待していたが、何となく
昨日思ったことがあって、それは先ず、寒いからこそ、特に就寝時
布団の中の暖かさが嬉しい。これは本当に快適であり、気持の良いものだ。
 知り合いの中にも暖房を付けて寝る人も多い。エアコンである。
だから、実質布団などもそんなに多くないと言う。それだけ聞けば
本当に快適そうであるが。果たしてそうか・・・。
私は例えそういう恵まれた環境の中においても、エアコンはつけない。
せっかく寒い環境を与えられて、布団の中の快適さを感じられるのだから。
これは冬ならではの気持ち良さなのである。外は寒い。しかし布団の中は
本当に暖かく快適なのである。これは一年中で唯一冬にこそ感じられる
ものである。これをエアコンなどで無くしたくないではないか。
と感じた。あとは、朝、目が覚めた後、この快適さからいかに抜け出る
かであるが。 

 

 まあ今日は私なりの女性論。
強さ・・という観点からいうと、これは絶対女の方。だと思います。
男は完全に負けます。

 女って生まれたときからもう「女」になってる・・とよく言われるじゃないですか。
あれ、ホントですよね。
逆に男は段々男になって行くんだって。

 女の人って、いざとなると、どんな事言われても批判されても自分を貫きますよね。
男だったら、とてもじゃないけど、そんな大それた事なんか出来ない・・と引っ込みます。
優しいんでしょうね。男は。どうしても相手の事や立場を考えて思い切ったことが出来ない。

 本当は女の方が強いのに普段は弱い振りなんかして誤魔化してる。
逆に男は本当は弱いのに強がったりして・・。
だから最近私はそんな強い女性を見習って自己改造に励んでいるんですよ。
つまり、肉体的にも精神的にも今の男でありながら女の特質も併せ持とうとしているんです。

 女の人って、すぐ「ゴメンネ~」なーんて謝ったりする。いとも簡単に。
しかし男はこれが出来ない。男のプライドが邪魔します。
でも、まあ本当に悪い・・と思っているのでしょうが、男ほど重く考えてない。軽い。
しかしここがイイ。

 で・・絶対自分が悪いなんて言わない。客観的に見ても、どう見ても女の方が悪いのでは・・と
思うような場合でも、絶対自分が悪いとは思わない。で、男はこれにこの態度に腹が立って
で、先にカッとなった方が負けなんだから。ここで終わり・・。

 日本一のお金持ちだって言われている某氏も経営する会社はほとんど女性社員らしい。
女の方が絶対強くて優秀だからってのがその理由らしいです。私も最近つくづくそう思います。
だけど私はやっぱり悔しいから負けっぱなしは悔しいからどうかして彼女たちに勝ちたいと思う。
で、そんな最強の彼女たちに勝つためには先ずその実際強いと認めている相手の強さを研究する必要がある
と私は考えたんです。

 ナゼ彼女たちはあれほど強いんだろうって。
でもね。多くの女性は自分の強さにまだ気づいていないんじゃないかな・・って思えることもあります。
自分の彼氏や亭主が弱弱しい姿を見せて、「なーんだ、男って弱っちいのね」なんて思ってても
だから女の方が強くて優秀だって気づかない。

 これは悪循環です。
男は弱いから(これは優しい・・という面もありますが)、そんな弱い男が社会にドンと居座ってえばっているから
その影響を受けて女も自分の強さが自覚できない。男が女の強さを認めてその強さを自分の中にも取り入れて
成長していけば、それにつられて女も自分に目覚めるんじゃないですかね。

 男と女は愛する関係ですが、愛ってのは戦いでもあるんですかね。私は最近つくづくそう思う。
真正面からぶつかって(これは喧嘩したり・・ということではありません)そこを突き抜けたところに
本当の愛があるのかもしれませんが。

 まとにかく、女の人に勝つのは(まあ、人生勝ち負けではないと思いますが・・)並大抵な事ではない
自分が今まで一番大切にしていたものも全て捨てるような気持ちで向かって行かなければ
勝てる相手ではないような、そんな気がします。そしてその向こうに本当に女性に優しくしてあげられるような
そんな自分が存在するような、そんな気がしています。


●小食507日目 1日1食(菜食)193日目(12年4月24日~) 
●体重 ・・・スタート時61キロ(11年6月初旬)
●スワイソウ 500回(一気に)
●スクワット 100回(一気に)
●腕立て伏せ(一部拳立て) 150回(高速腕立て。一気に)
            回(5本指立て伏せ)回(2本指)
  ※スワイソウ・スクワット・腕立て等は2012年6月16日からスタート
   朝・晩にそれぞれ2回実施(文中×2)
●歩数 歩  
●懸垂 回 
●テンション

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11月01日(木)

起床時刻:03時38分

 就寝午後10時15分。最初の目覚めは午前0時過ぎ。さすがに又寝る。で、次は午前2時過ぎ。これも又寝る。しかし本来ならこの時点でも起きても良かった。既にこの時点で4時間の睡眠時間なのだから。
結局本日の睡眠時間は5時間と少し。まあ今の自分はこんなものだろう。


