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起床時刻推移グラフ

目標起床時刻:05:00 平均起床時刻:03:35

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12月31日(月)

起床時刻:05時15分

 就寝午後11時半頃。途中午前1時頃目覚めるがさすがに又寝る。昨日決めたばかりなのに。だが、やはり時間が時間なので・・。しかも、本日は大晦日ではあるが、私は仕事。出張でもあるのである。少しは余裕が欲しいのだ。これは由としたい。しかしそれからはググッと寝込むことが出来たようだ。4時間くらい一気に寝たようだ。本日、明日にかけての寒気のお陰であろうか。今日は冷え込む予定だ。さあ、仕事だ♪ 仲間が待っている。私は幸せである。とにかく仕事先でも出来るだけ更新したいと思っている。

 本日は仕事先であり、昼に一食分を食べることにした。晩はおやつ程度に抑えよう。トータルでは最初に一日一食を始めたころくらいの量に近いものである。ただし、グリコのキャラメル、クッキーなどは今後購入しないことにした。あれば休みなく口に入れてしまう癖ができつつあるからである。気づけばすぐに止めよう!


●小食565日目 1日1食(菜食)251日目(12年4月24日~) 
●体重 ・・・スタート時61キロ(11年6月初旬)
●スワイソウ 500回(一気に)
●スクワット 210回(30回×7セット)
●腕立て伏せ 回(高速腕立て。5本指立て伏含む 一気に)
            10回(2本指)×3セット
  ※スワイソウ・スクワット・腕立て等は2012年6月16日からスタート
   朝・晩にそれぞれ2回実施(文中×2)
●歩数 歩   
●テンションアップ日目

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12月30日

起床時刻:02時15分

 就寝午後10時半頃。途中覚醒はあったかも分からないがはっきり覚えていない。つまり、一気に3時間の睡眠を取ったかも分からない。久々の一気寝の感じ。もしそうだったとしたら、嬉しい。正確には2時間45分の睡眠時間。それでも良いのである。と言うか・・・昨夜、私はこう考えた。そう、何度も何度も考えたのだが、1時間半の睡眠で途中覚醒したって、もうその時間でも、もう起きようって。躊躇無く。それでもう睡眠、充分だよって、神さんが私にそう教えてくれてるのかも知れないから。つまり、だ、お前はそれくらいもうちょっと過酷に生きてもゼンゼン大丈夫なんだって言ってくれてるのかも分からないではないか。つまり・・1時間半くらいの睡眠で目覚めればちょっと体と心もキツクて、それで過酷で、それくらい頑張っても良いんだって。ちょっと今は甘やかせているんだって。そう言いたいのかも知れない。神様が。

 自分で自分をちょっと甘やかせているのかも知れない。私は。もうちょっと過酷に生きよう。過酷に生きよう! 今はお前は甘えているよって。戦争中、みんなもうちょっと厳しかった。と言うか、日本は全体的に甘やかされているのかも知れない。いや、正確に言えば、みんな自分に甘いんだ。でもこれは仕方ない。これだけ平和で豊かで、物が溢れていれば、過酷な事も起きなければ、甘えてくるものである。だから私的には、個人レベルで、私の守護霊が神様に言われて、もっとこいつを厳しくしろって、そう言われているのかも知れない。
 あるいは・・私の体と心は既に、もう既に、1時間半くらいの睡眠でも目覚めても大丈夫なのかも知れない。今をありのまま、全部、肯定してみよう!♪

●小食564日目 1日1食(菜食)250日目(12年4月24日~) 
●体重 ・・・スタート時61キロ(11年6月初旬)
●スワイソウ 500回(一気に)
●スクワット 110回(一気に)
●腕立て伏せ 回(高速腕立て。5本指立て伏含む 一気に)
            10回(2本指)×3セット
  ※スワイソウ・スクワット・腕立て等は2012年6月16日からスタート
   朝・晩にそれぞれ2回実施(文中×2)
●歩数 歩   
●テンションアップ日目

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12月29日

起床時刻:03時20分

 就寝午後11時。途中午前0時過ぎに目覚める。この時意識はだいぶはっきりしていた。10分か15分程度は目覚めていたと思うが、そのまま再び睡眠に突入。次に本日の起床時刻に目覚める。が、本日は出張先にて同僚と一緒。しかも相手は神経質。起き上がるのに幾分悩むが、20分程度煩悶。というか、ちょっと大げさかも。で、スパッと起きる。目覚めたのは正確には午前3時。トータル睡眠時間は4時間弱。

●小食563日目 1日1食(菜食)249日目(12年4月24日~) 
●体重 ・・・スタート時61キロ(11年6月初旬)
●スワイソウ 500回(一気に)
●スクワット 回(一気に)
●腕立て伏せ 回(高速腕立て。5本指立て伏含む 一気に)
            10回(2本指)×3セット
  ※スワイソウ・スクワット・腕立て等は2012年6月16日からスタート
   朝・晩にそれぞれ2回実施(文中×2)
●歩数 歩   
●テンションアップ日目

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12月28日(金)

起床時刻:05時01分

 就寝午後10時半頃。途中何度か目ざめ、最終的に午前4時に目覚めるが、昨日購入したストーブを付けてしまい、何か安心して再び寝てしまったようだ。そのお陰で、本日の睡眠時間は6時間半。良く寝てしまった。外は雨。今日は久しぶりの出張だ。しかし、更新は随時出来る環境だから、出来るだけやりたいと思っている。

 仕事先にて更新中。少し前にずっと降っていた雨も止んだ。
仕事の合間を見ながら、スクワット、スワイソウなどをやる。最近また空腹感と戦っている自分がいる。もう8か月以上だというのに、なかなか収まらないものである。ただ、最初のころの空腹感とは感覚的に少し違うような気もする。

●小食562日目 1日1食(菜食)248日目(12年4月24日~) 
●体重 ・・・スタート時61キロ(11年6月初旬)
●スワイソウ 500回(一気に)
●スクワット 160回(一気に)
●腕立て伏せ 回(高速腕立て。5本指立て伏含む 一気に)
            10回(2本指)
  ※スワイソウ・スクワット・腕立て等は2012年6月16日からスタート
   朝・晩にそれぞれ2回実施(文中×2)
●歩数 歩   
●テンションアップ日目

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12月27日(木)

起床時刻:03時34分

 就寝午後10時半頃。途中何度か目覚めるも、最初の目覚めは多分3時間後くらい。本日の睡眠時間は5時間。まあまあかな。

 2本指の腕立て伏せが15回出来てしまった。今朝。何となくやってみたらあっけなく。余裕を残して終われた。
 こういう「荒業」が出来るのも、少食のせいだと思う。たくさん食べていたらこういうことは出来ないかも知れないし、例え出来ても時間が数倍かかるだろう。そして根性も必要だろう。精神力も。しかし少食で過ごせば楽に出来る。誰にでも出来る。何故かなと思うが、多分物理的な問題ではなく、「気」あるいは「霊力」といわれるものではなかろうか。霊的パワーというものかもしれない。
 朝はとにかく冷える。放射冷却。こういう日は日中が暖かく、日差しがある。明日からはしばらく暖かくなりそう。三寒四温。良く言ったものだ。神様は優しいのである。段々と冷え込んでいって、ピークになれば徐々に暖かくなる・・という段取りを踏まず(もしこういうシステムならば、人間の恐怖心を呼び起こすように感じる)、暖かくなったり寒くなったりを(それも3日とか4日の周期で)繰り返していって冬を過ごすというシステムは本当に優しさを感じる。


●小食561日目 1日1食(菜食)247日目(12年4月24日~) 
●体重 ・・・スタート時61キロ(11年6月初旬)
●スワイソウ 500回(一気に)
●スクワット 回(一気に)
●腕立て伏せ 回(高速腕立て。5本指立て伏含む 一気に)
            15回(2本指)
  ※スワイソウ・スクワット・腕立て等は2012年6月16日からスタート
   朝・晩にそれぞれ2回実施(文中×2)
●歩数 歩   
●テンションアップ日目

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12月26日(水)

起床時刻:03時42分

 就寝午後10時過ぎ。途中何度か目覚める。睡眠時間4時間後くらい、つまり、午前2時過ぎ、割合意思もはっきり。だが昨日のようにパッと起き上がる気にはなれず。自宅でそして寒さのためか。今日も冷える。結局本日の起床時刻。それでも、割合良い感じで起きられた。テンションは・・・良いのではないかと期待を込めながらの判断。まあ以前は、テンションがアップしても1日しか続かず、そんな事が何年も続いたものだから、すっかりそれが潜在意識に定着してしまって、テンションは2日以上は持たない・・・という変な意識を持ってしまっていたからだ。

 しかし最近の特徴は、先ず、2日以上続く。そしてもう一つ。長く続く。と言っても、最初は確かに20日近く続いてくれたが、2回目は3日で終わってしまった。これを意志の力で維持継続しなくてはならない。本日の睡眠時間は、結局布団の中の滞留時間として、6時間弱。

 今日は底冷えが感じる。目覚めて2時間以上が過ぎたが、仕事やブログ更新、朝刊読みなどにその時間を費やした。熱いコーヒーは何よりも換え難い。今日明日と差し迫った仕事、拘束されるような仕事も入っていない。何をしようと考えるが、妻や娘達に何かを言われればそれが私のすることなのだろう。家族の良さというものである。しかし、もし独り身なら私は全く別の事をやるのだろう。また、直感で動く事も大切な事だ。やる事は必ず出てくるものである。(早朝更新)


 2本指での腕立て伏せが12回出来た。こういう時、ふっと直感的に出来るのである。フッとやりたくなり、そういう時やれば必ず新記録達成となるのである。多分・・私の守護霊が私にさせるのだろう、今やってみなさいよってね。

 空手の極真会館の創始者、大山倍達さんは確か1本指のみの腕立て伏せを数百回出来たものと思う。もうそりゃあ、無限に近いくらい出来たのだろう。そして彼はその鍛えられた握力でコインを親指と人差し指のみで握って半分に折り曲げたそうである。こうなると物理を超えている。私は子供の頃、この逸話を聞いた時、ホントに凄い腕力だと思っていたが、これは多分物理的な、この世の三次元的な世界のものではないと今なら思う。自分が1日1食で、毎日鍛錬を欠かさなくなった生活を続けて思うのは、これはもう人間業ではないからだ。

 三次元の世界のものではないとすれば、これは何か・・。これはきっと四次元以降の世界のものだと思う。つまりこの世の常識を超えた世界、物理を超えた世界である。物理の権威と言えばあのアインシュタインだが、彼もまた多分この世の常識を超えた世界、この世の上に広がる世界を信じていたのではないかと思う。

 彼らは皆共通している。それはこの世の常識を超えた世界に住んでいたと言うことだ。確かに肉体はこの世にあった。だがその精神、意識は多分この世の上に広がる四次元以降の世界に存在していたのだろう。この世の上の世界から彼らにあらゆる崇高なインスピレーションが降りてきていたのではないのだろうか・・。

 私もまだまだその世界の端くれの末端の下っ端の、いやいやまだまだ入ることさえ許されないちっぽけな存在なのかも知れないが、毎日の鍛錬を重ねてその世界を垣間見てみたいものだと思う。その為の1日1食、そしてスワイソウ、そしてスクワット、腕立て伏せなのかもしれない。ただ・・・私は打算なんかではやっていないし、それだったら続かないものである。私はあくまで無目的でやっているのかも知れないのだ。スワイソウは瞑想であり、神との対話の時間を私にくれる。


●小食560日目 1日1食(菜食)246日目(12年4月24日~) 
●体重 ・・・スタート時61キロ(11年6月初旬)
●スワイソウ 500回(一気に)
●スクワット 100回(一気に)
●腕立て伏せ 回(高速腕立て。5本指立て伏含む 一気に)
            12回(2本指)
  ※スワイソウ・スクワット・腕立て等は2012年6月16日からスタート
   朝・晩にそれぞれ2回実施(文中×2)
●歩数 歩   
●テンションアップ日目

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12月25日(火)

起床時刻:03時01分

 就寝午後11時過ぎ。途中午前0時過ぎに目覚める。さすがに睡眠1時間と10分程度では起きることはしなかった。というか、寝たほうが快適と考えた。今の私は「快適」を優先したい。快適は堕落・怠惰とは違う。人間の進歩の源泉である。時には厳しさも快適になる事もある。
 結局睡眠時間は4時間。途中覚醒から数えても3時間。一気寝は3時間なのだから良しとしたい。3時間も一気に寝られた、深い睡眠が得られたのだ。そして・・ここ数日テンションが落ちていたが(と言っても、体調も良いし、元気なのは元気であるが)、その特徴としては、寝起きがイマイチなのである。サッと起き上がれない。テンションが一日高い日はこの目覚めるとともにほぼ同時にパッと起きれる、寝起きがすこぶる良いというところが特徴だ。だからと言って、歯を食いしばって頑張って飛び起きる…というのでもないが。まあ、無理なく、どちらかと言えば、喜んで、起きれる、その方が「快適」と感じる、そんな感覚だ。そしてそういう日は大抵ハイテンションだ。今日は何となくそんな感じを得た。私の思い過ごしかもしれないが、もしそうなら・・・うれしいな。不思議にこういう日はあらゆることが良い方向に結びついたりする。すでに一つ。私のオークションブースで高価格に設定していた商品に落札が付いていた。今までにない高価格で初期設定していたので(私としては)一回目では無理だろう・・と思っていたのだが。意外にすんなり落札。これもまたハイテンションの引き寄せのパワーであるかも。

 仕事先にて同僚と一緒の寝室にもかかわらず、私はサッと起きれた。わずかトータル4時間の睡眠時間で心と体はほぼ全開になっている感じだ。すぐに着替え、このパソコンがある部屋に直行し、パタパタとこういう具合にキーボードを軽快に打って更新できている。同僚はまだ夢の世界だろう。同僚は一日三食、しっかり食べ(と言っても、大食には見えない)その代り、しっかり睡眠をとっているのである。それはそれで良いのだ。普通に生活する分には全然悪いことではない。彼はとても好社会人に映る。しかし私はそうではない。私は「使命」を感じる。これは決して自惚れて言っているのではない。使命と言っても、自分に与えた使命なのであるから。私がこの世に生れ出る前から私自身に与えた使命の通りに生きているにすぎないのだ。私はこれを淡々と気負いなくこなしていくことに過ぎないのである。自分が書いた脚本通りに生きているにすぎない。(午前中更新)


 結局心配していたが本日はテンションがアップしていた。良かった。午前3時に起きたにもかかわらず現在(午後3時前)まで一度も仮眠は取っていない。もう12時間になる。一日の半分が過ぎたという事だ。早いものである。光陰矢のごとし・・とはまさにこれだ。で、私はこの半日で何をしたか、反省。職場は午前9時まで居て、仲間達と楽しい交流を図った。それはとても貴重な時間である。これこそまさに仕事の核かもしれない。全員が私より年上であり、ある意味私にとってはとても良い勉強になる。特にこの日交流した同僚は全員が(3人だが)元自衛隊員である。途中入隊ではなく、自衛隊一筋の者ばかりである。

 帰宅後しばらく自宅にいたが、買い物に出掛け、3,4軒、スーパーなどを回った。街はクリスマス商戦真っ盛り。華やいだ気分も良いものだ。目覚めてから職場に6時間、そして、自宅と外出で6時間。まあ、こんなものか。明日と明後日は自由な時間が与えられている。食べたものは、キャラメル、クッキー、それぞれ1個ずつ程度。あとコーヒー。一日一食は中々過酷かも知れない。そしてその唯一の一食でさえ、私は最近は腹八分目に抑えているのである。(午後更新)

 
 どうにか腹八分目で食欲を抑えた。とにかく毎日ほぼ同じものを食べるから準備に手間も掛からずめんどくさくない。同じものを食べても飽きないのである。これは不思議である。私が毎日食べているのはいわゆるお好み焼きである。1日にたった一食だから、食べる時は華やかな気持ちで食べたい。だから熱々なものが良いのである。これが冷えたものなら何か寂しいではないか・・。しかしカロリー的にはどうなのだろう、また、量的にも多くならないのだろうか・・・と思ったりすることはある。これから先、もっと食べる量を減らす時には冷えた料理も食べたりすることもあるだろう。今日は少しだけ自分の食事をいただきながら家族が食べるクリスマスのオードブルも少しだけ食べてみた。もちろん冷えたものだ。これが意外に美味しかったとだけは付け加えておこう(笑)


●小食559日目 1日1食(菜食)245日目(12年4月24日~) 
●体重 ・・・スタート時61キロ(11年6月初旬)
●スワイソウ 回(一気に)
●スクワット 回(一気に)
●腕立て伏せ 回(高速腕立て。5本指立て伏含む 一気に)
            回(2本指)
  ※スワイソウ・スクワット・腕立て等は2012年6月16日からスタート
   朝・晩にそれぞれ2回実施(文中×2)
●歩数 歩   
●テンションアップ日目

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12月24日(月)

起床時刻:05時04分

就寝午後10時半頃。途中何度か目覚めたと思うがいつものようなはっきりした意識は無かったと思う。一気に寝たのもある程度の時間は確保してると思う。夢もはっきり覚えている。睡眠時間は6時間と少しくらいか。よく寝た。寒さの影響もあるだろう。本日は多分今期最高の寒さになるかもしれない。出張日。道路の凍結を心配していたが、多分このままなら大丈夫だろう。

 今日から徐々にだが「微食」モードに入ろうと思う。すぐには無理かもしれないが。つまり一日500キロカロリー程度の食事だということである。自分に気合を入れよう。現在の食事量は以前の自分と比べて、また、一般と比べれば明らかに小食とは思う。が、現在の自分の意識としてはそんなに小食という実感がないのである。これは本当に不思議だが。つまり「慣れ」というものだろう。人間の体とか意識というものは、こういう点、凄いものだと思う。

 確かに慣れはあるのだろうが、自分では気づかないうちに、いろいろな変化もあるものと思う。例えば、二本指での腕立て伏せだ。気づけばやっているというくらいに日常化している。思わずやりたくなってくるのだ。今は11回が最高である。しかし一日に何回もこれをやっている。他には寒さにも強くなっている。去年の私なら外出した時とか、仕事でずっと外でいる時などネックウォーマーを必ず着けていたものだ。特に自転車などに乗った時は必需品だった。が、今はそのネックウォーマーが一度も使われていない。逆に冷たい風などが首回りに当たるのが心地よくさえなっているのである。(午前中に更新)


 旅に出たい精神・・というものがあるとしたら素敵だと思う。精神を心と言い換えてもいい。今の私は月に一度くらいは旅に出たい。以前は旅と言えば物見遊山的なものだった。それに性欲的な欲望もあったりした。しかしこれは歳を取ったから消えたものではない。私が根本的に食生活を変革したからそうなったのである。今の私は俗に言う「草食系」である。だが、世間の草食系とは違う。私はゴリラのような草食系である。腕力も以前より飛躍的に強まっているし、パワーも違うし健康度も違う。私は絶対平和主義者になる道を選んでいる。と言っても、まだ一年にも満たない新参者ではある。だがその志は高いと思う。

 血圧も170とか180に近かった。今は適正値の130くらい。健康診断でもほぼ合格。満点も近いと思う。こんな健康体になった私は時々旅に出たいと思う。まるっきり環境が変わった場所に行って、様々な所で刺激を浴び、その土地の人とふれあい、建物や自然などに感動する。血沸き肉躍る体験をするのである。「たかが旅でそんなにも・・」とおっしゃるだろう。以前の私ならそうだったかもしれない。私でもそう感じただろう。お前、そんな大げさなって。でも本当に今の私はそう感じているのだ。旅の魔力、威力とは凄いものだなと感心する。

 ある偉人の住んでいた居宅に訪問したとしよう。私はそこでかつて生きていた彼の息吹を感じる。生活を感じ、意思を感じる。彼の志さえも感じればそれは旅の醍醐味ではなかろうか。彼と一体となり、彼に溶け込むのである。彼に学び彼にわが身を投影させ彼とともに生きようとさえ思ったりすれば旅はなんと素晴らしい体験となるだろう。

 ある場所だっていい。そこは様々な人々がかつて交流しある空気を生み出していたのだ。その空気を吸う。さらに、絶景は素晴らしいパワーを持つ。そのパワーを体いっぱいにいただく。旅は良いものである。人間を根本的に変える力を持つ。.



