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起床時刻推移グラフ

目標起床時刻:05:00 平均起床時刻:05:42

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11月30日(月)

起床時刻:06時00分

 就寝午後11時前頃、しかし中々寝付けず、とは言っても、以前と
比べてと言う事。以前の私は漫画ののび太のように布団の中に入れば
5分と経たないうちに寝ていたものだったが今はそうでもない。
新しい現場に入ってからだと思う。睡眠の形態が変わってしまった
のだ。新しい現場がきっかけとなったのは事実だが、根本的なものは
やはり考え方の変化だと思える。睡眠に対してのと言う事ではなく
人生全般の考え方。ホントに根本的に丸っきり変わったと言っても
過言ではない。今までは修行的な生き方。自己を強いて苦しめる事
によって神に近づこうとしていたのだ。神様を信じる信仰者には
このタイプが多い。修養団体にいる人にも多いと思う。
自力によって神に近づこうとする者、あるいは悟ろうとする者で
ある。以前の私はこうであった。
今はそんなに肩に力を入れず、なるようになれ的なありのままの~♪
的な生き方になったかも知れない。しかし神を求める姿勢は
変わらない。そういう考え方になって私は夜寝付けが悪くなった
かも知れない。しかし寝付けが悪くなった事がそんなに悪い事だとは
思っていない。布団の中に入ってしばらく色々と考えたり思索したり
昔の事を懐かしんだりする時間は中々良いものである。
今まではそういう事を考えようとしてもいつの間にか眠ってしまって
いたからだ。今日1日の反省を布団の中でするのも良いだろう。
起きて活動している間は中々そんな時間は出来ないものだ。
そんなこんなで今の私は寝付けない夜を楽しんでいるのかも
知れない。

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11月29日

起床時刻:06時36分

 就寝午後11時過ぎ、しかし中々寝付けなかった。それはもちろん
理由がある。勤務明けの昨日はやはり睡眠不足のせいか、夜仮眠を
取った。それもある程度たっぷり。それで夜の本番で中々寝付け
なかったのだ。しかし仕事の無い日は自由であるから、寝たくなれば
寝ようし、寝られなければ寝ないと言う生き方もある。前に中々
寝付けなかった夜があって朝まで悶々とした時間を過ごした事が
あって、それがすごいトラウマになって、だから朝の起床時刻を
一定にしようと心に誓ったはずであったが、それもまた直ぐに
破ってしまった。何と言う意思の弱さかと自分を嘆くも良いが
それはまた別の考えもあるぞと私の心の中で今囁く。
先に書いたような好きな時に起きたり寝たりすると言うやり方で
ある。時々有名な文化人や芸能人などで、そのような過ごし方を
実践する人たちがいるが、まさにそれ。
好きに生きようと、することだ。自分をあまりきつく縛らない。
睡眠形態でさえ自由にすれば人生全般も自由にできると思えば
その方が実は良いのかも知れない。
どっち道仕事のある日は嫌でも私の潜在意識は強制的に早い時刻に
起こさすであろうし、仕事の無い日であれば、もう一つの私は
気持ち良く寝たいだけ寝させてくれるのだから。
その時に自分が決めた決めごとに縛られていれば変な自己嫌悪に
陥ったりするが、自由で良いと自分を緩めれば、自己嫌悪にも
ならずに済む。ホントはやはり自由が良いのだ。
何事も引っかかってはならない。自分が心から出来るようになる事が
一番良いのだと思う。

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11月28日

起床時刻:05時36分

 就寝午前1時半頃、勤務先。まあまあの時間に寝られた。
が、その前に隙間を見つけてはチョコチョコ仮眠を取っていたので
本睡眠に入った時に意外に直ぐに寝付けなかった。まあしかし
それは仕方ない。その内知らないうちに眠りに入って行っていた。
午前4時半過ぎ頃に一度目覚めたが、5時の目覚ましセットまで
そのままうつらうつらしておこうと思っていたのが甘かったか
そのまま又ぐっすりと眠ってしまっていた。まあいいや。
ホントは5時に起きて一仕事しなければならないのが通常なのだが
仕方ないものは仕方ない。気を取り直してその一仕事に取り掛かる。
無理やり目覚ましで起こされての一仕事に比べれば随分気持ち良く
快適にその仕事を完遂できた。どっちが良いのか分からなく
なりそうだが、やはり自然に目覚めてからの仕事の方が
良いのだとしたら、初めに自然に目覚めた午前4時半の時に
思い切って起きあがって、そのまま仕事をすれば良かったのかも
知れない。

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11月27日(金)

