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起床時刻推移グラフ

目標起床時刻:05:00 平均起床時刻:15:31

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12月30日(水)

起床時刻:22時55分[いま起きた]ボタンで記録されました。

○日曜日の深夜に娘が北京に着いて、
火曜日の昨日、息子が北京に着いた。
昨日は、娘と空港に息子をむかえにいったあとゆっくり食事して、
民族劇院でミュージカルを見た。

今日は前門までバスで行って、そのあと、王府井へ。
11月に娘は学校の実習でタイとカンボジアに行っていろいろ昆虫を食べたらしい。
その話を聞いているうちに、王府井の小吃街に行ってサソリや虫を食べてみようということに。
サソリとセミみたいな虫のカラアゲを買って食べながらお互いに写真をとりあった。
サソリのカラアゲはサクサクしていてまったく抵抗感がない。
虫はちょっと舌に味が残ったが、香辛料の味がつよいのでこれもまずまずおいしいといえた。
その後、普通に羊肉の串刺しも食べた。

口があぶらっぽくなったので、カフェに入ってコーヒー飲んで一休み。
そのあと、お店をみて帰宅した。

わたし以外の家族はそれから列車で杭州へ。
わたしは学校の討論会へ。
たのしい一日でした。

こんどはカイコのサナギとムカデに挑戦してみたい。
(サナギは食べたいけど、ムカデは実のところちょっと自信ないかも)

○こんな記事もありました。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20151230-00000085-jij-bus_all

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12月26日

起床時刻:22時27分

○今日はボランティアで大学の友達に日本語を教える日。
実際は彼女のレベルが高いのでただカフェでおしゃべりするだけ。

○昔の道具で思い出した。

昨年、娘と高山に行った。そのとき、どこだったかに「昔の道具」が展示されていた。

そのなかに、ブラウン管式ディスプレーのワープロ専用機とか、
テープを使うテレックスだとかがあった。
ああ、わたし、大卒新入社員で入った会社でそれ使ったことあるよ。
娘にそういったら、びっくりしてた。

でもね、わらぞうりとか、火消しつぼとかは、つかったことありませんから。

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12月25日(金)

起床時刻:09時26分[いま起きた]ボタンで記録されました。

○わたしも腕とわき腹が痛い。

おとといバスに乗っていたら、何かが起こってバスが急停止して、転んでしまった。
そのとき、どうもポールにつかまっていた側の腕とわき腹を痛めたらしい。
道を歩くのも危険、バスに乗るのも危険。地下鉄にはスリがいる。
タクシーは連れまわされる。

どうしていいかわかんない。

○道を歩いていて、何が危険かといえば、
バイクである。
歩道も車道も好きなように走る。
歩行者としてのルールも、自動車としてのルールも守らない。
夜も無灯火。

加えて、最近、食事の宅配が増えている。
日本の宅配ピザと同様に「○○分で届けます」とサイトには書かれている。
夕方の退勤の渋滞の中を、すり抜けるようにして夕食を届けるバイクが走る。
怖い。

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12月24日(木)

起床時刻:22時01分[いま起きた]ボタンで記録されました。

きのうは師妹からクリスマスのりんごをもらった。
今日はケーキを買って食べた。

中国のクリスマスは、ケーキよりもりんごらしい。
クリスマスでも、ケーキ屋はいつもよりも客が若干多いくらいだ。
でも、そこいらへん中できれいにラッピングしたリンゴが売られている。

○「だんご三兄弟」、思い出した。

もうたいへんなブームだった。
娘はそのころ3歳か4歳。
その冬に熱をだして娘が寝込んでいたところで、
テレビでだんご三兄弟が流れた。
すると、ぐったり寝ていた娘はいきなりむくっと起き上がって、
「だんごっ、だんごっ、だんごっ、だんごっ、だんごっ、だんごっ、
だんごさんきょうだい!!!」とテレビに合わせて歌うと、
またいきなりばたりと布団に倒れてこんだのだった。
おそるべし、だんご三兄弟。

そういえば、せがまれてカセットテープも買って、
車の中でひっきりなしに流していたっけ。
いまの子たちもだんご三兄弟って知っているんですか?ぶっとびさん?

