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起床時刻推移グラフ

目標起床時刻:05:00 平均起床時刻:04:16

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12月31日(火)

起床時刻:03時45分

 就寝午後11時頃。ホントは午後9時半頃に布団に入り少し本など読んだが直ぐに眠くなったので寝たのである。仮眠程度の時間をぐっすり寝込んだようで、又目覚め、少しの間妻と話したりしたが、そのうち、帰省中の次女が帰宅、又話したりした。そうする内に又直ぐに寝られようだった。多分それが午後11時前後。その後一気に熟睡。睡眠時間は5時間弱。前の睡眠を合わせたら5時間半くらいかも知れない。いずれにしても今の私は多分熟睡をもらっていると思う。睡眠の質はすこぶる良いものではないかと思っている。実は書きながら思い出したのだが、最初の目ざめが午前2時34分にあった。その時は意識的には割合はっきりしていて、睡眠時間も計算したりした。3時間半程度。だから起きようと思えば起きれたのだが、目が少し痛く感じ、これはまだ起きない方が良いのかな・・と思ったりしている内に再びいつの間にか眠ってしまっていたのである。そして1時間と少しの睡眠をいただいて目覚め。今度は目の痛みも無く、すっきりと起きれた次第。


 来年早々の出勤日は2日である。世間の感覚とは少し違うのかも知れないが、それが今の私の近況でもある。良く考えれば社会人になって初めて就職して以来、正月休みは全く当たり前の行事となってしまって、一週間程度の長い休みは当たり前の感覚となってしまっていた。独立してからは今度は自分が決めていたものだがそれでも世間を意識してある程度の休みは取っていたものである。

 しかしこの日本で皆が皆仕事を休んでいたのでは運用できないというもので、誰かはやはり働かなくてはならない。その誰かの内の少しに私たちが入っていると思えばそれで良いのだ。しかもこの年齢になってその仲間に入るのも中々乙なものであるのかも知れない。しかし思い出せば学生時代はもっと過酷で大変な時期を過していたものである。自分としてはそれを過酷だなどとは露ほども思わず全く当たり前の生活になってしまっていたのだが。

 大学時代は私は最初の学校は学費や生活費などは親任せではあったが、途中退学して次の学校に入りなおしてからは、自分の我儘の結果と言う事もあり、ほとんど全てを自分で賄うようになって来た。それで周りの学生達が長い休みに入ってからが私の本格的な学費稼ぎの日々となるのだった。正月休みなど全く縁がなかったものである。

 気の合っていた少し年上のマスターが経営していた喫茶店の仕事に取り組み、いわばアルバイトだが、その店をほとんど任せられるような立場までになり、他のアルバイトや厨房のおばさんまで差配し、私はある意味充実した学生ライフを過した。他の同級生達のようにのんびりと正月を過したという思いでもなく、私の大学時代は仕事に明け暮れた日々でもあった。

 そして休暇が明ければ今度は学校でもリーダー的存在であったから、自治活動、クラブ活動に没頭し、本当に忙しくも楽しい毎日を過した。そういう意味では私は本当に果報者であり、当時お世話になったそのマスターにも感謝しているというわけである。逆に社会に入り、お給料を貰うような立場になってからの方が、私はいわゆる「暇人」になってしまったのかも知れない。

 それではいけない。人間はいつも忙しく立ち働き、常に人のために社会のために動くようでなければいけない。そういう中でこそのひと時の休息とかレジャーなのかも知れない。だから現在の状況はそれほど苦にはしていないのだ。元日は恒例の兄弟たちの集まりがあるが、その前後には私一人が仕事で頑張っている状況なのであるが、わずか数日の正月休みの中で、その忙しいスケジュールがあるからこそ、貴重な正月休みにもなって来るのだと思っているのである。

 しかも、私は来年には今よりももっと自分を忙しい状況に持って行こうとしているのである。今までの自分であったら、そのような過酷な状況に自分を持って行くのなんて、とても出来はしなかったものである。いわば自分に対して過保護なラインを敷いていたのである。しかし年金などあまり当てにはできないし、妻や嫁いで行った娘達にも頼ろうなどとは思っていない。そんな思いよりも、もっと自分を鍛え、もっと自己の可能性を追求していく方が人生は楽しいというものである。そういう意味では私は学生時代の二十歳過ぎの頃よりも今のほうが強く逞しく健康であるのかも知れない。

 私には多くの夢があり、欲望もある。それらを全て実現させていきたいという欲求も強いのかも知れない。食生活の改善によって私は益々壮健になりその快活さは強まる一方のようだ。昔から言い尽くされてきた言葉であるが、やはり「働く・・」という言葉は「はたを楽にする」という所から来ているという事は全くの真理である。


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12月30日(月)

起床時刻:03時41分

 就寝午後10時半頃。最初の目覚めはナントその1時間後。こういうことも珍しい。そして午前2時半頃。この時点で睡眠は4時間。つまり昨日と同じ。自分でもこれは起きれると感じた。もう起きようと思っていたのだが、意識の方もある程度はっきりしていた。しかしいつの間にか又寝ていた。そしてその1時間半後。つまり眠りのサイクルを一度過ぎての目覚め。睡眠時間は結局5時間と少し。出張先であるからまあ仕方ないかも知れない。4時間の睡眠の時の目覚めで、あれこれ考えた。あと同僚が起きるまでにどれくらいの時間があって、その時間では何をしようとか何が出来るとか・・。そんなことまで考えられたのだからホントは起きても良かったのである。まあ、良いや。


 いよいよ今年も押し詰まってきた。年の瀬である。昨日までが仕事かあるいはもう一昨日から正月休みに入っている人もいるだろう。世の中は休日モードに突入である。家庭では大掃除とか正月の準備に忙しいのかも知れない。私はと言うと、29日が今年の仕事納めであり、今日の朝まで続く。そして新年は2日から又スタートだ。一般的な現役世代の正月休みとは縁が無い。その代わり普段はその世代よりは自由な時間が多い。しかしそのお陰で経済的には現時点では彼らよりは少ないのかも知れない。それでも今よりも収入が多かった頃に出来なかった貯金なるものが今では大した額ではないが出来ている。毎月一定額のお金を積み立てている。

 しかも以前は収入が多いくせに尚且つ借金も重ねる始末だ。今から考えるとゾッとするようなものにお金を使っていた。借金というのは慣れると怖いものである。自覚症状がないのである。借金そのものが当たり前となってまだ借りられる余裕があると思えば平気で借りていき、後で大変な思いで返していかなくてはならないことなど念頭に無いような勢いである。それが最も怖い。

 しかし現在は貯金は勿論、借金など一切しない。借金しなければならなくなるような状況になれば自ずと自分の中でストップがかかり、自制が働くような感じになっている。今は自由に使える範囲で生活を楽しむ術を得たかのようである。これは全く自然に身に付いた。本気で少食に取り組むようになってから自然とそのようになってしまっていたのだ。後で振り返ればそうなっていた・・・という感じである。

 数日前のテレビで、有名な経済学者が一億円以上のお金を10年で貯金し、そのお金を全部つぎ込んでビルを買い、今まで集めていた膨大な量の趣味の品物を陳列する目的で使うのだと楽しそうに「自慢」していたが、こういうお金の使い道があるのだと感心して見ていた。もちろん完成すれば見学の者には入場料を徴収すると言っていたがこれは儲けるというよりはその施設を維持する為の費用に使うのだろう。こういうお金はまさに「生き金」と言えるのかも知れない。

 私などは彼に比べたらその額はまだまだであるが、ここ数年の貯金の額、そしてそれ以上に借金の減った量を考えれば感無量である。毎月一定の額が借金のために消えていくのだが、いつになったら無くなるのだろうとため息をついていたものが、振り返れば驚くほどに少なくなっているのを見れば、自分を褒めてやりたくなるのも自然な感情である。若かった頃はやりたいことだけやって、勢いに任せて生きてきたのだが、一つの仕事が長続きすることはあまり無かった。ただこども達を育てる為には独立して始めた自営業の仕事だけはある程度長く続いた。それは全く子供達のそして妻のお陰なのかも知れない。

 しかしその子供達も巣立ち、妻もある程度自立してくれた今となっては、何のために働くのかと言えば勿論夫婦2人の生活の為ではあるが、一つの一般的な仕事に対する意識の大きな違いだと実感する。ただ淡々と今の仕事に取り組む姿勢は過去の若かった自分には有り得なかった部分でもある。その仕事が退屈だとか嫌だとかという気分は無く、どのような仕事であっても、真摯に取り組み、気を回し、触れ合う人々との人間関係を大切にする気持ちは若い頃にはほぼ無かったように思うのだ。今はそれが全てである。

 だから仕事が苦になるとか、嫌だという感覚は無い。大げさに言えば、このままずっと今の調子で死ぬまでやって行っても構わない・・と思える。世間が許してくれれば、本当に死ぬまで今の状態でやって行ってもいいのである。多分、今の調子でずっとやり続けていけば、私は借金などしなくてもやって行けるだろうし、貯金もわずかでは有るが、徐々に増えていくのだと確信している。

 しかし・・しかしである。私の「サガ」、そう「性」である。私は自分で言うのも何だが、本当に優しい性格の持ち主だと思う(笑)。悪く言えば「大きなお世話」を焼きたがる性格なのである。人情家なのである。何か世の中の為とか人の為とか、困っている人を救ってあげたいとか、人の役に立ちたいというような気持ちが強いのである。実際、今の仕事の中でもそれは意識している。同僚や客に対して思いやりの気持ちと言葉を常に投げかけたいと思っているのである。しかし本来は自分に備わっている個性をもっともっと引き出して大いに使って自由自在に働ける仕事を求めているのである。

 来年はきっとその為の一大ステップの年となるのかも知れない。いやいやステップどころか、ジャンプの年でありたいと強く願っている師走の私なのである。


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12月29日

起床時刻:02時49分

就寝午後11時頃。途中一度程度覚醒したかも知れないが今となってははっきり覚えていない。ほぼ一気に熟睡したものと思われる。睡眠時間は4時間弱。最近にしては短い時間であり、今月の中では最も早い時刻の起床となった。さすがに2時台だったから躊躇した部分もあったが、それでも意識は相当はっきりしていた為思わずサッと体を起き上げた。もしかしたら、いよいよ睡眠時間4時間に突入できるのか・・・。


 10月に結婚式をあげた娘が一昨日からしばらく我が家に帰省している。元旦まで滞在して親戚の集まりに参加してその後夫と合流して彼の実家に集うそうだ。ま、時代は変わり、今は個人の時代であり、人それぞれであるからそれはそれで良しとしよう。夫婦水入らずの生活が思いのほか快適で毎日気持ちよく暮らしていたが、また子供との生活が少しではあるが始まるのだ。と思うと本当は嬉しくて喜んでも良いのだろうが、本音はちょっとめんどくさい。既に娘は自分達の城を築きつつある者なのである。

 当初は一日のみの滞在で、そのあとは夫とずっと又一緒に彼の実家で過ごすものとばかり思っていた。しかも娘が帰省するその一日も私は泊りの仕事で彼女とはほぼ会えないことになっていた。泊りの翌日に少し会える程度だとばかり思っていたのだ。本当ならもっと喜んだり嬉しく思うのが本当なのかも知れない。まあ、それほど今の生活、妻との二人だけの生活に満たされ楽しんでいたかが自分でも驚くほど分かるのである。

 しかし決まったものは決まったものである。そうと決まれば意識もそのようにチェンジして、その方向で楽しく過ごすことを考えなくてはならない。というか、毎日を楽しく暮らすには与えられた環境の中で最もあるいはより楽しい時間を送った方が良いのである。私が最初に直感的に思ったのは、今までできなかった娘を入れての忘年会かも知れない。娘は次女であるが、長女も又このチャンスに触れて何かしらの形で加わって来るかも知れない。まあ、とにかく彼女たちから見たら、実家が帰り易くて楽しそうな雰囲気であることは良いことなのだろう。

 私が最近感じている妻との二人きりの楽しい生活の雰囲気が彼女たちに確実に伝わっているのは歪めない。二人の娘たちと妻はよく電話で交流しているようだし、妻が毎日機嫌良く暮らしている様子が娘たちに感じているのなら、一年の中で最も人々が穏やかな気持ちになる年の瀬や新年が一番のチャンスなのだろう。と言うのも、私たち夫婦も過去体験したように、娘たちもまさに今を生きて、ある意味毎日をマジに戦っている「戦士」なのだから。まさに戦士の休息なのかも知れない。

 その戦士たちの休息に実家の我が家があるのなら、それはそれで意味があるのだろう。優しい母さん、オモロイ父さん・・。そんな実家のイメージが今の我が家にはあるような気がするのである。今の時代にはある意味希少価値なのかも知れないし、若い世代にとっては珍しい存在なのかも知れない。それなら仕方ない。どうぞゆっくりして羽を伸ばして少しの間過ごしなさいよ・・と言ってあげよう。私は私のペースは崩さないつもりである。

 彼女たちの世代は戦士の世代。毎日戦っているのである。私たちも昔はそうだった。だから分かるのである。しかし今の私たちはそれを超えて共生の仲間たちになっている。触れ合う人は皆ともにこの世を生きる仲間である。だから毎日楽しく生きていけるのだ。戦う人生も楽しいと思える人もいるだろうが、私はやっぱり連帯して繋がって生きたい。人の喜びを我がことのように感じられる人間になりたいと心から思う年の瀬の今なのである。


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12月28日

起床時刻:04時08分

 就寝午後11時17分頃。最初の目覚めはそれから2時間後の午前1時過ぎ。そして午前2時50分頃。そして本日の起床時刻と続くのあるがほぼ1時間半刻みに目覚めている。眠りのサイクルと呼ばれているのがこの時間であるから全くそれは本当なのである。実際はこのサイクルを日中に分けて実践すれば最初の目ざめで起き上がり活動をスタートできるのだ。今日で言えば午前1時過ぎに起きて、活動を始めればいいのである。以前本で読んだことのある分割睡眠である。


 2014年は60年に一度の甲午(きのえうま)の年。と言われています。東洋占術では十二支に甲乙丙丁戊己庚辛壬癸という十干を組み合わせます。それで2014年の午とペアを組むのは甲。甲午(きのえうま)の年という事らしいです。

 午は陰陽の陽の極地。太陽が最も高く上がった状態を示すので、お昼の12時を「正午」というのです。勢いが盛んなので、十二支の動物では馬のイメージを当てはめたのでしょう。何か新しいことを始めようと思うのに最も最適な干支だと言われているようです。

 と言うことで、私自身も今年中に挑戦したいと思っていたことがあります。しかし時間は直ぐに経ってしまって今年ももう後残り少なくなってしまいました。焦ってしまいます。しかし最近テレビで見た上記の説明に「これで救われた、そうだ、新しいことは来年した方が良いんだ」と思われました。これは決して自己弁護ではなく、やはり「縁起」は担いだ方が良い。自分が良いと思っている縁起ならドンドン担ぐべきでしょう。

 妻にも言いました。彼女はどうも以前熱心にやっていた「インディアカ」に気持ちが行っています。しかし近所の体育館で行われているサークルの人たちは凄い熱心に取り組んでいて、楽しいのですが、今までの妻にはちょっと重荷だったかもしれません。それで彼女に波が有って、一時熱心にやるんですが少し休むとズルズルと長引いてしまって、そのまま欠席が続く・・というパターンを何度か繰り返していたようです。

 それでも最近の妻の元気さは相変わらずで、毎日が楽しく暮らせている様子。それは夫婦ともどもそうなのですが、彼女はナチュラルに毎日が楽しい様子です。そういう気持ちの高ぶりの中、気になるのは例のインディアカという訳なのです。もう一度チャレンジしたい、あの人たちの輪の中に入って、存分にスポーツを楽しみたい・・と感じているようです。

 そこで私は言いました。「来年の干支は午で、何か新しいことを始めるのに最適な年らしいぞ」と。彼女も直ぐにその意見に乗ったようで、その気になったようです。先ずは妻から。私は最近は最も身近な妻にさえ自分のやりたい事、本当にやりたい事、マジにやりたい事、実現させたいと強く願っていることは言いません。以前の私なら他人には言わなかった事も妻だけには心を許して言っていたのですが今では彼女にも言いません。その実現のエネルギーは他者に話すと自分の中から外に漏れてしまうと言われたからです。とにかく実現させたいのなら自己の中に全てのエネルギーを注入すべきなのです。不言実行とはまさにこの事。

 そういうわけで、私は来年やりたい事を始めようと思っています。具体的に言わないのなら誰にでも言っても良いのでは・・とか、このブログにも書いても良さそうですが、私は今回は慎重です。本当は具体的に書いていないからここで平気で書いても良さそうなのですが、本当は、ここでも書かないほうが良いのかも知れません。もうそれだけでも実現の可能性が減るような気もしたりする(笑)。しかし心の声はそんなに拒否もしていないようなので敢えて書きました。

 来年は午年。何か新しいことに挑戦したいと思っている人はゼヒ来年やってみましょうよ。良ければお互いに近況報告などし合えたら幸せかもね・・。


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12月27日(金)

起床時刻:03時39分

 就寝午後11時。出張先。最初の目覚めは例によって睡眠3時間後の午前2時。意識は割合はっきりとして「もう3時間眠ったのだから起きても良いかも」と思っていた。しかし仕事先であり、まだ時刻は午前2時。しかも布団は暖かい。外は冷える。という間に、いつの間にか寝てしまっていた。そして案の定正確にその1時間半後に再び目覚める。今度は午前3時半過ぎ。睡眠時間は4時間半。昨日とほぼ同じパターンである。睡眠時間も起床時刻も悪くはない。と、咄嗟に判断。もちろん布団の外は寒気も強そうで特に寒く感じる。予報では本日の最高気温は6度と言うではないか。中国地方はその程度で、関東は10度。そして東北も6度とか5度。つまり我が地方は東北と同じくらい。寒いのである。そんなこんなを考えてもこの時刻に布団から出るとか、出張先とか考えれば寝るようなものだが、私はそれでもサッと思い切って布団から抜け出た。


 食事には正しい食べ方という作法があるらしい。仏教の教えの中にも正しい考え方や正しい見方、正しい話し方等という思想があるようだが、食べ方もあるのではないかと私は思っている。私なりに長年研究した中で、その正しい食べ方を解説すると、先ずは第一番目に「少なく食べる」ということである。

 それもかなり少なく。超・・という漢字が付くほどに少なく食べると言うことだ。少ない量を一日にまとめて食べる。回数はそれほど神経質にならなくても良い。普通に3食食べても良いのかも知れない。しかしあくまでも1食ごとの食べる量は控えめに取る事だ。

 理想的にはどうも2食が良いようであるが、初心者はこのスタイルに馴染む為にも1食から挑戦した方が良いのかも知れない。私などは最初1食から始めたのだが、とにかく気持ちも体も寂しく感じたので、その1食に取る量がある程度大量だったと記憶している。たくさん食べた。あれもこれもという感じである。それでも体は着実に痩せて行き、ガリガリの状態になる。

 しかしこういうやり方では中々長続きしない。何かのきっかけで又3食や2食の習慣に戻ることもある。リバウンドなども経験するかも知れない。それでも何かがあると又これに挑戦して行き、続くものである。少食にチャレンジする人たちは挫折を何度も繰り返しながらも又挑戦していくものだ。だから挫折しても不思議にその都度ステージも上がり徐々に成長して行っている。まるっきり元に戻るということも無い。

 諦めずに何度も挑戦していると、その都度自分の中から気づきがやって来る。そして世間の思惑などとは無縁の中で自分の声に忠実に従っていれば、自ずと正しい食べ方、正しい量に達するのだと思う。頂点は同じだが、そのやり方、進み方は千差万別なのかも知れない。

 結局、食べる方法や少なく食べること自体が目的なのではなく、この一度だけの人生を如何に楽しくイキイキと生きて、充実させ、自分の使命に気づき、天命を自覚し、自分だけの個性を如何なく発揮して、伸び伸びとこの世を生きることが目的なのである。正しい食べ方もその手段の一つなのだ。頂点は上記の如しで、その方法は千差万別なのは食べ方と同じ事である。