起床時刻:05時36分

 就寝午後11時過ぎ、深夜の途中覚醒なし。一気に熟睡。
最初は確か午前4時過ぎ頃。しかし直ぐに又寝る。寝付けも良好。
実は最初の寝付け頃に一度直ぐに目覚めてしまった。で、これは
ヤバい、又あの悪夢の再来かも、、と一瞬思ってしまった。
先日訪れた眠れない夜だ。悶々とした夜。あれが又来たか、、と
思ったのだ。しかし来たものはどうしようもない、来るのに
任せようとも思い、良い意味で開き直っていたが、その内
すっかり眠りに入っていたようだ。良い睡眠をいただいたと
思っている。
 本日は勤務日。風がとても強い。台風に近いような音が外から
聞こえてくる。特に5時頃の音は強烈だった。
本日は金曜日。だから勤務明けの明日は土曜日である。
その点気が軽い。寒さはいよいよ本格的な冬に入った模様だが
たまには又暖かい日も来るだろう。三寒四温の日々が訪れたのだ。
昨日は一日何かはっきりしない一日だった。
テンションが又落ちたのか・・・という危惧。心配が体中に
広がったりした。またまたあの深刻な日々か訪れたのか?という
危惧。勤務明け翌日の公休日と同僚は呼んでいるが、
そう言う日は大概私は人とほとんど話さない。話すのは妻のみ。
一人住まいの身であったら多分私は一日誰とも話さないだろう。
そんな状態の時は今日の自分の調子が測りかねる。
だから全く昨日の私もそれ。自分のテンションが分からないのだ。
それでショッピングセンターに出かけた時も分からなかった。
帰宅後も同様。しかし夕方を過ぎ夜を迎えるうちに段々気分も
楽しくなったようにも感じた。妻に冗談も出て、気持ちは
楽しくなった感じ。やはり昨日も大丈夫だったのか・・。と
私は1人納得しつつ、夜を過ごした。
そういう一日でも良いのである。

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11月26日(木)

起床時刻:05時38分

 就寝午後11時過ぎ頃、途中覚醒なし。一気に寝る。熟睡感も
あり。先日のような悪夢のような夜はもう訪れる事は無かった。
夢は見た、と言うか覚えている。それはまあ仕方ない。なぜなら
私の方向性や使命的な物を暗示しているかのような内容だったから。
仕事と夢。どちらをも含みつつ安心感を私自身に与えてくれるような
そんな夢であったかも知れない。とにかく夢に比重を置くような
そんな感じでもなく、睡眠そのものを楽しんでそしてしっかりと
心と体を休めたような、良い睡眠だったと思う。
起床時刻を常に一定するという試みは初日にしてクリアできた。
一応午前6時に目覚ましをセットしていたが、それに頼らず
自然にその前に目覚めた。睡眠時間も6時間半程度確保できた。
人はこれくらい寝れば自然に目覚ましに頼らなくても
目覚める事が出来るのだ。起床時刻を一定にするという事を
自分の心に刻み込めば潜在意識は自然に自分を起こしてくれるようだ。
本日は休養日。遠出はせず、この冬の暖房器具やついでにパソコン購入の
為に妻とともに色々と見て歩いても良い。

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11月25日(水)

起床時刻:04時47分

 就寝午前1時半、本日も又準夜勤の看護師が比較的早い時刻に
退勤してくれたお陰で早く寝られた。とは言え、数分遅くなった。
テレビの番組で明石家さんまの番組が面白いのでつい最後まで
見てしまったからだ。さんまは(私と同い年だから敬称は省く)
常々自分のギャラについて「安くても良いから率直に言ってくれれば
面白い番組作りの方を優先したい」と言っていた。彼の優れた点
だと思っていた。こういう考え方だからずっと第一線を走り続けて
いるのだろうと思う。60歳というのにまだまだ若手に混じり
頑張っている点は私は学びたいといつも思っている。
その彼が特に力を入れているらしき番組が深夜帯のこの番組だった。
とにかく中堅どころの芸人をズラリと揃え、まさにお笑いの戦場の
ような様子で繰り広げられる内容は面白いだけではなく私にとって
人生の勉強にもつながるような気がしてチャンスがあれば見ている
のだ。
その番組が面白いのでついつい見てしまいちょっと遅くなっての
就寝。それでも結局布団に入ってもちょっと寝付けなかったが
昨夜と比べたら幾分スムーズに寝られた。

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11月24日(火)

起床時刻:05時26分

 就寝午後11時過ぎ、途中覚醒多々。というか、何と言う不思議な
睡眠だっただろう。こんな眠りは久しぶりかあるいは初めてかも
知れない。眠ったか起きてたかはっきりしない状態。よく睡眠の本に
書いてあるようなあの不眠症の人が訴えているような症状だ。
私は寝られないと訴える人に対していや実はその人は寝ているのだが
寝たという自覚が足りないのだと説明しているあれである。
もちろん夢は覚えている。内容もあまり楽しいものではない。
いつものSF的でもないし、最近よく見るほのぼのとしたものでも無く
というか、最近は夢も覚えていないほど熟睡を得ていたのだが
それが全く違った感覚である。というよりも、以前に戻ったかの
ような感じ。以前というのはそう、テンションが上がったり
下がったりしていて、どちらかというと、下がった状態が普段の
状態であった頃。そんな嫌な時代、恐ろしい時代である。
思いだすだけでもゾッとする時代である。いやいやそれもまた
いつもの癖である悪い方に悪い方に考えるものかも知れぬ。
とにかく眠ったという実感がないまま朝を迎えてしまったという
感じだ。逆に言えば、よくまああんな眠らないまま6時間も
経過したかという感じ。ジッと横になったまま6時間も横になった
まま。そういう意味ではスゴイ。というか、夢を見ている間は
実際は寝ているのであるからそれが救いにもなっている。
しかし残りはほとんど目覚めた状態のようにも感じる。
こんなことってホントに久しぶりかあるいは初めに書いたように
初めてかも知れない。さて、悪い方悪い方に考えて来たが
実は一つ良い方に考えているものもある。それは、どちらかと言うと
頭で考えているものかも知れないが、それとももう既に癖に
なっているものかも知れないが、いつもの好転反応というやつだ。
悪く見えるが実際は良くなる為に一時悪い物がドッと出てくるという
ヤツである。何かの前触れ、心と体が劇的に何者かに変わる前兆
かも知れない。人間と言うヤツはそういう場合にとかく悪い方に
考えがちなものであるから。

