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起床時刻推移グラフ

目標起床時刻:06:00 平均起床時刻:05:54

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05月31日(火)

起床時刻:05時12分

 就寝午後11時過ぎ、寝る前に布団の中で本を読む。大体最近の自宅での睡眠前の儀式的なものとしては本を読むことを習慣にしている。本はほぼ宗教書であるが、そんなに堅苦しいものではない。そんなものであれば寝られないし、寝る前は心穏やかにしたいから当然である。そして法則とか理論書でもなく、主に体験談が多い。その体験談を中心に著者の解釈がつくといったパタ-ンだ。

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 定年後に田舎に移住して長年の夢を叶えた生活をする人たちを紹介する番組などがあるが、良いなあと思う反面どこか疑問をいつも感じる自分がある。

 例えばその番組の中で、子供たちに近所の人たちが声をかけてくれて、それを見て「ああ、やっぱり田舎の人たちは素晴らしい、引っ越して来て良かった」と移住した奥さんは語っているのだが、きっと彼女が元住んでいた都会ではそんなことは経験がなかったのかも知れない。だから彼女は感動したのだろう。しかしそれではあまりにも受け身過ぎるのではないだろうか。

 町に住んでたってそんな経験はできるはずである。それができなかったのはずっと受け身で暮らして来たからであり、町の人たちや生活に固定観念があったからではなかったか。田舎は素晴らしい、田舎の人たちは心がきれいであるという本人の固定観念、イメージが現実の世界に実際に反映するのである。仏教ではこれを「唯心所現」という。

 しかし実際は町であろうが田舎であろうがホントは誰も皆心美しい人たちばかりなのである。確かに人間は環境の影響を受けるだろうが、そうならば、田舎の人たちが逆に町に引っ越して来たら彼らは心が汚れてしまうだろう。これでは人間に主体性はなく、私たちは全て環境の奴隷となってしまう。だから私などは根性が曲がっていると思われがちだが、この手の番組を見ると半分は疑問を感じたり良い気持ちになれないのである。町から逃げ出したという印象を持ってしまうのである。しかし田舎の景色がきれいなのには疑う余地はないが。

 では私たちは町の中できれいな心で暮らすことはできないのだろうかと思ってしまうが、そんなことは絶対ないと思う。あくまでもこの世界では人間が主役なのである。お釈迦様は山に逃げ込み自分だけの幸福を求める生き方を否定なさって、あえて町の中に住み、悟りを開く道を弟子たちに示した。私もやっぱりこのお釈迦様の教えの方が人間にとって一番の幸福の道だと思う。

 隣人を愛していれば、そのような生活を普段から実践していれば、あなたの子供さんは田舎にいなくても町の中でも充分に愛されます。周りからも声をかけられるでしょう。愛する者は愛されます。その愛する修行をなおざりにして田舎に移住し愛されることばかり考えていては、本当の幸福は味わえないと思うのです。

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05月30日(月)

起床時刻:06時08分

 就寝午後11時前、少し早めに寝た。こういう習慣がつけばもっと健康的な生活が送れるような気がする。要はやる気である。本日完全休養日、楽しい一日を送りたい。

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 テレビで映画「ソロモンの偽証」をやっていて前編後編それぞれを二週に分けて放送していた。内容は中学生のドラマであるが実際にあったものなのかそうでないのかは分からないが大変面白い内容で前後編全部見てしまった。

 中学校の中で起きた自殺を起点にして警察が自殺と決めて解決したのであるが、子供たちはそれに納得できず、自分たちで模擬裁判をしようと決めたものである。主役の女生徒が自殺した男生徒を死に追いやったと思われる不良生徒を告発する検事役になりドラマを語りとともに進行して行く。

 またその不良生徒を弁護する役は自殺した生徒の親友であり他校の生徒である男生徒が務めた。大人たちも証言台に立つなど中々興味深く引き付けられるものだった。

 結局自殺は真実であり警察の発表通りとなったが、その自殺した生徒に最後に対面していたのは弁護士役の男生徒であり自殺を止めようとしなかった彼自身が自らの罪を裁いてもらおうとこの裁判を企画したのだということがわかった訳であった。

 私が注目したのはこの弁護士役をした彼である。自殺した生徒の親友でもあり、もちろん彼は幾度も親友の自殺を諌めた。特にこの彼は両親がともに亡くなっており父親が母親を殺害するという悲惨な体験を持っていたのだ。それでもなお逞しく前向きに生きて行こうとする彼に対して自殺した生徒は相手をまばゆく感じたのだろうし、また反感も持ったのだ。自殺しようとするくらいだからそれくらい歪んでいるのである。

 親友はあんなに逆境にありながら逞しく強く生きようとしている。それに反して自分は不良からのイジメに絶望したまま死のうとしているというギャップ。そんな筈はない、人間はそんなに強くなんてないのだと思いたい生徒は親友に向かってあるゲームを提案し彼の真意を試した。しかしその過酷なゲームをもその親友はクリアし生徒はますます絶望が深くなった。もう死しかないと決め込んだのである。

 ここまで来た人間を留めようとするのは至難の技である。自殺を止められなかったその親友の彼を誰も批難など出来ないのである。しかしそれでもその彼は自分が悪い裁いてくれと裁判に立ち会った皆に訴えたのである。

 この強烈な自己批判力も見事ではあるが、私がそれ以上に彼に感心したのは自殺した生徒が彼に課したゲームをやって行く中で、それでもなお前向きに悠々しく生きて行こうと決めたその姿勢であった。そして更に私を唸らせたのは、自殺した生徒が目の前にいる親友のその前向きな姿勢に対して逆ギレして彼に投げつけた悪口雑言にたいしても反応して怒らなかったその態度である。

 自分の父親が母親を殺し、その父親のことをボロクソに批難され、お前も結局父親と同じような人生を歩くのだと決めつけられたのだ。しかし彼は何を言われようと怒らずじっとその自殺した生徒のヒステリックな言動に耐えていたのである。普通の精神であれば怒るし殴りたくもなるはずだ。だが彼はじっと耐えた。その姿に私は人間として共感できたのである。もしホントにこのような男生徒が存在したとしたらやっぱり人間って素晴らしいなと思うのである。

 この映画の見所は違うところにあったのかも知れない。人は千差万別であり色々な見方があって当然だろうが、この弁護士役を務めたイケメンのジャニーズ系の彼はその役どころが大変素敵に感じられた訳である。

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05月29日

起床時刻:05時30分

 就寝午前2時過ぎ、最後の看護師が遅い退勤となりこのような時刻になってしまった。仕方ない。その為目覚ましの時刻設定をいつもより30分遅くした。最低3時間の睡眠を確保したいと思っていたが、意外にも早い時刻に自然に目覚めたのでそのまま直ぐに仕事にかかった。早めに仕事をするという姿勢が自分自身に対しても感じ良いと思うからだ。一仕事終えてまた寝る。よく寝た。

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 前回ちょっと太目なイケメンがいても良いじゃないかと書いたが、世の中のダイエット作戦において今最も注目を集めているのは何と言っても糖質制限だろう。私も一時熱心に取り組んだ時期があり、徹底してやったのでダイエットどころがガリガリに痩せてしまって合うズボンも無くなり困った事もあった。

 そんな過激な体験をしたおかげで私には痩せたり太ったりする人間の体のメカニズムみたいなものが何となく分かったような気もしたものだった。デブデブ肥満と批難され一方ではガリガリだ、ガンではないのと心配された私の両極端な人生だったからこそ、その真ん中の丁度いい加減な感じが分かるような気がするのである。

 とはいっても世の中には多くの肥満の人たちがいる。悩む人も多いだろう。それならばやはり手っ取り早い方法は糖質をできるだけカットすることだろう。人間が太るのは昔から言われていたような脂ではなく糖質、主に炭水化物である。肉や油をある程度食べたって人間はそんなに太るものではないと思う。要はご飯やパン、麺類などを控えることが何より肝要である。

 同じ量同じカロリーを採るならば、肉や魚の場合なら人間は太らないと思う。炭水化物を多く食べるから太るのである。私など1日に食べる量は変わらないのに肉や魚中心の時はお腹もスッとしてウェストもくびれていたのに、ご飯パンではポッコリとお腹が前に出てくるのである。特に年齢が重なれば代謝も下がり、そんなに食べていないのにお腹はぽっちゃりとしてくるのである。

