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起床時刻推移グラフ

目標起床時刻:06:00 平均起床時刻:05:29

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08月31日(水)

起床時刻:06時04分

 就寝午後11時過ぎ、毎日のお勤めをして寝る。午後9時からは階下に
下がり真理の本を読む。大体1時間目安。ホントはもっと多くした方が良いのかも知れない。不安定な時だけに今はもっと多く読んだ方が確実にテンションは上がる。しかし地道に行こうという気持ちもある。現象的に中々テンションは上がったり下がったりして不安定でも挫けず、地道にまずは一日1時間の真理の本の読誦は欠かさない。
 本日仕事関係の講習会が午前中に行われる。前の現場の仲間に会えるのが楽しみ。同じ会社で他の現場で働く人たちと会えるのも楽しみである。

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 言葉の力というものはホントは物凄いものがあるという。
たとえば病気治しだ。私が熱心に読んでいる生長の家の創始者、谷口雅春さんが書かれた著書群の中にはそんな例が無数にある。一時は治病宗教と言われていたそうである。

 癌をはじめとてもじゃないが医者では治せそうもないような難病が
パッパッと治ってしまう。そんな描写に思わず引き込まれる。それが全て
言葉の力だという。そう言えばキリスト教にもそのような教えがある。
現在のクリスチャンが果たしてどのように解釈しているかは定かではないが、キリストも生きている時は、出会う人出会う人の病気をいとも簡単に
治している。

 聖書の冒頭には「言葉は神である。神はすべてを作った」とある。
1週間でこの世界、大宇宙のすべてを創造したといわれる神はどのようにしてこの世界を作ったのかと言えば、それは言葉だという。
動物よ生まれよ、と神が言葉を発すれば、動物が出来た。
植物よ出てこいと言えば、植物が出てきたわけである。
天地創造とはこのようにして神から出た言葉によって成されたという。

 それほど言葉というものは強く全てを動かすパワーがあるらしい。
だから少々難しい病気だって、治れ、そんなの元々無いのだ、と言えば
ぱっと消えてしまうのだ。聖書の中で貧しい売春婦が不治の病を
キリストに治してもらおうとして彼の足もとに縋り付く場面が聖書には
あるらしいが、ナント、キリストが何も言わなくてもキリストの足に
その売春婦が触っただけで彼女の病は治ったという。

 この場合キリストは何も言わないのであるから言葉の力とは言えないかも
知れない。しかし言葉とは音に出てくるばかりが言葉ではなく、想念も
言葉の一つらしいのだ。つまり思うというバイブレーション、波長が
空間を伝わって相手に届くのである。また彼女のキリストならば治せるという信念が病気を治したという事も言えると思う。

 それでは健康体の者だけが他人の病気を治せるのかと言えば、そうでも
ないらしい。こちらが例え病気持ちでも、とにかく真理の言葉を発すれば
それを聞いた病人は元気になるのである。いわゆる奇跡の世界とは
病気を持っている肉体とか健康な肉体とか、そんな目に見えるものでは
ないのである。相手を治してあげたいという愛念、その愛から出てくる
力強い信念の言葉、これが奇跡を生むのである。

 私たちがなぜこの世に生まれて生きて行くのか。
その一つの理由がここにあると思う。
強い言葉を真理の言葉を出せるという人間になるために
私たちはこの世に生まれ、その力で世の中を良くし
人を救い、自分の周りを幸福に導くのである。
お釈迦様は死ぬ前に弟子たちに「自灯明になりなさい」と教えたという。
一人一人が自分の周囲を明るくするために生きなさいという事なのだろう。

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08月30日(火)

起床時刻:05時30分

 就寝午前2時、最後の職員が遅く帰ったのでこんな時刻となった。
それでも頑張って5時には目覚ましの音で起床、と言うか、その前に
目覚めていた。そして起き上がりルーティンの仕事をこなす。
それからまた再び仮眠となった。圧縮された睡眠だけど中身が
濃いのか、熟睡感はいつものように得られている。

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 陽だまりの木8月の例会が28日行われた。参加者は全部で8人、前回と
ほぼ同様な数となった。幾分増えるかなと思っていたが蓋を開ければこんな
感じとなった。しかしいつものように前回出ても今回はお休み、逆に新しい
人が参加してプラマイゼロとなった訳である。

 会が終わればいつも思うことがある。それは私がもっと積極的に会員さん
達に電話してお誘いすれば良いのかなという事だ。どんな組織やグループでもこういった会を進めるうえで幹事役は少し強引にお誘いすることが多い。
私のように参加者の気持ち優先でやっていれば、そりゃあ大体いつも
同じくらいの参加者となるのかも知れない。

 しかし反対に考えれば、私が強く誘わなくても自主的に積極的に参加して
くれる人もいるのである。いわば常連というやつだ。彼らは別に私が頑張って誘わなくても好きにやって来てくれる。私としては非常に楽な人たちなのだ。

 しかしこんな感じでやっていれば、果たして何時まで経っても参加者の数はこれ以上増えないかも知れない。ま、自分としてはそれはそれで良いやという気持ちもある。焦らず地道にただひたすらに今のメンバーで継続していればその内多くの人が集まってくるかも知れない。何かその起点となるようなきっかけとなるような、沸騰点となるような時が訪れるかも知れない。

 妻にも言ったことがあるが、私は例え参加者が私一人になったとしても
やり続けたいと思う。それから考えれば、7人の人が来てくれるというのは
ホントはとても貴重な楽しいことかもしれないではないか。元々誰も知らない関係の人たちが集まって来てくれたのである。無理してジタバタしても仕方ない。要は、どんな環境が私の目の前に現れても挫けず私が前に進んで行けばそれで済むことである。

 再開して4か月、まだ1年にも満たない。焦らず地道に徐々に地力を着けて行こうと思う。要は私がどんな会にしたいのか、あるいは、今集まってくれている人たちがどんな会にして行きたいのか、というのがポイントである。その中には決して個人的な願いは悪くはないだろうが、弱いものだ。もっと広く大きく個人ではなく社会的なものに育てたいという気持ちは私の中にあるのだ。

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08月29日(月)

起床時刻:05時27分

 就寝午後11時過ぎ、いつものごとし。マンネリが続いているようだ。それは私生活でもあるし、私が主催させてもらっているグループについてもしかり。マンネリと感じているのは自分自身なのだから、自分を変えなくてはならない。人を変えようとしてはいけない。人はただ見守るのみ。自分を変えて人を変えよう。

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08月28日

起床時刻:06時45分

 就寝午後11時半頃、途中トイレで一度目覚める。私としては珍しい深夜のトイレタイムだ。何時だったかも分からない。調べようともしなかった。本日は完全休養日であるからだと思う。とにかく辺りはまだ真っ暗だった。しかし本日の起床時刻が午前7時前だったという事は、意外に朝に近い夜明け頃だったかも知れない。起きても良かったのかも知れなかった。自分が勝手にまだ深夜だと決めつけていたのかも知れない。ホントは普通に朝目覚めていたのかも知れなかった。しかしそれからまた深く眠ったのだから体と心は休養を求めていたのだろうと思う。

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08月27日

起床時刻:05時30分

 就寝午前1時半過ぎ、途中午前3時半頃、目覚めるが直ぐに寝る。勤務先の朝は起きたり仮眠したりの繰り返しだが、その中において真剣な感覚になっているから、良好な睡眠となっていると思う。

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 私は若い頃に極真空手をやっていたが、極真空手というのは直接攻撃を相手の体に当てる空手である。空手の稽古の中には組手というのがあって、まさにこのお互いの攻撃を当て合うトレーニングがあるのである。

 当時は私も若かったからこの組手の時間になると精神は高揚して興奮しとにかく力任せに相手にパンチやキックを当てるのであるが、とてもじゃないが冷静にはなれず、相手よりはより強く速く攻撃を加える方が最良なのだと信じていた。