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11月23日(月)

起床時刻:06時38分

 就寝午後10時過ぎ頃、途中覚醒ほぼ無し、良く寝た。
全く公休日は良く寝る。熟睡を通り越し長眠。起きてもあくびがある程
朝、救急車や消防車パトカーなどのけたたましい音に驚かされる。
何事かと思い外に出てみるとパトカーが侵入禁止のコーンを設置
色々と車両に警告等している。つまり火災が起こってその現場に
車が入らないように注意しているのだ。火事か・・と思って
周りを見る。隣りの奥さんも外に出ている。私が家事のようだと
伝えると奥さんもその気になったようで、今度は自転車を出してきて
それから現場の方に向かって行った。私も近くまでは徒歩で行ったが
ちょっと離れているなと諦め自宅に戻って朝刊の続き。
それから又消防車の音が過ぎる。一台追加である。これは大きな事故
かも知れんと思って私も自転車に乗り現場に向かったものだった。
現場には都市ガスの車も来ており、これはただの火災では無いなと
直感、私は度胸を出して現場まで行ってみる事にした。
多くの警察官消防官他の職員らしき人がごった返している。
さすがの私も少し緊張したが、構わず現場まで行こうと思った。
現場は込み入った住宅街。人が通るのがやっとという昔の日本の
風景。年寄りばかりが住んでいると思われる民家の密集した地域
近所の人の噂話から聞けばどうやら原因はガス爆発。
私としては初めての現場であった。それほどの被害は無いようで
しかし多くの現場に当たる職員の数は多かった。
年寄りが何かの拍子でガスを爆発させてしまったのかも知れない。
帰宅後妻が恐れてはならないと私は火災と思わせたままで
ガス爆発だとは言っていない。

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11月22日

起床時刻:04時47分

 就寝午前1時過ぎ、勤務日にしてはいつもよりは早い時刻に
就寝出来た。起床時刻も目覚ましの設定時刻よりも自然に早く
起きる事が出来た。で、仕事の方も先手必勝とばかりに手早く
片付けまたまた少し仮眠を取らせてもらった。とにかく勤務日は
隙間があればできるだけ睡眠を取ろうと努力している。
ホントは心のどこかにそんなに釈迦力になってやらなくても
自然にやれば良いじゃんという思いもある。
どこか大人になった感覚で日々の行動を規制している自分が
いるがそれよりも若い感覚で処理した方が良いかも知れないと
思う自分もあったりする。どちらが良いかは今の時点では
分からないが、今やっている事が今の自分には一番良いのだと
思えば幸いだ。

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11月21日

起床時刻:05時57分

 就寝午後11時過ぎ、睡眠時間は6時間半弱くらい。
午後11時に布団の中に入ったのは確かだがそのあとしばらく妻と
話し込んだりした。それがある程度の時間。はっきりと測った訳では
ないが長い時間だと思う。私たちは時々そういう事がある。
特に勤務の前夜はそういう気持ちになるのかも知れない。
明日仕事なのだという緊張感がそう言う気持ちにさせるのかも
知れない。夢は覚えていない。見たという感覚も無いがホントは
必ず見ているのだ。だが覚えていないだけ。最近はまたまた私は
夢を見続けていたのだが、又覚えていない事になった。
どちらでも良いが、一番有難いのは、深刻な変な夢は見なくなった
ということだ。それが一番ありがたい。
以前は時々そんな暗い夢を見て、つい私は大きな声で怒鳴ったり
した事もあった。夢と現実が混ざり合うのである。
今はもうほとんどない。見る夢は楽しい懐かしいあるいは
SF的な内容がほとんどだ。だから見るのも楽しみだ。
逆に覚えていない日は、あー、霊魂は完全に霊界に遊んでいて
肉体の方はすっかり魂も抜けて熟睡しており、霊界からの
大きなエネルギーを充分補充してくれているのだと思うからだ。
いずれにしても、今の私は変な暗い深刻な夢は見なくなった。
これもやはり日々の祈りのお陰だと思っている。
祈りは神様との交流であり、自分自身との会話である。
神との一体感を深めて行けば、自ずと魂は完全な姿で霊界に
行けるし、充実した現実世界での生活も得られるものと
信じている。

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11月20日(金)

起床時刻:06時36分

 就寝午後11時ちょっと過ぎ、途中覚醒はなし。夢は見た記憶は
あるが今となっては覚えていない。ただ何となくこんな夢であった
なとは分かる。ほのぼのとした夢だったと思う。昔の日本の日常
風景。そんな感じかも知れないし、忘れてしまった今となっては
ホントは違うのかも知れない。ただホッカリした雰囲気の内容
だったのは間違いない。そんな団体を今から作って行こうと今一瞬
思ってしまった。ホッカリした田舎の景色のような団体。
だからと言って反面新しいもの先端的なものにも充分興味関心が
あるもの。これもまた必要だ。生きる原動力となるからだ。
だが原則としては基本としてはホッカリが良い。
私の今の年齢から言えばこれが良いと思える。
もしそうでなければもっと若い頃に創り上げたかも知れないし
今だからこそ神様が私にそう信じ召してくださるのだ。
ホッカリした田舎者集団がたまに都会にやって来て
高いビル群を見て感動する。やっぱ都会は違うなあという感じで。
俺たちも田舎でのんびりしているだけでは駄目だ、
たまにはこうやって都会に出て都会の風に当たって刺激を受け
にゃあ、等と感嘆するのである。こういう気持ちは大切だと思う。
これは又人間関係にも当てはまる。
仲良しの気持ちの合った自分と同じ考えやレベルの仲間たちと
だけで生きているのは実に楽しいかも知れないが
たまには全く違った考えの新しい刺激を与えてくれる人とも
接触して生きる力を自ら出して行くのも必要だと思う。
古きを訪ねて新しきを知る・・・やっぱ昔の人は良い事を言うものだ。

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11月19日(木)

起床時刻:05時00分

 就寝午前1時半頃、病院勤務先。いつものように就寝前までの
夜間隙を見ては仮眠を取りつつ就寝を迎えた。お陰である程度の
睡眠をいただいた。一度午前4時に目覚めたがさすがに又寝る。
そして目覚ましで5時に一旦起きて仕事をこなし、再びいつもの
ように寝る。午前6時からは本格的に始動。今に至る。
昨夜はホントに久しぶりにファンタスティックな夢を見た。
以前随分昔になるが、同様な夢を見ていた。
例えば土星らしき星に近づき、その周りを自分が回っているのだ。
多分宇宙船のような乗り物に乗ってのことだ。
その時の土星らしきその星の美しさは見事だった。
天然カラーで圧倒的だった。
昨日の夜の夢は月のようだった。今度は宇宙船に乗るのではなく
地上から見た月である。屋内の窓から見える月である。
その月の何と大きな事。夢だからこそ実現できる月。
ホントに大きく、多分あの大きさであれば、地球のすぐそばに
月があるという感じだ。その美しさに感動していた。
当たり前のことだが、夢の中では月の大きさがそんなに大きくても
何の疑問を持たない。全くその世界では当たり前当然なことなのだ。
きっとそういう世界がこの広い宇宙のどこかにあるのだろう。
私は夢の中でそこに行ったのだ。
夢を覚えていたら充分なエネルギーを睡眠から貰えないと
私はいつかここで書いたが、こういう霊的宇宙的なものは
又別な解釈があるのかも知れない。

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11月18日(水)

起床時刻:06時00分

 就寝午後11時頃、途中覚醒は無いが、夢は覚えている。
しかもかなりはっきりとその内容までしっかりと覚えている。
と言う事は、魂は充分に霊界に遊んでいないのか、しっかりと
霊界散歩していないのか、充分なエネルギーをいただいていないのか
等とつい考えてしまう。そう言えば、何か目覚めた後も熟睡感に
よる気分の充実さが足りないような感じもする。
つまり分かり易く言えばテンションが高くないのかという疑問だ。
ここ最近の好調さがもしかしたら消えてしまったのかと言う不安が
又よぎる。これは今でもやはり時々起る。睡眠が充分に足りていない
のかという部分だけの問題なのか、はたまたやはり精神の高揚さが
消えたのか、という問題。しかしやはり心の中ではどこかで
お前は大丈夫だという声も聞こえる。真面目に日々の祈りは
努めているのだという自負。それがやはり安心を支えているのだ。
だが夢は覚えているという事実もある。が、あまり自分の知識に
縛られても駄目かも知れない。人はどこかで自分を否定しがちだ。
自分は本来は神の子だという信念。元々の自分は神から来ている。
何の修行などしなくてもそのままありのままが神なのだという
信念。テンションが低い方がおかしいのだ、異常なのだという
感覚。それを持つ事を維持したい。

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11月17日(火)

起床時刻:06時34分

 就寝午後11時過ぎ、当然プレミア12を見て眠る。
連日の熱戦で私も過熱気味。正直日本が勝って嬉しいものだ。
きれいに、そして堂々と、日本は勝ち続けている。その姿勢に
神様はチームに力を与えてくれて運も運んでくれているのだろう。
少し休みをもらっていよいよ明後日は韓国戦。準決勝である。
投手は大谷と聞く。予選の韓国戦で見せたあの剛速球を又
我々の前で見せてくれれば嬉しいものだ。
ずっと勝ち続け、ずっと同じテンションを維持するのは
大変な事だろうと思うが、その調子でこれからも
ぜひ頑張っていただきたいものだ。
本日は完全休養日だ。朝もゆっくりと目覚めた。
大体7時間くらいは寝させてもらっている。
今の私はホントにこれくらいが一番良いのかも知れない。
仕事の日はどうしても3時間とか4時間の睡眠になる。
だから残りの休養日でしっかりと足らないと思われる睡眠を
補いたいと思うが、ホントはどこか意外に自分の潜在力は
こんなものではなく、もっと短い時間でも大丈夫だという
感覚はある。悪い虫がまたまた出てきたかなとも思える。笑
しかし昨日の夜も寝る前の少しの時間に感じたのだが
ホントに幸福な感情、満ち足りた感覚、幸せな気分
そのようなものに包まれた。
自分は今幸せであるという感じ。有難いなという気持ち。
感謝の気持ち。そのようなものに包まれた自分は幸福かも知れない。
何がと問われればその理由は分からない。
何が幸福なの、何が幸せなのと言われれば
それは自分でもよく分からない。
何となくそのような感情に包まれたのは確かだったのだ。
日々の祈りの功徳かも知れない。
神との一体感を深めれば誰でもたどり着く感情かも知れない。

