20200627 <<前日 | 翌日>>

起床時刻: 11時20分[いま起きた]ボタンで記録されました。

今日の気分(本文)

「kufura」というwebメディアがある。「仕事と家庭、どちらも大切にしながら忙しい毎日を送る女性のためのWebメディア」である。
働く女性を応援するメディアを自認しているらしいが、ここの記事がいちいち気に障るのである。
だったら、読まなければいいのだが、読んでしまうわたしもバカだ。

たとえば、生活の知恵などについて既婚女性にアンケートを取り、それをまとめたお手軽記事が多く、「〇〇〇を主婦に聞きました」のような題がつけられている。
そしてそれぞれの意見の後に(40歳 研究開発)(48歳 技術職)などと書かれている。
なぜ「既婚女性に聞きました」としないで、「主婦に聞きました」としてしまうのだろう。
ここでは、専業主婦のみならず、結婚したら女性は全員主婦なのである。

つまり、既婚女性は職業があるかないかは関係なく、家庭で家事を主に担うものだという主張をこのwebメディアがしているように思えてならないのだ。

ネットで調べてみると「『主婦』ということば」(広井多鶴子)という論文があり、そこに「就労して
いる、いないにかかわらず、既婚女性であれば家事を担うものだという常識が、主婦ということばには付着している。主婦は今日の結婚という制度が、もっぱら女性に対して、家事労働という再生産労働を行うよう求めていることを表すことばなのである。」と書かれている。ほらね、わたしが思った通りだ。このように思うのはわたしだけでなないのである。

わたしは「主婦」という言葉を聞くと、何か身構えてしまう。

翻訳の仕事をやっていたときに、「翻訳の価格破壊をめざして翻訳会社を興す」というアイディアがよくネット上でも見られた。「主婦に低レートで仕事を出せば価格破壊ができる」のだと。
産業翻訳は一般的にどういう属性の人がやったかは関係なく、成果物のできだけが、レートや受注量を決定する世界である。それなのに、「既婚女性」という属性に注目して買いたたけばいいということを平然と主張しているわけである。

また、ある翻訳会社のサイトに、「当社では、主婦や学生には発注していません」と誇らしげに書かれているのを見たことがある。
「主婦」=「既婚女性」であるならば、「既婚女性の仕事はあてにならない」と公言しているわけである。フリーランスの翻訳者の圧倒的多数が女性であるのに、たいした度胸である。

わたしの父などは、わたしたちが子どもだったころ、「学校の担任には男がなってほしい。女はだめだ。午後になったら、今夜の飯は何にしようかとか考えているような先生はだめだ」とよく言っていて、実にいやな気持がしたものだが、
いまでも、「家事は女性の仕事」だとか「既婚女性の仕事は片手間」だとかいう言説を疑いもなく口にする人がまだ多いのかもしれない。

コメント

haruno haruno 2020/06/28 07:27

まだまだ多いのですよ~。で、zoomはどうなった?

huangzi huangzi 2020/06/28 15:46

ダウンロードしたらしい。

huangzi huangzi 2020/06/28 20:38

間違えた。導入したのはみちねえさまでした。

ymznjp ymznjp 2020/06/28 23:13

明日から試験なのでその始末が終わってからにしましょう。

コメントする

名前: