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起床時刻推移グラフ

目標起床時刻:05:00 平均起床時刻:05:55

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07月31日

起床時刻:05時30分

 就寝午前2時、勤務先。いつものように夜時間の隙間を狙って頻繁に仮眠を取る。お陰である程度の睡眠時間をトータルでいただいた。

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 世界には多くの宗教があるが、その中で生きた力がある宗教はホントに数少ないのではないかと思う。ほとんどが形骸化された宗教であると思うのだ。形骸化とは読んで字のごとく、形だけの宗教という事である。

 生きた力があるというのは、具体的に言えば「生命(いのち)」が宿っているという意味である。つまりもっと具体的に言えば、生活に応用できて、現実社会に対応し効果の期待できるという意味である。

 私は今まで多くの宗教書や関係書を読んできたが、単にきれいごとが書かれているものに対して懐疑的であった為、長い事宗教とは距離を置いて来た。それよりも実生活に役立つ健康法や瞑想法といわれるものに興味を示してきたし実践してきたのだ。

 実際それらは偉そうなことは言わない代わりに、生活に役立つ部分はあったし、健康にも充分期待にこたえてくれた。反面宗教は名ばかりで、実際の生活とはかけ離れた効果の無いものだと思っていた。

 例えば世界の多くの信者を持つと言われるキリスト教だが、その中は色々な分派が有り、その中では実際に力のあるものとそうでないものとがあるようである。力が無いのは大体「きれいごと」しか言わない宗教だと思う。例えば、世界的に有名な法王をかかえる団体とかである。

 これらは確かに信者の数から言えば物凄いものかも知れないが、戦争は駄目だとか平和が一番だとか当たり障りのない良いか確か言わない。まるで今のアメリカの大統領選挙でのオバマやクリントンを擁する民主党みたいなものかも知れない。方や悪名高い?トランプ氏は口は悪いが、実際の力は大いに有りそうである。

 日本でいえば葬式仏教と揶揄される従来のお寺さんである。浄土真宗とか日蓮宗とか日本には様々な仏教があるようだがそれである。お坊さんは葬式のみ活躍して後は法事である。生活にはトンと縁のなさそうな念仏を唱え、戒名をこしらえ、形式的にお布施をいただき、それを生活の糧とする。しかし門徒はほとんど彼らの説教によって劇的に生活を改善したとかあるいは難病が治ったとかいう話は聞いた事が無い。

 この前兄とそれでちょっと口論したのであるが、兄が言うにはお墓はなぜ大切なのかと言えば、それはお寺と通じているからだと言う。私はてっきりお墓というのは、死んだ先祖との交流に必要なものだとばかり思っいたが、どうやらそうではなく、門徒としてお寺に対して義理だてするものの手段らしい。つまり私たちはお寺さんの生活を確保する為に束縛されてずっと彼らの年金の為に定期的な法事や何やらでお金を払い続けて行くのだそうだ。

 しかしそれでは一体そんな形式は何時から始まったのだろう。大昔まだ仏教が日本に無い頃、私たちの先祖はどうやって自分たちのご先祖様を祭って来たのだろう。それは素朴な本来の先祖供養だったかも知れないが、私はその方が現在よりももしかしたらマシなのかも知れないと思うのだが。

 なぜ私がこのような思いを持ち始めたかと言うと、今私が熱心に読んでいる「生長の家」の様々な本のお陰である。主に初代の谷口雅春さんの著書なのだが、以後その二代目の谷口清超さんのもかなり読んだ。現在は生長の家は三代目の初代のお孫さんである人が継いでいる。しかし私はまだ彼の著作は一冊も読んではいない。

 生長の家はいわゆる新興宗教である。しかし創立は昭和の初めである。かなりの歴史はある。最初の頃は色々な軌跡と言われる事を起こしたらしい。実際の生活に大いに役立ったと言う事だ。治せない病気は無かったらしい。盲目が治ったという話もある。癌などはいくらでも治ったらしい。それは二代目の頃まで続く。しかし二代目は初代をあくまでも崇拝はするけれども自身は霊感は無かったらしく、しかしその易しい話の内容でそれなりに力はあったようである。

 しかし今の三代目となると、そのような奇跡まがいの宗教とは決別して現実の生活一辺倒となったようである。特に環境問題に傾倒し、辞めて行った信者らは「あれは単なる環境団体だ」と言っているようだ。そして初代とはまるっきり反対方向のいわゆる「左派」となっている趣を感じる。

 幸福の科学の大川隆法さんはこの辺りを著書の中で「宗教は大体時間を経過すると左に傾くようになる」と述べている。そう考えると私が初めに述べたように世界の多くの宗教は右から左に行くようである。初代の教祖がいなくなるとその霊感によるパワーは衰え、自然と目に見えないものと離れ、現実的な唯物論に進むようだ。つまり宗教が目に見えるものだけしか相手にしなくなるのである。

 しかしこれでは何のための宗教か分からなくなる。宗教とは元々目に見えない世界を探索するものだったはずである。公明党の基盤である創価学会がやはり「平和」を唱え、他の多くの新興宗教さえもほとんどがこのような路線を取っているのが良い証拠である。

 法王もしかりである。トランプ氏を批判したり、とにかく極論を嫌う。当たり障りのない平和論を述べるのである。以前我が家に良く来たモルモン教の宣教師に聞いた事があるが、彼らはオバマに批判的だそうだ。主に共和党寄りらしい。つまりモルモン教は珍しくまだ左に行っていない宗教であるのかも知れない。このように同じキリスト教でも右もいれば左もいるのである。そして右にいる方が比較的実践派のように感じる。

 平和とか愛とか抽象的な一見宗教っぽくみられる言葉ばかり使うようになったらもうその宗教には生きた力は無いのかも知れない。生命は無いのである。大体宗教というものは初代あたりがボンと大きな力を発揮してそれから徐々に衰退して行くものかも知れない。それが歴史である。どんなに頑張ってもそれは仕方ない事かも知れない。

 キリスト教であっても初代のイエスの時は奇跡の連続であった。らい病の患者の顔をイエスが触っただけできれいになったり、盲目の目が開いたと言う奇跡が続出したらしい。しかし時が過ぎてただ聖書のみを読んで行き、先生が文章をただ教えるだけとなった今はそのような奇跡は中々お目にかかれない。そしてそのトップが言うのは「戦争反対」くらいで、あまり共産党と変わりは無いのかも知れない。

 しかし人間はこの世だけでホントは生きているのではない。永遠なる存在なのだ。この世の現象のみを問題にして人々を救済しているつもりなのかも知れないが、それは全くのお門違いである。愛とか平和とかいう言葉はこの世だけのそんな軽いものではないような気がするのだ。

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07月30日

起床時刻:05時21分

 就寝午後11時半頃、途中覚醒なし、一気に寝る。昨日も全くの仮眠なし。よくまあ一日動く事だと我ながら感心する。本日は勤務日、昨日は石柱渓に行ってきたが、さすがに渓流の水は冷たかった。その時やはり夏は泳ぎたいなと実感、この夏、海で泳げる時はあるのだろうか。

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 下関市の豊田町にある「石柱渓」を訪れた。
何年ぶりだろう。過去に子供たちを連れて行った事はない。たぶん子供には向かないと判断したのだろう。周辺には何もない。寂れた感じにあふれている。今もそうだがきっと昔からこんな感じだったと思う。だから子供を連れて行かなかったのだろう。

 ここは秋と春の季節が最も訪れる人が多いようだ。
なぜなら、今日はホントに暑かった。盆地だからかも知れないが、暑かった。しかし石柱渓のル-トに入れば木陰の中は涼しくなる。

 昔、若かった頃、バイト先の同僚の年下の女の子とドライブで訪れたことがある。その子の車で彼女の運転だった。私はまだ学生で免許がなかった。好き同士というわけではなかったが、楽しいバイト仲間という感じであった。彼女の案内で私はその時初めてこの渓流を知った。その頃の記憶では、今ほど寂れてはいなかったと思う。

 渓流の水に手を入れると、思った通りにとても冷たかった。
それがまたなんとも気持ちよかった。10以上の滝がそのル-トに点在しているのだが中には池のような溜まりがあって、その中に飛び込んで泳ぎたくなった。きっと気持ちいいだろうと思う。

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07月29日(金)

起床時刻:06時27分

 就寝午前0時過ぎ、休日なのに遅い時刻に寝てしまった。
しかも、前日は24時間勤務の日である。普通なら他の同僚たちの
多くは帰宅後仮眠する事が多いのである。しかし私は仮眠ゼロで
一日活動し続け、そしてこんな時刻に寝てしまった。
今回の障害者施設の事件の事を妻と語り合っていたら遅くなった。

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 陽だまりの木の会員募集の宣伝文を考えるのに私は週に一回苦悶?する。良い文句を考えだそうと奮闘努力するのだ。考えなければならない字数はわずか12文字。だがこの短い文章が短いだけに難しい。

 昨日は一日テンションが高く充実していると感じた。それで締め切りは本日なのだがちょっと早くても「今日中に考えよう」と決めた。夜、寝る前に自分の机の上のメモに書き出した。色々書き出した。しかしどれもあまりパッとしない。心に響かないのだ。

 もしかしたら明日は今日ほどテンション高くないかも知れない、ならばやっぱり今日どうしても考えたいと思った。しかしどうしても出てこない。諦めた。諦めが肝心である。明日に期待しよう、明日の自分に期待しようと。

 そして朝、毎日の日課である祈りを終えて私はこれまた日課のウォーキングに出た。大体この時間に良いアイデアが浮かぶ事が多い。あるいは、風呂に入っている時とかとにかく気分が良い時に起こる。リラックスした状態である。

 さて歩きだして色々と浮かんできた。最初の頃は他の事も色々と考えた。後半、昔読んだ本を思い出した。大学時代、一旦休学していた大学であったがやはり上手く行かず、復学しても学校は休みがちだった頃だ。

 何をしても無気力で怠惰な日々を送っていた私であったが、反面これではいけないと焦りもしていた。折角復学した大学である。親の事も考えれば頑張って大学生活を全うしなければならない。それは自分が一番分かっている。