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11月16日(月)

起床時刻:05時00分

 就寝午前2時頃、勤務先。自然に5時前に目覚め、そのまま仕事
それを終えて再び仮眠を取る。午前6時に本格的に起床。
前夜二回程度仮眠を取ったのでそれらを合わせればまあまあの
睡眠時間を確保できたかも知れない。
朝、予期せぬ出来事が勃発、多少ハラハラドキドキした。
迷ったが意を決して先輩同僚に電話する。電話をした途端
その解決の一端が現場で確認。もし電話しなければそのまま
先輩に負担はかけずに済んだはずだ。しかし逆に言えば、勇気を
出して電話したからこそ、その解決の一端が生れたかも知れない。
あと数秒の差である。電話しなければ私の威厳は保たれた?
カッコ悪い事もなかった。頼りないヤツだとも思われずに済んだ
かも知れない。いずれにしても後の祭り、覆水盆に返らず、
悪い方に考えればそういう感じになる。
良く考えれば、何でも率直に相談してくれる信頼できる
裏表ない奴と私が思われただろうし、秘密をごそごそ隠したりする
奴ではないと思われたかも知れない。
ありのままをそのまま表に出せる奴だと思われたかも知れないが
どちらにしても、人が自分をどのように見ているかを
気にした表現である。そんなものは考えなくても良いのかも
知れない。自分を無にし、ただあるがままの状況、仕事を
客観的に判断し愛する事が大切なのだろう。

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11月15日

起床時刻:06時00分

 就寝午後11時頃、途中覚醒なし。一度猫の鳴き声で目覚めたような
今となってはそんな記憶があるが、それ以外には目覚めてはいない。
一気に爆睡させてもらった。熟睡7時間、ホントに最近はよく寝る。
起きた後も例によって夢も覚えていない…と言いたいところだったが
今日は何となく夢は見たなというくらいの記憶がある。内容は
定かではない。何となくこんな感じかなという程度のもの。
しかしそれは定かではない。夢を見たという事は何となくあるが、
内容となると、ホントに実質は無い。こんな感じかなと言う感じ。
本日は勤務日。しかも日曜日だから暇な日である。
以前は逆に暇な日は半分くらい退屈だから嫌な部分もあったものだが
今はそうでもない。暇な日はたまにあっても良い・・と思う。
自由に1人で過ごせるという感覚。テレビを見たり、本を読んだり
自由に過ごせる。逆に仕事の無い日はこのような部屋に閉じ籠って
自由に過ごすなどと言う事はないからだ。貴重なそのような時間が
過ごせるという点で、暇な日曜日は楽しいものである。

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11月14日

起床時刻:06時36分

 就寝午後11時過ぎ、床に就いてもしばらく妻と色々話したりして
遅くなってしまった。休日の前日の夜と言うものはこういう気持ちに
なるものである。気分は穏やかで安らぐものである。平和な安心した
気持ちというものは、こういうものだろう。本日は完全休養日である。
昨日懐かしい友人から電話があり、本日九州からサザンのモノ真似で
有名な素人のバンドがやって来るという。テレビなどでも時々出てくる
バンドだが、無料でそのショーが楽しめるというものだ。
実は我が家は都市ガスなのだが、先日その関係でガス展のお誘いの
ハガキが我が家に届いていたのだが、そのガス展にこのバンドが
ゲストとして出演するというのだ。「我が町で音楽を語るのなら
このバンドを見ないと駄目でしょう」等と訳のわからない事を
のたまうオジサンであったが、その時はそんなに興味も湧かなかった
私ではあったが、徐々に関心も湧いてきたようだ。
妻も娘と買い物に出かけるというから、私も久しぶりに1人で
行動し、友人のオジサンと久しぶりに楽しむのも良いかも知れない。

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11月13日(金)

起床時刻:05時00分

 就寝午前1時半頃、病院勤務先。昨日は仕事場で野球観戦。
全部見てしまった。お陰でいつもならチョコチョコ寝ていたのが
一切寝ていない。一体勤務の日は何時間、どのくらい寝ているの
だろうと思うが、以前ならチョコチョコ計算していたのだろうが
今はそれも面倒くさいというか、していない。
翌日眠りが足りなければ眠い時はその場で眠れば良いし
とにかく私の睡眠体系では、三日に一度そのような短い睡眠
拘束された睡眠の日なのだが、後の二日は自由自在だ。
だから仕事の日以外にうまい具合に調節してやれば良い。
と言うか、仕事の日においても、上手に調節しながら一日
活動して行けば良いのだ。今の仕事はその意味ではとても
やり易い。ほぼ自営業的な感覚で仕事ができるのがありがたい。
逆に自営業でも何でもかんでも自由にできるという訳ではない。
それは長い間自由業で生きて来た私であるから分かるのだ。
今の仕事は長い歴史の中で究極の私にとっては場となっている
ような気がする。
自分の感覚、考えで仕事を進めて行ける。自分が判断し
だからと言って有る程度のルールはもちろんある。
その中で、制約された中で自分の考え感覚スタイルを貫くのだ。
そう考えれば、若者だろうが年寄りだろうが年齢や職種に
関係なく、意外に人は自分の裁量や感覚で仕事は出来るのでは
ないだろうか。
そうなったら仕事は苦痛では無く、嫌なものではなく
お金の為に仕方なく務めるものでもなく
楽しく面白いものに変わっていくだろう。

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11月12日(木)

起床時刻:05時26分

 就寝午後11時少し過ぎ、テレビの野球中継が遅くまであり
最後までたっぷり見てしまったので本日勤務日とは知りながら
遅くまで起きてしまった。以前の私であったら、こういう場合
寝る前の祈りは忘れることがあるのだが、面倒くさいと思い、
しかし最近は不思議に律義にやり続けている。
しかも祈りはわざわざ階下に降りてやらなければならないのにだ。
それでも不思議にやってしまう。これは脅迫的にやっていると
いうものでもなさそうである。やれば気持ちが良いからやるという
感じ。その証拠に、布団の中に入ってからのつぶやき的な祈りの
方は時々忘れてしまう。こちらの方が圧倒的に楽なはずなのに。
布団の中では温かくて楽だ。ちょっとつぶやけば良いのに。
それなのについつい忘れてしまう。楽であるから、逆に忘れるの
かも知れない。それでもそういう時は目覚めた時に頑張って
(と言うか、これは頑張ってという言葉は当てはまらないような
気もするが・・)布団の中でつぶやく。いずれにしても最低
一日に一度は布団の中のつぶやきも実践している事になる。
その代わり、ちゃんとして座って合掌しながらの正式な祈りは
ここ最近は欠かしていない。我ながら大したものだと思っている。

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11月11日(水)

起床時刻:06時30分

 就寝午後11時、途中覚醒は有ったかも知れないがほぼ記憶なし。
夢も目覚めた時は覚えていたが今となっては何だったか分からない。
しかもワンポイント的な集中的に覚えており見た途端に目覚めたと
言う感じ。だから長い睡眠中に見たものとは思えない。
長い熟睡中に見た夢は完全に忘却の彼方なのだろう。これがホントの
休息のような気がする。たっぷりと霊界からエネルギーを補充し
体の痛みのある部分の修復に必要な治癒力もそこからいただいて
いるという感じだ。
本日は一日完全休養日。妻の所用に付きあって、車でおよそ1時間の
街まで出かける。気分はすっかりお休みモードだ。

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11月10日(火)

起床時刻:05時00分

 就寝午前2時過ぎ、ナースがいつもより遅く退勤したのでこの時刻
となってしまった。大体遅くまで居残るナースはメンツが決まって
いるようだ。勤務終わりは気分が解放されているから何となくは理解
もできるが、自分たちは帰宅後寝ようが寝まいが翌日はゆっくり
出来るかも知れないが、少しは私たちの事も分かってくれれば
非常に有難いと思ってしまうのは私がまだ凡人の証拠かも。
まあ、時間にすれば通常と30分くらいしか差は無いのだが
この短い時間が馬鹿に出来ないのだ。客観的に考えれば30分の差
など、どうでも良いじゃないかと笑われそうだが、当人にとっては
意外に馬鹿にならない。これだけはやってみなければ分からないと
言うヤツだ。

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11月09日(月)

起床時刻:05時36分

 就寝午後11時、野球の国際大会を最後まで見たお陰だ。
普段なら野球中継などほぼ見ない。これは私だけではないだろう、
日本人は野球を見なくなっている。実際中継が今テレビから
消えた。人気が衰えたのだろう。他のスポーツも増えた。
巨人の人気も陰りが見える。時代の流れと言うものだろう。
この世の出来事は全て幻なのだから現れては消える諸行無常の
世界なのだ。これは昔からお釈迦様でも言っている通り。
しかしこと国際大会となったら違う。我然私は見る。
私だけでは無い、日本国民も多く見るようになる。
だからテレビも中継するし、昨日のように本番であり
宿敵と言われる韓国戦なら当然である。
終了まで放送を続けるほどである。
当然私もずっと見守った。そしてどの回も見ごたえがあったし
楽しく拝見できた訳だ。
今や昔のように巨人だけの人気で支えられてはいないようだ。
ドラフト制の普及もあるだろうし、先に書いたように何事も
永遠というものは無い。
昔長島さんが引退の時に言った「巨人軍は永遠です」との言葉は
真実ではない。この世にあるもので永遠なものなど
何一つない。全て形を変えて生き続けるという事はある。
今はまさに個人の時代、組織が永遠に続くという事は無い。
個人である。個人個人にはホントに魅力的な選手は多い。
しかも以前のように見る方の依存性を集めた選手と言うより
共感があったり時代の雰囲気を感じさせてくれる選手に
人気と実力が集まっているようだ。