 話を戻そう。1日1食に近い食事をしていると、その内容も徐々に研ぎ澄まされてくる。なぜなら自分のことは自分が一番良く知っていることなので、変な妥協や間違い、寄り道などを自分自身が許さないからである。それは自己を厳しく鍛えるという禁欲主義的なことではなく、正しい道、真っ直ぐな道に自己を矯正させるために本当の自分が迷妄の自分を整えてくれるだけである。その意味では信頼できるのは自分のみである。あるいは身近な存在の者がいたとしても、彼はきっと本当の自己が彼に投影して色々と教えてくれたり語ってくれたりしているのである。と言うか、我も人も皆一つ、人類は皆一つなのだからそれは当然なのである。

 相変わらず体の方はガリガリで痩せ細って見栄えが悪いはずである。他人から要らぬちょっかい等も多くあったりして悩まされるだろう。そこで挫けて世間並みの思惑の中に再び埋没する者も多いが、負けないことである。自分を知っているのは自分だけである。他人には決して本当の事は分らないのだ。全てのエネルギーを自分だけに向けるのである。人の批判に向ければ自己を結局損なってしまうのである。

 体と心がそろそろこの習慣に少し馴染んでくると次のステップが用意されてくるようだ。それは外面的には今までガリガリに痩せていて見栄えが悪かった状態から、以前普通に3食食べていた頃の体型に近づくということである。しかし見栄えは同じように見えてもその中身は格段に違うはずである。人間の質、構造、筋肉、神経細胞、内臓の質、血液の内容、体液の質・・・全てが違っているはずである。もちろん精神も同様で全く別人の如しである。キリスト教ではこれを抽象的に説いて「悔い改め」という言葉で説明している。

 もっと分りやすく言えば、若返りである。どう見てもその年齢には見えないような個人が出来上がる。今流行のアンチエイジングを目指すなら、高いお金を使って様々なサプリメントや栄養剤を体に取り入れても仕方ない。それよりも本質的なこの正しい食事法をマスターした方が絶対に良いと思う。正しく食べれば食物は薬にもなるのである。本当に自己にとって必要なものは進化が進めば進むほど直感的に分ってくるものだ。だから自分の中の声に従って進めば良いのであり、そういう意味では仏教で言う「絶対他力」に身を任せれば良いのである。

 20世紀の大富豪、アメリカのフレッチャー氏はこの正しい食べ方をマスターしたお陰でボロボロになった体を復活させ、40を超えた年齢で若者以上の体力を保持、一日に20時間働き、自転車で一日200キロも300キロも走り、あるおもりを付けた測定器で測った時には数百人の被験者の中で2人ほど170回程度の記録を達成し、その上今度は彼一人がその倍の数を記録したという。その時もまだ続ける勢いだったが、足の皮膚が破れ出血した様を見た医師らが止めに入り、中断したという凄まじい記録が残されている。これは彼が凄かったというわけではなく、人間には無限の力が宿っているという証明になるのである。彼が出来ることなら我もまた・・・というのは全くの真理である。


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12月26日(木)

起床時刻:03時51分

 就寝午後11時。途中覚醒の記憶無し。つまり一気に起床時刻まで寝られたということだ。珍しい。晩ご飯の後1時間程度の仮眠も取り、しかも、仕事はオフであり、従来の過し方をしていたにも関わらずの一気寝である。睡眠時間はまさしく4時間50分くらい。だから目覚めもパチッとした感じ。しかしさすがに最近の傾向として、強烈な寒気の為か、また布団の中にグッと入り込んだ。普通ならここでもう一度二度寝するかも知れないが、気分はそうでもなかった。最近の自分の傾向として、特に感じている「何となく目覚めた時の時刻が分る」という感覚。これは我ながら自慢できる。正確な時刻、つまり、何分何秒・・までは分らないが、何時・・程度は分るのだ。直感で。自分の体の奥深い所から何となく分るような気がするのである。だから今日も「たぶん3時台だろう」という気がしたのだ。それならもう起きても良い・・と思って決意し起き上がったという次第。

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12月25日(水)

起床時刻:04時38分

 就寝午後11時過ぎ。途中覚醒あり。はっきり覚えているのは午前3時13分。その前にも一度目覚めたかも知れないが今となってははっきり覚えていない。ただこの時点では睡眠時間は4時間。起きられる時間である。世の中には様々な考え方があり、常識という壁もあるが、この睡眠時間は現代の社会では微妙である。ずっと前なら8時間だったが、今の時代はそうとも言えないようだ。世間の誰もそんな時間寝ているような人を見かけない。街頭インタビューでも驚くほど現代人の睡眠時間は短い。常識と言っても、時間とともに刻々変化している。一番驚いたのは、3時間とか4時間という人もよくいることだ。だからそんな時代、常識は大きく変わっている。とは言っても、そういう世の中にある様々な考え方や常識に影響されながら私は戦っている感じがする。自分の中の声に聴くとは言っても、その自分の声自体も世間の情報にかなり影響されている。だからもっと深い所の自分の声との会話が必要なのだろう。目標を決めた方が良いのかも知れない。例えば4時間・・という目標。最初の睡眠が3時間の場合なら、二度寝分を足しても4時間以内に収めるように自分を制し持って行くのである。


 昨日も又よく動いた一日だった。一日オフが続いているが、昨日もそのような一日。しかし私はオフだろうが仕事だろうがほぼ同じようなサイクルで過す。朝も超早いし、直ぐに活動する。夜はほぼ決まった時刻にバタッと寝る。寝つきも良好だ。熟睡も充分。悩み事があって寝付けない事など無い。

 最近は特に洗濯が趣味だ。下着、寝巻き、寝具、様々。セーターも手洗いで面白い。妻に任せても良いのだが、どうでも良い物は妻に任せる。あとは自分でやる。面白いからだ。きれいになるのは楽しいし、どうしても洗濯して欲しいものを妻が忘れていたりすることがあったとしても腹を立たせないで済む。精神衛生上にも良い。

 特に昨日は久しぶりの晴天で、一日天気。気持ちの良い日だった。絶好の洗濯日和。午前中はそれも含めて大掃除となった。自分ではカンタンに済まそうと思っていた掃除であったが、やり始めたら止まらない。あそこが汚い、ここに埃が貯まっている、あれこれだ。とにかく気になるところは全部やった。できない所もあったが、それは又次に回そうと自分を納得させ、とにかく私は一気に頑張ったのだ。

 天井の照明道具、二部屋分の器具の笠の埃まで掃除機で吸い取り、雑巾がけして磨いた。きれいになって気持もいい。部屋がきれいになり、明るくなったような気持ちだ。もちろん窓ガラスも磨いた。

 昼前になると、例によって妻と一緒に近所のベーカリーに。昨日は日曜日だということでお隣のユニクロは既に満員状態。その影響でベーカリーの駐車場まで満車である。ユニクロで服を買った客がついでにパンも購入して食べる。というパターンもあるだろうから、ベーカリーの人たちもあまりうるさく言えないのかも知れない。

 そして食後、天気の良い事もあって、私は遠出がしたくなり、下関までドライブした。最近オープンしたゆめモールに行き、その後、その足で近くにあるゆめシティも出かけた。とにかく良く動くのだ。その他にも途中違う場所にも立ち寄ったりと、久しぶりに遅くまで外で過した。朝、5時頃に起きてから一度も仮眠などせずに過したわけである。

 こうして私の一日が終わったわけであるが、幸せな気持ちで一日を過し、何事も無く終わったわけだ。帰りの車の中でしみじみと思ったものであるが、こうした自分自身の幸せな気持ちはとても大切なものである。だが、この幸福な感じを自分だけで享受しているだけではダメだろうなと思った。世の中には昔の私のように様々な苦労や苦悩に苦しんでいる人たちがいるのであろう。そういう人たちのお役に立てることも私にとっては本当はもっと大切な必要な事なのかも知れない。自分のみの幸せを喜んでいる内は真の悟りを得たとは言えないのかも知れない。人間は本来一つなのなら、個人のみの幸福を喜んでいるのはまだモノが見えてない証拠なのかも知れない。


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12月24日(火)

起床時刻:04時29分

 就寝午後11時。途中覚醒あり。二度。最初は睡眠3時間後の午前2時くらい。出張先。さすがに起きれず。しかし随分起きようとは思ったのだが。昨日出張先で起こったショックな事件。そのお蔭でさすがに私も少し動揺したのか、今日こそは起きようと思ったのだ。自分にカツを入れるためにも。しかしそれ以上に私の心の奥深くは睡眠を選んだというわけである。という事は、いくらショックな事と思っていても本当はそれ程ではないのかも知れない。睡眠時間は結局5時間半。

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12月23日(月)

起床時刻:04時41分

 就寝午後11時過ぎ。最初の目覚めは午前1時半頃。その次は午前3時過ぎ。そして本日の起床時刻。一発目に3時間弱の睡眠をいただいた時点で起きても差し支えなかったのかも知れないが、私の現時点での信念は今の通りなのである。その後例によって1時間半の睡眠を二度繰り返す。たぶん・・一度目は充分な熟睡、そして二度目と三度目はまあまあかな。トータルでは6時間弱の睡眠となった。なぜ一発目の睡眠で3時間という熟睡をいただけたかは説明が直ぐにつく。なぜなら、昨日は一日ほとんど仮眠らしい仮眠を取らなかったせいだ。一日忙しく過し動いた。仕事も遊びもだ。とにかく最近よく動く。心も体も機敏に動く。苦にならないのは当然。動きたいから動く。晩ご飯の食後、例によって眠くなった。いつもなら1時間弱の睡眠をいただくのだが、昨日は数分、あるいは、数秒、うとうとした瞬間があったが、直ぐに元に戻った。それで充分だった。直ぐに復活。大したものだ。