 だからと言って今の私はもう何十年も空手をやっておらず、若かった時よりも強くなったという訳ではない。しかし何となく思うのは本当の強い人、達人と言われる人は常に心が平静であり、落ち着いた状態にあるのではないだろうかと思っている。

 心が興奮してめったやたらに攻撃していたら一見そのような人は強く見えるものだが、先ず無駄は多いし疲れも大きい。そういう中で冷静に落ち着いた心で相手の動きを見切り、相手の弱点や急所に的確な攻撃を加えれば、最小のエネルギーと攻撃で相手に勝利出来るのではないだろうか。

 これは決して空手の組手だけに言える問題ではないと思う。人生全般でも言えることだと思う。例えば言葉の応酬でも良い。興奮した状態で相手に意見しこちらの言い分に従わせようとしても中々上手く行かないものである。会話には間というものもあって、相手の言い分を聞きながらその隙間に自分の意見も入れなければならない。最後にはお互い良い気持ちで終わりたいのだから、先ずは興奮してはまずいと思う。

 街中で喧嘩になった時でも冷静な方が勝利する。先ずだいたいの人間は興奮するものだ。動きも大きいし無駄だらけだ。ここで冷静であれば相手の動きの中で自由自在に対応出来るし動ける。逆に相手の興奮に巻き込まれてこちらも興奮したら物理的な力の大きい方が勝つ。柔よく剛を制すとはきっとこのことだろう。

 こういう境地になるには、普段の生活が大事だと思う。つまり普段からあまり興奮したり激しないことだ。大きな声で怒ったり我を忘れて感情的になったりしないことだ。例えなったとしても、直ぐに元に戻れる精神力が必要だろう。穏やかな精神とニコニコした笑顔の持ち主がいざとなったら本当の強者かも知れない。

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08月26日(金)

起床時刻:05時23分

 就寝午後11時過ぎ、途中猫の鳴き声で目覚めるが、直ぐに寝る。熟睡はいただけたと思える。本日勤務日、24時間頑張ろう。

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 強姦(ごうかん)致傷容疑で逮捕された俳優・高畑裕太容疑者のニュースで世間は賑わっているが、今朝も朝の情報番組でコメンテーターのテリー伊藤さんが話していた。いわく高畑容疑者は芸能界だから務まったのだ、だからこれから先彼は多難だろうと。ホントにそうかもしれない。なぜ彼が芸能界しか生きられないのかと言うと、彼の日常の言動が相当なものであるかららしいのだ。

 とにかく上下関係もあまり気にせず、言いたい放題。今流行の風潮かも知れないが、だからこそある意味実力主義の芸能界だからこそ務まるのだと伊藤氏は言っていた。確かにそうだろう。しかし私はこの一連のニュースなど見ているうちにこの伊藤氏とはまた違う見解が出てきた。

 というのは、私は高畑容疑者が確かに芸能界しか務まらないかも知れないにしても、ほかの世界でも十分やって行ける可能性は持っていると思うのだ。勿論、現在の高畑容疑者ではだめだ。彼が今回の事件で深く反省した後のことである。それは全く未知数の部分である。

 私は実は高畑容疑者が本当は芸能界で生きるのではなく、彼の使命は他にあったのではないかと仮定するのだ。彼のいい意味での天然ぶり、そして大らかな性格。現在までの彼のキャラクターは彼の悪い部分のほうが多く出ていたと思えてならない。ただ悪くても芸能界などは「面白ければ良い」、「目立てば良い」という論理があるのかも知れない。しかしそれだけでは彼のホントの使命というか、彼のこの世に生きてきた意義などがそのままであったら永久に実現できることはなかったはずである。

 彼はたぶんこのまま何事もなかったら、芸能界で生きて行っただろう。テリー氏いわく「芸能界は甘い」からである。天然の素材そのままで彼に多くの仕事が集まり、いい気になり、楽に稼げる道だなと彼は実感していたかも知れない。そうだとすれば、彼は余程のことがなければ、このまま芸能界で安楽に生きていっただろう。

 下積みをして成功した芸能人であれば、こんなバカなことは起こさないだろう。しかし彼はそんなに努力せず、素材そのままで、親の七光りも手伝って、ホントに楽にこの世界で生きていくつもりだっただろうと思う。しかしそれでは彼のホントの使命、生きる道が何時まで経ってもこの世界で現れなかっただろう。

 そこで彼の潜在意識ともいえる守護霊や指導霊、ご先祖様などが作用したのかも知れない。余程のことを彼が起こさない限り彼はこのまま芸能界で安楽に生き延びていくのである。それでは彼を見守ったり指導する霊が困るのである。

 いわば「ショック療法」であるかも知れない。こんな大事な事件を起こさない限り彼は芸能界とは縁を切れないだろう。私はそう考える。何も芸能界だけが人生ではないはずだ。そして芸能界が全ての成功者としての証ではない。彼の使命は他にあるのである。今から深い反省が始まるのだろう。きっと生まれ変わった彼を求める世界が彼を待っているに違いないのだ。

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08月25日(木)

起床時刻:05時30分

 就寝午後11時半ころ、午後9時にはテレビを見ないと心に決めたのだが、早速その禁を犯してしまった。初めて見た番組が非常に面白く、それが午後10時まであったのだ。それでも今までならその10時から始まるバラエティーも必ず見ていたのにそれは止めた。ここは褒めておこう。笑

 その面白い番組というのは、3チャンネルのバラエティー、芸人キャノンボールというやつ。今までなら先ず見なかったものだ。それが思わず引き込まれた。最近のテレビ業界は予算がなく厳しいとは聞いていたが、その反面、その厳しさを跳ね返し、低予算の中工夫を凝らし視聴者を引き込もうとする制作側の必死さが伝わる番組だった。

 特に私を感心させてくれたのは、ある芸人の知恵を凝らした戦略だった。目的のためにあらゆる自分が持っている知識を駆使し、良い目標に達するという意思が感じられて面白かった。また違う関西系の芸人がジャンケン勝負で見せた必死さである。単なるゲームなのに彼はホントに心から必死に哀願して競争相手に頼んでいた。その姿が心から面白く感じ、私も共感した。とにかく面白かった。私はそのあと、1時間ばかり真理の本を読んだ。そして入浴、祈り。こういう掟破りはある意味精神のリフレッシュになっているのかも知れないと思う。

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08月24日(水)

起床時刻:05時30分

 就寝午前2時頃、直ぐには寝付けずちょっと遅くなってしまった。しかし途中覚醒もなく、熟睡はいただけたと思う。心を改めて又日々の真理の本の精読、そして祈り、愛行に努めよう。1日の重み、その積み重ねが最も大切である。

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 この度仕事でちょっとしたミスをした。ちょっとしたというのは他人が言うことであるが、当の私としては全く大きなミスを仕出かしたという感じが強かった。

 ミス自体はそんなに大きなものではなかったのかも知れないが、私はそれをあまり大きく広げようとしなかったのである。穏便に済ませればそれが一番であり、あえて派手に広げなくても良いだろうと思った訳である。

 しかし私が穏便に小さく小さく済まそうとしても周囲は放って置かなかった。どんどん波紋が広がり、私のミスはとてつもなく大きくなった。2、3日私は煩悶した。しかし不思議に夜も眠れずというようにもならなかった。どこかで安心している自分がいたのかも知れない。しかし目覚めればやはり私は煩悶した。

 そしてそのミスの最終日。つまり決着日である。私は数人に頭を下げて謝り、そして自己弁明もした。お陰で何となく真実が見えて来た。裏表のある人間やない人間。世の中のルール、火の粉から身をかわす動き方。等々。

 つまり結局私にとって今回起きたミスは良かったのである。前向きなミス、ポジティブなミス。前に進もうとしたから起きたミスだったかも知れない。犬も歩けば棒に当たり、そして少々痛い目に合う。だからこそそこが強くなる。痛みの中に信頼出来る人間が見えたりする。