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12月23日(水)

起床時刻:08時45分[いま起きた]ボタンで記録されました。

やらなければならないことがなかなかできない。

この汚染された空気の中をでかけるだけでぐったり。
なぜだろう。
しかし、普通どおりにほかの人たちは働いているようにみえる。

先日、ある医師から聞いた話では、こういうどんよりとした天気と汚染された空気のせいで、
うつになる人が多いそうだ。
納得できる話である。





朝、用事があってでかけて帰りにまたケンタッキーによって、
おおうさぎゲット。
おおうさぎは布地の素材がこうさぎとはちがっている。
そこがちょっと残念。

○うさぎパイの話で思い出した。
うちの子供が小さいころ病気になるたびに連れて行った病院の待合室に、
こぶたくんがでてくる絵本があった。題名は失念。
絵本のなかでこぶたくんは、好物のミートボールを食べるのだが、
あれは何の肉なのだろう。

絵本作家はそこを何も考えずに書いたのだろうか。
それとも、「ふふふ」と内心ひそかに笑いながら少しの毒を盛り込んだのだろうか。

こぶたくん (こぶたくんのおはなしシリーズ)

たぶん、これ。

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12月22日(火)

起床時刻:09時45分[いま起きた]ボタンで記録されました。

今日もケンタッキーに行き、
こうさぎを手に入れた。
こうなったら、おおうさぎも…。

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12月21日(月)

起床時刻:07時41分[いま起きた]ボタンで記録されました。

うささんは、北風が吹きすさぶ中で、バスをまちながらケンタッキーの看板をみていたのだった。

けんたっきーのクリスマスセールでうさぎのぬいぐるみがもらえるらしい。

さっそく帰宅前にケンタッキーに向かう。
カウンターに載せたセットメニューの上にうさぎのぬいぐるみがの絵が。
+10元でこうさぎ、+30元でおおうさぎがついてくる。

うささんはこの二ヶ月というもの糖質制限をしているのだった。
でも、でも…。
うささんはおもいきってセットメニューを指差し、「ええっとこれと小さいほうのうさぎを…」と注文した。
しかたない。今日は糖質制限はお休みにしよう。うさぎもらうためなら。

セットメニューとこうさぎがのったトレーをもって、テーブル席のほうに向かおうとしたとき、店員が客に言うのが聞こえた。
「どの商品でも10元足せばこうさぎがつきます」
「えっ…」

なんだ、セットメニューじゃなくても、うさぎはつけてもらえたのか。
だったら、フライドチキンだけ頼めばよかった。

ということで、今日だけは炭水化物解禁。

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12月19日

起床時刻:15時17分[いま起きた]ボタンで記録されました。

お稽古の日。

たよりにしていた女性がお休み。どんよりとした気持ちで稽古場に向かう。
先生が早く来たので、例の女性が今回のことで機嫌を悪くしてわたしとリーダーさんに
メールで意見してきたことをかいつまんで伝える。
午後班のイベントの話をして彼女を刺激しないようにしてくださいと。
もちろん彼女のことを悪くいわないようにした。
彼女は相手を見て態度を変えるので、先生がわたしと同じように彼女のことを見ているかどうかわからないから。


わたしと中学生女子と男性会員の三人で掃除などをだいたい終えたころ、
彼女が自分の客をつれてやってきた。
満面の笑顔で愛想をふりまいている。

先生には詳しいことは伝えなかったが、小さい声で「今回のことは気にしないでくださいね」といわれる。

今日はそのあとに急いでいくところがあったので、そのまま帰ってきた。
それにしてもあの笑顔、何なんだろうね。
人によって言葉を変えて男性会員に取り入ろうとしているとわたしを非難していたが、
それは自分のことじゃないの?と思ったが、もちろんそんなことはいわなかった。
年末年始、稽古はないのでこのことはしばらく様子見。

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12月18日(金)

起床時刻:10時37分[いま起きた]ボタンで記録されました。

12月17日(木)