 だから痩せてスマートになってスッキリとしたいのなら糖質をある程度制限すれば良いのである。後はまあまあ満足する程度に食事を楽しめばよろしい。そんなに悲壮的に我慢してダイエットに励まなくても結構だと思う。ただしご飯やパン、美味しいパスタを楽しみたければポッコリお腹を撲滅する夢は捨てることである。話はいたって簡単シンプルである。

 私個人としてはある程度の炭水化物は楽しんで採り、食べるものにあんまり神経質にならないことが良いと思っている。そこそこのぽっちゃりお腹は愛嬌であり、感じが良いものである。同じ笑顔でもちょっとふくよかな感じの方が良いものだと思うのである。

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05月28日

起床時刻:05時37分

 就寝午後11時過ぎ、途中猫の鳴き声などで目覚めるが、トイレに行くこともなくそのまま直ぐに寝る。本日は勤務日、雨である。雨も嫌いではない。落ち着いた気持ちになれるし、一日中施設の中で過ごす仕事だから快晴が恨めしいと思わなくても済むからだ。

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 本日も朝から強い雨にも関わらず私は日課のウォーキングに出た。大体25分程度、歩数にしたら3000歩強、私は歩く。早足である。両腕を抱え上げ走るような格好で歩くのだ。そうすると何か運動しているのだと心が感じて楽しくなる。起きた時は中々その決心がつかない時がある。今日は仕事も休みだし雨だから今日はさぼっちゃおうかなとフト思う。だがやはり歩いている。

 その原因はやはり「祈り」だと思う。祈りの力は大したものだと我ながら感心したりする。祈っていれば心の奥底から自然と力が湧いてきて、よし、今日も頑張って歩こうと思うようになるのだ。これが何とも不思議である。祈りの力とはまさにこれかなと実感している。

 頑張ってと書いたが、これは正確ではない。自然と歩きたくなるのが正解だ。歩かなければ気持ちが悪いという感じである。サボって、そのまま部屋に座り込み、テレビでも見ていれば楽そうであるが、多分これが苦痛である。それよりは外に出て歩きだした方が「楽」なのだ。これこそが祈りの力である。

 祈りと明記しているが、私のやっているのは「神想観」というものだ。ただし正確なものかどうかは分からない。本を読んで私なりに解釈した神想観である。このお祈りは宗教団体「生長の家」の祈りの形式であり名称である。生長の家の創始者、谷口雅春さんが作られた祈りの形式である。

 読んで字のごとく、神様を思ってそれを観ることだ。目をつぶり、神様の完全さ、素晴らしさ、偉大さを心の目で視る作法である。物質世界のこの世の中から目をつぶって一時解放し、心の世界の深淵にある神様の世界に入って行って、その全貌を見ようと努めるのである。これはあくまで私の解釈であるが間違っていないと思う。

 そうすれば世の中の不完全な姿も嫌にならなくて済む。地震が起こったり、人々が争い合ったり、悲劇がくり広げられたり、病気で苦しんだり、昔、インドのお釈迦さまが説いたこの世は諸行無常の世界、「生老病死」の世界から解放され、本当の世界、真実なる世界に入って行き、それをじっくりと味わう事である。一日の一定時間、この世界を味わって私たちの本来の姿を呼び戻すのである。

 そうすると祈りが終わった時に、する前まではサボろうとか思っていた自我が崩れ、本当の自分が出てくるのである。本当の自分は「さあ、今日も楽しく外を歩くぞ」という気持ちが自然と出てくる自分である。雨が降っていれば濡れるし、歩くのも疲れるし・・と思うのは肉体の我である。肉体から考えれば雨の中を歩くのは「馬鹿」であるから「損」であるからそんな事はしたくないのだ。

 だが肉体では無い我、本当の我、霊としての我は雨にも濡れず疲れない完全円満な自分である。だから少々雨足が強くたって、へっちゃらなのである。ズンズン楽しく歩くのが霊としての我、本当の我、真我である。

 だからそんな気持ちで歩いていると登校中の子供たちが挨拶してくれたりする。彼らも大人に比べれば神様の気持ちが出ている方だが、それでもこの世的に暮らして行けば段々と偽物の肉体の自分が出てくる。だから朝早くまだ眠いのに、しかも雨が降っているのに、そんなに好きでも無い勉強をしに学校に行くのには抵抗があるだろう。だから私は彼らの先輩としても祈りの後の雰囲気を感じさせて、「今日も一日楽しく過ごせよ」という気持ちで行き過ぎるのである。

 肉体は神の子としての霊が宿る神聖な建物、神殿でもある。だから大切に使いたい。歩くのはそのメンテナンスの一つである。

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05月27日(金)

起床時刻:07時10分

 就寝午後11時半頃、最初の目覚めは午前4時過ぎだった。睡眠時間は5時間程度、ホントは起きられる時間なのだと思うが、トイレに行き又寝る。寝られるとい事は寝ても悪くは無いという事だ。何せ本日は三日に一度の完全休養日、やはり寝るに限るというのが現在の心境だ。しかし段々睡眠時間が自然に短くても済むようになっていると実感する。

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 勤務先での出来事。
病院の庇の裏にツバメが巣を作ってしまった。ここまでは時にある事だが
ここからが人間たちの出番である。
ある者はそのままで良いだろうと軽く考えていた。
ある者は鳥の糞が困るから作らせてはならないと強く主張した。
大体この二つに分かれるが、そのどちらでもない中間部分の者も
多数あった。

 中間部分というのは成り行きに任せようという者だ。
私もどちらかと言えばそれで良いと思っていたが、
これからがややこしい。
誰もがどうしようかと思い悩んでいた頃
その巣が突然壊されていた。一体誰の仕業?と私などは推理した。
だが私のように推理する者は意外にも少数派で
この壊されたという事実が独り歩きしだした。

 とにかく我々の思惑など一気に消し飛ばすほどの剛力で
その巣は何者かに壊されたものだから、悩む者たちは
その後の処理を考えたのである。
鳥はやはり糞などの問題で環境を汚すから作らせないようにすると
主張する者。
あるいは今までは自然派を気取って、巣はそのままにしてやろうと
言っていた者までが破壊派に回ってしまった。
彼らの自然を愛する気持ちは一体何だったのだろうと思う。

 かたや直ぐに壊す派であった者はそもそも公共の施設で
鳥の糞などもっての外という考えである。自然も糞も無いのだ。
人間の施設や環境が一番なのだと豪語する。
さてそれでは私はどう思っているのか。
私は相変わらず成り行きに任せようと思っているものである。
別に壊さなくても良いではないかと。
糞が落ちて汚れれば私たちが掃除してやれば良いではないか。
やがて卵がヒナにかえり、チュンチュンうるさくなっても
季節の風物詩だと思っていれば気にならない。
今頃の人はホントに外面を気にしすぎるのではないかと
思うのだが。

 さて・・・私だけが一番気にしていた本来の問題であるが、
つまり一体誰がこの巣を壊したのかという事である。
私はモニターの記録を見てみたのだ。
誰もそうすれば良いと気づかない様子だった。
そして画面に登場した犯人は…?

 その正体は、何とカラスであった。
カラスがツバメの巣の中身に興味があったのだろう、
それは卵かも知れないしヒナ自身かも知れない。
人間たちの様々な思惑や心配をよそに
彼は(メスかも知れないが)、大胆にも
ツバメの巣をくちばしで一息に破壊したのであった。

 「自然が解決してくれた」と最終責任者は私に語っていた。
まあ、それはそうかも知れない。
しかし結局何となくそれからはもうツバメに巣は作らせない雰囲気に
なりつつある。
もうそうなればそれは決して「自然」では無く
人間の仕業である。
嫌な事は他人任せにしてとにかく無難を選ぶのかも知れない。
私は別にカラスが壊そうが壊すまいが別にしても
ツバメの好きなようにさせていても良いのではないかと
常識派から言えば「無責任」な事をいまだに思っているのだ。

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05月26日(木)

起床時刻:05時30分

 就寝午前1時50分頃、勤務先。いつものように午前5時に目覚ましで起きて一仕事。その後また寝る。40分程度の睡眠だったが、これがかなり効く。これが勤務の日で一番良い睡眠かも知れないと大袈裟でもなく感じる。

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 最近風邪を引きにくくなったような気がする。本当は以前の私ならそんな事は当たり前、風邪なんか引きたくても引けないよ、等と強気な言葉を吐いていたものですが、その後また普通に近くなって人並みに自分も風邪を引くのだなあと思っていました。

