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起床時刻推移グラフ

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01月25日(月)

起床時刻:06時00分

良い天気なのだが、寒い朝は起きるのをためらう。
すっかり寒さ負けしている。

陽が上がってから、がば・・と起きると、
ほとんど走るようにルーティンにかかる。
なにしろ寒いので・・

二階の書斎に陽が射しこむ頃に
やっと落ち着いて、陽に指をさらしながら朝食。
良い陽射しです。居間にも陽が当たってほしい。
本日は、朝からカレーライスなど作る。

「風中奇縁」は14回めまで。
「琅琊榜」も見ている。

・・う、美しいなと、やっぱり、思う。
寧国府滞在中、二公子に伴われて外出から帰る立姿、
梅長蘇の際立った優雅さが、あたりを払う。

かつての無敵将軍、少年英雄の林殊だった梅長蘇、
瀕死の病身にはなっても、恐れるものはなく、
誰も叶わない。(唯一、怕冷・・)
敵はいるが、ほとんどが梅長蘇のファンで、
彼が表情を曇らせると、周囲は忽ち慌てふためく。

一方、莫循・九爺は、
幼少時から足が悪く、それでも活発な子だったのに、
周囲は配下でさえ、内心厄介に感じ、
あまつさえ、一人で外出した時に、
悪童連の侮りを受け乱暴狼藉を受けたのだと言う。

九爺を守れず、配下は深く悔やんだとはいえ、
このあたりの事情を私はあまり見たくないのだが、

脚を動かそうと試みる九爺の必死な様子を見ると、
心の傷は深く、癒えないままなのだろう。

聡明で洞察力に長けた九爺が、
実は、とてもナイーブな、人づきあいに慣れない、
内向的な性格の人だと、理解すべきなのかと思う。

2年の歳月をかけて開花させた鴛鴦藤の前で、
莘月の求愛を聴いた九爺は激しく動揺する。

なんと、拒絶するだけでなく、
逃げ帰って閉じこもり、食事もとらず何日も過ごす。

心配した配下の配慮で、訪れた莘月に、
九爺は、自分の政治的な立場の難しさを説明する。
動かない脚について・・ではなく。

初対面の莘月に花嫁衣裳を贈った九爺には、
そもそもの初めから莘月への愛があり、
細々とした配慮、優しさの限りを尽くしていて、

ただの友情で済むものと考えたのか、
かなり信じがたい展開だとも言える。
莘月が、ひたすら九爺に恋心を募らせるのは無理もない。

九爺が、堂々あまりに立派な風采なので、
そのあたりのギャップが、かなり気になっている。

こういった心情を理解する、察するのには、
莘月ならずとも、少なからぬ戸惑い、
これは何だろう? ・・とは、さすがに思う。

しかし、胡歌の憂いが、あまりに美しいので、
とりあえず立ち止まって、
考えこんだりしているのだね、私は… 。




^^

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01月24日

起床時刻:05時00分

昨夜から雨で、寒い朝。
寒いので、蒲団を被って、データチェック。
気がつくと、ひどく身体が冷たくて、
起きてルーティンをこなす暖かみがない。

…我怕冷! 梅長蘇じゃないんだけどな。

小雨パラパラしているが、
雨合羽を被って、ちょっと走ってみる。
少し耐性のついたところで、一坐。

熱いカフェラテを少々、
干蝦入ミニパンケーキを作りながら立食い、
レモン風味のチキンに葱を焼いて付合せ、
最後に白湯… で、朝食とランチを兼ねる。

SNSを見ると、
地元で一件だけ残った廃れた映画館で、
「森の学校」三浦春馬君の映画。
監督挨拶もあるのだって… 30分後だった。

迷ったが出かけることにする。
雨も止みそうな頃合い。

映画館の入口もわからなかったのだが、
目印があって、入ってみると、
280人収容の客席に、
ほぼ満員近い観客が来ていて、驚いた。

昔風の映画館仕様で、
スクリーンも小さくはなく、作りは瀟洒。
ミニシアター… ではないのね。

館主には思い入れがあるらしい。
特殊な方式で、
1000日以上も一つの作品を上映し続けている。

ファンが支持して、
営業を続行できているのだろう。

「鵞鳥湖の夜」も、
こういうシネマ扱いなら良かったのにと思う。



^ ^

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01月23日

起床時刻:06時30分

それほど寒くない朝だったのだが、
ルーティンを終える頃に、雨が降り出した。

その後はなし崩しに寒さの中に突入、
駅前タリーズにいたが、風も強くなっていて、
傘をさし、着ぶくれて、往復の距離を歩くのはしんどい。

雪予報、警報も出ている。
時々音源をオフにして、雨の音を聴いてみる。

ベッドを窓際から離して、
ディスプレイの位置も変えたので、
電源の配線も切っていて、
四六時中オン状態・・というのも停止中。

LenovoWin10は苦手なのだが、
最近は時々これをオンにしている。
とりあえず、「風中奇縁」もこちらで見ている。

時々、ブルーレイの画像が止まったりする。
けしからんメカなのである。

PC、HDDには、
「琅琊榜」のほかに、
「仙剣奇侠伝」とか「天外飛仙」とか
「軒轅劍之天之痕」なども保存してある。
(ついでに、「The Wild Goose Lake」なども。)