 しかしどうしてもその気が起こらなかった。全く悶々としていた時期である。その時尊敬していた地元の先輩が勧めていてくれた本を手にした。で、しばらく読んでいた。面白かったが、それだけだった。

 しかしいよいよ最後のページになって、最後に「さあ、何を君は寝ているのか、起き上がってその一歩を踏み出すのだ、君の人生は君が作るのだ」というようなはっきりは覚えていないがそのような内容だった。

 私はこの一文を読んでホントに起き上がった。寝転がってその本を読んでいたのだ。そして直ぐに行動に移った。そう、学校を辞めたのである。直ぐに下宿を片付け、身づくろいをして私は郷里に帰った。

 それからの私は人が変わったようにイキイキと動き出した。当時日本で最も偏差値が低いと言われていた地元の大学に編入し新しい人生を創りだして行ったのだ。

 そんな思いが歩きながらフト湧いて来た。そうだ、きっとこの故郷のどこかであの頃の私のような時を過ごしている人がいるかも知れない。その人に向けて熱いメッセージを送ろうと思ったのだ。段々と入会希望者が増えている最近である。

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07月28日(木)

起床時刻:05時30分

 就寝午前2時半頃、最後の職員がまたまた遅い退勤となったため。
仕方ないが、どのような状況となっても、完全円満な自分を信じて
対処すれば良いのだと思う。

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 障害者施設を深夜襲い多数の死者を出した事件が起こった。何とも残忍な事件で戦後最悪と言われているが、本当に被害者ならびにその家族の方達には遺憾な気持ちでいっぱいである。このような残酷な事件は二度と起こしてはならないと痛感するのはほとんどの人であろうと思う。

 しかしこの犯人が事件前にも事件後にも話していることには、障害者は許せない、殺して当たり前なのだというようなことである。この言葉が世間にいる評論家的な人たちのものであれば全くの愚かな話ではあるが、犯人はその障害者施設で働いていた当事者なのが問題だと思う。

 私も精神科の病院に働く者であるから、この犯人の一連の言動が全く分からない訳ではない。偽善者ぶって、一方的に犯人を完全な悪だと決めつけ、自分とは完全に相容れない存在だと疎外できない部分があるのである。

 私は精神障害者とはほとんど直接的には接することはない。だが彼らをサポートする側の人たちの様子は見ている。だから医療や福祉関係の人たちの苦労や大変さはよく分かる。よくまあニコニコと障害者たちに接するなあと感心しているのだ。障害者の中には扱いやすい人もたくさんいるだろうがそうでない人もいる。そういう人達を扱う場合は大変な心と体のエネルギーが必要だろうと思われる。

 今度は障害者の立場に立って考えてみよう。
足が無かったり腕が無かったり、体のどこかが思うように動かなかったりする者が
障害者だと思う。または精神障害者という人たちもいる。
彼らはやはり健常者と呼ばれる一般の人たちと比較すれば
わが身をすねたり、世間に対して日蔭者的な思いを持つ人もいるだろう。
いつもニコニコとして楽しく生きれればそれに越したことは無いが、
それはまた中々難しいだろうと想像できる。

 だから自分の世話をしてくれる人たちについつい嫌みを言ったり
暴言を吐いたり、つまりそれは甘えているのだろうが、
そんな態度を取ってしまうの事は多いだろうと思う。
そんな中で懸命にお世話する看護師や福祉士などの人たちは
本当に大変だろうと思う。

 いくら仕事とは言え、それらを我慢して(我慢という表現は適切ではないかも
知れないが)適切な処置を施す人たちはホントに偉いなあと感心する。
しかしそういう毎日の中で、今回の犯人のような者が現れるのだろう。
彼もきっと一時は頑張って障害者の人たちに対して奉仕しようと
思っていたのかも知れない。

 そういう日々の言葉の暴力や態度、それらが蓄積される。
それらを常に跳ね返せば良いのだろうが、自分の中にジッと
蓄積する人もいるだろう。
そういうものが積み重なって、いつの日か暴発する時が来る。
だから日々の心の点検や反省等がとても大切であると思う。
もちろん良い教えを学ぶ事も必要だと思う。
障害者たちの鬱憤をプラスに変えさせてあげられる
度量が必要な時があるだろう。

 今の人たちはそんな部分を現代社会の科学的な学問で対処する。
障害者を科学的に分析し、薬を与えたり治療したりする。
あるいは、そういう知識をもとに障害者の人たちに対しての態度を作る。
だがそれらはきっと限界があるのだと思う。
心や体に欠陥があったり悩みがあったりする者の心の闇は中々晴れないものだ。
西洋科学的な知識のみの医学や福祉学では限界があるのだと思う。

 私はだから今こそ信仰が必要なのだと思う。
現代社会の常識を超えて私たちは愛や感謝というものに
取り組まなければならない。
そうすれば医者や看護師、福祉士という聖なる職業も
筋金が一本入り、障害者に対して温かい愛や本物の感謝を
投げかける事が出来るのだと私は信じている。

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07月27日(水)

起床時刻:05時12分

 早起きのグラフが最近変化しつつある。今までほぼ同じパターンで寝て起きていたから、急にそのリズムが変化してきたのが分かる。とにかく仕事の日でも休みの日でも目覚めたら起きるようにしている。と言っても、その辺りは若干幅もある。全く仕事と休みの日が重なると言う訳ではないかも知れないが、意識的にも私は目覚めたら起きようと思っているのだ。無理はしない。

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 幸福実現党の東京都知事選についての名簿作成を支部長から依頼され昨日、今日と
私は電話をかけまくった。主に高校時代の友人を頼りに少しでも良い情報が欲しいと
頭を駆け巡らせた。

 お陰で何十年振りかに電話出来た同窓生がいたりした。
結果は中々伴わなかったが、数人の同窓生と懐かしい話で盛り上がったのが
私個人にとっての収穫でもあった。

 もし今回の支部長からの依頼が無ければ、いつも通りの休日になっていたかも
知れない。所が、今回の依頼で私はホントに多くの同窓生たちと会話して楽しかった。
そう考えれば、こういう宗教団体の仕事も中々意義深いものだ。
しかしそれはあくまで私個人の問題であって、団体としての結果が出なければ
完璧とは言えないだろう。

 青森に住む同級生ともつながった。彼は非常に懐かしがってくれて
私の用事が都知事選に絡んでの事だと分かると、「ふぇー、都知事選まで関わるのか」
と、感心してくれたものだった。私はそんな風に感心がられるとは夢にも思わなかったから
これが意外に楽しかった。ホントに何事も評論家ではいけない、自分も中に飛び込む精神
は必要なのだろう。

 一人の男性であるが、高校時代に知っている同級生とつながった時の事。
彼は同級生たちから東京在住と知られた数少ない人物であった。だから私は
彼の住所を知りたいと思った。彼の友達だった者、彼の事を知っている者、
手当たり次第に電話して探した。

 実は数年前に私は彼と電話で話した事が有った。
彼の友人が私の隣にいて、その東京にいる彼と電話中に私に代わると言ったのだ。
その時少しの時間彼と話したのだが、彼は突然私に向かって自分が今癌を患っていると
告白してきた。私はびっくりして聞いていたが、その病状は比較的程度も軽いようだった
が、癌は癌である。

 「何時死んでも不思議じゃない」と彼は暗い感じの笑いで話してくれた。
それから数年が経っていた。もしかしたら・・・という不安もあったが、彼は電話に出て
来た。意外に元気そうだったが、今通勤の駅のプラットホームにいると言っていた。
彼は意外にも幸福実現党の候補者の名前を知っていた。
「だって多くの候補者の中で若い女性は彼女1人だろ」と教えてくれた。

 実は彼は東京在住では無く、住いは関東だが勤務先が東京なのだと教えてくれた。
だから自分には投票権はないのだと私に説明したが、そのあと 
「会社の連中に彼女はどうかと一応言っておくよ」と彼は言ってくれた。
その短い彼との久しぶりの声だけの邂逅だったが、
昔の面影はあまり感じさせなかったが、
新しい出会いという感じが私には嬉しかったものであった。

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07月26日(火)

起床時刻:05時15分

 完全休養日にもかかわらず、こんな早い時刻に目覚めたのは就寝時刻がちょっと早かったからである。とは言え、そんなに早く寝た訳では無くいつもより数十分早いという程度である。それにも拘らずこんなに早く目覚めたのはやはり昨日一日頑張ってそして自分への御褒美も兼ねて夕食を外食にししかも久しぶりに生ビールをジョッキ(とは言え小であるが)で二杯も飲んだからである。しかも、これがまた珍しく少食になったものとばかり思っていた私がその食堂でご飯のおかわりをしてしまったのである。だから「自分にもまだこんな力が残されていたのだ」と不思議な気持ちになってしまった。とにかく脳のある束縛を外せば人間は何だって出来るのだと実感した。

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 会員のAさんから朗報が入りました。もしかしたらAさんに春が訪れるかも知れません。とは言っても陽だまりの木の集いの中でお相手が見つかった訳ではありません。お友達の一人が紹介してくれたそうなのです。「良かったね~頑張ってね」と送り出した訳ですが、だからと言って陽だまりの木で良い人が見つからなかったから意味ないじゃんという訳ではありません。Aさんが陽だまりの木にいたからこそ、そんな良いお話が訪れたということになるのです。

 こういう会に入っていれば、やっぱり何となく雰囲気も変わります。周りの人に対しても「この人はそんな会に入っているから良い人を探しているのだ」と自然に自己アピールしているのです。ただ黙って何にも活動しなければ何も良いことはやって来ないのです。だから陽だまりの木の中で良い人が出て来なくても違う所から現れたりするのです。とにかくどこって場所は限定出来ないのです。神様は無限なのですから。Aさんに春が訪れそうなのもやはり原因があるのです。

 そして同じ会に入るのでもスポーツや文化のクラブよりは陽だまりの木のような会の方が直接的なのです。そのものズバリと言う感じです。何事も諦めなければ必ず夢は叶うのです。