 以前の私はとにかく健康オタクで、体の為なら何でもやるという人間でした。健康オタクと言っても本当に体の健康を願って実行するという感じではなく、心の高揚感を求めて断食に挑戦したり、睡眠時間を短縮したりというどちらかと言うと体に悪いことをやっていたのかも知れません。

 体にキツイことをやれば精神が鍛えられ、その結果目的としている心の高揚感が得られるのだと信じていました。肉食を止め菜食になったり、一日一食に挑戦したり、あるいはとことん精神を鍛え上げようと、1日に100キロ近く歩いたこともありました。その結果目的通り精神の高揚さは得られ、1日を楽しく充実して生活することもできるようになりました。

 そして面白いことに精神が高揚すれば同時に肉体も強健になったような気がして来たのです。世間の人たちと全然違うことをやっているものだから、常識という枠を外れ、風邪さえも引かない体になっていました。一時はどんな状況下であってさえも、自分は決して風邪を引かないという不思議な自信を持つようになったのです。ヨガの聖人とまでは生きませんが、どこか自分もそれに近いものを求めていたような気がします
 
 だから風邪の引きはじめの感じが懐かしくなって一回くらいは引いてみたいものだなという不遜な感情も芽生えました。それは自分は絶対に風邪を引かないのだという強い自信があったからだと思います。しかし確かに風邪は引かなくなったのですが肝心の精神の高揚感が続かないのです。気分が良かったり悪かったりを繰り返す躁鬱的な感じであるのです。風邪は引かないのですが心は明るくないと来れば本末転倒であり、本来の修行の意味がありません。私の暗中模索は再び続くのでした。

 結局今の私は長い試行錯誤の末に、今まで何度も止めたり始めたりしていた信仰の道に入ったのです。人間的な努力や自我といった計らい心を捨て、もう神様に任せようという感じです。真理の書籍を読み、祈りを習慣とし、明るい正しい言葉を口に出し、神様との一体感を深めて行くのです。そういう日々をしばらく続けて行くと不思議に私はまた風邪を引かなくなったのです。しかしまだまだ修行はそれほどまでは達していないのかも知れません。軽い感じの風邪も引いてしまいますが、しかしだんだんと信仰の力は強まって来たような気もします。荒行などしなくても普通の風邪などはへっちゃらな気分に今なりつつあるところです。

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05月25日(水)

起床時刻:05時40分

 就寝午後11時半頃、昨日は一日ハイテンションでずっと活動し続けていたので仮眠も取らずまったく元気そのものだった。こういう一日を大過なく過ごせることは当たり前のようであるが、ホントに有り難いことである。


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 人間は中身か外見かと昔からよく言われますが、皆さんはどう思われますか。男は大体先ずは外見で選び女は中身で選ぶとも言われます。知り合いで「男は中身よ」と嬉しい事を言ってくれる女性もいましたが、実の所はどうなのでしょう。

 しかしやっぱり女の人でもイケメンという言葉が流行るぐらいだから顔面はきれいな方が良いのかも知れません。顔も良くて背も高くてお金も稼ぐ、その上頭も良いし、会話も面白い…等と何でも揃っている男性が現れれば私たちはどうも敵いませんね。しかしやっぱり私は思うのですが、男も女も結局は中身、つまり心ではないでしょうか。

 いくら良い男良い女でも何年も一緒にいれば飽きるし、人の好みも好き好きで、蓼食う虫も何とやらという言葉も有りますから。だったらやっぱり結局は「心」が大事。科学の世界でも「心」がきれいな人は自然と顔も形もそのようになると証明されています。いつも明るく笑顔でニコニコされている人は多少の難も隠せますものね。

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05月24日(火)

起床時刻:08時00分

 就寝午後11時前頃、比較的早く寝たが最初の目覚めは流石に午前5時頃であった。だから睡眠時間は6時間、これがホントは私のベストな睡眠時間かも知れないと常々思っている。が、そこは本日完全休養日、三日に一度やって来るゴールデンタイムだ。トイレには行ったが、又直ぐに布団に入り眠る。3時間又眠ったようだった。良く寝た。


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 今朝勤務の為に交代の同僚としばらく会話したのだが、正義感の強い彼はしきりに今話題の2つの事件に言及し世の中の理解不能な現象を憤っていた。

 一つは米兵による女性殺害事件。もう1つはアイドル刺傷事件である。アイドルの方はいまだ意識不明の重体らしいが、同僚いわく今の世の中は何が何だか訳の分からない事件が多いと嘆く。しかしホントにそうである。

 沖縄の事件の方は既にこのブログでも書いたが、アイドルの方は防ぎようがなかったのであろうか。こういう時よく問題になるのは警察の対応であるが、現在の法律の元では警察を非難するだけでは問題は解決しないと思う。事件が起きてから動くのが警察機能であり、事前に察知して護衛などは警察の職務に入っていない。警察を非難するのは心情的には分かるがどうしようもないことである。

 私はこういう場合一番責任があるのは、アイドルの彼女が所属している会社ではないかと思っている。事件の起きる前に彼女は既に犯人を特定し警察にも相談しているという。当然会社の方にも話は行っているはずである。それなのに会社は何の手も打っていないということになる。

 まだ未成年の人間を仮にも働かせているのである。本来ならば会社の代表者あるいはその代理とも言うべき者は親代わり的な存在であるべきだろう。そうならば彼女に迫って来る危機に会社は真剣に立ち向かって行くべきである。

 警察の職能の中には個人的なボディーガードの仕事はない。警察は事件が起きた後にそれを捜査する仕事を受け持っている。だからこういう場合は私達がそれぞれ責任を持って自らを守らなければならない。だからと言ってまだ若い女性が狂暴な男からどうして身を守れることができるだろうか。

 だからここは会社なのである。会社がボディーガードをするなり、あるいは警備会社を雇うべきであったと思うのだ。こういう経費は今の時代ならば当然の必要経費であると言える。

 もしこのように会社あるいは世の中が進んで行かなければ、これからのアイドルたちはもう怖くなって誰もやりたい人がなくなるかも知れない。私だって若かった頃は大好きだったアイドルがいた。そのおかげで毎日が何と潤っていたことか。アイドルという大切な存在を維持する為にも会社はもっとその社会的意義を強く意識した方が良いと思う。儲けるだけが能ではないのだ。

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05月23日(月)

起床時刻:05時22分

 就寝午前2時過ぎ、最後の看護師さんがいつものTで、あこりゃあ遅くなるなと覚悟はできていたが、案の定他の人より遅かった。仕方ない。本人も悪そうな顔をしているが、我儘なのかも知れない。直ぐに寝付けるかなと心配もあったが、意外にいつの間にか寝てしまっていたようだ。


 大相撲夏場所13日目(20日、両国国技館、観衆=1万816)横綱としての威厳を力で示した。こん身の下手投げで、白鵬が稀勢の里を土俵上に転がした。
「誰かが言っていたね。『強い人は大関になる。宿命のある人が横綱になる』と。何か足りないんでしょう」と言い放った。

 ・・・とニュースにはあった。早速ネットの中では皆どのような感想を書き込んでいるのかと見てみると多くはこの言葉を吐いた白鵬関を好意的にとらえ、さすが大横綱と恐れ入っていた。あの口の悪い辛口のネットの諸君が揃いも揃ってこのような白鵬のコメントを支持しているのである。

 何だ、今時の若者は弱っちいなあ。私は正直思った。この白鵬のセリフは彼独特の強気のものであると思う。それだけ切迫してきた大関の稀勢の里を意識しているのであると思う。これではまだまだ稀勢の里が横綱には程遠いと言わんばかりではないか。とんでもない、最近の稀勢の里はもうすでに横綱であっても全然可笑しくない。

 何かが足りないとかそんなものでもない。もうすでに横綱で良いと言える。実力的には充分だと思う。ただ白鵬自身が飛びぬけての大横綱だけであって、他の二人の横綱を見ても、もう稀勢の里は遜色ないのはだれの目にも明らかである。

 横綱にも色々なレベルがあるのかも知れない。白鵬は先ずはトップクラスと言っても良い。その下、真中、下・・・そのくらいに区分しても良いのではないか。そしてその下に又大関がある。これもまた色々な段階があって、上、中、下とある。白鵬は上の上であって、残りの横綱はその下にある。だから稀勢の里はもう立派な横綱と言えると私は思う。