起床時刻:15時18分

いやな気分だけど、今週末の稽古には行くことにしよう。
でも、来週の自主稽古については、今、欠席願いのメールを出した。

自主稽古には先生が来ない。
3人以上で実施できる。もうしこみはわたしを入れて3人。
あとは、例の女性ともう一人。
そんな少人数で稽古をしたら、いやな思いをするに違いない。
仕事でもないのに、わざわざいやな思いをする場所にでかけていくことはないのだ。
欠席するけど、参加料は払うと伝えた。

それとは別に、今週末の稽古で、いやな思いをしたら、それを理由に別の班に移る申請をするつもり。
それがだめならやめるつもり。
この班には班長をする人がいなくなるし、迷惑をかけるだろうけど、
わたしがその責任負う必要ないじゃない?

○毎回、早く行って掃除をし、その他の雑用もせっせと引き受けて働いてきたのに、
こんなに攻撃されるとは、思ってもみなかった。
ああいう人の気持ちってどういうものなんだろう。
みんなのために働けば働くほど、上から目線で要求をだしてきたり、きついものいいをしたりする。まったくわけがわからない。

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12月16日(水)

起床時刻:20時54分

ねいさんのところに書きかけた愚痴の事の次第はつまりこういうことだ。

わたしたちのお稽古事教室では、今年は外部の人を招いてする大掛かりなクリスマスイベントをしないことになった。そのかわり、各班でお友達や知り合いをまねいてもよい小さい集まりをすることになった。もしそれもできなければ、通常のお稽古に知り合いを招いて気軽に楽しんでもいい。

わたしたちの班は最近休みの人が多いので、午後の班に一緒に入れてもらうことにしようとした。午後班からもOKがでて、「午後班と一緒に昼過ぎから小イベントやります」と班の人にSNSで伝えた。

その後、午後班から主役を引き受けてくれる人がいないのでイベントができなくなりそうだという連絡が入り、わたしも班の人の中で助けてもらえそうな人に連絡をとったが、都合がつかなかったので、
教室のリーダー格の人と連絡をとり、わたしたちの班だけで通常のお稽古をちょっとクリスマスらしい感じですればいいのではないかということになった。
もちろん、お友達を呼んでもいいし、会費もとらない。

それで、「もうしわけありません。やはり調整ができず、いつもどおりの時間にお稽古をすることになりました。お友達を呼んでもいいです。」という内容をSNSで流した。

そしたら、例のひとが「なんでころころ変えるわけ。意味わかりません」と書き込み。
いやな感じだなと思っていたら、その後、わたし個人宛に悪意と主観に満ちたメールが来た。
SNSに書き込むとほかの人がみるからだろう。

「ちゃんとあやまれ。わたしはお客を連れてこようとしていたのに、あなたのやっていることはわたしの気持ちを考えていない。きちんと予定変更の理由を説明しろ。あなたはわたしをないがしろにするくせに男性会員に媚を売って、彼とほかの人とでは言葉を変えている」などなど。

実際はSNSでちゃんとあやまっているし、イベントの主役を頼める人が決まらなかったからという理由も書いてある。一斉メールで知らせたので、人によって対応や言葉も変えていない。

しかたないので、機械的に返事とお詫びを書いた。
相手はけんか腰だから、相手になったらきりがないし。
それに、応戦していたら、誰かに相談するときにどっちもどっちだと思われてしまう。
(わたしって意外と冷静)

そのまま、受け取ったメールをリーダー格の人に流す。
そしたら、その女は彼女のところにも、わたしのことについて文句のメールを出していたらしい。リーダーさんは、「これはうささん個人が決定したことではなくて、先生方の考えでもあるのでご理解ください」というメールを彼女宛に出してくださったらしい。

しかし、これで収まることなのかどうか、まだ不安だ。
せっかくの休みの朝に、また不愉快なことがおきませんように。

それにしても彼女自身、自分が班長をしていたときは、ちょっとしたことで「みなさん、わたしを使用人だとでも思っているんですか?わたしだってお金をはらってここにきているんですよ?!」とブチ切れていたのに、どうして自分が班長をやめたとたん、次の班長のわたしにこんな態度にでるのだろうか。わたしだって好意で班長としての雑用その他をしているのに、
そんなわたしをまるで使用人かなにかででもあるかのように扱うとは。