 私はでもAさんに言いました。「貴方に春が来て目的が叶ったとしても、陽だまりの木にはそのままいてね、毎月の例会には必ず参加してね」と。彼女はもちろんと答えてくれましたが、春が来てパートナーができることと陽だまりの木で活動することは別なんだよと私は彼女に言いました。なぜなら私たちは春が来た後も色々な人生の出来事が起こって来ます。それを私は会員の皆さんと分かち合い又学びあいたいと思っているからです。

 でも私はAさんからそのお話を聞かせてもらった時に本当に心から嬉しく思いました。「良かったね~、頑張ってね」と、ホントちょっとウルウルしたくらいでした。Aさん、幸せになれ~

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07月25日(月)

起床時刻:05時30分

 就寝午前2時前、しかしその1時間後くらいに職員によって起こされる。いつも遅く帰る職員だ。最近はちょっと早くなったかなと思っていたが、又復活してきたようだ。ま、仕方ない。こちらで上手く調節するしか防衛方法は無いのだから。

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 23日は宇部の花火大会だった。ここ数年は姉宅で見物している。姉の住むマンションからは花火大会が一望なのだ。特に姉の家の階は最上階で眺めが一番なのである。

 私はどちらかと言えば、花火を楽しむと言うよりは集まった兄弟達と食べたり飲んだりして親睦を深めあう方が好きなのだが。しかし女子供は華やかなきれいな花火が楽しいのだろうと思い、彼らのお付き合いで参加している。

 その集まりにはチビッコ達も加わっている。今年はちょっと増えて三人だった。七歳五歳四歳という元気いっぱいのまさに騒がしい盛りのチビッコギャング達である。女の子が二人、真ん中の五歳が男の子であった。  
 私にも二人の子供がいるが、もう立派な大人に成長した。二人とも女であるが、昔は世間的にも男の子の誕生が期待されていたものだったが私は不思議にも女の子が良いなと思ったものだった。どうにも男は乱暴であったり粗雑な感じがしてあまり良い印象はなかったのである。自分が男だからということもあったのだろう。

 昔の私にとって子供というものは愛玩するという存在だったかも知れない。普通男親が息子に対してする鍛えたり躾たりするのは何となく嫌であった。一家の中に男が複数いるというイメージに好感が持てなかったのだと思う。

 しかし実際娘達が結婚し家を出て行ってからはホントに寂しく感じる時期があって、ああ女の子というものは詰まらないものだなあと思ったりした。ああ一人くらいは男の子がいても良かったなあとため息をついたものだった。しかしそれは打算的な考えであり、なぜなら男の子であっても家が詰まらなければ出て行くものだと思うからだ。

 そしてそれらはいずれも私が子供達と真正面に向き合って接触して来なかったからの感慨かも知れない。昔の女の子優先の考えにしても、娘達が嫁いだ後に感じた寂しさも、子供達と深く付き合い混じりあうことをおろそかにした結果なのかも知れない。

 なぜそう思うのかと言われれば、話は元に戻るが、花火大会で五歳の男の子と触れあったことによる。彼はあとの二人の女の子よりも多く私に触れ合い接触して来た。体を密着して来たのである。あ、男の子でもこんなに引っ付いて来るんだと私はちょっと驚き新鮮な感覚を覚えた。手っ取り早く言えば可愛いのである。そして彼は何かの理由で泣いた。残りの女の子は全然そんな感じではないのにである。しかし私はそれでもその仕草が可愛く感じられた。

 将来彼らが家を出ても出なくても別にして意外に男の子も可愛いものである。昔の記憶が頼りないのかも知れないが、実の娘達よりも私に密着して来たのかも知れなかった。

 結局私が変わったのだろう。今の私はどんな人にも真正面で向き合う。年齢を越えている。そしてそんな風に人間と接して行けば、自ずと誰とでも友好な関係は築かれるだろう。きっと私たちは大切にされるだろう。寂しい思いはしなくて済むようになるのかも知れない。

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07月24日

起床時刻:05時30分

 就寝午後11時前後、フラフラに近い状態で寝たのかも知れない。さすがに寝る前の祈りはしなかった。出来ればやれたかも知れないが、たまにはこういうこともあって良いではないかなと思うが。いや、今チラッとひらめいたのだが、そういう時はわずかでも良いから祈れば良いかも知れない。妻は横になって寝た状態で祈れば良いと言ってくれたが、たぶん彼女はそれをやっているのだろう。しかしとにかく少しでも良いから座って祈れば良いのだ。

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 陽だまりの木の7月例会が昨日あった。参加していただいたのは全部で私を入れて9名、前回より又一名増えたことになる。前々回より二名アップ、まさに一名一名増えているが、まったくの微増である。

 常連というべきメンバーが数名いらっしゃるが、ホントにこの人たちには頭が下がる。安定感があるというか、心配しなくても済むメンバーである。この人たちはただ有り難いのみ、ホントに書いて字のごとく、有り難いのだ。人の心は移ろいやすいから、休むことだって良いのだが、それを真面目に出席してくださることは「有り難し」なのだ。

 だからと言って一度来られた方がもう来なくなるのは私の不徳のいたり。奮起せよという神の声なのだろう。毎月一回同じことをやり続け、それは同じことの繰り返しのようにも見えるが、実際はそうではないと思う。その証拠に私は回を重ねるごとに学ぶことは多いのである。

 今回の月例会は前回にも増して内容充実したと自負できる。初めて対面した方もいらっしゃるだろに、皆明るく大きな声で笑ったり、隣の人と語り合って大いに親睦を深めていただいたものと思う。私も又新しいアイデアが会の途中に何度もひらめいたりした。それをメンバーの方たちに言えばサッと返してくれてそれをまた材料に会の運営に反映しようと決意したりする。それがやはり実践の素晴らしさだと思っている。




 会の詳しい内容は又後日あらためて紹介できれば良いと思う。聖典を読み、祈りを深め、そしてこのような会で実践する。それを愛行とも言うようだが、そうやって自分の信仰、信念を深めていくのだと思っている。とにかく私は再開して三回例会を開くことができた。もっと深めて行こう!!

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07月22日(金)

起床時刻:05時30分

 就寝午前1時半過ぎ、勤務先にて。一気に熟睡をいただく。昨日の夜も隙間時間を見つけては仮眠に精を出した。そのお陰で短い本睡眠でも元気に過ごせる。と思っている。

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 私の勤務先は精神科の病院であるからそのような患者やご家族の姿をよく見かけるのであるが、精神を病んだ者とか異常な行動を取る人というのは本来ないのではないかと考えている。

 病気は気の病とよく言われるが、これは病人本人の気の病というよりもホントは周りの人間の気の病ではないかと思う時がある。特に患者に最も近い間柄の者の考えやイメージが大きな原因になっているのではないかと考えているのだ。

 仏教には「唯心所現」という言葉があるが、これは現象は心が作っているということである。環境や運命がこれに当たり、それらは全て本人の心が作り出しているということである。病気もこれに当たり、どんな病気でも全部自分の心が作っているということだ。

 精神病の患者はどうであろう。私は先に本人ではなく周りの人間が作っていると述べたが、本人自身が創造した場合もあるだろう。しかし割合的には半分半分くらいかも知れないしそれは個々の場合でまた違うのであろう。

 ここでは周りの人間が創造した場合を考える。だいたい精神病にかかるような人は元々ちょっと変わったところがあると思う。しかしだからと言ってそういう人なら必ず精神病にならなくてはならないということはない。人間は本来完全な存在なのだから、ちょっと変わっているというくらいで皆が精神病なんかになったのではたまったものではない。逆に人間は皆それぞれが唯一の個性の持ち主なのだから、ちょっとくらい変わっているのが本当なのだ。

 しかし特に日本は同質社会だから、ちょっと周りと変わっていたら安心できない社会である。だから本人も悩み苦しみ周囲に同化しようと努める。しかしこれまた個人によっては世の中や社会に対する見方が違ってくるからややこしいのである。

 最も身近な存在の家族は問題のある者を自分のメガネにかなうような人間に仕立てようと思い願う。しかし本人との価値観が違うから当然衝突する。しかし周りの人間が強い念力で愛する家族を自分のイメージで縛る。周りの人間の想像力が強ければ強いほど難しい病気が作られて行く。何年も何年も治らない不治の病の精神病がこのようにして作り上げられて行くのだ。

 家族の精神病を治そうと思うのなら、そのような縛りを解くことである。そして本人自身の自分への縛りも解いてやることである。あなたはそんな精神病なんかではない、ただちょっと個性的なだけであって逆にそれはあなたのチャーミングなところなのだと勇気と希望を持てるような言葉を与えてあげることだ。元々身近な家族が作り上げたのだから消すのも出来るはずだ。本来精神病なんかないのである。

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07月21日(木)

起床時刻:05時20分

 就寝午前0時前頃、本を読んで寝ようとも思ったが、眠気が強く直ぐに寝てしまった。本日は勤務日、暑い日が続く。しかし日課のウォ-キングはやっている。

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 梅雨が明けた仕事のお休みの日に下関方面に出かけた。
30度以上はあったと思うが、そんなに不快な暑さには感じなかった。
さわやかな暑さ、というのが正直な実感である。
途中、山陽小野田市にある「花の海」に立ち寄った。

例年ならばこの時期はひまわり畑が満開なはずだが
6月の日照不足だとかで、まだほとんど咲いていない状態だった。
例年ならばここのひまわり畑は見事で、広大な敷地にいっぱいの
ひまわりが咲いて、それはもう美しい光景が広がるのである。

 いつものように「ゆめシティ」に行き、一頃遊び、お腹が空いたからどこかで食べようと話したのだが結局滅多に行かない店に立ち寄った。
それはゆめシティの近くにある「ドロシ-」というお店。
以前一度だけ訪れたことはあったが、最近はご無沙汰だった。

 石窯でパンを焼くというお店なのだが、イ-トインコ-ナ-があり、それで決めた。ちょっと普段なら行かないようなお店でゆっくりしたいなと思ったからだ。こちらのお店は簡易的な自動おしぼり機があって、大変便利である。ボタンを押したら自動的にポンとおしぼりが出てくる。これが嬉しい。
パンを食べる時に使えばホントに便利だ。

 パンを選んでレジで購入したらトレイに乗せてイ-トインコ-ナ-に運ぶ
一人150円でドリンクバ-もサ-ビスにある。一人の時なら窓際のカウンターに座ってゆっくり寛ぐのも良いし、グル-プならテ-ブルも良いだろう。また横にはス-プ専門のお店もあるからこれも楽しめる。
店内の一角には有名なお酒も並べられていて、見るだけでも楽しめますよ。

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07月20日(水)

起床時刻:06時25分

 就寝午後11時前頃だとは思うが、定かではない。勤務明けの翌日は普段なら完全休養日だから私は大いに眠りこける。朝一度目覚めてももう一度寝たりする。二度寝三度寝というヤツだ。しかし考えを変えた。いくら完全休養日だからと言って、眠り呆けるのは良くない。眠るのと食べるのは兄弟だから、何度も何度も小刻みに食べるのが良くないのと同じ事だ。胃がもたれる。睡眠の場合は心がもたれるかも知れない。だから私は朝一度目覚めたら起きる事にした。とは言え夜中だったりした場合はもちろん寝る。朝、もうすでに周りが明るくなった頃だったら私はもう起きる。完全休養日だからと言って何も用事が無いからと言ってグダグダしない事にした。グダグダするのは気持ち良いものである。が、その気持ち良さは多分五感の気持ち良さだ。五感の気持ち良さは本当の気持ち良さではない。偽物の気持ち良さである。偽物にはロクなものは無い。本当の気持ち良さを追求して行きたいと決意しよう。

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 私は一日として欠かした事のない日課がある。ウォーキングだ。以前は走っていた事もある。これはこれで中々意義深いものだった。流れる汗の量は歩くのと走るのとでは格段に違うし、運動したと言う実感も違うだろう。出来れば続けたいとは思う。が、続ける為にはある程度楽な気持ちというのも大切だと思う。だから今の私はウォーキングなら一日とて欠かさないで続けられると思っている。

 だがやはり世の中は広いもので、歩くのよりもキツイと思われるジョギングをずっと続けている人もいるらしい。それは都合が悪いからとか気分が乗らないからと言ってたまに休むなんて事ではなく、ホントにずっと毎日毎日続けている人である。世の中にはそういう人もいるのだ。

 私だってもしかしたら歩くのを止めて走るのに変えても続けられるかも知れない。以前走っていた時も一年近く続いた事もあった。しかしたまに休むなんて事もあっての継続だった。しかし今の私はそんな事も全部考えての歩きなのだ。最初の頃は、とは言っても少し前までは私は走るような動きで歩いていた。両手を持ちあげて、エッサエッサという感じだ。だから普通の歩きよりは運動ぽかった。

 けれど今は普通に歩いている。トボトボと言う感じては無いが、出来るだけ颯爽とといった感じである。普通に歩いている人くらいはだから直ぐに追い抜く。それくらいの速さだ。それくらいがゆっくり歩くよりも気持ちが良いからだ。そんな歩きを私は日々休まず続けている。

 歩くのは確かに健康に良いのかも知れないが、それは体の健康にとどまらず、心にも良さそうだ。歩くのが良いのにたくさんの事がある。先ずは瞑想的な部分。色々考えながら歩くのは楽しいものだ。仕事のヒントがポッと湧き出る時もある。だから大切な行事でもある。その他、登校中の子供たちから挨拶を貰ったりした時も大変嬉しい。子供たちの元気をもらったと言う感じかも知れない。

 他に景色である。特に今の季節は緑が美しい。木々が輝いて見える。晴天の時の青空が木々の背景にある時などは特にすばらしい。木々の鮮やかさや輝きが心で感じられなくなった時は人間は要注意である。きっと心に迷いや悩みが忍び込んでいる時だろう。だから木々の輝きが感じられない時は自分の心を顧みて反省することだ。今自分は地獄にいると思っても間違いは無いと思う。

 地獄というのは少し大袈裟ではないかと言われる方もいるだろうが、地獄にも色々レベルがある。平和だと思われるような心境でも多分に地獄的な部分が入っている場合もあるからだ。だから夢夢油断なさらない事である。

 そういうように歩くには大変な効用がある。一石二鳥どころか三鳥四鳥もある。多いにおススメしたい。

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07月19日(火)

起床時刻:05時30分

 就寝午前1時半過ぎ、途中覚醒なし、一気に寝る。目覚ましのセットの時刻よりも少し早く目覚める。早めに仕事をし、それから又仮眠。一時間程度の仮眠をとれた。

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 勤め先のお客様から梅雨が開けたと聞いた。ちょっと早いなあと思ったが、いよいよ夏本番だと思うと中々楽しいものである。

 以前は夏になれば妻と泳ぎに行っていたものである。子ども達がまだ幼い頃は家族で行き、子ども達の友達まで連れて行っていたものであるが、ここ数年は妻とがほとんどである。しかし去年も一昨年も行く機会に恵まれなかった。というより自ら進んで行かなくなったというのが本当である。

 やはりこれも年齢のせいだろうかと自らに問うが、いやいやそんなことはないと答える自分もいたりする。行けばやはり楽しいものであり、気持ちの良いものなのだが、サッと行動に移せる自分がいないような気もするのだ。

 信仰を深めて行けば、今が人生の中で一番充実しているのだという自信が生まれ、逆に過去の自分まだ信仰薄き自分をダメなやつだと否定しがちであるが、気軽に泳ぎに行っていた自分を振り返ってみると中々昔の自分も捨てたものではないなと思う時もある。

 だったら昔の自分は昔の自分のままで良いところもあったのだと素直に認めてやっても良いのかも知れない。昔の自分から今の自分を見れば憧れたり尊敬したりする部分もたくさんあるだろうし逆に今の自分から昔の自分を見れば見習わなければならないところもたくさんあるだろう。だから時間を越えて自分は変わらない一人の自分なのだと悟れば焦りもなくなるだろう。

 そうすると、今度は今から未来の自分将来の自分を考えてみれば、きっと未来の自分は憧れの存在になっているだろうし又未来の自分から見れば、今の自分にはきっとすごいなあと感じられるところもたくさんあるだろうと思う。要は、今を大切に切実に生き、自分は神の子なのだと信じる信念が大切なのだということではないだろうか。さて、そうならば、私はちょっと昔の自分に付き合う為に、今年は又海に行って爽やかに泳ごうと思うのである。

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07月18日(月)

起床時刻:05時27分

 就寝午前0時前頃、本も読まずに寝る。祈りの時遅い時間だったせいか、半分寝ているような感覚であった。ホントはこういう状態が一番潜在意識が表面に現れていると言われているから暗示効果は効くのかも知れない。本日は勤務日、いつもより30分速く自然に目覚めれたから、何となく気分がハイである。

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 久しぶりに兄と電話で会話した。私とは七歳違いの兄であるが、兄と電話したり直接話したりする時にいつも気にする事がある。それは兄が無類のお酒好きだと言う事だ。晩酌は何よりの楽しみだと思う。それはそれで良いのだが、ちょっと酒癖が悪いのだ。暴れたりするというような大袈裟なものではないが、ちょっと気持ちが大きくなる。ま、それは誰にでもある事だから良い。私だって偉そうなことは言えない。昔の兄はそれが又強く、最近は歳のせいか、少しは治まってきたかのようであった。

 しかし昨夜の兄はヒートアップして、私に色々と詰め寄って来た。以前の私であれば口には出さないがその兄の言動に対して不快な気分になったものである。しかしやはり弟であるから我慢して堪えていたものであり、言いたい事を言えなかった後悔をいつも持っていた。

 しかし昨日の夜は少し違った。いつものように兄は元気が旺盛で、私に迫って来たが、私も以前のように負けてはいなかった。とは言え口喧嘩したということではなく、私はあくまで冷静にしかし声はある程度大きく話した。やはり圧されてはいけないと言う気持ちがあったのだろう。

 不思議な事に昨夜は電話を終わった後もいつものような嫌な余韻は残らなかった。私もある程度言いたい事は言ったし、兄も言えたと思う。最後の辺りは兄も冗談半分かも知れないが、「はい、分かりました」と素直な返事?をくれたりした。これは兄が姉とのやり取りで、これまた兄がお酒がちょっと入っていたのかも知れないが、言いたい事を姉に言い続け、多分姉が気分を害したのではないかと思われるのだ。

 そこで姉も売り言葉に買い言葉で、心にもない事をもしかしたら兄に言ったのかも知れなかった。しかし兄はそれを真に受けて、信じ込んでそれを私に聞くのである。だから私は兄に核心をついて、説明した。「兄やんが言いたい事をストレートに言ったから姉やんも思わずそう言ってしまったのだから、やはりそこは嘘でも良いから姉やんを喜ばす事を言わないといけんよ」と。

 すると以前なら猛然と私に反発してきた兄のはずだったが、あにはからん、「うん、そうだな、分かりました」と素直に応じてくれたのだった。しかし私はここで兄を全面的に責めず、「いやいや兄やんの正直なところが良いのだからな」と言った。それは決してお世辞ではなく、本当に心から私はそう思ったのだ。

 兄は私とは違って真正直で素直である。長男らしい性格の持ち主だ。私は末っ子のせいか、いい加減で、お調子者である。だからうまく世間を渡り歩き、あまり衝突しようとしない。兄と私、兄弟であるが、バランスがとれており、ホントに良い仲であると自負しているのである。だから相身互い、相手が悪いと思えばやはりそこは逃げずに言ってあげた方が良いと思う。それは逆に私が悪い時にも言えることである。

 とにかく昨夜の兄とのバトルは心地よかった。そばで聞いていた妻も「白熱していたね」と言っていたくらいだ。しかし最後に私は兄が結局私の代わりに姉の用事を務める事に対して「お願いします」と頭を下げて電話口で言ったものだから兄の方も恐縮してくれて良い感じで終わった訳である。そんな兄ともうすぐ会える。宇部市の花火大会で兄弟が集まるのである。

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07月17日

起床時刻:07時16分

 就寝午後11時半過ぎ、最近の就寝時刻は大体このくらいだ。テレビを見終わってまだ元気があれば本を読むというパターン。しかし午前0時前には寝ようと努めている。

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下関市のシ-モ-ルに出かけた。いつものごとしに色々遊んだ帰り、私は初めて関門海峡、壇ノ浦に途中下車した。

 実は大変恥ずかしい話なのだが、私はここを訪れるのは初めてである。こんなに長く山口県に住み、何度も何度も下関には出かけているのだが、ホントにここは初めて足を踏み入れたのだ。
 車では何度もこの辺りは前を走り行き過ぎていた。観光客らしき人たちが気持ちよさそうに歩いているのを横目に私はホントに恥ずかしい話なのだが一度も車を止めてみようとも思わなかったのである。

 ちょうど海峡を大きなタンカーが通っていた。その速度は意外に速かった。あっという間に関門海峡を渡って行く。壮大な気持ちの良い眺めである。開放感抜群!!