 親方衆は今場所優勝したら横綱と言う人が多いと言うが、それは仕方ないにしても、準優勝でももう充分な気もする。だって他の横綱、日馬富士、鶴竜らを見たら断然稀勢の里の方が横綱らしい。来場所だってもう横綱にして上げても充分だと言える。ただやはりそこは一度は優勝して、それを手土産に横綱昇進と言う道筋が一番妥当なのだろう。

 白鵬の言うように強い人が大関になり、宿命のある人が横綱になるというのなら、稀勢の里は充分だと思う。強い次元は過ぎていると思うのだ。白鵬は理想がとてつもなく高いからそう言うのであって、客観的に見れば稀勢の里はもう既に横綱であっても全然大丈夫だと思う。

 白鵬の感覚から言えば稀勢の里はまだ横綱になれないのかも知れないが、相対的に見れば彼はもう横綱である。例え今場所準優勝であっても、二場所続けてのそれならば横綱にして上げても良い。横綱になってから優勝は何度でも出来るのだから。何回も言うが、白鵬のレベルから見れば稀勢の里は何かが足りないのかも知れないが、俯瞰的に現実的に見ればもうすでに稀勢の里は横綱である。

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05月22日

起床時刻:05時52分

 就寝午後11時過ぎ、遅くまでテレビ映画を見てしまった。なんというものでもなかったが、何となく見てしまった。出てくる女優さんが皆素晴らしいからついつい見てしまったのだろう。そして・・・おどろく事に昨日一日このブログを更新するのをすっかり忘れていた。何となく危ないなと思っていたのだが、そのまま外出したために、ずっと毎日続けていたことが途切れてしまった。残念・・・。ま、気を持ち直して再び頑張ろう。


 沖縄で又女性が襲われた。しかも今回は殺害もされている。こういう事件は時々起る。大体加害者は若いヒラの兵隊であるが、こういう年頃の男は性欲も盛んでしかも分別が無く、アルコールに負け易い人間が多いものだ。それでこういう悲劇も起こるのだ。

 中年になっても同じような事件を起こしたりする者もいるが、何よりそれを防ぐのは信仰しかないと思う。肉体的な修行でそれらをコントロールしようとする者もいるが、限界がある。なぜなら人間を肉体的な存在として考えている限りは肉体の欲望に敵わないからだ。

 人間は霊である。その事実をはっきりと認めうるためには真の信仰に目覚めるしかない。そうすれば世の中を騒がせる色々な事件から身を防げる。某野球選手の麻薬問題や不倫等々である。若くたってこのような悲劇的な事件から身を守る事はいくらでも出来るのである。

 さて又話は霊的な方向に持って行ってしまったが、本題は違うのである。私はこのような沖縄での問題が起こるたびに「もうそろそろ日本も一人立ちすべきではないか」と思うのだ。これは私だけでは無く多くの日本人であれば同じ事を考えているのではないかと思っている。

 つまり独立である。日本はまだ真の独立国家では無いと思う。アメリカに自国の防衛を任している以上それは独立した国とは言えないのではないかと思うのだ。どこかにアメリカも内心「俺たちが守ってやっているんだ」という上から目線的な精神が宿っているのではないかと思う。それが国民全体にも浸透し、潜在意識の中にも深く浸透し、ヒラの一般の兵隊にも当然備わる。彼らはただ潜在意識の思いを率直に行動に移しただけの者なのかも知れない。ただ理性的な人間ならばそれは抑制できるのだが。

 自分の国を自分で守るのは本当は当り前な事なのだ。それを他人に任せようとする所にこういう悲劇も生まれるのではないだろうか。戦争反対と直ぐに革新派達は訴えるが、それでは悪者から攻撃を受けた時にどうするのかと言いたい。貴方の家族が暴漢から危害を受けた時貴方は「喧嘩反対」とただ訴えるだけで終わるのか。

 現在のキリスト教の団体の多くは戦争反対と言う平和主義を訴える。これは日本国内の多くの宗教団体でもそうであるが、これまた非常におかしい事である。平和と言うのは本来この世の奥にある本当の神の国に存在するものであり、実際の目に見えるこの世の中の事象は完全な平和など無いのである。一部の国はまだ依然として戦争状態にある。

 つまり本家本元の宗教団体においてでさえも、神の国と現実のこの世界の区別がついていないのだ。味噌も糞も一緒に考えているのだ。だから糞の世界にも平和一辺倒を唱える。味噌の国は完全な平和であり愛の世界だ。これはもう誰にも崩せない真実である。だがこの世は不完全であり、だからこそ悪に対して我々はこの世に合った方法で対処しなければならない。だが宗教人や革新派達は否定するのだ。

 宗教がこのように糞の世界にも味噌の世界を混同するから宗教は現代人から見離されて行くのである。キリスト教など今やもう現実世界に生きた力を発揮できないのだと思われている。活きた宗教などもう数えるほどしか無い。生活に生かせないような宗教に人々は愛想を尽かしているのだ。

 平和と唱えていればあの人は良い人だと思われたいから彼らは平和に固執する。しかし現実の危機はもうそこまで来ているのだ。現実的な対処が求められる所以である。そして私たち本当に平和を愛する者は、その現実的な対処の中に平和の精神を持ちながら粛々と進めて行けば良いのである。

 他人に自分の国を守られつつ日本はその周囲に大変な国家を存在させている。中国は今やもう米ロ同様な数の核を持っているらしい。そして北朝鮮だって水爆の開発も実現しているのかも知れないのだ。そんな緊迫な時に私たちは平和一辺倒のお題目で防衛を他人に任せ、そしてその他人に自国の同胞を汚されても本当に良いのだろうか。今私たちはもう一度平和を考え、真の独立を考えても良いのかも知れない。それが今回の犠牲となった女性への供養にもなるかも知れない。

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05月20日(金)

起床時刻:05時30分

 就寝午前1時半頃、勤務先。その前に多少の仮眠を取っていたお陰でそんなにきつくない勤務を送れた。最近は勤務先でも目覚ましより早めに自ら起き、行動するようになった。これも祈りのお陰かも知れない。功徳とも言う。


 中高年の交際というのは色々と問題があるようだ。中年になっても独身でいる人たちは色々な理由でそのようになっている。伴侶に死に別れた人、あるいは生き別れの人などである。若くして伴侶に死に別れた人たちはその後ずっと独身でいる人がいる。あるいは離婚して今頃流行りのバツ一バツニである。

 あるいは全く結婚などしないでずっと独身を貫いてきた人もいる。そういう人でも過去幾度かは恋愛したりして付き合った事はあるのだが、残念にも結婚まで行きつかなかったようである。いずれにしても現在中高年と言われるような年齢にも関わらず独身で過ごしているのは他人の目から見れば何となく寂しそうにも感じられる。

 ご本人はそうでもないのかも知れない。もうすっかり慣れました、というような事を言う人もいる。あるいはやっぱり寂しいと言う人もいる。「ときめきが欲しい」という人もいる。人様々である。私などから見たら独身で良いなあ気軽に生きれて良いなあとか思ったりする事もある。恋愛が出来るのだから良いじゃないかと思ったりするのである。

 「選り取り見取りで良いじゃないですか」と私は陽だまりの会員さんに言った事がある。もちろん少しはジョークも混じって言ったのであるが、当の御本人はやっぱり寂しいよと言うのである。ここで一般的に中高年の人が再婚する時にネックに感じることで一番の問題がある。それは財産の問題である。

 若い時に結婚するのは抵抗は無い。まだ少しの財産も無いから当たり前だろう。だがそれが中高年となると話が違うようである。元々そんなもの持っていない人なら問題は無かろう。が、ここで問題になるのは、持っている人たちである。男性の会員さんで若い時に奥さんと離婚して今もずっと独身の70歳の人がいるが、この人もその問題で結婚には積極的ではない。ただし彼は恋愛はしたいのである。

 「私が持っていなければ何の問題も無いが、持っているから問題なのだ」と彼は私に訴える。そして男女の付き合いにおいても「女の人出も同じではないか」と言う。つまり男女関係なく中高年は結婚などしなくてただ付き合っていれば良いというのである。よく言われる「お茶飲み友達」と言うヤツかも知れない。

