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今日の気分(本文)

そういえば、中学時代、音楽の教師も、家庭科の教師も、養護教員もそれぞれにおかしくて、美術教師とあわせて
四ババと呼ばれていました。

養護教員は太って怖いおばさんで、腹痛の時も、怪我をした時も、みんな保健室に
行かずに(いけずに)我慢していました。

みんなに恐れられると、仕事も少なくらくになるのです。

大人になってから、保健室登校なる言葉を知りました。
世の中にはそんなありがたい保健室がある学校もあるのかとためいきをつきました。

◯わたしが通っていた中学では、養護教員が怖くて保健室に行けない状況を、他の教師たちも察していたようでした。

彼女は「きょうこ」という名前でした。
社会科の教師は
「キョウコウ(キョウコ)、行くにくるしい保健室」(1929年)という語呂合わせで生徒に世界恐慌の年号を覚えさせていましたっけ。先生GJ!

○家庭科教師は、高慢ちきそうな、極端なえこひいきをする人で、生徒の間ではすこぶる嫌われていた。このひとは、我が母校の大学のずっと前の先輩でもある。わたしはなぜかこの人にはひいきされ、それほどいやな思いはしなかったが、性格的にかなり問題がある人だということは理解していた。

◯音楽教師は後に入った若い音楽教師を一年でいびり出したような曲者だった。
私はこの人には嫌われて、事あるごとにたいした理由もないのに「嫌なやつ」と言われた。友人の母に遠回しに言われたことだが、PTAでひんぱんに学校に出入りしていた派手好きな私の母が気に入らなかったことが理由だったのかもしれない。学校には荒れたとんでもない女子学生がたくさんいたのに、なぜ地味に学校生活を送っていた私が嫌われたのか、本当のところは今でもよくわからない。まあ、今となってはどうでもいいことだが。

◯高校は進学校で、性格が荒れた教師はいなかった。
当時の母校は、教師の大部分がおっさんで、学生のことには無関心で放任していた。ただやはり保健室には近寄りがたい感じの養護教員がいて、一度もお世話になったことはなかった。

コメント

haruno haruno 2018/05/13 05:31

四ババに爆笑! ネタに破壊力ありまんなー。

ymznjp ymznjp 2018/05/13 07:25

高校は特にどうということなかったけど、
大学がまたあのありさまだったし。

haruno haruno 2018/05/13 08:05

え、そうだったの?

ymznjp ymznjp 2018/05/13 08:21

うん、わたしたち学部生はN先生とガチで付き合わなければならなかったからけっこうたいへんだった。私生活まで踏み込んで来るし。
泣きながらじゅぎょうでてたのよ。
人によってはK先生ともいろいろあったみたい。

haruno haruno 2018/05/14 07:00

でしたね~。

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