 一皮むける為にちょっと痛い目に合う。人生にはきっとこういうこともあるのだろう。光明思想的には、こういうことを運命のケミカライゼーションというらしい。何か新しい道が開ける前とか、運命が開拓される時とかは、こういった一見悪いことが起きるようである。その時絶望したり嘆いたりせず、これはきっと自分の運命が良くなる予兆だととらえるのである。これはどうやら間違いのない真理のようである。

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08月23日(火)

起床時刻:05時30分

 就寝午後10時半前後、本日も早く寝る。午後9時にはテレビを切り寝ることに決めている。すぐに寝るのではなく、眠くなるまで本を読むことにした。最低一日30ページは読みたい。とは言っても、形式に堕したくはない。何もせず寝るまでただダラダラと過ごすのは止めたいという事だ。仕事上のミスがまだ響く。しかしこれもまた何か私にとって必要だから起こったことなのだ。私が反省し心を入れ替えれば良いのだ。物事の良い面、光の面のみ見るという「日時計主義」を強めよう。

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08月22日(月)

起床時刻:04時30分

 勤務明けの夜、午後10時過ぎには寝た。とにかく眠くなって祈りの時は半分眠っていた状態だったかも知れない。そんなことが時々ある。昨日は勤務明けだが下関まで足を延ばした。日曜日は下関のシーモールによく行く。そこで妻が先日から言っていた誕生日のお祝いにと眼鏡を買ってくれた。私としては生まれて初めての眼鏡である。今はやりの安い代物だが、なんとなく嬉しいものである。ずっと眼鏡は必要ないと思っていたが、妻の提案に別に反対する気は起らなかった。視界が開けて気分は良い。

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08月21日

起床時刻:05時30分

 就寝午前1時半過ぎ、途中午前3時過ぎに目覚めたが直ぐに寝る。熟睡をいただいたと思う。ここ最近二日続いてのテンションアップは珍しい。有り難い。また今回も貴重な悟りをいただいた。

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 先日次女に初めての子どもが生まれ、私としても初孫であるから、夫婦の住む岩国まで妻と行って来た。

 世間では孫は子どもほど責任がないから、心から可愛がるものだなどと言われているし先に孫を持っている友人にも孫は大層可愛いものであると聞いていたけれど、そんなものかなあと思っていたのである。

 しかし実際娘のいる病院に行き、そんな孫と対面してみると、結局私たちがいる間は一度も目を覚まさなかったのであるが、目をつむったままの表情でさえも、それは十分いとおしく、可愛いものであった。

 果たして私はその娘が赤ちゃんの時、今のようなこんな感情を持っていたのであろうかと自問してみたのである。つまりまだ自分が若く、初めて子どもを授かった時に今のような幼い者に対していとおしい感情を持ったものであろうかと思うのである。

 純真で魂そのものの存在である赤ちゃんに対して、そのままの姿ありのままの姿を私は果たして若かった頃に真っ直ぐに受け止めることが出来ていただろうかと疑問に思ってしまうのだ。

 病室で私は娘夫婦と色々と話した。そして私自身の当時の話や経験談も語ったりした。義理の息子はまさに分娩室で立ち会ったそうである。今なら常識かも知れないこの事実も私たちの時代はそうでもなかった。普通は待合室か病院の廊下で夫たちはその時を待ち受けるものだった。

 私などはもっとひどく、長女か次女の時かは忘れてしまったが、妻が出産した時は朝方であったがまだ自宅で寝ていたのだ。それで病院の人から電話で起こされ、無事に産まれましたよと聞いた時もそんなものかという実感で電話を切った後、また布団に戻り寝てしまったのである。

 決して嬉しくなかったということはなく、ホントにそれが事実なのであるが、それを若い夫婦に話すと妻が懸命に私のフォローをしてくれて、お父さんはその頃仕事が大変で疲れていたのだからと弁明してくれていたが、もしそれがホントだとしたら、私は当時大変なプレッシャーの中で働いていたのかも知れない。

 あと娘夫婦が言うには分娩中も大変だったそうである。娘は「途中、ああこれは赤ちゃんが出て来れないな、自分の力では無理だな」と思ったそうである。それを聞いた娘の夫もうなずいていたが、すかさず私が「何を言うの、自分が出すのではなくて、自然が出すのだから」と言ってしまったのだ。この時のことを後になって妻に聞いたら、娘の方は父親が何を言っているのか意味がよく分からない様子だったが、夫の方は何かお父さんは深いことを言ってるなという感じを受けたそうである。

 娘の夫の父親は医者であり、また母親はまだ彼が幼かった頃に自動車事故で亡くなられている。何と運転していたのは父親であったというから彼の運命は数奇である。であるからして、彼ならもしかして私の言わんとしたことも分かってくれたかも知れないと思うのである。人間の力など全体のわずか数%、あとは全て自然の力であり、つまりそれは神である。大変なこと、難しいことは神様に任せれば良いのである。

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08月20日

起床時刻:05時27分

 就寝午後10時ころ、冷えたせいか日中に食べたものが悪かったのか、お腹を下し、大変だった。夜突然やって来た。下痢はホントに久しぶり。数年、なかった。という事はよほど原因になるものが悪かったのだろうと思うが、朝起きた時はほぼ完治、なんの苦痛も痛みもなかった。睡眠の偉大なことよ・・。逆に言えば、悪いものを食べてもなんの変化も見られず健康?そのもののほうが怪しいという事になる。下痢はいわゆる病気ではなく、症状即治療の原則通り、体の浄化作用なのである。

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08月19日(金)

起床時刻:05時30分

 就寝午後11時半頃、旅先にて。さすがに気分も高揚していつもより遅い時刻の就寝となった。途中何度か目覚めたが、まあまあの熟睡は得られたと思う。そしていつものごとく祈りの後、宿の周りをいつものウォ-キング、自然に囲まれた朝の景色は良かった。本日も周辺を周ってみたいと思う。娘の出産で赤ちゃんを見に来たついでに観光という訳である。

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08月18日(木)

起床時刻:05時30分

 朝晩の祈りは頑張ってやっているつもりだが、やはりまだ徹底していないようだ。普段はほぼ大丈夫なのだが、宴会などで酔っぱらってしまうともう駄目である。そんな時は心の中で「たまには良いだろう」等と自分に言い訳している。

 まあホントに心から見えない世界の深さや恐ろしさを認識していないのかも知れない。一旦眠ると、私たちの心は深淵な世界に入って行く。そこは有象無象の世界であり、もちろん良いものもあるが悪いものも存在する世界である。意識は眠っているのでそれらが入ったり出たりするのを統制管理できない辛さがある。良いものも入るが悪いものも入る。特に寝る前の心持ちが影響するから良い心境で寝ると良いものが入ってくるが、悪い心境で眠ると悪いものが入ってくる。波長同通、類は類を呼ぶというやつである。

 だから良い気分でいようと思えば寝る前に祈りをすることは不可欠なのだ。1日あった出来事をきれいにクリーンにしてくれる。だから簡単なものでは私はやはり不十分だと思う。しっかり祈ることだ。確かに面倒くさい時はあるかも知れないが、翌日のことを考えればある程度の時間は惜しんではならないと思っている。心境が高まり悟りが深くなれば、簡単な祈りで済むようになるかも知れないが、それでも生きている限り修行であるならば、節度を持って緊張感を持って日日を過ごすことが大切だと思う。

 先日お盆の恒例の親戚の集まりがあった。私はその日絶好調で気分も良かった。当然その集まりでも大いに歌いジョ-クも飛ばし良い感じだった。しかしその時二つのことが気になった。一つは義兄のこと。最近の私の実兄の怒りやすい状態を知っていたせいか、こんなことを何度も言っていた。いわく「弱い者に対して怒ったり強い態度で迫るのはいけないことだ、老化の証拠だ」と。

 私が最近実兄にそのような態度をされて悲しんでいるということを知った上での私を慰める気持ちで言ったのだろうが、だから私もそれに対して別に反論はしなかったが、心の中では「俺は別に弱いというわけではなく、逆に強いから兄は私にヒステリックな言動をとるのだ」と思っていたのだ。