 しかし果たしてそうだろうか。財産があるなしで結婚を考えるのがこの世の習わしなのだろうか。私はそうは思わないし、思いたくは無い。あろうが無かろうが結婚したければした方が良いと思う。正式に籍に入る事で気持ちも違うだろうし世間の見る目も違うだろうし、お互いへの信頼感とか安心感、責任感も強いものとなるだろう。単なる愛情だけの付き合いなんて、何も生み出さないと思うのである。

 どっち道出会ってから数年経てば恋愛感情は冷めてしまう。飽きる。そこで籍に入らず自由な交際であれば果たして続くものだろうか。そこでもし結婚していれば恋愛は愛に変わる。情も入る。金があろうがなかろうが、要は心である。正式に入籍してその上のお金だと思う。私の所の会だけでは無く、このような男女の交流の会において、良く聞くのは、気軽な男女の交際は長続きしないという事だ。もう実際に証明されているのである。

 財産があっても無くても、男女が好き合えばそれからは結婚した方が良いと思う。年齢も関係ない。「中高年は違うのだ」と思うから違ってくるのであり、その思いに縛られて結局良い関係に生長しないのだ。中高年だって、若者同士だって、さらに子供の恋愛だって同じことである。よく幼稚園児が言っているじゃないか、「私、治君のお嫁さんになる」なんてね。

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05月19日(木)

起床時刻:05時50分

 就寝午後11時過ぎ、最初に目覚めたのは午前2時半頃、珍しい。多分見た夢のせいかも知れなかった。この夢も又珍しく、SFタッチの内容だった。私は時々こんな夢を見るが最近はトンとご無沙汰だった。こういう夢はホントに楽しくて、どんな展開が広がるのだろうとワクワク感が半端ではない。昨日はロボットのような恐竜が出てきて、砂浜沿いに立つ我々の眼前で飛び回っていた。最初は小型であったのが徐々に大きくなったものが次々と出てきて最後はホントに巨大なもので素晴らしい映像だった。私はこういう時一体どこの世界に行っているのだろう。


 15日に無事陽だまりの会が行われた。今回で3回目である。とはいってもスタートから2年が経っている。2回目までは続けて開いたが、その後私が休んでしまった。体調の問題もあったし職場の異動など環境面の変化が原因でもあったが、一番はやはり私自身の心の問題だったと思う。

 とにかく早く結果を出したかったのかも知れないし自分を厳しく追い込んだのかも知れない。自分の思う通りに何でも行くのなんて、その時の私にはまだ出来なかったのである。百事如意という言葉があるが、それはある程度真理を悟ってその上真理を生かしながら生活して行く中で出来て行くようになるものだ。頭ではいくら真理を分かっていても、それが潜在意識の中にすっぽりと入り込まなければ、やはり何事も思うようにはならないのである。

 二年間が経過し私の中でその時期がゆっくりとではあるが近づきつつあった。相変わらず健康面では完璧とは言えず、職場の方も色々と人間関係でごたつくことも多かった。だから今までだったらとてもではないが仕事以外にまだ揉め事をお越しそうなことには中々手を出せない。しかしそんなことを言っていたのでは、いつまで経ってもらちがあかない。完全に準備が整って、万端な状態で物事を始めるなどとはまさに夢想ではないかと気づき出した。100%完全な状態などいつまで経ってもやって来ることはないのだと思い出したのである。

 そこで私はまだ不完全な状態でも良いのだ、今の私で良い、このままでまた始めようと思ったのである。我を忘れる中から完璧な健康とか職場などでの人間関係も良くなって行くのかも知れない。そうして私はおよそ1ヶ月の準備で今回の集まりを催すことができた訳である。

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05月18日(水)

起床時刻:06時30分

 就寝午後11時過ぎ、途中覚醒なし、良く寝た。本日は完全休養日である。つまり全く自由な一日を送れる。三日に一度の御褒美である。子供たちが巣立ち、今では夫婦二人の生活となったが、それは寂しい事もあるが、反対に自由でやりたいことへの本格的なスタートの生活でもある。何事も前向きに。


◎以降続けて書いていた生徒会長選挙戦最終章である。

 さて高校の生徒会長選挙戦の山場、立会演説会である。
各部長等の立候補者の演説が終わり、副会長の演説も終わった後はいよいよ
生徒会長立候補者の演説が始まる。候補は二人、私ともう1人は前述した通り
父親が組合の大物であった同じクラスの同級生であった。

 相手の彼はとにかく革新系で学校側のやり方を常日頃から糾弾するグループの
長である。父親の影響とは実に恐ろしいものである。しかし・・・である。普通ならば
体制側に組しない革新系としては、応援演説にやはり同類を頼むものとばかり
私は思っていた。応援演説とは立候補者においては普通一人の応援演説者が
おり、候補者の前にその応援者が演説する。候補者の人となりを聴衆に向かって
説明する役目である。

 しかしである。しかし、驚く事に、その革新系の私のライバルである同級生は
斬新にも応援者に前生徒会長を送って来たのだ。体制に反抗するものにしては
まさに体制側の代表者を選んできたのである。と私には映った。
しかし今良く考えれば、一つ年上のその生徒会長は実は革新系であったかも
知れない。うーん、、しかし今思い出してもその彼はどうしても私には革新系
には見えないのだが…。彼は当時珍しい事に丸坊主であった。

 私の学校は女子が多いせいかほとんどの男子は長髪であった。というか、
当時は中学までは坊主頭であり、高校からは長髪が許されていたから
当然思春期の男の子としては、髪の毛を伸ばすのが普通なのであった。
それがその前会長は丸坊主であった。だからどうしてもそれが革新系とは
結びつかないのだ。頭が坊主であれば私以上に保守系では無かったのか・・。
それなのに私の対立相手はその坊主頭の前会長を応援演説に選んできたのだ。

 しかも彼は見た目にも真面目一本という感じであった。昭和29年生まれの彼は
戦後の影響を感じさせた最後の世代であると思う。そして私たち30年以降の
世代は大きく変わって行ったのだと思うのだが。
その最後の生き残りの真面目一本の彼を自分たちの応援演説に起用した
私の対立候補者は、革新でありながら、勝負には徹するという、大人の感覚を
持った男であったかも知れない。

 どう見ても私の方には分が悪い。革新系のグループは正と副の会長を
擁立し、親父はどちらも革新系、イケイケドンドンである。しかも応援は前の
生徒会長・・・・。こりゃあ、どう見ても私の旗色は悪いに決まっていた。
対立候補が前の会長を応援に使っていると知ったのは、演説会当日であった。
会場に入って分かったのだ。私は当然、唖然とした。

 かたや私の方は普通の同級生。当時一番仲の良かった二人の親友の内の
一人である。それでも彼はある程度は名が知られてはいた。
文化祭の時にバンドを率い、リーダーでプイプイ言わせていたのだ。
だが・・前生徒会長と比べたらどう見たって弱いではないか。
しかも彼は音楽的センスは素晴らしかったが、それとギャグのセンスも
そこそこあったが、演説となると・・・。私はホントに不安となったのだ。

 学内を回っていた時のようにただギャグだけでは絶対に勝てない。
それは私には分かっている。一週間、ギャグだけで校内を回り
名前は浸透してきた。皆に親しみは持ってもらえた自信はあった。
だが本番は違う。単なる面白い男だけでは駄目だと
私は本能的に感じ取っていたのだ。

 そこで私はひらめいた。
ここは私一人で勝負しようと。
つまり友人の演説はカットし、私一人で演説するのである。
これは前代未聞であったと思う。
生徒会の選挙の歴史の中で多分過去にも無かった事だと思う。
しかし私はだからこそこれしかないと踏んだのであった。

 友達には悪かったが、彼に私の率直な気持ちを述べて許してもらった。
「このままでは負けるから」と。それは友達の方も充分感じていたようであった。
「そうか、分かった」と彼は素直に私の提案をのみ込んでくれた。

 私はこのゲリラ的な、晴天の霹靂的な作戦?で演説に臨んだ。
応援演説なしで一人でただ全校生徒に向けて私の思う事を語って行った。
そこには一切のギャグは無かったのだ。

 私は結局勝負には勝った。
私の周りの友人たちの中には「奇跡が起こった」と驚く者もいた。
しかし実際は私が圧倒的に票を獲得していた。
世の中には時として不思議な事が起こるものである。

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05月17日(火)