教室のSNSには、ほかの班の楽しそうなクリスマスの写真が次々とアップされている。
それを見たら、切なくなった。

この稽古事の精神は、「お互いに仕えあう」というものなのに、
どうしてこんな人がはいって引っ掻き回すようなことになっちゃったんだろう。

というわけで、うささんはかなりへこんでいるのである。

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12月15日(火)

起床時刻:18時42分

14日も、朝から空気が悪い。
マスクを持たないででてきてしまったので、そのまま外出したら、
午後からずいぶん咳きが出た。
今年は何度も警報がでるのだろうか。

中国では住宅も含めてすぐに壊れるものばかりがどんどん作られている。
適当に作り、あっという間にごみ同然になる。こうしたことが浪費を生んで、
生産と廃棄の両方の段階で汚染が生まれる。

先日茶道に行って聞いた話だと、空気清浄機を回している部屋の中でも、
大気質指数は170にもなるのだということだった。
外出を避けても、空気清浄機を使っても、容赦なく汚染の中にさらされるのだ。
こういう中で育つ子供は健康なまま成人になれるのだろうか。

いっぽうで、この間読んだ本によれば、東京の放射能汚染はチェルノブイリ時のウクライナのキエフに相当するという。震災から5年たった今頃から健康被害が顕在化してくるのだそうだ。震災時に「ただちに影響の出るものではない」という言葉が繰り返されたが、たしかにある意味そうだったのだ。

これから直面する世界はいったいどんななのだろう。

空気清浄機や大気質計といい、線量計といい、SFの世界のものだと思っていたのに、
どちらもふつうに生活の中で見るようになる日が来るとは思わなかった。

この先は宇宙船に乗って地球をあとにする日が来るのだろうか。(だけどそれより前にきっと…)

○しかし、人間が生きるということは、どうしてこんなに汚染を作りだしてしまうのだろう。
ふつうに生まれて、ふつうに生きて、ふつうに死ぬ。
自然の中の動物や植物の生命は、自然の流れの中に抱かれて、
その中にすっぽりと包摂されているのに、同じように自然から生まれた人間の生は、がん細胞のように自然を痛めつけて営まれていく。

悲しいことに、わたしの生もそういうもののひとつなのである。

ふつうに生きていると思っているわたしの、そのふつうの中にすでにふつうと思ってはいけない罪悪があるのだろうか。

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12月14日(月)

起床時刻:08時24分[いま起きた]ボタンで記録されました。 14時15分 18時41分[いま起きた]ボタンで記録されました。 18時42分[いま起きた]ボタンで記録されました。

○暗い極楽の話というから、わたしは補陀落渡海のことかと思っていたのだ。
平成ぽんぽこにもそれらしいシーンがあった。極楽をもとめて死出のたびに狸たちが出るという笑えないものだったが、あの映画は世間では「コミカルな映画」とされているらしい。

○宿題にも飽きたので、昨日のつづき。
「流転の王妃昭和史」。
何がもやもやしたかというとこういうことだ。

「どん底」と正反対にこの人の場合は、侯爵令嬢であり、出自がよいのである。
さらに嫁ぎ先は、皇帝の弟という、これまた出自のよい家柄。
しかし、清朝の皇帝の家柄というのは、言うなれば中国の歴史の流れの中で否定された消え去るべき家柄である。それが皇帝という形であり続けたのは、関東軍が偽満州国をでっちあげるために担ぎだしたからなのである。
それあってこその満州国皇帝であり、皇帝の弟であり、その妻の彼女なのである。
しかし、彼女は関東軍の満州蔑視と満州国の皇帝の妻である自分への軽視に怒り、自分こそは中国人の味方であると言うのである。つまり、関東軍や軍部の妻たちに対する上から目線。それというのも、
自分が皇帝の弟の妻だから。でも、その皇帝が皇帝であるのは関東軍の力あってこそ。そこに考えがどうしたわけか及ばないらしいのである。