 数日前のある夜、ずっとえも言われぬ程の幸福感に浸っていた。それは既にもう朝から始まっていたのかも知れない。いつものように自宅にいる時には妻と一緒に近所のベーカリーに行くのだが、その車中、私は妻に言ったものだ。「生まれてから今に至るまで、今が一番幸せな豊かな気持ちだ」と。これは本当である。確かに高校時代は私の人生の中で一番輝いていたかも知れない。生徒会長に当選し、女の子にモテだし、初めてその異性との本格的な交際も経験した。大学も二つ目に入った学校ではまたまた活躍させてもらって多くの同級生や後輩達に囲まれて幸せなひと時を過したかも知れない。だが、その反面、高校生の時も大学生の時もそれぞれ精神的な悩みや煩悶、苦悩なども様々あったように思える。中々思うように生きることも出来なかったことも多々あった。逆に大学生の時でも最初の大学では辛いことが多かったような思いでもあるが、今となってはそれもまた良き思い出となって昇華していたりする。だから幸せで楽しいことも逆に悲しい辛いこともそれぞれ両面プラスマイナスも多かったような気がするのである。だが、今はそのどちらでもなく、世間の中ではどちらかと言うと埋もれた存在となってしまっていて、目立つような事もなくなったのだが、ほのぼのとした幸福感に心は満たされているような気がしてならないのである。

 お金で悩む人も世間に入るだろう。いつまで経っても望むほどの経済は得られないと渇望感にさいなむ者もいるだろう。私だってそんなにお金は無い。だがその「無い」と言う部分に心は集約されてはいないらしい。無いとかあるとか、そんな感覚ではなく、心の中からふつふつと湧いてくる満足感や幸福感にただ満たされているという感じなのである。しかしだからと言って、もう自分の人生に飽きてしまったり退屈な思いに至ったりという事も無いのである。ただ淡々と毎日を生き日々を過す中で、一日一日を切実に大切に生きていくということだけである。

 お昼時間にいつもと同じ店に行き同じメンツで同じメニューを食べるわけであるが、その時間がそのひと時が幸せに感じるのである。心に余裕という言葉が湧いてくるのだ。体にはどこにも痛みなど無く、何事も無い状態は心にも大きく影響するものらしい。まさに心と体は一体であり一つなのかも知れない。これは全く素晴らしいことであり、私たちは神様にこれだけでも感謝して当然なのである。

 若い頃の輝かしい記憶は前述したように心からの幸福感は呼び込めない。それなら一体人間はどうしたら心の奥底から幸福感や満たされた思いは獲得できるのであろうか。それは多分一人ひとりに与えられた神からの使命を果たすことではないかも知れないと思うのだ。使命は個人の個性に由来し、使命と個性は直結するものだと思う。私たちは一人ひとりがその神から与えられた個性を如何なく発揮してこの世に生きている間その使命を果たしていかなくてはならないし、それは強制的なというニュアンスではなく、その事によってのみ、本当の幸福感が得られるのではないかと直感するのである。それならば私たちは個人的な幸福な生活を喜ぶ日々から今度は他者や社会にそれを還元していく人生に向かって歩くべきなのであろう。それこそが絶対的な幸福の道なのかも知れない。


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12月22日

起床時刻:05時32分

 就寝午前0時前後・・だと思う。布団に入ったのは午後11時過ぎだったと思うが、その後しばらく目が冴えて、それから少し寝たりしてさらに夢まで見たりしてそして起きて妻と話したり・・。不思議な時間だった。その後再び就寝。最後は午前4時過ぎだったが、もう起きようと思っていたがいつの間にか眠りに入っていた。多分強烈な相変わらずの寒気と昨日新しく買ったヒートテックの布団の影響大である。今までの古い煎餅布団とは打って変わったパワフルな布団の力は凄い。しかし実際は世に言う高級な羽毛布団とは値段も温かさも全く違うのではあろうが、少食と祈りで鍛えられた私の心と肉体には充分な力を発揮してくれているように感じられるのだろう。


 前に続いて再び入浴の話をしよう。私は冬場の入浴が好きだ。毎日入る。当たり前の話かも知れないが意外に入らない人もいる。私は彼らの気持ちが分らない。きっと彼らは入浴の目的が違うのである。入浴は体をきれいにする為だと「勘違い」しているのだろう。入浴は体をきれいにする為ではなくて、体を温めて気持ちを良くさせる為である。

 きれいにする為だけなら、シャワーで充分。何もたくさんの水を入れて燃料をたくさん使って大量のお湯を沸かす必要は無い。お風呂に浸かるのは芯から体を温め、健康的な生活を築く為である。

 それが一番実感できるのが一年の中の今である。冬こそお風呂の真価が分る時なのである。普通お風呂は夏にこそ必要性が高まるのだと思われがちだ。汗をよくかき、体が不潔になりがちだから入浴して清潔にするからである。しかしお風呂の目的が清潔にするのではなくて温めるのだから、それはきっと的外れなのだ。体を温めるのを一番実感できるのは寒い季節、そう、冬なのである。

 よく言うではないか。寒い時に寒い所に行くことが旅行の醍醐味だと。あれとよく似ている。寒さを避けて南国にバカンスに行くなんてのは素人のやる事である。折角の神様が私たちに与えてくれた冬と言う季節を私たちはもっともっと楽しまなければならない。冬こそ厳冬の地に訪れるべきかも知れない。寒い時に、ブルブル体を震わせながら脱衣場で衣服を脱いで行き、そして一気に浴槽に飛び込んだ時の気持ちよさは冬しか味わえない心地良さなのである。

 私は戸外で寒い風が首筋や顔の下半分に当たった時などに感じる「ひんやり」した感じが最近とても好きになった。以前は私も世間と同じようにネックウォーマーなるものを首に付けて防寒を楽しんでいたものだが、今は全く逆になってしまった。一体このギャップ、この違いはどこから来たのであろうか。自分でも驚くと同時に面白く感じる今日この頃である。食べる事を節して、体をよく動かし、早く起き、良書をしっかりと読み、祈りをし、毎日を切実に生きて行けば、デブデブで若白髪だった人間もすっかり別人に変身するものである。


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12月21日

起床時刻:05時25分

 就寝午後11時25分過ぎ。途中何度か定期的に目覚める。しかもその都度起きようと思うのだがいつの間にか寝てしまっていた。その中で最も長く寝たのはやはり3時間。この後起きれば良かったのに私は寝てしまった。いずれにしてもどれもよく寝たという感覚は強い。相変わらずの熟睡をいただいている。世の中には夜中に何度も目覚めることに対しての嫌悪感や不安感を感じて、病気ではと悩む人も居るそうだが、多分それは病気ではなく、「病気ではないか」と悩む人が存在しているだけであり、病気は存在していないのだ。同じ現象について悪く考える人と良い方に考える人が存在しているだけである。現象自体に善悪は無いのだ。それならば、良い方に考えた方が良い。だがこれは理屈ではなく、良い方に考えた方が良いとは思いながら、心と体が一体になって全体でトータルで良い方に考えられる人と悪く考える人とが存在するのである。頭だけでポジティブになろうとしても中々出来ないで苦労するのみである。世の中の様々なハウツー本で上手く行かないのはここに原因がある。

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12月20日(金)

起床時刻:04時18分

 就寝午後11時半頃。途中一度くらいは目覚めたのかも知れないがはっきりした記憶が無い。つまりほぼ一気に目ざめまで寝たものと思われる。熟睡を得た。睡眠時間は5時間弱。正確に記せば4時間台であるのに良く寝たなという感覚もある。私も立派な短眠者であるのかも知れない。板についてきたという感じ。しかし本日はここ最近でも特に寒気が強烈。体の芯からグッと冷え込んでいる。冷凍庫の中にいるようだ。普通なら用も無いのに起きない。特にこの数日は私はオフなのである。久々の少し長いオフ。それなのに私はいつものように起きる。目ざめとともに前向きなポジティブな考えが湧く。豊かな考え発想が湧いてくるのである。


 いつかテレビでお年寄りが入浴時によく亡くなる事を取り上げていた。急激な温度変化がその死因の第一原因だと述べていたが、私は思わずテレビに向かってマスコミ、メディアに対してその怒りをぶつけていた。「年寄りが死ぬのは急激な温度変化をもたらす冬場の入浴が悪いのではなく、それはやはり老化による体の弱体化にあるんだよ」と。

 私など冬場の入浴が夏場の入浴と同等に大好きなくらいである。とは言っても、以前ならそうでもなかった。ブルブル震えて脱衣場で衣服を脱ぐ瞬間がとても嫌で、入浴は敬遠するものであった。それさえなかったら、風呂に入るのは出来るのに、あの脱衣場の寒さがある限り冬の入浴は好きにはなれないな・・と思い込んでいたのだ。大体多くの人も同じような気持ちを持っているだろうと想像する。

 ではなぜ私が冬場の入浴が好きになったかと言うと、まさにそのブルブル震えるほどの寒さが良いのである。思い出してほしい。いや、そんな経験がまだ無い人ならば、想像してほしい。よくテレビの温泉番組などで見かけるではないか、北国の温泉宿に泊まった際に、部屋から風呂場まで相当の距離があったりする。露天風呂など、施設から少し離れてその温泉棟が建ち、外の歩道をしばし歩いて浴槽に浸からなければならないような宿があったりする。見るだけでこちらも寒そうなシーンである。しかし今の私はあんな感じが良いのだと思うのだ。

 寒くて寒くてどうしようもない状況から一転して温かいお湯にザブンと浸かるのである。これこそ露天風呂の醍醐味、冬の北国の温泉の醍醐味でなくて何であろうか。私は自宅で風呂に入るときもそれに近いような感覚で浴槽に入るのだ。その瞬間、とても幸せな気持ちにさせられる。これは春や秋には味わえない心地良さでもある。医学的にも科学的にもそれは実際体には幾分悪いものかも知れないが、これも又ストレスだと言うのなら、少々のストレスは返って体には良いのである。

 以前の私は脱衣場の寒さが嫌であった。しかし今の私は逆に苦にならなくなり、返って好きなくらいになってしまった。真っ裸になったあの瞬間、何とも言えない恍惚感があったりする。そりゃあ、その状態が長く続くのであれば、地獄(笑)なのかも知れないが、それは一瞬である。その後は温かいお湯の中に飛び込めるのである。だから良いのである。まさに冬の醍醐味、冬にしか味わえない気持ちの良さなのである。

