20140517 <<前日 | 翌日>>

起床時刻: 07時32分

今日の気分(本文)

ははは。今日も、明日のジョー続行中。

おとといの晩よく眠れなかった疲れがたまっていて、
珍しく二度寝。
起きてからはぼんやりとネットでいろいろな記事を読んだり、
テレビで「張学友がおちぶれてから、復活するまで」みたいな番組を見ていた。
「学友がこのどん底から這いあがるきっかけとなったものは、何?」みたいな問いかけが出たとき、「ふ~ん、どうせ『愛情』だろう?」と思ったら、やっぱりそういう結末だった。
ヽ(^。^)ノヽ(^。^)ノ

●ずっと弾いていなかった箏を弾いてみた。
簡単な部分は意外と手がちゃんと動いて弾けるが、
難しくて練習して弾けるようになった部分はまた弾けなくなっていた。
でも、これも上達を急ぐ必要がないのだから、ゆっくり楽しんで。(^◇^)

●中国人女性が寿司屋でおこした騒動について。
彼女の後日の日記を読んだ。
彼女も寿司屋の店主も見直した。気持ちよく仲直りができたそうで、
読んだわたしも感動した。店主のことは先日のブログで悪く書いてもうしわかなかった。
終わりよければすべてよし。
下は騒動のあと、謝罪に言ったときのことを記した彼女のブログ。
(勝手に引用してもうしわけない。)

「今日の午後2時45分、店じまいしたばかりの時間に、わたしは菓子折りをもって六本木の店を再訪した。

この数日、各方面からのアドバイスと批判を受けて、自分がこれまで「料理人の精神」を理解していなかったことがわかった。

戸口に立って「失礼します」と言うと、戸を開けてくれたのは、店主その人だった。「わたしを覚えていますか」と尋ねると、店主は満面の笑顔で「覚えている、覚えているよ」と答えた。わたしは自分が来た理由とあの日のいろいろなことについて説明した。遅刻の理由、なぜ自分で鞄を取りに行ったのか、なぜ途中でもう生ものはいらないと言ったのか、さらには、自分が生ものを食べられないこと、日本語があまりうまくないことなども。

その間中、かれはずっと微笑みを浮かべて、「もう気にしなくていいんだよ」と言い続けた。それと同時に、ひとりひとりの客にできるかぎりおいしいものを食べてもらうために、毎日予約のあった人数にあわせて食材を用意しているのだと話した。それなのに、あの日、わたしたちが遅刻をして、さらに生ものを取り消してほしいと途中で言ったことから、誤解が生まれたのだ。
ほんとうは、かれはわたしたちがおいしい寿司を楽しめるように心から望んでいたのだ。

わたしはさらにあの日のことで感じたことや、あの日、どんな気持ちでいたのかを説明した。考え方の違いが誤解を招いたのだ。
かれは理解を示し、わたしに言ってくれた。
「寿司が好きになったら、またいらっしゃい」

このことを通じて、わたしは多くのことを学んだ。
相手の立場でものごとを考えること。
その土地の文化をよく理解して、対立や行き違いを減らすこと。
もめごとが起こってしまったら、冷静に対処し、言行を慎むこと。

間違いが起こるごとに、ひとつずつ成長する。
みなさんのアドバイスに感謝している。また、この数日ずっとわたしのそばにいてくれた親愛なる方たちにも感謝している。
とても感動した。永遠に忘れない。」(うさ訳)

コメント

nekonori-216 nekonori-216 2014/05/16 16:51

かっこいいぞ~。

anonymous 春月 2014/05/16 19:05

えらい!

samskywalkerjr samskywalkerjr 2014/05/16 21:18

最初は小さなトラブルで留学生のマナー違反かと思いました。しかし僕はそこに差別の臭いを嗅ぎ取りました。退職した僕には少し重いテーマでしたが、久しぶりに考えました。

会社員時代に僕を含めて周りで起こったトラブルの大部分は差別と権力の問題でした。差別といっても僕の差別の概念は拡大されているので、狭義の差別ではなくて、劣った者への憎しみ、優れたものへの反発までをも含みます。