 梅雨の間の晴れ間。天気は快晴、湿度も低く、爽やかな一日だった。海峡を渡って来る風は心地よく、地元民だけではなく、観光客らしき人たちの姿も見えた。

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07月16日

起床時刻:05時30分

 就寝午前1時半過ぎ、途中覚醒なし、一気に寝る。勤務先。前夜も隙間なく仮眠をとった。お陰で良い感じで朝を迎えられた。

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 本日は週に一度の広告の掲載日である。広告といっても文字通りの三行広告だが反応があれば嬉しいものである。しかしここ最近あまりその反応が思わしくなかった。それで前回月例会の時に皆に聞いてみた。どんな言葉が良いだろうかと。

 それで出てきたのが女性のメンバーたちだったが、歌って楽しく過ごしましょという感じだった。「それなら単なるカラオケクラブではないの」と私は反発したのだが、それはそうだとその場では終わったのだが、よく考えれば確かにそういう事もありうるなと一度チャレンジしようと思った。

 つまりその女性たちのアイデアを採用してみたのだ。で、今朝の朝刊にそれが載っていた。今回もダメかなと思っていたら、一本の電話が鳴った。相手は女性だったが、女性の気持ちは女性だから分かるのかも知れない。その相手は会員さんたちが言っていたように、楽しく歌って・・・的な感じに賛同していた。私は思ったものだ。自分だけの頭で考えたものはやはり自分だけのものかも知れないと。三人寄れば文殊の知恵とはホントによく言ったものである。

 これからも何か行き詰ったり難しいなと思ったときは、そのように会員さんたちの意見を大いに取り入れようと思った次第である。

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07月15日(金)

起床時刻:06時09分

 就寝午後11時半過ぎ、本日も本を少し読み就寝した。一気に熟睡、本日は勤務日。日々積み重ねられて行くが、一日とて同じ日は無いのだと言う信念で生きて行きたい。
 朝のウォーキングの時に元気の良い掛け声で挨拶を受けた。多分高校球児だと思う。いよいよ夏の甲子園の宇部地区予選が始まったのだ。私の散歩コースが市営球場を含むからである。

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 天皇陛下が、天皇の位を生前に皇太子さまに譲る「生前退位」の意向を宮内庁関係者に示されていることが、政府関係者への取材で分かったというニュースが昨日の朝刊で入った。それから各テレビ局で色々な意見が飛び交っていたが、現在82歳というご年齢での公務が大変なのだろうと言う意見が大半だったし、又ごもっともであると思うのだが、私がこのニュースを聞いて先ず最初に思ったのは、天皇のご健康もさることながら、皇太子が天皇に即位するという方に関心が向いたのだった。

 皇太子は現在56歳である。そんな年齢なのに皇太子と呼ぶにはやはり少し違和感もある。仮にこのまま天皇が長生きされ、100歳くらいになった場合、皇太子は70歳を超える。今の時代は高齢化で医学も進歩し昔の平均年齢とは比べ物にはならない。皇室においてもこれは私たちと変わらないだろう。やはりここまでという期限を設け、天皇の位を退位されるという方向が一番なのではなかろうか。高齢化の日本にあってはピッタリと合った方法であり、結果的に現天皇の長寿も期待できそうである。

 だから私がこのニュースを聞いて最初に思ったのは「皇太子さまがやっと天皇になられる」ということだった。コメンテーター達はいずれも天皇ご自身の激務や健康の事ばかり述べていたが、ホントに私は皇太子の天皇即位に気が行ったのである。私と皇太子があまり年齢が変わらないと言うのも有ったのかも知れない。

 人間はやはり何より経験が大切だろう。皇太子は皇太子のご経験を長く務められた。もう充分かもしれない。今からは天皇だ。まさにニュー天皇の誕生である。これは国民としても有難い、嬉しい出来事であると思う。今から天皇としてのご経験を務められ、現皇太子の個性を如何なく発揮され、日本国内に新鮮な皇室の空気を送られてほしいし、また、世界に広げられて欲しいと願っている。何かワクワクしてくるではないか。

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07月14日(木)

起床時刻:07時12分

 就寝午後11時半過ぎ、祈りの後に翌日は休日という事もあり、本を読んだ。心に沁み入る本ではあったが、やはりずっと仮眠なしで過ごした私にとっては眠気には勝てなかったようで、数ページ読んで寝てしまった。何とも良い気持ちで、長女が父の日に買ってくれた敷布団がホントに心地よいのだ。

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 私が主宰してやらせてもらっている「陽だまりの木」であるが、一週間に一度地元の新聞紙にはさんであるチラシの一角に伝言板というコーナーがあるが、私もそれを大いに利用させていただいている。たった三行だけの広告であるが、そのわずかな隙間に凝縮して「良い言葉」を投入しているのである。

 二年前に一度利用した時は、純粋に会員募集の気持ちが強かったが、今では心に少しばかりの余裕が生まれたのかどうか分からないが、そんなに焦った感情は無くなった気がしている。それよりも何か心に響く言葉、残るような言葉を考えて掲載できれば良いなあと思ったりしている。

 もちろん新規の会員さんが増えてくれればこれに越したことは無いのだが、中身が出来ていないのに外側だけ膨れても仕方ない。先ずは中身づくりが大切だと思ってやっているのだ。そうして本日もその言葉の締め切りが迫って来た。

 毎週土曜日に掲載されているのだが、その原稿は前週の金曜日の午後5時までとなっている。余裕があれば木曜日に出す事もあるのだが、どうにも今回は出尽くした感があって、朝の日課のウォーキングの時に良い考えがひらめけば良いなと思っていた。

 不思議に歩きだすと人間良い考えが浮かぶものだ。私はそれに期待した。色々と浮かんできた。こうして歩いていると普段は修行めいた感覚で歩いているのが楽しくなる。時間が直ぐに過ぎてしまうような感覚がある。ゲーテは毎日の欠かさない日課の散歩の時にこのように色々と思索して歩いたと言うが、さぞ毎日楽しかっただろうと思う。

 しかし数はたくさん出てくるが、これといったものが出ない。出なければ来週は休載にしても良いなと思った。たまには良い。決めつけて一日とて休んではならないと自分を縛るのも良くないと考えたからだ。しかしもう少しで自宅に着くという辺りで私の脳裏に心にある歌がひらめいた。

 昭和歌謡の名曲、確か昭和40年代前半くらいの歌だったと思うが、橋幸夫と吉永小百合さんが歌った「いつでも夢を」である。人生の半ばを過ぎた中高年が既に私に青春は無いのだと人生を諦めないでこれからの半生をイキイキと楽しく生きるには大いなる夢を持って生きることだと直感したのだ。

 当時この歌が流行った頃は、この歌は決して中高年の為に作られた歌ではなかっただろう。若者たちが貧しさや苦しさに負けないようにと作られたものだと思う。しかし時が過ぎ、豊かな時代になった今、まさにこの歌は私たち中高年にとっての希望と勇気の歌になれる力があると信じている。

 この名曲のタイトルを盛り込んで、何か良い文章、フレーズが出来れば幸いである。
こうしてパソコンを更新している間にも私はその自分の直感に頼っているのである。

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07月13日(水)

起床時刻:05時30分

 就寝午前2時前頃、勤務先。前夜隙間を狙って頑張って仮眠したおかげで、本睡眠も短いが熟睡もできるしト-タルの時間もある程度確保できるのだ。タブレットパソコンのキ-ボ-ドが調子が悪いのでメ-カ-に頼んで結局交換してもらうようになった。新品はやはり良いものだ。

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07月12日(火)

起床時刻:05時30分

 就寝午後11時半過ぎ、大体今頃はこの時刻に寝る。自宅にいる時はだ。そして起床は午前6時としていたが、余裕を持たせたいと思い5時半にした。祈り、ウォーキング、そして身支度等入れればやはり余裕は欲しいものだ。本日勤務日。

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 参院選が終わった。関係者たちにとってはまさに熱い夏となったと思われる。これもまた祭りと言えるのなら、踊る阿呆に見る阿呆、同じアホなら踊らにゃ損損・・・という囃子があるが、まさに選挙も同じ事かも知れない。ただ見るだけではつまらない、少しは参加した方が楽しい。せめて私たちは投票に出かけて自分の一票を投ずる事も「踊る」内に入っているのかも知れない。

 しかし選挙カーに乗ってマイクを前に候補者の名前を連呼し、投票のお願いを必死にやる人たちも熱かっただろう。候補者は当然であるが、その周りの応援者たちも熱狂の時間を過ごした訳である。また投票するだけの我々有権者もその熱の入れようで一喜一憂できるものだ。私など昨日の朝刊を先ず見てその選挙結果に熱い視線を注いだものであった。

 私の推していた幸福実現党は今回も当選者はいなかった。長い間選挙に挑戦してきた党であるが、今回も駄目だった。しかし以前の私であれば、どこか「やっぱり。無理だよな」と他人事のように思っていたものだ。しかし今回はちょっと違っていた。大したものだと思ったのだ。どこが? 先ず選挙に挑戦する事。そして多くの支援者を巻き込んで、大いに活動した事だ。

 結果は二の次で良いと思う。要は過程だ。皆の熱い気持ちが一つになったというのが良い。時間はまだある。次があるのだ。一つ一つ積み重ねて行く。いつかは今までの積み重ねや実績が活きてくる時が来る。

 投票日の翌朝、妻が私に聞いて来た。以前なら私の方が妻に誰に入れたとかどこの党に入れたとか聞いていたものだが、今回は私は何も聞かなかったからかも知れない。私は素直にホントの事を話した。比例は幸福、選挙区は河井美和子さんと言う事を。で、私の方からは妻にこうして欲しいとは言わなかったのだ。

 しかし彼女は比例区は幸福に入れたと言う。行くまでは自民党かどうか迷っていたようだが、投票所では直感で幸福にしたと言う。選挙区は自民の立候補者に入れたとのことだ。妻がなぜ自分は幸福に入れたのだろうと私に問うてきたから、私は言ってやった。「そりゃあ、貴方の潜在意識の中で自民党は多分大丈夫だろうという安心感が有ったからだよ」と。

 自分一人くらい自民党に入れなくても大丈夫という安心感があるから幸福に入れたのだと。実は私にもそういう部分が少しあったと思う。私は分かりやすいように妻に説明した。「俺の本業、つまりお金を稼いで生活の手段としている今の職場が自民党であり、儲けなんか考えず、好きでただひたすらにやっているのが『陽だまりの木』の活動。つまり選挙でいえば、幸福実現党という感じだよ」と。

 私は生活の安全のため今の仕事をやっている。家族を養う為にやっている。これが選挙でいえば自民党。道楽、好きでやっている陽だまりの木は幸福実現党。どちらも真剣に頑張ってやっているが、私の本心はやはり道楽の方である。いつかはこちらの方で24時間生きる事にもなるのかも知れないが、それは神のみぞ知る・・・と言うヤツである。

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07月11日(月)

起床時刻:07時30分

就寝午前0時前頃、選挙速報を見ていたらこんな時刻になってしまった。

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 昨日は参院選投票日だった。私にとっては勤務明けの一日、いつものように妻とともに遊びに出掛けたのだが、その前に投票に行った。自分の一票なんて…という人もいるが、確かにこの世的に物事を考えればたかが一票かも知れない。しかし実はこの世と言うのはまさに氷山の一角にすぎなく、ホントの世界は海面の中に存在するかの如くに実在するのである。

 わずか数パーセントに過ぎないものがこの世の出来事である。残りの実在は無限である。終わりが無い世界だ。そういう視点から見れば、自分の一票は単なる一票なんかでは無く、自分の世界を創造する一つなのであり、しかも大きな要因の一つなのである。

 だからこの世的ばかりに考える習慣で生きていれば、そりゃあ選挙なんて一つも面白くは無い。若者が行かないのは当たり前である。それを変な理屈をつけたり、正義感ぶったりして投票に行かせようとしても無力である。自分の一票が自分の人生ドラマを作っていく大きな要素の一つであり、柱にもなる可能性は大なのだ。

 自分が入れた人が当選しない時には「あ、世間がまだ俺についてきていない」と思えば良いし、自分が投じた票によってその政党が大した結果を生まなくても「自分は少しばかり先に進んでいるのだ」と思えば良い。しかしだからと言って何もしないでただボーっとしていたのでは駄目で、やる事はやる。大いにやれば良いのだ。

 投票後遊びに出かけた下関のショッピングセンターをうろついていたら、携帯が鳴った。誰かなと思った。見た事も無い番号だったからだ。声も聞きおぼえない。名前を名乗っているのだが誰だろう・・・。私は相手に思わず率直に「誰?」と聞いた。「幸福の科学の支部長です」。「あー、はいはい」と私。

 私の投票の様子と、妻の様子、そして私が名簿に載せていた友人に電話をかけてお願いした由を伝えてくれたのだ。更にその名簿に載せていた私の娘にも電話しても良いかと聞くので「あー、どうぞ、どうぞ、かけてやって下さい」と私は答えた。娘には大変良い刺激にもなるだろうと直感して私は快諾したのだった。

 電話後、私は新鮮な気持ちになった。支部長自ら、こんなに懸命に頑張っているのだ。一人一人電話をかけているのかも知れない。私は彼の勇気と懸命さに感動した。「よし、俺も頑張るぞ、負けられない」と思った。もちろん私が主宰している陽だまりの木である。私も彼のように懸命に電話しよう、偉そうに来たい者だけ来れば良い等と高飛車になるのは真っ平だ。私もひたすら電話しよう・・・。私はこの日の支部長の懸命さに良い刺激をいただいた。

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07月10日

起床時刻:05時30分

 就寝午前1時半過ぎ、一気に熟睡。午前5時に目覚ましの音で起き、それから一仕事、終わった後はもう少し寝る。このわずかではあるが、小一時間の仮眠が効くのである。

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 人間関係において人に好かれたいというのは自然な感情だとは思うが、それが裏目に出るということはあるのだなと思うことがある。私など特にその感情が強く、誰にでも好かれたい愛されたいと不遜にも思ってしまうのである。

 しかしあまりにもそういう感情が強すぎると、逆に相手の存在が煩わしく重く感じられるようになって辛い面もある。だから意外に人間関係はもっとあっさりと軽く、どちらかと言えば「ミーファースト」つまり自己チュー的なものでも良いのかも知れないと最近思うことがあるのである。

 自分を抑えて相手におもねって相手に好かれようとしても逆に相手にもそれが伝わりギクシャクするようになるかも知れない。それよりはもっと気軽に自分を出して素の自分で勝負しても良いのかも知れない。その方がかえって相手にも気軽である。

 何にしても気軽な関係が良いのかも知れない。私など家では気軽に過ごし、妻に対してもすこぶる気軽である。ホントは妻に対しては気軽ではいけないのかも知れない。人はだいたい反対のことをしてしまうものである。家ではいい加減に生きて外では肩をイカラセ緊張する。そうではなくて両者がもっと近寄り真ん中辺りに生きるポイントを置くのが、どうやら心地よい生き方かも知れない。外では自宅のように寛ぎ、家では外のように緊張するという意識で生きるのが、もしかしたら達人の生き方かも知れない。

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07月09日

起床時刻:05時52分

 山口県道の駅スタンプラリ-に一度応募していたが、締め切りは8月いっぱいである。当然再び同じ道の駅に訪れることもある。既に応募したからもう関係ないのだが、何かやっぱり勿体ない。で、私はもう一度一応台紙を手に入れスタンプを押し始めた。

 先日岩国の娘の家に遊びに行った時にも途中道の駅に立ち寄った。ドライブ休憩である。普段は遠いから滅多に訪れない道の駅だったが心の中では「何か勿体ないな」と感じていたものだ。

 結局その日はスタンプを押さないまま行き過ぎたが、そのあと又違う道の駅を訪ねたとき、あ-、やっぱり勿体ない、よしもう一度挑戦だとばかりに再び台紙にスタンプを押したのであった。

 この日は下関市にある2つの道の駅を訪ねた。菊川町と豊田町。比較的この2つは近くにある。豊田町の方で私たちは弁当を買い込み、食堂でいただいた。空気がきれいなせいか、見た目よりずいぶん美味しく感じられた。

 この日の天気は快晴で、特にこの辺りの空の景色は絶景だった。標高700メ-トルの高山の上にポッカリと浮かび上がる入道雲、そして周りの青い空、まさに夏、という迫力が私の眼前に迫ってきて、感動したものだった。

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07月08日(金)

起床時刻:07時30分

 就寝午後11時半過ぎ、テレビを見ていたら遅くなってしまった。祈りも休まずやる。しかし後半半睡半夢の状態で、何を言っているのやら自分でも分からなくなって、しかしそれでも頑張って続けた。吟唱しなかった言葉もあるだろうし、何回も繰り返した言葉も有ったかも知れない。時々眠気が強くなった時にこういう症状が現れる。しかし本来はこういう場合が最も潜在意識が表に出ている時なのかも知れない。

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 九州ふっこう割というのをご存知だろうか。この度の震災の為に大幅に九州への観光客が減ったことへの政府の対応策であるらしい。そのうちの一つに大幅な宿泊代の割引サービスがある。これを私は非常に注目したのだ。

 もちろん九州ならどこでも一律に割引かれるという訳ではなく、やはり被害が大きかったところが割引率も高いようだ。私が常に行きたいと思っている熊本こそ地震の震源地であったからこそ、その割引率も一番大きいようである。

 熊本と大分はなんと七割引き、その他の県は順次下がってくる。つまり、熊本の宿に泊まろうと思えば宿泊代の七割が浮くのである。ただし、宿単独での予約では使えないようで、ネット予約できる旅行会社経由での利用のようだ。

 そのような会社と言えば、例えばじゃらんとか楽天とかがある。このような会社のサイトで気に入ったプランがあったら予約し手続きを踏めば、七割引きの恩恵に預かれる。こんなお得な事はないはずだ。私はこの知らせをいち早く新聞紙上で発見した。その時はちっちゃく報道されていたが、今ではもう新聞の一面でカラー刷りで紹介されるようにまでなった。

 初めて報道された時私は嬉しくなって誰彼に言いたくてたまらなくなった。初めに妻に言った。もちろん妻の弟が阿蘇で旅館をやっているから彼らの家族に会いに行くのである。それを妻に伝えると言下に否定された。いわく、怖いそうである。こんなにお得なのにである。怖さの方が先に立つらしい。

 まだ余震が続いているのにそんな場所に誰が好き好んで行くのかというのが妻の正直な気持らしい。妻にとって肉親とはどのような存在だろう。というか、妻の方が今の時代は当たり前で、私の方がおかしいのだろうか。まだまだ安心できる状態でないから、九州、特に熊本は怖いそうである。私は少しがっかりした。