映像やデータの見方は、ごちゃごちゃ。

「琅琊榜」初見の、2016年5月を基点として、
それから、ずっと遡っているので、

「胡歌・チェック」は、
作品のほとんどが色褪せずに現前にあるせいで、
どんなに時がずれても、
どの時期の胡歌も、常に現在形で進行中。

10年前も、2021年現在も、
百変する胡歌の、それぞれの形だと思っている。
そんな風に思わせる、その表現に目が眩むのだ。

一つずつ、作品ごとにひっかかっているので、
このところ、あまりよそ見をすることもない。

特に、最近は、新作の古装ものをあまり見ない。
たまにチェックして、がっかりしたりするし・・
(「陳条令」は、一気見した・・は、したけど。)

HBO作品などには、私淑していたのだが、
「GOT」が契機で契約したアマゾンプライムが、
扱わなくなってしまったのは残念。



^^

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01月22日(金)

起床時刻:06時00分

良い天気。
去年、冬になって立ち枯れた雑草が、
今年は、枯れたまま茫々繁っているので草刈り。

明日は朝から雨になるらしい。
ゴミを出しておけばよかったなと思う。

今日は語学の整理もしていて、
ピンインを気にしつつ、音読の練習。

岡田英弘「日本史の誕生」も気になって、
ぱらぱら読んでいたので、

ぼおっとして「風中奇縁」は12回めまで。

九爺・莫循の胡歌の声が違う・・とは言ったのだが、
ほんとに違っているなと、聴くたびに思う。

ビジュアルもなのだが、
ほかのドラマでも聴かない声質だし、印象だなと思う。

画像を切り取ってみると、
あれ、胡歌だわ・・と思うのだが、
(つまり、梅長蘇とそっくりだったりする。)

ドラマの役柄として見ると、全く違って見える。
どうすると、あのような表現になるのかと、
いつもながら、不思議でならない。

「天外飛仙」の胡歌が歌う「天亮以后」を
ほぼ毎日聴いているのだが、
可憐な、この人の、どこがどうして、どうなると、
これほどの表現が可能になるのかと、

またしても、余計なことを思う。

アマゾンプライムには「魔道祖師」がある。
アニメをちょっと見ているうちに、
実写版のドラマ「陳情令」を見たくなった。

「魔道」日本語吹替が違和感半端なくて、
固有名詞がほぼ全滅・・

「琅琊榜」も、たまに日本語読みで言われると、
あら??・・になるのだけれども、

中国語の音韻は、
中国語の音韻のままで聴きたいなと思う。



^^

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01月21日(木)

起床時刻:06時30分

日出6:46、日没16:54、-3℃ ・・

ルーティンをこなすまで居間から出られないが、
朝が早くなるのを待ち望む・・とは言っても、
この早朝が、あまりにも寒い。

天井に配線をめぐらして、
必要な部分にはカーテンを吊って覆うようにした。
しかし、朝はねえ・・
これを払ってしまうと、とりわけて、
寒いんだってば・・

暖房つけりゃいいのに・・とは思うのだけど、
とりあえず、試しているところ。
貧乏症なもので。

「風中奇縁」8回めまで。
2話につき、九爺は略20~30分弱で現れる。
(九爺の基本は、
 厳格、かたくな、気品、優しい、憂い・・
 と言うことで、
 胡歌としては、比較的地味な造りこみと思う。)

雅びな大人の風格、思慮深い静謐さで終始する。
声も静かに低め、やわらかな風韻、

動きは、脚が動かないとは言え、
梅長蘇ほどの、死に瀕した脆弱さではなく、
秀でた武術を披瀝することもできる程度、
多分、生来の虚弱さ。

病弱とは言っても、
梅長蘇のような、動きを封じられていながら、
ただ存在する形、座位、立姿に、
光を放つように、おさえがたく突出してくる、
静謐だが、溌剌とした若々しさ、あでやかさのある造形とは違う。

長蘇の抑制は、あくまでフィジカルなものだが、
九爺のそれは、どちらかといえばメタフィジカル。

また、九爺の
身分的背景が、多分、林殊・梅長蘇よりは上なので、
地上的な意味合いで、当然なのだが、
(梅長蘇には、天上的な雰囲気があるので・・)
服装や、住居の瀟洒、豪華さは、「琅琊榜」に勝る。

しかし、九爺は、その粋を凝らした造形の中で、
大きな力、権威、聡明さを保持し、
憂いをひめて、深く抑制、沈静し、うちにこもる。

その優しさによって、力のすべてを回収し、
想いを明らかにせず、無に回帰することを望むように見える。

それが、本当の、彼の願いなのかを知らず・・
そのあたりが、九爺の謎。



^^

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01月20日(水)

起床時刻:05時00分

日出6:47、日没16:51、-6℃ ・・
座って、上げた手に、冷風がまとわりつく。
思考力なくなる…

大寒!…かつ、
腊八节( 臘八節 Làbā Jié)データがあった。
五穀豊穣を祈り、臘八粥を食べる日。

私はせめて、小豆粥でも作ろうかと思うが、
Macカフェ避難中。
自宅寒さで遭難しそうだ。

良い天気なのだけどな。
明日は雨?

篭れるスペースを作ろう。試一試吧!