 しかし話はそれで終わらない。会場はいつものカラオケボックスであったのだが、私たちは大いに盛り上がり五時間以上そこで楽しんだ。帰る時にカウンターでのこと。義兄がなぜかカウンターで手のひらを広げ、バ-ンと大きな音を立てて叩いたのだ。何回も。最初の店員の態度が悪かったせいもあったが、しかしこれは逆に彼が言っていた弱い立場の者を恫喝しているのではないかと思ったのだ。しかも私はそんな義兄に何も言わず諫めることもしなかった。それが悔やみになっていたのかも知れなかった。

 もう一つ。帰宅のために乗ったタクシーのこと。私たち夫婦が乗車した際、運転手が直ぐに「カラオケで盛り上がって、日本は平和だねえ」と言ってきたのだ。私は酔ってはいたがそれに対して少しは違和感を感じたものの、黙っていた。しかし何も言わないのは嫌だから私の仕事について彼に話した。犯罪者で精神障碍者を対象とした施設の管理をしていると言ったのだ。つまり私は彼が言う「平和な仕事はしていない」と言いたかった訳である。

 すると彼はさすがに「そりゃあストレスがありますね」と言ってきたが、別に私はストレスなんか仕事では起こらない。そういうように彼に伝えたのだった。しかしその時はそれほど気にならなかったが、良い気分ではなかった。

 そんな気になる二つのことを心に抱えたまま私は眠りについた。だから翌日私のテンションは下がっていたのだと思う。何があってもゆめゆめ夜の礼拝は忘れるべからずである。

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08月17日(水)

起床時刻:05時30分

 就寝午前0時前後と思う。しこたま酔っぱらって歌って帰宅、すぐさま風呂に入り汗を流す。そんなこんなでホントに何時寝たのか分からないが、大体こんな感じか。昨日は恒例の兄弟たちがあつまるお盆の宴会だったが、常連の兄が不参加。何とも寂しい限りだったが、私の気分は環境には支配されない。ハイテンションでノリノリで時間を過ごした。義兄との交流は以前に増して深まり、生前とても大切に扱ってくれていた母との光景が思い出され、私は心から義兄に手を合わせていた。

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08月16日(火)

起床時刻:05時30分

 就寝午前1時半過ぎ、横になったら直ぐに寝る。熟睡をいただいた。
昨日と一昨日、どうにもテンションが上がらず、それでとにかく昨日一日いっぱい本を読んだ。お陰で本日はテンション高く、気分よく過ごせた。

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 県立宇部中央高校の同窓会が今年もまた14日のお盆に全日空ホテルで行われた。いつものメンバーが集まり、にぎやかな中に楽しい空気が流れた。
私の同期としては4人が参加、今年は恩師の出席は残念にもなかったが、
きっと元気にやっててくれると信じている。

 私たちのテーブルには1個下の石田や中野が加わったりした。特に中野は2次会にも参加したようだが、私は翌日朝から24時間の勤務が待っているため残念だが不参加だった。きっと彼らはまたバカ騒ぎで盛り上がったことだろう。

 と更新している最中に虫が知らせたのか同期のテツからメールが届く。
同窓会の写真を送ってくれたのだ。ありがたい! 
石田はここ数年参加してる。大きなホームセンターの責任者だが、良い年齢になったので自由がきくようになったのかも知れない。

 彼とは昔大学時代に同じ喫茶店でバイトしていた間である。私の紹介で入ってきたのだが、彼とのコンビは客に受けていた。まあ今から思えば自由な時代であった。
 そんな後輩も巻き込んでの楽しい同窓会だったが、去年は私たちのテーブルは抽選の当たりか続出したものだが、今年はナント私だけだった。当たったのは、テーブルタイプのオシャレな扇風機、欲しいなと思っていたものだった。

 中野は接客のバイトの女の子に夢中であった。呼びつけては自分とのツーショットを求めるのだ。と言っても、私たちも同様だったが。

その中の一人にものすごくエキゾチックな県立大の看護科の学生がいたが、私たちはどちらかと言えばそちらで中野は和風的な女の子が好みだった。なんのこっちゃ。
そんな可愛い?後輩たちともホントにこの日にだけ再会できる。
だから私にとってはこのイベントはありがたくも貴重なものなのである。

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08月15日(月)

起床時刻:05時30分

 就寝午後9時過ぎ、同窓会が終了し帰宅、しばらくしてすぐに寝る。途中深夜に何度か目覚めた。同窓会の余韻が残っていたのかも知れない。今年は色々あった。テンションは落ちてはいないのだと思うのだが、本調子でもないと思う。いつもスーパーサイヤ人の状態で生活できれば思っているのだが、その道のりはまだ。

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08月14日

起床時刻:04時50分

 就寝午後9時前ころ、相当早い時刻に寝た。しかも途中覚醒も今までより少なくグッと寝られた。さすがに明け頃は何度か目覚めたが、ゆっくりと眠りの余韻を楽しんだという感じだ。午後9時以降のテレビを見ないようにして3日が経った。どこまで続くか分からないが、決意をしてそれを守るんだという気持ちさえあれば続くと思う。お蔭で、今までより随分早い時刻に起きて活動できるようになった。仕事中心に生きるのではなく、自分中心に生きるのである。

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 昨日は13日、お盆の入りである。私たち夫婦は朝から先祖の墓参りに出かけた。しかもナント3か所も墓地を巡った。
先ずは母親方のご先祖様。
私の生家の近くにある墓地だ。
住宅街の中にある珍しい墓地。だから土地は平たい。
訪問しやすい場所にある。

 私には兄弟が私を入れて5人もいるが、まだ皆ありがたいことに存命である。だから墓地には入れ代わり立ち代わり参ってくるから私など末っ子の出る幕はなかなか無く、私は若いころから気軽な身分で、墓参りなど積極的に
やったことはなかった。

 しかし私も最近はどうにも考えが変わり、このように墓参りを喜んでやるようになった。大いなる変身である。で、早速この日の決行となった次第である。

 母方の先祖が眠る墓にはまだ誰も参った様子がなかった。
私が一番乗りだ。それで線香に火をつけて、お祈りしたり
周りをきれいにしたり、墓に水をかけたり。
それから今度は道の関係上、妻の父方の先祖が眠る墓地に進んだ。

 この墓地は山のてっぺんにある。開墓地といわれる。
山の稜線に沿って墓地が点在している。
その一角に、妻の父親が眠る墓がある。
立てたのは義父の弟さんと義母と刻まれていた。

こちらも線香に火をつけたりして祈りそれから次の墓地を目指した。

 最後は私の父方の先祖。
私の祖父とその周りのご先祖様が眠るお墓だ。
実は私は初めてこの墓地を訪れた。
宇部市内では有名だが私には初めて見る景色だった。

 父親と母親が私が幼いころに別れたものだから
私は母親のほうについて行ったものだから
ずっと長い間父方の墓参りはしていなかったのだ。
この歳になって私は初めて父方のご先祖様に
お目にかかったことになる。

 場所は父が再婚した女性に聞こうとしたが
彼女の連絡先が不明で、分からず
それならと父の弟、つまり叔父さんであるが、
この人に聞いた。
正確には叔父さんの奥さんに聞いたのだ。

 初め私が電話で父方の墓参りをしたいと告げると
相手の奥さんは少し戸惑った様子だった。
しかし私が父親個人の墓参りではなく(父はこの墓には入っていない)
父方のご先祖様に挨拶したいと述べると
途端に彼女は機嫌を取り戻し
全てを私に教えてくれた。

 そして私は初めて父方の墓参りをした。
こんな所に墓地があったのだと思ったりした。
少し小高い場所だから下界の眺めは良い。
私は神妙な気持ちで手を合わせ
ご先祖様への感謝と霊界での冥福を祈った。