●小食558日目 1日1食(菜食)244日目(12年4月24日~) 
●体重 ・・・スタート時61キロ(11年6月初旬)
●スワイソウ 500回(一気に)
●スクワット 100回(一気に)
●腕立て伏せ 150回(高速腕立て。5本指立て伏含む 一気に)
            回(2本指)
  ※スワイソウ・スクワット・腕立て等は2012年6月16日からスタート
   朝・晩にそれぞれ2回実施(文中×2)
●歩数 歩   
●テンションアップ日目

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12月23日

起床時刻:03時38分

就寝午後11時。途中午前1時直前頃に目覚める。やはりまだ続いているようだ。それでは少し前にあったあの状態(4時間一気に寝る)は、なんだったんだろう。ま、いいか。本日の睡眠時間は結局4時間半。これは適当である。途中覚醒した時点から考えれば2時間半ちょっとの睡眠を一気に取ったという事になる。

●小食557日目 1日1食(菜食)243日目(12年4月24日~) 
●体重 ・・・スタート時61キロ(11年6月初旬)
●スワイソウ 500回(一気に)
●スクワット 回(一気に)
●腕立て伏せ 150回(高速腕立て。5本指立て伏含む 一気に)
            回(2本指)
  ※スワイソウ・スクワット・腕立て等は2012年6月16日からスタート
   朝・晩にそれぞれ2回実施(文中×2)
●歩数 歩  
●懸垂 回 
●テンションアップ日目

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12月22日

起床時刻:04時34分

就寝午後11時過ぎ。今朝は4時間弱一気に寝ることが出来、最初の目覚めが午前3時。やはり、昨日思ったとおり、寝るまでしっかり起きていたお陰であった。4時間、一気に寝ることが出来た。熟睡できたと思う。しかしそれにもかかわらず、布団の中から中々出て来れなかった。多分寒さの為か・・。で、直ぐに又寝てしまった。1時間半後に又目覚め、そして起き上がる。まあまあ良い調子。
本日は出張日。

●小食556日目 1日1食(菜食)242日目(12年4月24日~) 
●体重 ・・・スタート時61キロ(11年6月初旬)
●スワイソウ 500回(一気に)
●スクワット 100回(一気に)
●腕立て伏せ 回(高速腕立て。5本指立て伏含む 一気に)
            10回(2本指)
  ※スワイソウ・スクワット・腕立て等は2012年6月16日からスタート
   朝・晩にそれぞれ2回実施(文中×2)
●歩数 歩  
●懸垂 回 
●テンションアップ日目

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12月21日(金)

起床時刻:05時13分

就寝午後11時半過ぎ。途中何度か目覚める。が、1時間半後では無かったと思う。で、最終的にも本日の起床時刻から遡っておよそ3時間の睡眠で目覚めた。つまり・・・トータルの睡眠時間6時間弱の中に一気に寝た(途中覚醒なしの意)時間が3時間は確保できているということ。昨日は夜ずっとコタツの中でテレビを見ていた。私としては珍しい。途中面白くなくなり部屋に戻るのであるが、昨日は珍しくコタツに長居をしてしまった。そして後半はうつらうつら状態が多分30分程度あったと思う。その影響からか布団の中に入っても、あまり眠気も無かった。それが何度かの途中覚醒をもたらしたのかも知れない。要は、寝る前は眠気の強い状態がイイのだと言うことだろう。(早朝更新)


 食事をすれば元気が出る。これは人間にとってはごく当たり前の事だと知られている。だが果たしてそうだろうか・・。食べた後は休みたくなるではないか。本当に元気が出るのならその反対の概念つまり休みを取りたくなるというのはどうしてなんだろう。お腹一杯食べれば消化吸収に内臓が働くから・・。まあ、色々考えられるが。それではその反対、お腹が空いても食べなかったら・・。元気は出ないのだろうか。いつまで経っても。

 今の私にはそうらしくもない。お腹を空かせば空かすほど元気が気力が体の奥から主にお腹の中から出てくるような気もするのだが。これこそ気のせいなのか。気力がぼわーと湧き出てくる感じがするときもあるのだが。これも又気のせいかも知れない。

 気がつけば二本の指で腕立て伏せをしている自分がいる。どうしてもそうしたくなるのである。たった二本の指で腕立て伏せをしていると、両腕から体全体にエネルギーが流れ出し、全体に力強さがみなぎるような気がするのだが、これも又気のせいかも知れない。

 朝も早く起き、休日だって構わない。仕事の日でも休みの日でも関係なく、私は動く。何かをしたくなってくる。五感も鋭くなり、鋭敏となる。第六感だって働きだすだろう。超能力や霊感、霊能力といったシロモノかも知れない。しかし私にはそれが何だが分からないし他人が定義したものだから。

 今の私には二つの主な仕事があり、その仕事からお金を稼いで入るが、もっと仕事を増やしてみたいという思いもあったりする。食べる量はどんどん減っていっているのにだ。出て行くお金は減る一方で、お金は必然的にたまっていく。結局食べる事に人はお金を使っていき、連動して他の色々なものに出費していくのだろう。食べる事を減らせば自然と他の出費も減っていくのであろうか。

 だから究極、働かなくても食べていけることも可能かもしれない。だって、一人ぽっちで暮らしているのではなく、私には妻もいるし、まだ子どもも一人家に残っている。また出て行った娘も頻繁に我が家に帰り共にご飯も食べたりしているし、妻といまだに仲が良い。そしてその娘には働き者の私にとっては義理の息子もいたりする。

 そして私には頼もしい兄弟達もいる。いざという時にはこういう人たちに助けを求めれば今の日本では充分食って行けるのかも知れないし、また、私の上司なども私の生活の事をよく理解してくれ色々と助けてくれる気持ち満々である。私はこのようにとても果報者である。

 だから私はいざとなれば、働かなくても生きていけるような気もする。でも働く事に対して苦痛はさらさら無い。以前の私なら多分そうは思わなかっただろう。働かなくては駄目だ、食っていけない、自分で自分を縛っていただろう。物質による自己への呪縛である。

 世間には食っていけれないようになった人には色々な場所で救済処理が働いているようである。だから働きたくなければ働かなくても結構なのではないのかな。しかしやはり人は結局何らかの形で働きたくなるのではなかろうか。自然とそうなるようにインプットされてこの世に生まれ出てきているような気がするのであるが。

 私のように食べる量を段々減らしていき、以前の自分の量と比べれば三分の一程度になった者として見れば、食べる為に働く・・・という概念が乏しくなっていっているのではなかろうか。すると・・・人間はどうなるのだろう。働く目的がもしかしたら変わってくるのかも知れない。そして人間の本来の目的は「他者の為に」というものだったとしたら、果たして、どうなって行くというのだろうか。

 その結果、他者への奉仕が自己の喜びとなれば。
今までの人生が自分の食べる事への働きであった。それが今度は他者への奉仕、他者への愛となったら、一体人間の心はどの方向に向って行くのだろうか。私はそれもまた楽しみで今の実験をやっているのだとも言える。でも・・・少しは食べているから、ちょっとの欲もあるが。が、今までの人生とは比率が逆転しているのだから、自然と働きが大きくなる。今までは個人、一人のみ、今は他者、つまり、一人以上、二人、三人、とその数も増えて行けば、一人の為に稼いだ時よりもそれは倍増するのが自然な姿である。

 若かった頃は自分ひとり。せいぜい実家に自分の食い扶持を出す程度。結婚してからは妻の分。子どもが出来ればせいぜい三人程度の食い扶持。自分を入れても四人の食い扶持の為に私は脇目も振らずに頑張ってきた。今は子どももほぼ独立。私と妻の食い扶持。しかも私は食べる量が極端に減っている。妻は私に頼っているが、逆に娘達も妻を応援できるようになった。もちろん妻は妻で娘達を応援、相互扶助である。私の肩にかかっていた責任はどんどん減る。自分の食べる事も頓着しなくなっているのだから。

 そうすると今の私は他の大いなる他者。その見も知らぬ他者の為に働いても良さそうである。実際今の私はそういう働きになりつつある。今、目の前にいる人の為にこの命を捧げよう・・・。なーんてね、ちょっとカッコつけすぎ!??


●小食555日目 1日1食(菜食)241日目(12年4月24日~) 
●体重 ・・・スタート時61キロ(11年6月初旬)
●スワイソウ 回(一気に)
●スクワット 回(一気に)
●腕立て伏せ 回(高速腕立て。5本指立て伏含む 一気に)
            回(2本指)
  ※スワイソウ・スクワット・腕立て等は2012年6月16日からスタート
   朝・晩にそれぞれ2回実施(文中×2)
●歩数 歩  
●懸垂 回 
●テンションアップ3日目

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12月20日(木)

起床時刻:04時51分

就寝午後11時過ぎ。最初の目覚めは午前0時半過ぎ。やはりまだ完全に終わっていなかった。つまり1時間半の周期で目覚めることがである。ただ、その後ある程度の長い時間布団の中で過ごしていたようだ。仕事先でもあるし、現場が新たになったということもあったかもしれない。とにかくしばらく布団の中でいたが、そのまま再び眠りに入った。で、次に目覚めたのが本日の起床時刻となり、それは4時間に近いものだったと思う。だからやはり4時間くらいの睡眠で熟睡モードには入っているのは多分間違いのないことだと思う。最初の目覚めは多分、新しい環境に少し緊張感も入っていたのかもしれない。あとは順応だ。とにかく今日もテンションは高いものと思う。(早朝更新)


 韓国に新しい大統領が誕生した。女性である。最初の印象として、領土問題などで日韓関係が少しギクシャクしていた頃だし、あー、女性だから、これはもしかしてもっとソフトな関係に戻れるぞ・・と期待してしまったが、よく考えれば、女性は中途半端な男が持つような優しさは持たないはずではないだろうか。そう、言うべき事は妥協なくスパコーンと言う。

 かの大国アメリカ合衆国のクリントン国務大臣ももちろん女性であるが、上司のオバマなんかよりずっとキツイそうである。強気でグイグイ攻めて来るらしい。で、片や、韓国の新大統領はどうだろう。私は最初はソフトな感じかなと思っていたが、案外クリントンくらいのキツさの持ち主かも知れない。テレビでやっていたが彼女の生い立ちも波乱万丈のようではないか。苦労してここまで来ているらしいから、修羅場も数々経験済みであり、これはまあ一筋縄ではいかないかもしれない。

 私など時にはキツイ女性にスパコーンと直撃されたいと思うタイプである。例えが違うかも知れないが、まさに今の季節、そう、冬。朝のテレビで全国の天気予報など見ていると、東北や北海道ではマイナス20度とかやっているが、私は「マゾ」かも知れないが、そういう極寒の世界をちょっと体験したい、この体で味わってみたい・・と思う口なのである。

 どんな感覚なのだろう、ググッと体の芯まで堪えてくるのだろう、と思うと、「良いねぇ~」と心から感じてしまう方なのである。だから、キツイと言われるクリントンさんや、もしかしてキツイ韓国新大統領等にバーンとキツイ一発を貰いたいと思ってしまうのである。これは完全に「M」だな、うん。

 サウナだって、水風呂は本来サウナで熱い中頑張って耐えて耐えてそれからドボンと飛び込むものであるが、私はいきなり冷水の中に飛び込むのも「乙」なものではないか・・等と変態に近いことまで考えてしまうのである。そういう輩には、国のトップには以前のわが国のトップであった民主党のようなバラマキだの厚い保護だのという政策で「優しさ」ムンムンは少し抵抗もあるし、まあ、面白くないのである。

 岡本太郎は戦争中、一兵卒であったが、上官に理由無く殴られてもひるむ事無く、右のほほを打たれたら左のほほを出す、キリストの教えよろしく、ググッと上官に向かって反対のほほを出したそうである。これなど私から見ても少し共感できるというものである。

 さて・・・わが国の新しいトップに出る安倍 晋三先生はどうなのであろう。優しそうなのは分るが彼も「タカ派」と呼ばれる存在であり、改憲派であり、自衛隊は国防軍と言い換えたい人である。だが、我々は決してそういう表面に出た言葉や態度に惑わされること無く、彼の真実の姿を見つめなくてはならない。今からそれは段々分ってくるのかも知れない。私としては、男性の場合なら・・女性的な面が充分に含まれた存在が好きであり、間違いが無く、そしてそういうタイプが伸びていく人だと思っているのだが、いかがであろうか。(午前更新)


●小食554日目 1日1食(菜食)240日目(12年4月24日~) 
●体重 ・・・スタート時61キロ(11年6月初旬)
●スワイソウ 500回(一気に)
●スクワット 100回(一気に)
●腕立て伏せ 150回(高速腕立て。5本指立て伏含む 一気に)
            10回(2本指)
  ※スワイソウ・スクワット・腕立て等は2012年6月16日からスタート
   朝・晩にそれぞれ2回実施(文中×2)
●歩数 歩  
●懸垂 回 
●テンションアップ3日目

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12月19日(水)

起床時刻:03時43分

 就寝午後11時半過ぎ。睡眠時間は4時間。ほぼきっかり4時間。
そしてやはり今日も途中一度も覚醒なしで目覚められた。画期的。
普通の人から見れば「そんなの当たり前~」と笑われるかも知れない
が、私自身から見てみれば、本当に画期的な出来事であり、それが
ナント4日目ともなったのだ。
 一気に4時間寝っぱなし。これはホントに凄い(笑)。
一般的に言えば、「え、まだ4時間しか眠ってないの?」という所
だろうが、私にとっては「4時間も寝られたのだ!」という事になる
のである。
 よく言われる「まだ」と「もう」の差は大きい。
わずか1時間半の周期で目ざめを繰り返す日々を振り返れば、本当に
画期的な出来事である。これは昨日も書いたが全身の血流が良くなっ
た結果なのだろうと思う。背中と脇部分の痒みもほぼ無くなり、
このまま行けば全体的な肌の活性化も進むだろう。きれいになるのは
間違いないと思う。オッサンだから別にたいした問題でもないけれど
も、きれいになるなら嬉しいことではある。

 そして・・多分、睡眠自体も深い睡眠へと変わっているから、
日中の眠気、それに伴う仮眠の必要性もあまり必要なくなる気もする
これもまた私にとっては画期的。
ここまで来たのだからそろそろ私の一大テーマであった「仕事」に
取り組む時期は来ているのだろう。私の大きな仕事である。
少しの勇気は要るだろうが、何、我は神と共にある・・だ。
前に前に進むのみである。(朝更新)


 知り合いのブログなどほとんど見ることの無い私であるが、ちょっと見た時に感じたことを書きたいと思う。あまり訪問者もいない知人ではあるが、一部の影響を考えれば書かずにおれないからである。

 最近の事件、アメリカの銃乱射について書いていた。私もこういうことが無い限り、
こういう問題に対して書く気にはならなかっただろうと思う。ほぼ関心の無い問題で
ある。こういう嫌なことに目を向けるものではない。斎藤一人さんは「旅の途中、道端
の犬の糞に目をやる必要は無いのだ」と述べている。私も全くの同意見。

 なぜこういう問題に目が行くのだろう。波長が合うのであり、自分の心をひと時
癒すのである。慰めになるのである。悲惨な出来事があればそれに注目し自分の心を慰めるのである。潜在意識的に述べれば真相はこういうことなのである。

 本来、目を前に向け、前向きに生きようとすれば、こういったことに目が届くはずも
無い。こういうことを言うと私は「冷たい人間」となる。彼らは自分のことを心優しい
人間なのだ、と主張するだろう。しかしそんなのは全て嘘っぱちの偽善者だ。

 彼らはこうも言う。中国、韓国、北朝鮮・・・彼らともよく話し合えば良いのだ、
相手の立場に立って、「思いやり」を持って話し合うべきなのだ・・・と。
こんなの嘘っぱちである。気持ちが悪くなってくる。

 話を戻そう。アメリカの銃乱射である。アメリカの銃社会を正す? とんでもない。
アメリカにとっての銃とは我々が想像する以上のものなのである。我々の生活を
そのまま彼らに照らし合わせる事など出来ないだろうし、そんなのは僭越であろう。
銃社会そのものが悪いのではなく、今のアメリカ社会そのものが病んでいるだけで
ある。

 それなら、日本だって銃は持つべきではない。彼らはこう書いている。警察や
自衛隊など許可されたものは銃を持っていても良いのだ・・と。これは完全に
自立精神の無い骨抜きされた「オカマ」的発想である。ただしホンモノのオカマは
もっと自立精神が強いのであるが。

 一般人が銃を持つことに対して批判する人間は体制側に立つ。まあ分りやすく
言えば、雇われ人の発想、もっとひどく言えば奴隷的発想である。ストレートに言え
ば、警察官に銃で撃たれても「喜んで」死んでいく人間達でもある。気持ち悪い。

 精神のしっかりした骨太の人格さえあれば一般人でも銃を持つことに不平等な
感覚は要らない。かつてのアメリカ人は多くが大らかなフロンティアスピリットの人
達であふれかえっていたのだろう。銃はあくまで身を守る武器であったのだ。

 現在は日本と同様社会全体も多く病んでいるのではないだろうか。変節した優しさ
偽善、嘘・・・。そして利己主義の蔓延。自己保存。孤立。欲望社会。そういう状況
では今回のような事件も起きてても不思議ではないのかも知れない。

 正直言って、私は必要があれば「銃」を持ってもよしとする。もちろん自分自身の
ことである。銃の分解、作業等も知っていても良いのかも知れない。個人レベルでも
そうなのであるから、国家全体にしても「核武装」は必要とあらば持っても良いので
ある。それがこの世に生きる独立した人格である。

 私はこのブログでも何度も言っているが、究極の「絶対平和主義者」を目指して
いる。だから肉を食べない。魚さえ食べていない。それを他人に強要しようとも
思わないが、私の心の中の守りごととして生きている。聖書の中には究極の理想の
社会、世の中の姿として人間と野生の動物達が相争うことなく仲睦まじく暮らす絵が
描かれている。ライオンと鹿が仲良く暮らしている姿である。

 これは果たして可能か・・と言う観点から見れば、彼ら野生の動物達の姿は我々
人間の姿の反映であるらしい。我々人間が全て愛し合うようになればその精神が
動物達にも影響し、聖書に描かれているような姿になるようなのだ。

 しかし現実はそうはなっていない。テレビの画面の中ではタレント達が美味しそうに
肉を食べ、魚を食らっている。そういう私でさえ、いまだにそういう光景を見て「美
味しそう」だ・・等と思ってしまう。少量の肉であれば、慈悲の精神を持って食すれば
それは滋養となり、栄養となるのだろう。しかし前述のブログの知人達は感謝して
肉食しているのであろうか・・。思いやりを持って、国際社会に対するのであれば
当然そういう態度は必要となるはずであるが。