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01月19日(火)

起床時刻:05時00分

日出6:47、日没16:51、-1℃ ・・
風があると、自宅居間は、日中がことに寒い。

陽光を求めて歩き回ってしまうので、
ますます一日が短い。

「風中奇縁」DVD2枚目、4話まで。
今回は、できるだけゆうっくり見ている。
眼目は無論、九爺だが、美しい展開も目に留まる。
ストーリー細部の粗さが気になるにしても。

九爺は、厳格で、かたくなだが、気品があり、
優しい、憂いの人。

ところで、書棚に、
宮城谷昌光「奇貨居くべし」が残っていた。

呂不韋・・と言う、種々憶測の多い人物について。
波乱万丈の人生の軌跡に、
春秋戦国の叡智をからめて描出する。

荀子、道家など、偏らない知への興味が広く、
人間の生きるべき道筋を示唆する。
あれ・・と思うほど、呂不韋の人間性がいい。
作者の筆致は静謐で上品。

記述されていないことも含めて、
歴史上の人物を、基本をはずれない範囲で、
物語は、どのように想像し評価することもできるが、

偉業をなす人についての予見を、
しばしば「黄金の気が立つ」・・と表現している。
虚言に聞こえるが、特別な人には、確かに、
なにがしかオーラがあるのは、感じる。

いわゆる「黄金の気」に祝福された人が、
偉業をなすために、
過酷な運命を引き受けなければならない非情さを、
傷ましく、畏敬の念とともに、偲ぶ。

ついでに思えば、
老胡も、そういう運命の人なのかもしれない。

「朗読者」でも吐露していたが、

赫々たる成功の途上での、
車禍の悲しみは、ずっと彼の心を苦しめていて、
何をなすべきか、目標を何に置くべきなのか、
どのように生きるべきか、
心の基底に、思いは揺蕩っているのかもしれない。

元来、繊細なこの人が、
思いを深く、清明精緻に極めていくときに、

生の神秘を垣間見るような、
煌めいて現れる表象の魅惑に囚われるとしても、
不思議なことではないと思う。




^^

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01月18日(月)

起床時刻:05時00分

起きると、あまりに寒くて、また蒲団にもぐりこむ。
体調悪いんだよ~と言い訳しつつ、少し眠る。

まあ朝だよ・・とあきらめて起きる。
外へ出ると、黒雲に覆われた地平線から、
太陽が抜けだそうとしているような空模様。
墨を流したような裾野の影に驚いてしまい、
スマホを取りに帰る。

胡歌は・・
「繁花」ドラマ公開の通達がまだで、
まだかまだかな・・と思っていると、
胡歌のメッセージが出ていた。

 其实我想对大家说的、
 就是我一直在为达到自己的目标
 努力可能我的这个目标、
 跟大家期待的目标是一致的、
 虽然说我的速度有点儿慢、可能有点儿懒、
 但是请大家放心、
 我并没有停下自己的脚步。
 我走得慢的时候、
 可能是我需要更多的沉淀的时候、
 南方车站是我走的第一步、
 之后还会有更多更好的角色和作品。
 所以请大家给我多一点的耐心、
 多一点的时间。谢谢。

 実のところ、僕がみんなに言いたいのは、
 僕がいつも、皆の期待を裏切らないよう、
 自分の目標に向かって努力しているということ。
 歩みは遅く、怠惰に見えるとしても、
 でも安心して。
 僕は歩みを止めたりしていない。
 沈淪していた頃、多分深く考える必要のあった頃、
 南方车站的聚会は僕の第一歩で、それから
 更に素晴らしい役柄や作品に出会った。
 だから、どうかもう少し待ってほしい。
 もう少し、時間を・・。感謝します。

