20180516(水) <<前日 | 翌日>>

起床時刻: 03時30分

今日の気分(本文)

夜明けが早くなってきたので、超早起き。

良い天気。洗濯ものが速攻で乾くといい…

ところで、
「仙剑奇俠传」について、続き…
「仙剑三」:景天は、迅速に理解した。
(・・もちろん、私の流儀で。)

李逍遙に、かなり似ているとは言え、
…蜀山掌門、長卿、重楼とのやりとりが
かなり気に入っていたし、
そもそも景天には、ある種の成熟があった。
ついでに、驚天動地、天界無敵・飛蓬の転生…
という、おまけつき、…と言うより、
ひょっとすると、こっちが本質なのかもしれない。

まあ、「景天」自身が、かなり無敵…とも言える。
(彼は、幻戏の人物だけれども、自身、幻想を抱かない。
飛蓬の志向と、諦念の結実を感じる。)

胡歌作品に関して、
私は、時間軸をさかのぼる形で確認しているので、
ちょっと邪道・・か、という気もするが、

あれこれ逍遥してみて、再び「梅長蘇」を見てみると、
こういう造型を、胡歌が表現するのは初めてだな・・と。
むしろ、多分、すべての役柄が、すべて初めてのように違う、
・・とも言えるのかもしれないが、

「梅長蘇」を、胡歌は、ひょっとして「女性」の造型として
演じたのではないかしらと思える、・・そういう優雅さだ。

連想したのは、
スウェーデンボルグの宗徒としてのバルザックの描いた、
・・セラフィタ・セラフィトゥス。

女が見れば男・・と見え、男が見れば・・女とも見える。

天使の眷属、その顕現・・

圧倒的な存在感と共感を惹起する、
人の心の底にある共通認識、原型としての、アントロポスの神秘。

明星である胡歌には、ふさわしい・・とも言えるのかな。

(「セラフィータ」は、多分、日本語訳はない。
原文はかなり読みにくい。
なにしろ、バルザック…なので、風景描写が写実克明。
どうしようか…と、いつも思う。
頑張って読み直すことにしようか。)




^^