つまり、そういう複雑な立場にいるということはなかなか自分の立場を見極めにくいということなのだろうが、
それにしても、鋭い批判は外ばかりに向かい、自分の内面はまったく揺るがないというそのあたりが、なんとも違和感があるのである。

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12月13日

起床時刻:01時09分[いま起きた]ボタンで記録されました。

○昨日の続きは、あとで書きます。

○炊飯器で甘酒という話で思い出した。

わたしの実家は以前、貧乏長屋みたいな家作をいくつかもっていた。

いつだったか母がそこに家賃を徴収しにいったおり、そこにすんでいるばあさんに言われたそうである。

いはく、ご飯の残りを保温するためにコタツにいれておいたら
いつのまにか酒ができちゃった。あんたにも飲ませてあげるよ。…と。

ひゃあ、母は必死で断ったそうである。

炊飯器で作った甘酒は飲めそうだが、ばあさんの家でいつのまにかコタツの中でできた酒は飲むきがしそうにない。

考えれば同じようなものなのだけど。

○暗い極楽の話というから、わたしは補陀落渡海のことかと思っていたのだ。
平成ぽんぽこにもそれらしいシーンがあった。極楽をもとめて死出のたびに狸たちが出るという笑えないものだったが、あの映画は世間では「コミカルな映画」とされているらしい。

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12月12日

起床時刻:22時42分[いま起きた]ボタンで記録されました。 22時49分[いま起きた]ボタンで記録されました。

うつっぽい。
また重度汚染。

○極楽を読んだ。
救いがないといえば、救いがない。
逃れられないという意味で。
でも、そんなふうな退屈なつまんない極楽でも、今のわたしなら退屈さを我慢するから
いってみたい。

○今日は久々に出かけてみた。
茶道があるから。例のひとはこなかった。
ここには別世界があってほしい。
掃除して練習してちょっとおしゃべりして、帰ってくる。

来週はお友達や知り合いをつれてきてもいいお茶会。
でも、ここはいつもの世界とは別世界であってほしいの。人間関係もなにもかも。

○「日本人の死に時 そんなに長生きしたいですか」という本を買ってみた。
わたしの場合、この人生でもうすべきこともないし。

○「どん底 部落差別自作自演事件」は、アマゾンによれば、
「03年12月から09年1月まで、被差別部落出身の福岡県立花町嘱託職員・山岡一郎(仮名)に対し、44通もの差別ハガキが送りつけられた。山岡と部落解放同盟は犯人特定と人権啓発のために行政や警察を巻き込んで運動を展開していったが、09年7月に逮捕された犯人は、被害者であるはずの山岡一郎自身だった。」という内容のノンフィクションである。

この人はなかなか興味深い人である。
第一に意外と小器用。
仕事として子供たちの学習のためのイベントを次々企画する。
抗議集会ではギターを弾きながら自作の歌を披露。
プロが作ったようにしか思われない立体的に字が浮き出た差別はがきを作成。

なのに、そのわりに経済的に恵まれない。
三人の子供の学費を捻出するのにも四苦八苦する生活だ。

心を打つ歌を歌ったり、子供のイベントの企画をしたりしているといえば、
暖かい情熱的な性格のように思えるが、実際は、計算高く、周囲を平気で裏切る卑怯な性格。
傲慢かつ卑屈。

この人独特のあまりにもゆがんだ個性もあるのだろうが、やはりこういう事件がこういう形で起きてしまったのは、この人を取り巻く環境もあってのことだろう。

被差別という立場を利用して定職を得ようとしたのも、この人がいきる環境あってのものだろうし、そもそもこの人が職に恵まれなかったのも、この人の環境のせいかもしれない。
自らの出自を自ら否定しながら、それを巧妙に利用して生きる。
そこに人間らしい他人の共感を得られる心の動きが感じられない。
誰にも閉ざされた理解を拒否するような心の闇。

卑屈な硬い仮面の下でどんな情動がうねって、こんな事件を起こしたのか。
表面的な理由は定職を得るためだが、決してそればかりではない。
それを著者も周囲の元支援者も探り出そうとして探り出せない。
そこがなんとも薄気味悪い。
読後感も非常に悪い。