 それが年寄りの冬の入浴時の死因の原因だと批難されれば言うことは無い。しかし年寄りにも色々いる。何でもかんでも十把一からげにまとめないで欲しい。元気な歳よりもいる。きっと彼も私のように冬の入浴をこよなく愛しているはずである。私たちはこれからの長寿社会の日本、こういうようにも生きていくのも良いものではないだろうか。ちなみにロシアでは12月の平均気温が-5.5度らしい。それに比べれば日本の冬など・・・。もっともっと冬を楽しもう! 健康に留意してちょっとの刺激をあえて求めるくらいの強さを身に付けても良いのかも知れない。


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12月19日(木)

起床時刻:04時51分

 就寝午後10時半過ぎ。途中一度目覚める。ホンの深夜であったと思うが、時刻は今となっては定かではない。そしてその後熟睡。なぜ熟睡と言えるのかと言えば、それは自分で何となくそうと分るからである。それが理由。深く寝たという感覚が心と体に溢れる。それこそが真実である。睡眠時間は6時間程度。最も強い寒気だろうけれど、起きる時には意外に簡単にサッと起き上がれた。潔さが良いではないか。

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12月18日(水)

起床時刻:04時16分

 就寝午後11時。出張先。直ぐに寝られたがその後1時間後に目覚める。やはり前日の仕事量が少なかったのかも知れない。それでもいつもより多くのスクワットをしたし、いつもより多くのスワイソウもしたのであるが。やはりそれだけでは少ないのかも。まだまだ自分を可愛がろうとする、自分を守ろうとする意識があるのかも知れない。もう少し、いやもっと、体を使っても良いのかも知れない。
 しかし一度目の目覚めから直ぐに又寝られ、次の目覚めまではおよそ3時間の睡眠をいただいた。この睡眠はきっと熟睡なのである。目覚めは午前3時前。2時50分台だったと記憶する。この時意識ではもう起きようと思った。3時間弱の睡眠をいただけたのだから、本来ならもう充分である。だからもう起きようと思っていたのだが、とにかく外の寒気の強さは感じられる。昨日日本は最も強い寒気に見舞われたという。こちらでも雪が降るのではないかとの予報。そんなこんなでマタマタ眠ってしまっていた。そして本日の起床時刻。睡眠時間は結局5時間と少し。


 忘年会の季節である。多分。世間では。はっきりとは分らない。私も随分世間に疎くなったのかも知れない。疎遠になったのかも知れない。去年までの私、うん、多分去年かな・・いや、もしかしたらもっと前なのかも知れないが、以前の私なら内心こう考えていた。焦った気持ちで。「今年はまだ誰からも声がかからないぞ・・もしかしたら、ひょっとしたら最悪俺は今年一本も忘年会が入らないのかも知れないぞ・・」というものだ。

 以前の私は今年はもう既に自分は何本の忘年会の予定が入っている。俺は人気者だから、皆が俺を放って置く訳が無い。逆に声がかからなければ積極的に自分の方からその忘年会を企画しても良い。とにかく世間の誰よりも、あるいは、最低標準的な数、世間並み程度は忘年会をこなさなければ俺はダメになるぞ・・等という一種の強迫観念があったものである。

 つまり世間の標準、世間体にどうしても自分を合わせ、そして安心したいのである。これがサラリーマンなどで、現役世代であれば黙っていても嫌でも忘年会には参加できる。先ずは所属する企業のそれである。否応無く参加する。だから私のような心配は皆無である。世間とは距離のあるフリーの立場というものはこんなものなのである。お笑い種なのである。

 今年はそして一つもその忘年会の声が無い。以前の私であればそれは全くの恐ろしいことであるはずなのだ。しかし今の私はそんなもの何とも思っていない。それが全く普通である如しである。逆に煩わしい事もなくて、お金も使わないで済む。健康にもよろしい。どうせ一夜のつながりである。飲んで騒いで一見皆と心が繫がったような錯覚に陥っても、一夜明ければそれも全てパーなのだ。

 錯覚の愛なのだ。酒を飲んでしか心が繫がらないと言うのは、まさに錯覚の愛。今の私にかかってくるのは、もう何十年と続いている実の姉夫婦が主催する所の新年会へのお誘い。そして後は、修養団体や宗教団体の知り合いからの研修会やビデオ会などへのお誘いである。昨夜など親戚から2件、そして後輩から1件の電話がかかり、私にお誘いや近況の内容で盛り上がった。

 以前のような酒仲間、飲み仲間からの声はかからなくなってしまった。だが私に焦りはもう無くなった。世間は世間、私は私である。その代わり、私は世間の思惑とは別に近々また旅行に出る。これは妻の企画である。私から考えたり企画するようなことはなくなってしまった。以前の企画マンであった私は一体どこに行ってしまったのだろう。

 そうは言っても、わたしは今でもやはり飲み仲間や遊んで楽しい友達との交流は楽しいと感じている。楽しい仲間とのつながりや交流は今でも楽しいものである。しかし以前に比べてはそれにこだわらなくなった。それよりも今の私は家族や親戚などとの交流の方が大切であり、より心のふれあいが深まる。以前なら言えない事や振る舞いを今なら出来る。深く深く本質に迫った交際が時間の経過とともに出来ているのである。貴重な時間を費やすのであれば、こちらの方が楽しいのである。

 今年初めて私は親戚にお歳暮を贈った。それで昨日それぞれ届く予定であって、案の定、2人の親戚からお礼の電話を貰った。二人ともびっくりして、意外な声だった。私は素直に感謝の声を述べ、感謝の印だと説明した。私の心からの感謝の証であった。心を形に表しただけである。世間の他人へのそれとは違って私にはそこに打算は無い。ただあるのは感謝のみ。

 年賀状も今年は久しぶりに期限までにちゃんと作るつもりである。知人のように携帯のメールで間に合わすようなこともしない。時代は進歩しているのであろうが、私は今年はちゃんとアナログで行こうと思っている。もちろん私の手作りの年賀である。アイデアは泉のごとくに湧き出した。相手の喜ぶ顔、驚く顔を思い浮かべればそれはいとも容易いことだろう。

 そういうわけで少し早いかも知れないが、この一年ももう少しで暮れていく。忘年会の代わりに妻との旅行、後輩との信仰的な交流、そして後は仕事仲間との真摯な仕事上での付き合いが続く。そうやって私の一年が過ぎていく。私は今年から来年に掛けて、新しいステージに立とうとしているのである。それは又改めて報告したいと思っている。

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12月17日(火)

起床時刻:03時31分

 就寝午後10時半頃。最初の目覚めは午前1時20分過ぎ。この時点での睡眠時間は3時間弱。だから起きても良さそうな時刻である。が、この寒さ。そして真夜中。今の私にはこの時刻に起きてやりたい事もないのである。まあでもこの程度の自分への優しさは多目に見てやりたい。その後ほぼ1時間刻みで目覚め、と言っても、一回程度だが。そして午前3時台。さすがに今の私にとってはこの時刻なら起き上がれる。丁度良い。早くも無く遅くも無く。世間の常識からは外れているのかも知れないが。睡眠時間はそれでも5時間。本日は出張日である。

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12月16日(月)

起床時刻:04時25分

 就寝午後10時半頃。途中自然に目覚める途中覚醒は無かったと思われる。二度ほど目覚めたのは全て猫がらみ。猫の鳴き声によるもので、隣りの部屋に行きたいという猫の要望?を聞くため。だから、それ以外の途中覚醒は無かった。つまりこれは予防できるのだ。初めから猫のために準備さえしていれば良い。一気の睡眠パターンがあるいは確立されつつあるのかも知れない。ま、まだ3日4日程度ではあるが。


 受験生にとっては厳しい季節を迎えている。今日もたまたま私が自宅にいる時にそんな受験生を持つお母さんがやって来た。彼女の目的は互助会の証書を我が家に届けに来てくれたのだが、いつのまにか、受験の話題になってしまったのだ。

 彼女はこの仕事について1年と半年を幾分過ぎた。しかし既にもうベテランの風格もあり、実績も上々のようである。いわゆる「やり手」の女性社員に見えた。彼女には3人の子どもがいて、長女、長男、次男という構成だった。彼女とは私は初対面である。

 なぜ子供さんたちの受験の話になってしまったのか、今となっては正確に思い出せないが、私が以前自宅などで塾をやっていたという事もあって、そういう話になったのかも知れないし、互助会の関係で最近私の次女の結婚式で彼女の勤めている会社にお世話になったこともあったからかも知れない。

 彼女の2人の息子さんはいずれも我が町ではトップの進学校である。長男は来年受験で、国立一本を目指す。確か今年は受験した大学全てが不合格。つまり彼は一浪したということだ。そして今年落ちた大学は一浪の結果、A判定をいただき、先ず今の調子では合格間違いなしだとの事。が、今度は逆にその息子がもう一つ上の大学を目指し始めたと言う。

 欲が出てきたのかも知れないが、彼女は出来れば合格間違いなしの去年不合格の学校を受けて欲しいと願っている。が、当の本人は「俺は嫌だ、上を目指す」と宣言しているそうである。しかし私が見るところでは、お母さんの方も満更ではなく、合格間違いなしの大学の更に上を目指そうとしている気持ち満々である。

 彼女の素直な気持ちとしては合格間違いなしの大学に行ってもらいたい・・しかし、もし出来れば、その上のランクの学校に受かれば言うことは無い・・・なんて思っているのだろう。こういう点では同じ家庭の中にいる人間は同じ感覚、意識を持つ。類は類を呼ぶのであり、波長同通とはこのことである。

 しかし世間的には、特に女性の間では、特に中年の女性の間ではこういう感覚もある。つまり「間違いの無い所に行くことこそが世間の常識である。それを無理して良いカッコしたくて上の学校を狙うのは馬鹿のやることだ」なんて事を考えたりする。そのお母さんはそういう世間様に対して「申し訳ない」気持になるのである。