胡歌の印象が特別に鮮烈なのは、
仙剣、瑯琊榜、南方車站的聚會なのだけれども、

胡歌は、「琅琊榜」で最高の評価をされて、
「猎场」のあとで立ち止まってしまった。

アメリカに行く前、
実のところ、胡歌は、その記者会見では、
芸能界を引退すると言いたかったのだそうだ。

2017の雑誌で経緯を読んだ。
オファーは山ほどあったが、どれも受けなかった。
周囲が必死になって止めて、
留学の発表になったのだそうだ。

アメリカでは、
ファンに見つかるたびに逃げたらしい。
留学は、対象をしぼって求めたと言うより、
逃げたかった・・と言うのが正確のように思える。

「朗読者」で、心境を吐露したのは、
本当に時間が必要だったのだろう。

2019年秋の「品川猿」を見ると、
スターは、ようやく復活したのだろうと思える。



^^

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01月17日

起床時刻:06時30分

丸みを帯びた雲に一面覆われた空に太陽が見えず、
そんなに低温ではないのに、寒さの厳しい日。
今朝は、なぜか脚の動きが鈍くて走れない。

ついデスクワークに時間がかかって、
すっかり凍えてしまった。

夜より昼のほうが、寒さは厳しらしい。

DVDを買ったし、
四の五の言っていてもしかたがないので、
「風中奇縁」をきちんと見はじめた。

見ていて、悪くはないが、
夜は比較的暖かいとはいえ、眠くなった。
体調良くない・・のかもしれない。

九爺は、さすがに、梅長蘇ではない。
どうしてこの造型を似ている・・と言えるのかな。

当然、それまでの胡歌角色とは全然違うし、
病弱・・については同様だけれども、

雰囲気が違う、表情が違う、
話し方が違い、声まで違っている。

私には、とても同じとは思えないのだが、

と言うわけで、
一場面ずつ、見ていくことにしよう。



^^

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01月16日

起床時刻:05時00分

良い天気。このところ比較的暖かい。
なるべく…きちんと眠るため、最近、朝は遅い。

ルーティンをこなすと、
時間が推してきて、一日の時間が短い。

中文を読んだり、字幕を見る時に
眼だけで漢字を追っていて、
いつの間にか、ピンイン、四声がごちゃごちゃ。

そもそも正確な把握ではないのが、
最近は更にひどくなっているのに気がついた。

発話できず、聴き取れないのは、
語彙が少ない上に、音韻があやふやだから。

外国語の音韻は、どの言語も好きだし、
特に一音ずつの学習は必要ないのだが、
中国語の音韻だけは、とても難しい。

残念ながら、当然、歌を覚えてみてもだめ。

… と言うわけで、
最近は、心を入れ替えて、
ピンインに特化して、発声練習に励んでいる。

「琅琊榜」セリフのピンインも
できるだけ注意して、聴き取りと発声。
いつまで経っても卒業できそうにない。
なかなか進展しない。

最近、「生活啟示錄」を見ていて、
古装が好きだけれども、
現代劇にも慣れ始めているのに気がついた。
中文をほんとに身につけるには、
現代劇のほうが適当ではあるので、
全体をきちんと見てみるのがいいかとは思う。

鮑家明は、かなりコミカルだが、
表情の細かな変化、表現の美しさに気がつく。
周囲の人も含めて、
初期の頃の抵抗感がなくなってきている。

抵抗・・と言うのは、
それは、「仙剣」のシリーズにもあった、
そう、あったことはあったのだ。

一度で見捨てたり・・
そんなことは、とてもできないので、
何度も見るうちに、引きずり込まれる。

なぜかな・・とは、いつも思うのだ。
理解は、少しずつ、
積みあがるのだが、それでも、いいかとは思う。



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01月15日(金)

起床時刻:05時00分

今朝は曇り空です。寒い日。
何をしても寒いので、家にこもる。

「琅琊榜」24話を見る。

謝玉の告白のあとで、
察していたはずだが、
長蘇は、衝撃に打ちのめされている。
肩を落とす姿は、処女一様の可憐さ。

胡歌の長蘇は、時々、こんな風に、
深窓の麗人、姫君かと・・疑うような所作を示す。

指先の優雅さ、項ののびやかな細さが印象を強める。
(いつも思うが、居並ぶ美女を圧倒する・・。)

悲しみにひしがれる長蘇の耳に
密道の鈴の音が無情に響く。靖王の訪れ。

ため息とともに立つ長蘇は、
いかにも儚く脆く、肩の線さえも悲しい。

最初から
怒りの形相を示し詰め寄る景琰には、
あまりにも傷心。

簫景琰は、特に粗野な人物ではなく、
思いやりに満ちた表情をも示す人物なのだが、
強張って、偏った固定観念で突っ走っている。

長蘇の説諭によって、
ほわん・・と偏向する変移、
わけもわからず揺れ動く心の頼りなさが危うい。
そう、いつも危ういのだ。

深謀遠慮、長蘇の張り巡らした網に、
からめ捕られ導かれて、歩みを修正しつつ前進する。

しかし実のところ、蕭景琰の憤りと願いは、
林殊・梅長蘇自身の心そのもの…でもあるので、
長蘇の悲しみは、自分自身に回帰するしかない。

長蘇は、優しく嫋やかに、
時に、やむにやまれぬ激しさで、対峙する。

胡歌の表現が、このあたりも繊細絶妙。
信じられないほど・・



^^

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01月14日(木)

起床時刻:06時00分

久々、朝の太陽は輝いている。
駅へ急ぐ途中で、かわいい子猫にもご挨拶。

良い天気。

最近見ている、刁亦男wikiから
「南方車站的聚會」仏語版へ移行すると、
カンヌ・コメントのリンクが貼ってあって、

ParisMatchや、LeMonde などの記事もある。
「アラン・ドロンのような」というコメントも
原文を見ることができる。

阿部寛とか、吉田栄作に似てる等の
日本版コメントの類よりはずっと良い。

繊細そのものの、
アジアティック・アラン・ドロン… とでも。

気がつかなかったことがいろいろ。
抜粋の一部をまとめてみる。

あちこち摘んで、抄訳してみると…

“ 二つめの局面は、
アジア版アラン・ドロンとも言うべき
美貌のギャング・リーダーと、
雨の下、煙草を燻らす、こよなくセクシーな
水辺の娼婦との崇高な愛の物語である。
贖罪を求める男と、自由を求める女は、
追いつめられつつ、
あえて運命に立ち向かう。”


« Le Lac aux oies sauvages
de Diao Yinan - la critique d'un chef d'oeuvre »,
parismatch.com

Le réalisateur chinois Diao Yinan
transpose le film noir dans la Chine d'aujourd'hui
pour un thriller haletant et romantique. 

Le synopsis

Un chef de gang en quête de rédemption
et une prostituée prête à tout
pour recouvrer sa liberté
se retrouvent au cœur d’une chasse à l’homme.
Ensemble, ils décident de jouer une dernière fois
avec leur destin.

Il passe la vitesse supérieure
avec «Le Lac aux oies sauvages»,
miracle de cinéma qui établit un pont esthétique
entre le cinéma hollywoodien
des années 50 - «La Dame de Shanghai»
d'Orson Welles, bien sûr -,
le cinéma chinois contemporain ...

Au premier plan,
une chasse à l'homme sur les rives du lac
aux oies sauvages, avec des scènes
de poursuite démentes,
un parapluie utilisé d'une manière très originale
et des idées de mise en scène
à chaque plan-séquence.