 二万円の宿泊代だったらそれがたったの6千円になるのだ。二万円と言えば、弟の旅館では最高のクラスだ。部屋に露天風呂も付き、その上に阿蘇五岳も眼前に見えるのだ。食事はバイキングでアルコールも飲み放題、こんないいサービスは他には中々ない。それがたったの6千円で可能なのだ。今がチャンス、と私は見ている。

 しかしそれでもなお妻は怖くて行けないと言う。それなら実際向こうに住んでいる人たちはどうなるのだと私は憤慨する。怖くても離れられない、住んでいなくてはいけないのだ。そんな人たちはどうなるのだと私は言いたいのである。

 私は気を取り直し、他にもこれを言ってみた。二人ほど言ってみた。一人は職場の掃除のおばちゃん。と言っても、私より若い。彼女は一人でフラッと電車に乗って遠出をしたりするという個性の持ち主である。車があるのに電車が好きだそうだ。そんな彼女だから私が今回の「ふっこう割」の事を教えたら、グイグイと乗って来るものとばかり思っていた。

 ところが、ギッチョン、彼女も又妻と同様怖くて行かないと来た。皆は大きな地震が又来るかも知れないと思っているのだ。私に言わせればそんなもの当分来ないよと。言いたい。私は諦めて今度は男に言ってみようと思った。女は怖がりで駄目だ、と決め付けた。

 そして職場の先輩に言ってみた。彼も旅行やレジャーに中々うるさい方である。飛びついてくるものとばかり思っていた。が、あにはからん、彼もまた妻や掃除のおばちゃんと同じく危ないよと来た。どんなにお得でも今の九州には行かないそうである。事は深刻である。現在九州の観光はホントに深刻で、客が激減していると聞いてはいたが、実際にナマの声を自分が聞いて見てそれを実感した。

 しかし私が選んだ三人は神経質で心配性の性格であったのかも知れない。私の選択が不味かったのだ。そうでない人もこの世にはいるはずだ。私はそのような人達に言ってみれば良かったのだ。実際にそのクーポンは一部既に完売し売り切れていた。

 その売れ切れていたクーポンは最も宿泊代の高い金額のものだった。つまり三万円以上の宿泊代を一万円以下の金額でこなそうとする連中が実際にいるのであり、彼らは恐怖心よりもお得さを取ったのだ。と言うか、彼らは私と同じタイプで、あまり心配性では無いのかも知れない。呑気な性格であるのだと思える。

 こうして世の中にはやっぱり私と同じような種類の人間もいるのだし、そうでない人たちもいるのであるのが再確認できた。人それぞれである。今回のサービスで私は逆に時間が取れそうにも無いからもしかしたらチャンスを逃すかも知れないが、いまだに「これは絶対お得だ」という信念は維持し続けている。

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07月07日(木)

起床時刻:05時30分

 就寝午前2時頃、しかし職員の一人が非常に遅く、3時前にも一度起こされる。しかし用事を済ませると直ぐに寝る。いつもよりは睡眠時間が少ないだろうが、その代わり深い睡眠を得ているかも知れない。気分は悪くないが、同僚との対応で少し気が滅入る。しかしそれは本当の自分が気が滅入っているわけではない、我の自分が滅入っていると感じるだけだ。

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 リオ五輪が近づいているが、依然治安やジカ熱などの問題が残っているようだ。

 かたや国内では熊本地震の後遺症というか、リオ同様に国民の不安は根強いようである。同じように扱うには問題があるかも知れないが、人間の持つ不安感や恐怖心という面においては、私はやはり同列に感じてしまうのである。

 先ずはリオ五輪だが、前向きに考えている人たちにとっては大変素晴らしいイベントなのであろうが、楽天家と自認するこの私でさえも、やはりどこか心配である。最近頻繁に起こるテロ事件なども見ても、首謀者側から見たら格好の舞台だろうと思う。何でオリンピックをリオで?と今更ながら思ってしまう私は水を注す嫌なヤツかも知れない。

 選手を送り出す関係者の心配も大変だろうが、特に親の気持ちは特別だと思う。そういう親を心配して現地に応援に来ないように厳しく注文する選手もいるそうである。オリンピックが平和の祭典なら平和な場所でやって欲しいと思ってしまう。

 世界中の選手や観光客を集めるのならもっとその環境が整った時になってやれば良いと思うしその器になってからやれば良いと思うのだ。私は決して差別意識を持って言ってるのではないが、極力安心して競技を見たいと思うのである。

 なぜブラジルの関係者らはそういう環境や状況にあるにも関わらずオリンピックを誘致したのか。それには様々な要因があるのだろうが、通常より大きなリスクや困難さをも乗り越える以上の何かがあるのだろう。

 私たちはそういう心配を乗り越えて、地球人類としていまからの時代を生きて行かなければならないのならば、大変な危険や困難があることを覚悟でこのオリンピック開催を見守らなければならないのかも知れない。

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07月06日(水)

起床時刻:05時40分

 就寝午後11時半過ぎ、大体自宅にいる時はこの時刻くらいに寝ている。一番今の生活にピッタリと合っているようだが、更に上を目指しても良いと思う。しかし今はまだそれは語らず。

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 昨日は久しぶりに岩国の次女の所に遊びに行った。遊びと言うよりも今回は純粋に次女へのお見舞いである。次女は今妊娠中で、もうすぐ生れる。多分今度娘と会う時は既に子供が生れて入院先の病院だと思っている。山口県ほぼ横断の旅は中々シンドイものもあるのだ。

 娘の家でしばらく過ごした後娘が買い物に行くと言うので私たちも折角だから同伴してみた。娘の車の後を追っかけて行ったのである。車でしばらく走らせてそこに着いたのだが、火曜日だという事でセールのあるスーパーに着いた。

 店内を物色していると、さすが岩国である。外人夫婦の姿を発見した。外人と言ってもそこに駐留するアメリカ人だろう。背の高いがっしりとした男性とパワーあふれる女性だったが、その男性の方と何となく私は目が合った。

 すると彼は私にペコッという感じで頭を下げた。それはいかにも日本人らしい雰囲気で挨拶してくれたのだ。一体彼にとって私はどんな日本人に見えたのかも知れないが、確かに感じは良かった。私ももちろん彼に目礼を返したのであるが、これは何とも不思議な感覚だった。

 それを早速娘に伝えてみると、最近の外人さんは皆礼儀正しい人が多いそうである。やはり最近頻繁に起こっている軍属による事件の影響であろうと思われた。綱紀粛正のお陰かも知れないなと思ったものである。

 娘夫婦はこのような問題を抱える土地に住んでいるが、お陰で私にも珍しい経験をさせてもらった。私の住む街でも外人さんは見かけるが、彼らが私に目礼などする事はほとんどない。考えさせられた一日だった。

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07月05日(火)

起床時刻:06時55分

 就寝午前0時前後、不確かである。本日は完全休養日、そして県内ではあるが遠方に住む次女の誕生日である。それで妻とともに娘を祝おうと娘の自宅まで遠乗りする。昨日は久しぶりに車を磨きワックスまで一部かけた。あまりに久しぶりなのでまだあると思っていたワックスがほぼ無くなっていたのに気付いた。それで一部と言う事になったわけだが、それでも朝駐車場の愛車を見てみるとピカピカに光っていた。たまにはきれいにしてやらなければ…。

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 私の日課としている朝のウォーキングのルートの一つの風景。
三日の内、一日は勤務明けの近所のこの辺りを歩いている。
ここは素晴らしいのだ。
この風景の真反対が海であり、向こうには九州も眺められるという
周防灘である。

 雨の日でも傘をさして歩いている。
例え天候が悪くても景色がそれをカバーしてくれている。
同僚たちも私の歩いているのは良く知っていて
時には呆れられる事もある。
しかしこういう事はずっと続いていると
誰も皆それが当たり前になり日常となり
普通の情景になるから
それで良いのである。

 あと私の他のルートは二日使う場所であるが
それは自宅の近所の公園である。
ここもまた素晴らしい。
付近には野球場やプール、大きな体育館、陸上競技場などが
集まっている一大運動公園である。
たくさんの木々が植えられているから
新鮮な酸素を吸いながらのウォーキングは
心と体に新しく生き抜く力を充分に与えてくれている。

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07月04日(月)

起床時刻:05時30分

 就寝午前1時半過ぎ、途中覚醒なし。一気に寝る。勤務先。一仕事して又少し寝る。しかし警報が鳴きいつもよりは寝られなかったが、それでも処理後又少し寝る。意外にこういう感じで小刻みだが貴重な睡眠をグッと深く寝るようになれば寝不足感も少ないのだ。

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 セブンイレブンが今お得なキャンペーンをやっている。正確に言えば2つのキャンペーンを同時進行中である。

 一つはセブンイレブンの電子マネーカードのななこカードの入会キャンペーンであるが、今入ると300円の入会料は取られるのだが、同時に200ポイントが付いてくる。だから結局100円の入会料で加入出来るということである。私は以前からスタッフの皆さんにそのキャンペーンのことを聞いていたから楽しみにしていたのである。だから今回キャンペーンが始まって早速入会した訳である。

 もう1つは惣菜コーナーの商品を合計5品買うと、あと一品指定の惣菜の内から好きな商品をもらえるというサービスである。これもななこカードに入会したおかげで気づいた訳である。

 このようにセブンイレブンで買い物していると楽しいイベントが随時行われて意外にこちらも楽しくなるのである。これはセブンイレブンだけではなく、他のコンビニでも同じようなキャンペーンなどをやっているだろうが、私が特別セブンを推すのには訳があるのである。

 私の現在の勤務体型は3日に1日の24時間勤務であるが、そのうち勤務日には色々と食料を買い込む訳である。朝早いのでスーパーで買い物とは行かず、やはりコンビニになる訳だが、今まで色々と試してみたが、どうやら私にはセブンイレブンが合っているようだ。

 この勤務日に食料を買い込むお金が意外に馬鹿にならない。ポイントが付けば、得だなあといつも思っていた訳である。しかも私は勤務以外の残りの2日、大抵妻とドライブに出る。でその時にちょっとした飲み物や食べ物を買い込むのだが、そちらの方もセブンに統一すれば、ますますポイントは貯まる一方である。もちろんわずかでもポイントが貯まれば節約になるが、多分私は金銭的な欲よりも、どちらかと言えば、貯めるという行為が楽しいのだと思っている。