 だから息子は男だし若いから「挑戦こそ人生、男は一つ上を目指す」などと良いカッコ言っているが、女の私がそんな息子と一緒になってアホみたいな事を言っていたんじゃ世間様に申し訳が立たない。母親はそう思ってしまうのである。ここではお父さん、つまり、一家の大黒柱であるはずのご主人の存在は無い。彼の意見などどうでも良いのである。彼は特に仕事に忙しい。彼はとにかく給料さえ運んでくれば良いのである。それが現代の世間である。

 私はかいつまんで話せば上記のごとしの話を彼女からざっと承った。全てが全部上のような内容ではないが、私なりに彼女の内心深く入り込んで解釈すれば、まあざっとそんなものだろう。しかし私に言わせれば、だから世間は苦労が絶えないのである。悩み、煩悩、苦痛、悲しみ、不安・・・これらは全て上記のごとし、世間の常識に縛られた生き方をしているからに他ならない。

 私は彼女に聞いてみた。「息子さんは一体将来どんな姿の自分になろうとしているのですか」と。そしてそれは全く明確だった。私に言わせれば、だったら、彼はそれを目指して真っ直ぐに一直線に歩いて行けば良いのである。途中の大学の名前などどうでも良いではないか。それよりもゴールに如何にして早く確実にスムーズに到着する為に、今入れる学校に行けば良いのである。世間的な視線など気にすることは無いのだ。良いカッコしてもアホらしい。とにかく最も早く滑らかな道を一直線に進んでいけば楽なのに。しかし人は、あるいは世間は「苦労」を求めてしまうのである。

 自分の力量以上の大学を目指し、不合格になってボロボロになって、それが人生の醍醐味だと言い、良い経験を積んだと喜ぶのである。「努力精進」が絶対なのである。挫折しなければ人生ではないのである。世間とはこういうものなのだ。そして百人に一人の成功者が人生の勝利者なのである。世間の誰もが敬服する地位や名誉を得られる人はそれこそ百人に一人、千人に一人である。それ以外は全て敗北者、脱落者だ。そして彼らは同じ境遇を慰めあい、あろうことか、わずかな成功者に嫉妬し、欠点を無理やり作って足を引っ張り、自分をそして世間の大勢を慰めるのである。

 そんなアホなことはもう止めて、自分の価値観を180度ひっくり返して、自分だけの成功の尺度を設けてそれに向かって進めば良いのだ。しかし結果的には、その価値観こそが我々人類が永久に持つ本物の価値観なのである。この世的な、物質社会における常識や価値観、そういうものとは決別して、永遠不滅の人生を歩んでいけば良いのであり、そうすることが常に幸福な人生を生きることになる。

 世の中のためになったり、人類に貢献できるような道を選び、それはもちろん個人の個性にのっとっての道である。それをゴールとして一直線に進むのである。自分の使命に忠実に生きるのである。アホな世間や、実態の無い世間に自分を合わせる必要は無い。元々世間とはその自分も含まれているのであるから、無理してあわせる必要は無いのだ。嫌でも自分は世間と同体なのだから。

 外の世界に自分の価値観を合わせるから辛いのだ。だから勝った負けたと一喜一憂しなければならなくなるのだ。内なる世界、内なる自分との会話の中で、自分の目指すべき道を選択すればいいのである。そして一旦決めたら後はもう一直線に突き進めば、人間は計りきれない幸福感を得られる。東大を出ても訳の分らない連中は五万と居るはずだ。

 私は上のような話をそのお母さんに話したが、彼女がどこまで理解してくれたかは定かではない。ただ、息子の欠点や弱さを私の前で並びたてていく彼女に向かって私は釘を刺した。つまり「子供さんの欠点や弱さはお母さん自身が自分をそう見ている姿なのだと思います。親子は合わせ鏡のようなものだと思います」と話した。

 母親が価値観を変えれば必ず子供に影響する。外から中に・・・その転換こそ、無限の力を引き出すスィッチなのである。

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12月15日

起床時刻:04時39分

 就寝午後11時。途中覚醒一度。午前3時20分。それまでは一度も目覚めなし。一気にこの時刻まで寝られた。この時点での睡眠時間は4時間20分。だから起きようと思えば起きても良かったのだ。実際起きようと思っていたのだが、いつの間にか寝てしまっていた。結局5時間半以上の睡眠時間。出張先という事もあるかも知れない。比較的寒さは緩んでいるようにも感じた。が、予報では本日も昨日に引き続き寒気は厳しいそうである。

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12月14日

起床時刻:05時09分

 就寝午後11時過ぎ。途中覚醒の記憶無し。一気に寝て起きてしまった。睡眠時間は6時間。最近にしては珍しい。原因は予想が付く。昨日は一度も仮眠無しで過したおかげだ。多分。午前中の記憶が無いが、多分仮眠はしていなかったと思う。珍しい。多分、しっかり咀嚼して食べる事を直感で思いついた事にも関係があるのかもしれない。その喜び。誰が聞いても当たり前の事だと思われるかもしれないが、真理とは意外にそんな身近でありきたりな事に有るのかも知れない。一回食べ物を口に入れたら最低30回は噛んで飲み込む・・ということだ。これを確実にこなせば、必ず少ない量でも満足でき、少食は容易にこなせる。簡単なことであるが、難しいのかも知れない。言うは易し、行うは難し。

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12月13日(金)

起床時刻:03時59分

就寝午後10時過ぎ。途中何度か目覚める。が、その都度直ぐに眠りに入る。これはある意味惰眠と呼ばれるものなのかも知れないが、寝られるという感覚から考えれば微妙な感じである。その証拠に最後の目覚め、つまり本日の起床時刻であるが、この時も試しにもう一度寝てみようと思ったのだ。しかも外は強烈な寒気。布団の中は温かみが一杯である。しかしさすがにもう眠気は無く、その挑戦は果たせなかった。と言うより、逆にもう寒くても起きた方が心地良く感じられたのかもしれない。こういう起床が本来の自然な起床かも知れない。今の私の心境と体の状態から言えばである。睡眠時間は5時間半ちよっとか。

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12月12日(木)

起床時刻:03時48分

 就寝午後11時。出張先。途中一度程度目覚める。時刻は多分・・午前2時ころか。それとももっと以前かも知れないが今となってはほとんど記憶にない程度だ。睡眠時間は4時間50分くらい。さすがに強烈な寒気で中々布団から脱することはできなかったが、そのまま二度寝などすることはなく、起き上がれた。食の量を少し減らした結果が出てきたのかも知れない。

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12月11日(水)

起床時刻:05時19分

 就寝午後10時過ぎ頃。途中二三度目覚める。その都度起きようと思ったのだがいつの間にか眠っていた。特に今日は寒く感じる。実際強烈に寒気があるのだと思う。布団が軽いのか知れないが、またまたその布団が少しずれていて、毛布一枚のみで寝ていたようだ。もう起きなければならないのに自然とその布団を引き寄せ温かみを実感。確かに一枚と二枚では温かみが違う。しかしいつまでもそれを楽しんでいるわけにも行かないので直ぐに起き上がる。今日は出張日だ。緊張する。

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12月10日(火)

起床時刻:02時55分

 就寝午後10時半頃。もしかしたら午後11時直前だったかも知れない。途中一度1時間くらいして目覚めた記憶もある。その後は熟睡。つまり熟睡タイムは3時間。トータルは4時間。それにプラスαー。いずれにしても最近にしてはまあまあであり、惰眠的な睡眠に誘われずに済んだ。ここ最近の以前であれば確実にほぼもう一度眠っていたかも知れない。気分は確かに緩んでいた。胃袋が緩んでいたように。ただ自分はそのような自覚は無かったのかも知れないし、本当は知っていたのかも知れない。知りつつ、楽な、五感的に楽しそうな方向に進んでいたのかもしれない。結果は着実に如実に出てくるというものである。

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12月09日(月)

起床時刻:03時58分

 就寝午後10時50分頃。最初の目覚めは午前1時頃。そして次が午前3時頃。そして本日の起床時刻となる。二番目の目覚めで本当は起きるつもりだったが、いつの間にか眠ってしまっていた。しかし徐々にだが再び又緊張感はやって来ているようだ。午前4時前に目覚め、そのまま起き上がれた。相変わらず朝と夜は冷える。にも拘わらず、起き上がることが出来た。ベターな状態は戻りつつある。

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12月08日

起床時刻:04時04分

 就寝午後9時半頃。日付の変わらない内に一度目覚めたかもしれないが、次に目覚めたのは午前2時前。起きようかなとも思ったが又直ぐに寝る。睡眠時間は4時間でも良いのかも知れないが、まあ良いか。結局6時間半くらいは寝たものと思われる。本日は出張日。日曜出勤の為仕事自体はのどかな一日を想像している。

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12月07日

起床時刻:03時55分

 就寝午後9時過ぎ。早い内から布団に入る。その後本を読んだりしばらくは寝なかった。正確な就寝時刻はその為分らないがそれほど差は無いものと思われる。一度まだ日付が変わらない時刻に目覚めた。え、まだこんな時間か・・と思ったほどの時刻だった。それにしても本日も長い時間眠った。多分、6時間以上は眠ったものと思われる。


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12月06日(金)

起床時刻:05時20分

 就寝午後11時。出張先。最近ではほとんど無かった定刻の目覚め。同僚のセットした目覚ましとともに起きる。しかし一度はいつもの時刻に目覚めたのだが、油断したのか緩くなっているのか、いつの間にか再び寝てしまっていた。睡眠時間は6時間20分と言うことになる。寝すぎたと言うことでもないが、最近にしては珍しい。ま、こういうこともある。しかし直ぐに元の自分に戻す。


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12月05日(木)