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11月08日

起床時刻:06時12分

 就寝午前0時過ぎ、休日日にも関わらず遅くまで起きてしまった。
睡眠時間6時間で終わってしまったが、もしかしたら今の私には
これが充分な時間なのかも知れない。無理して短くするのはもう
避けたいと思っていたが、逆に無理して長い時間眠るのも
不自然な話だと思う。目覚めた後も直ぐには布団から出ず、しばらく
グズグズしていた。これが休みの日には一番幸せな気持ちになる。
今日一日自由なのだという開放感、とても幸福な気持ちに浸れる。
三日に一度のこの幸福感は大変ありがたいものだと実感している。
朝刊に挟まれてあったチラシの中に地元旅行業者のものがあった。
バスツアーのお知らせで、色々な行き先が提案されてあった
三日に一度の幸福な朝を迎えられる日こそ、この日帰りの
バスツアーに参加できる。私はしばらくの間そのチラシを
眺めこれまた幸せな気持ちに浸らせてもらったのである。

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11月07日

起床時刻:05時00分

 就寝午前1時半頃、病院勤務先。比較的早い時刻で寝られた。
勤務の日はとにかく隙間があって、寝られるタイミングがあれば
即寝るようにしている。そのお陰で、こんなに短い仮眠でも
どうにかやって行けるのだと思っている。悟りが深まれば深まるほど
睡眠の時間はあるいは短くなるかも知れないし時間の長短などでは
無く、睡眠と言うものに対してのこだわりが少なくなって行くのかも
知れない。自由な感覚で睡眠をとらえれば良い。
要は、目覚めた時に有る程度のすっきり感と熟睡感、そしてその後の
活動が元気に出来れば良いのだから。
有る程度の時間の仮眠時に祈りを忘れる場合があるが、それは
概ね勤務時においてだが、やはりそのくらいは徹底したいと思う。
そんなに難しい事でもなく、大変な事でもなく、
ましてや苦行的な事でも無いのだから。

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11月06日(金)

起床時刻:05時33分

 就寝午後10時過ぎ、しかし中々寝付けなかった。
一日一度も仮眠などしないにも関わらずだ。一日活動して精神が
昂揚してそれで寝付けなかったのかも知れない。
電車でプチ旅に出たからだ。そこで私は歩きに歩いた。
およそ合計18000歩、私は久しぶりに歩いた。
さすがに寝る前まで片足の膝が痛んだ。
しかし今はもう痛くは無い。寝ている間にすっかりその痛みは
取れている。睡眠の凄さよ。睡眠は体の痛みを取る薬を
含んでいるのだ。そしてこういう繰り返しによって体は強く
丈夫になって行く。それをどこか間違えて痛いからと
直ぐに医者などに駆け込むから話はややこしくなるのだ。
せっかく強くなるのに又一つの病気を追加してしまうのだ。
体の事は体に任せていればよろしい。
それを他人や他のものに任せてしまうから
折角の丈夫になるチャンスを自らつぶしてしまうのである。

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11月05日(木)

起床時刻:04時57分

 就寝午後10時前頃、早い時刻に寝る。ホントはこの時刻に
大体自宅にいる時は見る番組があったのだ。ダウンタウンの番組
なのだが、新聞のテレビ欄の説明をチラッと見ても何となく
想像がつくような内容。見ても見なくても同じかも知れないと
何となく思えば、寝た方が良いかなと直感したのだ。
寝れば霊界に遊べる。と書けば何やら私はオドロオドロシイ人かなと
思われそうだが、さにあらず、私は至って普通の人間であると
自負する。人生にはこの世とあの世があるのは事実だしそれこそが
普通なのだから。テレビは全くこの世の悪い面ばかりを集めて
創ってある。そうでないと耳目を集めないからだ。
多くの人に見てもらわないとスポンサーさんにお金を出して
貰えないのがテレビなのだからそれは当然だろう。
しかしこの世の良い面を集めて番組を創っても良いのではと
時には思ってしまう。そう、お金抜き、少数派が喜ぶような
そんな番組である。そんなのがあればテレビはもっと楽しくなる。
多分不景気だと言われているテレビ業界も盛り上がるのでは
と思う。つまり現状が一変して、全く逆の様相を呈するのだ。
この世の良い面ばかりを集めて番組を作る。
見ていても実に楽しいではないか。
人間が何で生きるのかと言うと、それは魂を成長させるためだ。
それならば、良いものを見て魂を成長させるのが一番理に
適っている。魂が喜ぶような番組を創るのだ。
と言っても、NHKが創るような偽善的な「善」ではない。
NHKが創るものが全て偽善的だとは言わない。
しかしそんな薄っぺらい善ではない。
本当に心が感動し魂がゆすぶられるような、そんな良い番組である。
そんな番組ばかりであればテレビは又創成期のような
盛り上がりを見せてくれるようになるだろう。

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11月04日(水)

