20201014(水) <<前日 | 翌日>>

起床時刻: 04時00分

今日の気分(本文)

元気に早起きしてルーティンこなし、外出。

あらら・・と思う間に、体調がくずれた。

「鵞鳥湖の夜」新宿。
スクリーンが小さくなっていて、
3列目なのに、小さくて、いまいち浸りきれない。
ブルーレイがあまりに精彩だったせいもあり、
少々不満。大画面で見たい。

銀座にまわって漢語レッスンを受ける。
会話はなかなか楽しい。
新しい老師で、
胡歌ファンだとばらした。帥哥・・だと笑う。
同学にも紹介してくれて、なかなか好意的。

しかし、だんだん熱が出てきて、頭痛・・
次のレッスンはドタキャンで帰路につく。
帰り着くと、すぐに寝込んでしまう。

鍛錬の為の運動が、かえって体調悪化の原因になる。
体力がだいぶ落ちていて戻らない。

「仙剣奇侠伝」が見たくなって、DVDを開く。
李逍遥ばかりCUTを集めたバージョンなのだが、
見ているうちに、
周泽农の面影が見えてくる。

同じ胡歌ですから、当然・・と言えば当然なのだが、
百変する胡歌のイメージは、役ごとに違うので、
同じように見える・・と言うことはない。
少なくとも私には、同じに見えない。

なので、同じに見える・・と言うことは、
かなり特異なことに思えて、

周泽农と李逍遥の共通点に気がついた。
華やかな美少年の李逍遥と、
追われてボロボロの周泽农の、どこに共通点があるのかと、

考えてみれば、
二人は、ともに江湖の人間、
李逍遥は、宿の小二(シャオアル)・・給仕なのだ。

日本的な士農工商の感覚で言えば、
剣客でもある "俠”の李逍遥は、武士の範疇かと
そんな風に思えるが、
元来は、江湖底辺の人間なのだ。

「鵞鳥湖の夜」の世界も江湖だとは言える。
周泽农は、追われて、はかなげには見えるが、
実は無敵の武侠・・でもある。

見るうち、次第に、その存在感の認識が変わった。

ちょっとしたユーモアではあるのかとも思う。
監督の・・

社会底辺であえぐ人の、惨めな逃亡の顚末を
演じるのは、メジャーな大明星の胡歌で、
アクションはキレが良くて、動きはしなやか、
追いつめられて、あわやと言う時でさえ
周泽农に敵対できる相手はいない。

死に向かって突っ走っているので、
免れることはできないのだけれども、

愁いと悲哀に彩られている… とは言え、

作品の底にこっそり、
胡歌そのものの味付けを加えたのだなと、
そう思った。

胡歌への、一つのオマージュでしょう。



^^