 この世は物質で出来上がっている。波長的にはとても粗い世界なのだそうだ。
そういう社会で中途半端な態度で優しさや思いやりは通用しないだろう。嘘になって
しまう。この世にはこの世の掟、ルールがある。アメリカにはかつて銃社会が必要
だったし、現在でも変わりは無いだろう。健全な精神さえあれば、銃は持っても良
い。この世はそう出来ている。銃を持てる強い精神が必要なのである。
(夜更新)

●小食554日目 1日1食(菜食)239日目(12年4月24日~) 
●体重 ・・・スタート時61キロ(11年6月初旬)
●スワイソウ 回(一気に)
●スクワット 回(一気に)
●腕立て伏せ(一部拳立て) 回(高速腕立て。5本指立て伏含む 一気に)
            回(5本指立て伏せ)回(2本指)
  ※スワイソウ・スクワット・腕立て等は2012年6月16日からスタート
   朝・晩にそれぞれ2回実施(文中×2)
●歩数 歩  
●懸垂 回 
●テンションアップ日目

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12月18日(火)

起床時刻:03時49分

 昨日突然思い立ち例の2本指での腕立て伏せをした。ナント10回出来た! そしてそれを2セット完遂! これなら100回もそんなに遠くは無い。100回出来れば次は親指1本のみでやる。親指と人差し指からパワーが漲って来るような感覚だ。

 就寝午後11時過ぎ。途中覚醒の記憶ほぼなし。睡眠時間は4時間半。途中の目覚めの記憶がほとんどない状態で目覚めるのはこれで三日目だ。仕事先。久しぶりの現場だ。五か月ぶり。しかし・・途中覚醒が急に無くなった。いったいどうしたんだろう。体質がまたまた変わっているのだろうか。と言うか、やっと人並みになれたのか。と言うか、睡眠時間が4時間半は人並みではないかもしれないが。しかし一気に寝られることは良いものかもしれない。目が覚めたらすでに4時間以上が経っていたというのは、数年来なかった感覚だ。このまま新しいステージに立ちつつ、さらにまたハイテンション生活を続けられればいい。

 一食生活三ヶ月目までに首の辺りにザラザラな感触の皮膚感があった。三ヶ月程度続いたがその後今度は又三ヶ月以上背中や脇などに引っかき傷が多量に出来た。多分寝ている間とかにかきむしったものか、起きている時にも痒いのでかいていたものだろう。時には血も出ていたことがある。しかしどこか心の中でこれは「好転反応」だろうと思っていたから、それほど気にしていなかった。

 長いこと続いたが、ここ最近痒みも取れたような気がする。痒くない。そして面白いことに朝刊か何かで同じような悩みを持つ人に対しての答えが目に入った。血流が悪かった部分の皮膚が良い状態でなかったのが、血流が良くなったことで肌が戸惑っている証だという事だ。つまりこの症状が消えると共に血行がすこぶる良くなるということである。実際私は血流の良さを充分感じている。寒さに強くなったようだし、逆に冷たさも心地良い時がある。そしてこれが一番、テンションアップが長く続くようになり、又一度落ちてもすぐに上がる。

 そして前半にも書いたが、一気に寝る睡眠時間が4時間以上になった。だから今日みたいに睡眠が4時間半でも仮眠もせずに1日元気に動けるし活動できる。深い眠りを獲得しているという事だ。私は人並みな体質を獲得したのかも知れない。と言うか、私の年齢では既にそれは人並みレベルではないかも知れない。誰もが心配した先日の私の見事な泥酔ぶり。それにも拘らず、私は翌日すっかり復活し、ちゃんと食事も取れた。何事もなかったように、生活に入った。(夜更新)


 選挙も終わってしまった。投票率は過去最低。みんなしらけていたらしい。と言うか、興味も薄かったらしい。しかし・・・私個人としては今度の選挙は大変興味深くて面白かった。成り行きを見るのがとても面白かった。

 そして今回こそ自分の一票が貴重だなと感じたことは過去になかった。私は世間では全く浮いているし変わっている変わり者なのかも知れない。そしてテレビでは今回もまた政局に関心が集まる。どことどこが引っ付くとか、そんな類のものである。特に維新の中の石原さんと橋下さんが分裂とか喧嘩するだろうとか、まあそんなレベルに国民の関心が集まる。アホらしい。

 そして石原さんが80歳という高齢だから、彼について言及すること自体が古臭い的なことを言う人も多い。みんなの党の代表者なんか良い典型だ。人間には年齢は関係ない。いや、仮にそうだとしても、私は石原さんは若い精神を持っていると思う。人間は見た目ではなく中身であり、その精神だ。

 まったくもって明治維新の頃の日本もこんなだったんだろう。頭が良いと言われている人たちが勝手なことを言い合っている。そんな感じを受けてしまう。そういう中で名前を残し、多くの人を感動させたのは、やはり坂本龍馬であり、西郷隆盛であり、勝海舟らである。彼らは頭の程度はそれほどでもなかったのかも知れないが、胆力や精神性、人間味などがあふれるほどあったのだろうと想像できる。

 総理大臣の指名だって自分の属する政党から選ぶのは当然の話。橋下さんが言っていたことは一見前衛的でカッコは良いが、本質ではない。石原さんがそのところを主張すれば結局維新もそういう見解になってしまった。またしても橋下さんが石原さんに学んだのだ。しかしそれはとても良いことなのだ。普通の馬鹿はそれも出来ないのである。アホは頑固でもあるのである。橋下さんは柔軟なのだ。この点で私は橋下さんには石原さんの存在が必要なのだ。

 そして今回の選挙の争点、焦点はやはり「原発」であったし、そうあるべきだった。メディアや知識人たちはそれも一つであって、他にもいくつか並べていたが、特に経済問題を取り上げていたが、私はやはり原発だったと思う。そしてメディアはこうも批判する。政党の主張が分りにくいと。しかし私は逆でとても分りやすかった。

 原発に賛成か反対か・・でまずは識別できるではないか。まああの自民党でさえ、原発はエネルギーだけの問題でそれを「他国への抑止力」としては考えていない様子だ。これがとても不思議である。外国なら子供だって当然そう考えるものではないだろうか。あの国には原発があるから原子爆弾を作ろうと思えば作れる、だからあまり舐められないぞってね。それを前総理は否定していた国なのである。お笑い種かも知れない。

 ある科学者の言うには人間の体内でも少なからず核反応は行われていて、核分裂もあるらしい。つまり体内にも放射能は存在するのである。逆にその力が強い人は元気で溌剌としているらしい。元気の無い人は核分裂も弱弱しい。だから、少々の放射能程度でビビること等無いのかも知れない。あまりに軟弱。現代人。

 国防軍・・・と名前を変えるだけで、やれ昔を思い出すとか帝国主義とか、敏感すぎる。戦争が始まるぞとか。仮に・・・もし仮に・・戦争が始まったとして、そんなに怖いか・・。そんなに政治家やリーダー達が信じられないのか。いつかは人間死ぬのである。早く死ぬか遅く死ぬか。で、長生きしてただ生きて何の感動も擁かないまま朽ち果てることの方が怖いではないのか。

 少しオーバーヒートしてしまった・・・。クールにクールに・・(笑)。
しかし戦争は悪かも知れないがそれだけではないかも知れない。その中にある人間の絆、ぬくもり、命の尊さ、尊厳・・。究極の環境の時にこそ、そういったものは発現されるのかも知れない。

 私は絶対平和主義者を目指している。この三次元の世界だけの平和主義者なんかには絶対になりたくない。平和、平和のお題目には疑問を持つ。牛を平気で殺して血も滴る肉を頬張る人間が脱原発、戦争反対なのであるから。だから私は絶対平和主義者を目指す。そしてそういう立場で世界を眺めれば、全てはなるようになるものだし、その渦中に身を投じた方が生き易くもあり、人生を楽しめるのだ。レットイットビーである。(午前中に更新)


●小食553日目 1日1食(菜食)238日目(12年4月24日~) 
●体重 ・・・スタート時61キロ(11年6月初旬)
●スワイソウ 500回(一気に)
●スクワット 回(一気に)
●腕立て伏せ(一部拳立て) 回(高速腕立て。5本指立て伏含む 一気に)
            回(5本指立て伏せ)回(2本指)
  ※スワイソウ・スクワット・腕立て等は2012年6月16日からスタート
   朝・晩にそれぞれ2回実施(文中×2)
●歩数 歩  
●懸垂 回 
●テンションアップ日目

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12月17日(月)

起床時刻:04時51分

就寝午後11時過ぎ。途中目覚めた記憶が無い。昨日もそうであったが、これは自分としてはとても珍しい現象である。一気に長い睡眠を取ると言うのは随分長い間なかった。これもまた一つの成長過程、変身過程なのか・・。季節的なものか。今はまだ分らないが。ただ職場の環境がまた大きく変わるという点もあるのかも知れない。睡眠時間は5時間半と少し。よく寝た。熟睡感はあるが果たしてテンションアップの効果はあったのか・・。本日は朝からの出張。


●小食552日目 1日1食(菜食)237日目(12年4月24日~) 
●体重 ・・・スタート時61キロ(11年6月初旬)
●スワイソウ 回(一気に)
●スクワット 回(一気に)
●腕立て伏せ(一部拳立て) 回(高速腕立て。5本指立て伏含む 一気に)
            回(5本指立て伏せ)回(2本指)
  ※スワイソウ・スクワット・腕立て等は2012年6月16日からスタート
   朝・晩にそれぞれ2回実施(文中×2)
●歩数 歩  
●懸垂 回 
●テンションアップ日目

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12月16日

起床時刻:04時15分

 就寝午後10頃。久しぶりに大酒を飲む。とにかく6人で飲んだのたが多分私が一番多く飲んだだろう。晩酌も止めていたから味が格別だった。みんなと飲む酒だからこそ外の酒は美味しいのだろう。そして久しぶりに記憶も飛んでしまった。こういう事は20代の頃は時々あったが、30を過ぎ、落ち着いたのかどうかは分らないが先ず無かった。記憶が無くなるほど飲めなくなったか、あるいは精神が抑制していたのか・・。

 ところが面白いことに私のように1日1食生活、しかも菜食、酒も飲まなくなると逆に胃は強くなり、少々のアルコールも平気になる。食べようと思えばいくらでも入るような気もする。とにかく昨日の飲み会に参加した者皆が口を揃えて私の大食ぶりに驚いていた。しかし冷静に考えればわたしはそんなに食べていたわけでは無く、常に食べ物を口に入れていたからではないか。よく噛み時間をかけていたのかも知れない。ま、とにかく昨日の私は大変な酒量だった。

 記憶が飛ぶほど飲んだにも拘らず、私は翌朝平気だった。以前なら多分頭痛はするしお腹は痛いし・・。という状態になっていたはずだ。午前中は確かに空腹感はなかったが、お昼はいつものおやつも食べたし、1日1度の食事もしっかり食べた。とにかくどんなに飲んでも二日酔いというものにはならなくなった。しかし自制は必要である。

 体は多分20代の頃の状態に近づいているのではないだろうか。つまり若返りである。しかし20代でも飲みすぎれば二日酔いはあった。が、今はほとんど無い。本当は、体も心も10代が理想なのかも知れない。振り返れば10代の頃はいつも機嫌良く生きていたと思うのだ。20代に入り、社会人になった頃からそういうわけには行かなくなっていったのかも知れない。


●小食551日目 1日1食(菜食)236日目(12年4月24日~) 
●体重 ・・・スタート時61キロ(11年6月初旬)
●スワイソウ 回(一気に)
●スクワット 回(一気に)
●腕立て伏せ(一部拳立て) 回(高速腕立て。5本指立て伏含む 一気に)
            回(5本指立て伏せ)回(2本指)
  ※スワイソウ・スクワット・腕立て等は2012年6月16日からスタート
   朝・晩にそれぞれ2回実施(文中×2)
●歩数 歩  
●懸垂 回 
●テンションアップ日目

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12月15日

起床時刻:02時30分

就寝午後10時半頃。途中一度目覚める。睡眠時間は4時間。ただ午前4時過ぎ頃少し仮眠。テンション再び落ち着く。次の小食レベルへの以降を潜在意識が求めているのかも知れない。もう少し減らそうと思っている。


●小食550日目 1日1食(菜食)235日目(12年4月24日~) 
●体重 ・・・スタート時61キロ(11年6月初旬)
●スワイソウ 500回(一気に)
●スクワット 80回(一気に)
●腕立て伏せ(一部拳立て) 150回(高速腕立て。5本指立て伏含む 一気に)
            回(5本指立て伏せ)回(2本指)
  ※スワイソウ・スクワット・腕立て等は2012年6月16日からスタート
   朝・晩にそれぞれ2回実施(文中×2)
●歩数 歩  
●懸垂 回 
●テンションアップ日目

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12月14日(金)

起床時刻:04時23分

就寝午後9時半頃。途中午前1時半目覚める。この時睡眠時間は4時間。起きても良かったのだろうが、知らぬ間に寝てしまっていた。結局本日の睡眠時間は7時間弱。最近としては最も良く寝たほうである。長くハイテンションが続いていたが少し中だるみが来たのかも知れないし、まだ続いているのかも知れないか、更なる小食の道が示されているのかも知れない。

 2本指だけの腕立て伏せでついに8回という数字が出た。まだもう少しやれそうだったが、無理はしない。10回も近いと思う。ふと思い立って挑戦したのだ。記録が伸びる時は大体こんな感じだ。直感。

 地元のテレビ・ラジオで最近耳にしたが、市長選があるとか。早速現市長が出馬を発表したという。トップバッターとしての出馬宣言だ。まあそれはそれで良い。が、しかし私は最近どうも気にかかることがある。この問題に関連しているので書きたくなったのだ。
 
 わが町の市長は女性である。確か我が県には唯一の女性市長ではなかったかと思う。わが町においても初の女性市長だった。彼女は以前は県会議員を務めていたが、市長に転身した。まあそれはそれで良い。私はどちらかと言えば彼女に好意的な目を向けていたものだ。
 
 彼女は女性の中でも人気があるようで、その爽やかな風貌が魅力の一つだったのだろう。私もそれを感じていたものの一人であった。年齢も私より一つ上。スタイルも良い。東京の大学でわが町出身のご主人と出会い結婚後こちらに来たのだ。だから新鮮な気持ちで我がふるさとを観察し眺め、それゆえ私たちには中々発見できないものを見つけられるという長所もある。まあそれはそれで良い。私自身も近くで彼女と接する機会が幾度かあった。その時も大変にこやかで感じの良い人だなと思って見ていたものだった。
 
 しかし、市の職員などとの会話などで、特に男性職員との会話などで彼女の評判があまり芳しくないのを感じていた。逆に私は彼ら自身が公務員独特の「ひがみ根性」的なものかと思っていたからあまり深く考えていなかった。とかく雇われ人は上の人間に対して否定的なものであるから。
 
 会う者会う者、ほぼ誰もが彼女のことをよく言わなかった。だからと言って、誰もそれでは彼女のどこがどんな所が具体的に悪いのかとははっきり言わない。いや、言っていたのだろうが、私自身にそれに対して聞く耳を持っていなかったのかもしれない。いわゆる私が「鈍感」であったのかも知れないのだ。
 
 かたや、市民の間では可もなく不可もなく・・という感じで、そんなに批判の対象になることも無く、またすこぶる評判の良い噂も聞いたことは一度も無かった。まあ強いて言えば、過去、わが町の湖で古くから飼育されていた白鳥が例の鳥インフルエンザで全羽薬殺された時に一部市民から苦情が出ていたものであったが、それにしても多くは「致し方ない」という意見が大勢を占め、時間の経過と共に市民も忘れていったのだと思う。
 
 しかし今、私はある真理に気づいてしまったのだ。そしてそれに気づいてからは、私は彼女の行く末に一抹の不安を感じているのである。彼女にこの町、我が愛するふるさとを任して行って良いものだろうかと。そして前述した白鳥の薬殺の件、これについても新たな疑問も湧いてくるのであった。
 
 公務員も色々なタイプがいる。全部が全部同じではないものと思う。失礼があってはならないが、私が最近思うのは女性職員のことである。彼女たちは真面目で女性的な細部に亘る心遣いなどは全くもって美徳であるとは思う。しかし、しかしだ。何か事があった時、先ずは優先的に我が身可愛さに走るような風に感じるのである。全体を見ず、とにかく自分の事、保身である。これは本来は本能的なものでもあるし、批判できない面もあるから非常にデリケートな問題ではある。
 
 とにかく徹底的に最悪のことを想定し、悪く言えば「取り越し苦労」をしてしまう。過剰反応と言っても良い。そこまで・・・というような範囲まで考えて、最終的に自分の地位や身分に危害が加わらないように配慮する。これはもう立派な防御反応、本能ではないかとさえ思える。だから始末が悪いのである。
 
 人間関係や仕事の面では良い意味で「いい加減さ」が必要な時もあるではないか。うやむやで済まして、グレイな感じ。清濁併せ呑む、色々表現できるだろうが、男性ならこういう場合は考えられる。それがどんなに神経質な一見ひ弱にさえ見える男性でも「まあ、良いか」的な処置で済ましてしまう場合も多い。しかしこれが女性となるとそうは行かない。徹底して「悪」は排除する。しかし必要悪というのもあるだろうし、一見「悪」と見えてもそれは仕事の中では潤滑油的な場合もあるだろうし。しかし女性は許さない。まるで男と女が別れる時、瞬間的にサッと忘れてしまえる女のある種の強さ・非情さに通じるものかも知れないが。
 
 だがそれは大らかな、広く大きく物事を捉えた時、良い結果を必ずしも生み出すとは限らないと思う。しかし女性の中にも男性的な面が強くある女性の場合はこの例には漏れる場合もあるかも知れない。ちなみに私の母は男性的な面が多分にあり、だからある意味いい加減で大雑把であったが、多くの私の友人達にも慕われ又私の姉達の主人、つまり義理の息子達にもほとんど全員に愛されていたものだった。
 
 ひるがえってわが町の市長はどうなのであろうか。何故あんなにも一部男性職員からの評判が悪いのであろうか。もしかしたら、前述したような、彼女は非常に女性的な面が強い女性なのかも分らない。もし・・・そうであったら、一つの町のトップに立ち、部下を率い、統率し、まとめ、そしてリーダーシップを発揮していけるものかどうか、私は心配である。私としてもふるさとはドンドン繁栄して行って欲しい。市長も経済発展を願い色々と仕掛けている様子なのは新聞などで分っているが、果たして、それがもし彼女独特のポーズであったら、内容の無い見かけ倒しに終わってしまうのではないだろうか。
 
 女性の皆さんには悪いが、女性的な面が強いリーダーはその組織が硬直し柔軟性を失う。そしてその中に生きる人間は閉塞感で一杯となり、息苦しいものである。分りやすく言えば、新しいことにもチャレンジせず、他者の批判を気にし、縮こまっていく。カッコばかりつけて行くのである。まるで今の日本そのものである。日本は女性化がはなはだしいのである。
 
 だから今こそ男が立たなくてはならないのである。オヤジが威厳を持って、バーンと一発かまさなくてはならないのである。家族の中でオヤジこそが今こそバーンと一発かまさなくては日本の将来はない。中国・韓国にやりたい放題やられて黙っているだけではダメなのである。もちろん市長においてもである。当然のことなのだ。愛するふるさとの事なのだ。舐められてはならない。中国にも韓国にも北朝鮮にもアメリカにも。そして女どもにも。(午前6時更新)