○その本と前後して読んだのが、「流転の王妃の昭和史」(愛新覚羅浩)という本である。
ちょうど天津に行って、静園などを見学してそれに関係した本が読みたいと思っていたおりに、これがきんどるで読めることを知って購入したのだった。
この本は読みやすく、それなりにおもしろい本である。
著者は嵯峨浩。ラストエンペラー愛新覚羅溥儀の弟である溥傑に嫁いだ日本人女性である。
いわずとしれた政略結婚であり、彼女は侯爵家のお嬢様。

しかし、こうした特別な立場の人であっても、日本が戦争に負け、満州国が滅びると、幼い娘の手を引いて新京を脱出し、明日の生死も知れぬ逃避行をしたり、刑務所生活を送ったりするのである。
彼女は心優しい性格の人らしく、そんなさなかでも、末期のアヘン中毒で垂れ流しになった婉容の世話もするのである。

その後、日本への帰国。長女の非業の死。夫との16年ぶりの再会。
と波乱万丈の感動の人生を送るのである。
すばらしい。

しかし、これを読むほどに、わたしの心の中に常にもやもやするものが湧き上がり、最後までそれを払いさることができなかった。それは…。

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12月11日(金)

起床時刻:00時22分[いま起きた]ボタンで記録されました。 00時42分[いま起きた]ボタンで記録されました。

うつっぽい。理由はあるのだけど、書かない。
つまんないはなしなんて、誰もききたくないでしょ?
それにわたしはようせいさんなんだし、おしっこもしないし、ぐちもいわないのよ。

○空気はよくなったけれど、それでも、日本よりもずっとわるい。

「東京が壊滅する日」(広瀬隆著)という本を読んだ。

なんだかんだ言っても、結局は北京の環境はよくならない。
APECだとか、閲兵だとかのときだけ、小手先の措置はとるけれど、
どうにもならないような気がする。

車だの、家だのに見栄をはり、自分の住んでいる部屋の中は飾り立てるけれど、
家のドアから共有部分の廊下に出ると、もう床を汚すのが平気だったりとか、
どうしてこの国の人は極端なんだろう。

汚い空気のなかで、タバコをすって、それをポンと道端にすてて、タンを吐く。
どこにいっても3色の分別用ゴミ箱があるのに、誰も分別をしない。

自分だけきちんとしても、損をしたような気になる。
だったら、自分のことしか考えない。
ここに長く住んだら、わたしもついそんなふうになってしまいそうだ。

こんなことをしていると、sf漫画みたいな滅亡の日が本当にきてしまいそうで、
気分も落ち込んでしまう。
そういうときに読んだのが、この本。

おそろしかった。
もはや東京を中心とした東日本も、破滅への途上にあったのだ。
わたしの家がある場所は、東京よりももっと汚染されているはず。
わたしには、もう帰る場所もないんだな。

○わたしのおきにいり。
暗い本。
やっぱりハーディの「日陰者のジュード」と「テス」。巴金の「春」と「秋」。

最近読んだ暗い本のおきにいりは。
「どん底」(高山文彦) 書名がいかにも。人の心の闇。これはお勧め。
「日本残酷物語」1と2と3. これもお勧め。大好き。
「人を殺してみたかった」(一橋文哉)
「蛍川・泥の河」(宮本輝)
「異形にされた人たち」(塩見鮮一郎)
「親なるもの断崖第一部」(曽根富美子) これは第二部もあるけど、わたしとしてはぎぶあぷ。

もちろん暗くない本も読んでます。

○わたしがもっているCDでいちばん暗いのは、美輪明宏の「白呪」かもしれない。
こちらにもってこなかったけどね。

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12月08日(火)

起床時刻:15時13分[いま起きた]ボタンで記録されました。

空気が悪いので、家にこもりきり。
なんのために、わたしはこんなところにいるのだろう。
うつうつうつうつ。

ねこさんのぶろぐをみて、
お月様をとろうとするおサルさんの絵を思い出した。
中国でよくみかけるあれには、ちゃんとした名前がきっとあるのだろう。

わたしも、ここでおつきさまをとろうとしていたのだけど、
あれはただの影だったのかな。

○猿猴捉月というそうです。

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12月07日(月)