起床時刻:05時00分

 就寝午前1時半頃、しかし警報音にて午前2時半頃に起こされる。
直ぐに現場急行、処理を施し帰室。それから又寝る。小刻みに睡眠を
取っているにもかかわらず、そんなに眠気無く、普通なら5時に
目覚めた後一仕事して又寝るのだが、横になったのだが眠れず
そのまま起床時刻となった。それでもそんなに眠気は無い。


 前日の続きから・・・。
 選挙戦は大体一週間程度あったと思う。これはどこの学校も同じだと思うが、一年生から三年生の全クラスを回って自分の所信を述べるのである。つまり自己宣伝を行うのだ。ここのポイントが意外に高いと思う。ここで一気に知名度と高感度を上げて、いざ本番の立会演説会に臨むのである。

 しかし私が取った戦略は一部除外して回ったものだ。一部というのは先輩のクラスである。特に男子のいるクラス。自分は年上の男には人気は無いと思っていた。嫌な奴だと思われているに違いないと、私は思いこんでいた。だからそんな連中のいるクラスには出向かなかった。男子のいるクラスは下級生限定と決めていたのだ。ただし女子はさにあらず、これはほとんど全て回った。意外に同級生のクラスは回らなかった記憶がある。同級生には多分人気は無いとこれまた思っていたのだ。

 それで私が重点的に回ったのは上級生の女子のクラス、そして下級生なら男子でも女子でも。立候補者は主に二年生であるから、私は一年生のクラスを中心に回った。そして後は上級生の女子のみのクラス。ここだけを限定的に回って私は得意のギャグ攻撃を仕掛けて行ったのだ。

 一年先輩の女子の人たちは何となく安心感があった。何をやっても許してもらえるのではという甘えである。だから私は思う存分やりたい放題の演説をしたものだ。私は一人で回る事もあったが、友達の応援もあった。当時の友達Iがよく助けてくれたが、彼は生真面目一本の性格で私と共に選挙戦を戦ってくれたものだ。

 そして一週間が過ぎ、本番の立会演説会が開かれた。体育館に全校生徒が集合し、生徒会の役員の立候補者たちの演説を聞き、誰に投票するかを決める。色々な部署の役員や部長などの候補者たちが演説して行ったが、いよいよ生徒会長の番となった。前回のブログで書いたように、私のライバルは父親が会社の組合でバリバリ活動している革新系の男であったが、私とは同じクラスであった。

 彼らはやはり社会党の重職にいる父親の影響で、校内を革新して行こうとする副会長立候補者も中にいた。つまり革新系グループは生徒会長と副会長の二人を出して、勢いをつけようという魂胆であったのだ。それに対して私は根っからの保守系、というよりノンセク、つまりどこにも所属していない派であり、同じ副会長にはこれまた私とよく似た軍歌大好き人間という可笑しなヤツもいたのであった。

 軍歌大好き同級生は私の友達とまでは行かなかったが、何となく気は合ったりした。彼は独特の考えを持っていて、当時でも特攻隊を崇拝していた変わりものであった。つまり大まかに言えば、私と軍歌大好き人間VS社会党&組合連合チームという構造の戦いであった。つまり保守対革新そのものである。

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05月16日(月)

起床時刻:05時52分

 就寝午前0時前後、ネットのアメリカテレビドラマが面白くてあっという間に時間も経ち、こんなに遅くなってしまった。本日が勤務日だと言うのに・・。まあ、それでもぐっすりと熟睡は得られた。一度午前4時半頃に一度目覚めたが流石に又寝た。


 私は高校時代に生徒会長を務めていた事があった。担任の先生からやってみないかと言われ、初めは少し驚いたが不思議に自分でもやってみたくなり即答したものだった。しかし先生からやってみろと言われて直ぐに出来るものではない。そこには選挙というものがあるからだ。先生は正しくは「生徒会長の選挙に出ないか」と言っただけである。

 しかし何で当時の担任が私に立候補を促したかはいまだに分からない。彼は立身出世主義者でだからと言って私は彼を嫌いでは無かった。分かりやすい性格であるのだ。私は入学当初家庭に問題があって悩んでいた。もしかしたら今でいう登校拒否になりかねないほど悩んでいた時期があった。その為成績も落ち込み、学校に行くのが苦痛な時も有ったのだ。

 そんな私であったが、ある学校のイベントをきっかけに生来の明るさが蘇り、学校生活に対して少し前向きになった。そんな時期に先生から声がかかって来たのだった。しかし今を思えば先生には先生の都合も有ったのかも知れない。というのは、当時大学生たちは過激派という連中の活動が盛んで、社会主義革命という名目で若さをぶつけていたのだ。その波はどうやら高校生まで波及していたかも知れない。

 しかし根っからの保守派の私としてはそんな世の中の流れなどは我関せずという感じがあった。そもそも体制に逆らって何の良い事があるのだろうというのが幼い私の感覚だったと思う。平凡な家庭で育った私としてはまさに子供っぽさ全開の青春時代であったのだ。

 しかし学校内ではそんな私たちの思惑とは別の空気が流れていた。親が組合活動したりしていたり実際に社会党員だったりした家の子弟が学友でも何人か存在していたのだ。ただ存在するだけなら問題も無かろうが、その内の一人が生徒会長に立候補して、彼ら得意の校内革命を起こそうと息巻いていたのであった。

 ここまでは私とは何の関係も無い。私としてはただ毎日楽しく暮らしていれば良いのだから。しかし私たちの担任としては大いに困ったのかも知れない。彼は立身出世主義者である。当然上を目指す。一旦教職に就いたのであれば、上を目指し、校長まで上り詰めなければ「男では無い」のかも知れなかった。

 自分のクラスにその反対の勢力の人間が何と生徒会長になろうとしている。これは彼にとってはまさに危機であったのかも知れない。自民党VS社会党である。大人の対立が子供の世界に出て来たのである。多分、担任は当時の社会党を代表とする革新勢力は虫唾が走るほど嫌いであったのかも知れなかった。

 担任は考えたのだろう。これは誰か対抗馬を当てなければならんと。それではそれは誰にするか・・・。当時、秋の文化祭が終わった頃であった。その文化祭に私は異色な存在として(当時としてはである。今ならざらにいる)加わっていた。女子の多い学校だったのでミュージカル喜劇に黒一点で私は参加していた。周りは全て女である。

 その中で当時としては珍しく私はテレビのバラエティー番組で仕入れた「ギャグ」を連発して出し続けた。当時は高校生ならそんな事はしないのが当たり前の時代である。最後の時代である。私以降は変わって行った。今に近くなって行ったのだ。そんなふざけた(当時の多くの先生たちから見ればだが)私だったが、意外にも生徒の中ではウケたのである。

 「よし、ここはヤツに任せよう」と担任は思ったのかも知れない。最終兵器、核爆弾、毒ガス的発想だったかも知れない。普通の感覚では敵わない。当時の革命派はそれほど強かった。それなら毒をもって毒を制す、並の感覚では奴らには勝てないと確信して私に白羽の矢を立てたのかも知れなかった。

 こうして私は担任の手のひらの上で見事に踊らされ、大人の戦いの渦に巻き込まれて行ったのかも知れなかったが、私は私でこの経験は非常に良いものだった。しかし、担任はその時も一筋の不安はあったのだろう。勝てる保証は微塵も無かった。若者の多い世界では何事も保守系よりも革新系の方がカッコよく見えるものである。そんな中で私は選挙戦という戦いの中に突入して行ったのだ。

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05月14日

起床時刻:05時30分

 就寝午前1時半、先ずは自然に5時前に起きる。それから一仕事。勤務先である。そして終わった後にまた少し寝る。本日も一昨日と変わらないくらいに良い天気の感じがする。



 3日に一度私は24時間勤務の仕事に出るが残りの2日はほとんどお休みでありホントに有難い職場であると感謝しているのであるが、その2日間の使い方は大体同じである。子供たちは無事に巣立ち夫婦二人の生活であるから妻との行動が多いのである。主にショッピングセンターに出かけ店内を歩き回るのである。天気が良い時などは道の駅や県内の観光地などを巡り1日を楽しんでいる。

 しかし時々その中に娘が入って来ることがある。娘が妻と一緒に買い物に出るのである。市内に住んでいるのでたまにあるのだ。たまにと言っても週に一度か二度ある。つまり妻からすれば彼女は月のほとんどを私かあるいは娘とのどちらかと出歩くということになる。妻は免許が無いので、私と娘は妻の専属ドライバーとなる訳である。ある意味妻は贅沢な身分であると私は内心思っているのだ。