起床時刻:03時36分

 就寝午後10時半過ぎ。はっきりしない。というのも、布団に入ったのは午後10時過ぎだがそれからしばらく妻と話したからだ。子供たちのことが主だったが。しかし大体睡眠時間は5時間くらいだろう。途中一度くらいは目覚めたのかも知れないが、はっきりしない。そのくらい睡眠も深かったのかも知れない。お陰で目覚めは良かった。パチッとした感じで目が覚めた。依然寒かったが、最近にしては体が直ぐに起き上がれた。もう少し布団の中にいたい・・・という最近の軟弱さ?が消えたかのようだった。起き上がりたい・・という以前の感覚が戻ったかのようだった。ここ最近の傾向としては、もう一度眠りに入っても不思議でなかったのだが、無事そこを免れた。本日は職場の防火訓練。私達はその中では主役の一つだ。チーム全員集合。私は本来の勤務だが他の者は本来勤務外だが本日は特別出勤。皆が久々に一堂に集合する。

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12月04日(水)

起床時刻:04時59分

 就寝午後10時頃定かではない。早い時刻から布団に入り、しばらく妻と話しながら眠ってしまった。さらに本も読んだ。そのうち眠ってしまったようだが。ただ寝る時にはしっかりとそう意識して眠った。途中夜中に何度か目覚めたようだが、直ぐに又眠りに入った。眠れなくても布団の中で悶々とする・・というようなことは今の私には一切無い。最後に目覚めたときはまさかこんな時刻とは思わなかった。午前5時になろうかとする時刻である。少し驚いた。寒さも強烈である。相変わらずだ。だが不思議なことに掛け布団が少しずれており、毛布一枚でほぼ寝ていたふしがある。暑かったのだろうかと思った。それとも寝返りをある程度強くしたのだろうか。


 朝のNHKの番組で統合失調症の事をテーマに放送していた。その病気にかかり現在は現役として復帰しているお笑い芸人も参加して自分の体験談を語っていて、その病を面白おかしく漫才のネタとして話していたが、明るい表現で説明するという点では悪くは無いのだが、これもまた根本的な解決にはならないと思う。

 全国的にもこの病の患者は多いのだろう。でないと、天下のNHKが特集しないのかも知れない。こんなに明るく公けに報道する所が現代の象徴なのだと思ってしまう。というのも、この統合失調症というのは、昔の日本なら様々な病名として分類されていた。だからそれらを一つにまとめて「統合」と称しているのかも知れないが。

 例えば、分裂病。これも精神疾患の一つだった。そしてうつ病。そして躁病。二つあわせて躁うつ病。これらも今では全て統合失調症の仲間である。だから患者は様々な症状を呈しているのだろう。いずれにしてもこの病は以前なら完全な「難病」としてとらえられていて、一生直らない病とされていたものだ。今でも果たして治る見込みがある病なのだろうか。私の知る限り、医者でさえも完全に治す自信が無いように見受けられるのだ。

 そういう面では末期癌などとも同じ分類に入るのかも知れない。とにかくどんな治療を施しても多分一生死ぬまで完全には治らない病気なのではないかと思うのである。今の医学の常識がはびこるこの現代社会の中ではである。

 だが番組の中では様々な患者が紹介され、ただありのままにその病気を認め、公けに公開し、病気と仲良く付き合って行きましょう的なことで終始していた感じを受けた。いかにもこのテレビ局らしい、いや、現代の日本では、世界では、もっともらしい、私に言わせれば「偽善的」とも取れそうな、そういう感覚で放送されていたのだ。しかしこれは報道側だけのせいではなく、それを受け入れている私達人間の方にも大いに責任があるのではないかと思ってしまうのである。

 例えば、統合失調症の患者が訳の分らないことを言ったとする。家族や身内はその時一方的に否定するのではなくて、受け入れて認めて、病気をありのままとらえるのだという。それが最もベストな対応だということである。が、果たして、そうであろうか。私は本当に疑問に思ってしまうと同時に腹立たしくもなるのである。

 そして治療である。医者は問診をし、相手を受け入れつつ、結局は薬で治そうとする。ただ初めに言ったように、医者自身もこの病気が治るものとは思っていないから、今よりはベターな方法としての薬治療を施すしかないのである。暴れたり、鬱屈したりする症状をいくらかだけでも抑えたり減少させるしかないのではないだろうか。一生、もう、以前のようなまともな自分に戻らないと自覚させられる患者は気の毒でもあるが、ある意味、そんな彼らにも責任は大いにあることを自覚しなければならない。

 病気は全て自分がこしらえているのである。いや、世界のあらゆる事象は全てその人自身が創造しているのである。これは聖書の中でもキリストが口を酸っぱくして言っていることだし、仏教では釈迦も断言している。だがキリスト教の信者も、仏教のお坊さんも誰もそれを実行していないと思ってしまうのである。ただ単にキリストが話した事を上っ面に解釈して信者に説明する牧師、そして坊さん。これでは信者が気の毒だ。全ての目に見える現象はその本人が創り上げているのである。

 唯心諸現とは仏教の中にある言葉だ。上の内容を表す言葉である。病気はその人が作ったシロモノだ。だから結局はその人以外にしか治せないのである。それを他人が分ったような顔をして、あーだこーだと言い、最後には病気の存在をありがたがり、番組の中でも「神様からの試練」などと偽善的な言葉まで飛び出す始末である。これは決して「試練」などというきれいごとではない。ただ単に自分が間違っていた生活を送り続けた結末に過ぎないのである。

 極端に言えば、この統合失調症なるものも一つの「生活習慣病」なのである。毎日の生活の間違っている点を正していけば治るものだし、自分の考え方を変えれば、直ぐにでも消えてしまう病なのである。それを自分の責任として認めたがらず、自分は特別な存在だとして、ある意味逆説的な「エリート意識」を持った人間がこの病気を作り上げていったのである。

 私達人間は自分が特別な存在だとして認めたがる特性を持つ。とにかく自分は他人とは違っているのだと思いたいのである。これをW・ダイアーさんは「人間のエゴ」の仕業だと言っているが、本当にそうだ。人の持つエゴがこういう思考を作る。統合失調症という病気になるのは私だからであり、その意味では私は他人とは違った存在であり,私は特別なのだと、エゴは主張したがるのである。こういうエゴを壊さない限り、根本的な治療は望めないにも関わらずに、人はエゴの犠牲になってしまう。

 東洋医学では全ての病気は血の汚れから来ていると言う。その意味でもこの統合失調症は血液の汚れから来ている。その原因は「食べすぎ」だ。食を少なくすれば、確実にこの病は改善する。しかし現実の病院では患者が好きに自販機の甘いジュースを飲め、3食、栄養タップリの食事をいただける。お代わり自由だろう。患者の中には肥満体の患者が比較的多いようである。売店では甘いお菓子も盛りだくさんだ。個人の人権が最も尊重されている現代ではこういう患者にも「自由」は与えられ放題なのである。

 そして食生活と並び大切なのはものの考え方だ。先に述べたように、偽善的にこの病気をありのままにとらえ、ひいては、いかにも彼らを特別な個性ある存在だとして考える「進歩的な」人たちの存在もこの病気の完治の邪魔をしているように思えてならないのだ。とにかくこの病気は患者自身が毎日の生活の間違いの中から創り上げたものとして、患者自身が反省し、その間違いに気づき、生活を変革していかなければならないものなのである。そして考え方の変革。

 自分を神の子としてとらえ、神の子であるなら、自分は完全無欠な存在だとして考えなければならないのである。神の子が病気など持つはずは無いのである。しかし今の自分はそれに比べてはまだまだ未熟な存在なのだから、もっともっと自分の無限力を自分の中から引っ張り出して行こうという意欲、これが最も大切なのであり、それを引き出せるのは「祈り」しかないのである。これらがこの現代の完治不能な難病とされている病を根本的に治せる処方箋なのである。


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12月03日(火)

起床時刻:04時07分

 就寝午後10時過ぎ。最初の目覚めは午前0時前。そして次が午前2時45分過ぎ頃。この時点で睡眠時間は3時間弱。前のと合わせれば5時間弱。だから頭の中ではもう起きようと思った。目ざめとともに起きればきっと1日爽快な気分で過せるのだと思っていたからである。しかし日中はそうでもないがこの時刻、早朝はさすがに冷える。底冷えがする。グッと冷える。冷凍庫の中にいるようだ。温かい布団の中からでもそれは何となく分る。出張先での睡眠は鉄筋コンクリートの中だからそうでもないが、自宅は木造である。だから外気がよく分る。どちらもそれぞれ利点はある。中々起き上がれないと思いつつ、もう少し布団の中にいようと思いながらいつの間にか眠ってしまっていた。トータルの睡眠時間は6時間になった。日中の眠気はあまり感じなくなるだろう。しかしいずれにしても現在は睡眠の革命である。我が革命。しかしこれは睡眠だけに絞って努力してもダメだ。やはり飲食とも連動して考えた方が自然に近い。そしてやはり毎日の「祈り」の継続と積み重ね。これらが合わさっての目標達成だ。もっとも衣料なども工夫が必要だと実感している。先ずは自分を上手く飼いならすことだ。

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12月02日(月)

起床時刻:04時19分

 就寝午後11時。出張先。相棒は神経質なTさん。以前よりは彼に気を使わないようになれた。これはもちろん私の変化である。決して彼が変わったわけではない。分かりやすく言えば以前より両者の距離が縮まったのだ。途中覚醒数度。珍しい。夜中に何度も目覚めるのはここ最近久しい。という事は、ある意味、今の気候に体と心が慣れてきたのか。直感的にそう思ってしまった。


 私の住む町とその周辺だけで読まれている地元紙があるが、その紙面に同じ日に私が知っている二人の男性についての記事を見つけた。どちらも一見華々しい内容である。一つは町の特産品などを扱うアンテナショップの開店であり、もう1つは主宰するカラオケの団体が主催する大会の事だった。

 アンテナショップの方は町に関するあらゆる情報の発進基地として取り組みたい云々とその知り合いは抱負を述べていた。町から委託されての営業のようであり、その為オープンの式典には市長まで列席し記事中の写真にはその市長と並んで彼がテープカットをしている様子が写し出されていた。それを見て私は「あー、あの人らしいな」と思ったものである。行政や国の力を借りて自分の夢を実現しようとする手法についてである。こういうやり方は確実性が高そうだし、リスクも低そうである。何より安定感があるのだろう。個人でとらえれば、年金に頼ったり保険で医療を賄う感覚に近いと思う。世間ではこういう感覚、やり方について、至極真っ当なやり方であり手堅い人という印象を持つだろう。または、あの人は頭の良い人だと多くの人は言うのであろう。