Au deuxième plan,
une histoire d'amour sublimée
entre un chef de gang beau
comme un Alain Delon asiatique
et une «baigneuse» aux cheveux courts,
incroyablement sexy quand elle fume
sous la pluie.

Et en arrière-plan,
la Chine d'aujourd'hui, grouillante de vie
et de vice,
où l'on apprend à voler des scooters et à danser
en rythme sur «Genghis Kahn» de Boney M.
C'est d'une beauté formelle
à se damner et «Le Lac aux oies sauvages»
sous ses atours de film de genre possède
un vrai discours politique et féministe
sur un pays gangréné par la pègre
et dans lequel les femmes doivent s'entraider
pour survivre.




^^

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01月13日(水)

起床時刻:06時00分

今朝は霧が深い。太陽も見えないが、少し走る。

瞑想は60日め。
瞑想・・と言うと、大げさな気もする。
ちょっと坐ってみるだけだ。10分間。
でも、悪くない一日が発進。

昼近くなって日差しが強くなった。
窓枠の広いカフェが、厚着なので暑い。

夜に入ると又、強烈に寒い!




^^

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01月12日(火)

起床時刻:07時00分

突然、7時起床…
いやあ、寒いんですもの。
真夜中に窓外の路面を見てみた。一面の雪。

空気が冷たくて、あわてて窓辺を離れる。
今朝は、きれいに溶けていて、
少し濡れた道路は、どこもかしこも
拭ったようにきれいだ。

川端の枯れ草さえ、消えてなくなっている。
丈の高い大ぶりな枯れススキは残る。

黄金の実をつけた柚子の木は
あいかわらず健在。
今朝も二颗… もらってくる。

昼過ぎ頃から、ぱらぱら雨が降り出す。
傘がないので、
この冷たい雨に濡れると、
耐えられないくらい寒いだろうなと思う。

頼んでおいた「風中奇縁」が届いた。
九爺は、ドラマのなかで、
他の角色とまぎれて現れるので、
全体を見たくない私は、
どうやって見ようかと・・考えてしまう。

梅長蘇のように、
際立って独立した現れ方をしないが、
出演パートは少なくはないので、

見たくなるたびに、
挫折したりするのは、あまりにも残念。

「生活啟示錄」の鮑家明は、
お茶目だが、やっぱり胡歌なのだ。
彼も、いろいろな側面を見せる。

ビデオがだめだったせいで、
きちんと把握しきれていない。

「仙剣三」も再生不能多いビデオをもらったが、
こちらは、もう一度別のものを取寄せて、
しつこく何度も見続けたのだけど・・
(なにしろ、仙剣・・は特別です。)

「那年夏天・・」は、
胡歌は客串で、出番少ないのに、
ポスターには、扱いの大きいものが多い。
ちょうど、日本版の「攀登者」
「クライマーズ」のジャッキーみたいな立位置。

「琅琊榜」より後の作品らしいので、
無理もないかとは思われる。



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01月11日(月)

起床時刻:05時00分

曇り空で、一日寒い。
夜にはいって、大雪注意報が発令されている。

今朝は、川の流れも凍っている。
自宅の水道も凍りついていて水が出ない。

カフェにいても、たいして暖かくはなくて、
身体も冷たいまま。

カミュ「ペスト」やら、
リード「芸術の意味」を、ぱらぱらめくってみる。

ゴッホの章で、目にとまったのが、
自分自身への正直さ、自己表現の欲求、

不遇のまま、思うに任せぬ日々を送るにしても、
己の意志を、願いを、全うしてみる。
しかし、だから、よけいに
不条理・・という言葉は沁みる。

Netflix にあったので、
「那年夏天你去了哪儿」を見る。
(邦題=あの娘の消えた夏)… 香港の映画。
2016.12月リリース、豆瓣評価4.7

胡歌客串の、袁睢、サイコパスな神秘男。
友情演出・・とあった。出演シーンは多くない。

攫われた女の子の眼が、画面を占拠していて、
何かを語っているのだけれども、良くわからない。
良くわからないままストーリーが進行し終了する。

人間というものは多分、誰もが善人なのだろうが、
相互理解が可能なわけでもなく、
言葉が有効なわけでもない。
言えば言うほどに、縺れが解けなくなったりする。

知の欠如、理解不能が、悪へと発展していく。
不条理・・と言うのは、そういうことでもある。

女の子の名前、
アーイン・・って、「三生」司音の呼名だった。
懐かしいような響き。
( 阿樱 Āyīng 、阿音 Āyīn …らしい。)

私などの場合、
自己表現ができないので、仮託するしかない。
芸術家の表現に・・

たとえば、胡歌の造型に、
仮託しているのだろう、多分。

そうそう、
「生活啟示錄」が、また新たにアップされている。
DVDは買ってみたが、
あまりに再生できない部分が多くて、

YouTubeもだめになっていたので、
今回も、あわてて、チェックしている。



^^

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01月10日

起床時刻:05時30分

良い天気、マイナス7℃の朝。

川沿いの小道は、家並も途絶えていて、
枯れた木立ちの合間から陽がそそぐ。
空気は冷たいが、
凍りついた手をかざしながら歩く。

身体全体が凍りついているかな。
ギシギシ、バラバラになりそう。

胡歌は、新しい露出の風韻が良くて、
気分は暖まり、胸元はほっこりする。

ドラマ「繁花」の公開はいつだろう。
2月頃から映画の撮影に入ると聞いたが、
映画の製作には
ドラマと同じほどの時間がかかるらしい。

「琅琊榜」54集に半年ほど、
「南方车站的聚会」映画の2時間に半年!
密度が違うようだ。
採用されない映像の数々が、
いつも惜しいな… と思えてならない。

製作者の密かな楽しみ… 。
苦しみ… かもしれないが。

2017製作の「上陽賦」が公開になった。
章子怡の初めてのドラマ出演、
最初、胡歌に出演依頼があったと、
話題になっていたっけ。

胡歌はアメリカに行ったのだよね。
去年の「攀登者」の共演で、
章子怡との宣伝用ツーショットが出ていた。

章子怡は、
さすがに存在感の重厚な女優。
「攀登者」での印象はさほどでもなかったが、
「上陽賦」のショットは目を奪われる。

最近、山ほど上梓される古装の
出演者たちとはかなり違う
… とは思う。



^ ^

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01月09日

起床時刻:05時30分

8時過ぎてもマイナス5℃!水が出ない! 
うちだけ凍りついたのかしら…

少し遠出してカフェで朝食。
思い返すと、
去年は床暖房、布団掛け炬燵を置いていたっけ。
今季の冬が寒い寒い…と騒ぐのは、
慣れてきて、あまりに無防備なせいかと、
思い当たってきた。

吹きっさらしの床フローリングに
デスクに椅子にしたので…
あ、こりゃ… である。

ちゃちなストーブで暖まるわけがない。

今日は、漢語の音読、采訪の書き出しと整理。
カミュ「ペスト」を読む。精緻な文章だなと思う。
観察と考察が深くこみいっている。
こういうのはとても書けないが、
不条理は実感する。
錯綜した心は、解けるのだろうか。

ボオっと画面を見ると、透明な胡歌の長蘇がいる。
白い顔で、綺麗な顔の輪郭の、整った目鼻立ち、
顔だけ見ていると、人形のようだ。

今日、東方航空の夢化身巨大化した胡歌映像が発信。
空を翔けて、優しく人を運ぶ、風のような人だ。
夢のように笑う。

あいかわらず、超かわいい。



^ ^

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01月08日(金)

起床時刻:06時00分

目覚めていても、眠くて、起きたくない・・。
最近は、以前の睡眠障害と違うなと思う。

夜更かしはしている。
布団にもぐりこんでも、ディスプレイを見る。

昨日のつづきの、胡歌・長蘇について、

「琅琊榜」は最初、ひたすら、悲しみが深く、
オンにするたび、見るたび、
涙にくれていたのだけれども、(笑)
3年目にはいると、悲しみは遠くなった。

多分、ストーリーより細部が気になるのだろう。

憧れの人の、蘇兄・・としての、
ユーモア、いたずら、可愛らしさ、
慈愛そのものの優しさを見せる美しい表情の長蘇に、

謝玉対峙の威厳、夏江対峙の相手を翻弄する、
言侯対峙の蒼白な麗人の風韻に、
圧倒されるのを感じる。

長蘇は元来、天上の人なので、
最終的には天上、或いは梅嶺に、帰属するのだと、
了解する・・ わけでもないのが、

もともと、この世の人ではないのだろうと、
そんな風に思う。

みな、梅長蘇が好きで、
「琅琊榜」の世界は、ちょっとしたファンクラブ。

藺晨、飛流、江左盟、蒙大統領、庭生、郡主、
静妃、気の毒な簫景琰・・
気の毒な誉王・・

みな、それぞれが、
長蘇の挙措に注目し、ふりまわされている。

長蘇は、胡歌と同じ、偶像なのだね、
神の眷属・・

圧倒的な造型だなと思う。



^^

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01月07日(木)

起床時刻:06時30分

空気の冷たい朝。最近早起きをしない。
暗いのが、ややストレスで、寒さがこたえるせい。

しかし、時間がないな・・と思う。
去年は、7時ころにはルーティン終了していた、
そんな気がするのだが。

ところで、胡歌と「琅琊榜」・・

冒頭、梅長蘇は、
ざんばらの長い髪、白い夜着で、悪夢に飛び起きる。

同じシチュエーションが「天盛長歌」の陳坤・寧王、
しかし、なぜか印象が、まったく違う。

ビジュアルの印象は、むしろ、
「魔界」天草四郎のほうに良く似ている。
殺されて、長い髪を乱した首をさらされている。

眼が・・違うのかな。
寧王の眼は、悲しみと戸惑いに揺れるが、
長蘇の眼は、修羅の炎を、かいま見せている。

軍団悉く殺戮の悪夢にうなされる恐怖、
戦役の残酷は、絵に描いた、ただのお話ではなく、
血に濡れた死屍累々の戦場は、
「魔界転生」の冒頭の生々しさが実態に近い気がする。

四郎は、恨みをのみ死んで生き返った魔物。
長蘇も多分、実のところは、それに近いのかもしれない。

夏江が最後、牢内で長蘇に投げかけた呪詛の言葉が近い。
「死んで生き返った魂」、幽鬼、魔物の類だと。

長蘇は、でも、「魔」ではない。
冷酷と権謀術数を覚悟してはいるが、清らかな花。

己を顧みず、腐敗した朝廷の乱れを切り崩し、
冤罪を晴らし、恨みをのり越える。
情義によって世を正そうとする。

それは奇跡的なことに思えるが、
それは、元来、長蘇・林殊が年若い英雄であり、
有意の人々に愛され、支持され続けたことが大きい。
影に日向に、長蘇を助ける大きな勢力を育てている。

なにより、皇位継承者の存在を見誤らず、
推進したことが第一義だった。

しかし、敵対勢力はさらに大きく、
長蘇には命に限りがある。

美しい花は、目的を遂げても、
一期の夢として、儚く命を散らしてしまう。

実を結ぶことのないのは、やはり、悲しい。



^^

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01月06日(水)

起床時刻:06時30分

昨日が寒の入り・・だったかと思う。
今朝は零下ではなかったが、風が強く空気が冷たい。

きちんとした暖房を入れないので当然・・
と言えば、当然ですが。

このところ読んでいたのは、
「ルネッサンス・ベネツィアⅠ」(塩野七生)
「十字軍とイスラーム世界・神の名のもとに戦った人々」
(ロドニ・スターク著、櫻井康人訳)

中世ヨーロッパについて、
ノルマンの世界各地への進攻も興味深いのだが、、
十字軍と当時のイスラムの実情が、別の角度から見える。
中世は必ずしも暗黒ではなく、
イスラム文化が西欧中世よりもずっと進んでいた、
とういう敷衍している常識について、疑問を供する。
それはそうだ、と思える、あれこれが面白い。

イスラムも、キリスト教も、
一神教であることは同じ。少し、眼からうろこ。

胡歌については、
ふと、そうだね・・と思うことについて、

最初は「神話」を見たのだ。
映画の「神話」が好きだったし、
レンタルの棚にある古装は片っ端から見ていたから。

最初、これほど入れこむとは思いもしなかった。
易小川の最初の造型、人物タイプはそもそも
敬遠したい軽薄さだったし、
途中からの変化は、私はそれがとても好きなのだが、

当初、それには気づきもしなかった。
見る目もなかったので・・

「風中の縁」は、はじめのはじめは・・
胡歌が出ていると知って、やめたくらいだ。
かなり苦手だった。
(そんなことがあるのかと、今は思う。)

ところが、なのだが、
「琅琊榜」は、全然違ったのだ。
「仙剣奇侠伝」も違うのだが、それはまあ置いて、
草薙氏に似ているような感じもあって、
でも、とんでもない美形だという見え方もあり、
ストレスだったのだけれども、
実のところ、完璧に、タイプだったのだ。

あれは、一体、
これは、一体、なんだったんだろう。
なんなのだろう。

とか言う、
不思議さが、今も消えないで残る。
胡歌百変のひとつの果実ですかね、と思う。

美しい・・と、今は、騒ぎ続けている。
心身、表現の、すべてにおいてです。
一つ一つの画面を、精彩な芸術を、見るように。



^^

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01月05日(火)

起床時刻:06時00分

曇り空、とても寒い日である。
ベランダにも陽が射していない。

昔昔の映画のDVD版
「雪之丞変化」「魔界転生」を図書館から借りた。
返却日になったので、あわてて見る。

見るのはきついかと思ったのだが、
意外にいい。
意外・・と言うのは失礼でしたが。

「花の生涯」京劇の梅蘭芳も
晩年にはふっくらしていた人ではあったが、
長谷川一夫の雪之丞は、綺麗だが太り過ぎか。

光源氏など、平安時代のビジュアルにはいいが、
あまりにも太い。
誰も痩せろなどと言う人はいなかったのだろう。

二役を演じている、無頼の闇太郎は悪くない。
美しいけれども、女形はまずかったのかもしれない。
せりふ、声も、全然感心しない。

設定は、仇討の策謀をめぐらす人物の話で、
やや「琅琊榜」に似ていると言えなくもない。

背景、衣装着付けは、見るからに美しい。
脇を固める俳優陣の多くに味がある。
中車、鴈次郎・・など、昔の歌舞伎界の大物が連なる。
些細な脇役にいたるまで、立居振舞の良さが印象的。
仕事に関わる面々の質の高さ、層の厚さが偲ばれる。

( 調べてみると、
 1963年作品、長谷川氏55才! あ、そうかと思う。
 市川崑監督。力作… なのね。
 山本富士子、若尾文子が、ひときわ美しい。)

ジュリーの天草四郎は、柄はぴったりなのだが、
あいにく・・、美しい魔物なのだが、
表情も、せりふも、だめ・・。
あまりにもだめで、( 言い過ぎかもしれないが…)
脇の人たちの、気の入った演技に目を奪われる。
錚々たるメンバーがそろい、音楽、装置も悪くない。

しかし、シャウトパートはさすがにいい。
睨む、凄む、哄笑する・・
ロックンローラーの面目でしょうか。
アイドルだと言われた人だけれども、
ロックンロールの彼が好きだったのだなと感じる。

新人だった真田広之とのキスシーンもあって
映像は、思い切り斬新でもあり、美しい。
( 1981年、製作深作欣二 これも力作!)