 こうして私は三か所の墓地を巡った。
父方と母方、そして妻の父方。
全てが私にとっては大切なご先祖様である。
ご先祖様を大切にする人間はまた子孫にも大切にされるという。
子孫とは言わずもがな私にとっては娘たちとその家族である。

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08月13日

起床時刻:05時00分

 就寝午後9時半、さすがに直ぐには寝付けなかったが、まずは早寝の訓練である。早く寝ればそれだけ早い時刻に目覚められる。そうすれば日々の祈りやウォーキングといったルーティンも慌てず騒がすの心境でこなせる。しかもたぶん時間があるので本を読んだり、逆にテレビも良い内容のものを集中して見ることが出来るだろう。今は午前5時を目標にしているが、段々早くなって行く気がする。

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 陽だまりの木の活動についての費用は今はほぼトントンで賄うことが出来ている。とはいっても、多少私の持ち出しがあったりする。逆にその方が良いのだという気持ちがある。反対に儲けが出て、それを利己的なものに使うなんてのは今の自分ではとても出来ない。しかしそれは決して悪いことではないと思う。たぶん会員さんもそれを咎めたりすることはないと思っている。

 先ずは収入である。月に一度私たちは会合を開いている。そこでは飲み物や昼食が出る。その費用の原価は大体1500円程度である。たまにクーポンが手に入るときは、それも使えば多少プラスになる。つまり一人頭約500円程度が余る。その会の参加費が2000円だからである。

 この一人500円の差額をそのまま何も使わず私が手に持っていればそれを世間では「儲け」とか「利益」とか言うのだろうが、私はこの利益を先に述べたように私の利己的なものには使わず、活動費に使っている。その主な内訳は、まずは毎週チラシに載せている広告費である。あとは会報誌の発送費、通信費である。月に一回会報誌を作っているからその費用である。印刷費等も含まれる。

 これら経費を差し引けば今の段階ではまだ赤字かも知れない。しかし発足当時はもっと持ち出しも多かった。が、これは偉そうに言うのでは決してない。元々私の「趣味」として始めたものである。趣味にお金がかかるのは当たり前であり、そういう意味では私の趣味は世間の皆様から考えれば非常に「お安い」ものである。

 本来ならばもっと持ち出しを出しても良いのかも知れない。趣味に打ち込んでいる人は大げさに言えば命を懸けている人ならば私レベルなら「チャンチャラ可笑しい」だろう。私はまだそういう意味で言えば「セコイ」部類だと思う。もっとこの活動を広げるのならば、もっと持ち出せ!と誰かに言われそうである。

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08月12日(金)

起床時刻:05時30分

 就寝午前1時半頃、途中一度目覚めたが直ぐに寝る。昨日も一日隙間を見つけては仮眠をとったから睡眠時間はたっぷり取った。勤務のおかげでテレビにどっぷりと浸っていた時が夢のようだ。

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 私は大学時代に空手の極真会館に巡り合い、トータル6年間空手に取り組んだ。その後半、地元に戻った私は編入した大学で空手部を作り、更に熱心に励んだ。当時は山口県に極真の道場がなく、私たちは広島県にあった支部道場の所属であった。

 ある寒い年に私たちは部員全部でその道場に出かけた。そこで私たちにとっては初めての昇級審査があったのである。しかもその年は特別に東京本部から極真の創始者でもある大山倍達館長が審査員として訪れるということであった。

 もちろん大山館長だけでなく、随行として本部の高弟の方々も参加しておられた。当然私も俄然ハッスルして昇級審査に臨んだ訳であるが、審査が終わり、部員を引き連れて帰ろうということになり、支部長の部屋に挨拶に行ったのだが、その時思いもかけず、何と大山館長がいらっしゃったのである。

 大山館長は大きな体をゆったりと椅子に座らせ支部長はその横で緊張気味で立っている。私はさすがに驚いたが、頑張って支部長らに挨拶した。支部長は何やら頷いていたようだったが、大山館長はすぐに私に向かって手を差し出し、森さんだったか森君だったか覚えていないが私の名前を言い「頑張りなさいよ」と温かい言葉をかけて下さった。

 アメリカに渡り現地の並み居るプロレスラーをことごとく倒して来た大山倍達のゴッドハンドである。当時アメリカで彼の神業を見たアメリカ人らが彼の手をそう称賛したという。そのゴッドハンドが私の目の前に差し出されたのだ。その時はさすがに私も興奮し感激したものだった。

 そんな思い出が私にはある。とにかく私は感化されやすい質で、当時は大山倍達の著作ばかり集中して読んでいたものだった。彼の武者修行の様子や鍛練の方法を書いた本はもちろんのこと、彼の思想や考え方の著作も軒並み読んだ。とにかく彼のように強くなりたい、強くなるためには彼の考え方を先ずは身に付けようと思ったのである。

 そんな彼の著作の中でちょこちょこ出てくる言葉に「親孝行」というフレーズがあった。親孝行しなけりゃ駄目だ、強い弟子は必ず親孝行であるものだと述べていたと思う。当時の私はこのフレーズに対して別に何の感動もなかった。世間でよく言われる親孝行なるものを大山館長が何となく、昔風な人間なら誰しも思っているような感覚で説明しているのだろう程度で理解していたのだ。深くは考えていなかった。

 先頃ネットでYouTubeを見ていた。検索で極真と入れてみたら、その大山館長がゲストで出ていたバラエティー番組が見つかった。多分20年以上前のものだったと思う。大山館長の生い立ちから数々の偉業を紹介したものだったが、その中でも彼は「親孝行が大事」だと主張していたのである。私はこれを見て「ああこれは単なる道徳のお題目ではないな、大山館長自身の信念の言葉だな」と直感できたのである。

 私が毎日行っている祈りと聖なる本読み。これらの積み重ねの中で自然と身に付いて来たのが、親への感謝である。生長の家の創始者である谷口雅春さんは「親に感謝できない者は何事もなし終えない」と述べている。先ずは親孝行ということである。何かを成し遂げようとするならば、先ずは親孝行、親に感謝だということである。大山館長が言いたかったのもここだったと思う。

 若かった頃は私はこの大山館長の言う親孝行は単なる道徳やお題目だと思っていた。しかしそれは違う。これは大山館長の魂がこもった生きた言葉、真言なのであった。何事かを成そうとする者は親孝行であれ、親に感謝せよ、というところだろう。親孝行する人間は神と波長が合っている。だから神の応援も受けられるから希望も実現するのである。

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08月11日(木)

起床時刻:05時00分

就寝午後9時半頃、途中3時台に一度目覚める。起きようかなとも思った。既に睡眠時間はいつもの6時間は満たしているからだ。しかしこのような生活スタイルを始めたばかり。急に・・・という気持ちがあったのか、また再び眠ろうとした。が、なかなか寝付けなかったが、そのうち眠りに入っていったようだ。結局睡眠時間は7時間半程度取れた。テレビをあまり見ないようにすればこうなるのだ。そして早起きの習慣が取り戻せた。

 本日勤務日、山の日という祝日でもある。お蔭で本日は暇なのどかな一日になりそうだ。祈りをしてそれからいつものウォーキング。いつもより30分早いペースで進んでいる。

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08月10日(水)

起床時刻:05時30分

 就寝午後8時ころ、いつもより早く寝て途中起きて祈りやら色々と用事を片付けて改めて寝ようなどと思っていたが、もちろん途中目覚めた。午後10時過ぎだったが、祈りなどしようとする気力も起こらず、再びまた眠ってしまった。途中深夜にも目覚めたかもしれないが、よく寝た。ホントは午前4時45分に目覚めたのだが、あまり急に生活を変えたのをこのブログに更新すれば落ち着かないような気になり、午前5時半とした。今この更新は義兄にいただいたディスクトップのパソコンで更新中である。久しぶりのディスクトップ、気分は良い。結局私の持っているパソコンは古いノートパソコン(画面が16インチのやつである、OSはナントwindows xpである)と、半年前に新品を買ったタブレットパソコン(画面は8.9インチ、osはwindows10)、そして今回義兄にもらったディスクトップのパソコン(画面は20インチ、osはwindows7)である。