 逆に私の立場からすれば、妻が娘と出かける日には一人での行動となる訳だ。そんな時には私はいつもとは違うルートを歩いたり、あるいは妻と行動する場合と同じようなところを歩いたりする。そういう時は又気分も変わって中々楽しいものである。

 そんな時の楽しみは知り合いの誰かに会うことである。相手から声をかけられることが多いが、逆に自分から声をかけるのはちょっと控える時もある。私としては声をかけられるのは嬉しいことであるが、人は皆そうでないかも知れないからだ。一人でショッピングを楽しんでいるのかも知れないし、ソッとして置いた方がよろしかろうと思ってしまうのである。

 しかし逆に声をかけられるのは嬉しいから妻がいなくても一人でも私はなるべく外に出るようにしているのだ。その点私が今自分に戒めているのは、他人から声をかけられ易い人になろうということだろう。声をかけられ易いとは相手にとって精神的に負担にならない存在であるということだ。だからこちらから声をかけた場合でもあまり相手を圧迫しないでほのぼのとした雰囲気で終わるように努めることである。楽しい雰囲気に包み込めればそれが最高である。

 こうして私は今日も昨日もそしてまた明日も街に出て行くのである。街の雰囲気、新しい人間の叡知に触れることは有意義だし、もちろん自然の中に入って行って新鮮なる神の懐に抱かれるのも活力の元になる。何より人間とのふれあいが楽しいのである。

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05月13日(金)

起床時刻:05時50分

 就寝午後11時50分頃、最初の目覚めは午前4時50分、しかし又すぐ寝る。本日は勤務日、天気は良好。


 一頃ビッグ何とかやらで有名であった子沢山の家族がテレビで紹介されていたが、あれを見る度に感じていたのは、こんなのを見ていたら若い人は誰も結婚しても子供なんかあまり産みたくなくなるだろう、少児化はますます強まるだろうなとは思っていた。

 なぜなら子供がたくさん家の中にいることが少しも幸せではなく、反対にいつも家庭の中は荒れ放題、奥さんは家事に追われ、身だしなみなど夢のまた夢。夫婦は常に喧嘩が絶えず、あんなのを見せられていたのでは誰が子供をたくさん産み育てることに夢を持つだろうかと思ってしまう。

 ビッグ何とかの家庭だけではないが、他の大家族はたまに良い感じのものも見たりするが、やはり大体どこも大変そうであり、やっぱり子供の数は人並みが良いなとほとんどの人は思うだろう。

 夫はその大家族を支える為に働くことが大変そうであり、また妻はさっきも書いたが家事に一生を捧げるという人生で終わりそうで、個人の幸せなど求められないようで苦しそうである。誰も真似はやはりしたくないものだ。

 だから私はいつもこのような番組を見せられた時は暗い気持ちになったものであった。しかし世の中は少児化だから人々は必然的にその逆の傾向を見たがるものであり、テレビ局もそれが分かっているからこの手の番組を企画するのだろう。人は自分にないものに憧れたり求めたりするものである。だからと言って現実には手を出さないのがホンネである。

 だから私自身も世の中の人同様に子沢山の大家族で本当の羨むような幸せな家族などはこの世にはいないのだと思っていたのだ。ところがある本の中で紹介されてあった大家族は今まで聞いたことも見たこともないような幸福な夫婦やその子供たちであった。実際にこのような素晴らしい家族が存在していたことに、私は神の福音を感じたのである。

 夫婦は若い頃から信仰に目覚めた。夫は自衛官で妻は専業主婦であるが共に仲良く毎年子供を産んで行った。何と9人の子供に恵まれた。普通なら夫婦はここでもう大変である。小さな子供たちの世話はまさに毎日が戦争のはずであったが、夫の方は悠々と日々の自衛官としての業務に勤め、また妻の方は意外にも余裕があり、所属する宗教団体で活動したりできたという話である。

 これはなぜかと言うと、子供たちの協力体勢が万全であったということらしいのだ。何と驚くことに朝晩の食事の仕度は全て子供たちがこなしていたという。更に小さな弟たちの弁当さえも兄や姉たちがこしらえ、先生がその弁当の中をのぞくといつも「君の弁当はまるで遠足か運動会のようにいつも立派だねぇ」と感心されたという。また中学一年生の娘さんは下の子の幼稚園の入園式に母親代わりに出席したりしたが、あとで幼稚園の先生が母親に「お宅の子供さんは、若いお母さん方に見習ってもらいたい程立派でした」と言われたそうである。

 このような幸福な大家族もいるのである。しかし彼らはテレビには出て来ない。不思議なことである。そう言えば我が家に時々訪れていたモルモン教の若い宣教師たちもおおむね大家族だった。家族の写真をよく見せてもらっていたが、その集合写真にはいつも圧倒されたものだった。豊かな笑顔をたたえたご両親、そして四人や五人の子供たち。誰も大家族を苦としていないおおらかさを感じたものだった。

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05月12日(木)

起床時刻:06時30分

 就寝午後11時半頃、最初に目覚めたのは午前5時半であった。が、休日であるし早かったので又寝る。本日は会社の規定の健康診断。血圧はまだちょっと高かったが、以前よりは数値が下がり安定している。日々のウォーキングと食事に頑張ろうと思う。医者から服薬などを勧められるが、今はまだ様子を見たいと思う。


 私は現在自治会の役員をやらされているが、ずいぶん以前にも同じ役をやっていたことがある。体育部長という役職で、仕事の中身は自治会長の次に大変だと言われている。前、やっていた時は随分いい加減で、周りもそんなに一生懸命やらなくても良いよという感じだったのもあり、会議も休んだり、運動会などにも参加などは考えてもいなかった。ところが今回は俄然変わり、会議にも真面目に出たり、イベントの参加も積極的に取り組むようになったのである。

 5月の真ん中辺りにその運動会が開かれるのであるが、ちょうど同じ日に「陽だまりの木」の月に一度の集まりがある。だから当然運動会には出られないのであるが、私は苦肉の策で娘の夫、つまり義理の息子に代理を頼んだ。初めはその息子も快諾してくれていたのだが、休日出勤となり、またしても私は窮地に陥った。ままよとばかりに私は自治会長に相談しようと思い、話し合った結果、同じ班にいる私より年輩の男性に頼もうということになったのだ。

 その矢先、我が家に電話が入ったのだ。お隣に住む奥さんであった。聞けば自分が当日行くとのこと。私の代わりに出てくれると言うのである。

 この奥さんのところと私のところが本来は体育部長を仰せつかっていたのであるが、奥さんのところは以前自治会長を努めていたこともあり、それでは今度は私のところが主に努めよう、名目は私のところとして置こうということになっていたのだ。それで今回の運動会についての会議などにも先ずは私が出て、私が都合が悪ければお隣が出るということになっていた。結果、何回かあった会議には私とお隣の奥さんでちょうど半々くらいの感じで顔を出していたのである。

 それで私としてもメインの運動会に自分が出られないからと言ってお隣に頼むのはどうも気が引けていたのである。名目上は私が体育部長であるからだ。自治会の役員というものは会員がそれぞれ持ち回りでやらされるようになっているらしい。だれも喜んで自分から手を上げてやるような者などいないらしい。だから私も自分が出られないのにお隣に頼むのはどうしても出来なかった訳である。

 ところが意外にもお隣の奥さんが自分が出ると申し出てくれたのである。これにはホントにビックリし、かつまた感激させてもらった。ホントに意外だったのである。お隣の奥さんは押し付けられたとは言え、会議に何回か出ている内に、だんだんその気になって来た訳である。他の自治会の役員さんたちと交わる内に良い意味で連帯感が育ち、良いものを作り上げようという創造の意欲が湧いて来たのである。

 これはどこにでもあるありふれた出来事かも知れない。しかし私の住む自治会、地域ではまことに画期的、斬新な出来事である。本来自治会というものは一部の積極的な人たちだけが熱心にやっているものである。だから自治会長の中には持ち回りなどではなく、何年もずっと努めている人がいる。上に行けば行くほど常連のメンバーがいて、どこの自治会も大体そんなものかも知れない。そういう中で今回私もであるが、お隣の奥さんまでがお役に積極的になったのは大変意義深いことであった。普段は嫌がる地域活動への参加であるが、受けてみればそれはご近所づきあいの良いきっかけにもなる。