起床時刻:19時36分[いま起きた]ボタンで記録されました。

12月05日

起床時刻:23時30分[いま起きた]ボタンで記録されました。

最近、習い事に行く日を変えたいと思っている。
土曜日の午前の班以外にも、土曜日の午後の班、平日の班などもある。

わたしは平日の班でも、時間的には通えるのだが、そう簡単にいかないわけがある。

今の班でわたしは班長をやっている。
前の班長がいきなり、班長を投げ出したので一番ひまそうなわたしが引き受けたというわけである。
わたしが班長をしてもいいというと、前の班長はいきなり「では、今日から班長をしてください」と言い、引継ぎもなし。
彼女は班長を早くやめたかったんだと思う。
班長をしていたときにも、何かあるとすぐに「わたしはみなさんの使用人ではありません」と切れたりしていた。そういう人には班長という名の雑用係りは向かない。

ということで、数ヶ月まえからわたしが班長になった。
しかし、仕切りやの彼女は相変わらず仕切ることだけはしたいらしく、
なぜかみんなに対して上から目線で横柄。
だけど、先生などには満面の笑顔。

他人が遅刻して稽古前の準備をしないと文句をいうくせに、
自分はへいきで交通渋滞を理由に遅刻してくる。


誰かが偶然見るといけないので、ここには書けないが、いろいろなことがあったのだ。
自分は仕事をしないくせに、他人にはきびしい彼女の態度には、これまでも困った人だなと思ってはいたが、あたらずさわらずやりすごしてきた。
しかし、数ヶ月まえにわたしが班長になったときから、
なんとなく心がざらつくような接触が増えてきたような気がする。
つまり、仕切りやの彼女と、
班長になってみんなを仕切らなければならなくなったわたしとの間に徐々に軋轢が生まれてきたのだ。

なんだか最近、そういうことがつもりつもって、急に彼女と同じ日にかようのがいやになってきた。

今日、稽古場に行ってみると、
めずらしく彼女が一番早くきていた。ほかには誰もいない。
あいさつをしたが、返事もしない。自分が誰よりも先にきてしまったので、損をしたと思っているにちがいない。
その後、わたしと彼女とで雑巾がけをした。
わたしと彼女が一部屋ずつ、その後、わたしが板の間の廊下をふき、彼女がたたみの廊下をふいた。
その後、わたしが一息ついてホワイトボードをみていると、
うしろから、「まだ、水屋があるでしょう。わたしひとりに拭かせるつもり?」ととがった声。別に彼女ひとりが雑巾がけをしているわけでもないのにと思ったが、笑顔で「そんなわけないでしょう」と答えた。
「だったら、拭いてください!」と彼女。

なんだろう。いつもサボっているくせに。
それに水屋だけなら後から来る人に拭いてもらったていいはずだ。
後から来る人はあと四人もいるのだ。
こういう理性がどこか欠如している人と口論すると大事になりそうなので、水屋を拭いていると、
彼女は涼しい顔で花を生けていた。

彼女は掃除とか水汲みとかそういうことはしたくないのだろう。

いままでゆるくがまんしてきたのだが、
おだやかな週末をすごすためにここに来ているのに、なんでこんな人のためにいやな思いをしているのだろうと急に思えてきた。

○いつもだって、みんながほかの準備をするなかで、彼女は一人でのんびりと床の間の花を生けている。それが自分の仕事だと思っているようだ。

先生が「花の用意はみんなで順番にするようにしましょう。それも勉強ですから」とわたしに言うのだが、彼女に直接言ってほしい。
わたしがそんなこと言ったら、また彼女がどんなことを言い出すかしれないんだから。

○だったら、ほかの曜日に稽古日を変えればいいようなものなのだが、
わたしがいなくなったら、あとの人はあまり出席しない人と学生だけになってしまう。
それに、ある理由で鄭重に扱わなければならない生徒さんがいて、
その人の世話を日本人であるわたしがみてほしいと言われているので、
その人がなれるまでほかの日に行くと言い難い。