 私の知り合いにこういう人がいる。
彼はとても一見フレンドリーであり、人懐っこい。自分でも人が良く皆から
好かれていると思っているようだ。ある意味自信家である。
そんな彼は時々、と言うか、よく人とぶつかる。
温厚で人懐っこい人柄なのにである。
私もそれがとても不思議に思えたりしたものだ。
彼は多くの人と付き合い、多くの人間関係も築くのであるが、それと同じく
その人間関係を壊す。私から見ればいとも簡単に壊すようにも見えるときがある。
さよならだけが人生よ・・・という言葉があったが、まさにそれを地で行く人間なのだ。

 実は私も彼にさよならされた一人である。別れは突然に来た。私としてはよくある
喧嘩の一つくらいに思っていた程度なのだが、彼にとってはそうでもないらしい
のだ。彼から見れば人間関係というものは宝物のように重要で大切なものなのかもしれない。
そしてそれは一面の真理でもあるし、私だってそれは否定しない。
人間関係は大切だ。
だが彼はそれがとても極端に見えた。私は長い間その訳が分らないでいた。
私だったら、これくらいのことで、そんなことで、と思って、まあ大目に見て
清濁併せ呑む・・・ではないが、それもまた彼なのだ、と受容してそれなりに
付き合うのだが。

 彼と別れてある程度の長い時間が経った。私は彼の動機や理由が分らない
ままでいた。
が、最近、ふとしたことでその理由が分ったような気がした。
彼のブログの一部で、その理由が何となく分るような部分を見つけたのだ。
彼はネットだけの中で交流しているらしいある年下の女性にこういうコメントを
入れていた。いわく、自分はある人と付き合ってて、良い気持にならなければ、
あるいは楽しい気持にならなければその付き合いは価値が無いのだと。
良い気持で付き合えないようになったら、自然と離れていくのだそうだ。
私はそれを「当たり障りのない、ふわふわした付き合い」と見た。
決して彼を批判するわけではないが、自分のことを意見したり注意する友達の
存在は彼は許さないようだ。あくまでも彼にとって友とは自分を褒めてくれ
やさしくしてくれる存在のようなのだ。

 自分のことを認めてくれてやさしく接してくれる人のみ長く付き合い、それ以外は
距離を置く。そういうことらしい。私は彼のブログでのコメントを読んで「あ、
なるほど!」と合点した。そうか、奴は、俺との付き合いが息苦しくなり、
楽しくなくなったんだ、それで俺と離れていったんだ・・と。
そして彼は分かれる時は直接ぶつけるのではなく、自然と、分らないように、
静かに離れていくのがコツだとも書いていた。なるほどな・・。

 私は思った。しかしな、普通の友達関係でなら、それはそれでいいかも知れないが
それは私の知ったことでもないし、別に良いのだけれども、職場の人間関係、
特にそれが上司との関係、社長との関係とかだったら、ちょっと困るのでは
ないだろうか。
上司とか社長、経営者との付き合いが心地良くなくなったら、その場を離れるなら
会社勤めが続かないだろうし、例え、自営業になったとしても、顧客との関係が
いつもうまく行くとも限らないではないか。そうなれば仕事の世界では生きて
いけない。
なにをしても長続きできないと言うものである。実際彼はよく仕事や職場を変って
いるようだ。それでは本人は良くても奥さんや子供は困ってしまう。いや、本当は
自分が一番辛いはずである。

 彼は上記の事を正当なことであると信じているようだが、私は疑問である。
その関係が楽しいものでなく、心地良いものでないものは全部駄目だ、と
決め付けても良いのであろうか。自分の狭い範囲、自分の考えのみの小さい世界で
判断して相手を排斥するようなら、それを人は一般的に「心が狭い」というのである。
この「心が狭い」というものが、全てのものを破滅に導くのである。
心が狭い人は例え善人であっても、良い人生は送れないのである。
反対に、ギャングの親分や、ヤクザの親分の中で、とても悪いことをしている人でも、心が広くて、多くの子分を受け入れてくれる人は皆から愛され慕われている。
そしてそういう人はある意味心から人生を楽しんでいるように見えたりする。
しかし心の狭い人は一見楽しそうに見えてもやさしそうに見えても暗かったり
するものである。病気にもよくかかる。心の病の多くの原因はこの「心の狭さ」
かも知れない。

 私はこの彼を反面教師として、これからの人生も又多くの人と付き合うだろうし、
少しの人としか付き合わないとしても、その相手が自分の心の範疇に漏れたとしても、従容として、素直に受け入れようと思う。今までやってきたようにである。.


●小食506日目 1日1食(菜食)192日目(12年4月24日~) 
●体重 ・・・スタート時61キロ(11年6月初旬)
●スワイソウ 500回(一気に)×2
●スクワット 100回(一気に)×2
●腕立て伏せ(一部拳立て) 150回(高速腕立て。一気に)
            10回(5本指立て伏せ)3回(2本指)
  ※スワイソウ・スクワット・腕立て等は2012年6月16日からスタート
   朝・晩にそれぞれ2回実施(文中×2)
●歩数 6315歩  
●懸垂 回 
●テンション

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