●小食549日目 1日1食(菜食)234日目(12年4月24日~) 
●体重 ・・・スタート時61キロ(11年6月初旬)
●スワイソウ 500回(一気に)
●スクワット 回(一気に)
●腕立て伏せ(一部拳立て) 回(高速腕立て。5本指立て伏含む 一気に)
            回(5本指立て伏せ)8回(2本指)
  ※スワイソウ・スクワット・腕立て等は2012年6月16日からスタート
   朝・晩にそれぞれ2回実施(文中×2)
●歩数 歩  
●懸垂 回 
●テンションアップ日目

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12月13日(木)

起床時刻:02時49分

 私は今腕立て伏せから指立て伏せに移行中である。二本指で(親指と人差し指)腕立てをするのである。これは「霊的」なパワーを養成するのに私としては最適なのである。空手の大山倍達さんはこの指立てを徹底的に修行し、最後には親指のみで百回以上こなすようになり、またさらに、親指だけで逆立ちをし、そのまま移動も出来たそうである。これはもう人間業ではなく、霊的なパワーだとしか言いようが無いのである。

 天井の桟をこの二本の指でつまみながら、移動することも出来たらしい。そして二本指でコインを持ち、これを半分に折り曲げたそうである。物理の常識を超えてしまっているのだ。自然石を真半分に割り、ビールの首を手刀でちょん切るのである。これらはいずれも訓練の賜物と言ってしまえばそれで終わりであるが、もう既に霊的な境界に入ってしまっているのだ。

 私がするのはここまでは徹底しない。ただ幾分かは霊的な世界を垣間見ることに貢献している作業なのである。霊的なものを感じたい時に私が取る行動なのである。
最近私は時々こういう霊的なものを瞬間的にも感じ取る時がある。例えば、家族以外の人と対面した時。会った瞬間にパッと相手の健康状態などが分る時があるのだ。相手が異常に精神的にも肉体的にも疲労している時、パッとそれが分ったりするのだ。「そんな事、誰だって分るよ」と言われそうだが、一般的な「少し疲れてない?」等と相手に言うのとは違うのである。なんと言うか、相手の周りにいる守護霊的な存在が私に心配のあまり語りかけてくるような、目には見えないが、そんな感覚を感じ取ってしまうのである。

 そんな時、私は率直に相手に問いかけたりする。「大変だろう?」という感じで。すると相手は待ってましたとばかりに私に訴えてくる。それはもう切実な雰囲気で私に訴えてくるのだ。よく分ってくれた・・という感じなのである。そして私は当分相手のことが本当に心の底から気の毒に思えるのである。心から気の毒になる。大変だね・・・。という感じだ。

 これは多分おそらく私の1日1食のせいだと思う。そしてスワイソウという手降り運動によるある種の「瞑想」のせいかも知れない。1食でも大食しているうちはそうでもないかも知れないが、普通に1食だとそうなるのかも知れないし、また、肉食をやめているせいかも知れない。原因はまだ今の時点では何とも言えないが、おそらく以上のようなことだろうと思う。この世はこの世だけで成り立っているのではない。俗に言う「あの世」の中に含まれている一部なのである。だからあの世にいる存在は私たちを見ているものだし、常に我々は眼に見えない存在から見守られているものなのである。心は透明で境界もなく、全くのスルー状態であり、誰がどこにそして彼も人も皆出入り自由である。見透かされた状態であるといっても良いのだ。

 太古の時代我々は皆この霊的な力を持って生きていた。そんな事は当たり前だった。だが物質文明がドンドン進んでいき、各々の肉体が孤立すればするほど私たちは他人のことが見えなくなり、心が分らなくなってきた。食べるだけ食べ欲望の言いなりになった状態ではますますこの世は混迷していくものである。一般に超能力といわれるものは、太古の時代なら皆持っていたものである。それが普通だったのである。

 霊的なパワーが強くなると男は男らしく女は女らしくなる。本来の姿になるのであるから当然である。今の日本はこの点物質文明が進みすぎてその部分が弱くなっている。男は女になり女は男になる。もう味噌も糞も一緒の状態であるのかも知れない。そして今の日本は完全に女性化しているのだ。あまりに平和が続き、保護する本能や、安全に対する本能が発達しすぎ、ちょうど良い状態でなくなっているのだ。ちょうど良い状態とは男と女がほど良い状態で共存することなのだ。

 太古の時代は人と人が出会いすぐに阿吽の呼吸で相手のことが分り理解し合った。そこには計算も無く打算も無い。私たちは本来の姿に戻り、そしてその上でさらに高みに上ることを努めればもしかしたら宇宙人に出会うことも可能となるかも知れないし、驚くような科学文明を逆に築き上げることが出来るかもしれない。(午前9時更新)


 今の日本は完全に女性化している。と思う。と感じる。先ず大きな観点からは、原発。脱原発が最先端的な考えだと多くの人が考えている点。そして隣国からの数々の舐められた事件。これについても穏便に穏便に済まそうとしている点。そして小さな点では各家庭。オヤジ達は完全に女房子供に舐められていて、それについて諦めている。会社内でも同じ、役所内でも女性上位の風潮大である。

 私の体験でもこんなことが過去あった。私と私の友人、それに高校時代の後輩の女性二人で、計4人で居酒屋で飲んだ日のこと。私は長いことフリーでやって来て片や友人は大学を出てからずっと一つところで一筋で働いてきた。彼は学生時代、共通の先輩の家に招かれて遊んだがそこで先輩に指摘された。「お前はいつも同じ髪型だなあ」と。そう、彼はずっと同じ髪型。それは彼の人生観、人生の生き方に如実に表われもしていた。

 そこで舞台は又居酒屋に戻る。彼の仕事ぶりが話題になった。彼が何十年もずっと一つところで働き続けていることに二人の後輩の女性達が拍手を送ったのだ。片や私の肩身は極端に狭かったが。とにかく「偉い」のだと言う。途中嫌なことがあっただろう、それでも挫けず我慢して同じ職場でやって来た・・・そこが偉いのである。いかにも日本人なのだ。

 私としては比較的好きに生きてきたから彼女たちの言うことは少しは分るがあまりピンと来なかった。しかしやはり日本人は何でも一筋が偉いものだと考えているのである。例え好きなことではなくても、嫌々でも。とにかく続けることが大切で、途中やめるなどもっての外であるのだ。

 女性に褒められる行為、現在の日本はこの行為が最も尊い。賞賛の対象である。良い子ちゃんは良い顔が出来るのである。だからそこでは失敗などもっての外。そして常に世間体との戦いである。硬直し、固まっていく。ミスは決して許されず、人生の醍醐味は失われ、エキサイティングな人生などどこを探しても見当たらない。そういう家庭、職場、サークル、そして地域社会、国家にどこにワクワクするような魅力があると言うのだろうか。

 人生はドキドキワクワク探しの旅である。素晴らしい思い出の数がどれだけあるか、心に残る幸せの瞬間がどれだけあるかの旅である。そして魂が振るえ、魂を磨く果てしない旅である。職場を一筋に勤め上げるのが悪いと言うのではない。ただ、それこそが最上の人生である・・と決め付けてしまった女性社会の日本に生きていくダイナミズムは消え失せてしまったという事なのである。(午前10時更新)


●小食548日目 1日1食(菜食)233日目(12年4月24日~) 
●体重 ・・・スタート時61キロ(11年6月初旬)
●スワイソウ 500回(一気に)
●スクワット 100回(一気に)
●腕立て伏せ(一部拳立て) 150回(高速腕立て。5本指立て伏含む 一気に)
            回(5本指立て伏せ)5回(2本指)
  ※スワイソウ・スクワット・腕立て等は2012年6月16日からスタート
   朝・晩にそれぞれ2回実施(文中×2)
●歩数 歩  
●懸垂 回 
●テンションアップ19日目

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12月12日(水)

起床時刻:03時39分

 就寝午後11時頃。途中一度は目覚めたと思うがほぼ記憶無し。睡眠時間は4時間半。パチッと目が覚めた感じだった。相変わらず外気は冷たかったが、まあ感心に起きれるものだと思う。
 起きたら最近はすぐにグリコのアーモンドキャラメルを口に入れる。全く美味い。体に染み入っていく。本当に栄養があるのだなあと感心したりする。スーパーなどで売っているが、店によってその値段もまちまちだ。安いところは18粒入りが98円。普通は100円以上する。ところが先日100円均一の店、ダイソーであるが、ここでこれを発見した。しかも、普通サイズの半分というミニ箱で、可愛い。そして価格は2箱で105円。一箱に10粒入っているから計20粒である。微妙にお得である。

 このグリコ、すぐに連想するのが知っている人なら同じであろうが、漫画の「ワースト」に出てくるあの鈴蘭最強の男「グリコ」ではないだろうか。もちろん当て字で漢字名なのだが(ここでは思い出せない)ヤツが思い出してくるのだ。初めはなんで名前を作者は「グリコ」にしたんだろうと思っていたが、自分が好きで毎日食べている内に、何となく分ってきた次第である。もしかしたら、作者も私と同じようによく食べていたのかも知れない。

 まったく美味い名前を考えたもので感心するが、最強の男にふさわしい名前である。ま、食べてみると分るが、栄養豊かだ、と実感できる。それより何より味が良い。小さな一粒にアーモンドの風味、味が凝縮している感がたっぷりだ。初めは固いが口の中に入れればすぐに軟らかくなり、またすぐに無くなって行くが、その間の何とも言われぬ幸せ感は貴重な存在となっているのだ。私にとって。(午前4時更新)


 国は1000兆円の借金を抱え高齢化も進展、やはり増税止む無しと考えられているし、既に国民全てがこれを常識として捉えている。果たしてこれで良いのだろうか。と言うのが私の思うところだが、ある機関に寄ればこういう解釈もある。以下。

 メディアなどで「国の借金」と呼ばれているのは、政府が国債発行などで借り入れた「政府の負債」らしい。借入先の大半は国内の金融機関であり、銀行や保険会社などが集めた預金や保険料の運用先として国債を購入、政府に貸し付けているのだ。つまり、巡り巡って国民が政府にお金を貸しているのである。ゆえに、政府の負債を人口で割って、「国民一人あたり○○○万円の借金」などと喧伝するのは間違っているのだ。また、借金ばかりが強調されるが政府は逆に巨額の資産(2010年度末で約625兆円)を保有しているという。

 以上のことをよくよく考えてみると、これは完全に「お上」にうまくだまくらされているという事ではないか。我々日本人は元々人が良い民族であると言われているが、実際これは長所であり又短所に繫がってしまうのである。メディアや政府という大きな存在の発表は全て真実として捉え疑うことを知らないのである。我々国民が実際は政府にお金を貸しているのに、その借りる方がうまい事言って貸主の借金にしてしまい、お前達の借金なのだから皆で頑張って返すのは当たり前なのだ、と恫喝しているようなものである。

 よくよく考えてみればおかしい事である。真面目に働き節約し贅沢も控えている我々になぜ故借金がそんなに貯まるのであろうか。借金が貯まるのは働きもせず好きなことばかりして遊んでそしてその遊びに必要なお金をどこからか借りてくるから借金がドンドン増えるのである。もしそうであるなら本当にその借金は我々のものであり、どうかして返さなくてはならないのに、我々はどうしてもどこか合点が行かないのである。

 しかしそれなら何故私たちはいとも簡単に政府の思惑に騙されるのか。それは前述した「人が良い国民性」とも関連するが、我々は誰もが大体自分自身に本当の自信が持てないからである。自信が持てないから他者のそれも見た目には大きく写るメディアとか政府というものを妄信してしまうのである。つまり常識というシロモノである。

 自分に自信がないから自分がいくら頑張って真面目に働いても何か本当に実際的にお金を稼ぎ確実にそれを増やし続けている・・という実感が持てないのかも知れない。だからそこを政府は突いてくるのである。政府の負債はあくまでも政府の負債なのである。我々が選び出した政治家やあるいは「優秀な」行政執行者達が国家経営を間違ったツケなのである。

 だが我々もこの国で生活している以上この実態に対して黙認しているわけには行かない。前述の国民一人あたりの借金という発想はすっかり頭から追い出し、きれいになったところで今度は冷静に前向きにこの問題に対処していかなければならない。自分達の借金である、自分達の責任なのである、などといういささか自虐的で暗い発想のスタートからではその新経営計画も自ずと暗くなるものであるのは明白だ。そんなのはもう嫌だ。

 借金が増え続けているのは、長引く経済の低迷で税収が伸び悩み、また高齢化に伴う社会保障費の膨張のせいである。それならばここから新しい前向きな発想でどうにかしてやり繰りし借金を清算し貯蓄も増やしていかなくてはならない。自分達を責める暗いスタートではなく、もっと前向きで明るい発想で我々はスタートするべきなのだ。

 そういう着想で考えれば例の「消費税」も増税は当たり前だろうか・・という考えも出てくる。根本の考え方が既に我々はもう明るくなったのである。それなら今までは常識と思わされていたものからも解放されても良さそうである。きっと何か別の方法、明るい前向きな方法がどこかにあるのはごく自然なことである。(午前6時前更新)


 月に一度程度の旅が今の私の理想である。こういうものは懐具合の変遷によって変っていくものだろうとは思うが、今の私にとっては月に一度どこかに旅したいと思う。しかし良く考えれば私は去年の同時期収入は去年の方が多かったと思う。正確に記せば一年間の総収入ではあるがである。それが何故今年はこんな贅沢な(?)事を偉そうに言っていて、去年は総収入は多いのにも拘らずヒーヒー言っていたのだろうか。

 まったく不思議で、去年は借金がなかなか減らず、逆に少しずつ借金も増えていた。しかし今年は逆。支払わなければならないお金は締切日よりもずっと早く支払うし、借金も徐々にだが減っている。そしてわずかではあるが、貯金などという今までの私とは縁が無かったお金も出来てきている。

 これは突き詰めれば1日1食の食生活による食費の減少から源を発しているのではと思う。全てが万事で、これが核となってあらゆる出費等が抑えられ効率的にお金が使われているのかも知れない。しかしそうは言っても、私は以前にもここで書いたが気前は良くなった。妻に対してもパッパッと小遣いをあげたりする。妻の服を買ってやったりする。それでもなお、お金は増えていく。

 しかも、、私は今からまだ新しいビジネスを始めようともしている。それは多くのお金を生み出すことは無いかもしれないし、単なる趣味の世界で終わるかもしれない。道楽で終わるかもしれない。逆にお金は出て行くのかも知れない。だが、どっち道、遊びで時々お金を使うのなら、自分が生み出し創り出していく仕事でお金を使ったって悪い話でもないし、精神衛生にも良いだろう。

 どっち道、死んだらお金はあの世に持っていかれない。生きてる間だって、儲けたお金は何らかの形で消えていく運命だ。いつまでも握っていても何かの形で消えていくのなら、同じ事であり、今消えるかもう少し後で消えるかの差だけである。それなら思い切って旅してお金を使ったり、親戚や親友を集めて飲んだり食ったりしてお金を使っても良い。

 そして新しい仕事を作るうえで若干のお金が必要なら、思い切って使ってしまおう・・。もしかして・・ひょっとして・・そのお金は何倍にも何十倍にも何百倍にも何千倍にも何万倍にもになって私の元に返ってくるのかも知れない。そう考えていくと人生は何と楽しいゲームなのであろうか!!(午前6時に更新)


●小食547日目 1日1食(菜食)232日目(12年4月24日~) 
●体重 ・・・スタート時61キロ(11年6月初旬)
●スワイソウ 回(一気に)
●スクワット 回(一気に)
●腕立て伏せ(一部拳立て) 回(高速腕立て。5本指立て伏含む 一気に)
            回(5本指立て伏せ)回(2本指)
  ※スワイソウ・スクワット・腕立て等は2012年6月16日からスタート
   朝・晩にそれぞれ2回実施(文中×2)
●歩数 歩  
●懸垂 回 
●テンションアップ18日目

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12月11日(火)

起床時刻:01時52分

 私の1日1食生活も7ヵ月を過ぎもうすぐ8ヶ月目を迎える。そして私の1食は肉を排除したもので全くの菜食である。出汁などに魚の成分が入ることはあるが、固形物としての肉は食べない。そして最近は1食生活も色々な方面で話題になり、ある程度の人が実践してるようだが、共通しているのは、その1食においてある程度満足する量、お腹一杯食べても良いのだという事だ。実は私も初めの頃はこの1食においてお腹一杯食べていた。

 それはもう大変な品数と量だった。こんなに食べるんだ・・・と自分でも思っていたほどだ。それでもやはり体重はドンドン減っていったものだったが。しかしそういう生活をしていても中々思うような精神状態を得られず、私は実のところ焦っていたのかもしれない。私が1食生活に取り組むのはダイエットなんかではなく、とにかく自分のテンションを上げることが目的だったのだ。

 このテンションを上げる・・というのは、単に元気になることではない。まあ、元気になるのはとても結構であり、全ての基本なのだが、もっと奥深いものでもある。こればかりは中々言葉で説明できないのである。自分自身が体験して実践してみなければ、そして、そのテンションが上がった状態を自分で味わわなければ判らないと思う。とにかくこの状態になると毎日が楽しく生活自体が生きがい溢れたものになるのである。

 無敵な感じ・・・という表現をする人もいる。これも適切だ。無敵とは、喧嘩が強いと言うのでは勿論無く、敵が無い・・そう、誰とでも仲良くなれるという事である。人の気持ちが分ったり、考えが分ったりするから人にも好かれたりする。良い事づくしなのである。とにかくこのテンションを上げるのが目標で私は1食生活に挑んできたのだ。

 で、話を元に戻すが、私は焦っていたのかもしれない。だから一日のわずか1食しか取らない時にもその量を徐々に減らしていった。結局今は普通の人が3食のうち、そう、昼ごはんと晩ごはんの中間くらいの量に達してしまった。人によっては、昼ごはんくらいの量なのかもしれない。だから本当に一日のトータルの食事量は少ないのではないだろうか。腹六分目くらいかもしれない。

 おやつを食べる時が多い。午前中かあるいはお昼。自宅にいる時は手作りのぜんざいにお餅。このぜんざいの量も以前の半分に落としている。ホントに少ない。それでもお餅も入っているので充分食後は満足している。胃が小さくなっているのかもしれない。後は空腹感を感じた時にグリコアーモンドキャラメルを口に入れる。空腹の時もあえて我慢してそれさえ食べない時もある。というのも、空腹感が心地良い時があるからである。

 そういう生活を送っているせいか、あるいは半年を過ぎ、7ヵ月を超えた辺りから私のテンションはアップしてきた。現在は毎日ハイテンションで生活できている。分りやすく言えば、ドラゴンボールのスーパーサイヤ人の状態が普通になっているのである。もしかしたら・・・もっと食べる量を減らせば、スーパーサイヤ人2くらいにまだアップするかも知れない。世の中にはこのようにして徐々に減らして行きついには全く食べなくても生きている人もいるらしい。「ライトイーター」と呼ばれる人たちである。

 ライトイーター・・とは、光を食べるということだ。物質から栄養を供給するのではなく、光から、まさに「神」、「無限の力」から栄養を取る人たちのことである。そういう人たちにはもはや人間的な消化器官など必要なくなるのである。つまり「消化」という莫大なエネルギーを必要とする作業が不必要となり、その代わりに神のごとくのパワー、英知がもたらされるのである。