イメージとしては、やっぱり胡歌かな・・と思う。
こういうたぐいの耽美、おどろおどろしさが、
見ていて、むやみに似合う気がした。

美しく、若く、かつ、表現に秀でる、
胡歌の立ち位置を、あらためて、驚異的に思う。



^^

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01月04日(月)

起床時刻:07時00分

元気だったが、なぜか眠れず・・ 朝も起きず。
とは言え、まあまあルーティンはこなす。

ドイツ語のレッスンを入れていたので、
頑張ってみるが、ますます苦手である。
うまくいかないので、

南方車站的聚會を説明する。
刁亦男監督のWikiを見ると、
ドイツ語では、
 “Der See der wilden Gänse” とある。

同学が興味を示してくれたので、
単純だが、複雑、
とても美しいが悲しい映画だ・・
と言っておいた。

ドイツ語関連では、何が読みたいのだろうかと、
いろいろな本の数々を考えあわせてみると、

仙境・・を翻訳してみようとしても、
メルヒェン・・とか言うのは、少し違うし、

ファンタジーとしては、
哲学神学もからめて、
 “Also sprach Zarathustra”
は実のところ、きちんと読んでみたい。
と言うと、
「成功を祈ります!」と講師に言われた。

まあ、そんなものでしょう。



^^

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01月03日

起床時刻:06時15分

今朝の温度は、零下4!

用心しつつ、元気に発進する。
昨日は、少々体調をくずしていた。
歩いてみると回復する。

早く寝てみたのだが、眠れなかった。

眠れない夜中に、ごそごそ・・
「風中の縁」をYahooで発注した。
レンタルで借りても、1800円に交通費など。
等々・・ 計算しつつ、夜中、2時頃でしたが、
正月早々、懲りないなと思いつつ。

スマホ待ち受けの「九爺」につい義理立て。
いや、恋しさがつのりました・・と告白する。

昔、ジュリーライブを追いかけていた頃、
大阪フェス一列目中央の席だったことがあった。
立って、ステージにひっついていて、
高熱で朦朧としていたのだが、
自分の腕の隣にJ氏の足が来ていたのだった。

MCの時に、曲の歌詞にからめて、冗談で、
「年上の人、美しすぎる・・
 と言うのは、俺のことだろう?」
などと言っていたな。

確かに、とても美しかったのだった。
眠れぬままに思い出していた。

いや、老胡が・・(胡歌さんが)
いつも、とても謙虚で、謙遜で、

非情的好看(Good Looking!)
帥哥!(カッコいい人)

とか、言われるたびに、最近は
えらく照れたりするので、ふと思ったのだ。
(以前、仙剣のころは、
 帥哥!・・と言われるたび、
 一応、謝謝・・という挨拶を返していたのに。)

実のところ、
客観的に、自分の美貌を認識していない・・
などという事はないのだろうなとは思う。

美しい人・・は、
やはり、自分でも自覚しているのだろうなと。



^^

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01月02日

起床時刻:06時00分

昨日に続き、零下5度の朝。
少し早めに外に出てみると、きれいな朝焼けです。
走ったり歩いたりしているうちに太陽が輝きだす。

岸辺は、一面枯ススキなどの群れ。
しかし、黄金の実をつけた柚子は健在なので、
もいできて湯に浮かべたりしているが、良い香り。

二階の部屋が午前中には日当たり良いので、
しばし、語学発声練習をする。
陽射しの射しこむ範囲はほぼ50センチ巾くらいで、
陽が回るにつれて、椅子を移動する。

星の王子さまの
椅子の移動・・みたいな按排だなと思う。
手が冷たいままなので、手袋のままで。

午後になって日が陰り、
階下に降りると、
寒さで体がこちこちなのに気づく。

昼食後に離れに移動したが、だめだった。
体調悪し・・

夕方の散策で少し回復はしたが、
早めに眠る。

・・にしても、琅琊榜画面はオンのままなので、
あんまり良い睡眠環境ではないのだが、
記憶は飛ぶので、慣れているのだろう。

最近、字幕を気にしつつ、
できるだけ細かく見ているので、
ほかの作品群を見る余裕がない。

すっかり「琅琊榜」オンリーの昨今。

我挺好的・・と言ったのは、

2015年の、何かのイベント。
梅長蘇・胡歌ファンの奶奶に襟巻を贈られた時に、
奶奶がひどく心配そうだったので。胡歌コメント。

 謝謝奶奶・・
 我告诉你一件事啊
 梅長蘇身体不好 特別怕冷
 但是我身体挺好的 我不怕冷・・

確かに、老胡は心身とても健やか。

可愛いな・・と思って、
アナログ録音しておいたものを聴いている。

一応書き留める・・




^^

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01月01日(金)

起床時刻:06時00分

良い天気の新春!

目覚めは零下6度です。びっくりする。
初日出は、6:50!
冬至より遅い…

朝日の上がる頃、川辺を走る。
橋の上で、流れの彼方に輝く太陽を見る。
振り返ると、月が白く円く見えている。

朝の語学は、苦手のドイツ語から。
音読の練習は、
ハプスブルクあたりの歴史にさしかかっている。
ウィーンのカフェは、伝統が古く、主客が親密で
カフェと言わず、コーヒーハウスと言うのだとか。

上海も行きたい場所だが、
ウィーンも行ってみたくなるね。

日が窓辺から遠のくと、
室内は着替えもできないほどに寒くなった。

外へ出ると、陽光は暖かい。

岸辺で鴨が親子兄弟連れだって日向ぼっこ。
写真を撮ろうとして、
あわててシャッター音が響くと、
ばたばた飛んでいってしまった。
失敗・・

雪の日の、梅長蘇の佇んだあたり、
寒さに弱いあの人は、
あの長い時間に、
凍えなかったのかなと… 思う。

我挺好的…

と、老胡は言っていたが、
寒い寒い日… には、
手も、さながら氷そのもののように、
動かすこともできないくらい凍りつくのだ、
… と、多分知らないのだろうなと思う。



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