起床時刻:05時00分

 就寝午前1時半過ぎ、目覚ましの音で起床、決められた朝の一仕事
をこなす。その後再び床につく。最近の特徴としての夢を
見なくなった事。ホントに不思議である。全く見ない。と言うか、
覚えていないのだが、以前はよく覚えていた。
反対に妻は今の私と同じで全く覚えず、その頃は私は羨ましい気持ち
半分自慢な気持ち半分だった。しかし妻は全くと言って良いほど
修行らしきものはせず、好きなように生きて楽に暮らしている
印象が強かったのだが、常にその精神は穏やかで平和である。
これが一番尊敬していたし羨ましいと思っていたのだ。
逆に私は常に修行修業の毎日。それでも望むべき心を
得られない事も多かった。食べたい物を我慢し眠りたいのを
我慢する。そんなストイックな日々であっても、
求む精神状態は中々得るのに難しいものだった。
反対の妻は夢を見ていない状態、覚えていないのだ。
私は面白い夢を見たり時には辛い夢もあったが
それはそれなりに面白い事なのかも知れないが、
多分夢を覚えている人は睡眠による霊界からのエネルギー補充が
少ないのではないかと思う。
霊魂のほぼ全部が霊界に行っていない状態だから
霊界のエネルギーを存分にいただけないのだ。
中途半端な霊魂なのである。
それは神様とあるいは守護霊と直結しないからだ。
任せるという感覚が乏しいのである。
自分が自分がという我力が強いのである。
神様の力、守護霊の力、潜在意識の力と言っても良いが、
そういう他力を使わないからそうなる。
任せるなら大いに任せれば良いのだ。
眠れば魂は霊界に全部預けるという感覚。
そこでたっぷりと霊エネルギーを注入してもらい
目覚めた時、現実界に生きる力にしてもらえば良いのだ。

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11月03日(火)

起床時刻:06時00分

 就寝午後11時過ぎ、途中覚醒あり。猫の鳴き声で目覚め
窓を開けてやる。そのあとすぐに又寝る。熟睡。
起床は目覚ましの音で。睡眠時間は7時間弱。
本日は勤務日。本日が祝日だと気付いたのは昨日の夜。
もう寝る前の頃だった。ま、どうせ仕事なのだから
大勢に変化は無い。しかし現場は休日なので暇だと思う。
暇だと時間が長くも感じるが、火曜日は比較的忙しい日なので
祝日だというのはありがたい。ホッとできる。
昨日から現場では新人の研修が始まっていると思う。
私も新人だったのだが、一ヶ月くらいで早や先輩となってしまった。
何やら複雑な気持ちもするが、まあ良いや。
寝る前の布団の中での祈りは中々徹底できていない。
どうも寝る前と言うのは気持ちが良くてリラックスして
しなければならない的な事はスル―してしまうようだ。
やっぱり布団の中に入ってほぼ直ぐにやってしまうに限る。
そうすれば忘れない。やらないよりは不完全かも知れないが
やった方が良いのだと思う。

 先月の三日よりテンションがアップして以来
随分長い事上がったままである。
祈りの徹底と聖典読誦が効果的なのだと思う。
ここで言う祈りとは布団の中でのものではなく
朝と晩、ちゃんとして座った状態での祈りである。

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11月02日(月)

起床時刻:07時23分

 就寝午後11時半過ぎ。遅くまでテレビを見たお陰で遅い時間に
眠ってしまった。急に冷え込むようになり、昨日は急遽コタツを出す。
そのままであったら風邪などひいたかも知れなかったからだ。
お陰で体は温まり心まで温まった気がした。睡眠時間は8時間近く
取れた。仕事の無い日はホントによく眠られるしバランスが取れる。
ありがたいことだ。
以前は私のような中高年は歳を取れば睡眠時間も自然と短くなるし
とても若い頃のような時間は眠れないものとばかり思っていた。
どの本もそう書いていたようだし、私はすっかり人類の普通の常識
に染まっていたようだ。しかし実際は私はすっかり良く眠れるように
なった。以前の私は睡眠を目的としてとらえていたようだ。
睡眠とは本来目的ではなく手段なのだ。だから自由自在に扱う
べきた。それを目的化するものだから睡眠そのものにとらわれる。
つまり睡眠に支配されるのだ。あくまでも主は私であり
睡眠は従なのだ。そこを忘れてはならない。

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11月01日

起床時刻:05時00分

 就寝午前2時頃、目覚ましの音で起きる。しかし直ぐには起きず
しばらくつぶやく。いつもの祈りである。今日も一日明るく
朗らかに快活に生きます、過ごしますと祈るのだ。それから自分の使命
天命を祈る。自分の個性と天分に合った、世の中の役に立つような
多くの人を救えるような、そのような仕事が私に示されますと祈る。
今のところはそのくらい。お金の面は今は祈らない。
実際に自分の天命が示され実行に移され、その時にお金が必要ならば
その時に祈る。不必要な事は祈らない。祈っても自分の潜在意識が否定する事が分かっているからだ。お金は使い道があってナンボだからだ。
本日は郷土の秋祭。街の中を各団体のパレードなどが進む。
前夜祭は昨日であり仕事で出られなかったが、今日の本祭は自由だ。
何となくウキウキする。子供時代に帰ったようだ。

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