 私はまだそこまでは希望していない。スーパーサイヤ人だけでも結構である。しかし将来、もっと大きな仕事をさせてもらうようにでもなれば、そういう欲望が湧いてくるのかも知れない。それは人間的な欲望などではなく、大欲であると思うのだが。そういう風に人生を捉えると、人生は楽しみであり又面白くエキサイティングである。歳を取って何もかも体験した経験したと錯覚し人生に飽きてきた老人が多くなるが、それは人生のこういった本質を知らないからである。まだまだこの世は壮大であり、無限である。自分が知ったと感じている世界はホンの一握りであり、何とかは大海を知らず・・である。ゲーテは死ぬ時にいみじくも言ったではないか、「もっと光を」と。(午前3時の更新)



 先日山口市の温泉に出かけそこで思いっきり露天風呂で体を寒風の中にさらした。だれもさすがにそんな真似をしている人はいなかった。初雪が降ったし今年最大の寒気だったからだ。露天風呂に浸かる人もいつもよりそんなに多くなかった。入る人はどっぷりと湯船に身を浸していたのだ。

 実は私は今、全く風邪を引かなくなった。風邪引きの症状的なものはしばらくは感じる時はある。が、結局引かないのだ。引いてもすぐに体の治癒力が治してしまうのかもしれない。で、そんなに体が変ったのか試したくなるのである。それで露天風呂に入った時、試したのである。もちろんサウナに入って体を充分温めたということはある。が、それでも長い時間外に出続けたのである。風は冷たく、寒かった。背中もゾクッとした瞬間も何度もあった。

 それでも結局私は無事だった。帰宅後寝るまで心の中であるいは体自身も「おや、とうとうさすがに風邪かな・・」と感じたこともあった。が、結局引かなかった。翌朝、何とも無い自分がそこにあったのだ。そして朝、午前中もちろん寒気は引き続きあった。その中、私は今度は自転車に乗って銀行周りなどしてみた。それも腰を上げ強くペダルを漕いで走らせた。風か強く顔にかかる。昔の私ならネックウォーマーなどを首に巻いていたが、今はそんなものはしない。素肌丸出しである。それでも逆に冷たさや風が心地良いのである。

 あと数年で60になる身である。その私がこんなんだから、もっと若い人がこういうチャレンジをしたら一体どうなるのだろう・・と思ったりする。それともこれは年齢には関係の無いものなのであろうか。しかし・・若い時には多分こういう欲望と戦うようなことはしないであろうと思う。そういう意味では年齢も少しは関係あるのかもしれない。

 逆に暑い夏である。これは夏の季節にも何度もこのブログで書いたが、私の夏は一度も暑くてどうしようもない・・という思いが無かったのである。すでに小食生活も3・4ヵ月過ぎていた頃だ。私は今年の夏はそんなに暑いとは思わなかった。だが多くの人は皆暑い暑いと言っていたのを覚えている。私がこの夏私の口から「暑いなあ」と言ったのはホンの二度であった。それも一言である。だから我慢できなくてどうしようもない・・ということもなく、車に乗っても、ほとんどクーラーに頼ることも無かった。自宅でもクーラーはほぼ使わず扇風機のみであった。

 その代わり、私は暑さ寒さには強靭にはなったが、逆に暑さ寒さの季節の素晴らしさ,良さははっきりと感じる。日本の四季は素晴らしいのだ。暑い季節は素晴らしい点が多く、また、寒い季節も素晴らしい。それぞれの美点がはっきりと見えてくるし感じてくるのである。つまり、これは季節のことだけではなく、人生全般に亘ることであり、何事もこの世の中にあるものは、私たちに与えられているものは全てが良いものであり、素晴らしいものであるのなら、私たちに必要なのはもっともっと感謝することであり、その心である。(午前9時更新)



●小食546日目 1日1食(菜食)231日目(12年4月24日~) 
●体重 ・・・スタート時61キロ(11年6月初旬)
●スワイソウ 500回(一気に)
●スクワット 100回(一気に)
●腕立て伏せ(一部拳立て) 150回(高速腕立て。5本指立て伏含む 一気に)
            回(5本指立て伏せ)回(2本指)
  ※スワイソウ・スクワット・腕立て等は2012年6月16日からスタート
   朝・晩にそれぞれ2回実施(文中×2)
●歩数 歩  
●懸垂 回 
●テンションアップ17日目

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12月10日(月)

起床時刻:03時05分

 就寝午後11時頃。一時間半後に一度目覚める。が、強烈な寒気に布団からはさすがに出られず、まあ、一時間半の睡眠ということもありさすがに出られず。しかし結果的にも睡眠時間は4時間。
 一度目は起きなかったが、二度目、午前3時。普通ならこれでも起きないはずだ。でも私は起きる。今の私は起きる。外は、布団の外はまだまだ強烈な寒気の世界。それでも私はさっさと起きる。ちょっと超人っぽくないか。そう、ぽいのだ。逆に言えば、まだ「ぽい」なのだ。しかし「ぽい」でも何でも、過去の自分と比べたら、私は自分に勝利していると言っても良いのではないか。少しは自分に勝利感を味わいたいと思う。 

 
 仕事関係で手に入ったあだち充の漫画「ラフ」。小学館文庫の全七巻だ。ほぼ一気に読み終えた。いつもながらの爽やかなタッチが魅力の人気漫画家である。前記タッチと書いたが作者は皆さんご存知の通りあの「タッチ」の原作者でもある。彼の漫画のペン運びは実に爽やかだがストーリーそのものも爽やかなので、いい歳をしてはいてもついつい読んでしまう。

 では一体何が爽やかなのか、と言えば、どのページを見てもいやらしさや男女の交わり的なものが見事なくらいに排除されているところかもしれない。いわゆる当節流行の性描写、セックスを感じさせるものが微塵もない。そこが爽やかな点。しかしよく見ていると、女の子の下着や裸なども時々出てきたりする。それでも爽やかに描き上げている所がこれまた不思議ですごいのだ。

 私は思う。青春時代の若者達、カップルが皆ああいう風にあの主人公達のように恋を謳歌すればどれだけ良い世の中になるのだろうと。しかし現実は全く別物で、まだ大人になっていない未熟な若者達がセックスの魅力に負けて堕落しお互いを傷つけあうことなど現代ではざらである。

 セックスが悪いとは言わない。良い方向に使用すればこれまた最高の味わいをかもし出したりする場合もあるのかも知れない。だがそれはあくまでも理想論。現実はマイナス面が目立ってばかりである。かく言う私もその一人である。若かりし頃のそのような思い出話は思い出しても惨憺たる気持になったり、自分の大いなる可能性を踏み潰したり、とにかく良いことは無かったはずである。誰しも。

 私の尊敬していた先輩にKさんという人がいた。私が大学時代に知り合った人だが、私は当時、若者にもかかわらず、どちらかと言えば大人に対しては懐疑的であまり信用していなかった。そういう私でさえKさんだけは特別だった。笑顔がとても爽やかで堂々としていた印象がいつもあったからだ。そんなKさんの口癖だったが、結婚前はセックスは我慢しろ、というものだった。まあ何と古臭いと言われるかもしれないが、今の私だったらその真意が分るのである。もしかしたら、当時のKさんよりも深く理解しているかもしれない。彼だって誰かとても尊敬する先輩・師匠的な存在からそう言われていたのかも知れないからだ。

 欲望のまま愛し合う・・・というのは情熱的である意味若者受けする部分かも知れないが、その欲望に問題がある。その欲望と言うのは、本来の純粋なる人間の本源のものではないかも知れないではないか。そういう何か得たいの知れないものに作用されて人生の貴重な時間とか機会を傷つけたり失っていくのは本当に無残なことではある。

 欲望を我慢して交際しろ・・とは言わない。我慢は結局他の抜け道を探し暴発する運命にある。ただその欲望自体を放り投げることは出来ないものかと思うのである。するとまたこういう声も聞こえてくる。欲望があればこそ人類の進歩があった・・・等など。それもまた真理の一面かもしれないが、深く深く考えればやはり欲望は捨てたほうが良さそうである。

 真逆のパラドックス、という言葉を聞いたことがある。正しい表現ではないかも知れないが、何かの機会に見たか聞いたかしたものである。これは分りやすく言えば、欲しい欲しいと思っているものは遠ざかり、逆にいらない、欲しいと思わないと思っていればそれは引き寄せられてくる・・というものである。私はこれは本当であると思う。自分自身のことでもそういう事はとてもよくある事なのだ。

 つまり欲望と言うものを捨て去れば逆に欲しいものが集まってくると言うものだ。例えばお金なんかいらない、と思えばお金が集まり、女なんてモテなくても良いと思っていたらモテたりする。スポーツや芸能の世界のスーパースター達が何故女性にモテモテなのかは彼らが女なんかに目もくれず自分の愛することに夢中であるからなのだ。つまり初めに戻れば、女とのセックスに溺れうつつを抜かしているような奴には結局女達は愛想を付かしていき、そんな欲望には見向きもせず、自分の信じる道に対する「欲望」に忠実な男が逆に異性の愛を獲得していくのだろう。

 私はここにあだち充の漫画の人気の秘密があると思う。主人公の男達は皆何かに夢中になっている男達である。しかも、ギラギラしていなく、あっさりとした男が多い。だが自分の好きなことには強い情熱を示す。そこには普通の男達が持っている性欲などという欲望の影が見えない。我慢して見えなくしているわけではなく、自分を磨き続けていれば自ずとそういう欲望は減って行き又消えていくのだろう。そしてそういう所に女性達は魅力を感じ、安心感を得、引き付けられて行くのかもしれない。つまり、女にモテたいと思うのなら、女への欲望をすっぱりと捨てれば良いのである。(午前3時半更新)


 私には高校時代から大学時代、そして結婚してしばらくまでの間ずっと仲良くしていた親友がいた。彼はいわゆる在日二世。韓国人だった。その事を知ったのは私が確か高校生の頃だったと思う。性格の悪い(?)彼と同じ中学から来ていたEという者からそれを聞いた。記憶ではそれを聞いた時少なからずショックも受けた。

 なぜ。彼は全くそういう風に見えなかったせいもある。見えなかった・・・と言うのも何だが嫌なものであるが。私の中には時代的にもそして私の生まれた環境的にもまだ差別的なものがあったのかも知れない。逆に今は随分変ったものだと思うが。

 しかし私はその事実を聞いてからも彼との交流は続いた。彼自身の口からは一度もその事を聞いたことは無いが、自然にそれはお互いに分り合うようになって行った。そして彼の自宅に招かれたりしているうちにお互いの理解となっていった。彼の生い立ちはそうであったが、私の実家よりは随分裕福にも見えて、彼の親から施された躾、いや、彼のもって生まれた性質のせいかも知れないが、彼が自分の衣服をきれいに整頓しタンスの中に仕舞い込む様を見た時は私の中には彼への尊敬さえ感じていたものだ。

 彼は背が高くスポーツマンでハンサムだった。彫りが深く、当時流行っていたアイビールックは彼の雰囲気にピッタリだった。お尻もキュッと上に上がり、スタイルも抜群だった。そこそこ頭も良く、当時としては高校としても良い大学に入学できた。もちろん女にもモテた。

 そんな彼との付き合いは社会人になってもお互いが結婚してもしばらくは続いたものだが、ある時期を境にぷっつりと切れてしまった。それは私の方から切ってしまったというわけではなく、明らかに彼の方からに見えた。他の友人たちとも彼は距離を置いていったようにも見えた。当時も今も思うのは、やはりこれは国籍の違い、人種の違いなのかも知れないが。

 しかし現代、これだけハンリュウなどと言われて韓国がもてはやされ、DVDなどのレンタルショップに行けばそのコーナーも大きく取られたりしている今、もう昔のような暗い雰囲気は微塵も無いようにも感じられたりする。が、実際はまだまだそうでもないのかも知れない。

 私は彼に大いに影響され彼もまた私に影響されたものと思っている。お互いが良きライバルであり良き親友であった。恋人に振られたときにはお互いが慰めあい、長い時間を共に過してくれたり、やったり。こんな付き合いは今のような中年に成り下がってからは誰とも不可能となってしまったではないか。

 時間の経過と共に、人は自分の周りを強いバリアーで囲み、厚い鎧を身に着けていく。そしてそれの重さに耐え切れなくなった時、人はタイムリミット、その死を迎えるのである。しかし確実に青春時代はあったのだ。自分の周りに一切の鎧も着けず、お互いが溶け合うように付き合っていた時代が確かにあったのだ。それを私たちは忘れてはいけないし、実は、私はここだけの話であるが、今まさに若返って、青春の息吹を感じ始めていると言ったら信じていただけるであろうか。まさに、1日1食の功徳でもあるのだ。(午前5時過ぎ更新)


●小食545日目 1日1食(菜食)230日目(12年4月24日~) 
●体重 ・・・スタート時61キロ(11年6月初旬)
●スワイソウ 500回(一気に)
●スクワット 回(一気に)
●腕立て伏せ(一部拳立て) 回(高速腕立て。5本指立て伏含む 一気に)
            回(5本指立て伏せ)回(2本指)
  ※スワイソウ・スクワット・腕立て等は2012年6月16日からスタート
   朝・晩にそれぞれ2回実施(文中×2)
●歩数 歩  
●懸垂 回 
●テンションアップ16日目

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12月09日

起床時刻:02時42分

 就寝午後11時、途中目覚めるがほぼ記憶無し。睡眠時間は4時間。昨夜は仕事先で、午後8時以降うつらうつら状態が続いた。つまり昨夜から考えれば久しぶりによく寝た、たっぷりと寝た、という感覚が強い。しかし睡眠時間のパターンは大体4時間から5時間弱に一定していると思う。そして午後食後少しの仮眠。このセットで一定しているようだ。

 知人で幸福の科学の信者から預かった幸福実現党のマニフェストの入ったパンフレットがほぼ品切れになった。新たに何部かを又お願いしているが、私の実績は多分熱心な信者程度の頒布数だと思う。かの知人はおそらく私の足元にも及ばないのではなかろうか(笑)
もしかしたら、私の町にある支部では一番くらいの成績かもしれない。まあでもそれを自慢するわけではないが、その知人は私にその秘訣を教えてくれの一言も無いのは少し寂しい気がするが。なぜなら、彼らはどうしてそれでは活動に取り組みその教えを学んでいると言うのだろうか。

 本当に好きなことをしているのなら、私の驚異的な(笑)実績に対してもちろんもっと敬意を表しても良い筈だし「教えを請うても」良い筈ではないだろうか。自分を我が身を相手(この場合はもちろん私である)より下に置くのに抵抗があるとでも言うのだろうか。それなら何故彼らは現実の生活の場である職場では上司の下にいかにも簡単に我が身を下に置くことが出来るのだろうか。それが生活の知恵だとも言うのであろうか。

 仮にも信仰をしている身ではないか。世間的にも立派に新興宗教の熱心な活動家として認められているのではないのか。それなら何故もっと自己の信仰を深めることに貪欲にならないのか。私はそこが不思議である。自分が最も好きな世界でこそ謙虚になり、我が身を空虚にし、誠実であり、常に白紙の状態にしておくべきである。逆に言えば、その他の世界、つまり、職場、社会、地域社会、などにおいては、ある程度いい加減で良いし、不誠実だって構わないのである。世間の人のやり方はこの逆なのである。

 家庭が一番と言うのなら、妻や子供にもっと誠実であるべきだ。彼らとの約束事こそ絶対に守らなければならないことなのである。外の世界、その他の人間関係は好い加減でデタラメでも少々構わない。嘘だってついていいのだ。そして人が最も誠実でなければならない存在は自分自身であろう。自分にこそ嘘はつけないのであるから。職場の上司、社長の前ではいとも簡単に我が身を下に置く事が出来ても、自分が好きな世界、例えば趣味とか自分の内面世界においての人間関係では逆に我が身を高い所に置きたがるのである。本当は逆なのである。自分を本当に大切に扱う人はこの世間とは逆に生きるものである。

 それでは一体何故人間はこういう反対の生活を送るのであろうか。それはやはり自分のことを「物質」と信じているからである。人は物質にあらず、人は精神的存在である。つまり魂であり、もっと突き詰めて言えば、人は「神」そのものであるのだ。何もキリストばかりが神の子であるのではなく、私たちは皆が皆神の子である・・と生長の家の創始者、谷口雅春さんは言ってのけたのである。いや、近代の斬新な宗教者のほとんど全てがこの真理を語ってくれている。自分のことを物質と考えれば人は弱くなるものである。なぜなら物質は生存のために物質(お金とか食べ物とか)が必要であり、その為にあくせく働き会社勤めに励まなければならない。世のため人の為に働くなど中々思えないのである。そこで自分の本当の気持ちを裏切って会社の上司の下に簡単に我が身を置く事が出来るのである。(午前5時更新) 


 防寒について書く。
以前の私は極度の寒がりで、また寒さから身を守るのにとても神経質な方だったと思う。10歳くらい年上の同僚から私の防寒ファッションを見られて驚かれたこともあったくらいである。とにかく肌がなるべく外に露出しないように身を固めていた。

 この極度の防寒ファッションには潜在意識的には何が隠されているのだろうと、我が身を分析してみる。それは多分私の心の中にある「風邪」を引くことへの恐怖心であろうと思う。昨日懇談したある看護師などもそのファッションは以前の私とも共通していた。彼女は私と別れ際、身支度を整えながら「風邪から守らなければ」と何回か言いながら身支度していた。

 つまりこれは私だけの現象ではなく、多くの人が持っている恐怖心なのだろう。強弱の程度の差はあれだ。しかしそれは仕方の無い話で、風邪を引けば仕事に支障を来たすし、気分も落ち込む。とても嫌な状況や気分を招くのだから誰だって風邪なんか引くのは嫌なものなのだ。

 しかし現在の私はちょっと違う。防寒の意識は多分普通の人とは180度違うのではないだろうか。私が重ね着や厚着をするのは風邪から身を守るのではなく、あくまで快適さの追及なのである。強烈な寒気が訪れ、とても寒いのにも関わらず我慢して薄着をするのは抵抗がある。とにかく「我慢」というのは少し抵抗があるのだ。

 寒さの中においてあくまで「快適」さを求め、仕事や遊びなど生活を充実させていく。こういう生活スタイルが良いものだと思う。ただその中には風邪を引くことへの恐怖があればダメだ。恐怖心は快適さとは反対の言葉であり概念であるからだ。

 たくさんの重ね着や厚着で身を守って風邪を引くことから身を守りながらそれを快適さと表すならそれは違うと思うのだ。あくまで快適さというのは、一つもマイナス的な考えは入り込まないものだと思っているのである。快適さはプラスな事ばかりが集合して成り立つものだと思う。

 だから私の防寒ファッションは、あくまでも快適さのみの追及である。そこには風邪から身を守ろうという「弱い」自分は存在しないのである。毎日を楽しく過し軽く動く為のファッションなのである。その結果厚着になったり重ね着が増えたりするのは良しとしたい。しかし体が季節に順応し、慣れていけば、徐々に薄着になったり、一枚二枚と衣服が減っていくのかもしれない。そこには「我慢」という自分を責める概念はないだろう。ただ、「我慢」という途中経過の後に自分の知らない世界もあったりするから生活するということは良いものである。(午前8時更新)

●小食544日目 1日1食(菜食)229日目(12年4月24日~) 
●体重 ・・・スタート時61キロ(11年6月初旬)
●スワイソウ 500回(一気に)
●スクワット 100回(一気に)
●腕立て伏せ(一部拳立て) 150回(高速腕立て。5本指立て伏含む 一気に)
            回(5本指立て伏せ)回(2本指)
  ※スワイソウ・スクワット・腕立て等は2012年6月16日からスタート
   朝・晩にそれぞれ2回実施(文中×2)
●歩数 歩  
●懸垂 回 
●テンションアップ15日目