○わたしだって一生徒に過ぎないのだから、こんなこと一切考える必要はないのかもしれない。仕事でもないし、ただの習い事に過ぎないのだから。

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12月03日(木)

起床時刻:不明

○はおーべっき、見てしまいました。
それと、「コウノドリ」一話~七話も。
これから、べんきょうしま¨。

○http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20151202-00000062-zdn_n-sci

この記事を読んでいたら、思い出したことがある。

小学校のとき、技術革新という言葉について学んだ。
そのときに先生が、
「今はだいたいの人が週に5日、一日8時間、それと土曜日半日働いているけれど、
人がやっていることをどんどん機械がするようになると、そのうち、週に2日休めるようになるんだよ。もっと技術が進むと、一日2時間くらい仕事して、あとは好きなことをやって
生活できるようになるかもしれないね」


たしかに、週休二日制はある程度普及したが、
一日2時間働いて、あとは好きなことをやって生活できるような桃源郷はやってこなかった。
それどころか、どんどん長時間労働やサービス労働が増えているような気がする。
そして、日本の貧困化も進んでいるとか。
どうしてなんです?誰か教えてください。

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12月02日(水)

起床時刻:10時12分[いま起きた]ボタンで記録されました。 18時35分[いま起きた]ボタンで記録されました。

○このあいだの討論会でほかの人の発表を聞いた。

过には、ふたつの用法があるが、その変遷を調べ、さらなる分類を試みるというもの。
この問題には、たくさんの先行研究があるらしい。

ひとつの用法は「曾经(経験)」の意味を表す用法で、いまひとつは、「完成(完了)」の意味を表すもの。
これらの違いは方言によっては、まだ虚詞が使い分けられているそうだ。

日本人が日本語を習う場合、アスペクトをあらわす三つの助詞“着”、“了”、“過”を、
「進行」、「完了」、「経験」と覚えてしまうことが多いが、実際には“過”を用いて完了をあらわす例は非常に多い。
こういうところにも、日本人の中国語学習の穴があると思う。

わたしも“過”のふたつの用法についての知識はあっても、実際に完了の“過”を自分から使うことは難しい。

どうしてかというと、たとえば、
钱已经数过了
钱已经数了

というようなふたつの表現の語感上の違いがよくわからないからだと思う。
このことを質問したら、中国人はみな「感情色彩がわずかに違う」というのだけれど、
どうちがうかはなかなか説明できないようだった。

これについては、これから時々考えてみたいと思う。

○次にわたしに対して、中国人から出された質問。

日本語の「楽しみ」「楽しさ」、「苦しみ」「苦しさ」の語感はどう違うのか。

そんなことは考えたことがなかった。
「同じように使うけれど、強いて言えば、楽しさ、苦しさは、程度に関係しているような気がする」とその場では答えた。
これについての答えは、再来週までのわたしの宿題。

家に帰ってネットで調べると、
「楽しみ」「苦しみ」は、動詞「楽しむ」「苦しむ」に由来するもの。
「楽しさ」「苦しさ」は、形容詞「楽しい」「苦しい」に由来するもの。

そういう説明が書かれていた。

そうなのか。
たしかに、動詞の連用形は名詞化して使われる。

きつつき、歯磨き、若作り、すねかじり、などなど。

また、「楽しさ」、「苦しさ」などが形容詞由来だとすると、程度に関係するような気がするのもうなずける。

では、「深み」、「高み」などは、どうなんだろう。
形容詞由来のような気がするが、「ふかむ」「たかむ」などという動詞の連用形なのだろうか。

うーん。もう少し考えないと。

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12月01日(火)

起床時刻:21時59分[いま起きた]ボタンで記録されました。

この二三日、衝撃的に空気が悪い。

おとといは夫の知り合いのひとたちと食事に行き、
きのうは大学の討論会。

今日は家にこもりきり。

こんなところに住んでいるのは、きっとまずい判断なのだろうな。
とマジで思えてきた。

○ なんだか急に星がみえてきた。

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