 ダスキンの教えの中に「善の循環」というのがあるが、まさにこれであり、それは宗教で言うところの「愛行」でもあり「感化」でもある。池に投げ入れた小石は周りに波紋を与え広がるのである。人は与えらればなるべく拒まず元気に「ハイ」と答えて受け入れるのが幸福の元だと思う。

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05月11日(水)

起床時刻:05時30分

 就寝午前1時半頃、途中覚醒なし、一気に熟睡。しかも昨夜は仮眠を合計3時間も取って、ホントによく寝られた。全く勤務先というよりも自宅に近い感覚で寝られた。こういうペ-スであれば日々健康に暮らせるかもしれない。


 本日も朝から強い雨にも関わらず私は日課のウォーキングに出た。大体25分程度、歩数にしたら3000歩強、私は歩く。早足である。両腕を抱え上げ走るような格好で歩くのだ。そうすると何か運動しているのだと心が感じて楽しくなる。起きた時は中々その決心がつかない時がある。今日は仕事も休みだし雨だから今日はさぼっちゃおうかなとフト思う。だがやはり歩いている。

 その原因はやはり「祈り」だと思う。祈りの力は大したものだと我ながら感心したりする。祈っていれば心の奥底から自然と力が湧いてきて、よし、今日も頑張って歩こうと思うようになるのだ。これが何とも不思議である。祈りの力とはまさにこれかなと実感している。

 頑張ってと書いたが、これは正確ではない。自然と歩きたくなるのが正解だ。歩かなければ気持ちが悪いという感じである。サボって、そのまま部屋に座り込み、テレビでも見ていれば楽そうであるが、多分これが苦痛である。それよりは外に出て歩きだした方が「楽」なのだ。これこそが祈りの力である。

 祈りと明記しているが、私のやっているのは「神想観」というものだ。ただし正確なものかどうかは分からない。本を読んで私なりに解釈した神想観である。このお祈りは宗教団体「生長の家」の祈りの形式であり名称である。生長の家の創始者、谷口雅春さんが作られた祈りの形式である。

 読んで字のごとく、神様を思ってそれを観ることだ。目をつぶり、神様の完全さ、素晴らしさ、偉大さを心の目で視る作法である。物質世界のこの世の中から目をつぶって一時解放し、心の世界の深淵にある神様の世界に入って行って、その全貌を見ようと努めるのである。これはあくまで私の解釈であるが間違っていないと思う。

 そうすれば世の中の不完全な姿も嫌にならなくて済む。地震が起こったり、人々が争い合ったり、悲劇がくり広げられたり、病気で苦しんだり、昔、インドのお釈迦さまが説いたこの世は諸行無常の世界、「生老病死」の世界から解放され、本当の世界、真実なる世界に入って行き、それをじっくりと味わう事である。一日の一定時間、この世界を味わって私たちの本来の姿を呼び戻すのである。

 そうすると祈りが終わった時に、する前まではサボろうとか思っていた自我が崩れ、本当の自分が出てくるのである。本当の自分は「さあ、今日も楽しく外を歩くぞ」という気持ちが自然と出てくる自分である。雨が降っていれば濡れるし、歩くのも疲れるし・・と思うのは肉体の我である。肉体から考えれば雨の中を歩くのは「馬鹿」であるから「損」であるからそんな事はしたくないのだ。

 だが肉体では無い我、本当の我、霊としての我は雨にも濡れず疲れない完全円満な自分である。だから少々雨足が強くたって、へっちゃらなのである。ズンズン楽しく歩くのが霊としての我、本当の我、真我である。

 だからそんな気持ちで歩いていると登校中の子供たちが挨拶してくれたりする。彼らも大人に比べれば神様の気持ちが出ている方だが、それでもこの世的に暮らして行けば段々と偽物の肉体の自分が出てくる。だから朝早くまだ眠いのに、しかも雨が降っているのに、そんなに好きでも無い勉強をしに学校に行くのには抵抗があるだろう。だから私は彼らの先輩としても祈りの後の雰囲気を感じさせて、「今日も一日楽しく過ごせよ」という気持ちで行き過ぎるのである。

 肉体は神の子としての霊が宿る神聖な建物、神殿でもある。だから大切に使いたい。歩くのはそのメンテナンスの一つである。

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05月10日(火)

起床時刻:05時41分

 就寝午後11時過ぎ、途中覚醒なし。ただ確かではないが、深夜に一度目覚めたようなそうでないような感じがある。しかし熟睡は得た。よく寝た。本日は勤務日、天気は曇天、雨の予報だったが何とかしのいでいるようだ。本日もウォ-キングを完遂、その後体の汗を取り、洗髪、青汁を飲む。いつものル-ティンだ。

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05月09日(月)

起床時刻:06時31分

 就寝午後11時半頃、途中覚醒なし。猫の鳴き声らしきもので起こされる。それでも起きたということはちょうど良かったのだ。本日は完全休養日だということで、気分も緩み、時間もあるから布団の中でしばらく本を読む。谷口清超さんの本だ。最近この人の本を集中的に読み込んでいる。たまに洋書も読む。もちろん日本語訳だ。

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05月08日

起床時刻:05時30分

 就寝午前1時半頃、途中覚醒なし。昨日は勤務であったが、いつもより仮眠がよく取れた。土曜日ということもあって気分がリラックスしていたからかも知れないが、ホントによく寝た。お陰で今朝はいつもより熟睡感もあったように感じる。

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05月06日(金)

起床時刻:07時00分

 就寝午後11時過ぎ、途中覚醒なし。しかし一度午前6時に目覚める。トイレに行き本日は完全休養日だということであり、又布団に潜り込む。これが何ともありがたい。仕事を持っている者の特権である。もし私が年齢相応に引退していればこのような気持ちにはなれないと思う。仕事の無い日の開放感は何物にも代えがたいと今は感じている。本日は朝から雨ではあるが、それでもやはり祈りをした後は自然に身支度を整え日課のウォーキングに出かける自分がいる。強制でもなく自制でもない。ありのままの自分がそのようにしているのだろうし、させられているのかも知れない。

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05月05日(木)

起床時刻:05時40分

 就寝午前2時過ぎ、最後の勤務の看護師が遅くなったお陰でいつもより少し遅い時刻に寝ることになってしまった。この看護師が勤務の日はある程度覚悟も出来ているからまあ良いのだが、仕方ない。相手は変えられないのだ。相手を変えたければ先ず自分である。自分を積極的に変えていけば相手も自分の通りに変わっていく。

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05月04日(水)

起床時刻:05時40分

 就寝午後11時過ぎ、途中覚醒なし、一気に熟睡をいただく。良い睡眠を得たと思う。とにかく睡眠は大切である。私のような24時間勤務の者だからこそ、こういう風に切実に思うのだと思う。とは言え人生は自分がシナリオを書くものだ。与えられた環境に感謝しつつ、自分で自分の運命を創造していった方が楽しい。しかし焦らず着実に一歩一歩が肝要だ。

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05月03日(火)

起床時刻:06時09分

 就寝午後11時過ぎ、途中覚醒なし。一気に寝る。完全公休日の前日からの睡眠は一番良いのだ。もちろんよく寝られるし、目覚めた後も自由な気分でいられるからだ。これが本当にありがたい。とは言っても、本日は雨、しかも風が強い。しかしそれにも負けず、祈りの後に日課のウォ-キングへと出かけた。カッパを着てその上傘をさす。万全な状態で歩く。いつもと同じ時間と距離を歩いた。達成感は普段よりももちろん強い。そういう意味ではたまには雨も良いのである。

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05月02日(月)

起床時刻:05時50分

 就寝午前1時45分頃、途中覚醒なし、一気に寝る。しかも昨夜は最近の傾向として夜、隙間を狙って仮眠をたっぷり取るようにしている。そのお陰で過酷な睡眠の職場も快適になる。勤務明け後は午前中軽く仮眠することが多かったが、前夜の仮眠のおかげで翌日の午前に仮眠をしなくても良くなったのかもしれない。

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05月01日

起床時刻:05時28分

 就寝午後11時過ぎ、途中覚醒なし、一気に熟睡をいただく。6時に目覚ましをセットしていたが、自然にその前に起きる。これがお休みの日であれば、もうちょっと一眠りするのだが、本日は勤務日、そういう訳にもいかず、サッと起き上がる。仕事があるのでこういうメリハリがつくのかも知れない。生涯現役を目指してもいいのかもしれない。

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