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12月08日

起床時刻:03時29分

 就寝午後11時。途中1時間半後に一度目覚める。意識も割合はっきりし、起きようかとも思ったが、本日朝からの仕事の為か再び寝入る。睡眠時間は4時間半。最近は大体朝方トータルで4時間から4時間半の睡眠で、午後30分程度の仮眠。このパターンが定着しつつある。しかし多分将来はもっと短くなるような気もする。小食の程度がもっと先鋭的になるような気もするからだ。


 菜食生活になって私は以前より随分気前が良くなったと思う。随分・・と書いたが正確に記せば180度真反対、向こう側にいきなり来た、みたいな感じかも知れない。菜食だけではなく、小食もである。昼前までに一度軽いおやつ的なものも食べたりするが、それ以外では午後の食事のみ。時々グリコのアーモンドキャラメルも食べたりする。午後3時くらいに一度食べれば就寝までにはどうにか持っている。

 晩酌も止めた。外で知り合いとの会合などでは飲むが、それも美味しいと感じたりして飲むと言うこともあまりなくなった。とにかく人との交流の手段である。食費も圧倒的に減ったと思う。家族とは一緒に食べることも少なくなって、まさに私は「孤食」の人である。それでも一度の食事はとても美味しくその間は本当に感動を覚えながらいただいている。本当に美味しいものが判ってきたような感じもする。

 例えば、焼きそばとかお好み焼きだ。以前、三食食べている時、だから普通の人並みの時は、たっぷりソースが好みだった。薄味は何かピンと来ないし、味気なく感じていたものだった。しかし今はまるっきり逆である。以前のようにソースたっぷりではまるで焼きそばの味を楽しむのではなく、ソースの固まりを食べているようなものである。ソースを味わっているのである。大体ソース自体はそんなに美味しいものではないのではないか・・。

 今はまるっきり薄味で、有名なおたふくソースを使っているが、市販品のソースが付いている焼きそばタイプだと、そのソースを使わせてもらっている。そして袋に入っているソースを一応全部使うのであるが、以前はこれだけでは何か物足りなく感じ、やっぱり、麺とソースは別売りのものが良いと思っていた。と言うのも、私は麺だけではなくたっぷりの野菜も入れるからである。たっぷりの野菜を入れれば自ずとソースも足りなくなる。だから何か足りないように感じていたのだ。はっきり言えば、舌が鈍感だったのが分らなかったのだ。しかし今はたくさんの野菜と麺でも添付のソースだけで充分であり、逆にそれが私の理想形となっている。

 本当は一番いいのは、塩と胡椒程度で、まあ、醤油くらい少し入れても良いが、あとは何も入れず野菜そのものの旨味とか塩気とか、そういうものでじっくり味わうのが良いのかも知れないと思っている。それなら今こうやって書いていても何かちょっと食べたくなって来るのである。わずかなソースのみの焼きそばは今の私にとって評判店の味である。幸せなひと時を充分味わえるのである。

 話が違う方向に行ってしまった。食べることの話になるとついつい脱線してしまう。私はまだ食べることから完全には抜け切れていないし、食べることの楽しさ、喜びを生まれて初めて分ったのかもしれないのである。さて初めに戻ろう。私は小食と菜食で気前良くなった。これは本当に不思議な現象で、この生活を始める前にも思いもしなかった事だ。食費は本当に少なくなった。だから逆にケチケチ生活になっても良さそうだが、しかも、食費が浮く分お金も貯まるのだから気前がよくなるはずも無い。普通の常識で考えれば誰でも分ることである。しかし私は実感する。気前が良くなった。が、必要でない時は強い意志で出さないと決める。以前はその場の雰囲気や勢いで妥協したりしていたが、今はとてもシビアだ。だから他人からみれば「どこが気前が良いものか、どケチ、守銭奴」と思われているのかも知れない。しかし致し方ない。私は妥協はしたくない。

 その証拠に私は最近時々妻にパッパッと小遣いをあげている。小遣いではないのかもしれない。単なるお金だが。例えば私は今日臨時のアルバイトをした。昔からの知人が自分の仕事を一日だけ手伝ってくれと言うのだ。以前なら、お金のために、生活のために、内心は仕方ない、嫌だけど・・などと思いながら頑張ってやっていたが、今は違う。以前ほどお金の為・・という思いもなくなった。頼まれたからただやる・・という感じだ。断る理由が無い。時間がある場合だが。

 で、以前はお金の為とは言え、知人の仕事は肉体労働で過酷だ。だから休み休みやったり息切れしたりしていたものだ。とにかく時間が早く過ぎてくれれば・・との思い。だからそうやって苦労したお金だから、嫌々な気持ちで得たお金だからギャラを貰ったら、自分のものだという感覚がものすごく強く、しっかり握って離すことは無かった。

 しかし今は違う。気軽に仕事を請け、気軽にやる。かと言って休み休みなどということもなく、徹底的にやりまた自分のペースで休む。それが他人から見たら、よく仕事やってる、という感じを与えているらしいのだ。時間などあっという間に過ぎる。で、喜んでお金をもらえる。お金はいつでも良いのだが・・などという相手への思いもあったりする。

 だからそんなに苦しんで得たお金でもないから(実際は肉体労働は大変なのだが)、それが臨時収入だとしても、自分だけのものにしない。特に支払う方の相手の感性が少し動物的であれば私はそのお金を自分のものだけにするのに抵抗がある。だからそういう時は私にとって一番の身近な存在の妻にポイッと渡す。妻はすごく喜び感動する。その瞬間、動物的な持ち主のものだったお金は品性のあるお金に変身する。私はそれで満足である。お金持ちはお金を使うのに大変な思いをするというが、まだまだ貧乏人の私ではあるが何かちょっとその感覚を垣間見ているような気分である。(午前4時前頃更新)


 昨日すごい久しぶりの友人から電話があった。以前私は自分で塾を経営していたことがあったが、その塾仲間であった。実は彼はこのブログでも時々コメントをくれる人でもあった。うすうすは気づいていたのかも知れないが、やはり分った時は少し驚いた。

 彼は現在塾をやめ保険の代理店を営んでいる。もう長くやっているようだ。その彼からの久しぶりの電話だった。内容はビジネスのことで、興味があれば話を聞かないか、その話は自分がするのではなく、専門の者がいるから・・ということだった。そのニュアンスはかつてのネットワークビジネスを私に連想させた。

 だが彼のいう話はそういう類のものではないことは確かだ。しかし私はどうも彼のような男性的な面がそれほど多くないせいか、ビジネスライクに、はいそうですか、という具合に今まであったことも無いような人とすぐに会う、何て芸当は出来ない。いや、やろうと思えば出来るだろうが、したくないのが正直な思いなのである。

 私はその思いを彼に正直に話し、今回は断った。その代わり、彼自身には会いたいと話した。そのビジネスのことには多少関心があるが、あなた自身にもっと関心がある、貴方が話す事だから関心があるのだ、等と咄嗟に口から出た。

 私はどうも内面的に女性的な面があるせいか、男性社会では当たり前の智のみの付き合いがストレートに出来ない。先ず人間的な、人情などという昔かたぎな側面が無いと相手と素直な交流が出来ない。そういうことも彼に話した。

 こういうところは面倒くさいかもしれないし、ビジネスだけなら彼の言うように、また彼らのやるようにビジネスライクに行為すれば時間の節約になるし、すぐにお金に繫がっていくのかも知れないが、私はどうも苦手なのかもしれない。しかしこれも彼に言ったが、人情などというものを挟みながら、最初は仕事の話そっちのけで趣味とか遊びの話に夢中な時間を両者で挟みながら、時間を重ね、そしてそういう空気の中から面白い遊びの延長的な仕事が発生してきたりするのではないだろうか。

 私は彼から電話を貰った時、ちょうど妻と近所のファミレスに出かけるところだった。車中でもあった。しかし私はパトカーを気にしながらも、久しぶりの友からの電話にそんな事で遮断したくなかったから構わず話し続けた。そしてその会話は車から降り店に入り、注文し、食べるまで続いた。

 彼はその事が分ると自分は外食は当分していないと言っていたが、そして私の身分を褒めてもくれたが、私としてはそれほどの贅沢でもなく、クーポンなどを利用すれば自宅で食べることに毛が生えた程度である。それくらいで妻の機嫌が良くなり、午後の時間が有意義に過せれば安いものである。ま、そんな話しはどうでも良いが、久しぶりの友人の電話、最近私の周囲ではこういう偶然(本当は全て必然であり、私自身が引き寄せていることなのだが)が頻繁に起きているのだ。(午前4時半更新)



●小食543日目 1日1食(菜食)228日目(12年4月24日~) 
●体重 ・・・スタート時61キロ(11年6月初旬)
●スワイソウ 回(一気に)
●スクワット 回(一気に)
●腕立て伏せ(一部拳立て) 回(高速腕立て。5本指立て伏含む 一気に)
            回(5本指立て伏せ)回(2本指)
  ※スワイソウ・スクワット・腕立て等は2012年6月16日からスタート
   朝・晩にそれぞれ2回実施(文中×2)
●歩数 歩  
●懸垂 回 
●テンションアップ14日目

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12月07日(金)

起床時刻:00時48分

 就寝午後10時半頃。途中一度目覚める。それは1時間後。そして又寝、又1時間後に目覚める。トータル2時間の睡眠となり、もう一度寝ようと思ったが、色々考えるうちに、まあこういう日もあって良いか、なんて思って体を起こす。意識はだいぶはっきりしている。最近の特徴である、コーヒーはすぐ飲まず、代わりにグリコのアーモンドキャラメルをいただく。まさに一粒100メートル?というが、大げさなキャッチコピーではなく、文字通り体に染み渡る美味しさでじっくりと味わう。体が睡眠から目覚めるのを体と心で実感。

 仕事先での目覚めだったが、実は忘れ物があったため急遽自宅に帰り、今更新中(午前1時半)。これを終えたら又再び職場に戻る。で、又帰宅後更新するつもりである。午前10時前頃になるかもしれない。と言うのも、今日は仕事明けにこの仕事の私の上司に会う約束がある。マクドナルドで朝マックをしようとの事。実はとても大切な仕事の打ち合わせでもある。私にとってはちょっとした人生の転換点になるかもしれない。


 初めての試みとしての親戚の忘年会の企画が断ち切れそうになっていた。どの兄妹もイマイチ乗り気が無く、何か一人合点で私一人が突っ走っているように感じたのだ。先ず前例が無いこと。そして元旦にももう十年以上続いた恒例の新年会があること。この二つが兄弟達の頭を締め付けていたのかもしれない。今月中旬に実施すれば二週間ほどで又飲み会(新年会のことである)となる事について私のすぐ上の兄などは固執した。逆に私は二週間も開いているのだから良いじゃんという感覚なのだ。合うはずが無い。

 他の兄妹、親戚などの意見も似たり寄ったり。まあ、今更ながら、何事も最初の一歩とはこのようなものかも知れない。事の大小はさておいて。だから私もこんなに一生懸命私が「皆の為に」頑張っているのに、何だこの野郎、と、あのドリフターズの荒井注のごとくに頭にきていた(例えがやや古いなあ・・)。

 だが私も今は以前のような何が何でも自分の意思を貫き通す、猪突猛進、というタイプではない。これはいつも言うように、1日1食菜食生活のたまものである。腹八分目、六分目の生活を七ヶ月も実践している以上、もうそんな事は思わないし、実行しない。腹六分目は食生活だけではなく、人生全般に亘り始めているのである。そして毎日欠かさず行う「スワイソウ」、これも自分の「我」を削り取る働きを勤めているのだろう。私は、あれこりゃ駄目だ、雲行きが悪いや、と感じたら、すぐにパッと方向転換できるし、諦めも早くなっているのだ。以前はこういう態度は逆に潔くない・・と思っていたのかもしれない。

 勇気ある撤退ではないが、私は今回の親戚による忘年会を諦めかけていた。そしてだからと言って、私のやりたい気持ちを阻害した形になった兄を初め兄妹・親戚を恨む気持ちもそんなに無い。昨日兄貴と口喧嘩したのだが(ほとんど一方的に兄が興奮していたが)、今日は私はケロッとして、兄に電話し、他の用件で又和気あいあいとなったのだから。

 すると不思議である。欲望を持たない男には逆に欲しいものが多く与えられる・・という言葉の通り、姉から一本の電話が入った。「忘年会、参加するよ、夫婦でね、コースはこれこれ・・」と良い感じなのである。私は少し驚き、えっ、人生って何か訳が分らん、と、実感した瞬間だった。しかし私の頭の回転も新幹線並み、いや、光並み、F1並みである。パッパッと姉に合わせてうまいことを言いながら、ことを進めて行くのだった。

 実は、私はこの企画が駄目になるかもしれない・・と実感したとき、違うことも同時に思いついていた。「そうだ、完全に諦めるのではなく、今の自分に合った忘年会をやろう、背伸びしても仕方ないかもしれない。」と。それは、近所の普段良くしてくれるおばあちゃんや、妻の気の許せる友達、妻の親戚筋の近所に住むおばちゃん、とにかく我が家の気の知れたご近所さんを数人呼んでささやかな忘年会を開きましょう!と思ったのだ。

 普段しっかり付き合いのあるなじみの人たちと一年を振り返る、そして来年への願いと変らぬ交流を誓い合う・・・これこそ忘年会の原点かも知れないではないか。そう考えていた矢先の話だった。姉からの一本の電話。これで又私に再びスイッチが入ってしまったのである。

 そういうわけで、本日やっと会場になる店に電話予約した。こうなれば今度は私の独壇場だ。大げさではないが、私の幹事歴は長くある程度の実績はあるものと考えている。参加者が楽しめる、喜ぶ、一生の思い出になる、そしてサプライズのある企画・内容で進めたいという気持ちが強くなるのである。これは私の一種の病気。もちろん良い意味で、である。(午後1時更新)




●小食542日目 1日1食(菜食)227日目(12年4月24日~) 
●体重 ・・・スタート時61キロ(11年6月初旬)
●スワイソウ 500回(一気に)
●スクワット 100回(一気に)
●腕立て伏せ(一部拳立て) 150回(高速腕立て。5本指立て伏含む 一気に)
            回(5本指立て伏せ)回(2本指)
  ※スワイソウ・スクワット・腕立て等は2012年6月16日からスタート
   朝・晩にそれぞれ2回実施(文中×2)
●歩数 歩  
●懸垂 回 
●テンションアップ13日目

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12月06日(木)

起床時刻:03時19分

 就寝午後10時頃。睡眠時間は5時間と少し。途中11時45分頃にも一度目覚めた記憶アリ。携帯の画面を見たらその時刻だったが、もう少しイッていたのかと思ったほどだった。つまり翌日になっていたものとばかり思っていたということだ。もし・・この時起きていれば睡眠時間は1時間半だが、本当はそれでも良いのである。その時起きて、気になっていた続きの仕事をすればいいのだから。あるいは、このようなブログ更新でも。実際目が覚めたとき、そういう考えが瞬間的に浮かんだのは確か。浮かび、考え、検討し、私はとっさに寝ることを選んだ。それはそれで良い。


 いよいよ気温が10度以下の値を示しだした。冬本番と言うところだろうか。これはあくまで我がふるさとでの実感であるが。特に一昨日は外での肉体労働で、午前中は特に冷え込んだ。年上の知人と一緒での現場作業、骨身にこたえた。が、以前の自分よりは我慢強くなったという実感もある。

 私と一緒に作業した知人は68歳だと言っていたが、いわゆる強健の持ち主である。今も現役で朝刊配達などこなす。自営で設備工事などを請けているが、少しでもお金を稼ごうと言う腹なのかもしれない。雨の日も風の日も休み無く続けていて、もう数年になるのではないか。私は冗談にも彼のことを「鉄人」と称したりするが、あながち嘘でもない。

 そんな彼でも聞けばこの日から下着も冬バージョンに変えたそうである。つまり、下半身はパッチ、上半身は半そでから長袖の下着に変えたのである。そういう私も去年の冬は多分もうこの時期では既に彼のようないでたちに変身していたものと思われる。だが今年はまだ秋バージョン、いや、正確に言えば一年中ほぼ同じ格好である。

 無理しているわけではないが、どうしても冬バージョンに変えなくては・・と言う気持ちも強いて起こらないのである。敢えてある程度頑張ろうという思いはある。どこまで頑張れるか分らないが、とにかくもうちょっと頑張れるだけ頑張っても良さそうである。しかし、昨日の午前中は冷えた。体の芯からズーンと底冷えする感じだった。

 多分冷蔵庫の中とそんなに変らなかっただろうと思う。特にそこは風の抜け道でもあり、「鉄人」である知人もずっと「冷える冷える」と言いながらの作業であった。私は無言だったが。だが実際冷えた。以前の私なら、先ず完全防寒のスタイルで現場に出たかも知れない。私は怖がりの性格で、事前に防御する本能が強い方だと思っているのだ。

 だが今の私は違う。以前は心の中で「この寒さ、これで風邪でも引いたら嫌だな・・」などという恐れが必ずあった。そしてその恐れが実際の風邪を己に引き寄せることになってしまうのである。恐れることは実現するのである。だが今の私にはこれがないのだ。風邪を引く・・という感覚がほぼない。もしかしたら・・という思いもあるにはあるのだが、大丈夫だという意識の方が多分勝ってしまうのだろうと思う。

 だから昨日のような極寒の中での作業もどうにか耐えられたのだ。鉄人が寒い寒いと言っているそばで私は淡々と作業に徹した。それを見ていた知人は私につられたのか、私の作業範囲までやってくれたと感じた。以前なら多分無かったことだ。結局私は寒さに強くなる事で逆に作業も楽なほうになってしまう結果になったのだ。

 確かにジッとしていると冷えが体の芯から堪えた。が、反面それは心地良いものでもある。清新な空気を感じるのである。体から毒素や悪いものが一掃され、きれいになるような感覚が味わえるのである。知人や現場の顧客達にも言ったが、冬の良い所は、害虫、つまりゴキブリ、蚊、ハエ、ナメクジ等が我々の世界から消えることである。世界はきれいになるのである。

 夏や秋で汚れた空気、環境が冬を迎えることで一掃され、きれいになる。新しい環境、新しくこの世界に生まれてくる環境のために、それは「春」というものだが、その春のために、過去を一掃し新しい現在を作り上げてくれる為の大いなるエネルギーが冬なのかもしれない。

 そういう貴重な冬の環境から完全に体を守り隔絶するのは少し惜しいではないか。充分冬を楽しむ為に、秋とは変らぬ下着で頑張ろうと思うのである。冬を楽しむ・・というのは、暖かい暖房の部屋で温かいスープや鍋に舌鼓を打つという光景ではなく、本当は生身の冬を体と心で実感することではないだろうか。(午前4時前に更新終了)


 冬の朝、しかも私のように朝型で、しかも超のつくほどの早朝、時には一般的に言われる深夜に近い時刻に目覚める者にとっては冬の朝は辛いものかもしれない。まさに以前の私だったら、当然そう考えていたものだし、実際冬は起床時刻も遅くなる。

 ただ、今朝の私は少し違ってこういう思いが心の中から浮かんできた。深々と迫り来る何とも言えない表現しにくい感情、心情が湧いてくる。これは絶対に冬という季節が私の心に作用し作り出してきているものと思う。冬のナント偉大さよ・・と感嘆する。