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08月09日(火)

起床時刻:05時30分

 就寝午前1時半過ぎ、途中覚醒あり。勤務先。こういうケ-スは珍しい。自分でも驚く。しかし昨夜は多くの仮眠を一気に取れた。そのお陰でたぶん本日も眠気なしで動けると思う。

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 最近身近な人の中で「癌」にかかったと言われる事が多くなった。一人は仕事をしながら治療できる程度であり、後の二人は重度の癌である。まあ世間的にも癌が多くなったとか二人に一人は癌にかかると言われているようで、そんなに珍しいものでも無くなったのかも知れないが、一昔前までは癌と言うと先ず自分には縁のないものだと認識していた。

 仕事ができる癌の知り合いは高校時代の友人で現在関東に住む。私とは小学校ではとても仲が良かったが、高校時代には疎遠になり、しかも彼とは生徒会長のイスを狙う仲ともなった。そんな因縁のある彼だったが、数年前に直接彼の口から電話だったが告白され、正直少しドキッとしたものだった。

 しかしよく考えれば、そんなにあっさりと言えるような癌は結局軽いのかも知れない。重い人はそんなに簡単なものではないかも知れない。しかし残りの重度の一人、年上だが男性であり、私とは個性的な関係だったが、彼もまた最近退院したばかりだと言う。普通退院と言えば病気が治ったのだと判断するが、彼が退院した病院はいわゆる「終末」的な施設だった。ターミナルホスピス。その名前を聞いて私は正直愕然としたものだった。

 彼とは長い付き合いであり、以前は私は彼に対して厳しい意見を言いがちだった。しかし彼に対して優しい言葉を言う方が彼にとっては悪い事だと思っていたのだ。彼は全くの自由人であり、奥様からも愛想を尽かされ、子供と奥様は彼から離れた。しかし籍だけは抜いておらず、彼独特の人懐っこい性格からか、奥様も冷たい決断は出来なかったのかも知れない。

 そんな彼だったから、私は彼に対して比較的厳しく接した。だが私も奥様同様彼のキャラクターに魅了されていたのだろう、どうしても彼を突き放す事は出来なかったのである。そんな彼と最近しばらくご無沙汰であった。

 そして私も良い歳になった。人に対して厳しく接するだけが能ではないと思いだしてきた。その証拠に彼が癌であると告白して来た時、多分以前の私なら「あ、又この野郎、人の同情を買おうとしているな、乗せられるなよ」と自分を戒め、「そんなの元気でふっ飛ばしなさいよ、大丈夫だよ」等と、軽口をたたいた事であったと思う。

 しかし今の私は年齢のせいもあるかも知れないが、人が変わったと思う。多分歳のせいだけではない。それはやはり日頃の信仰のお陰だろう。日々欠かさず努める祈り。そして一本に絞った聖なる読書。これらのお陰で私は変わった。彼に対する態度、言葉も変わった。

 「○○さん、長生きしてね」。私が彼に発した言葉は主にこれだけだった。そしてそれは私の切なる心の中から出て来た本当の思いだったのだ。少しも彼に激しい事も元気活発な事も言わず、ただ長生きしてねと言っただけだった。自分でも我ながら不思議な感じだった。あの彼に私がこんな言葉を言う事があるのだと・・。

 そして電話の後私が思ったのは彼に毎月発行している「陽だまりの木」の会報誌を送ろうと言う事だった。今俺はこんな事やってるよ、こんな事思ってこんな事書いてるよと彼に言いたかったのかも知れない。祈りは全てを癒す力を持つ。人は皆円満完全な神の子である。

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08月08日(月)

起床時刻:05時30分

 就寝午後11時半頃。途中深夜に何度か目覚め、トイレに行ったり所用を寝ぼけ眼で行う。こんな事は最近珍しい。しかも本日が勤務日だと言うのに我ながら大丈夫かと疑問符を持ったほどだ。しかしまあ良い。頭で考える事はなるべく控え、自然に任せよう。

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 今の私の現場は三人によるチームで行っている。もちろん就業時は一人勤務だが三人で仕事は賄っている。年齢的には私が丁度真中である。チームリーダーが年上で年下は私より七歳程度下である。年上の方は三つ上である。だからどちらかと言えば私は真中ではあるが年上の方に気持ち的には近いものではないかと思っている。

 年上の人の気持ちも分かるし年下の者の気持ちも分かりたいとは常々思っているがあまりにもどちらかに片寄ってはいけないと自分に言い聞かせながら彼らと接している。つまり、仏教的に言うと「中道」である。どちらにも共感しつつさりとて片寄りすぎないという気持ちで過ごしているのだ。

 男同士の職場とは中々難しいものだと実感している。人間が集まれば派閥もできるし親分子分の関係もできるだろう、たった三人の職場でさえもそれは確かにある。
特に私を真中に挟んで年上と年下の葛藤はかなりあるようだ。特に年下の者はそれを私に訴えぶつけてくる。年上の方はそれほどでもないようだが、だが彼もまた私には言わないだけで内心秘するものはあるだろう。

 人は自分と違う人間を排除したがるものだ。自分と近づけたい、自分に似せたいと思うものだが、人は個性があるから楽しいのであり、素晴らしいのだ。夫婦でもそれはある。どうしたも妻を夫を自分の思うように改造したいものだがしかし違っているから家庭は楽しくなるのである。全く同じ人間が暮らしても何の成長も広がりもない。

 わずか三人のチームであっても、葛藤は起こる。それならばこれが国家レベルであれば当然である。三人のチームでも戦いや心理戦はあるのだから、国家間であればもっと深刻である。よく戦争反対平和礼賛を訴える人たちがいるが、果たして彼らはそれならば各家庭や職場においてその平和を実践して生きているのだろうかと疑問を持つ事がある。

 自分の家や職場、学校でさえ平和に楽しく暮らせてない者が意外に国会前などで戦争反対や平和を訴えてデモするのではないだろうか。そもそもデモという行為自体が平和では無いのだから。だからと言って私はそういう行為を悪いとも思っていないが。先ずは家庭である。自分の家庭を楽しく豊かにし平和な雰囲気で満ち溢れさせる人が世界の平和を本当に実現できる人であると思う。

 相手の個性を尊重し、相手の生き方を尊び、融和し、一体化し、一つになるように努めれば、どこの場所、どこの家庭、どこの職場、学校だろうが、人は楽しく生きて行く事が出来るのだろう。

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08月07日

起床時刻:05時27分

 就寝午後11時半過ぎ、翌朝は完全休養日にも関わらず私は早い時刻に起きた。今日はスケジュールが目白押しだ。

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 仕事場の同僚の二人が今回同時に退職する。長い間共に仕事をして来た仲間との別れはやはり寂しいものである。

 その二人は私たちチームの中でもある部分似ているところがあった。勤務先で若者に対して厳しいところだ。しかしそれは嫌味な感じではなく、はっきりしていて、ある意味爽快なところもあって悪い気持ちはしなかった。そしておもしろい事に、この二人、陰ではそんなに辛辣でもないが、お互いを批判し合うようなところもあったのだ。

 ここで私の登場である。私は比較的彼らにも共通したところもあって、彼らに対して悪い感情はなかった。だからそれぞれの前では一緒に相手を批判するという事はなく、どちらかと言うと、相手をかばって来たのである。そしてやはり彼らはどこか似通っているのをお互いが認識しているのだろう、私の話を黙って聞いてくれていたものである。

 その内の一人は自衛隊出身であった。他の仕事の経験はなく、自衛隊一筋の彼は、いわば自衛隊そのものという感じであった。私と彼が二人で仕事中話していた時、彼が自衛隊当時、学生相手に教官を務めていた事が分かった。その時の話では、彼は大変厳しい教師で、学生たちを整列させ、ビンタを食らわした事もあったそうである。しかし学生たちの中にはそんな彼を親しんで、数年後感謝の手紙などももらう事もあったそうである。