このテーマを先鋭化し外延させればナチズムにまでたどり着き、劣った者を抹殺するその思想の是非の根拠を僕自身が見出せないということに気付きました。殺人をしてはいけないことの理由を知らない自分がいるのです。法律で罰せられるからというのは僕には意味がない。それは、してもいいけれど罰せられるという意味でしかない。そして個人はダメだが戦争における殺人と国家による死刑が正当化されるのも納得のいかない話なのです。

また内展させればこの差別は親子間でも起こるし、自分が自分自身をも差別し、憎しみのあまり自分を殺すこともありうると感じました。


寿司屋のトラブルと職場の侮蔑・反発行動はナチズムと同じ志向性を持っている問題として僕は捉えているのです。マナー違反の問題で謝れば済むとか和解できてよかったという問題としては捉えていません。こういった問題は僕の外国語学習ブログやバックパックブログで取り扱いにくく、休眠状態の別のブログの看板を書き替えてやってもいいけれど、気が重いです。

長々と書きましたが、最終的に僕はこの差別の根源にあるものこそが、人の業績や文明を支え発展させてきた源泉であるので、むやみになくすことはないと思うし、教育や法律がどんなに人間を抑えても、消し去ることができない命に組み込まれたプログラムであると確信するに至りました。

あまり考えすぎると命を縮めそうです。瘋癲老人らしくフワフワと生きていた方がいいのかもしれません。

michi0401 michi0401 2014/05/17 04:32

おはようございますぴょん♪
開いてて良かった(*^o^*)
遊びに来やすいぴょん。

終わり良ければ、すべて良し。
文化の違いなのね~(^_^)

anonymous 春月 2014/05/17 06:02

日本人はケンカが下手だと思いますよ。

nekonori-216 nekonori-216 2014/05/17 06:12

とりあえず寿司を食べよかね♪

tak_si tak_si 2014/05/17 10:39

わたしは回る寿司専門です。

ymznjp ymznjp 2014/05/17 15:58

こんにちぴょん。
わたしは回る寿司ところか、中国のセブンイレブンのマヨネーズかにかまのなんちゃって寿司ぴょん。
このあたりでは、禾禄回転寿司というおそるべきなんちゃって寿司チェーンがあります。「本場の味」だそうですが、日本人のわたしから見れば、
ありえないものばかりです。

Samさんのおっしゃることはわかるような気もしますが、
わたしがわかったと思うものとSamさんがおっしゃろうとしているものが同じかどうかわかりません。
おいおいいろいろな場でご教示いただければとも思いますが、
人生なんて「ごちゃごちゃ小難しいことを考えても一日」だし、「のんびり瘋癲として気楽に生きても一日」で、どちらが上ということでもございませんし、まあ、そう思えばわざわざ重いテーマに頭を悩ませることもないのかもしれません。お互い気ままにいくことにしませう。

まあ、差別感というならば、こういう店で窮屈な思いをして高いお金を払って、それで見合うものがあるとするならば、それはその差別において自分が優位に立っているというその気分こそ、それなのかもしれませんね。

anonymous T.Fujimoto 2014/05/17 22:53

人間同士なので、天使と悪魔の戦いではないですね。
異なる環境で育ち、異なる教育を受けてきた人たちは、違う常識を持っていてもむしろ当然です。自分が美しい、好ましいと考えている文化や習慣を、ほかの人に伝えて広めていく一方で、常に自分の意見が押し通せると考えず、異なる考え方があることを認識して承認することも必要かと思います。

相手を理解し、相手が自分を知らないかも、ということを理解し、小さいときから当たり前だと教えられて信じて疑わない事柄の一部も、相手と共有していないかも知れない、ということも含めて理解を示す必要が、時にはあります。
アラーを信じない悪しき者たちには絶対天罰を与えるべきだと嘯く過激派の人たちは、そうは思わないかも知れませんが。

ymznjp ymznjp 2014/05/18 12:27

Fujimotoさん、おっしゃる通りです。
よく知ってしまえば、あまり悪意をもつことはないです。
隣近所のトラブルでも、ふだん親しければ、たいていのことは気にならないし、未然に防げるものですよね。
この彼女は賢明でした。
きちんと自分の思ったことを相手に知らせることができたわけですし、こういうことの積み重ねが大切なのだと思います。

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