 冬の旅・・という名曲がクラシックにあったと思う。そして昔、同じタイトルのドラマがあった。内容は忘れたが、冬の旅・・というニュアンスは人によって色々と取れるであろう。今の私には清新な清清しいものに感じる時がある。もちろん過酷で厳しいものも充分に感じるのである。

 今朝、私の心に胸に湧き出てきた思いはこの冬ならではのものだろう。フーッと湧いてくる。深々と辺りは静まり返り、とは言っても、私の家は国道の近くであるから音はひっきりなしにある。だが感覚的に静まり返るのである。これは冬の早朝まだ明けきらぬ時刻のお陰である。そういうシンとした空気の中で私は様々な思索にふける。そういう時を私に与えてくれる神、そして自然。というものに大いに感謝するのだ。

 そういう空気の中では他人に対する怒りとか憎みとか嫉妬などは寒さの力で消滅してしまうのであろう。後に残ったのは全くきれいに浄化された人間の根源の思いだけなのかもしれない。そうなれば、冬の朝こそ早起きにチャレンジして何もする事が無いから等という言い訳は捨ててまだ明けきらぬ早朝の空気を体と心で思い切り吸い込んで欲しいと願う私である。

 早起きを英語学習の為とか、精神修行の為とか、趣味の時間捻出とか、色々利用しようと一念発起で始める人もいるだろう。そういう目的を持って早起きに挑戦することは非難する気は無いが、無目的で始める事はもっとレベルが高いのではないかと思う。

 前述したように、何もすることがなくてもただ早起きして冬の空気を実感すれば訳も無く独特な雰囲気に包まれ感動さえ覚えるものである。そこには計算も打算も計画も無い。ただあるのは自分の心と体と冬の空気だけである。だから私は冬こそ早起きを推薦したいと思う。

 そういう意味で言えば、唯一冬の早起きで目的があるのだとすれば、それはこの神的な空気と交流できる時間を得られるということではないのだろうか。神様との交流である。と言っても、それは弱弱しい、神様への依存症なんかではない。神のパワー、エネルギーは想像を絶するものだろう。理解を超えたものであろう。そういうものと毎朝触れ合う事が出来れば私たちは確実に神に近づきもし、また、毎日を一新して清清しく生きれることが出来るのである。(午前5時前頃更新)



●小食541日目 1日1食(菜食)226日目(12年4月24日~) 
●体重 ・・・スタート時61キロ(11年6月初旬)
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●スクワット 回(一気に)
●腕立て伏せ(一部拳立て) 回(高速腕立て。5本指立て伏含む 一気に)
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  ※スワイソウ・スクワット・腕立て等は2012年6月16日からスタート
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12月05日(水)

起床時刻:02時49分

 就寝午後11時頃。もしかして幾分過ぎていたかもしれない。睡眠時間は4時間弱。途中午前1時過ぎにも目覚める。この時起きてても良かったが、私はとっさに考えたのだろう、この時刻ではまだ・・的なこと。そしてすぐに寝られた。だから良しとしよう。昨夜はいつに無く寝つきが悪かった。気分の高揚感のせいか、1日、濃密な生活を送った為か、すぐには中々寝られなかった。あの明石家んまも同じように中々すぐには寝付けないなどということを本人が語っているのを確か聞いたことがあるが、私も昨日の夜はそんな感じだった。ただ、それが嫌な感覚ではなく、寝られないのなら、ずっと起きてても良いな・・というような気持ちであった。それが又楽しいような、心地良いような、そんな感覚なのだった。ま、そうこうしている内に、結局深い睡眠に入っていったのだが・・。

 昨日は夕方からの自分の仕事に入る前に朝からアルバイトが一本は入っていた。つまり仕事三昧の一日だったということ。以前の自分なら、こういう場合は嫌な気分であった。長いこと拘束されるのである。自由は無い。だが今の私はそうでもない。束縛されようが、自由は無かろうが、ずっと私は私なのであり、仕事が無い時でも逆にいつも充足した気分に浸りたいと願う私なのである。とにかく昨日は朝から夕方まで肉体労働に従事した。知り合いの70近いおじさんの現場の助っ人である。久しぶりに体をある程度酷使した。気分は悪くは無かった。

 一昨日彼の現場に見学に行き、そこで少し彼と話した。その時、前のブログでも書いたが彼から貴重な(?)プレゼントをいただいた。人妻・・云々などとタイトルされたエロ本だった。その数三冊。以前の私だったら、多分帰宅後中身もじっくりと見ただろうし、あるいは、強行に断り、心の中では欲しいのにも拘らず、受け取らなかったかもしれないが。だが今の私は、いまだにまだこの本の中身を読んでいない。見ていない。自分の部屋の棚に無造作に置いているままだ。

 で、昨日は又この話で盛り上がった。彼曰く、いまだに「朝立ち」するらしい。そして困っているという。そんな元気を持て余していると言う。とごまで本気でどこまでジョークか分らないが、とにかく年齢的にはもう引退する人も多いのかもしれないが、彼の場合は例外らしい。奥さんは相手にしてくれず、と言うか、奥さんはもうそういう欲望、体が受け付けられないのだそうだ。無理強いしてまで欲望を果たすような男でもなく、本当に困っているような感じもあった。

 「欲望のはけ口がない」とこぼしていたが、私は「そんな表現は奥さんに失礼だよ」と反応したら、「女房というのはそんなものだろう」と言う。ここまで聞けば彼が悪者で、独断的な人物に感じるかもしれないが、本当は、彼の本当の姿は違うようにも感じる。ただ少し男を意識していると言うか、強がっていると言うか。ま、とにかく彼は本当に欲望の持って行き場所に困っているようにも見受けられたのだ。

 私はさらっと言ってのけた。彼のペースにも直感的に合わせたのかも知れない。「風俗に行けば?」と。そしてそれからはしばらくの間風俗の話題で盛り上がった。私たちの町では以前ならピンサロとかキャバレーのようなものがあったが今ではなくなった。全国的な流れかも知れないが、そういうものは無く、もっと直接的な性を売り物にした風俗の店はあるようである。彼はしかし地元のそういう情報には疎いらしく、私がそういう場所があるらしいと言う話に少し興味も示した。

 彼はトルコ風呂があればな・・ということも言った。今で言う「ソープランド」のことである。私はわが町から50キロ程度離れている町にはそれがあるという事を告げた。彼にはそれにも反応した。そしてもう少し足を伸ばせばもっと良い店もあるのだ、等と話はドンドン盛り上がった。

 私はここでも何回か書いたが、自分自身も新興宗教の会員であり(俗に言う幽霊会員ではあるが)、友達にも熱心な信者がいる。そんな人間の癖に、こういう俗的な部分も強くある。それが良いことなのか悪いことなのかはここで一先ず置いといて、とにかく目の前の人間、その人間の体と心から放たれる雰囲気、心の雰囲気に反応する。これがテンションがアップしている人間の一番の特徴でもある。つまり潜在意識的に相手と同体になるのである。相手の心の奥が分るのであり、感じるのである。口で言っていることや表現している行為の奥に隠された真実が直感的に分るのである。だから営業マン等でも成績を伸ばそうと思えばテクニック的な事を学ぶよりも先に先ずはこのテンションをアップさせるのに努力すべきなのである。

 私は現在ずっとテンションが高い日々を送っている。分りやすく言えば、異常に元気であり、病的に言えば、躁鬱の躁である。しかしこれは絶対病気ではなく、本来の人間の姿なのである。赤ちゃんはその意味ではハイテンションな存在である。人の気持ちが分るのである。こういう人間は何をやってもうまく行くのである。自由自在であり、毎日が楽しいのである。相手の潜在意識と交われるから、よく言われる釈迦が相手に合わせた説法をする・・と言うが、これが出来るのである。私もまた彼のホンネと接することが出来たのである。

 こうして彼との一日は終わったが、心の深い部分、潜在意識、そしてホンネでの会話・・。こういう風に送った相手との一日は感慨深く心に残る。私はこういう一日を彼と送ってますます高揚感が高まったのであり、その晩も寝付けが悪かったのだと思うのだ。(深夜から明け方にかけて更新)


 小林正観さんの著作の中で「トイレの法則」というものがある。トイレを掃除していれば臨時収入が入ってくるというのだ。これは真に面白いことだと思う。その訳は私の記憶の範囲で言わせて貰うと、正確には保証出来ないが、昔の話にこういうのもがある。何人かの神様がいて、家を建ったとき、先ず最初にこの家に来たのが居間。居間の神様というわけであり、次に来たのが玄関だったり寝室だったり色々だ。その順番は定かではないが、とにかく一番最後から二番目が台所とか風呂場でいわゆる水周り。しかし同じ水周りでも一番嫌がられる場所つまりトイレ、便所である。この便所に最後にやって来たのがトイレの神様である。

 元に戻って、居間の神様はいの一番にやって来たものだから取るものも取り合えずという感じで急いできた為何も手に持って来ない。次の神様も同じようなものである。で、段々遅くなっていくにつれ、手土産など持って来る。で、一番最後にゆったりとやって来たトイレの神様は手土産も半端ではなく、多いのである。金銀財宝・・・というものかも知れない。

 だからトイレの神様を崇め奉るとその手土産の金銀財宝もいただける・・・ということなのである。確かこういう感じで紹介してあった。以前誰か歌手が「トイレの神様」という歌を流行らせていたが、まさにあれである。そしてトイレの神様を崇め奉る・・というのはつまりトイレ掃除を一生懸命するという事らしい。心を込めて真心できれいにするのである。そうすると神様はとても喜びご褒美をくれる。それが臨時収入なのである。

 私はこの話の前に違う著者でトイレ掃除の大切さを説いた人の本を読んでいて実践していた時期があった。その時は意識していなかったが、つまり、臨時収入があるとは考えていなかったが、私の長年の悲願である「常時ハイテンション」の手段方法の一つとして実践していたのである。が、そのあと、この逸話を思い出して分ったが、私にはその時期確かに思いもかけないような臨時収入があった。それもある程度の金額であった。

 この話が真意はともかく眉唾物かも知れない。しかし最近の私はこの話とは別にトイレに入り用を足したあと、ジッとトイレの便器を眺めれば自然ときれいにしている自分を発見する。トイレットペーパーで便器の淵などに付いている汚れを拭き取っているのだ。きれいになればこちらの気持ちも良い。また便器の周りのタイルなどのヨゴレ、ゴミ等も取りたくなるのである。これで臨時収入が入るのだ・・・という思いも脳裏をかすめるが、やはり中心は何となくきれいにしたくなる心である。だが小林さんは臨時収入の為・・という打算も大いに結構で、長続きの為にも大いにそう考えて実践することを勧めているのです。(引き続き午前中に更新)



●小食540日目 1日1食(菜食)225日目(12年4月24日~) 
●体重 ・・・スタート時61キロ(11年6月初旬)
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●スクワット 100回(一気に)
●腕立て伏せ(一部拳立て) 150回(高速腕立て。5本指立て伏含む 一気に)
            回(5本指立て伏せ)回(2本指)
  ※スワイソウ・スクワット・腕立て等は2012年6月16日からスタート
   朝・晩にそれぞれ2回実施(文中×2)
●歩数 歩  
●懸垂 回 
●テンション

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12月04日(火)

起床時刻:05時19分

 就寝午後10時過ぎ。結果的に睡眠時間は7時間くらいになってしまったが、途中幾度か目覚めたのは確か。記憶アリ。ただ、照明をつけたままずっと一晩を過してしまった。消さなくては・・と思いつつも、そのまま熟睡。と言うことは、ここ数日の短眠の影響大。それとここ数日のスケジュール、人との交流、つながり。密度は高かったのだ。多くの人たちと短時間に交流を成したからだ。自分を褒めてやろう♪


 先日の高校同期の忘年会があまりに楽しく印象的だったせいか、私は又同じようにこの忘年会を開きたくなった。今度は親戚。私の家族、兄妹、義兄弟、姪、子供達の伴侶、そしてフィアンセ等など。

 そして今度は私が幹事を務める。昨日そのアイデアが浮かび、早速数人の親戚達に電話した。もちろん最初は妻である。妻も満更ではなく、娘達の方は妻に任せたい。私は兄妹、その他の親戚、つまり外に向かっては私の仕事である。

 自慢ではないが、私の幹事歴は長くて実績もある。プロだと言っても過言ではないと言う自負がある。これを仕事にしようとまで考えているのだから。そしてこの仕事は大いなるボランティア精神がないと中々務まるものでもないのである。

 幹事の仕事の要点は一つ。自分は迅速であり、相手には余裕を持たせてやれ・・と言うことである。つまり自己には厳しく他には優しく、ということである。自分の気の早い短気なペースを相手に押し付けてはならないと言うことだ。

 自分が直感的にでも気づいたことは躊躇せず迅速にパッパッと行っていく。しかし相手には気持ちの余裕、時間の余裕、締め切りの余裕を持たせてやることが肝心だ。無理強いはいけないが、弱腰もいけない。その辺りの塩加減が絶妙に良い味を出す。

 結局良い過程で進めて行くと当日の盛り上がりにも幾分良い味付けとなりスパイスとなるのである。そして幹事の特権はこの過程も充分楽しめると言うことである。つまり他の参加者は当日のみ楽しめるが、幹事は企画立ち上げから当日までの数日間、十数日間、ずっと楽しめると言うことなのだ。これは本当に素晴らしい役得である。

 世間では幹事は本当に大変で見返りも無く、つまらない仕事だと言うイメージを持つ人もいるが、前述のように、素晴らしい人の為になる仕事である。感謝もされるが、その感謝を求める気持ちも持たないほうがいいのだ。過程を楽しんでさえいれば、感謝されなくても良いものである。逆に批判されたり陰口を叩かれたりすることもあるのだが、過程さえ楽しんでいれば、そういうネガティブな出来事に遭遇しても耐えられるものである。分る人には分るものである。

 そして追記したいが、私はひそかに自分だけである計画を胸に秘めている。この忘年会を先ずは私の今から成そうとしている壮大な(期待を込めて)ライフワークの第一歩としようと。密かに。
 波紋は先ずは中心(この場合なら身内・家族・親戚)から徐々に外に向かって広がっていくものである。(早朝更新)


 今日はアルバイトに出る。一日だけのお仕事だ。友達の助っ人である。夕方までやった後、また自分の仕事に復帰する。その仕事は泊まりで明日の朝まで。午前5時から起きてこのようにブログの更新などして、朝刊読んだり、コーヒー飲んだり、また仕事のオークションなども手がけたり。私の朝は濃いのである。

 ところで、その友達と言うのは、私よりはずっと年上の今年70歳。普通ならもうとっくに現役引退してヘロヘロになっているかも知れない年頃だ。しかし彼はナント朝刊の配達なども自分の仕事の合間にやっている。自分の仕事とは自営で個人の建築関係だ。設備関係である。

 その彼から久しぶりに私に電話が入った。助っ人を頼むという事だった。仕事の内容は生コンを機械で練って、運ぶ仕事。いわば肉体労働だ。以前の彼なら一人でやっていたかもしれないが、さすがに寄る年波に勝てず他人様にお願いするということらしい。

 私は一向に構わない。お金にもなるし、友達にも喜ばれる。しかも今の私は肉体の疲れが以前に比べれば格段に無い。どこまでも働ける自信もある。空腹パワーの持ち主だ。

 この彼はいわゆる口が悪い。職人独特の雰囲気かもしれない。何でもストレートにズバズバ言う。昨日も現場で打ち合わせしたが、その時、私の帰り際に「あんたに良いものをあげよう」と言う。私はてっきり彼も呑み助だから酒かな・・と思った。それはありがたい・・と思ったが、彼が車のダッシュボードから出したのはナント、エロ本だった。

 それは強烈なエロ本、三冊。私は少し驚き爆笑した。いらないよって初めは言ったが彼の執拗な攻めに負け、取り合えずもらってしまった。しかし今に至るまで中を開いてはいない。

 私は今朝ふと思った。そうだ、まもなく彼からの電話が入るだろうが、昨日の彼のプレゼントのお返しとして、先日もらった幸福実現党のマニフェストが入ったパンフレットを彼にあげようと思った。

 彼は前述したように、面白い「エロおじさん」だが、芯は真面目な男である。・・と思うが。数年前まで彼は長いことある修養団体に属していて、熱心に活動に取り組んでいたのだ。そこは早朝に起きてみんなが会場にあつまり毎日演壇などして交流する団体である。

 そんなエロいが、面白く、率直で、真面目で、しかも、まだ現役で、健康で、仕事に励む良い男と久しぶりに一日だけだが仕事するのである。人生はままならず。. (午前中更新)


 仕事が終わり、1日一度だけの食事もいただいた。あとはもう少ししたら泊まりの仕事に出る。その前にちょっと更新。
 エロおじさんとの仕事は久しぶりに楽しかった。この人はお腹の座った人だ。肝っ玉の座った人だとまた見直した一日だった。

 彼に幸福実現党のパンフを渡した。案の定、大きなリアクションでそれはもちろん拒絶モード。だが私も執拗には攻めず、ま、暇な時でも読んでみてよってぐらいに軽く言っておいたし、彼の車の助手席には置いておいた。

 世の中は広いようで狭い。そして引き寄せの原理と最近よく言われるが、まさしく、六次元的な事柄が私を直撃した。このおじさんに聞くと、彼の従兄弟がまさしくバリバリの幸福の科学の信者だったのだ。勿論私もその彼の名前を知っている。私たちの地域では男性ナンバーワンの信者で熱烈な活動家として名を馳せていたのである。

 朝、私が直感的にひらめいた、おじさんにパンフを渡すこと。それは遡れば私が彼にエロ本をもらった事に起因するのである。
 もし彼にあのような超卑猥なエロ本をもらっていなければ、もしかしたら私はおじさんにパンフも渡さなかったかも知れない。そうであれば、永遠におじさんとその熱烈活動家とが親戚関係だと言うことも分らなかっただろう。何事も常識どおりでは生きないことの見本である。(午後更新)

 



●小食539日目 1日1食(菜食)224日目(12年4月24日~) 
●体重 ・・・スタート時61キロ(11年6月初旬)
●スワイソウ 回(一気に)
●スクワット 回(一気に)
●腕立て伏せ(一部拳立て) 回(高速腕立て。5本指立て伏含む 一気に)
            回(5本指立て伏せ)回(2本指)
  ※スワイソウ・スクワット・腕立て等は2012年6月16日からスタート
   朝・晩にそれぞれ2回実施(文中×2)
●歩数 歩  
●懸垂 回 
●テンション

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12月03日(月)

起床時刻:01時55分

 就寝午後11時前。睡眠時間は3時間。途中一度目覚める。それが何時であったかは覚えていない。起きようかなと思ったのは記憶にある。それが何故起きれなかったのか・・・という疑問はある。(もしかしたら・・)という疑問。そろそろテンションが切れるのか、という疑念。先月25日から始まったテンションアップ。昨日で8日。最近としては最長記録。急になってしまった。それまではとにかく1日テンションアップがあり、喜んで一日を送るのは良いが、翌日になればスットーンと落ちている。こういう日々を繰り返してきた。私の意識はすっかりそのパターンを定着させ、ある意味信念になっていた。テンションは一日しか持たないという信念。

 それが先月25日、しかも、久しぶりの旅行の日。今も思い出すが、今日はテンションがアップしているぞ、と自覚して、嬉しくて、よっしゃ、それならずっと抱いていた旅行、今から行こう、と即実行、思い立ったら吉日。自宅を飛び出した。今までのパターンとしては今日は楽しいが1日終わると又次の日は普通の日。普通と言うより、「躁鬱」で言えば、鬱。こんな字書けないが。ま、鬱とまでは行かないにしても、プチ鬱。でも以前ほどは鬱でもなく、最近は徐々に段階的にその鬱気分もアップしつつあったようにも感じていたが。