 そんなエピソードをもう一人の相対する彼に話すと驚いた様子であったが、しばらくすると感心した様子で、「あの人はそれほどの気概を持って自分の仕事に取り組んでいたのだなあ」と話していたものである。つまり結局彼らはお互いをどこかでは認めあっているのである。良い仲間とはこのように中々良いものだ。そしてそんな良い仲間との別れはやはり寂しいものである。

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08月06日

起床時刻:05時30分

 就寝午前1時半頃、一度珍しく午前3時頃に目覚める。しかし直ぐに寝る。勤務先にて朝を迎える。昨夜も隙間を見つけ仮眠を積極的に取った。

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 よく潜在能力開発のノウハウ本などに、普通の人は本当の力のわずか4%か5%しか出していないというような記述があるが、これは多分本当のことだと思う。あの有名なエジソンも人間は数%の天才の力しか出していなく、後は全部努力であるなどと述べているようだが、例えで言えば氷山の一角だとかとも言われている。

 これらの表現をもっと分かりやすく言えば、霊的に考えれば良いと思うのだ。つまり氷山の一角であるところの表に現れているのがこの我々が住んでいる現実世界であり、海面下にあるところの見えない世界が霊界である。霊界でも階層があるようで、氷山に例えれば最も下の部分が実在界つまり神の世界にあたる。

 人間の持つ驚異的な潜在能力はこの隠れた世界、水面下の世界にあり、わずか一部分しか表に出ていないのだ。私たちが自分の本来の力、能力を出そうと思うのなら、この隠れた世界から汲み出すのに限るのである。

 修行とはまさにこの人間の隠れた力を表に出す為の方法なのだろうが、昔から修行者、お坊さんやあるいはアスリートたちはこの修行に様々な方法で取り組んで来た。多くの修行者は表に出ている世界、つまり目に見えるこの現実世界の中でこの修行に取り組んで来たのだ。それを苦行と言うのだと思う。

 しかしあのお釈迦様でさえ、苦行は本当の悟りには至らないと言っている。つまりわずか数%の世界の中だけで努力しもがいても海面下の見えない世界の奥には達せないと分かったのだ。

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08月05日(金)

起床時刻:05時20分

 就寝午後11時半過ぎ、寝る前の祈りを少しカットし、短めにしてみた。時間にして16分程度、それでも気持ち良く寝られる。目覚めた時の朝の祈りはその代わり丁寧にたっぷりと時間をかける。ホントは寝る前もそうであれば良いのだが何分眠気が強くなる。だからホントは寝る直前にやらないで、午後9時ころに毎日決めていて、まだ元気がある頃にやれば良いのかも知れない。

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 最低の境遇で生きる、というのが先日ふと脳裏にひらめいた。普通人間は出来るだけその環境を整え、立身出世し、なるだけ豊かになりたいものなのだが、どうして自分がこのような事を考えたのか、定かではない。

 とにかく最低の自分で生きるという命題の元に、自分の人生を生きて行こう、などと思ってしまったのである。

 人間は少しでも良い環境、良い状況になれば他人との差を自覚し、嫌でも優越感を持つようになる。その結果、自分より力や地位で上位にある者、あるいは単純に強い者にへつらい媚びを売り、反対に弱い者には傲慢や横柄な態度に出るものである。このように優越感に浸ればある種の快感は得られるかも分からないが、本当の喜びとは全く縁遠くなるだろう。

 だから私はきっと自分を最低の立場に置き、常に自分を謙虚に持って行こうと考えたのかも知れない。しかし、最低の地位、立場というものは、一人ひとり皆違うものである。各自が考えるそのイメージは様々で個性的であろうと思う。だから私の場合は最低だと言ってもそれは貧しいというものとはまた少し違っているのである。

 私の最低という意味は、一般の考える私の年齢にふさわしいイメージ、その常識から少し外れるという事だ。常識を疑うという事は世間からの拘束から自由になる事であり、重苦しい地上の重力から解放される事である。

 昔、妻のお母さんから口癖のように言われていた言葉に「世間様からは後ろ指を指されたくはない」というのがあったが、私も当時はその言葉にあまり疑問を感じる事はなかった。しかしやはり何かどこか違和感をずっと感じていたものである。しかし最低の自分で生きるのも悪くはないと考えてからは、これはまさに昔義母がいつも座右の銘のごとくに言っていたその言葉の間反対に逆らう姿勢なのである。世間から後ろ指を指される事はあるかも知れないが、その世間が生きる指針としている常識から脱し、伸び伸びと狭い世間を広く生きる為には、私はやはり最低の自分で生きる方が良いのかも知れないと思うのだ。

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08月04日(木)

起床時刻:06時30分

 就寝午前0時頃、一気に熟睡、勤務明けの夜なのに比較的遅い時間まで起きていた。自由自在という気分で過ごしたいと自宅にいる時は思ってしまう。

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 会員募集の為に週に一回地元紙のチラシの中にある伝言板に掲載させてもらっていますが、二年前に初めて出した時はホントにたくさんの応募の電話をいただきました。途中お休みがあって再開後つまり今なのですがほとんど電話が無い状況が続いたのです。

 これは一体どうしたことなのだろうと思っていたのですが、何となく自分でも思い当たることがあって、自分の中の切実な思いが弱いのかなあと反省しておりました。その心の弱さが新規の会員さんを引き付けられないのではと思っていました。

 それでも月例会は続けさせてもらい、今はまだジッと我慢の子だと自分に言い聞かせながら時を待っていました。ところが不思議なことに最近は徐々にですが参加希望の電話が増えて来ました。いい意味で諦めかけていた時でした。肩の力が抜け、諦めというよりは「きっと良くなる」と信じていたからではないかと思います。広告を載せるのはもう止めようかなとも思ったことは有りました。しかし良かったのはそんな現象には引っ掛からず、広告掲載は良いことなんだ、楽しいことなのだと思い続けたことが結果的に良かったのではないだろうかと今は思います。何事も悪い方には考えず、良い方楽しい方に考えるのが結局良い果実を生み出すことになるのでしょう。

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08月03日(水)

起床時刻:05時30分

 就寝午前2時頃、いつもより遅くなってしまった。しかし起床時刻は変更しなかった。今までは遅くなったときは起床を遅めた。しかし止めた。頭で考えることはストップしたのだ。計算などしないと決めた。西洋医学的な考えで判断するのを止めて、感覚でやろうと決めてみた。体に任せたのだ。

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 私は高校二年の秋から生徒会長を務めた。その時書記か何かを務めていたのが若林君だった。生徒会では彼がいわば私のパートナーであり一番気が合う同志的存在だった。

 選挙戦では私の対抗馬がいて、また私とその相手にはそれぞれ副会長として立候補する同級生もいた。いわばセットになっていたのだ。結果的に私が当選したので若林君が男子の中ではNo.2的な存在になったのだ。結果的に私が生徒会長、副は女子の立候補者がなり、若林君は書記となったと記憶している。

 今を思えばなぜ若林君と気が合っていたのかと言えばお互いの根底で考えている思想がよく似ていたのだろうと思う。当時私たちの学年には目立ったグループが2つあって、分かりやすく言えばその2つのグループは右と左であった。もちろん私のグループは右であり保守派である。おもしろいことにそういう場合その家族までもがやはり右であり保守派であったと思う。

 若林君もそうであった。彼とはそんなに仲が良かった訳ではなかったが、その生徒会の選挙でだんだん仲が良くなったという感じであった。ある時彼と急接近することがあった。確か文化祭か何かの時で、文化部に入っていない私たち仲間は校舎と校舎の間にある中庭に座り寛いでいた。すると若林君たちのグループもやって来て初めは他愛ない話を始めたのである。