 惣菜のもう一品サービスでもそれは欲というよりも、自分の買い物という行為を楽しむということではないかと思っている。そんな小さな些細なことでも日常を楽しく過ごすということが大切なのだと思っているのだ。小さなことを楽しんで生きていれば結果的に長い人生も隙間なく楽しいものとなるだろう。

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07月03日

起床時刻:05時30分

 就寝午後11時半過ぎ、テレビが面白く人間の脳の不可思議を解説していた番組だった。科学的には解明できないものばかりだったが、信仰的に考えればどれも皆説明がつくなと思いつつ見ていた。本日は勤務日、日曜日だから比較的穏やかな時間になる。

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 昔はノミや蚊によく刺されていたものだったが、今はあまり刺されなくなった。ほとんど大丈夫である。一方妻は昔から刺されなかった。不思議なヤツだとずっと思っていたが、今は自分もそうなったから何となく分かるような気がする。

 若い頃に凄く尊敬していた先輩がいたが、彼もまた同じような事を自慢していた。一緒にサウナに行った時の事を今でもはっきり覚えている。彼は天然の肉体派でそんなに鍛えていなくても立派な筋肉質の体をしていたが、蚊の刺された跡を私に見せながら「ほら、俺は刺されてもそんなに膨らまないんだ」と言っていた。

 反対にその頃の私はと言うと刺された跡は醜く化膿して膨らむのである。ホントに驚くくらいにプワーッと膨らむのだ。だからその先輩の刺され跡が羨ましくてたまらなかった。あー、俺とは先輩は根本的に違うのだと、自虐していたのであった。

 しかし今は先輩のように刺されなくもなった。だからある意味先輩を超えているのかも知れない。笑。
 妻が刺されないのはその優しい気性のせいだと思っていたが本人に聞くと「刺すなあ」と念力で虫たちに思うのだそうである。そうすると虫はビビって刺さなくなるという。それもまあ一理あるのかも知れないが、では私はと言うとそんな気合はいれていない。逆にどうとでもなれ、勝手にしろという感じで放任している所がある。

 生長の家の谷口雅春さんは人を刺さないような優しい心根の人は蚊にも刺されないと言われている。刺されるのは逆に他者を刺す心がその本人にあるから刺されるのだと言うのである。私はこれが真理だと思っている。だから私が日々の祈りの中で平和な思念を養っているお陰で、私が刺されなくなったのだと思っているのだ。

 我が家には愛猫のお陰でノミが出没する。家の中だけで飼っているのでは無く、愛猫は外にお出かけする。その時ノミの友達を連れてくる。少し前までは私はそのノミ探しに夢中になり、見つけては潰して殺していた。当たり前だと思っていたからだ。俺の血を吸う憎っくきノミめ、という感じである。しかし今はそんな事は滅多にしない。

 ノミがいればそれを摘まんで外に出してやる。流石に家の中に放置するのは出来ないが、お外に出してやっている。昔一休さんはノミを集めて相撲を取らしていたと言うが、そこまでは出来ないかも知れないが、殺す事は無くなった。

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07月02日

起床時刻:07時00分

 就寝午前0時前頃、テレビをずっと見てそれから祈り、そして布団の中でも本を読んだお陰でこのような時刻になった。それでも必ず午前0時前までには寝ようと努めている。ま、完全休養日が翌日だと言う意識が私をこんなにリラックスさせてくれるのだ。ありがたい。

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 武田鉄矢さんが出身地福岡に帰って地元のテレビ番組に出演して街中をぶらつくというものがあるが、その中で訪れた護国神社で宮参り中の若い夫婦に面白いアドバイスをしていた。いわく「子供はなるべくたくさん産んだ方が良いよ、五人くらい産んどきゃどれかが当たる」と。言われた若いお父さんははにかみながらも「頑張ります」と答えていたが、なるほど私もそうだとうなづいたものだった。

 今時五人とは幾らなんでもチョト多いのでは?と思うかもしれないが、武田さんもあながち冗談ではなさそうだった。私自身二人しか子供は育ててはいないが、今になって思うのは本当に武田さんの言う通り、五人くらい産んどきゃ良かったなと思うのである。

 現在の日本の出生率は1.5人だと記憶している。二人行かないのである。自分の所が二人であればお隣は一人っ子という計算になる。これはやはりチト寂しい。せめて最低でも平均が二人は欲しい所だと思うが、今の自分たちの経済力ではここが限界と思っている若い夫婦は意外に多いだろう。

 そりゃあ、ちょっとくらいの貧乏を我慢すれば子沢山でも良いかも知れないが、折角の子供である、やっぱりある程度の教育も受けさせてやりたいし、ある程度の物質的な幸福さも味わわせてやりたいから、一家に1人、あるいは多くても二人と言う事になると今の人たちは考えているようだ。しかし果たしてそんな風に頭だけで考えて割り切って子供を産み育てる事が本当の幸福につながるのだろうか。

 武田鉄也さんが言う「五人に一人は当たる」というのは、一人くらいは出世する子供が生まれるという事だと思う。お金を稼ぎ、親に良い目をあわせてくれるのだという所だろうが、確かに私もそんな確率論はあるように思う。二人くらいではまあ普通の人間くらいしか育たないだろう。あと三人である。と言うと五番目が良いのかと言うとこれまた違う。五人全部産んで見れば、結果的に一人が出世するだろうという事だ。

 だからと言ってその目的の為に五人子供を産むという事は出来ないだろう。多分途中で挫けると思う。元々五人も子供を産める親はちょっと普通とは違うのである。特に昔ならいざ知らず現在の日本でそんな芸当ができる人は、もうその親自体が偉大なのである。

 偉大な親からはやはり偉大な子供が出てくる。ものの道理だ。何もお金をジャンジャン稼いでくると言うだけが偉大ではない。五人も子供を産めるその精神が心が偉大であり豊かなのだ。豊かな心は物質も豊かになるのは科学的にも理にかなっている。

 私は残念な事に若い頃信仰心が無かった。潜在的に有ったのかも知れないが、それは何事も形に表さないと駄目である。宝の持ち腐れとはこのことだ。だから神を信仰するのは若ければ若いほど良いと思う。だからと言って気づいた時がその時だから、どんなに歳とっても良いのには間違いない。神様を信仰する心が出来れば子供を五人くらい産んで育てる事は可能である。何事もプラスに考えられる基本ができるからだ。

 考えてもごらんなさい。家の中に子供が五人もいるのである。賑やかな事この上ない。楽しい明るい家庭が確実に出来上がる。先ず世間の常識を凌駕している。ここで明るさの基盤が出来ている。確かに子育ては大変だろうが、大丈夫、信仰さえあれば全て上手く行くに決まっているのだ。兄弟が共に仲良く力を合わせて親に孝、大変豊かな家庭の誕生である。

 私の家に以前よく来ていたモルモン教の宣教師たちは多くはアメリカ人であったが、彼らはほとんどが大家族であった。兄弟の数も半端では無かった。だからと言ってどこかのビッグダディのような貧しい家庭では無く、豊かな家庭が多かった。それはきっとその家族に信仰が根ざしているからだ。何より彼らはお金よりも神様を優先していた。だから逆に豊かになったのだ。貧しい神様と言うのは天国には見当たらないのである。

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07月01日(金)

起床時刻:05時30分

 就寝午前2時頃、退勤の最後の職員が遅く帰る人で仕方なく遅くなった。しかし諦めが肝心である。私は覚悟してその代わりグッと深く眠ろうと努めた。寝るのも気合と信念が必要だ。

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 陽だまりの木に集う皆さんの目的は様々だろう。以前私が協力させてもらっていた同様なグループもやはりそうだったが、伴侶を求める人もいたし、単純に友達作りを目的としていた人もあった。また異性の友達ばかりではなく、同性の友達も欲しいと言われる方もあったが、まだ私自身も若かった頃はその辺りがどうも理解出来ないことがあったものである。

 しかし今頃はどうにか私もその気持ちが分かるようになった。恋愛や結婚も大変結構であるが、なんでも話せる友人というのも貴重な存在である。異性だけに限らず同性の友人作りも楽しい作業である。年齢を重ねて行けば中々利害損得から外れた友人関係を作るのは困難な話であるからだ。

 私の知人にもいるが、人間関係全てリスクがあるかないかで決めているという。つまり自分にとって損になるような人とは付き合わないという事なのだろう。そうなれば尚の事友人作りは難しくなる。この世的な計算だけで相手を判別していれば結局心の友心友などは出来っこないからだ。

 心友とはこの世的なものを超えた世界にあると私は思っている。利害打算という人間の頭を超えた部分である。それは情とでも言えるかも知れないが、ホントはもっとそれよりも奥深い所にあるのかも知れない。

 一見自分にとって損だなと思える人にでも救いの手を差し伸べたり逆に救われたりした時に、結果的に心の友がそこに現れるという事は有りうることだと思う。昔私は心から尊敬する先輩に言われた事があった。「彼女はお前がホントに苦しい時、辛い時、落ち込んでいる時に現れるよ」と。当時の私が中々彼女が出来なかった事についてその先輩に相談した時の先輩の答えがこれだった。

 つまりその頃の私は彼女が出来ない事について悩んではいたが、人生のホントの苦しみや切なさについては悩みらしい悩みも無かったのである。そこそこ楽しい青春の日々を送っていたのである。だから私には彼女が恋人が必要では無かったのだ。遊び友達としての彼女なら出来たかも知れないが、私はそういう存在を必要としていなかったのだろう。

 そんな心からの友達を作りあえる「広場」的な存在が私は陽だまりの木であれば良いと願っている。単なる遊び友達ならば作ろうと思えば作れるだろうし、作れないならば作らなくても良いのだ。1人で遊べば良い。心からの友達と遊びの友達が重なった部分、数学の集合で言えば「ベン図」とでも言える部分の友達が気持ち良い友達ではないだろうか。

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