 私は彼とは一時しばらく付き合わせてもらった事がある。私が友達やあるいは一人で商売をしていた頃、仕事上での事だったが、その内彼が長く勤めた会社を突然退社し独立したのだった。私はてっきり彼が長く続けていた、あるいは好きだったと思われる業種に挑戦するものとばかりに思っていたのだが、その証拠に退職後私に連絡して来て今からその仕事をするからゼヒ手伝ってくれと頼まれたのだ。私もあくのつよい彼ではあったが、そういうところも彼の持ち味だと認識していたから快諾したものだった。だが時間が過ぎ、しばらくすると彼の私への対応が変わって来た。意味なく私を責めて来る感じがしたのである。この人って、こういう人だったかなあと不思議に思ったものである。今にして思えば、彼の今後の戦略に私は要らない存在になって来たのだろうと思ってしまうのだ。ある意味男性的なやり方なのであろう。彼は今までやり続けていた仕事ととはすっかり縁を切り全く私が予想もしなかったような業種に鞍替えしたように見えた。いや実際そうであった。そしてその仕事というのは全く今の時代に合う業種であり、その手堅さにその変わり身の速さに私などは感心したものだった。彼は好きという感覚よりは確実な成功を選んだように私には見えたのだった。
 
 そういう意味で私とは結局縁がなかった。それはそれで良いのかも知れないし、彼ら側から見れば私などはいつまで経っても大人になりきれないガキなのかも知れないのだから。

 そしてもう一人の方は始めの彼よりはあまり交流はない。どちらかと言えば共通の知人を介しての印象である。彼もまた長年勤めた会社を辞め、パートナーの女性が経営するカラオケ喫茶を手伝っていた人で、退職後その店に本格的に取り組み始めたようだった。前職では営業マンで、知人によれば良い成績を残していたそうである。その強味を活かしての様々な店の営業展開で頑張っている様子だ。そして今回のイベントである。内容を読めば何やら私の知人が考えそうな企画の匂いがプンプンするではないか。とは言ってもその知人も前述したように私と同様幾分ガキっぽいところがあり、企画もそのガキっぽさが満載である。ところが不思議なことに世間ではこういうガキっぽい企画が喜ばれたり珍重されるようなのだ。いかに世間にはいわゆる「大人」がたくさんいるかが分かるというものである。しかしその知人の一番の欠点は、ガキさ故にお金に疎いところがあるのである。その企画で如何様にしてお金を生み出し換金するかを考えないのである。だから知人はいまだに良い歳をして奥さんと別居され一人住まい、食べる物にも事欠く身の上のようである。ここは私とは若干違っているのである。笑

 話を元に戻すが、そのカラオケ団体の男性も知人のユニークな内容の企画をちょっと拝借し、それに味付けして、つまり、どのようにかしてお金を生み出すように工夫しているようだ。私から見ても中々上手に工夫している。ああこれならある程度の利益が出るのだろうなと思ってしまう。しかし不思議なことにこの世界、カラオケの世界ではよく見かける事なのだが、こういう企画などを開催した場合あまり利益優先という感じがするものは敬遠されるようなのだ。逆に損をするような人が尊敬されたりする風潮もある。あの人は偉い、という感じなのだ。企画をして色々な人や団体の間に入って調整し心痛し、その上損までしなければ世間は許してくれない世界なのである。しかしそれでも人はやってしまって他者からの称賛を得て喜ぶのである。

 しかしその男性はあえてそういう世界の中で、利益を生み出そうとしている。面の皮が厚いのか、革命児なのかはまだ分からないが、大変な世界である。分かりやすく言えば私の住む小さな街にもそこだけの芸能界があるのである。私などはそんな魑魅魍魎の住む世界が煩わしくなり今ではずっと距離を置いているが、独特な世界である。

 いずれにしても、この二つの記事で私が感じたのは、どちらの男性も、リーダーも頭がよろしいという事である。損はしない、現実的に生きてこそ、男の生きる道なのだ、と強く主張している感がある。そして二つとも一見世の中の為に役立っているように見える。多分彼らはそこも大いに自負するところだとは思う。だが、私など頭より直感優先で生きて来た男からすればこれは一言で片付けられる。それは「それって面白い?それって楽しい?」。ただそれだけである。


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12月01日

起床時刻:04時37分

 就寝午後11時半前頃。途中覚醒の記憶無し。一気に寝た。就寝前にスクワットをしたお陰か。適度な疲れとともに眠る。直ぐに睡眠に入ったものと思われる。睡眠時間は5時間弱。こちらもまあまあだ。最近リラックスして睡眠時間が通常より長かった。これもまた悪くは無いと思うが、より良い日、より神との一体感に近づきたいのなら、自然と睡眠時間も短くなるのかも知れない。あるいは、睡眠時間の長短、時間は関係なく、目ざめと同時に起き上がる習慣が大切なのかも知れない。確かに二度寝は気持ちが良いのだが、もしかしたら、世間で言われる「惰眠」かも知れない。惰眠の気持ち良さはアルコールの気持ち良さと共通したものがあるのかも知れない。それは「錯覚」の快適さであり、ホンマものの快適さ、気分の良さは、アルコールや二度寝の向こう、もっと上位にあるのだと思う。


 最近リラックスして睡眠時間が通常より長かった。これもまた悪くは無いと思うが、より良い日、より神との一体感に近づきたいのなら、自然と睡眠時間も短くなるのかも知れない。あるいは、睡眠時間の長短、時間は関係なく、目ざめと同時に起き上がる習慣が大切なのかも知れない。確かに二度寝は気持ちが良いのだが、もしかしたら、世間で言われる「惰眠」かも知れない。惰眠の気持ち良さはアルコールの気持ち良さと共通したものがあるのかも知れない。それは「錯覚」の快適さであり、ホンマものの快適さ、気分の良さは、アルコールや二度寝の向こう、もっと上位にあるのだと思う。

 ここ最近アルコールを絶っている。外でそういう機会があれば別だが、自宅でのアルコール、つまり晩酌はストップしているのだ。なぜか。先ず第一に、飲んだ後体が疲れるからだ。とてもじゃないが、飲んだ後体がすっきりして元気モリモリ・・というわけには行かない。気だるい疲れが体中を包み込む。そしてほぼそのまま眠ってしまう。特に寒くなってコタツなどに入っていればそれはテキメンである。

 お酒をいただいて、それでよりパワーアップ出来て元気になるのならそれで充分なのだろうが、それは先ずない。睡眠時間も通常の仮眠と比べれば格段に長くなる。そして起床後も何かスッキリとはしないものだ。ほんまものの睡眠、就寝までずっとその調子が続き、何か時間が勿体無いような気がするのである。これではいけない、そりゃあ毎日イキイキと楽しく過させてもらっている私ではあるが、それに甘えてその上の状態を目指すことを忘れては本末転倒である。上には上があるものだ、もっと頂上を目指さなければ・・と私の「守護霊」は私を押してくるのである。

 そういうことで、私は晩酌を止めてみた。すると晩ご飯の後の時間が自由になった。何か用事が出来て車に乗らなければならなくなった時でも大丈夫だ。就寝までの長い時間も色々と使える。特に最近はあまりテレビも以前ほどは見なくなったから、その時間の使用方法も多様に使えるというものである。これで私の一日はさらに充実したものとなる。

 ところが、アルコールの良さは「寂しさ」を埋めてくれる所である。人はどこか何かしら心の中に寂しさを感じて生きているものである。それが凡人の辛い所である。それを埋めて慰めてくれるのがアルコールの良いところである。しかしこの寂しさが曲者である。この曲者に我々は支配されるとまずいのだ。この寂しさは人間の錯覚の感覚である。本当の所はそんなものは無いのである。

 酒を飲まなければ心は満足しない、心の寂しさは埋められない・・というのは私達の心の錯覚である。確かにお酒を飲めば心はウキウキし楽しくなるような気がする。ただそれは単に気がするだけである。本当の心の喜びや充実感はそういう外の力、外力、他者によってもたらされるものではない。本当の喜びは自分自身の中にあるのである。心の深い部分で私達は自分自身でそれを作り出せるのである。

 なぜなら私達は誰もが皆「神の子」であるからだ。もっと究極に突き詰めれば、私達は神そのもの、私達一人と一人が神そのものなのである。その神自身が酒という物質に頼らなければ心の充足感を味わえないというのは、ある意味神に対しての「不遜」な態度である。本当の信仰心とは神そのものを心から信頼することである。その神とは本来自分自身なのである。だから自分を徹底的に信じれば私達は自然とそれが本当の信仰心につながっていくのである。

 生長の家の谷口雅春さんは「何も酒のようなものに頼って自分を良い気持ちにさせなくても人間は本来もっと上の心境を勝ち得ることが出来るのだ。お酒で良い気持ちになったように思えるかも知れないが、私達はもっと上の心境、気分を持つことが出来る。」と言っている。私はそれが一体どんなものなのか知りたいと思う。私はそういう意味ではとても「欲深」なのである。

 それを酒など飲んで台無しにしたくないではないか。お酒を飲んで良い気分になるよりももっと良い気分があるのならそれを選びたい。私はただそれを選択したのに過ぎない。もっと良い気分、もっと良い心境、それを取っただけである。酒をやめて、自分を鍛えて厳しくしようなどとは思ってはいない。ただもっと良い気分を感じたいだけなのだ。

 二度寝についてもまったくそれは同じことだ。二度寝の心地良さは本当に良いものである。ただその時のみの一瞬に心奪われて一日を台無しにするよりは、更に上の気分、一日をずっと楽しく大らかに広い心で送りたいではないか。目先の心地良さ、瞬間の気持ちよさ・・これらは人間の本能的な部分に根ざしているのかも知れない。だから手ごわいのだが、それに負けて、自分本来の神性を犠牲にするようでは、本当に残念な人生に終わってしまうような気がする。神のような気分・・とはそんな大それたものではなく、幼子のような純真なものであるのかも知れない。それならば私達は本来の自分に帰れば良いのである。

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