 だから破れかぶれの旅行チャレンジだった。どっち道翌日は落ちるだろう。でも、ま、今日が良ければ良しとしよう、明日は明日の風が吹く・・と。しかし、しかし、翌日も私のテンションは維持してくれたのだった。二日続いた・・・と言うのは何より嬉しかった。貴重な旅となった。そして・・・それは又続き、とうとう昨日で8日が経った。もし今日もであれば9日。そして明日は10日。今までの最も長い記録は10日とか2週間くらいかな。もう忘れた。もしかしたら1ヵ月くらいあったかも知れない。いずれにしてもその神通力はせいぜいその程度だったのだ。

 しかしこうやって長々と文章を連ねられる・・・ということは、もしかしたら、いや、そんな確率の低い表現は適切ではなく、今日もテンションは変らず、私の気分は上々なのかもしれない。そうであれば嬉しいし、そろそろ・・私の計画を実行する段階に来ているのかもしれない。それは今思い立ったわけではなく、昨夜頃からじわじわと私の脳裏の一角に占めてきつつあった。一週間、私はテンションアップの恩恵で楽しい日々を過してきた。もちろんテンションアップの日々は楽しいことだけではなく、ショッキングな事件にも遭遇する。そしてそれはテンションが高いからこそ、遭遇するのである。逆に、低い気分ならば、そういった事件には出会わないのである。と言うのは、結局人間の出会う様々な事象は、全て自分が創り出しているということである。

 そして高い気分の時に出会うショッキングな事件は、一見、ショッキングに見えるかもしれないが、実は、それはとても良いことへの前触れ、予兆、きっかけともなることなのだ。それが起こったから、より良い状況へと繫がることになる。周囲の人間をも巻き込みながら、その状況が又一段と進歩するのである。石原慎太郎は過去「戦争永久追放のスイスが生み出したのはハトポッポの鳩時計だけであるが、日本は戦争体験、敗戦後驚異的な復興を果たしたのである、驚異的な進化を遂げたのである」と述べている。まさに私の感じることはそのことである。規模の大小は問わないとすれば。戦争は悪だと言われるが、その戦争によって様々な科学技術も発見される。人類は一気に進化進歩するのである。

 私はだから今まさに自分が胸に秘めた、いやただ一人それは打ち明けているが、正しくは、以前、付き合っていた若かりし頃の彼女、中年になって再会し、再び恋の炎を燃やした彼女にも伝えたこともあった。だからただ一人ではなく、二人であるが。もちろん妻が第一番であるが。その妻には以前から伝えていた。私のライフワークになるかもしれないような私の人生の計画である。それを実行に移す時がいよいよ来たのかもしれない。

 知人の中には誰彼構わずそれを打ち明ける者もいる。いや、実際はそういうパターンの方が多いのかもしれない。有言実行を実践する輩達である。しかし私はこれに付いては、慎重派なのである。多くの人に言えば効力が弱まるような気がするのである。その大志のエネルギーが弱まるような気がするのである。だから私は自分の心の中だけでひっそりと温めるのである。鶏の親が卵をじっと温めひっそりと雛が生まれてくるのを温めるのと同じようにである。

 実は昨夜少し眠くなったので(私は不思議に午後10時から11時の間になるとそういう感じになる)布団に入った。普段ならそのまますぐに睡眠に入るのだが昨日はなかなか寝付けなかった。で、しばらく考えた。またこういう時間も楽しいものであるが。それこそ述べてきた私の計画についてである。そう、私はまさに今、実行に移す時が来たのである。いよいよである。しかしまあそんなに気負わずに、淡々と。静かに。熱く。クールに。風林火山の如く。

●小食538日目 1日1食(菜食)223日目(12年4月24日~) 
●体重 ・・・スタート時61キロ(11年6月初旬)
●スワイソウ 500回(一気に)
●スクワット 100回(一気に)
●腕立て伏せ(一部拳立て) 150回(高速腕立て。5本指立て伏含む 一気に)
            回(5本指立て伏せ)回(2本指)
  ※スワイソウ・スクワット・腕立て等は2012年6月16日からスタート
   朝・晩にそれぞれ2回実施(文中×2)
●歩数 8466歩  
●懸垂 回 
●テンション

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12月02日

起床時刻:03時28分

 就寝午後10時40分、途中一度目覚める。午前2時過ぎ。確か
2時8分だった。で、いつ寝たのか・・・とか考え、そろそろ起きよう
・・・と思っていたら、寝ていたようだが、自分としてはわずか数分
程度だと思っていた。それがナント1時間以上寝ていた。少し不思議
で、睡眠時間は4時間50分。

 昨日は久しぶりの痛飲。飲んでしまった。しかも半端無い量。
おつまみもたくさんあり、誘惑はあったが・・・勝ったと言いたい所だが
少し負けたのかも知れない。目の前にあるたくさんの美味しそうな料理に
少し負けた。私もまだまだである。だが、テンションは依然良い。
だから、昨日の事は少し多めに見てやろう。私も生身の人間である。
楽しい雰囲気、親友の存在、仲間・・・ついついはしゃぎすぎた。
実際、とても楽しくて、私は大いに弾けた。

 高校時代の同級生の集まり。ホントに久しぶり。以前はよく集まっていた。
しかも・・・今回に付き私は出ようと思わなかった。それはこの食生活
が大いに影響している。私は以前のような、食べて飲んで、ただ弾ける
飲み会にはもう縁がない、縁を切ろうとさえ思っていたのだ。

 実際昨日は当日まで出るつもりも無かった。今の私は晩酌も止めてるし
毎日同じものを一度しか食べていないという本当に素朴な食生活だ。
そういう人間は派手な社交や贅沢な飲み食いには縁がないものと
考えていたのだ。

 しかし時間が近づくに連れ、私の中で何かが変化した。言い訳ではない。
みんなの顔が浮かぶ・・。たまらなく会いたくなった。何だろう・・
と思った。絆か・・。これが。
そこへ親友のTから電話。彼は現在広島に単身赴任中だ。
「で、今日の会にでるんじゃろ?」との電話。幹事たちから聞いていないのか。
私は今までの経緯を彼にざっと説明した。そして・・・正直に自分の
心情を吐露した。お前達に会いたくなったのだと・・。

 幹事の女性は少し驚いていた。彼女は今回の私の辞退に強く反発していたから。
それでも私たちは本当に良い時間を共有できた。
結局私は直前まで出ないつもりだったから晩ご飯も(私は午後3時頃
食べる)食べていた。そして一日一食だから、無論もう食べない。
しかし友だちとの交流は飲まなくては・・と考えていたから
会費は全額は出したくは無かった。幹事の女性は執拗にこれまた私に
会費を出せばいいのに・・と言っていた(最初はそうでもなかったが)。

 しかし私はケチかも知れないが、そこは引きたくなかった。
食べたくないのに。ただ私は親友達と、友と会いたいし話がしたかった。
で、結局会費5000円のうち、2000円を出した。飲み賃である。
それで勘弁してもらい、そこから私も大いに皆と飲んだ。ただし
目の前の美味しそうな蟹のフルコースは一切食べないと心に決めた。
本当に私は欲しくなかった。ただ、幹事の女性はそれが信じられなかったのかも
知れない。普通の人間の感覚では私の生活はあるいは理解できないかも
知れない。

 私は先に食欲に負けた・・と書いた。しかしこうやって更新しているうちに、
段々昨日の記憶も蘇ってきた。蘇ってくれば、私はやはりそんなに
負けていないのに気づく。それは会が3時間と少しでお開きとなり、
ロビーに皆が集まり、皆、名残惜しそうに誰も帰ろうとしない感じだった。
私ももちろんその内の一人だった。そして以前の私なら先ず間違いなく
二次会にも率先して参加していたはずである。が、私の中ではそれは
もう100パーセント無かった。私は年齢としては逆に老成していたのだ。

 80歳の恩師はもちろん帰るという。私もほぼ彼と同じ感覚だったろう。
私はこの歳にして既に心は80歳を越えていたのかも知れない。
なぜなら、男性の中で、私が一番恩師と親しんだし、交流したし、
身近であった。

 私は一番の尊敬する親友・・彼はきっと二次会に行っただろう・・
に私はモゴモゴ口を言わせながら先に帰るというようなニュアンスを
告げた。彼は私が何を言っているのか、もしかしたら理解していなかった
かも知れない。そして私はすぐにサッと「鮮やかに」その場を離れた。
誰もそれには気づかなかったはずである。

 自宅まで歩いて私の足で20分。来る時も歩いたが帰りも歩いた。
今の私の歩きは多分普通の人の軽いジョギング程度の速さだろうと
思う。体は鮮やかに身軽になり、毎日のスクワットの成果だ。
親友のTはマラソン歴20年近いが、その彼が私が歩いてきたと言う
のを聞いて少し驚き感心していたくらいだ。今の私はそのくらい身軽である。
風のように歩く。

 以前の私なら、ダイエット実践中の私なら、様々な修行をしていた
頃の私なら、多分、昨日、その歩いての帰宅中、気に入っているファミレス
に立ち寄り、多分甘いものか、あるいは、肉などの食べ物を食べて
いただろう。アルコールもたっぷり入り、精神は緩み、理性は死んでいるのだ。
そういう時、私は普段の厳しい節制、修行の反動が出る。いわゆる
リバウンドというやつだ。だが私はそれにいともあっさりと打ち勝った。
しかも・・・ここでも何回か書いたが、以前の私の悪癖、立ちション
も一切しなかった。確かに昨夜は強烈に寒く、用は足したかった。
もしかしたら・・・私は途中、どこかで適当な所で用を足すかも知れない
と心の中で思った。でも今日くらいは良いや、等と思った。今日くらいは
許してやろう・・と思っていた。だが結局私はそのまま一気に自宅まで
無事にたどり着いたのだ。食べもせず立ちションもせずにである。

 そして、これも又我ながら少し驚くのだが、私は二次会に参加
しなかった。少しも惜しくは無かった。一次会だけで充分満たされた。
以前の私から考えればこれは画期的であり、全く信じられない
出来事であった。私は充分満たされた。幸せの一語である。帰宅後
すぐ布団に入ったが、幹事の女性にメールを出した。感謝と労いの
言葉を贈りたかった。そしてこの幸せな充足された気分を伝えたかったのだ。

 

●小食537日目 1日1食(菜食)222日目(12年4月24日~) 
●体重 ・・・スタート時61キロ(11年6月初旬)
●スワイソウ 回(一気に)
●スクワット 回(一気に)
●腕立て伏せ(一部拳立て) 回(高速腕立て。5本指立て伏含む 一気に)
            回(5本指立て伏せ)回(2本指)
  ※スワイソウ・スクワット・腕立て等は2012年6月16日からスタート
   朝・晩にそれぞれ2回実施(文中×2)
●歩数 歩  
●懸垂 回 
●テンション

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12月01日

起床時刻:03時20分

 昨日午後今回の選挙に出てくる各政党の党首が一同に並んでの記者クラブでの会見があったのを私は一部始終全て見せてもらった。面白かったし、腹も立ったり、様々な感情が入り乱れた。おそらく全国の人たちも多かれ少なかれ同じような気持で見ていたのかもしれない。

 そして今朝の朝刊の見出しには(うちは読売だが)「原発で論争」とある。まさに今回は脱原発をテーマの選挙と言えるかもしれない。これは真に深い意味も含まれていると思う。と言うのも、私は元々原発に関しては真に素朴な意見を持っている。しかしそれは日本という国ではどうも言い出しにくい雰囲気、空気も感じるのである。

 私の考えとは、まさに、原発が無くなったら、みんな今の生活をどうやって維持していくんだろう・・・ということだった。調べると、日本という国にこの原発が出来たのは昭和46年くらいだったと思う。ちょうど私が高校に入学した頃だ。つまり私が中学三年生のときは日本はまだ原発に依存していなかったのだ。

 と言うことは・・あの頃を思い出せばいいのだ。あの頃は日本も高度経済成長時代で、多くの日本人は豊かになっていき、中流と言う言葉も生まれてきた。しかしまだまだ世間は貧しくスーパーなどに行っても、今ほど物はあふれてはいなかった。我が家にもやっとカラーテレビなどは入ってきたが、車までは手に入らなかった。ちなみに、今の我が家では私が一台、娘が一台、最近嫁いだ娘も家にいた頃は一台持っていたから自宅には三台の車があった。中学生の頃の私から見ればまさに夢の世界で、想像もしていなかったと思う。

 だから、あの頃の生活に戻れば、危険な原発は要らないのである。しかし、今の日本人にそれが耐えられるのだろうか。一度贅沢を味わった人間が、あの頃の全く素朴な生活に戻れるのだろうか。私としては、それも良いかなと思っている。ものは豊かではなかったが人々の生活は豊かだったかも知れず、人々の心は豊かだったはずだ。

 しかも私の今の生活は1日1食で、菜食だ。ベジタリアンを7ヵ月続行中である。こういう生活を続けていると、別にもうこれ以上物質的に進まなくても良い様に感じる。昭和45年の時代に戻ってもゼンゼンオッケーである。しかし毎日三食食べて、肉食し、たまには美食している今の日本人に耐えられるのか・・。

 私は極端に言えば、昭和46年どころか、明治時代でも良いくらいだ(笑)。しかし私の周り、家族、同僚、友達、彼らを見て、それで納得できるかと疑問に思う。そりゃあ、原発に代わる代替エネルギーがすぐに手に入るのならいいのだろうが、そんなものまだこの地球上のどこにも無いではないか。そういう現状を誰が見ても分るのに、なぜ多くの政党は脱原発をうたうのだろう。

 民主党は2030年までに原発をゼロにするそうだ。他の政党も多分五十歩百歩だろう。自民党等は原発維持を主張しているようだ。これは以上の私の意見が日本人の潜在意識の多くを占めているだろうと思って自民党が考え出しているのだろう。そういう意味では自民党は現実派でもある。

 で、2030年までに代替エネルギーが出来ると仮定しよう。それにしても一体どんなものなのだろう。政治家なら少しくらいはお披露目してくれても良さそうだが。もしかしたら彼らもゼンゼン皆目分らないのかも知れない。

 一番のタカ派でもある石原維新の会代表は、原発推進派で、憲法改正派でもある。しかし彼もまた国民に核心の突いたことは言わない。彼が言わないことは他の全ての政治家も絶対言わない。それは核武装ということだ。

 核武装する為には「原発」は必ず必要なインフラだという。これはあの「幸福実現党」のマニフェストを読んで、なるほどそうだったと、いまさらながら、わが目を開かされた。知り合いに幸福の科学の信者がいて、彼が我が家に持ってきてくれた。暇な時に読んだのである。

 幸福実現党は核武装は必要だと説く。それは中国、北朝鮮の脅威から身を守る為だと言う。中国は必ずわが国日本を狙っているらしい。占領も考えているという。もしそれが事実なら、いや、日本だけではなく、中国なら周辺の東南アジア諸国もその視野に入っているのかも知れない。彼らは元々覇権国家、帝国主義であり、領土拡張には本能的な欲望を抱えているのかも知れない。

 中国国内には多くの核爆弾があり、その内の多くはわが国日本を射程内に納めているらしい。そんな物騒な状況の中、日本は全くの丸裸であり、国内では脱原発がブームになっている。だから、幸福の科学では、エネルギー的にたとえ代替エネルギーが発明されたとしても、なお、原発は必要だと説く。この考えは画期的である。

 しかし多くの政治家は原発に関してはエネルギーのみの問題と考える。これでは国民と同じレベル、同じ発想であり、とてもじゃないが我々をリードしてくれるような存在ではないではないか。隣のおじさん・・・という感じである。

 ならず者国家と一時アメリカの元首は北朝鮮などに向かって言っていた。まさしく、そのならず者達がたむろしている東アジアで我々は武器も持たず、遠くはなれたアメリカに完全依存する。そして脱原発である。ならず者達から見ればナント美味しい話だろう、日本人はホントに良い国民である。

 橋下さんは脱原発派だ。しかし今回推進派の石原さんと組んだ。これを非難する識者、国民も多い。コロコロ変るのがお気に召さないらしい。日本人は職業でさえ、好きでもないのに、一生全うすることが美徳と思う民族だ。超~真面目人間の集団である。だから橋下さんを許さない。彼を許したら自分の生きてきた証明が無になるから。

 もしもここで、橋下さんが石原さんの影響、もしくは思想の元で、脱原発から離れ、推進派になれば又今度もより多くの橋下ファン、他国民も彼から離れていくのだろうか。私はこう見る。もしここで、彼が鮮やかに、推進派に転向したら、彼は坂本龍馬になれるかもしれないと。しかしもしなれなかったら、前の民主党と同じく単なるブームの旗頭で終わるのだろう。そして結局みんな離れ離れの憂き身を味わうのである。

 民主党などはフェードアウト等と英語など使って、原発を順次消していくと表明している。代表の野田総理が力強く述べている。こういう人が一国の代表者なのである。それでは日本の国防はどうなるのだろう。彼は原子力に関してはエネルギーのみしか考えていないと言うことだ。それでは、核武装は・・??

 私はこんなタカ派的なことを言っているが、そしてマッチョ的なことを言っているが、本来、超~平和主義者だ。肉は一切食べず、一日に一食のみだ。それも多くの同じように試している芸能人たちのようにその一食に対して大食もしていない。普通の人の一食分しか食べてはいない。私は自分がゴリラのように生きられれば良いと思っている。ゴリラは菜食だが筋肉質で大きくて力も巨大である。そういうものになろうと思っている。その上で、私は核武装も現状ではアリかなと思うようになってきた。しかし生身の私はとても優しい男なのだ。理想と現実は違うのである。

 そして・・・一人くらいは、政治家の中で、核武装を唱えるものがいても良い様な気がする。そういう意味では国民に媚びずおもねって欲しくはない。

 社民党や他の系統の政党なんかは、すぐにヨーロッパの脱原発推進国のことを持ち出す。あちらはとても先進的で進んでいる、だから私たちも真似をしようというところだ。しかし待って欲しい。例えばドイツは周辺にならず者はいない。核も持っていない。そしてもしかしたらこれ以上の科学の物質社会の進歩を国民の多くが望んでいないのかもしれない。かたや、フランスは核を持っている。だから原発には積極的だ。幸福の科学的にはこれは至極当然のことなのであろう。

 世界はホンネで生きている。そしてわが国日本はそのホンネを包みながらみんなが生きている。昔ならそれでもどうにかやって来れた。アメリカという世界の警察がにらみを聞かせてくれていたし、日本人もお金持ちだったからお金でどうにかできた。しかし今はそのアメリカも徐々に世界から自国へと縮み志向となりつつある。他の国まで面倒見切れなくなっているのだ。

 そういう世界情勢の今、今回の衆議院選挙が始まる。


●小食536日目 1日1食(菜食)221日目(12年4月24日~) 
●体重 ・・・スタート時61キロ(11年6月初旬)
●スワイソウ 500回(一気に)
●スクワット 100回(一気に)
●腕立て伏せ(一部拳立て) 150回(高速腕立て。5本指立て伏含む 一気に)
            回(5本指立て伏せ)回(2本指)
  ※スワイソウ・スクワット・腕立て等は2012年6月16日からスタート
   朝・晩にそれぞれ2回実施(文中×2)
●歩数 歩  
●懸垂 回 
●テンション

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