 途中から戦争の話になった。何でそうなったかは覚えていないが、その中で俄然張り切ったのが若林君であったのだ。彼は独特の考えの持ち主で、あの特攻隊を礼賛していた。お国の為に命を捧げた彼らこそ、もっとも尊い存在なのだと声だかに主張した。

 いくら右で保守だと言っても当時の私たちもまだ高校生である。さすがに特攻隊までは考えも及ばず若林君の話にはいくぶん面食らった訳である。何だこいつはという思いがあったと思う。当然私たち仲間は彼に猛反撃した。しかし彼に反発しながらもどこかそんなに嫌な気はしなかった。とはいってもやはり当時の私には彼の考え意見に同意することも逆に反発することもできなかったのである。

 その後時間が過ぎ、私も大人になったがやはり当時の若林君の独特な考え方にはなかなかなれなかった。いわば中途半端な右寄りであり保守層であったのだろう。しかし日々祈りを続け、真理の本を読み続けていると理屈抜きで自然に高校生だった若林君の気持ちと一つになれるような気がして来たのである。国の為に殉じた英霊を下らないことをした人間などとは思わず、肉体は滅びても魂は永遠なのだ、国家社会の為にひいては愛する家族を守る為にその命を捧げたのだという真実を心で見た時、私は実はあの若林君と一つになっているのかも知れないと思うのである。

 これは確実に祈りの功徳である。祈ることで騒がしい外界と遮断され、本来の自分に戻るのである。その本来の自分のいる世界では特攻隊という存在、考え方は神近いものなのだと思う。外ばかり見ている人間には多分一生味わえない感覚である。

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08月02日(火)

起床時刻:05時30分

 就寝午後11時半頃、途中覚醒なし。またまた昨日も一日仮眠をとらずに活動する。だから夜の就寝時刻になると自然に眠たくなる。本日勤務日。

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 職場の同僚の中に共産党員らしき人がいて、なぜそう思ったかと言えば彼の車の後部に「NO!戦争」などというステッカーが貼られていたからだ。しかも相当大きなステッカーで彼の普段の派手派手強い活動が目に見えるようである。

 そんな彼と二三ちょっと立ち話した。私が室内での24時間勤務なのでその日の天候があまり分からない事を彼に訴えたのだが、それに対して彼が私に返したのは「就業時間の短縮を図らないといけない」という強い調子の言葉であった。彼にすれば私の事を考えての優しさからの言葉であったかも知れないが当の私は別にそれについては何にも思ってもいなかった訳である。と言うよりも私としてはその一般的には長いと思われる勤務時間をそんなに苦にしてはいなかったのである。逆に長いからこそ日当も良いのである。

 彼は自由こそ最も重要なものであると主張したから私は思わず素直な気持ちで親指と人差し指で輪を作り、彼にそれを見せながら「これよりも自由が大事かね」と笑いながら問えば彼は勿論という顔をして頷いた。私が指で作って見せたのは言わずもがなお金の事である。

 時間短縮したらお金も減ってしまうけど、それでもやっぱり自由かねと問えば彼はそれでも強く頷いた。彼の言う事も分からない訳ではないが、そういう思想を続けていれば彼らが最も嫌う貧困の道にまっしぐらであり、その苦痛な道からはいつまで経っても逃れ得ない。

 特に私が思うには、彼が言うところの自由とは果たしてどういう種類の自由だろうか。多分彼らは目に見えない世界は頭にないはずだから目に見える物質的な自由だと思う。つまりこの目に見える肉体が拘束されていない状態の事を自由だと言うのだろうと思うのだ。

 しかしホントの自由とはそのような物質的な目に見えるようなもので測るものではないと思う。大切なのは心の自由であり精神の自由である。肉体は仕事に拘束されてはいても精神はあくまでも自由な状態こそ本当の自由である。極端な例で言えば、刑務所に拘束されている囚人は彼らに言わせれば完全な不自由であるが、しかし心さえ自由であれば、それは自由なのである。外国の話であるが、刑務所の中である囚人の部屋の窓にやって来る鳥の事を徹底的に研究して世界的な鳥学者になった者もいたという。日本ではあの吉田松陰が獄舎の中で同じ囚人たちに学問を教えたという話は有名である。

 与えられた仕事を不満なくこなし、その仕事を好きになるように努めれば、人間はどこにいても住めば都である。長い拘束時間であっても楽しく過ごせば必ず豊かな状態になるものだ。そういう心の状態を豊かというのであり、心の通りになるのが現象面であるのなら自ずと目に見える世界も豊かになるものだ。

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08月01日(月)

起床時刻:05時26分

 就寝午前0時前後、途中覚醒なし、一気に寝る。最近はほぼ仮眠なしの生活を送っている為深い睡眠をいただいているものと実感している。だから本日はお休みなので、早い時刻に目覚めたが、又布団に戻り少し寝てしまった。目覚めたのは午前8時だった。こういう日もあっても良い。

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 東京の知事が決まった。大方の予想通りか、小池ゆり子さんが選ばれた。私としてはもしかしたら政府予党が推していた増田さんがなるのかも知れないと思っていたが、あにはからん、東京としては初の女性知事の誕生となった。

 私自身もこのブログで書いていたように、東京の知事はやはり先ず第一に「華」がないといけない等と書いていたが、それはやはり大多数の有権者の気持ちを感じての意見だったと思う。ホントのところはやはり堅実で真面目な人が良いのではと思っていたのだ。

 特に行政の仕事に慣れた方が手っ取り早いし、仕事に慣れる時間も必要ないから経費的にも大いに助かるではないか。しかしやはり選挙というものは、ある程度の認知度、そして「人気」というものが必要なのかも知れない。俗にいう「カリスマ」というものだろう。

 有力候補と言われる三人の中で、小池さんが一番華があってカリスマ性も一番だろう。そういう意味では既に選挙前から結果は分かっていたのかも知れない。しかし私は結果が出た今になってやはり都知事というものは、堅実で仕事に慣れてそしてある程度の人格者であることが必要ではないかと痛感している。

 自民党はそういう点で、原点に戻って基本に戻って今回の候補者を擁立したのかも知れない。先の参院選で大勝し、安倍政権も万全な今、本来の政治家の原点に戻れる余裕が自民党に出来たのかも知れない。しかし都民はまたも派手な雰囲気にあふれた、華のある政治家を選んでしまった。そういう意味では日本全体に余裕があるのかも知れない。

 舛添氏の失敗があっても又も人気のある華のある都知事を都民は選んでしまった。一見地味な増田さんはどうにも「東京らしさ」が欠けるようだ。しかしここでよく考えてみれば、どうして自民党は小池氏が立候補した後でも別の候補者を立てたのだろうか。それは小池氏が党に黙って立候補を決めたということに尽きるようだ。

 選挙中、自民党内ではこの小池氏の勝手な行為に腹を立てていた政治家が多かったようだ。私もやはりここが気になる。もしこのまま小池氏のやり方がこの世を占めて行けば、世の中に節度というものはなくなってしまう。秩序も何もあったものではない。そしてそういう人が人々のための政治をやっていくのに私はどうしても疑問を感じてしまうのだ。目的のためには手段を選ばず式のやり方が世の中をまかり通れば、何かやるせない気持ちになるのは私だけではないだろう。

 確かに世の中には多くの鬱屈した気分を抱えた人々がいるだろう。彼らが今回の上に対しての反逆だとか抵抗劇に喝采を浴びせるために一票を投じるということになったのかも知れない。そうであれば、やはり人間はもっと冷静になり、フラットな気分で候補者を見て、自分たちをリ-ドしてくれる者を選ぶべきだろうと思う。

 勝手な行動をした人間は同様に勝手な行為を受けるようになる。秩序を壊した人間は同様に自分も秩序を壊される羽目になる。今までの都知事の中で色々な事件を起こし、都政を壊した人たちが又形を変えて現れる可能性はある。それを覚悟で都民は派手な華やかな都知事を抱える覚悟が必要ではないかと思う。

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